難しいことをわかるように話す

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暖炉の上にある漆喰できた壁にパソコンの上に置かれた笠間の網代米が写っています。春先から初夏、朝日がちょうどいい具合に差し込む絶景なのです。


 子供の頃のことです。
 国会は、自民党と社会党が大きな勢力を保っていました。
 しかし、拮抗するというのではなく、一方は万年与党であり続け、他方は万年野党であり続けたのです。

 自民党は、政策を実行する力を有する現実的な党であり、それがために、政治に伴いがちな汚職などの良からぬ振る舞いも時にあったりしました。
 他方、社会党は、どちらかというと中途半端な理想を掲げ、一方が支配階級の党であるならば、こちらは被支配階級の党であると、与党に対してあらゆる反対策を講じてきたのです。

 選挙にあっては、常勝自民党であり、負けているばかりの社会党を応援したくなる判官贔屓みたいなものを感じる始末でしたが、いかんせん、選挙権がないのでどうしようもありません。

 自民党は、与党であり、国政を担う党ではありますが、党の中には「派閥」なるものがあり、親分が手下を集めて、金を配り、一党を形成していたのです。
 つまり、党内にはさまざまな考えを持つグループがあり、ともすると、党内に敵味方が混在しているという集まりでありました。

 田中角栄率いる派閥と福田赳夫率いる派閥が首相の座を争った時は、「角福戦争」などと新聞は囃し立てました。
 選挙での大敗北から大平内閣が成立するまでの「四十日抗争」では、バリケードを挟んで大演説をぶつ一匹オオカミ的な浜田議員も出て、ともかく、愉快な政党でした。
 
 その愉快な党の中でも、角栄や一匹オオカミ的な浜田議員に特に人気が出るのは、難しい話をわかりやすく、面白おかしく語りかけてくれたということに尽きるのではないかと思います。

 ことの是非はともかく、そりゃそうだと納得させられることが多かったのです。
 そして、それは、彼らのもう一つの特徴である、人の話をよく聞くことができる人であったということに及びます。
 選挙区では、偉ぶらずに、同じ目線になって、手を握り、肩を叩き、話を聞くそういった姿勢があったのです。
 ですから、選挙民が希望することを熟知し、琴線に触れる話ができたのです。

 これこそ、選挙を経て国会に出る政治家にとって、大切なことだと思うのです。

 さて、最近の国会での議員先生のありようを見ていますと、どうも、この辺に不足を感じるのです。
 簡単な出来事をやたら難しく言いたがるのには、どうも困ったものです。
 
 例えば、氏名も、月日もない文書を取り出してきて、首相と政府を責め立てていますが、首相も政府も涼しい顔でいます。
 それが、自分たちの立場を危うくするようなものであるなら、そんな涼しい顔はできるはずがありません。
 政治に関与していない、私が見ても、そのくらいのことはわかるのですから、政治家がそれを知らずに、あえて、問題として取り上げるのであれば、それを裏打ちする文書、あるいは証人をバックに控えさせてのことかと推測しますが、どうも、それらしきものもないようなのです。

 そういう、ある種の「怪文書」を取り上げて、政権批判をするのは、国民にとっては非常にわかりにくいことなのです。
 もっとも、政治的傾向を同じくする人たちにとっては、現政権を打ちのめすことが当然の政治課題ですから、同調するのは当然のことですが、そうした人たちの中にも、ちょっとなという思いがあるように思えるのです。

 政治にとって大切なのは、わかりやすいということです。
 それは国民がバカにしているという意味ではありません。
 そうではなくて、難しい問題も簡単に説明できて、それを実行するに困難を伴っていてもさりげなくやり遂げるのが政治であり、それを可能な政治家が国の代表であるべきであるという考えが日本国民にはあるのです。

 日本は共産主義の国ではありませんから、なんでも党のいうことを聞いていればいいというのでは国民は納得しません。
 問題をわかりやすく説明できて、それを形にできる政治家が信頼を得るのです。

 そうした意味では、昨今の野党が問題提起をし、論争を挑むありようは非常にわかりにくいと言わざるを得ません。

 かの田中角栄は、ロッキード事件で逮捕されましたが、それを命じたのは、野党ではありません。同じ自民党の三木武夫総理です。
 身内でも、決定的な証拠があれば、首相経験者でも法のさばきにのせるというわかりやすい論理、そして、そうではあるけれど、角栄人気は時を経て再び盛り上がるというのは、やはり、政治家としてのわかりやすい判断と行動があったからであると思うのです。

 簡単な話を難しくやると、歴史も事実も歪曲されます。
 歪曲された事実が、世の中を一人歩きすれば、それこそ国家的損失につながります。

 野党にも、優秀な人材がたくさんいるのですから、言葉汚く罵ったり、野次ったりせずに、また、取り上げる材料をあやまたぬよう、国民の大多数の考えを斟酌していって欲しいと思うのです。


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面白くて水の撒きすぎ

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宅の朝顔は今年3世代目の芽を出しました。今年は色の変化があるのか楽しみです。このクレマチスは、鉄線のような無愛想な枝が枯れたのかしらと思わせておいて、春になるとこうして見事な花を咲かせてくれます。かれこれ、6世代目になっているのではないでしょうか。ともかく、命を繋ぐというのは素晴らしいことです。


 中国語を勉強してきたからというわけではないのですが、時たま、「漢字なるもの」に引っかかり、時間を費やしてしまうことがあります。

 夕方など、玄関先で水撒きをしていると、大きな声を出して会話をしながら自転車に乗ってくる男女二人連れと出くわすことがあります。
 その言葉を小耳にはさむと確かに中国語なのです。
 どこかの研究所に勤務する中国人らしいのです。

 その二人が、先日も私が水やりをしていると、通り過ぎて行きました。
 歩行者道を、ここでは自転車も通っていいことになっていますから、私はホースを下に向けて、水がかからないように、二人が通り過ぎるまで待ちます。
 向こうも、こちらも、目で挨拶をしますが、相変わらず大きな声で会話をしています。

 その日、私の耳に「イー・リャオ・リュー・ヨウ」なる言葉が飛び込んで来たのです。
 もちろん、彼らがいかなる会話をしていたのかは不明ですが、その発音から、彼らがある種の旅行について、その日の夕方、仕事を終えて、話をしていたことが推測できたのです。

 「イー・リャオ・リュー・ヨウ」とは、漢字に直せば、「医疗旅游」となります。
 つまり、日本に来る目的として、物見遊山ではなく、医療検査を受ける旅行のことです。

 私たち日本人が、何万円も何十万円もかけて、定期的に行う健康診断のことです。
 私たちの身体に巣食う病巣をいち早く発見し、大事に至る前に治してしまおうというあの検査です。
 今、ちょっと裕福な中国人に流行っていると聞いたことがあります。

 あの二人、親にでも「医疗旅游」をプレゼントするのかしらとか、自分たちが勤務する研究所で「医疗旅游」を義務付けられていることに対する意見交換でもしていたのかしらと、私は水を撒きながら思っていたのです。

 そんなことを思っていると、「漢字なるもの」に私は引っかかり始めました。
 もちろん、「旅」と「游」という言葉です。
 
 「游」は「遊」でも同じですが、中国では「游」の字で書かれることが多いようです。

 ロンドンに遊学した漱石、などと使いますが、何故、学問しに行くのに、「遊」という字が使われているのか、それは「遊」に「動き回る」という意味があるからであることは、少し漢字を勉強した人なら誰もがよく知っているとことです。
 その地にとどまって学ぶから「留学」であり、かの地であちこち動き回って学ぶから「遊学」なのです。

 私の好きな野球でも、「遊撃手」というのがいます。
 ショートを守る野手のことです。
 アメリカの放送局のアナウンサーが、ヤンキースの名選手ジーターの守る場所を、<ショート・ストップ>と言っていたことを思い出します。

 かつて、野球では、各塁と投手の両サイドに守備する野手が計5人がいました。
 打者から近いということで、この二人の選手のことを「ショートマン」と呼んでいたのです。
 その名残から、内野手が4人になっても、塁につかずに自由に動けるあのポジションを「ショート・ストップ」と呼ぶようになったのですが、それをなんと日本語では「遊撃手」とします。

 つまり、各塁を守るのではなく、自由に行動でき、あちこちで守備につく役目の選手ということで、「遊撃」の言葉を与えたのです。
 この場合の「遊」も、「遊学」と同じで、自由にあちこち動き回るということでしょう。

 「旅」にも、「遊撃」と同じく、戦闘に関係する不思議な言葉があるなと思いました。

 それは「旅団」という言葉です。
 たまたま、数日前に、熊本に派遣されていた陸自の部隊の記事を読んだばかりだったのです。
 それが、第13旅団ことで、中国地方5県の防衛と警備を担当する部隊であったのです。
 
 散水しながら、なぜ、軍隊の組織に「旅」という漢字が使われているのかと、これまた気になりだしました。
 
 「旅」という漢字は、元来、兵士500人の部隊をさす言葉であったのです。
 つまり、「旅」という漢字には、<部隊を明示する旗に従う兵士の姿>が元になって作られた漢字なのです。

 教師をしている時、私は小さな旗を掲げて、自分のクラスの先頭に立っていました。
 その後を、クラスの生徒がぞろぞろとついてくるのです。
 教師は先頭にあって、生徒を導くべしと教わり、一人の迷子も事故者もなかったことは、若き日の私の誇りでもあるのです。
 
 あの旗のごとく兵士が付き随う様が「旅」であるのです。
 それが転じて、「旅」が今使われている意味になったとすればよくわかります。
 すると、芭蕉の「万物の逆旅」の「逆」とは何かと気になりだしました。

 もう、キリがありません。
 貴重な水を撒きすぎてもなんですから、今日は、この辺でやめるとします。


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Unsung Hero

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キャビン、いい響きです。この中にこもって、波音を聞きながら過ごす時間は貴重なものです。波に揺られながら、ウトウトするのも一興です。これから季節が良くなれば、デッキに出て、そこで陽の光を浴びながらウトウトします。これまた一興です。


 取手の学校にいる時、私は何度か、運動部の臨時顧問になりました。
 臨時顧問というのは何かと言いますと、その部活が全国大会に行くときなど、予算の関係、あるいは、参加人数制限で連れて行かれない部員の面倒を臨時にみる顧問のことを言います。

 ある時はボート部の臨時顧問をし、夏のひと時、正選手たちが連戦するさなか、利根川にカヤックを浮かべ、居残りの部員たちの練習を見ていたのです。
 当時は、船舶免許も持っていなくて、万が一、生徒に事故があればどうしたのだろうと、今考えても怖くなります。
 しかし、川での練習に慣れた部員たちは、あやふやにカヤックを漕ぐ私が川で溺れたら大変だと心配をしてくれるのですから、何とも嬉しいかぎりでした。

 ある時、アメリカン・フットボールの特別顧問をした時があります。
 この部活、近隣にあまりなくて、試合はいつも、都内にあるアメリカンスクールとか、米軍基地内のチームとの交流戦であったのです。

 予算の関係で1台のバスしか手配できず、それに乗れない部員の面倒を、ここでも見ることになったのですが、これまたボートと同じくらいに危険なスポーツです。

 まだ、体が十分発達していない子供達がタックルしてぶつかり合うのです。
 ヘルメットや防具をつけているとはいえ、当たりどころが悪ければ、首の骨を折ることもあるというのですから、何も知らないとはいえ、それを引き受ける私の無知さ加減にも、今更のように呆れ果てます。

 でもまぁ、ここでも、部員たちは何も知らない私を気遣ってくれました。
 臨時顧問に迷惑をかけてはいけないという思いが私に伝わって来るくらいに安全第一に練習を進めてくれていたのです。
 椅子を用意してくれ、耳に無線レシーバーをつけてくれ、私は一丁前のフットボールコーチのような格好をさせてもらい、グランドに陣取っていたのです。

 臨時顧問になる部活というのは、甲子園や花園という有名な試合があるメジャーな運動部ではないことがお分かりだと思います。

 実にマイナーなスポーツであり、よって、配分される活動予算も極めて少ないのです。
 ですから、彼らはその限られた予算の中で活動しているのです。
 だからというわけでもないのでしょうが、私は、そうした部活の生徒だからこそ、華々しさとは縁遠い、ちやほやされることもない、ひたむきに好きなスポーツに打ち込む姿、そして、他者を思いやる気持ちが醸成されていくのではないかとも思ったのです。

 特に、アメフットは、実に知的なスポーツであり、それがアメリカで作られ、野球とバスケットに並んで人気のあるスポーツであることが、わずかの間、近くて見ていて、よくわかったのです。
 私は頭につけられたレシーバーが最初何を意味するのかがわかりませんでしたが、それはスタンドにいるスタッフからの情報を受け取るツールだったのです。
 チームの選手の動き、疲れが見えれば交代を促し、ラインの甘さが見て取れれば、その強化を促し、あるいは、相手チームの弱点を発見し、そこを突くといった情報が寄せられるのです。
 レシーバをつけたコーチは、その情報を取捨選択し、作戦を選手に伝えます。

 なんかまるで、敵陣地を攻撃する軍隊のありようと同じではないのかと思ったことがあります。
 偵察部隊がいて、攻撃部隊がいて、防御部隊がいる。
 試合になれば、それに喝を入れるチアーもいるし、応援する観客もいるというわけです。
 これらは、言うなれば、物資を補給する部隊といったところです。

 つまり、グラウンドで戦う選手ばかりではなく、あちらこちらに異なった形で試合を戦う人々がいるのです。
 これはすごいゲームだと思いました。

 ちなみに、アメフトの登録選手は最大で65人です。さらに、情報を収集するスタッフたちも最大60人となります。それに加えて、チアーがいて、贔屓の観客がいるのです。

 こんなことを若い時からやっているアメリカ人たちと太平洋の島々で、70年あまり前の日本人の若者たちは戦ったのだと思ったのです。
 とてもではないが、戦略とフォーメーションされた戦略に対して、それに抗うことは困難であったに違いないと思ったのです。

 <Unsung Hero>という言葉が英語にはあります。

 直訳すれば「歌わない英雄」ということになります。日本語に置き換えれば『縁の下の力持ち』になります。

 これこそ、アメリカが重要視する組織論ではないかと思うのです。

 勝つために、第一線の人々の体力と能力を強化養成すること、裏方を含めてチームの組織力の向上を期すこと、チアーなどと一体になってモチベーションを高揚し、ひたすら勝つことに傾注していくこと、その上で、個人の存在を尊重していくのです。
 軍隊ばかりではなく、会社組織にも、運用が可能なあり方ではないかと思ったのです。

 当時の部員たちも今は50代になっています。
 社会の中で、いろいろと苦労しながら、若き日に気遣った優しい気持ちを持って、世の中に貢献していることを、噂に聞くと嬉しくなるのです。


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五月の風とはやり病

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昔の電話機をドアホーンに利用する我が家。何もおしゃれでしているわけでないのです。横着なのです。孫たちが遊びにきて、受話器を外したままにすると、室内の会話が、玄関口から外に漏れます。家の中のことが筒抜けになる電話なのです。


 私の3人の孫たちが、それぞれ初めての試練を乗り越えつつあるようなのです。

 新聞を見ますと、やはりと思える記事を見てとることができます。この時期になると、当然のごとく出てくる記事です。
 新しい生活を始めたあのフレッシュな感覚も若干色褪せ、そして、各種の祝いの行事も済んで、否応なく現実が個人の目の前に重たい帳を落としてくるのです。
 それを私たちは一般に「五月病」と呼んでいます。

 でも、これはフレッシュマンだけではないというのが最近の研究成果として取り上げられています。つまり、春先の季節の変わり目の気温の変化が身体に微妙な体調の変化を与えることが原因となって起こるものだということです。

 でも、人というのは現実を知ることで、少なからず衝撃を受けることは確かなようです。

 現実が理想とはかけ離れていることを、これでもかと思い知らされて生き延びてきた私などには無縁の「病」ですが、新人のように、理想に燃えて社会生活に入った人間には、先輩の怠惰な仕事ぶりや不平不満ばかりの愚痴に、理想が萎えて行くのを感じ取ったとき、それは起こるものです。

 確かに、気候の変化が肉体に与える影響はあるのでしょうが、目の前のありようが精神に与える影響は図り知れないものがあります。

 でも、人というのはそうした岐路に立った時こそ、物事を冷静に見つめることが大切なのです。確かに、現実世界には怠惰で、不満を口にすることを好む人というのがいます。
 それは実は、どこにでもあることなのです。
 もし、そこにばかり目がいくようであれば、その人にも、その傾向があるということです。

 そうではなくて、自分の周囲に、未来に向けて努力する人を見つけることができるか、変化に挑戦し、新しい時代を切り開こうとする人物がいることを見つけ出すことが肝要なのです。
 こうした人物もまた、必ずどの場にもいるものなのです。

 つまり、人というのは、ちょっとした気の持ちようで目に見えるものが異なってくるということです。
 あぁ、こんなのではダメだと思えば、それまでで、それ以上の向上も発展もなくなります。

 そうではなくて、これではよくない、だったら、自分がなんとかしてやろうという気持ちを持つのです。そうした気持ちは、つまり、自分の能力を高めていく志向は、可能性を引き寄せます。
 もっと、突っ込んで言えば、自分を高めていくことは、何かを成し遂げる力を手にすることであり、それがために、志を同じくする人との高いレベルでの人間関係を構築することにつながり、さらに、あるべき規範をそこに生み出すのです。

 あるべき規範とは、人生に意義を見出すということです。
 自然、そこからは自信が涌き出で、その自信を他の人にも与えることが可能になるのです。

 世の中に出て道を違わずに生きるには、まず、その点がきっかけとして極めて重要な一点になります。

 道を違えた人の例は挙げるのはたやすいことです。
 新聞を見れば、毎日のように、その例が出ています。人を騙して金を集めた女の話、権威ある職について自分を誤解して偉ぶった大臣たち、何を血迷ったか嘘で自分を固めた教育者の姿、枚挙にいとまがないとはこれらのことです。

 要するに、世の中に出て、留意しなくてはいけないのは、人を騙してはいけないということであり、権力に溺れてもいけないことであり、横柄に振舞い謙虚さを喪失してはいけないということなのです。
 
 『荀子』という書物に「先義而後利者栄、先利而後義者辱」という一文があります。

 「義を先にして利を後にする者は栄える」というのです。
 利益を優先する企業体でさえこの言葉を大切にしています。企業だから儲けるのが当たり前と考え、それにばかり執着すると栄えるどころが辱めを受けるというのです。

 ここで「義」というのは何かを考える必要があります。
 学校であれば、それは「生徒」であり、豆腐屋であれば、売り物の「豆腐」に他なりません。
 それをこそ大切にしていけばまず間違いはないというのです。

 近くに怠惰な先輩がいても、人を騙すことを勧める上司がいても、威張り腐った人物がいても、「義」をなくした者がいても、自分はそうではないと確固たる信があればいいのです。

 さて、私の3人の孫たちです。

 初孫は今年小学生になりました。
 昨年の夏前ですか、銀座のショールームまでランドセルを予約しに行き、やっとの思いで手に入れたそれを背負って、元気に小学生生活を送っているようです。
 給食が一番好きだというのですから大いに結構なことです。
 「友達をいじめていないか」と問いかけると、そんなバカなことしないよと言ってくれます。

 その弟は、幼稚園に入りました。
 内弁慶で、兄を兄とも思わずいばりちらしていますが、幼稚園では一人置いていかれて、泣きじゃくっているとのことでしたが、それは一日だけで、翌日からはクラスで一番の元気者、ひょうきん者の称号をいただいたということです。
 
 オーストラリアにいる孫は、ラインを使ってビデオで様子を見ることができますが、幼稚園ではすべて英語、家に戻れば日本語と多言語の生活を送っています。
 踊りはダンシング、嫌だと思えばノー、さよならの時はバーィです。

 はてさて、彼らには当分、「五月病」の心配はないようで、それはそれで安心というわけです。


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来るべき未来への備えを

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タイであったか、カンボジアであったか、かの地で休暇を過ごした際の記念品です。部屋の片隅に置かれ、たまに、目に入り、はてさて、どこでどうして買ったものかとしばし悩む飾り物なのです。



 取手で教師をしている時、上司に口うるさく言われたのは、20年後にくる少子化に備えて、学校を変革させなくてはいけないと言うことでした。
 15歳人口が減少する時になって、手を打っていては、学校はたちかなくなると言うことです。
 
 若き日、教師としての私は、このことのために邁進していたと言ってもいいくらいです。

 そのために学校が打ち出した手が、制服の変更、海外修学旅行に長期滞在型英語学習といった教育の国際化、そして、ITを使った教育実践、つまり、コンピューターを導入し、ネットを使った先端教育の実践でした。

 同時に、それらを支え、成功に導くための入学試験でのレベルアップです。
 それはつまり、合格者の偏差値アップ、いわゆる難関校への仲間入りをすると言う、できたばかりの学校としては、壮大な事業であり、それを達成してこそ、先に示した実践の数々が結実するものであると言うことです。

 簡単に合格者のレベルアップと言いますが、これがなかなかに大変なことなのです。

 公立の中学校間では、やはり、地域のトップレベルの公立高校に生徒をどれだけ入れるかが評価の目安みたいなものがあります。
 高校がどれだけ東大に生徒入れたかが、その高校のレベルの一つの目安になるようにです。

 新しくできた学校というのは、そうした流れの中では、まったく逆の立場にいる生徒を受け入れる場として機能するよう、公立の先生たちによって位置付けられるのです。
 しかし、私がいた学校は、末端の学校となることを良しとせずに、受け入れた生徒に可能な限りの学習を強烈にさせ、加えて、人間的な心得を教授し、社会人として後ろ指を指されることなく、反対に、後ろを振り返させるような人間になるように、これまた指導を強烈に行ってきたのです。

 そうした公立の先生の思惑の中で、入学時のレベルを上げますとやるのですから、当然、それではこれまで通り生徒を送れませんと、公立は国際政治のような対抗処置をとってくるのです。

 では、そうした仕打ちに対してどうしたかと言いますと、これまで通り公立の先生たちが受け取って欲しい生徒を受け取り、同時に、特待生クラスなるものを作り、そこに、勉強のできる生徒を少しづつ集めていき、3年後の実績を目指していくようにしたのです。
 いろいろ意地悪な批判も受けながら、20年後にも生き残る学校になるんだという気持ちが、そうした批判に耐えさせてくれたのだと思います。
 
 これまでの人間教育の成果は、生徒の立ち居振る舞いに次第に出てきました。それがなくて、成績ばかりを大切にする学校であれば、この試みは失敗していたかもしれないと思っています。
 そのおかげで、地域の評判は次第に良くなっていったのです。
 加えて、特待生クラスの成果は、数年後に出てきました。
 念願の東大合格者を出すことに成功したのです。

 こうなると、公立中学の先生方の姿勢は一変しました。
 先生たちというより、むしろ、保護者たちが変化したといったほうがいいでしょう。
 公立にやって、塾に行かせて、だらしない格好で街を歩かれるよりは、学校で特別課外をしてくれ、生活面でもうるさいくらいの指導をしてくれるから横道にそれる心配もない、海外での体験も、ネットを使っての先端教育もしてくれる、そして、東大に入学できるチャンスもあるのだからと進学先に選んでくれるようになったのです。

 こうなれば、地域のトップ校となるのは時間の問題です。
 つまり、学校が少子化の時代でも生き残り、地域の高等教育をハイレベルで担える学校としての責務を果たせる存在になったということなのです。

 少々、自賛めいた話になりましたが、何も、偉ぶってこういったことを縷々書いたわけではないのです。
 人口減少に突入した日本が今直面している問題を考える一つの手立てのヒントしてし欲しいからなのです。
 
 急転直下のごとく転回する国際社会の中で、日本の人口は21世紀の半ば過ぎには1億人を割り、働き手人口も5千万人を下回るのです。現在の人口は1億3千万人、働き手人口は8千万人ですから、その減少が何を意味するかを考えれば恐ろしいくらいです。

 50年後の困難に対処するために、今なすべきことは、経済成長力と国際競争力を維持するためのAIを使った効率的な作業及び経営のあり方であり、それを支える教育の高度化です。

 安易に外国から労働力を持ってくることは日本の歴史的背景から不幸な結果を招く要因が多いように思えます。
 ですから、AIを使った効率化で、人的資源の過少を補うのです。
 小売販売も、接客も、それまで人手に頼っていたものをすべてAIを介在させて行うのです。
 これは先進的な青年と自覚した企業によって着々と遂行されつつあります。

 そして、問題は教育の高度化です。
 現在、教育の無償化が議論されていますが、それはとてもいいことです。そして、無償化と合わせて、実務に適した教育、社会に出て役立つことを教える教育をすべきであると思います。
 綺麗事ではなく、世の中には失敗もあるということ、全財産を失うまさかの出来事があるということ、人間と人間との確執で争いがあるということ、そして、それらを避けて通るのではなく、精神的にも強く、それを克服していく力を養うという教育のあり方です。

 かつて、いま上位レベルで生き残った学校と同じように、精神的にタフな人間、勇気を持ってチャレンジし、うまくいかなかった人間さえもリスペクトし、再起を支援する制度を作る教育が高度化と言える教育であるということです。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《5/25 Thursday》
       
❣️<Puboo!>にて、『千年の哲学ー女は賢くなり、男たちはただ老け込むだけだった』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『Hot night. People relax at a beach. And they buy food fried chicken. 热的夜晚。 人们,在海滨放松。并且,他们买干炸鸡。』を公開しました。


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