ある種の「隔世遺伝」

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初めて、ズッキーニの苗を植えました。こんな花が咲きました。その後ろにはあの見慣れたズッキーニの赤ちゃんがあるではないですか。プロのシェフは、この花も食べられるといいますが、はて、料理のできない私には鑑賞だけで満足というわけです。


 それは、暑いさなかのことでした。
 5月の末にも関わらず、気温が30度を超える暑さです。
 私は、朝早く、娘が暮らす街へ車を飛ばしました。
 今日は、小学生になった最初の孫の初めての運動会なのです。

 一年生の孫が出る種目はさほど多くありません。
 昨年のように、こじんまりとした園庭での運動会ではありません。
 孫がどこにいるのかも、何をするのかも、一向にわかりません。
 第一、孫はすでに登校していて、今日は会ってもいないのです。

 娘の暮らす街では、日本全国を覆う「少子化」など関係ないように、人口が増加しています。
 東京に近い、教育にも熱心、生活もしやすい街とくれば、人が集まります。それも、幼子を持つ若い世代です。

 私は、娘が用意してくれたキャンピングチェアに腰掛けて、運動会の進展を見守ります。
 
 運動会も随分と様相が異なって来ています。
 校庭には、簡易テントの花が無数に開いています。
 昔のように、炎天下であっても、ロープの張られた箇所に、敷物を敷いて応援をするのではなく、応援をするときは近くまで行って、カメラやビデオを撮るのです。
 ですから、私が腰掛けているところから見えるのは、ビデオを手にした若いお父さんの後ろ姿だけなのです。

 (私の勤めていた学校も今はそうなっているのだろうか?)という気持ちがよぎりました。

 その娘たちも、お弁当を食べるために、テントを用意していました。
 校庭を囲うように植えられている樹木の下です。暑いことは暑いのですが、心地よい5月の風が時折そよそよと吹いてきます。

 その心地よい風の中で、ある種の感慨が眠気とともに私を襲ってきました。

 そう、それは私がまだ若かった頃でした。
 私の娘の小学校入学を良い機会に、このつくばに転居してきた時のことです。
 私の亡くなった父と母が、孫の運動会のために、大きなビデオを担いでやってきてくれたのです。
 娘はおじいちゃんが大好きで、いつも一緒でしたから、学校では娘の父親はちょっと歳がいった頭のハゲている人で、何かあればいつもビデオを手にやってくる人というのが、先生たちにも、娘の友人たちにも行き渡っていたのです。
 
 父は、こまめに動き回り、娘を見つけてはビデオを撮っていました。
 それも、入ってはいけないところに入ってビデオを回し、誰も、注意しないことをいいことに、来賓席に座って一番前から娘のことをビデオで撮っているのです。

 そんなことが思い浮かんできて、私はあの時も、今も、父のようには動けない男だとつくづく思ったのです。
 今日も、カメラも、ビデオも持参してきていません。
 ただ、木陰に腰を下ろして、風を感じながら、そして、歓声を聞きながら、若い父親たちの後ろ姿を見ているだけです。

 しかし、娘の亭主は、父と同様、カメラとビデオを二つもち、こまめに動き回っています。
 ある種の「隔世遺伝」というのが、世代間であるとするならば、これに関しては明らかにあると私は断言せざるを得ません。

 いや、そうではなくて、私が学校行事への参加で行動が鈍るのは、きっと、教師をしていたせいもあるのかもしれない、と私は考えを回らせもするのです。

 あの時、教師であった私は、きっと、少なからずの処理すべき問題を抱えていたはずです。 
 学校は確かに開校当初の混乱を脱し、落ち着きを取り戻していましたが、それでも、学校という場所がら、少なからず問題を抱えて、それを解決する責任を持たされていたのです。
 いや、辞するまでそれは私を取り囲んでいたように思うのです。
 
 だから、心理的にも、精神的にも、そして、肉体的にも、勤務する学校から離れた私は、きっと、「放心」に近い心境であったのはないかと思っているのです。

 今は、仕事が原因である「放心状態」は抱えるはずはないのに、それでも、何もできないというのは、怠慢な性分があるのか、それとも、体が動かなくなるくらいに歳をとったしまったのかと思いをいたすのです。
 その両方とも確かにあることだと思うと納得すると同時に、時折、生徒のために活動する先生方の熱心な動きが目に入ってきます。

 あの暑い中、走り回っています。
 小学生ですから、言うことを聞けない子もいます。迷子になる子もいます。やたらと校庭の砂を足でかきあげている子を優しく止める先生もいました。
 誰一人として、大きな声をあげて、生徒を威嚇する先生はいません。

 あれが、自分だったのだと私は思ったのです。
 だから、こうしてグランウンドの外に出た時には、私は一人の傍観者になったのだと納得したのです。
 懸命に子供の安全を図り、活動を遂行していく責務から離れた時に、私は、ホッとして、子供たちの姿に目を向けることができたのです。
 
 さて、孫が昼食のために戻って来ました。
 すかさず、膝の上に乗って来ます。抱きかかえ、逆さにし、横にしてやり、あれこれと遊んでやるのです。

 それが、職を離れた私のやるべきことであるかのように。


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難しいことをわかるように話す

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暖炉の上にある漆喰できた壁にパソコンの上に置かれた笠間の網代米が写っています。春先から初夏、朝日がちょうどいい具合に差し込む絶景なのです。


 子供の頃のことです。
 国会は、自民党と社会党が大きな勢力を保っていました。
 しかし、拮抗するというのではなく、一方は万年与党であり続け、他方は万年野党であり続けたのです。

 自民党は、政策を実行する力を有する現実的な党であり、それがために、政治に伴いがちな汚職などの良からぬ振る舞いも時にあったりしました。
 他方、社会党は、どちらかというと中途半端な理想を掲げ、一方が支配階級の党であるならば、こちらは被支配階級の党であると、与党に対してあらゆる反対策を講じてきたのです。

 選挙にあっては、常勝自民党であり、負けているばかりの社会党を応援したくなる判官贔屓みたいなものを感じる始末でしたが、いかんせん、選挙権がないのでどうしようもありません。

 自民党は、与党であり、国政を担う党ではありますが、党の中には「派閥」なるものがあり、親分が手下を集めて、金を配り、一党を形成していたのです。
 つまり、党内にはさまざまな考えを持つグループがあり、ともすると、党内に敵味方が混在しているという集まりでありました。

 田中角栄率いる派閥と福田赳夫率いる派閥が首相の座を争った時は、「角福戦争」などと新聞は囃し立てました。
 選挙での大敗北から大平内閣が成立するまでの「四十日抗争」では、バリケードを挟んで大演説をぶつ一匹オオカミ的な浜田議員も出て、ともかく、愉快な政党でした。
 
 その愉快な党の中でも、角栄や一匹オオカミ的な浜田議員に特に人気が出るのは、難しい話をわかりやすく、面白おかしく語りかけてくれたということに尽きるのではないかと思います。

 ことの是非はともかく、そりゃそうだと納得させられることが多かったのです。
 そして、それは、彼らのもう一つの特徴である、人の話をよく聞くことができる人であったということに及びます。
 選挙区では、偉ぶらずに、同じ目線になって、手を握り、肩を叩き、話を聞くそういった姿勢があったのです。
 ですから、選挙民が希望することを熟知し、琴線に触れる話ができたのです。

 これこそ、選挙を経て国会に出る政治家にとって、大切なことだと思うのです。

 さて、最近の国会での議員先生のありようを見ていますと、どうも、この辺に不足を感じるのです。
 簡単な出来事をやたら難しく言いたがるのには、どうも困ったものです。
 
 例えば、氏名も、月日もない文書を取り出してきて、首相と政府を責め立てていますが、首相も政府も涼しい顔でいます。
 それが、自分たちの立場を危うくするようなものであるなら、そんな涼しい顔はできるはずがありません。
 政治に関与していない、私が見ても、そのくらいのことはわかるのですから、政治家がそれを知らずに、あえて、問題として取り上げるのであれば、それを裏打ちする文書、あるいは証人をバックに控えさせてのことかと推測しますが、どうも、それらしきものもないようなのです。

 そういう、ある種の「怪文書」を取り上げて、政権批判をするのは、国民にとっては非常にわかりにくいことなのです。
 もっとも、政治的傾向を同じくする人たちにとっては、現政権を打ちのめすことが当然の政治課題ですから、同調するのは当然のことですが、そうした人たちの中にも、ちょっとなという思いがあるように思えるのです。

 政治にとって大切なのは、わかりやすいということです。
 それは国民がバカにしているという意味ではありません。
 そうではなくて、難しい問題も簡単に説明できて、それを実行するに困難を伴っていてもさりげなくやり遂げるのが政治であり、それを可能な政治家が国の代表であるべきであるという考えが日本国民にはあるのです。

 日本は共産主義の国ではありませんから、なんでも党のいうことを聞いていればいいというのでは国民は納得しません。
 問題をわかりやすく説明できて、それを形にできる政治家が信頼を得るのです。

 そうした意味では、昨今の野党が問題提起をし、論争を挑むありようは非常にわかりにくいと言わざるを得ません。

 かの田中角栄は、ロッキード事件で逮捕されましたが、それを命じたのは、野党ではありません。同じ自民党の三木武夫総理です。
 身内でも、決定的な証拠があれば、首相経験者でも法のさばきにのせるというわかりやすい論理、そして、そうではあるけれど、角栄人気は時を経て再び盛り上がるというのは、やはり、政治家としてのわかりやすい判断と行動があったからであると思うのです。

 簡単な話を難しくやると、歴史も事実も歪曲されます。
 歪曲された事実が、世の中を一人歩きすれば、それこそ国家的損失につながります。

 野党にも、優秀な人材がたくさんいるのですから、言葉汚く罵ったり、野次ったりせずに、また、取り上げる材料をあやまたぬよう、国民の大多数の考えを斟酌していって欲しいと思うのです。


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それなりに楽しむのも一興なり

caiakafaoinmf,p@ld,ijufu
我が家には6歳になったコーギー様がおられます。暑い最中はエアコンで、寒い時は上着を着せ、それはそれはお嬢様扱いで暮らしています。その馬鹿さ加減に、娘が送ってくれたキーホルダーがこれです。


 いつだったか、アメリカの旅客機から、オーバーブッキングのために、乗客が強引に降ろされて、怪我をしたという事件がありました。

 なんでも、その方はベトナム人の医者で、翌日に患者を診るために、どうしてもこの飛行機で目的地に行かねばならないということでした。
 この男性がベトナム人であったことから人種差別ではないかと騒然になりましたが、結局は、単純なオーバーブッキングの対応の際に起きた事案であるということでした。
 その後、ベビーカーを持ち込んだ白人女性への対応でも、その行き過ぎた航空会社の対応に批判が集まりました。
 
 なぜ、いま、航空業界でこのような事案が多く発生しているのでだろうかと思うのです。

 私が飛行機に乗って、困ったなと思うことはそうそうありませんが、ただ一つ、ロンドンのヒースローからフランクフルト行きの飛行機にのり、フランクフルトから東京へと行く便に乗り換えて帰国するとき、トラブルに巻き込まれたことがありました。

 いつになってもヒースローから飛行機が飛び立たないのです。
 飛行機会社はルフトハンザです。
 スチュワーデスに問い合わせをしても、心配しないでの一点張りです。
 案の定、東京行きの飛行機はフランクフルトに着いた時にはとうに飛びだっていました。
 さて、どうしたものかと、同じような境遇の乗客について行くと、臨時のチケット交換所みたいなところができていて、乗客はそこに並んでいます。
 もちろん、私も並びました。

 ルフトハンザの係員からは、遅れてすみませんの一言もなく、持っているチケットを差し出し、ソウル経由だとこれこれ、成田直行だとこれこれ、この便だとフランクフルトのホテルを紹介すると、いくつかの提案を受けるのです。
 もちろん、直行便を選びました。
 あと8時間、このフロアの待合室に待機することになります。
 食事の手当ても毛布などちょっと仮眠をとるための手当ても何もありません。

 まあ、そんなものだろうと、日本での時間をはかりながら、学校に帰国が遅れること、成田に車を預けてある会社にも連絡を入れて、ひたすら時間のくるのを待ったのです。
 
 アメリカやヨーロッパでは、飛行機に乗るというのは何も特別なことではないのです。
 日常的に、さっと乗っていける、そういうようなものだと、その時、私は思ったのです。
 ですから、オーバーブッキングなど機体の有効活用のためには当たり前であり、間違って席が重なって入れば、特典を受けて次の飛行機にするだけの話なのです。

 飛行機が乗客を乗せて飛ぶようになった最初の頃とは様相が大きく異なっているのです。
 LCCが出来てからは、なおのこと、サービスより、目的地へ無事に、早く、そして、安くつくことの方が優先されるようになったのではないかと思います。

 かつて、旅客船で、日本から欧州に出かけた人々は一ヶ月近くをかけて、アジアの各地を巡り、スエズ運河を超えて、地中海に出ました。
 今、そんな旅をしたら、目の玉の飛び出る金額が必要となります。
 そんな時代を知る人からすれば、飛行機の旅など情緒も風情もないものに違いありません。
 
 そして、優雅で美しい女性が配され、機内で出される食事も工夫され、寒いといえば毛布を、喉が渇いたといえばジュースを持ってきてくれる、あの至れりつくせりのサービスを体験した人からすれば、昨今の航空会社のありようはなんとの腹立たしいと思うのではないでしょうか。

 でも、それが時代の流れなのです。
 飛行機に乗ることで旅を楽しむ時代は終わったのです。

 LCCが幅を利かすようになったのは、何も、支払う金額が惜しいだけではなく、尽きない雲を見るためではなく、さほど美味しくもなくなった機内食を食べるためでもなく、早く、目的地へ行くためなのです。

 娘が初めてオーストラリアに行く時、LCCであるジェットスターを利用していきました。
 荷物が重量オーバーで、その調整に大変でした。
 それでも、どんなに減らしても、当初契約していたチケットの重量とは違うので、それを機内に持ち込むのには対価を支払わなければならないのです。
 その金額が2万円近くです。
 だったら、最初に少し重量大目にしておけば数千円で済んだのです。
 
 しかし、機内食も頼まず、節約をしていこうとする娘にとって、運賃は最も節約すべきものであったので、ついうっかりとしてしまったのでしょう。
 
 やむなく、その超過金額を私が払い、機内で食べるものでも買いなさいと小遣いを渡しました。娘にとっては、人生を決するオーストラリア行きです。
 親としては、少々情けない旅立ちでありましたが、その後、いろいろな試練を受けて、今があるのですから、あの時の成田でのすったもんだは、親子での語り草となっているのです。

 アジアでも、LCCが力をつけつつあります。
 訪日客の大半が、移動手段としての航空運賃に大きな金額をかけずに、日本国内で消費してくれるのですから、ありがたいことです。

 LCCを利用して、娘の暮らすオーストラリアへ行くことが多い昨今ですが、快適に旅をさせてもらっています。
 多少、遅れることがありますが、大した問題ではありません。
 空いていれば、席をチェンジすることも認めてくれますし、余ったコーヒーを5ドルで飲ませてくれもするのです。

 それなりに、楽しむのもまた旅の一興であると思いつつ。


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いつも攻撃されてきたような気がする

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名も知らぬ花は、本当に強い、地面の隙間を見つけては根をつけて、そこから芽を出し、茎を伸ばし、花を咲かせます。こうなりたいと私も思うのです。


 「シルバー民主主義」という言葉が、実は、シルバー世代への批判的な意味を込めて使われているということを知りました。
 そのため、この言葉は、別の言葉で、「グレー・デモクラシー」ともいうそうなのです。

 こうなると、この言葉が、いかにも悪そうなニュアンスをもった言葉に聞こえて来ます。

 つまり、若い人は選挙への投票率が低い。
 ところが、シルバー世代は、戦後民主教育のおかげもあり、選挙にはいく。
 よって、高齢者の「選好」が、政治に反映され、政治が歪んだものになるというのが、この言葉が持つニュアンスということになります。

 こういう論法でこられると、たとえ、私が高齢者でなくても、カチンときます。

 私が、今よりも、もっともっと若い時、髪の毛を肩まで伸ばし、裾の広がった派手なズボンを履いていた時代、大人たちは、私たちを軟弱だとか、日本を背負って立つことに不安を感じるだとか、散々に言われた記憶があります。

 若者の、その一員であった私は、言うなれば、年長者から絶え間ない攻撃を受けていたのです。
 もっとも、私を含めて、そうそう立派であったとは言えない若者がいたということは認めなくてはいけません。
 もちろん、そうでない、ちゃんと勉強し、レールに乗って、社会の舵取りを行った若者もたくさんいましたから、そういう人たちが今、高齢者としてひとくくりされているわけです。

 ですから、これは、少々、レールを踏み外し、ちょっと寄り道をしてきたさほど立派ではない者が言うことだと思って、読んでいただければありがたいことです。

 車内で誰彼となく暴言を吐いたり、図々しい態度でいるシルバーに対して、若者達の攻撃的な文章が綴られているのを読んでも、嫌悪感を抱くことはありません。
 それは、若者ならずとも、世代を超えて、誰しも嫌悪感を持つことだからです。

 最近、車の暴走が話題になります。運転者は多くがシルバーたちです
 私も含めて多くの人は、突っ込んだ車の映像を見ながら、なぜ、ブレーキとアクセルを間違って踏むんだろうと、どう見ても納得がいかないと思う方が大半であると思うのです。

 でも、歳がいくに従い、私はまだその判別がつかないほど、シルバーではないから、わからないだけであって、きっと歳をとっていけば、人間はさほどのことも判別し難くなるのだと思うようになってきたのです。

 ゴミをためて近所に迷惑をかける人も、幼稚園がうるさい、幼児が公園で騒ぐのは許せないとクレームをいってくるのも、校庭からの砂埃や病院の受付の態度に対してすごい剣幕で怒鳴り込むのも、大抵は、このシルバー世代と決まっています。

 よくよく記事を見て見ると、彼らが一人暮らしであったり、近所との交流を失った人々であることがわかります。
 さらに、突っ込んだことを調べた記事を読むと、そういう人たちは、現役時代にはそれ相応の立場であり、自分こそが世の中を背負ってきたと言う自負心に満ちていたことも、また反対に、何をやってもダメで、それこそ社会から見捨てられてきた存在であったこともわかります。

 それぞれに「一家言」ある方々なのかなとも思うのです。

 日本という国は、世界でも例のないくらいの高齢化の急激に進んでいる国です。
 しかし、社会保障の支出を適度に抑制しながら、かつ、医療費の支出さえも抑制しようとを政策を踏んで、将来のさらなる高齢化に備えている国なのです。

 それを姨捨山のようだと表現することも、あるいは、生かさず殺さずと表現することも自由ですが、北欧のように、老人に対してはさほど優遇措置を取らず、そのため、税金もさほど高くせず、若い世代にも無理な負担を負わせずという政治を行ってきているのが日本だと考えるのが適正なものだと私などは思うのです。
 
 北欧のように、シルバーと呼ばれる世代に潤沢な予算で、生活をするに十分な資金を定期的に与えられていたら、どうだろうかと考えるのです。
 
 シルバーとは言えさまざまですから、自負心を持って世の中を生きてきた人からは、遊び呆けて、気楽にやってきた連中と一緒にはされたくないと、結構、予見しない不満や断絶、そして、分断が日本社会に生まれてくるのではないかとも想像するのです。

 つまり、スケープゴート的事案が各所で発生し、世代間でけなしあい、シルバーバッシングは今以上に広がり、学校でのいじめと同じような事案が「高齢化」の現場でも、地域社会でも起こり、凄惨な事件を誘発するのではないかと危惧するのです。

 そうなれば、公園の子供の声がうるさいとか、校庭から巻き起こる砂埃へのクレームではすまないことになります。

 ですから、シルバーと呼ばれる人々が持つ力を、若い者たち、子供たちにとって、つまり、未来の日本にとって良いように使うことが最も大切であると考えるのです。

 もう、あれこれと攻撃をされるのはごめんですから。

 とりあえず、私は、電車の中で、不届きな若者に与太を吐かないよう、ご近所に対してあれこれ不満をぶちまけるシルバーにならないようにすることが第一にすることかもしれません。


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大人と子供のおにごっこ

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朝早く、咲いたばかりの花びらです。まるで、赤子のようにシワが目立ちます。これから、ピンと花びらをはり、短い命を輝かします。それゆえ、花は美しいと思うのです。


 子供は追いかけたり、追いかけられるのが好きなようです。
 子供たちは嬉々として、公園の中を走り回ります。
 とてもではないですが、もはや、子供のようには、立ち回れません。
 むしろ、そうした元気に立ち回る子供たちを眺めている方がどこか幸せを感じます。
 時に、行きすぎたことをする子供に、やんわりと、してはいけないことを説諭しながら、私は公園で子供たちのありようを眺めているのです。

 韓国に新しい大統領が誕生しました。
 韓国大統領は、各国に特使を派遣する外交を展開しています。
 日本には、韓国国会の重鎮、ムン・ヒサンがやってきました。

 日本の首相との会談で、合意されたのは、「日韓合意を含む2国間関係を適切にマネージしていきたい」と言う極めて抽象的なものでした。
 日本としては、近々にも予想される半島情勢の急展開を見込んで、安全保障を優先させた政治的判断であったと思われます。
 
 韓国との関係では、日本政府ばかりではなく、日本国民の多くが懸念している二点の問題があります。

 10億円を拠出した慰安婦問題における「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった日韓合意が守られるのか、それと、釜山の日本総領事館前に設置された少女像、明らかに外交上の礼を失する行為に対して韓国政府の責任で対応が可能なのかと言う点です。

 韓国特使への対応で、日本政府に寄せられる批判は、この二点をないがしろにしているのではないかというものです。
 加えて、韓国特使は、くだんの日韓合意について「韓国国民の大多数が情緒的に受け入れられない」との立場を伝えたと言われていますから、なおのことです。

 日本政府が、それに対して、目くじらをたてることなく、かといって、理解を示すこともなく対処したのは、極めて紳士的、かつ、外交的な処置であったと私は思っているのです。

 一方、特使は、アメリカと中国にも送られました。
 アメリカに出向いたホン・ソクヒョン特使は、国家安全保障問題を担当する大統領補佐官に対して、韓国内にあるTHAAD配備に関する国内手続きで論争があるということを伝えました。
 つまり、前政権の行った配備に対して、現政権では慎重的な立場であることを伝えたのです。
 
 対応にあたったマクマスター米大統領補佐官は、その件はよく理解していると語ったと言います。
 これも、特使の言葉に対して、極めて紳士的、かつ、外交的な処置であったと私は思っているのです。
 
 イ・ヘチャン元首相は、中国に特使として派遣されました。
 会談に出てきたのは中国外相の王毅です。
 王毅は、中韓関係にある障害を除去し、関係正常化を望むと発言しました。
 つまり、単刀直入に、むしろ、率直に、THAADの配備撤回を求めたのです。

 ここが肝要なところです。
 日米では、韓国の内情を察知し、ことさら新しく大統領になった方への無理な要望をせず、関係を前向きに捉えていく姿勢を示しました。
 これが国際関係での一歩下がって、一歩前進という姿勢であり、この百年で先進諸国が身につけてきた外交姿勢であるのです。

 しかし、中国は図体は大きくなりましたが、まだ、その辺りがよくわかっていないようです。
 単刀直入に物事を言うことは、外交という舞台では無粋なことであるということがわかっていないのです。
 
 新聞の記事であり、写真もなかったのですが、きつい目つきでものを語る王毅の顔が私には浮かんできます。
 なんとも、無礼な姿勢です。
 イ・ヘチャンは、大統領の言葉「真に率直な対話をするのが非常に重要だ」とだけ述べたと言います。

 こういう外交のありようを見ていると、まるで、大人と子供が鬼ごっこをしているようです。

 鬼ごっこといえば、こんなことがありました。
 一つは、5月17日のことです。
 韓国の海洋調査船が竹島の西に位置する日本領海に侵入、翌18日には、EEZ内でロープを投入し、なにやら観測をしたのです。
 もちろん、海上保安庁の巡視船が抗議したにも関わらずです。

 また、もう一つは、これも5月18日のことです。
 尖閣周辺の領海内に、中国海警局の4隻が相次いで領海に侵入し、そして、今回初めてドローンと思われる飛行物体を飛ばしていたというのです。
 自衛隊は、この飛行物体に対して、F15戦闘機2機及び早期警戒機E2Cと、空中警戒管制機が出動させました。
 慌てた中国外務省は、それはメディアがやったと愚にもつかぬ方便を述べ立てたのです。

 まるで、一方は、ネチネチと弱い子に意地悪する悪い子供であり、また一方は、逆らってこないとわかっている子をいじめる図体のでかい子供のようです。
 
 日本は、今、大人の対応をしています。
 近い将来、きっと、多くの国の人々に、そのことの素晴らしさが伝わると思っています。
 なぜなら、それが正しいありようだからです。
 正しいありようを貫くこと、しかし、一旦ことあれば即応可能なことを示しているだけで、子供のような振る舞いは、滑稽にさえなっていくのです。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《5/25 Thursday》
       
❣️<Puboo!>にて、『千年の哲学ー女は賢くなり、男たちはただ老け込むだけだった』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『Hot night. People relax at a beach. And they buy food fried chicken. 热的夜晚。 人们,在海滨放松。并且,他们买干炸鸡。』を公開しました。


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