割烹の、店

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今年は暑さが今ひとつで、我が家の朝顔も、花の数がふるいません。ポツポツと咲くだけなのです。やはり、朝顔はその名の通り、朝方に満開になり、日が昇るやその花の盛りを終えるのがいいのです。


 オーストラリアに暮らす婿殿が、我が家に来ると決まって行きたいというお店があります。

 本店はつくばで、同じようなお顔をした息子さんが土浦に支店を持つ「やぐら」というお寿司屋さんです。
 しかも、予約時には、必ずカウンター席を取っておいて欲しいと言います。
 なんでも、若大将の包丁さばき、寿司を握る所作などを見て勉強したいというのです。

 ゴールドコーストで、彼は調理人をしているのです。
 ゆくゆくは自分の店をかの地に開きたいと願って、日々、頑張っているわけですが、そうそう簡単に店をもてようはずもありません。
 でも、そうした夢を持ち、ゴールドコーストで同じ夢を抱き、活動している仲間たちと実現に向けて前進はしているようですから、温かく見守っていきたいと思っているのです。
 
 若者が夢に向かって進む姿ほど美しいものはありません。

 さて、先日、婿殿の要望に応えて「やぐら」に行った時のことです。
 最近、オーストラリアでもこうした「割烹」の店が増えてきているんでよと、婿殿、私に言います。
 
 「割烹」、の店?

 と、私は少々理解するのに時間がかかりました。
 包丁で捌くことを「割」、出汁をとったりすることを「烹」というけれど、その意味以上に、客に料理するすべてを余すところなく見せる形態の店のことを言っているんだなと私は程なく理解しました。

 そう言われれば、オーストラリアのホテルやレストランはもちろん、日本のちょっと高級なレストランでも、そして、イギリスの学寮の食堂でも、調理人が慌ただしく調理している場面を見たという記憶はありません。
 むしろ、ロンドンのパブなどでは調理は壁の向こうでなされ、ウエイターやウエイトレスが出来上がった料理を持ってきてくれるというのがほとんどでした。
ですから、お寿司屋さんのように客の前で調理する形態は珍しいのです。

 客が混んでいる時など、きっと、大量の注文を受けて、調理場は修羅場と化しているのではないかとも思うのです。
 「やぐら」でも、客が混み合って来ると、大将を中心に動きが忙しくなります。
 客とやりとりしていた大将も、そういうときは、無口になって、寿司を握るのに懸命です。
 客もそれを知っていますから、声をかけません。

 婿殿を見ると、じっと大将の仕草を見ています。
 動きにムラがありませんね、動作が連続していて、それゆえ、できた料理が新鮮になる、などと私に語りかけてきます。

 私がたまに出かける店、土浦の「弁慶」、これはフグ料理の看板を掲げていますが、焼き魚も美味しい店です。
 つくばにある「コッコリーノ」、これはイタリアンで、ここも、魚料理が美味しいお店です。
 そのどれもがみなオープンキッチンで、料理人の所作を見ることができますし、料理人もそれを意識して調理をしているお店なのです。
 そうか、私が出かける店はその手の店が多いんだと今更のごとく気がつくのです。

 安心感か、それとも、婿殿と同様、調理する人の所作を眺めて、それさえも料理の一つの目玉として見ているのか、その辺りは、無頓着な私には判然としませんが、そう言われて見ると、料理も作られる過程を見ることで安心と美味しさがもたらされるということがわかるような気もするのです。

 いうまでもありませんが、どのような人が作り、その人がどのような会話をして、客にどのような相槌を打って来るのか、それらすべてが料理の味になるのです。
 つまり、調理人というのは、利口でないとつとまらない職業なのです。

 先ほど、婿殿は連続する仕事と言っていましたが、それは大いなる期待感に必然的に繋がると私も思っています。
 つまり、そう、何かがマジックのように生まれてきて、供されるという「スリリング」さです。

 魚を捌く包丁の切れ味、そして、それを切る職人の洗練された所作を見るだけで、その職人の技量が見て取れます。
 そして、まな板を叩く音、まな板や包丁を布巾で拭く所作、そこから感じられる匂い、それらが出された料理の味を決めていくのです。
 その上、その大将が、これは鳴門のなどというと、私の頭にはあの渦潮が見えて、そこを泳ぐ魚の姿さえも出て来るのです。
 それは、川エビでも、アワビでも同じです。

 料理人は、客が、自分の料理ばかりではなく、所作やうんちくに期待をしていることを十分に了解しているのです。
 それはまるで、芝居小屋で形の整った古典劇を見ているかのようです。

 完成したものを提供するのではなく、完成に至る過程を見せ、そして出来上がったものを食してもらうという日本の和食の一スタイルが、オーストラリアや欧米で、いや世界中で流行っているというのであれば、それは素晴らしいことです。
 何も隠さず、素材の素晴らしさを見せ、それを料理する技量を誇り、見た目にも素晴らしい料理にしていくのです。

 婿殿が一体どのような料理をこれから作っていくのか楽しみです。
同時に、包丁を握り、目の前のオージーたちと、サーファーズ・パラダイスの波についてうんちくを披瀝しながら、オイスター料理を提供している姿を思い浮かべるのです。


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良きも悪しきも呑み込んで

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久しぶりに田んぼのある裏道に出かけました。カエルの鳴き声、つがいの白鷺、それにカモ、加えて、キジと田んぼの周辺は大にぎわいです。ふと、足元を見ると、こんな形の葉がありました。はて、妙な形だことと思いつつ、調べずじまいになっています。


 今年も、かつての教え子たちから暑中見舞いが届きました。

 北大に進学し、そのまま北海道に根を下ろしたもの、東工大でソーラーカーに夢中になり、オーストラリアをダーウインからアデレイドまで縦断し、その後、ソーラー発電の会社に入ったもの、そして、慶応からロンドン大学の院で経済学を学んでいるもの、それぞれが立派に社会で貢献をしていますが、学生時代にはそれぞれに問題を抱えていました。

 こんな場所で言うのもなんですが、今日はその件を披瀝しておこうと思うのです。
 彼らの今ある栄光に味噌をつけようと言うのではありません、学生時代に多少問題があっても、人間はそれ克服し、挽回できると言う例を語っておきたいのです。

 まず、北大に行った彼は、よく「法」を犯しました。
 してはいけないアルバイトを私がよく通う道筋で行なっていたことがあります。
 バイト先は、コンビニです。
 私が、購入する品物を持ってカウンターにいくと、彼はニコッと微笑み、「先生、いらっしゃい」と屈託なく言うのです。

 私が、目を丸くして、彼を見つめたのは言うまでもありません。

 別の日には、これも私が通勤する途中の道でです。
 赤信号で停車する私の車の前にすっとバイクを忍ばせてきたのは、簡易ヘルメットをかぶった彼でした。
 この時も、彼は、後ろを振り返り、私に微笑んだのです。

 それが彼であるとわかった私は、これまた目を丸くして、彼を凝視し続けました。

 東工大に行った彼は、すこぶる生意気な生徒でありました。
 申し分のない優秀な生徒で、東大に十分合格できる力を有する生徒の一人でありました。
 私学としては、東大合格の数が大切です。
 しかし、彼は首を縦に振りません。
 頑なに、東工大と言い続けます。
 その理由は、先に述べたソーラーカーに他ならなかったわけです。

 その彼から、卒業式の翌日に封書が届きました。
 内容は、半年前、私が優秀賞を与えた彼の作文が、実は盗作であったと言うものです。
 私は、それを発見できなかった私に責任があるが、大学ではそれだけはするなと返書を送ったのです。

 慶應に行った生徒は、これも優秀でありましたが、警察からこんな情報が提供されたのです。
 彼は、地元で、レストランに入ってはなんやかんやとクレームをつけては飲食代を払わないいわくつきの男であると言う情報です。
 街の商工会との会合で生徒の名前と学校名がわかったので、連絡をしますと言う通知でした。
 つまり、今度、店から連絡あれば、業務妨害で検挙する可能性があると言うことです。

 私は、彼を呼びました。
 かれこれこう言うことが耳に入ったがと言うと、わかりました、今後はしないようにしますとあっけらかんに言います。
 そして、でも、虫の入ったコーヒーとか、生ぬるいスープが出てきたら、どうしますかと私に質問してきます。
 そう言う場合はそっと店の人に言えばいいんだよと、私も少し言葉をきつくして言いました。
 その店の出す料理がまずければ、もう二度と行かなければいいんだし、そう言う店に入った自分が見る目がなかったと思うしかないだろうと、言葉をつなげたのです。

 納得したのか、しなかったのかわかりませんが、彼がその後クレイマーとして何か問題を起こしたとか、警察から何かあったわけではないので、安心をしたことがあります。

 その彼がロンドンに行く際に、私にかなり厚い手紙をよこしてきました。
 例の件については一切触れられていません。
 自分が大学時代にやってきたこと、そして、ロンドンでやるべきこと、その後は、海外で研究活動に当たる計画であることを縷々述べている手紙です。
 
 彼は、自信過剰とも言うべき人間なのです。
 そのため、友人付き合いは決して良くありませんでしたが、おそらく、単刀直入に、例の件を問いただしたことで、彼は私にいくばくかの親近感を持ったのだと思っているのです。
 その時、私は一枚の絵葉書に頑張れと言う内容の手紙を愛想もなく送りました。

 そんなちょっと癖のある連中ですが、なぜか私とは縁があるようです。

 私自身は、校則を破ってあっけらかんとする少年ではありませんし、むしろ、几帳面にそれを守る方でした。
 教師にはそんなこと分かるまいと人のものを自分の名前で提出する悪賢さもありません。
 レストランに入って、とやかく行っては相手を困らせる癖もありません。

 つまり、私とは正反対の、要するに、私にはできないことを平然と、時に、こっそりと、そして、大胆にやることのできる彼らが持つ「癖」に対する憧れがあったのだと思っているのです。
 ですから、彼らを「問題児」扱いしない、人間誰しもそう言う時代があるのだという認識が、彼らを私に近づけたのではないかとも思っているのです。

 彼らも、もう40代になっています。
 若い部下もいることでしょう。
 きっと、おおらかに、若い世代を見ているに違いないと思っているのです。

 良きも悪しきもあわせて呑み込んで、この「人なるもの」を見ていると信じているのです。


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二つに割れたピンポン球

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ブログをやっている皆さんのサイトを訪問していると、いいことがあります。例えば、先日、公園で見かけたこの木、枝に何やらくっついています。それで、写真をとったのですが、さて、なんの木やらと調べようとしますと、ちょうど、私に教えてくれるかのように、あるブログの記事で、これがスモークツリー、すなわち、煙の木であると書かれていました。それ以上は調べていませんので、正しいかどうかの確信はありませんが、学者ではあるまいし、煙に巻かれるのもいいし、いや、むしろ、ブログの記事を信頼して行くことも大切だと思ったのです。私もそうであるように、なるべく、人様からご指摘を受けないように、努力をしているのだから、この方のブログもそうであるに違いないと。


 なぜ、中国外交部の報道官たちは、あのように怒気をにじませた表情でものを語るのでしょうか。それとも、笑顔で何かを語っている姿を日本のマスコミがカットして報道しないのでしょうか。

 日本の野党の先生方も、目くじらを立てて、政権に何やらまくし立てています。
 あの美しい女性議員たちも、歯茎をあらわにして、ロバのように吠えています。
 
 教師もまた、怒りを生徒に対して露わにすることがあります。
 目を怒らせ、生徒を睨み付けるのです。
 生徒には緊張感が走ります。
 誰が、いつ、良からぬことをしたのか、それは自分であるのかと生徒たちの脳裏には反射的に恐れを伴ったいなづまが走るのです。

 人が人に対する圧力をかけるうえで、「怒る」という方法は一番の得策であるのです。

 中国外務省の報道官たちは、自国の不利益になることを他国がやれば、それが国際社会で正当なものであろうとも、特有の怒りを持って糾弾してきます。

 国会の様子を見ていますと、怒ることが一つの作戦であるかのように思える時があります。
 気の弱い大臣たちは、その言葉に萎えているかのようです。
 それを見ている国民の中には、気が弱いのではなく、やましいことがあるから、あのように言葉に力がないのだと思う人もいるはずです。
それに輪をかけるようにテレビのコメンテーターたちがもっともらしい意見を述べます。
ですから、国民はますますマスコミの意見に流されて行くのです。

 でも、私などは、一国の総理や大臣に対して、あまりにも非礼な、いきすぎた暴言ではないかなと思うときもあるのです。
 なぜなら、大臣たちは、その人格や性質はともかく、日本国の行政を現実に行なっているのですから、それに対する敬意を払わなくてはいけないのです。
 国民の選択により、彼らは政権を維持し、運営しているのです。

 一方、野党の先生方は、国民の信託を受けられないから、行政を担えないわけです。
 そのあたりの分別があって然るべきであると考えるのです。

 議員だから、同じ土俵にいるのではなく、一方は政権を担う力を票で与えられ、一方はそれが与えられていないという違いを知っていなくてはいけないのです。

 だから、野党は下手にでていればいいというのではありません。
 語るべき議論は、「正々堂々」と為すべきなのです。
 「怒り」を露わにしておこなったり、相手への敬意を払わないのは議論の正道を外し、ともすると、一票を投じる国民の信を失うことになるのです。

 現に、支持政党の率の低さがそれを雄弁に物語っているではないですか。
 自らの党を大切に思うなら、そこへ考えが行くはずですが、そうでないということは、やはり、自分第一の考え、強硬な批判を展開することで知名度をあげようとか、そんな魂胆があるのではないかと勘ぐってしまうのです。

 中国外交部の報道官が、日本政府へのなんらかの批判をするときに、涼やかな笑顔で、日本はかようなことを述べていますが、それは中国には受け入れられないことですとやったらどうでしょうか。
 ですから、日本政府の言い分に対して、中国国民も日本国民も冷静になって、このことを考えていかねばならないと中国外交部は考えているのです、と述べるのです。

 しかし、そんなことをしたら、中国人民はきっと黙っていないでしょう。
 下手をすると、北京市朝阳区朝阳门南大街2号にある中国外交部の建物は、中国共産党の意を受けたデモ隊に包囲され、放火されるでしょう。
 怒りを専売特許にする報道官たちも吊るし上げを食ってしまうでしょう。

 でも、日本の国会であれば、そんな無体な出来事はおこりえません。

 怒りを封じ、相手への敬意を持って、真摯な議論を行うのです。
 仮に、政権が野党の真摯な問いかけに応じなければ、日本国民は無知でも、愚かでもありませんから、政権をきっと見限るはずです。
 政権が、礼節を持った意見に応えて、自らに過ちや行き過ぎがあったと判断すれば、それを改めていけばいいだけの話です。
 しかし、劇場型と言う、一人の人気者が「風」を吹かせてしまうと、国民がいくら冷静でいようとも、その「風」に押し切られてしまう風潮があるのは、日本国民もまた自戒をしなくてはなりません。
 
 「風」を操る政治家には危険がつきものだと言うことを知っていなくてはいけないのです。

 そうそう、思い出しました。それは私の同僚であった教師の話です。
 終礼の会のとき、クラスの生徒が悪さをしたのを叱らなくてはいけなかったのです。
 生徒たちも、それを知って、今日の終礼は長い説教の時間になると諦めていました。
 
 その先生が教室に入ってきました。
 全員黙想と声をかけます。
 生徒たちは姿勢を正し、担任教師の次の言葉を待ちます。
 黙想やめの声がかかります。
 教師の目には、いつの間にか、二つに割ったピンポン球がくっついています。 
 その教師の姿を見て、しかし、笑っていいものかの判断を生徒たちはしかねています。

 先生は、怒る代わりに、独特のユーモアで生徒に対したのです
 怒るはいっ時、教えさとすのもいっ時なのです。


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乗り越えろ!こんな「坂」あんな「坂」

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つくばの街を歩いていたら、こんなマンホールが歩道上にありました。色鮮やかに、目立つマンホールです。消防関係のマンホールには、こうした目立つものが多いように思います。娘の暮らす松戸でもそうでしたから。


 教員というのは、専門職であると言われます。
 しかし、これといった専門的な訓練を受けてきたわけではありません。

 私は文学部中国文学科に籍を置いていましたから、文学部で取れない教職の単位は、教育学部まで出かけて行って、受講し、教員免許取得に必要な単位をとっただけに過ぎないのです。
 中国文学科に所属している学生が取得できる免許は、中学・高校の「国語」となっています。
 日本文学専攻の学生のように、源氏や漱石を一回も学ばずに、それでも、「国語」の教師になれたのです。

 ですから、実際に教壇に立つにあたっては、相当な勉強をしていかないと優秀な生徒から軽く見られてしまいます。
 それでは教師としてたち行きません。

 そういう点から見れば、教員になって、専門科目である教材研修は人一倍やった、いや、やらざるを得なかったということになります。
 私の専門職としての矜持は、この新米の時の研修で培われたのではないかと思っているのです。

 その専門職という概念に対する職は何なのかと考えますと、それはおそらく、一般職となるでしょう。
 会社員がその典型です。
 会社員といえば、転勤がつきものです。
 転勤を繰り返し、営業職についたり、経理をやったりと将来会社のために役立つ人材となるべく、総合的な力をつけていくのです。

 先だって、JRの幹部の方のお話を聞かせてもらいましたが、彼もまた、入社当時は、電車の運転手であったというから驚きました。
 そうして現場に立って、着々と地歩を固めていくのです。

 しかし、そうした日本の企業のありようが少しづつ変化をしてきているといいます。

 つまり、日本人の健康寿命が伸びていくのと反比例して、日本の企業の会社寿命は減っているというのです。
 どういうことかというと、人は50年働ける体力を得ても、会社がそれに応えられないということです。
 もっと、明確にいえば、定年まで一つの会社には働けないということです。

 人生には、いろいろな坂があります。
 ほとんどの人が、その坂を、人それぞれに乗り越えて生きていくのです。

 ある人は、坂を目の前に、意を決して登ろうとしましたし、またある人は、また意を決して別の坂を目指しました。
 あるいは、坂を登ろうとしているのに、もういいよと断られることもあります。

 そんなとき、人はそれぞれに考えるのです。
 もっと、自分に力があったなら、もっと、別の何か役立つ才能があったならと。

 私は教職にあって、世間では専門職と言われる範疇の中に身を置いてきました。
 だから、それはそれで、価値のあることであり、取得した免許は生涯消えることなく、例えば、取手の学校をやめて、土浦の学校に転じるということが可能であったのです。

 これからこの日本で活躍する若い人たちにも参考になるので、あえて書くのですでが、要は、組織の中に自分を置いていても、組織がその人を守ろうしてくれることに期待を寄せるのではなく、自分は組織をでても、別の場でやっていけるというものをつけておかなくてはならないということなのです。

 つまり、専門職、一般職に限らず、何かを創れる力、立ち上げる力、総合的に把握し、進める力、いうなれば、「プロデュースする力」を持たなくてはいけないということです。
 また、コンピューターのことに関しては右に出る者はいないというくらいの技術力を持つとか、そうした「特別な技術力」を意図的に自分に付与していかなくてはならないということなのです。

 私の場合は、免許に助けられ、人に助けられてやってきたわけですから、偉そうなことは言えませんが、今、一線を退いて世の中を見ていると、自分の孫たちの時代、今まで以上にとんでもない坂が待ち受けているのではないかと思ってしまうのです。

 きっと、彼らの世代は彼らの世代なりに、乗り越えていくとは思いますが、それでも、やはり、年越し苦労というか、できることなら、自分たちが乗り越えてきたあの不毛な坂の数々を乗り越えていくことのないようにと思ってしまうのです。
 
 最初の孫が、初めての通知書を持ってきたと娘から電話がありました。
 まだ、まるとか、さんかくの通知書ですが、それでも、気になるのは教師であったからばかりではないのです。
 まるやさんかくを持ってきたこの孫がどんな職業人生を送ることになるのか、そして、どんな坂を乗り越えて行くのかと考えてしまうのです。

 それに加えて、まだ幼稚園ですが、オーストラリアで暮らす孫もいます。
 さまざまな人種の中に身を置き、英語の文化の中で暮らしています。
 はて、この子は一体どのようにして己の人生を構築して行くのかとも考えてしまうのです。

 孫たちの世代は、それぞれが着実に一歩を踏み出しているのです。

 いつの日か、この『つくばの街であれこれ』の文章を読む機会もあるのかと思います。その時に、少しは役立つこと、そうではなくても、一介のじいじが心配していたことは残しておこうと思っているのです。


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潜在力は「脳力」が鍵

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今の技術では不可能なことです。それは、この花のあたりを漂う香りを伝えることです。しかし、それもまもなく可能になるのだとも思うのです。だって、人間はこうと思ったら、それを実現してきた「種」ですから。


 暑い最中、観客のふる団扇の忙しない動きを気にしながら、名古屋場所を面白く見ています。
 
 盤石な横綱相撲など面白いわけがありません。
 ハラハラドキドキの大関陣の相撲も面白くはありません。

 面白いのは、新しく名乗りをあげつつある若い力士の一気呵成の命がけの相撲です。
 中でも、宇良関の相撲は痛快そのものであります。
 スピード感溢れる動き、突拍子もない技、ともすると変幻自在の動きで相手の目をごまかし、小兵が大男を倒す爽快な相撲を見ることができます。
 
 どうも私たちのDNAの中には弱者が強者を倒すことに対する憧れ、敬意、そして、願いがきっちりと組み込まれているようです。

 実は、私、スポーツクラブで卓球を行なっています。

 平野選手がトップレベルの中国人選手を立て続けに破って優勝したり、中学生になったばかりの張本選手が日本チャンピオンを破るなどして、今や、学校のクラブ活動では一番人気の部活動になっているということです。

 で、私が一年余り卓球をしてきて思うことですが、その第一が、相撲同様、小兵がベテランに勝てる可能性を秘めたスポーツであるということです。
 子供でも大人に勝てることが可能ですし、下手な人が上手にプレーする人から得点をもぎ取れるのが卓球というスポーツなのです。

 第一、大きな競技場を必要としていませんから、174センチの身長のある私などはちょっと腕を伸ばせば、競技場全体を覆うことができます。
 野球やサッカーのように、打球をより遠くに飛ばしたり、体を張って相手の攻撃を防いだりすることもありません。

 つまり、体の大きさとか、ずば抜けた身体能力が決定的な要因とはならないのが卓球なのです。
 ならば、そこに何があるのかと言いますと、相手のラケットの位置から打ち込まれる球の動きを予測し、それを把握して、こちらもラケットの位置を修正して打ち返すという、いうならば、瞬発的な「脳力」であるということです。

 それがわからないと、相手の球をあらぬ方向に打ち返したり、あるいは、打ち損じたりしてしてしまいます。

 つまり、張本くんにしても、平野選手にしても、一瞬で相手の信号を察知し、間髪を容れず適切な力で球を返すという「頭の回転の速さ」があって、強いということなのです。

 あの宇良関の相撲にも、相手の定石を覆すとんでもない頭の回転の良さがあって、大男を翻弄するあの爽快な相撲が成立していると思えるのです。

 「頭の回転の良さ」という「脳力」を持っていると言えば、将棋界での藤井棋士の活躍も痛快そのものでありました。

 おそらく、あの子の頭に中には、盤上の駒の動きが十数手先まで見えているに違いないありません。
 
 サッカーでは、選手にはそれぞれの役目が課せられていますが、一流の選手というのは、あの広いサッカーグラウンドで、ゲームの動き全体を俯瞰することができるといいます。
 俯瞰できるから、自分が今、これからどこへ走って行ったらいいかがわかるというのです。

 もちろん、あらゆる気候の中で、体力を求められることも当然あるのですが、一流であることの条件が、ゲームを俯瞰し、ボールの動きを予測できるという点にあるという話には納得ができるのです。

 同様に、将棋の世界でも、おそらく、藤井棋士の頭の中は、コンピューターのように正確に、素早く、そして、一つの駒の置き方でそこから派生する将棋の世界が手に取るように熟知されていると言えるのです。

 そんなことを考えていくと、スポーツというのは、また、勝負事というのは、明らかに、「脳力」のありよういかんで勝敗が決するとも言えます。

 ということは、子供の潜在能力を開発するためには、「体力」と同時に、「脳力」を鍛えるに越したことはないという結論になります。

 たとえ、一流のプレーヤーになれなくても、そこで得た「脳力」は、彼の人生に多大な影響力を持たせてくれるはずです。

 私のよく知っている塾長は、そのことに気づいて、レゴ教室を開いて、子供たちの潜在能力の開発に力を注いでいます。
 決して、儲かる仕事ではないと思います。

 レゴを通して、彼が意図しているのは、きっと、子供達の未来のあり方だろうと思います。

 定石を覆す独創的な動き、怖いもの知らずに立ち向かう図太い心持ち、全体を俯瞰することができ、かつ、その先を見通せる判断力は、必ず人生に大きな影響力を行使できるということです。

 いま、若い世代が頭角を現すことが可能な時代になっています。
 そこには、ありきたりの教育ではなく、世間の評価に揺れ動く教育でもなく、人間が持つ「脳力」を直視する純粋な教育があることを知らなくてはなりません。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《8/22  Tuesday》

❣️<Puboo!>にて、『神様のおかげ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『The silhouette:The person who sits down in a seashore bench
It's covered with a green tree and give the shade of a tree to two people. Many waves are surging over the beach.A vast sea and the sky spread over it.
人影 : 卸下腰到海岸的长凳的人。绿的树木落到身上,将树阴给予二人。向海滨的对面几个也波浪涌来。并且,到那个对面汪洋大海和天空扩展着。』の絵を公開しました。

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