手掛かりにするもの

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会津には何度か足を運びました。その折、民芸品として、持って帰ってきたのがこれらの置物です。着物の切れ端を使ったのが始まりではないかと勝手に思っていますが、素朴で、壊れることもなく、部屋の片隅で自己主張をしっかりとしています。まるで、会津人のように。


 子供の頃、私には一つの楽しみがありました。
 それは、親が定期購入してくれている「画報」が我が家に届くことでした。

 いつも、確か白色の帽子をかぶったおばさんが届けてくれていました。
 そのおばさんが本屋さんなのか、それとも、「画報」を発行している会社の人なのかを今となっては確かめようもないのですが、私は帽子をかぶったそのおばさんが自転車のブレーキをかけて、家の前に停まるとドキドキしてたまらなかったことを覚えています。

 おばさんが届けてくれた「画報」には、素晴らしい絵と文章で、ピラミッドの秘密、イースター島の不思議、宇宙の成り立ちなどが示されていたのです。
 宇宙人の円盤の話、未来への空想、そして、人知を超越した時をめぐる話も書いてありました。
 「画報」に示された文章と絵画は、確かに、子供の私の興味関心を満足させてくれました。
 それは、私に何か<手掛かりになるもの>を示してくれていたのです。
 もしかしたら、私の原初の知性なるものを磨き上げてくれたのではないかとも考えています。

 時に、広場で友達と三角ベース野球をするよりも、ベーゴマで隣町のやんちゃと競うあうよリも、「画報」をみて、未知の世界に触れる方を圧倒的に好む時期があったのです。

 しばらくすると、「画報」から「岩波文庫」に、私が<手掛かりにするもの>は移っていきました。何の抵抗もなく、文字通り、自然なありようで移っていったのです。

 もう、そこに絵がなくても、文字だけで、私の頭は理解ができるようになっていたのです。
 そして、理解ばかりではなく、そこに思いを入れ、つまり、空想力を使って、イメージを浮かべることが可能なようになっていったのです。

 旅に出る時、文庫は必ずジーンズのお尻のポケットにしまわれていました。
 旅の最中に読むことがなくても、旅に出る前に、真剣に選んで、それはしまわれた文庫だったのです。
 時に、文庫の表紙や余白に、記録しておくべき事柄があればメモし、そしてまた、素晴らしい光景があれば、それをスケッチするのにも文庫は役立ったのです。

 文庫は「画報」の後に、ちょっと大人になった私の興味関心をつなぐ材となっていったのです。
 私の書架を見ますと、様々な種類の本が並んでいます。
 文庫もかなりの数、書架に収まっています。
 ところが、と私は気がつくのです。
 文庫ばかりではなく、本当いうものを買う機会が随分と減ったと……。

 私の<手掛かりにするもの>は、もはや、「画報」でもなく、文庫でもなく、そもそも、「本」というあの独特の匂いのするものではなくなっているのだと……。

 そのことを憂うる声を、私はいろいろなところで耳にします。
 知性と教養を鼓舞する雑誌が休刊もしくは廃刊に追い込まれている、そんな日本の未来はどうなるのかという悲劇的な声で危惧が囁かれているのです。
 また、若者たちの活字離れが進み、将来、漢字という文字はなくなるのではないかと極端な意見も耳にします。

 でも、私はそれらの危惧の言葉をあまり真剣には受け止めることはできないのです。

 それらの声は、例えば出版に関係する人の声であったり、物を書いてそれを生活の糧にする人の声であったりするからです。
 つまり、そこに「利害損得」があっての危惧だからです。

 私が「画報」に心ときめかしたように、今の子供たちは、両手に機器をもち、指で動作をして、情報を引き出し、いかにすれば新しい情報を見つけることができるかを模索しながら、興味関心、つまり、原初の知性を手に入れようとしているからです。

 私は、物を書き、絵を描くことが好きな人間です。
 ですから、今、それを思う存分にしているのです。
 そこには、これでお金を稼ごうとか、なんとかという賞を取ろうとか、そのような純粋で、無垢で、ひたむきな、そして、利を思う気持ちさえもないのです。

 子供が新しい機器を手にすることに、もっと言えば、「画報」や文庫、書籍を手にしなくてもなんの心配もしていないのです。
 むしろ、最新の機器を与えてやることに賛成をしているのです。

 <手掛かりにするもの>は、時代の変遷とともに当然変化するものです。

 私の親が、私に「画報」を買い与えてくれたのは、それが当時、最新の知性を養う道具だったからです。
 今の子供に、分厚い本を与えても、それは無用の長物になるだけです。
 今の子供たちは、手のひらに乗る小さい機器で、ちょっとした動作をすることで、最新の情報を得て、しかも、絵ばかりではなく、動画さえも、近い将来には香りや好悪を感触するなんらかの未知のサインを得ることのできる機器で、興味関心、知性を悟ることになるのだと思っています。

 ですから、当事者としての狭い了見で、未来の人間たちの知性を訝る意見には賛同はできないのです。

 冷酷なようですが、<手掛かりになるもの>としての本がその使命を終えるなら、それも人間の在り方だと思っているのです。
 本が、大英博物館に鎮座しているロゼッタ・ストーンのようになることはないにしても、<手掛かりとするもの>としての、一つの時代の役目を終えたとも考えることができるのです。


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本日天気晴朗なれども波高し

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路傍に咲いた花。タネが自然に芽吹いたのか、それとも、誰かがそっとそこに植えたのか。春は路傍にちょっとした喜びを与えてくれます。


 二日連続で、ロシアの空軍機複数が千葉沖領空外に現れました。
 明らかに、アメリカ海軍基地と海自の艦艇の動向の偵察と威圧を目論んでの飛行です。
 
 北京では、中国首相が日本の政治家に会って、「中国にとって中日関係の重要度は高い。両国関係が正常な軌道に戻るよう努力していきたい」と述べたと言います。
 その一方で、尖閣で公船4隻が「中国領海」をパトロールしたと発表するのですから、その言葉の薄さが透けて見えます。

 アメリカでは大統領がテレビのインタビューで、「無敵艦隊」を送り込んだと、これまた豪語して憚りません。

 そのアメリカ大統領に中国主席が電話をかけました。
 あなたのいう通りに、金には圧力をかけますから、どうかこれ以上刺激的な発言や海軍力の誇示をやめていただきたいと頭を下げてきたとアメリカ人の誰もが思っています。
 ところが、中国の報道では、我が国は地域の平和と安定を願い、アメリカに自制を強く求めたとなります。
 そして、朝鮮国境に中国人民解放軍30万の兵員を貼り付けました。

 どっちも好き勝手に言っていますが、当の金さんは、地下30メートルの防空壕にこもりながらも強気の一点張りです。なんか哀れさも感じてしまいます。

 日本では、首相が有事の際には、拉致されている日本人の救出をとアメリカに願い入れました。そして、韓国渡航に対して通達を流しました。
 野党第一党は、それでもこの国際情勢の緊迫を見て見ぬ振りで、国民の支持率を落とし続けています。

 最も問題なのは、韓国です。
 悠長というか、国家存亡の危機に際して、日本の野党のような振る舞いに興じているのです。
開いた口がふさがりません。

 それでも、軍事面では、米韓合同訓練が例年と異なり非公開で着々と勧められ、「無敵艦隊」と呼ばれる空母打撃群と海自の護衛艦が共同訓練をする計画も浮かび上がってきました。そして、沖縄には、米軍の核物質感知器が持ち込まれ、韓国には核兵器が運び込まれようとしています。

 強力な空母打撃軍2グループに加えて、アメリカ本土からもミサイル攻撃艦二隻が発進し、複数の潜水艦が日本近海に深く静かに潜行しつつあるのです。
 まさに、開戦前夜の状況に満ち満ちているといった感です。

 『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ。』

 これは、大英帝国海軍のネルソン提督がトラファルガ海戦直前に発した訓令です。
 ネルソン提督率いるイギリス艦隊は、「ヴィクトリー」を旗艦とする27隻のよく訓練された艦隊です。
 それに対して、ピエール・ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペインの連合艦隊は、「ビューサントル」を旗艦とする33隻の艦隊です。
 この数的に有利な艦隊に向かって、ネルソン提督は奇策を繰り出します。
 フランス・スペインの連合艦隊を分断するため、英国海軍艦艇は、2列の縦隊で、敵艦隊に突っ込んで行ったのです。
 これが、後世、ネルソン・タッチと呼ばれた奇策です。

 その後、同じ言葉を使って、そして、『Z旗』、つまり、もうあとがないぞということですが、それを掲げて海戦に臨んだ海軍があります。
 東郷平八郎率いる日本の連合艦隊です。
 相手は、ロジェストヴェンスキー 提督麾下の当時世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊です。
 連合艦隊は戦艦4隻、バルチック艦隊は戦艦8隻、つまり、連合艦隊の戦力はロシアの半分ということになります。
 そこで東郷はネルソン同様奇策を用います。
 敵前8000メートルで、艦隊を一列にして、回頭するのです。
 これが丁字回頭という奇策です。
 アメリカ海軍の教本にも乗る有名な艦隊作戦のありようです。
 そして、よく訓練しないとできない芸当でもあるのです。

 これにより、連合艦隊の砲塔はことごとくバルチック旗艦に向けられたのです。一方、バルチック艦隊は船首のみの砲塔だけが有効になり、かつ、前を進む艦が邪魔になり効果的な攻撃を加えることができなくなったのです。

 『Z旗』を掲げた連合艦隊は、世界最強のバルチック艦隊を全滅に近い形で葬り去ったのです。

 今、時代が変わり、海戦のやり方も大きく変貌を遂げました。
 先のシリアへの攻撃でも、アメリカ海軍は一人の犠牲も艦艇への被害もありませんでした。
 そこにあったのは、「奇策」ではなく、周到な準備であったのです。
 どこに格納庫があり、戦闘機があり、燃料タンクがあるのかという情報と、そこへ確実にミサイルを着弾させるコンピューター技術なのです。

 アメリカの「無敵艦隊」、二つの打撃軍もきっと朝鮮半島に設置されている軍事要衝の情報を把握し、そして、「無敵艦隊」が所有するミサイル一つ一つに確実な計算値を打ち込んでいるはずです。そして、予測不可能に発射されたミサイルと迎撃するために、日米のイージス艦が周到に準備をして、金からのミサイル攻撃を手ぐすね引いて待っているはずです。

 これが今の戦争なのです。
 今日も、天気がいい日が続きます。
 しかし、そこに派遣されている日米の艦艇には忙しい日々があるのです。


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今、孤島に1人、生きている感じ

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木の花の盛りと相まって新緑もまたあちらこちらに姿を見せ始めました。まだ、むせるような緑ではありませんが、淡い木の花の色合いの中で、清々しい緑が目に優しく伝わってきます。



 火星に人間が行くために、克服しなければならない課題が一つあります。
 それは、いかに「孤独」に耐えるかということです。

 ロケットの狭い居住空間の中で、限られた人間とわずかな地球との交信だけを頼りとする、その孤独に、宇宙飛行士は耐えていかなくてはならないのです。
 頭脳明晰、身体強健の宇宙飛行士でも、その「孤独」に耐えるのは至難の技のようです。
 そのための訓練に次ぐ訓練がなされていると聞いています。
 
 東京大学とハーバード大学が協力して研究した課題に、<死別の研究>というのがあります。
 長年寄り添ったパートナーのどちらかが死亡すると、残されたパートナーは、パートナーがいる人と比較して、6ヶ月後の死亡する率が41%ほど高いと導き出されたというのです。
 半年を過ぎて、生き残ることができれば、大きく死亡率が下がるというのですから、その間は要注意ということです。

 私が、この研究で注目したことは、男と女で死亡率の差が大きくあるということです。
 つまり、男は女性のパートナーを喪うと23パーセントの増加、それに対して、女は4パーセントの増加でしかないというのです。
 つまり、長年連れ添った相方が亡くなっても、女の方が大丈夫よというわけです。

 この手の学術調査をすっかり信用しているわけではありませんが、面白い調査であると思うのです。もちろん、これがすべて男女に当てはまるわけではありません。学術調査というのは、そういう点で学問のための調査であり、個別事情には一切関知しませんから、個別の事情については、文学に委ねるしかないのです。

 しかし、なぜ、女の方があっけらかんとしていられるのでしょうか。
 それが気になります。

 その根拠として、この調査では、コミュニティーへの関与の在り方、そして、孤独に耐えられる男女差が関係していると結論めいたものを付与していました。
 だったら、火星に行く人類は、男性よりも女性の方がいいという結論に、学術的にはなるのですが、実際はそうでもないようなのです。

 コミュニティーへの関与という言葉が出てきましたが、男というのは、学校を出て、会社なり仕事に従事すると、職場と家庭の二つの場所の行き来しかないということに気がつきます。
 それも、定年になって、職場との関係が切れて、家庭だけになった時に初めてそれに気がつくというのです。
 家にいた女の方は、朝から晩まで家庭にいることはいるのですが、ご近所とあれこれ、お友達とあれこれ、ワンちゃんとあれこれと結構いろいろなコミュニティーへの関与が、どうもあるらしいのです。
 ですから、男は一つのコミュニティーへの関与を喪失した時点で、あれ、おかしいな、この気持ちとなり、時には、心身に異常をきたすことも出てくるといいます。

 その心身の異常の根幹となるのが「孤独感」であるといいます。

 ですから、宇宙飛行士も定年退職したお父さんも、この「孤独感」に打ち勝つための訓練をしておかなくてはいけないというのです。
 
 宇宙飛行士はともかく、お父さんは、「それから」が、だれかれにとやかく言われずに、自由に自分の人生を謳歌することができる時なのです。
 人生を、家族のために捧げ、いや、決して大げさではなく、そうだと思います。
 そして、上司を気遣い、部下を気遣い、顧客に気遣い、四方八方に気遣い尽くして、人生の区切りをつけたのですから、自由に、好き勝手に生きなくてはならないのです。
 その権利を、誰よりも持っているのです。

 思い出してください。
 子どもの頃、十五少年漂流記を読み、ロビンソン・クルーソーの話に心をときめかせた時のことを。 
 あの心のときめきを、今、体験できる機会を得たのです。
 思い切って、リュックを背負って、「未知の世界」に出てみてはどうですか。
 懐の中に、いくらあるなんて考える必要などないのです。
 あの頃、財布の中身を気にしていましたか。
 そんな些細なこと、気にもとめていなかったはずです。

 社会人として、あちこちに気を遣っている間に、本来あったあの自由で気ままな雰囲気を失ってしまったようですが、すぐに、あの雰囲気は取り戻せます。
 本当にすぐに、です。

 そんなに簡単ではないと、それでもいうのですか。
 だったら、無理強いはしません。
 でも、孤島に1人生きているあの感じだけは捨てないでおいてください。

 それが、私やあなたの持っている本当の姿なのです。
 それを一時期忘れて、あれやこれやと人の世の煤けた関係に中に私たちは埋没していたに過ぎないのですから。

 えっ、なんですか。
 タイで、60を超えた日本人女が、ごまかした金を使って、若い男を手に入れ、強い日本円で豪勢な家を買って与えていたと。
 
 やはり、女は強いって。

 ……。


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三国志を生んだ国の成れの果て

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水辺で夢中になって遊ぶ子供。この子達は隣の球場で行われている少年野球に出場している選手たちです。野球ではなく、小川のザリガニに夢中になっているのです。そばに近寄っていくと、野球少年らしく、きちんとした挨拶をしてくれました。いい感じなだなと思って、私も丁寧に挨拶を返しました。


 中国国営放送の「315晩会」という番組で、日本の食品が槍玉にあげられました。
 すなわち、3・11の際の放射能に汚染された食品が販売されているというものです。
 これを受けて、中国国内のスーパーやコンビニで日本製品が撤去されたのです。

 中国外務省の華春瑩報道官も、翌16日には、言葉厳しく日本批判をしたのですから、尖閣国有化の時のように、中国全土が日本製品ボイコットのデモで覆われるのかと懸念しましたが、どうやら杞憂に終わったようです。

 何よりも、消費者である中国の人々が、CCTVの放送をあまり信用しなかったというのがその根幹にあったようです。

 きっと、日本に大挙やってきて、買っていった日本製品の品質の高さを中国人民は知っていたのでしょう。
 品質とは、消費者を第一に考える「安全」志向であり、厳格な「管理」が志向されていることを意味しますから、彼らは、自国の製品と日本製品を比べて、それがどちらにあるのかを知っていたということになります。
 
 どうやら、サード導入の韓国に対しては、政治的ないじめは功を奏したようですが、尖閣や海防では意のままにならない日本に対しての政治的いじめは空振りに終わったようです。
 ということで、華春瑩さんも、今回はぐうの音も出なかったようです。
 しかし、だからと言って、安堵してはいけないのが今の中国です。

 統計調査によると、中国の海外投資額が2005年の100億ドルから、2015年には1280億ドルに拡大し、日本と並んだということです。
 つまり、中国は官民あげて、企業のグローバル化を推し進めているということになります。
 今後、トランプの出方次第で、先行きこそ不透明ですが、この額は、今後も増加こそすれ減ることはないただならぬ額ということになります。

 政治的には社会主義、経済的には歪んだ資本主義を運用する中国が世界に出てきているのですから、国際社会はそのありようを当然のごとく注視しています。

 ビジネスの制度や商売の仁義をよく知らない中で、知的財産の軽視、ダンピングなどの問題を起こしてきた中国企業です。
 しかし、これだけの投資をするからには、国際社会に順応しようという意欲を多くの中国人ビジネスマンたちが持ち、国際社会に参入する気持ちを改めようとしているとは思いますが、華僑の文化というか、仲間内の経済機構というのを持つ中国が、はてさてどの程度国際社会の築き上げてきたルールの中で経済活動を展開できるのか、不安を示す向きもあるようなのです。

 ある学者は、中国のビジネスにおける特徴的なあり方を「グアンシ」という言葉で説明をしていました。
 「グアンシ」とは漢字で示せば「関係」ということです。
 つまり、人間関係を作ることがビジネスをうまく進めるコツということなのです。

 『三国志演義』などで、大義を尚び、個人と個人との結びつきを大切にするあの精神がここにあるということです。
 しかし、政治的には社会主義を取る今の中国では、三国志に描かれた優れた「個」というのがあるのか疑問ではあります。

 どちらかというと、華僑文化として、関係性のある人間に資金援助を与えて、商売を成功させて、支援した人間も利益をいただくというあの「グアンシ」に近いのではないかと思うのです。

 かつて、新中国が国際社会に打って出る時に、日本を代表する企業とそのリーダーたちは全面的な協力を打ち出し、官民あげて応援をしました。
 今、ダンピングが問題になっている鉄鋼も、最新技術を惜しげもなく提供したのは日本ですし、ODEを使って、巨額の資金援助もしてきたのです。
 多くの優秀な中国人が日本にやってきて、金型の技術を学び、農業や養殖漁業を学んでいったのです。
 しかし、ことがなって、日本を経済的に追い越すレベルになると、そのことをすっかり忘れるという「三国志を生んだ国」とも思えない振る舞いに出てきているのです。
 
 「グアンシ」という中国語には、組織よりも個との結びつきを重んじる意味が強いと言われています。
 それは三国志の時代からのものでもあるのです。

 ですから、かつて企業にいて、率先してリーダーとして活躍した人を、その人が辞めても担ぎあげるという風があるというのが中国的なグアンシであるというのです。
 日本などは辞職した人に時に役職などにつけてはいますが、辞めると同時にその力を行使することのできない立場に置き、下役たちも、新しいリーダーに着くことが得策と判断していきますが、中国ではそうでもないというのです。

 そういえば、天安門上に登る歴代指導者の顔ぶれを見れば、なるほどという一面が垣間見えます。過去のリーダーたちはこぞってそれぞれの派閥を維持し、確固とした勢力を持っているのです。表ではニコニコと握手し、裏では激烈な派閥抗争を続けるのが中国という国の一面であるのです。
 それは何も敵対する派閥ばかりとは限りません。
 例えば、習近平は、今回の全人代で自身を「核心」として位置づけました。10年前の全人代では自分が後継として選ばれたのですが、今回は自分の後を指名しませんでした。

 後継を指名することで、習近平は、自分への求心力が低下することを恐れているのだという観測がなされています。
 しかも、子飼いの部下たちをそれとなく争わせている傾向も見て取れます。
 そこには、三国志の中でのあの義兄弟の契りはないようです。
 そんな国のビジネスマンが巨額の資金を国際社会に投資してくるのです。世界が発展するとは到底思えません。むしろ、大義を失ったマネーが世の中を席巻し、悪い方向へと導くのではないかと懸念をしているのです。


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ヒカルくんがそうさせたように……、そうやって……。

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つくばの街を走るコミュニティバスコミュニティバスの停留所です。日本の街は街ごとの交通網がよく仕組まれています。変な観光バスより、街角、辻々を走るバスは街を知る上で、面白い交通機関だと思っているのです。都バスも面白いし、ケンブリッジ駅から出て、郊外の航空博物館へ行くバスもまた観光地ではない、イギリスの普段の姿を見せてくれました。


 今から2年ほど前、成田空港第3ターミナルでのことです。

 まもなく、ゴールドコーストに向けて飛び立つジェットスターの搭乗手続が始まります。ジグザクに仕切られた列に並んで待っていると、私の胸ポケットにあるiPhoneがブルブルと震えだしました。
 かつて、勤めていた土浦の学校の先生からです。
 「ヒカルくんが今日亡くなりました。」
 
 ヒカルくんというのは、私が気にかけていた生徒の名前です。
 脳に何らかの病弊が生じて、入院し、五ヶ月前の12月に休学に入った生徒です。

 ……アキラくん、と私は階段で声をかけました。
 先生、僕、「明」と漢字で書きますが、ヒカルって言うんです。

 それが、その生徒との最初の会話でした。

 ピアノの演奏が上手で、クラスの仲間の面倒をうまく見て、学級委員長に推挙されていました。デイベートでも、英語スピーチでも、いつも上位に顔を出す秀才でもありました。
 その彼がちょっと頭が痛いと言いだしたのです。
 担任は、無理をせず、家庭に電話するから早退しなさいと言ったのですが、僕が抜けると皆が困るからとその日は下校時間まで頑張っていたと言います。
 そして、翌朝、母親から電話があり、頭痛のため欠席という連絡があったのです。

 何のことはないある日の学校のよくある光景でした。

 しかし、欠席は続きました。
 いや、その日からヒカルくんは登校ができなくなったのです。
 担任や学年、そして、友人たちも病院に行こうとしましたが、容体は芳しくなく、来てもらっても、ヒカルくんの意識はないということでありました。

 ヒカルくんのお父さんは自衛隊を退官し、通訳の仕事をしていました。また、敬虔なキリスト教徒でもありました。そして、土浦の学校の保護者会の役員をしていました。
 その関係で、私はお父さんとは幾度となく話をしていたのです。
 ヒカルくんが入院しても、役員として活動をしてくれていたので、お会いするたびに、容体を伺っていました。
 
 秋の清々しい土曜日、役員会が終わって、ヒカルくんの容体について尋ねました。
 このところ、体調も良く、ベットに起き上がって母親と冗談を言い合っていますというのです。安堵するとともに、近日中に病院に行きたいがというと、ぜひ、そうしてくださいと了解を得ました。

 ベットに腰掛けて、ヒカルくんはいつものように、笑顔を浮かべて、気の利いた会話を私としたのです。
 母は心配性で困ります。まるで、僕が死ぬのではないかと思っているようです。
 父はあのような人ですから、私的なことより公が第一で、僕のことなどあまり構ってくれません。

 言うではないか、この坊やはと私は思いました。

 でも、そう言う彼の言葉とは裏腹に、彼はよく知っていたのだと思ったのです。
 自分の命が長くは持たないこと、そして、あえて、そう言うことで親たちに心配をかけさせまいとしていることを。

 面会が終わり、お母さんと話をしました。
 彼はお母さんと二人きりの時に、死んだらどうなるのと尋ねたと言うのです。
 キリスト教の信者であるお母さんは、天国に召されるのよと返事をしたと言います。

 成田空港でヒカルくんの命が尽きたことを知った私は彼の葬儀には出席ができませんでした。
 でも、南十字星の元で彼のことを思いました。
 朝早く、バーレンヘッドに行き、薄暗い朝の情景の中で、ゴールドコーストの海岸の、あの海と浜の境目のもやったところに、私はヒカルくんの魂を見て取ったのです。
 そして、ロビーナの宅のそばにあるユーカリの林の、朝夕、そこに飛来してくる白い鸚鵡の群れの声にもヒカルくんのスピリッツを感じていたのです。

 私のフェイスブックに、サミュエルと言う名の男性から連絡が来ました。
 よく見ると、ヒカルくんの父上でした。
 今、アメリカにある日本企業の在米法人のCEOとして、アメリカに暮らしていると言うことでした。

 フェイスブックが再び私とヒカルくんの父上とを結びつけたのですが、私にはそれは手段に過ぎず、実のところ、天国で私たちを見ているヒカルくんが、私と父上とを結びつけたのではないかと思えて仕方ないのです。

 人はこの世からあの世へと渡り、そこでまた、何やら活動をしているのです。
 あの人とこの人を結びつけたり、そこの人にちょっといいことをもたらしたり、悲しんでいる時に、ささやかな光を与えてくれたり、辛い時に、エネルギーを注ぎ込んでくれたり。

 だから、私は、きっと人は永遠に生きていると信じているのです。
 そう、ヒカルくんが私と父上とを再会させたように……、そうやって……。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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《4/25 Tuesday》
          
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👀<Paper in NY>で、『”What kind of fish do you fish? ”The dog which seems worried and looks at a boy.钓怎样的鱼。看起来不安地凝视少年的狗。』を公開しています。


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