「前美」と「後美」、その中にあった王朝、それがトランプ

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狭い通路を登って、二階の一番前に陣取るのです。意外と、そこは空いているのです。地元の人は忙しくて、観光客は観光バスですから、私のような偏屈な旅行者には、最高の路線バス低価格ロンドン観光となるのです。


 紀元前202年、劉邦が項羽を破り、中国を再統一し、「漢王朝」を建国しました。
 以来、漢王朝は400年に渡り、中国に多大の影響を残した帝国となりました。
 その漢王朝の中に、たった15年ですが、「新」と名乗る帝国がありました。
 それが故に、私たちは、「新」を挟んで、その前を<前漢>、その後を、<後漢>と呼んでいます。

 今、アメリカという大国を見ていると、ある種の妄想を私は思いつくのです。

 政府を牽引する大臣さえも議会の承認を得ることができず、挙句に、自らの側近らを次々に解任し、身内で政権を固め、さらには、企業人からは愛想をつかされ、軍人たちからも批判の声が聞こえてくるトランプ政権。

 この政権が、あの「新」のように思えてくるのです。
 日本語がアメリカを「米国」というのとは違って、中国語では、「美国」と言います。
 それは「美しい国」と言う漢字の意味からではなく、中国語の発音から来ています。
 「美」は<mei>と発音するからです。

 ですから、私は妄想するのです。
 トランプの前のアメリカは『前美』であり、トランプの後は『後美』というわけです。

 さて、その「新」という国はいかなる国であったのかと言いますと、漢王朝第11代皇帝の皇后の縁戚にあった王莽という人物によって作られた国なのです。
 その国家成立が凄まじいのです。
 
 漢王哀帝がなくなると、幼少であった平帝を擁立して実権をにぎり、その平帝を毒殺するというやり方です。
 つまり、中国史における最初の「簒奪」を行なった人物であるのです。

 「簒奪(さんだつ)」とは、本来その地位に就くべきでない人が、強権でもって、その地位を奪うことを言います。
 そして、たいていは、その末路は哀れなものとなります。
 日本でも、明智光秀がそうです。
 現代でも、あちらこちらにトップを追い落として、その地位についている人がいますね。

 簒奪の瞬間、劉邦が項羽を垓下の戦いで勝利して作った「漢」はこの世からなくなったのです。

 王莽は、とりわけ、漢王朝のあり方に反発をしていたわけではありません。
 つまり、主義主張があって、そして、理念や理想があって、これしかないという正義があっての行為ではなかったのです。
 ですから、その政治には画期的な革新性、前代を凌ぐ優れたシステム構築などはありませんでした。

 そのような政権が取る手段は、往々にして、過去の偉大な時代の遺産を継承することを表明するか、目の前に敵対する勢力を作り出し、不安を煽り続けるかのどちらかです。
 それは今の中国を見ていれば、わかることだと思います。

 そして、王莽がとったのは前者でした。
 そもそも、自分の利益のために国家を我がものとしたわけですから、その政策に新鮮味があるはずがありません。
 そこにあったのは、己を利するという一点であったと言えます。

 その象徴となるのが、貨幣の乱発です。
 なんと28回も乱発し、経済を混乱させ、身勝手な法令を出しては社会を不安に陥れました。
 そのため、各所で農民の反乱が発生、臣下の礼をとった実力者たちも離反していったのです。

 今、アメリカ社会の状況を見てみると、「新」の時代と似通っているものを、私は見て取ることができるのです。
 
 アメリカが抱える問題は一朝一夕で解決できるものではありません。
 それは多くの人種や民族を国内に抱えているからです。
 そして、それは問題を誘発するとともに、この国の発展の原動力でもあったのです。

 歴代の大統領は、その微妙な舵取りをすることで、アメリカの発展を損なうことのないように手腕を発揮して来たのです。

 しかし、トランプは異なります。

 出てくる問題に対して、火に油をそそぐ形で言辞を弄し、国民の対立を煽ってしまいました。そして、腹心の部下たちを時に解任し、また時に、自ら彼らは去って行ったのです。
 彼の周りに残るのは、親族だけです。
 それも、利益を第一にし、面の皮の厚いものたちだけです。

 王莽は、やがて、劉秀という漢王朝の血を引き、それが故に、多くの信頼を集めた男に追い詰められます。
 劉秀は王莽を長安に破り、15年前に断絶した「漢」王朝を復興させたのです。
 
 私たちは、即位して<光武帝>と名乗った劉秀の王朝を、劉邦の起こした「漢」と区別して、「後漢」とし、劉邦のそれを「前漢」としたのです。

 さて、トランプを王莽になぞらえれば、戦後70有余年の輝かしい「前美」のありようを引き継ぎ、「後美」を作るのは一体誰で、どんなアメリカを作るのか、興味は尽きません。 
 
 遅くとも、2年後、早ければ、来年にはそれが実現すると思っているのですが……。


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あっ、裸の王様だぁ!

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八月の長雨、陶板に描かれた紫陽花の絵がよく似合います。私が勤続10年のお祝いに、学校から贈られたものです。今も、私にはとてもうれしい贈り物で、玄関に飾ってあります。


 トランプがその放言で悶着を起こそうが起こすまいが実際のところ私には興味がないのです。

 SNSで発信される彼の言葉の薄っぺらさを見ると、この男がアメリカ大統領であることに対して、アメリカ国民に同情すら覚えるのです。

 君たちは、とんでもない大統領を選びましたね、あなた方は今こそ民主主義のシステムについて再考をすべきですよ、そして、世界の人たちがアメリカという国はすごい、行ってみたい、暮らしてみたいと再び思えるようになることを希望しています、と私は同情を込めて彼らに言うでしょう。

 先だっての、いわゆる白人至上主義者とそれに対立するグループとの間で衝突が起きた件でも、アメリカでは、大統領が人種差別に対して明確な姿勢を示さなかったとブーイングの嵐となりました。
 そして、トランプは彼らの意に従い、一つ一つ白人至上主義者のグループの名を挙げて批判をしたのです。
 でも、すぐに、そうは言っても、相手方にも暴力を振るった悪い奴がいると返して、いったん収まったかに見えたブーイングは、火に油をそそぐ形で燎原の火のごとく燃え広がっていったのです。

 でも、ここまでくると、トランプは自分の主張を貫き通すという点で評価されるものの、同時に、アメリカ大統領としてはその器ではないと批判されるべき存在であることが鮮明になったと言えます。

 そして、むしろ、私はそのニュースのもう一つの側面に注目するのです。

 トランプは、産業界と密接な連携を維持するために、政権内に二つの評議会を設けて、そこに産業界のリーダーを据えて、意見を聞くというスタイルを取りました。
 仮に、それが形だけのものであったとしても、功を遂げた人材に政権にものを言える機会を与えているということは民主主義のシステムとしては大切なことです。
 ちなみに、この形態はトランプが始めたものであり、歴代大統領にはなかったことです。

 その評議員たちが、今回のトランプの言動に対して、異を唱え、その職にあることを辞退したのです。
 
 性別・宗教・国籍、そして、人種は、アメリカ社会で企業が存続していく上で最重要とする性質のものです。いや企業ばかりではなく、アメリカ社会そのものが存続していくために必要なそれは要素でもあるのです。

 評議員となったアメリカ企業のトップたちにも、女性がいて、アフリカ系がいて、様々な宗教信仰者がいて、そして、彼らは移民の国ならではの多彩な文化背景を持っています。
 自分たちの素性をとやかく言われたり、まして、トランプが批判されると同じような立場にトップが与するということであれば、それは企業の存立基盤に危機をもたらすことになるのです。
 
 ですから、その任から身を引くことは最善の策であるのです。
 たとえ、トランプから攻撃を受けたとしても、彼の任期が過ぎれば、それはすむことです。
 しかし、人々から愛想をつかされたら、永遠に立ち直れなくなるのです。

 その彼らもまたSNSで意見を発信しました。

 <憎悪と不寛容は米国の裏切り者>
 <我々を分断させる者は孤立させよ>
 <世界には人種差別主義が存在する余地はない>
 <米国のリーダーは偏狭な至上主義の言動を明確に拒否し、米国の多様性を尊重すべきだ>
 <我々が支持するのは人を攻撃することではなく、平等と他人を尊重する米国の価値だ>

 これらの言葉こそは、アメリカがアメリカたるの考えであり、アメリカがすべての面で世界の頂点に立つことのできた原動力となっている考えなのです。

 そればかりではありません。
 グーグルは、ネオナチサイト「デイリー・ストーマーズ」のドメイン登録を拒否しました。
 決済会社ペイパルは、人種差別運動の資金調達に自社サービスを使えないようにしました。
 民泊のエアビーアンドビーは、白人至上主義者のデモに参加した顧客を締め出したのです。
 さらに、米軍幹部にもそれは波及し、彼らは自分たちの最高指揮官の言葉にもかかわらず、それに異を唱えたのです。

 まさに、裸の王様です。
 それはおとぎ話の世界ではなく、リアルタイムで、一枚一枚衣服を剥ぎ取られていく様を、今、私は見ているのです。

 こう見ていくと、アメリカはやはりアメリカであると思うようになります。
 つまり、先ほど羅列したトップたちの言葉にあるような考えがないと、そして、意見表明がないと、この国ではやっていけないし、成功もできないということなのです。

 そんな中、ツイッターが一つのトピックを発表しました。

 「肌の色や出自、信仰を理由に、生まれながらに他人を憎む人などいない」というネルソン・マンデラの言葉の引用したツイートが史上最多380万件オーバーの「いいね!」を集めたと。

 発信したのは、オバマです。

 彼は、トランプにより、彼の業績を丸裸にされつつありました。
 が、いや、そうではない、丸裸にされつつあるのは、トランプ自身であったのです。

 それにしても、人の放つ言葉というのは、いかなる兵器よりも甚大な被害をもたらし、同時に、多くの人に救いの手を差し伸べるものだということを、私は知るのです。


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それは「杞憂」か、それとも「悪夢」か

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木陰、素晴らしい言葉です。木陰と聞いただけで、涼しさを感じることができます。雨空の多い8月、それでも晴れた瞬間、木陰が8月の湿った空気に涼をもたらしてくれます。


 マクロ経済学の第一人者として知られている、ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授が、世界は高額紙幣をなくさないといけないと主張しています。
 
 欧州中央銀行は、すでに、500ユーロ札、日本円で大体6万5千円程度ですが、その札の廃止を決めました。
 フランクフルトで仕事をした時、ユーロを手にしましたが、この500ユーロ札は手にしたことがありません。
 きっと、日常生活では大して流通してはいない札であったと思います。
 また、カナダ、スウェーデン、シンガポールなどの国も高額紙幣の廃止を決めたということですので、金の有る無しに関わらず、この動きには、関心を払わないといけないということです。

 インド独立70周年記念日の8月15日、首相のモディは「海でも、国境でも、宇宙でも、サイバー空間でも防衛は万全だ」と、中国を念頭に置いた演説をしましたが、私は、それよりも、昨年11月に実施した高額紙幣の廃止について言及した演説の最後の部分に注目をしたのです。

 「銀行システムに決して戻らなかった3兆ルピー(約5兆2千億円)が紙幣廃止で戻ってきた」
 と述べたのです。
 
 例えば、通貨流通量なる統計で見ていくと、私たち日本人は、一人77万円の現金を手元に持っている計算になるそうです。
 (どうやら、この統計には私ごときは入っていないようですが……)
 つまり、4人家族では300万円強の現金を、日本人は持っていることになります。

 そして、これらの現金が、世の中に出ることなく、しまわれて動かないというのです。
 ですから、経済に作用しない、作用しないから、現金は現金であって、それ以外の何物ではないということになるということです。 
 そして、その多くが高額紙幣であるのです。
 それでは、経済は停滞します。
 それを高額紙幣を廃止することで、モディは解決したと胸を張り、ロゴフ教授は高額紙幣をなくさないといけないと声をあげているのです。

 金はないとほざく私ですが、以前、財布をなくしたとき、私の財布には6万5千円ほどが入っていました。一万円札6枚に、五千円札1枚です。
 この安心、安全の国で、私の財布は未だに姿を見せていません。
 よって、それ以後、私は財布に大金を入れるのをやめています。
 (もっとも、大金などないのですから、見栄がそこに働いていることはお許しください。)
 
 現金がなくなれば、当然、それに代わるものが必要になります。

 オーストラリアに行った時、屋台でソフトクリームを買ったり、ホットドックを買ったりする時、その屋台がクレジットカードを受け付けていたことに驚いたものですが、その傾向は日本でも増えてきたことを新聞で知りました。

 屋台ばかりではありません。
 神社の拝観料も、屋形船の乗船代も、標高2千メートルの山小屋でも、今やカードが使えるようになっていると記事は伝えています。
 何万というお金を持って、山に登る必要もなくなります。
 お賽銭も、わざわざお金をくずしていく必要もなくなります。
 会社の帰りに、ちょっと一杯ひっかけていくのにも、懐具合と相談しなくて済みます。

 これを実現できたのは、お金を受け取る側の設備が簡便になり、ランニングコストが低くなったためであります。
 わずかな手数料でカード決済を受け付けられるわけですから、その方が便利であり、活用によっては、利益をあげることが可能になるのです。

 そのカード決済のもっとも進んだ国がお隣の中国です。
 大きな店に限らず、個人経営の小さな店でもカードが使え、カード社会だからこそ無人のコンビニも街には増えてきているということです。
 
 そんなことを綴っていたら、16日の日経朝刊のトップに掲載された記事に驚きました。
 『アリババ、スマホ決済上陸 中国発、使いやすさ強み 日本人向け、5万店で』
 UCでも、VISAでもない、中国10億人が使用する<アリペイ>と<微信支付>が日本に入ってくるというのです。

 お前さんのカード、龍のマークがあってカッコいいじゃないか、どこのだいと問えば、これかい、これはね、アリババだよという時代がくるのです。
 
 でも、心配はないのかねとさらに尋ねると、そりゃあるさ、きっと、日本人の個人情報、例えば、何を買っただとか、そこから何に興味を持っているとか、そういったビックデータはすべて中国政府の関係部門に流されているというから、おいらの情報は中国に筒抜けさ。

 なんでも、中国の企業の多くが、今、定款に共産党の指導に従うという変更をしているというし、この中国カードの日本進出は、もしかしたら、「お金」で日本人の心を変え、日本を支配するあの政府一流の手じゃないかと思っているんだ。
 そういって笑うのです。

 私は今、私の卒業した大学のカードを使って、公共料金や日々の消費に使っています。 
 そこで発生したポイントや、いくばくかの手数料が大学に寄付されるのです。
 ささやかな母校愛を示しているということです。
 
 でも、近い将来、中国のカードが幅を利かすようになったら、どうなるのでしょうか。

 一万円札に代わり、100元札が幅を利かす日本社会になるのではないかと心配をするのですが、これは「杞憂」なのでしょうか。
 それとも、ありうべき「悪夢」なのでしょうか。


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Did you see that?

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この色あざやかなグラデーションは誰がつけたものなのでしょうか。人がグラデーションと呼ぶある種の芸術性は、自然の中にあるのです。人の芸術性は自然を凝視することで養われているのです。


 1963年11月4日のことです。
 英国王室が主宰する音楽会に、ロックバンドとして初めてビートルズが招待を受けました。

 ジョン・レノンがツイスト・アンド・シャウトを演奏する前に、マイクの前に立ち、ちょっと恥ずかしそうな、それでいて、意地悪そうな表情を見せて、そして、言います。

 「次の曲では皆さんも協力してください。安い席の人は拍手を、高い席の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」と。

 明らかに王室から参加している方々のドレスとそこに散りばめられている宝石を揶揄しての言葉ですが、王室相手に不謹慎だと言う声は一向に出てきませんでした。
 それよりも、そのユーモア精神に対して、快哉を叫んだのです。

 それがイギリス国民なのです。

 その王室も、ユーモア精神を、そこにある批判性を遺憾なく発揮した事例があります。
 2015年10月、習近平が英国を訪問した折に、面子を保つために、中国側はなんやかやと随分とゴリ押しをしたということです。
 そして、半年後の5月の園遊会の折に、女王はその時の警備責任者に、「大変でしたね、あの方達は、交渉に当たった大使に対しても随分と失礼なことをしたようですね」と述べるのです。
 しかも、その言葉が伝わるように……。
 さりげなく、そして、手厳しく、相手を打ちのめすのです。

 そうした傲慢で、一方的な中国政府のあり方に対して、列席した王室関係者が習近平のスピーチに拍手をしないという姿勢で臨んだり、また、晩餐会に、天安門事件の起きた年の「赤ワイン」を出したり、チャールズ皇太子が欠席をしたりと英国らしい、さりげない、そして、辛辣な対応で返礼をするのです。
 
 きっと、英国民は、顔を寄せ合って、<Did you see that?>と言い合って、快哉を叫んだに違いありません。

 王室も揶揄されるけれど、自分たちも失礼で傲慢な相手にはさりげなく、かつ、辛辣に対するというユーモアの伝統は、英国の文化を知る上で大切な要件です。

 日本でも、時の政権に対して、「アベ政治を許さない」という標語があちらこちらで見かけることができますし、首相にちょび髭をつけて、かの有名な独裁者に仕立てたりしています。
 だからと言って、不敬であると警察がそういう人たちを検束するというわけではありません。
 もし、日本で政府がそれをやったら、その政権を維持することは困難になることでしょう。

 日本人も、英国から100年以上にわたり、多くを学んできましたから、その程度のことは受けとめる了見を持っているのです。

 ですが、世の中にはそうではない国があります。
 ですから、私たちがそういった国に出かけるときは、ちょっと注意をしなくてはいけないということになります。

 今や、ネットで物事を知る時代になりました。
 悪く言えば、メジャーな報道よりもネットでの情報を信頼する方が多くなっている時代です。
 ですから、ネットでの情報発信は極めて大きな力を持つようになっているのです。
 それは、ネットを使って、作品を発表している私にはよくわかることなのです。

 ロシアが反政府活動を抑え込むために、ネットへの規制強化をすると言い出しました。
 中国やトルコもまた、同じように、ネットへの目を光らせて、政権に対して批判的なことを言えば、それをたちどころに断ち切るという算段を講じています。

 しかし、そんなことにめげるネットユーザーたちではありません。
 iPhoneの設定にあるVPNというルートを使えば、あらゆる情報と繋がることができることをネットユーザーたちは知っているのです。
 規制の抜け穴を探し当てた彼らは政権の目を盗んで、情報を発信するのです。

 ネットを使って活動する私たちは、その政権の目を盗んで発信された情報を大切にしているということなのです。

 中国政府は、今、大手の騰訊控股(テンセント)、新浪(シナ)、百度(バイドゥ)への調査に着手しています。
 共産党は無能だととか、好きではないという発信を、AIに好き勝手にやられては困るのです。
 先に述べたあの女王の発言も、国内では画面が真っ暗になり、人民は何かあったなと気がつくのですが、言葉に出してはそれ以上の詮索はしません。

 英国民は声を潜めて、<Did you see that?>と言いますが、人民は黒い画面を見なかったことにして<是什么有?>とは言わないのです。

 でも、確かに、自分の言葉で発し、英国民も恐れ入るユーモアの達人が中国にはいるのです。

 習近平のあのずんぐりした体型をくまのプーさんになぞらえ、ネットに盛んに投稿したネットユーザーたちこそ、そのユーモアの達人です。
 アメリカ大統領、それに日本国首相と並んで写った写真と合わせて、くまのプーさんが背の高いライオンや、タレ目のロバと並んでいる絵を重ねて、また、北京での閲兵の時、オープンカーで閲兵する姿を、くまのプーさんが車に乗ったあのおもちゃとダブらせて掲載したのです。
 アメリカ大統領や日本国首相が自分をライオンにするなど侵害だとか、タレ目のロバはないでしょうとクレームをつけることはありません。
 しかし、中国ではそれがあるのです。

 そのユーモアはわかったけれど、どこが批判的なのとまだ疑いを持っている人もいるでしょう。

 では、この「くまのプーさん」、あの反体制詩人で、ノーベル平和賞を受賞し、ガンで亡くなった劉暁波が手にしていたカップに、それが描かれていたとすれば、どうですか。

 まさに、それこそ<Did you see that?>ということではないですか。


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あの8月15日は何処へ行った

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いつも歩いている裏道で、珍妙な姿の樹形を見ました。人の想像は自由なものです。ですから、この樹形を見て様々なことを思いながら、私はその日、歩いていたのです。


 その日は、ジリジリと太陽の熱が大地を刺し、蝉の声がうるさいくらいに聞こえ、日本列島全体が言い知れぬ厳かさ、いや、どこかやるせない気持ちに覆われる日であったように、私には記憶されていたのです。

 幼い頃、竹ノ塚の借家の、広い庭の見える縁側に腰掛け、扇風機の風を受けながら、母があの時は暑い日でね、やっと戦争が終わったと内心では喜んでいたと語っていたことを、ついこのあいだのように思い出すのです。
 今晩から、寝間着に着替えて寝ることができるって、それが一番嬉しかったと言うのです。
 もう、B29は飛んでこないことが何よりだったとも語るのです。
 
 子供の頃、夏休みが始まると、九十九里の田舎から迎えがやって来て、私はお盆すぎまで、一ヶ月あまり、そこで過ごしていました。
 その時も、この日は、子供心にも特別な日であるとわかっていたような気がします。

 野球をし、海で遊び、川で泳ぎ、製材所でカブトムシを見つけ、イワシの煮干しを作る工場で手伝いをしながら、ゆでたての魚をつまむということに明け暮れしていた時も、この日だけは特別な日であったとわかっていたのです。

 それはこの地の風習で、三食、甘い餡ころ餅を食べ、墓参りのために東京から父や母が来るからではありません。
 大人の誰もが、口裏を合わせたように、戦争の時の話をしていたからです。
 誰に問われたわけでもなく、土間の中の縁側に腰掛け、挨拶がわりに戦争のあった時代の話をちょこっとしていくのです。
 
 何より、甲子園の野球を見ていて、正午になると選手たちが試合を中断して黙祷をしている光景は、この日が、日本全体で頭を下げなくてはいけない日なんだと強く頭に刻まれることになったのだと思っているのです。

 正月はめでたい1日であり、8月のこの日は、盆ということもあり、そして、厳かでありやるせない日であるという思いが長らく心の中にあったのです。
 
 そんな思いが、今年は幾分異なったものとなっていると、私は感じたのです。

 母がいなくなり、あの時代の話を聞けなくなったからだろうかとも考えました。
 お盆に、母の家にお経をあげにきてくれる坊さんが代替わりをして、息子さんが来るようになったからかしらとも考えました。

 天気予報通り、気温は30度を大きく下回り、そぼ降る雨の中で、あのジリジリと押し寄せて来る太陽の暑さも今年はありませんでした。
 つまり、心のありようではなく、肌身に染みる感覚がそう思えわせているのだと、一旦は考えたものの、私は頭を大きく横に振るのです。
 
 それは体が感じる単純な作用ではなく、やはり、心の中の起きつつある変化であるに違いないと自分に言い聞かせるようにです。

 戦争をまったく知らない世代に属する私は、母親の話で戦争の実態を聞かされ、テレビの番組を見て、あるいは、戦争を題材にした劇映画を見て、私たちの父祖の時代になされた日本の華々しい、そして、辛い戦いの時代を受け継いできているのです。
 そんなことを思うと、ふと、ある考えが頭に浮かんできました。

 それは戦争の危機がすぐそこにあるのではないかという思いです。
 日本が戦争をするのではなく、日本の両側にある国がもしかしたら戦争を始めるのではないかという危機感です。
 そして、日本はその一方と同盟を結んでいます。
 日本は、残念ながら、日本一国で自国を守りきれない国なのです。

 だから、かつて死力を尽くして戦った国と同盟を結んでいるのです。
 口さがない隣国の外交部長は、負けたからとは言わないものの、彼の国の手先になっていると公言してはばかりません。

 でも、多少とも、親や報道から知識を得ていれば、あの時代の日本人が死力を尽くしてくれたからこそ、今同盟を結んでいる彼の国も日本国に一目置かざるを得なかったのではないかと思っているのです。

 こんなことを言うと、そうではない、強制的に志願させられ、やむなく戦うハメになったという方もおられると思います。
 当然、いつの時代にも、そういう方もおられ、また、未来の子孫たちがひがむことのないように、誇りを持てなくなることのないように、そして、自分たちの犠牲が国を作っていくのだという方もおられたことを忘れてはならないのです。

 一方の証言を尊重しつつも、少なくとも、死力を尽くした方がいたことが敵国であった彼の国が日本に一目を置き、この地球上に未だかってない同盟関係を作り上げたということだと私は考えているのです。

 しかし、強固な同盟も、所詮、国と国との約束事です。
 いつ何時、思いもよらぬ力が作用して、同盟の完遂がままならない事態になるやもしれません
 同盟とはそんなものであることを、私たちは先の戦争の折に嫌という程知らされているのです。

 そんなこんなの国際情勢が、きっと空模様を動かし、この70有余年続いてきたむせ返るような暑さを取り除き、おい、日本人、わかっているか、時代は一歩前進したのだぞ、よく見てみろ、世の中は、変化しているぞ、早く気付け、早く手を打てと言っているような気がしたのです。

 もちろん、天候が国際情勢で変わるはずはありません、でも、そう思っても不思議のないくらいに、この8月15日は、何か偉大なものが私たちに何かを知らせているような気がしてならなかったのです。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《8/22  Tuesday》

❣️<Puboo!>にて、『神様のおかげ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『The silhouette:The person who sits down in a seashore bench
It's covered with a green tree and give the shade of a tree to two people. Many waves are surging over the beach.A vast sea and the sky spread over it.
人影 : 卸下腰到海岸的长凳的人。绿的树木落到身上,将树阴给予二人。向海滨的对面几个也波浪涌来。并且,到那个对面汪洋大海和天空扩展着。』の絵を公開しました。

❣️<Twitter>では、毎日の朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。


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