微力ではありますが、夢と希望がある世界になるよう訴えていきたい!

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蝋梅の花は今ひとつですが、クリスマスの花は、今年は長く、そして、美しく咲いています。この見事な「あか」を見ると、心に闘争心が沸き起こってきます。なんの力もない身ですが、世界を覆う馬鹿さ加減に抵抗を試みたいと思うのです。



 私は、飛行機を利用する多く日本人が多分そうであるように、日本を代表する二つの航空会社のメンバーズカードを持っています。
 
 組織が大きすぎるのでしょうか、それとも管理が不徹底なのでしょうか、JALカードが組み込まれたクレジットカードを解除破棄する際に、退会をしたはずなのですが、毎年、豪勢なカレンダーを送ってくれるのです。
 私、もちろん、これは、ご好意と思って受け取っています。

 私は、JALのおかげで随分と素晴らしい思いをさせてもらってきました。

 例えば、シカゴから成田まで、優雅にもファーストクラスで帰国したことがあります。
 その時は、ビネネスのチケットを持っていたのですが、ファーストクラスに余席があったのでしょう、搭乗後に豪華な席に案内してもらったのです。
 もちろん、拒否するいわれはありません。

 ロンドンやフランクフルトまでは時間も長く、強行スケジュールであると言うことで、ほとんど、ビジネスを利用させてもらいましたが、アジアではさほどの距離もないと言うことでエコノミーを使いました。
 それでも、運がいいのか、人畜無害の顔をしているのか、チケットをエコノミーからビジネスに換えてくれるのです。

 クアラルンプールからジャカルタ、そして、バンコクへと移動した時は、すべてエコノミーのチケットであったにもかかわらず、最後の成田への帰着便以外すべてビジネスにチェンジされたことがありました。
 これには実際驚きました。

 さて、職を辞してのち、私が唯一使う航空会社は、この日本を代表する航空会社ではなくなりました。
 出かける先は、娘と孫がいるオーストラリアのゴールドコーストに限られてます。
 ですから、そこへの直行便が出ている、LCCのジェットスターが、私の使う唯一の航空会社となったのです。

 そのジェットスターから「クラブジェットスター」会員資格更新の連絡がきました。
 年会費は、4千円弱ですが、これに2千円のバウチャーが付いてきますから、安いものです。

 JALかカンタス航空で行くとすれば、シドニーもしくはブリベーンまで行って、そこから乗り換えてゴールドコーストに行かなくてはなりませんから、かの地を観光する分にはいいですが、ゴールドコーストだけに用事があるのであれば、ジェットスターに限ります。

 それに、運賃がバカやすいのです。
 自由の身になった私は、行きたい日付を決めて、その頃の最安値の便を選択すればいいのです。ゲームもテレビも、食事もいらないとなれば、その料金も払う必要がありません。
 搭乗する前に水とクッキーを買っておけば、それなりに安上がりです。
 
 JALのファーストクラスとはもちろん比べることはできませんが、エコノミーでもさほど窮屈には私には感じられないのです。
 ただ、目的地に早く、安く行ければいいだけの話なのです。

 当初、飛行機の旅と言うのは、豪勢で、選ばれた人々の特権的な趣を呈していました。
 それが今、誰もが気楽に使える移動手段になったのです。

 ある学校で、こんな珍事がありました。
 修学旅行でオーストラリアに行くことになったのですが、一隊はカンタス航空、別の一隊は現地で活動を同じくするために、同じ時間帯に現地に到着するジェットスターを利用したのです。
 ところが、保護者から、それは差別であるとのクレームが来たのです。

 校長さんも、旅行会社も間抜けとしか言いようがありません。
 それがたとえ共同運行便であろうがなかろうが、配慮というものが足りません。
 LCCを利用しているお客さんもうるさい学生集団が乗ってこられてはたまったものではなかったでしょう。

 そんな学校の話はともかく、日本も、目的地に早く、安くいくという国際化の時代が本格化して来たようです。

 LCC専用のターミナルが成田にも、そして、関空にもできました。
 中国圏からの倍増する来日客を捌くターミナルです。
 関空の新ターミナルがどのようなものなのかはわかりませんが、成田について言えば、少々差別的であると思うのですが、値段が値段だから、それはあえていうことは憚りますが、そういう姿勢が日本を世界の潮流から一歩も二歩も遅れさせていることは明らかです。

 今、この瞬間も、この地球の空には、驚くべき数の人が旅客機に乗って、空を移動しているといいます。
 そして、その数は年を追うごとに増加して行くというのです。
 
 そうなると、きっと、豪華な旅というのは、空ではなく、海や鉄路の上となって行くでしょう。
 漱石や鴎外が一ヶ月変えて欧州に行ったように、そして、世界が丸く収まれば、東京駅からサハリンを経て、日本の技術力で完成した海底トンネルを使って大陸に渡り、シベリア鉄道を通って、モスクワへ、そこから欧州各地に出かけて行くという旅が一般化するはずです。
 
 しかし、世界は丸くどころか、四角四面の愚かな政策にサインする時代です。

 こんな些細な文章でも、また、何の力もない私ではありますが、そのことに異を唱えて、夢のある世界、希望のある世界となるよう訴えて行きたいと思っているのです。


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アヒルは遠くを見つめている

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 「万博記念公園」を散歩していると、そこに遠くを見つめるアヒルがいました。
 「つくば科学博」の折に、今では当たり前の大画面が、当時は驚くほどの大きな画面で、アヒルの暮らすこの池の向こうにありました。

 新しい年が始まりました。

 予測のつかない、とんでもないことが起こる気配がひしひしと伝わってきます。
 だからこそ、一人の「人」として、時代を見つめていきたいと思うのです。
 
 かつての「大画面」が、今は当たり前になったように、今年起こることが次の新しい時代の「当たり前」を作り出していくような予感がするのです。

 今年も、好き勝手に、このつくばで思うこと、考えたこと、哲学したことを綴っていきます。
よろしくお付き合いください。

 (でも、もう少し、正月休みを過ごします。悪しからず。)

つくばの街で あれこれ

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本日より、お正月を過ごすため、更新をお休みします。
この一年、大変にお世話になりました。
このサイトを訪問してくれた皆さまに、心より御礼を申し上げます。
皆様が、素晴らしい新年をお迎えすることをお祈りしております。

シンゴジラの手

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この光景は、オーストラリアでありません。つくばの街の一角です。細かく言うと、筑波大学の構内入り口付近です。つくばは新しい街です。青い空に、たくさんの樹木、すばらしい街でしょう。


 たまに映画を見に行きます。
 ネットでも、面白いという評判がたっていたので、つくばにある4DS上映の映画館で、それを見てきました。
 せっかく、映画館の大きなスクリーンで見るのですから、テレビで見るのとは違った形で見たいと4DSを選びました。
水しぶきはかかるし、椅子は動くし、耳元でシュシュと風が吹き付けてくるし、結構、楽しめた鑑賞方法だったと思います。
 
 子供の頃、西新井にあったカンコウ(どのような漢字であったのか思い出せません)という映画館で見たあの懐かしい「ゴジラ」とは、原子力の誤った使い方から怪獣が生まれ、それを無闇に使う人間を襲うという話の骨格は似通っていましが、その姿はだいぶ異なっていました。

 姿が異なっているといえば、当初のゴジラと違って、その手が、妙に小さく、しかも、上を向いているのです。指は五本とみていいのでしょうか、時には四本に見える時もありました。

 その小さい、可愛い手を見ていると、写楽が描いた「三代目大谷鬼次の奴江戸兵」の懐から出したあの小ぶりの手を思い起こさせてくれて、なんとも愛嬌があっていいと思いました。

 「ゴジラ」はもちろん日本映画が作り出した想像上の怪獣です。
 水爆の影響で、巨大化し、日本を襲う怪獣です。
 日本映画は、その他にも、モスラ、ラドン、ガメラ、キングギドラと私たちを夢中にさせる怪獣を送り出してきましたが、人間の味方になった怪獣は、モスラとこのゴジラだけではなかったでしょうか。
 まあ、それだけ人気があったということです。

 古代にも、東洋では「竜」、西洋では「ドラゴン」という空想上の神獣がいました。

 西洋のドラゴンは、空を飛び、口から炎や毒を吐きます。
 東洋の竜は、水の神です。
 古代中国では、治水をなしたものが王と認められますから、歴代王朝の皇帝たちは、竜の力を尊び、竜に対しては敬意を持って対応していました。

 人間どうしが接点を多く持たない時期に、洋の東西で、同じような神獣が生まれるということはどういうことだろうと、私はいつも思っていました。

 そして、それはもしかしたら、人間が想像をしたのではなく、人間のずっと、ずっと前の祖先たちが、確かに、四つ足を持つ蛇、そして、翼を持つ、大きな獣を記憶として持っていたのでないかと空想するのです
 もちろん、それ裏付ける化石も、骨格も、当然のごとく出てはいません。

 しかし、古代の人間が想像する以上、それには何か根拠があるはずです。

 そんなことを考えると、「麒麟」のような馬がいても不思議ではないし、「ユニコーン」のように一つのツノを持った馬が、人間の側にいてもおかしくはないはずです。

 馬の首から上が人間の上半身に置き換わったような姿をした「ケンタウロス」ですが、これはギリシャ神話に出てくる一種族で、神獣ではありません。
 なんとも思わせぶりな存在の仕方です。
 このような特殊なものまで、実在していたというつもりはありませんが、あえて、現代の科学常識を逸脱して、そのような種族がいたというならば、翼を持った天使なども、きっと私たちの祖先が人間を始めたばかりの頃は、愉快に空を飛び回っていたのかもしれません。

 古代の人々が描いた様々の神獣たちの存在が、実際に人間の目の前に実在したと考えると、洋の東西を問わず、同じような概念で、同じような姿の神獣がいたことが、妙に納得できるから不思議です。

 シンゴジラは、明らかに、日本映画がこの50年にわたって営々と築き上げてきた怪獣映画の最新の姿形と言っていいでしょう。
 あの手に象徴されるようにどことなく滑稽感とかぶき者の風を醸し出して、果たして、今後どうなっていくのか、そして、若く、意欲のある青年たちが、これまでの老人たちに代わって日本をリードしていくことを訴えていました。
 東京がめちゃくちゃに破壊されたとしても、有能で、こころ強い日本の若い人々がきっと元どおりにしてくれると思うに十分な内容でありました。

 折しも、日本列島に台風が吹き荒れ、災害を引き起こしていきました。これらの台風は、中国にも、北朝鮮にも甚大な被害をもたらしました。
 まさに、水を司る「竜」が大暴れしたかのようです。

 そのような自然災害としてあわわれる「竜」の悪戯には私たちは謙虚に立ち向かいますが、人間の手で作られ、それを遠くに飛ばすような「竜」だけはごめんです。

 シンゴジラのあの小さく、上を向いた手は、「おい、そこのでぶっちょの若旦那、いい加減におし、皆が怒っているぜ。そこらでいい加減、悪戯をやめないと、今度は、ドラゴンが翼を広げて、太平洋の島から、お前さんのところにお邪魔して、火を噴くぜ。」と言っているような気がしてならなかったのです。


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