「国の歌」

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秋でもないのに、色づきも艶やかな葉が我が家の小さい庭の一角にはびこってきました。セダムやつるバラに混じって自分を主張しています。はて、この色づきの良い葉の名前、なんといったかしら……。


 自慢でも何でもないのですが、私は、三つほど、外国の国歌のメロディーを口ずさむことができます。

 一つは、「The Star-Spangled Banner」、つまり、アメリカ合衆国国歌です。
 あの<Oh, say can you see……>で始まる歌です。
 私は、冒頭のこの一節しか覚えていませんが、なぜ、アメリカ国民でもないのに、メロディーを口ずさむことができるのかと言いますと、たぶん、野茂選手や松井選手が活躍していた頃から、BSで中継されていた大リーグの試合を見ていたからだと思うのです。
 それ以外には、なぜ口ずさめることができるのか理由が見当たらないのです。

 さて、もう一つは、「La Marseillaise」です。
 フランス共和国のあまりに有名な国歌です。
 『カサブランカ』という映画で、酒場でドイツ軍士官たちが雄々しいドイツの軍歌を歌っている最中、踊り子やバーテンダーがその歌に反発して、La Marseillaise を大合唱するシーンがありました。
 でも、それだけでは、私の頭に、あのメロディーは入って来ません。
 
 「La Marseillaise」のメロディーは、いうまでもなく The Beatles の「All you need is love」なのです。
 全世界に衛星中継されたこの曲の冒頭に、「La Marseillaise」が高らかに響くのです。
 
 ところで、三つ目はというと、これが中華人民共和国の「義勇軍進行曲」なのです。
 中国語では、「行進」を「進行」とする場合がありますので、これは私の間違いではないことをまずお伝えしておきます。

 いうまでもなく、これは私が若き日、中国についての勉強をしていたことが大きな要因になっていて、アメリカやフランスの国歌の場合と大きく異なります。

 ただ、私が中国語の勉強を始めた時、教科書にも、あるいは、生の中国語を聞くために夜中、ラジオをいじって北京放送を探していた時も、「義勇軍進行曲」は聞くことがありませんでした。それより、毛沢東を讃えた「東方紅」という曲が、まるで、中国を代表する歌のように聞かされていたのです。
 ですから、「东方红,太阳升,中国出了个毛泽东。他为人民谋幸福,呼儿咳呀他是人民的大救星。」と歌詞を含めて、今でも歌えるほどなのです。

 私が中国の勉強を始めた頃、中国では文化大革命の真っ最中でした。
 当時、世界は中国で何かがおきていることは薄々はわかってはいましたが、その内容は厚いベールに包まれたままでした。

 中国国歌「義勇軍進行曲」を作詞した方は、田漢という方です。
 彼には日本留学という経歴がありました。
 筑波大学の前身である東京教育大学で学んていたのです。
 実は、そのことが文革の際に、問題になりました。
 田漢の芸術の根底には、日本文化があるというのが、それです。
 そのため、私が勉強を始めた頃、田漢の書いた「義勇軍進行曲」は封殺され、代わりに、毛沢東礼賛の「東方紅」が何かにつけて歌われていたのです。

 田漢の作詞した「義勇軍進行曲」は、文革もだいぶ過ぎて、1982年に国歌として認知されました。

 そんな中国の国歌のメロディーを何故口ずさめるのか、きっと、日中の国交が回復し、そのことで、私はかの国の「国の歌」を覚えたのだと思います。
 日本と中国が互いに手を携えて、アジアの未来を作り上げるという青年らしい純粋な思いで、かの国に敬意を持って、覚えたに違いないのです。
 
 それにしても、この3つの国の歌の内容をそれとなく調べて見ますと、強烈なものがあります。
 「砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中 我等の旗は夜通し翻っていた」は、アメリカ国歌。
 「子どもや妻たちの首を切るために奴らは我々のところへやってきているのだ!さぁ、武器をとれ、市民たちよ」と、これはフランス国歌です。
 
 そして、中国国歌は「起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ! 我らが血肉で築こう新たな長城を! 中華民族に最大の危機せまる、一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。」となります。

 どれも、激しい戦いを経て、国を作って来た国のありさまがうかがえて興味深くあります。
 彼らは、イギリスから、王制から、列強からの圧政をはねのけて国を作り上げて来たことを、そして、その誇りを忘れないように、その「国の歌」に刻み込んでいるです。

 それに比べて、我が国の歌は、それらとは一線を画しています。
 
 中には、天皇礼賛であるとか、全体主義の兆候があるという方もいますが、私はそうは思いません。

 『古今集』の中にあった一首は、大切な人の平和で素晴らしい時代が永遠に続くことを願う最上の愛を歌ったものであると思うからです。

 敵を倒せとか、飢えたものよ支配者をぶっ倒せとか、そんな無粋な言葉など一切なく、ただ愛を述べている歌であるのです。
 その「国の歌」こそ、日本が大切にしなくてはいけない心がこもっているのだと思っているのです。


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造反有理世代からゴールデン・ジェネレーションへと格上げ?

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枯れたと思い鉢置き場に放置していたひと鉢からこんな綺麗な花が咲きました。毎年、タネをとり、手をかけて、そこから花を咲かせてくれるアサガオが今年は随分と成長が遅いのに反して、何もせずにいた、名も忘れたこの花に謝りつつ、いちばん陽の当たる場所で、今、我が世の春を満喫してもらっているのです。


 若い頃のことです。
 世の学者は、今高齢者となっている私たち世代のことを「造反有理の世代」と呼びました。

 その世代の少し上、戦争の時期に少年時代を過ごし、戦争の実相を見知っていた世代に対しては、戦後すぐ流行ったジェームス・ディーンの主演作にかけて、「理由なき反抗の世代」と呼んでいましたから、その言葉のあやから「造反有理」と言う言葉が出てきたものと思われます。

 そもそも、「造反有理」とは、中国における文化大革命時に、反右派闘争に血眼になる若い紅衛兵たちの行為を正当化するために唱えられた言葉です。

 「造反有理の世代」とその後の世代は、おそらく、日本歴史の中で、もっとも豊かな時代を経験し得た最初の世代ではないだろうかと思うのです。
 
 戦争を体験していない世代であること。
 日本経済が着々と成長していくありようをまざまざと見てきた世代であること。
 産業革命にも匹敵するIT革命の中に身を置いたこと。

 私はこれらが「造反有理の世代」の特徴であると分析しているのです。

 造反有理、つまり、反対するのにはいささかの理由があると言うのですから、反対する理由がなくなれば、この世代は「造反」をやめて、社会を「肯定」的に見て、ものごとを積極的に行うことができる世代でもあると言えます。

 ヘルメットをかぶり、角材を手にした学生が、翌日には学帽をかぶり、角材を捨て鉛筆を握って勉強に集中することに何ら違和感を持たないのがこの世代の特質です。
 もっとも、中には、思想を先鋭化させ、武力闘争に突き進む人間もいます。
 最初から、「ノンポリ」で、ギターを手に、フォークソングを歌う人間もいます。
 そう言う雑多な人間が同時に生存できる時代に、この世代は青春を送っていたのです。

 ひと世代前の「理由なき反抗世代」とここが違うところです。
 彼らは、戦争を知っています。
 実際、戦場には出て行かなくても、B29が空を埋め尽くすように低空で飛来してくるのを目にしているのです。
 同時に、学校で、地域で、国のために命をかけることを教わり、自分たちもそうあるべきであると思って生きてきた世代なのです。
 
 ですから、70代になった彼らは、常に、倹約こそ美徳という精神構造を持っています。
 そして、筋が通っていないことに腹をたてるのです。
 
 日本が意気盛んに戦争に突入し、勝った、勝ったと喧伝され、それを聞いて、自分もやがては戦場に出てと思っていた彼らが、ある日突然、降伏という事実を知らされるのですから、その失望感たるや理解を超える衝撃であったに違いありません。
 でも、彼らは生き残ったのです。
 だから、戦後のあの時代を必死で生き、必死で働き、戦後の高度成長の礎を作ることができたのです。

 それに比べると、造反有理の世代は、実にあいまいであります。
 
 家に、洗濯機が入ります。扇風機も入ります。そして、テレビなる摩訶不思議な箱も入ってくるのです。
 高嶺の花であった車も、その後しばらくして、家の中に入ってきます。

 テレビは、アメリカの豊かな文化をこれでもかと私たちの目に焼き付けて行きます。
 英語を喋ることができれば、金を稼げるとわかり、学校の勉強としてではなく、金を稼ぐために英語をものにする人が出てくる反面、学校でこれでもかこれでもかと英語を突きつけられ、英語そのものが嫌いになっていくという相反する現象が同居していった時代でもあるのです。

 この同居現象は、その後のIT革命でも見られました。
 パソコンを積極的に駆使したものとそれを拒んだものとの併存です。

 今、造反有理の世代は、ゴールデン・ジェネレーションと名を変えて、5、60代を過ごしています。

 自分でプロヂュースする旅を好み、つまり、あり合わせの旅を拒み、一点豪華主義ではないですが、車に凝ったり、船をもったり、あるいは、流行りのスポーツに興じたり、歳いってもロックに心を焦がしたりするのです。

 若き日に、経済的な事情とか、家庭的な事情で、断念していたことを、今になってやりだしたのです。
 それが高齢者らしからぬありようとなり、子育て真っ最中の3、40代の次の世代以上に消費を続けるのです。
 皮肉なことに、高度成長期を傍目で見ながら、おいらには関係ないさと嘘ぶっていた世代が、今の日本のささやかな成長を支えているのです。

 ひと昔前のように、老後のために金をためておこうなどと謙虚で慎ましやかな心がけなど持たないこの世代は、「人生は短い」「金など残して何になる」とパッと使っているのです。

 若い時がそうであったように、何とかなるのがこの世の中であると知っているのです。

 どうやら、私たちの世代は、日本歴史の中で特質すべき世代であるようです。
 何せ、造反有理として、言いたいことを言い、好きなことをして、雑多なありようを目にして、それを受け止めてきたのです。

 仕事も一流、遊びも一流をモットーにして、日本経済の安定的発展期を支えてきたのですから、この世代が、老いたからと引き下がるはずがありません。

 これからが「我らの時代」の総仕上げなのです。

 果たして、「ゴールデン・ジェネレーション」へと進化した「造反有理世代」は、これからの10年をいかに過ごしていくのか、大いに見ものではあります。


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男の足

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私はキャラと申します。主人の家に来て、かれこれ7年にもなります。暑い夏はエアコンを効かせて、冬は洋服を着せられ、なかなかっここち良い生活をさせてもらっています。あえて、クレームをつければ、ご主人様同様に太るという理由で食事制限をさせられているということです。公園で出会う私の仲間たち、とりわけコーギーは皆そこそこ太っているのに、私だけ痩せているのです。でも、健康であることが何よりです。そうそう、ついこの間、食事もシニアになったんですよ。


 夏は半ズボンに限る。
 とは言いながらも、半ズボンで電車に乗ることにはいささか抵抗があります。
 
 教師をしている時、そんな姿を保護者や生徒に見られたら、示しがつかないという危惧がありました。
 学校で、服装や、言葉遣いに対して口うるさく(生徒から見て)言う教師が、いかに、プライベートな時間だからと言って、半ズボンで、ビーチサンダルを履いて、電車に乗っていれば、それはちょっと違うんではないかと訝っていたのです。

 その考えは、教師を辞めたからと言って、すぐに改まるものではありません。
 やはり、不特定多数の人がいる場所に行くときは、それなりの服装でなければならないと言う強迫観念が強く働くのです。

 スーツを着て、ネクタイを締めて、革靴を履いて……、たったそれだけのことです。
 女性であれば、今日はワンピースがいいかしらとか、暑いから日傘もとか、色合いはどれがいいかしらとか、実際女性ではないのでよくわかりませんが、そのように、出かける際にはあれこれと悩むのではないかと思っているのです。
 それに比べれば、男など楽なもんだとも思っています。

 たまに、イギリスを舞台にした文芸作品なる映画を見ることがあります。
 あのイギリスの英語の発音や中世のイギリスの古い街並みや服装を見るのが楽しいからです。

 あの当時、具体的ではありませんが、例えば、ショエクスピアが描いた時代の映画では、男たちは、素足だか、あるいは、日本のももしきだかわからないようなものを着用していました。
 腰回りにはブルマのように膨らんだパンツをはき、しかも、色とりどりの生地が縫い合わされています。
 時には、股間がもっこりと、いうならば、体操選手が着用するような体にぴったりのパンツを履いているのです。
 そうした男たちが闊歩する中世の街に私が置かれたらと思うとゾッとするのです。

 一方、女たちは地を這うように長いスカートをつけて、それも数枚の布を束ねた、日本の十二単のようなスカートをはき、その美しかったであろう御御足を見せることはありませんでした。

 つまり、現代とは逆に、男は足を出し、女は足を隠していたということです。

 そういう意味では、男が足を隠すズボンを着用するようになったのは、なんらかの時代背景があったものを想像をします。

 そう、産業革命です。

 あのブルマで両足をニョッキと出した姿では、機械を動かし、油まみれになって働くのは難しいでしょう。
 
 日本が明治維新を経て、欧米の先進的な産業を受け入れた時に、袖のある着物、そして、裾が広がった袴を捨てて、ワイシャツにズボンになったことからもわかるように、生活の変化の要求から、服装というのも変化して行くものなのです。

 働き方改革で、自宅で仕事をしたり、子供を連れて会社に行ったりするようになれば、当然、服装にも変化が生まれてきます。
 今、社会の最先端にいるIT関係の人たちで、スーツにネクタイをしている人などいないと思います。
 そういう紋切り型の服装をしていては、先進のアイデアなど生まれ来ないのです。
 ジョブズがアップルの製品を紹介する際のジーンズ姿を見て、企業のトップが若者受けを狙って、あの姿になっているのかと最初は思っていましたが、そうではなく、心の解放がその姿に出ていたことを知り、教師であった私はその姿に憧れを持ったものでした。

 公立の学校などは、先生も生徒もジャージで過ごすことが普通ですが、私立学校にいた私には、生徒を指導する上で、容易に軽装になることは容認しがたいものがあったのです。

 最近のレストランは、ドレスコードもさほど厳しくなくなりました。
 だから、軽装でレストランに入ることもできますが、あまりに軽装、例えば、セーターだけだと、周りの客からはかえって浮いてしまい、美味しい料理を食べた心地がしないと言うことにもなりかねません。
 だったら、スーツとは言わないでも、ジャケットをつけていればなんとか、気まずい雰囲気は免れると、常に安全安心志向を持ってしまうのです。

 まあ、一種の職業病ともいうべきものなのでしょうが、その職業から足を洗ったのですから、半ズボンで、ビーチサンダル、それにサングラスをして、出かけてもいいのではないかと思うようになったのです。
 ロミオのように、ブルマを履いて、両足をニョッキと出して、先のとんがった靴を履くわけではないのですから、そのくらいの自由な服装をしても、なんの問題もないのではないかと。

 私はどうも、服装に関しては保守的な傾向が強いようです。
 ですから、今度、ゴールドコーストに出かけた折には、思い切り、自分を解放して、かの地に即した服装を試みてみようと思っているのです。
 
 そんなことしなくたって、つくばの街で、まもなくやってくる炎天下の夏に、やればいいではないかという声が聞こえてきます。
 それもそうだなと思うのです。

 さて、それでは両足を出して、サンダルを履いて、つくばの街を歩き、ついでに、つくばエクスプレスに乗って、浅草あたりにでも出てみようかとも思うのですが……。


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レノン=マッカートニー 

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笠間の陶芸美術館に出かけた折、隣接する公園でトランポリンに興ずる子供達に出くわしました。夢中になって、真剣になって、飛び上がっている子供達の表情は生き生きとしていました。そんな表情を描いてみました。


 ジョン・レノンの『イマジン』が<世紀を代表する歌>に選ばれました。
 そしてまた、『イマジン』の共作者に、オノ・ヨーコが、アメリカの音楽出版協会から認定されました。

 レノンは、生前、『イマジン』の発想を妻であるヨーコから授かっていると発言していましたし、ヨーコを共作者にできなかったことにいくばくかの悔悟の念を持っていましたから、今回のことはその思いを叶える出来事でもあったのです。

 <レノン=マッカートニー>ならぬ、<レノン=オノ>という素晴らしい創作者の誕生であると言えます。

 そのマッカートニーも、以前から、ヨーコがいなくては『イマジン』のような曲をジョンが生み出すことはなかったろうと述べていますから、この素晴らしいクリエーターの誕生は価値あるものとなるに違いありません。

 レノンがビートルズから離れて、最初に発表した曲の一つに、『マザー』というのがあります。

 彼の叫ぶような歌声が印象的な曲で、彼が持つ天性の才能がいかんなく発揮されたものでした。きっと、この曲で、彼はビートルズという巨大なバンドから自らを解放し、内に秘めていた率直な思いを、純粋な形で表現し得たのではないかと思っています。

 そう思うと、その内に秘めた、彼の原点とでもいうべき、心のありようを率直に表現させ得たのも、この時期、ひとときも離れることのなかったヨーコの存在なしにはあり得なかったのではないかと思うのです。
 つまり、ビートルズの時には、マッカートニーが彼のそばにいて、刺激をしあいながら、後世に残る曲を作り上げていき、ビートルズを離れてからは、ヨーコがそばにいて、ビートルズにも及ぶとも劣らない曲を作り出していったとも言えるのです。

 ビートルズの革新性は、音楽に限らず、社会、文化に多大の影響を与えたことは、すでに、学問レベルで研究され、実証されています。
 そして、その影響は今も続いているといっても決して大げさなことではないのです。

 そして、その革新性の最たるものが、<レノン=マッカートニー>という創作スタイルであったのです。
 それは、まだ、場末の盛り場で酔客を相手に演奏し、下品な言葉で喝采を浴び、酔狂な振る舞いで時には顰蹙を買っていた時代のことです。
 そんな彼らが、真剣になるひとときがありました。
 それが、二人して曲を作る時でした。

 一人にアイデアが浮かぶとそれをギター一本で演奏するのです。
 もう一人は、そのアイデアに一つ足したり、あるいは一つ削ったりして、曲を完成していきます。そして、最初にアイデアを生み出した一方が、その曲のボーカルをつとめるのです。

 私たちは、マッカートニーがメインで歌っていれば、それはマッカートニーが最初にアイデアを出したのだとわかるのです。

 分野は異なりますが、私がビートルズと同じくらい尊敬し、そのゆえ、彼らの作り出したアイデアを受け止めているものがあります。
 アップルのコンピューターです。

 アップルの商標を巡って、彼らがビートルズと裁判で争ったことがありますが、それも、一興であると思っています。

 ガレージでアップルコンピューターを作り上げる姿は、<レノン=マッカートニー>が狭い部屋で、あるいは汚い楽屋でギターを寄せ合って曲を作った姿によく似ています。
 
 ガレージに集っていたのは、いうまでもなく、あのスティーブ・ジョブスと、スティーブ・ウォズニアックというヒューレッド・パッカード社の技術者でした。
 彼らが、アップルと名付けられたパーソナルコンピューターを作り上げ、紆余曲折を経て、世界を変える発明を続々と発表していったことはいうまでもありません。

 今、この文章を書いているのは、いや、キーボードを打っているのは、MacBook Proですし、この時間、メールが大量に送られてくる時間帯で、MacBook Proの脇に置いてあるiPhoneが盛んに着信音を立てているのです。
 そして、彼らの後継者が作り出したApple Pencilが今、我が家に向かって移動中で、1週間後には新しく発表されたiPad Proが手元に届くはずです。

 それはともかく、私は、羨ましいと思うのです。

 なぜなら、彼らには、類まれなパートナーがいたからです。
 レノンは、マッカートニーがいて、ヨーコがいました。
 スティーブにはもう一人のスティーブがいたのです。

 ライト兄弟は二人して飛行機を飛ばし、キューリ夫人は夫とともに世紀の発見をしました。
 たとえ、二人ではなくても、人は、誰か他の人から刺激なり、共感を得て、何かとてつもないものを創り上げるです。
 
 自分の才能のないことを憂うる前に、自分の才能を導き出してくれる他の誰か、あるいは、刺激や共感を与えてくれる対象を持つべきなのです。
 それが、創作をする上で、最良のあり方であるのです。

 さて、今日も一人、私はMacBook Proの前に座り、キーボードを叩くのです。


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「みちびき」は私たちを何処へとみちびくのか?

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亡くなる前の母を見舞いに行った時、途中にあった野球場です。あの欽ちゃんが持っていたチームのホームグラウンドでもあった球場です。この日は、少年たちが試合をしていました。楽しそうに、心配そうにそれを見る親の姿もありました。


 今月の初めでしたか、北朝鮮が我が国が打ち上げた衛星「みちびき」に噛み付きました。
 曰く、位置測定の看板の下、わが国を狙った事実上の偵察衛星である、というのです。
 挙句に、今後、北朝鮮のミサイルが日本列島上空を飛行しても、とやかくいうことはできないと、なんとも支離滅裂な言いがかりをつけてきたのです。

 あの国は、何もわかっていなと思いました。
 そんなわけだから、日本が宇宙空間に放った「みちびき」なる衛星について、少しく関心を持った次第なのです。

 GPS、つまり、Global Positioning System という位置確認のシステムは、すでに、私たちの暮らしに欠かせないものになっています。
 私のiPhoneにも、カーナビにも、GPSは取り付けられています。

 このGPS、そもそも、アメリカ軍が開発した航法システムで、ミサイルを目標に的確に誘導するための装置でありました。
 ということは、アメリカに次ぐ軍事力を持つ国々にも同様のシステムがあるはずです。

 ロシアには旧ソ連時代からの「GLONASS」というシステムがあり、運用されています。
 現在、「GLONASS」は、24個の衛星が地球を周回して、機能しています。
 中国は、「北斗」、英語名は「Compass」という衛星が16個展開しています。今後、全部で35個の衛星が上がり、全世界を網羅するというのが中国の計画です。
 EUは、「Galileo」というシステムで、現在4個の衛星が稼働しています。
 
 以上76個の衛星がこの地球上を網羅して運用されているGPS航法であるのです
 日本は、中国の「北斗」、それに、EUの「Galileo」を使うことはできません。
 日本で使うことのできる衛星は、「GPS」と「GLONASS」です。

 で、「みちびき」はといいますと、実は、GPSではないのです。
 これは「準天頂衛星」と言って、日本のほぼ真上、ほぼですから、「準天頂」といいますが、そこに必ず1個が留まるよう設計され、日本上空とオーストラリア上空を8の字を描く軌道に乗せて運用していくのです。

 アメリカのGPSシステムと信号を共有し、トンネルの多い山間部、あるいはまた、高層ビルが林立する都市部で、GPS信号が届きにくい場所でも測位ができるようにするもので、測位精度を数cmまで高めることが可能なものなのです。

 すでに、2個が打ち上げられ、来年中には4個体制になり、最終的には7個が運用される予定です。
 少なくとも3個の衛星があれば、常に日本列島をカバーできますので、私たちの生活には欠かせないシステムになることは間違いありません。
 何せ、GPSでは誤差10mですが、「みちびき」が運用されますと、誤差は<6センチ>になるのです。

 車は一台ずつ、車線ごとに把握が可能で、交通渋滞の解消に決定的な役割が見込めます。
 オーストラリアのように広大な農地や鉱山のある国では、30センチ幅で無人の車の操作が可能になりますから、鉱物採取及び運搬、あるいは、種まきや収穫などの農作業の自動化が間違いなく進展します。

 日本とオーストラリアを両端に巡るこの衛星システムは、その間にある東南アジアにも恩恵をもたらすものですから、随分と地域の発展に供するはずです。
 
 この新技術の応用は、交通ばかりではなく、正確な地図作り、建築作業に欠かせない測量にも威力を発揮します。
 そればかりではありません、子供や高齢者の見守りサービス、地震や火山の検知、天気予報などにも成果を出すはずです。
 ですから、北朝鮮が日本に対して非難するのは大きな事実錯誤であるというわけです。

 いや、待てよ。

 「みちびき」を管轄する部署を調べてみますと、それは、運輸部門でも、気象部門でも、環境部門でもありませんでした。
 「みちびき」を管轄するのは、「内閣府」の「宇宙開発戦略推進」部門であったのです。

 もし、北朝鮮がここに注目して、日本政府が、自国のミサイル基地や原爆製造工場を把握し、そこを攻撃するために備えていると思っているなら、非難をするのはもっともだと思えるのです。

 また、現在、占領下にある竹島や北方四島、それに中国から嫌がらせを受けている尖閣、あるいは、国際社会の常識を逸脱して海底探査をしている東シナ海、さらには、これも違法に占拠、埋め立てした南シナ海の基地などをわずか数センチの精度で詳細把握を可能にするのです。

 当然、日本は他国に攻め込むなどというロシアや中国のような企てはできない国になっているので、「みちびき」でそのようなことをすることはないのですが、もしそれが事実であるなら、「日本の野望なるもの」にも、実は心を踊らすのです。

 ですから、野党のなんとも素晴らしい議員たちが、このことに目が向けず、かけ蕎麦だかもり蕎麦だかわからない学校のことに熱中するのを見て、北朝鮮の方が、もしかしたら、ものを見る目を持っているのではないかと妙な思いを持ってしまうのです。

 ともかく、日本は日本を守るために、世界と協力していくしかないのです。
 その一点を外さなければ、すれすれのことを、大胆に、積極的に行えと言いたいのです。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《6/28  Wednesday》

❣️<Puboo!>にて、『あけゆく空のごとく』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『For the first time, I was facedown in the beach a wave brings near. Very comfortable.第一次,我变成了为波浪涌来的海滨为卧姿。非常心情舒畅』を公開しました。


⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスへの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

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