時代は魅力的な言葉から生まれる

 ソニーの井深大さんが『ポケットにはいるラジヲを作れ!』と号令を飛ばしたという。
 「小さい」ではない。「人が外に持ち歩く」それを作れと。
 それが,ソニーの『ウオークマン』の世界的ヒットにつながる指示なのだ。
 三十代の頃,そのウオークマンを持って,オーストラリアを旅したことがあった。皆の関心の的になった。FMラジヲが聴けて,カセットに録音も出来るのだから,当時としては画期的であった。
 ウインドウズ95も画期的であったが,商業主義が鼻についた。
 そうした中,ステイーブ・ジョブス氏の思い入れとその狂人的な目つき,そして,何より『彼の言葉』が心を躍らせた。

I’m convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You’ve got to find what you love. And that is as true for your work as it is for your lovers.
(僕は,本当に好きな物事しか続けられないと確信している。だから,君も何が好きなのかを探すのです。仕事でも,恋でも。)

 言葉は人の意識や現実を大きく変えるのである。
スポンサーサイト

社長とは……

 『大辞泉』の新聞広告に載っていた文章の数々である。大いに参考になる言葉の数々。
              多くの人に支えられ,自分で自分を律する人。
   信じられないくらいに楽観的で,自分が世界を変えると信じている人。 
   一番に社員のこと,会社のことを考え,自分のことは最後に考える人。
         父のごとくに皆を引っ張り,母のごとくに皆を見守る人。
            なってみて,何一つ自由にならないことを知る人。
       晩節を汚さぬようにし,未来を常に語り,心弾む孤独な存在。
   平時では,縁の下の力持ち,有事には強力なリーダーシップを持つ人。
               夢を持ち続け,共感者を常に探し求める人。
 その中で,最も印象的なのが,これ。
                 尻をまくるのではなく,腹をくくる人。
 だよな。

あきんどのこころ

 鎌倉にカッコ良いシャツを創る工房がある。貞松さんの工房である。その方のことを雑誌の記事で読んだことがある。
 「私はビジネスマンではなく,商人である。儲けようではなく,お客様を喜ばしたいという純粋な信念があれば,人・もの・かねは付いてくる」という自分の判断を信じていた。
 この方のシャツを着たことはないが,きっと着心地がいいに違いない。
 なぜなら,作った人の顔,作った人の哲学,作った人の想いがそのシャツにはあるからだ。
 武士がいた時代,武士は面子にこだわり,時代を見失った。あきんどは武士が右といえば,ごもっともと右を向き,その間に,時代の流れをつかんだ。
 地道に,しっかりと時代を掴み,いい仕事をしていった。良い品物を丁寧に扱うことで品物は価値を増し,何倍にもなって,努力した人に帰ってくる。
 しかし,失敗もある。それは運というか,時代の流れというか,その人の努力不足というか,そういう何かちょっと違う歯車が影響してのことである。
 あきないをするものにはそうしたことも含んでのあきないにしなくてはいけない。その根本にお客を喜ばすという一点が凝縮されているのだ。

立派な敵に遭ってみたいもの

 小泉首相が己の政治的使命である郵政民営化を貫き通すために,閣僚に筋を曲げてでも賛成してほしいと説いた。島村農相は首相が言うならと,筋を曲げて賛成に回った。しかし,この件で,衆議院解散の話が出ると,それは大義がないと今度は一転反対に回った。
 首相は島村農相を呼び,説得を試みた。島村は政治だけの都合で解散してよいものかと節を曲げなかった。首相は,島村からの辞表を受理せず,罷免とした。
 ここまで書くと,二人の間に確執が残っているようだがそうではない。小泉は,その後の選挙で,島村には刺客を送らなかった。そればかりではなく,応援を二度も申し入れたという。
 こんな話もある。随分と話はさかのぼる。
 庄内藩といえば,江戸薩摩藩邸を焼き討ちしたことで名を挙げた藩である。薩摩が勝利して,さすがの庄内藩も厳しい処分を覚悟したが,意外にも,薩摩は寛大な処置にとどめた。
 藩主酒井忠篤はその処置が西郷南洲から出たことを知ると,藩士七十余名を引き連れ,西郷に会いに行った。御礼とともに,教えを受けに行ったのである。
 その時のことをまとめたのが,『南洲翁遺訓』である。
 「君子」には立派な敵がつくものだとつくづく思った。
 いつの日か,そのような立派な敵に遭ってみたいものだと思った。それにはまず自分が「君子」を標榜しなくてはいけない。

先義後利

 『先義後利』は百貨店である大丸の創業理念の言葉である。商売にはまず義があらねばならない。それがあれば,利益は自然と付いてくるという考えであろう。
 どこかの会社が免震工事のゴムを偽って設置し問題になっている。言語道断である。先利後利では,会社は持たないし,日本という国がおかしくなる。
 母のところにも,随分と詐欺的電話や訪問があるという。気丈に撃退をしているようであるが,人を騙して儲けようなど根性が悪すぎる。
 日本のデパートにしろ,飲食店にしろ,そのサービスは世界一といっても良い。気持ち良く買い物をさせることも大切は要素である。
 「諸悪莫作,衆善奉行」……これは,松坂屋の家憲だそうだ。
 商売人は,悪さをしてはならない。良いことをするよう仕向けなくてはいけないというような意味だろう。
 わたしも,こうしたサービス精神を見習わなくてはいけない。何事も,商売は利を先にしては成り立たないということを知って,取り組みたいと思う。

アナーキーに可愛い

 孫が可愛いという話を昔から聞いていた。自分の子供には多少とも厳しくなりがちである。それは,我が子が社会で一人前になってほしいという親心からである。しかし,孫にはそれがない。自由に生きよ,健康に生きよ,何をされても怒りも感じない。アナーキーにかわいのである。
 孫を見ていると,血のつながりというのを強く感じるときがある。
 顔形はもちろんだが,何かを考えている姿,走り方,心配する表情,嬉しい時のはしゃぎ方,そのひとつひとつがなんとなく似ているのである。そうでなかったら,かわいさも半減するのかしらと思うときがある。まったく,自分と似ていない姿形,素振り……。
 でも,子供というのは,大人に可愛いと思わせる先天的なものを持っているはずである。頭半分のところにある目の位置など,その典型である。短い足なども,手に指を絡めると,ぎゅうと掴む仕草も,子供は親がいなくても,大人たちにかわいがられる先天的なものをもっているのだ。 
 公園で,たくさんの子供たちが遊んでいる。どの子も可愛い。いや,自分の孫が一番可愛いと思う。これはじじばばのアナーキーな思い込みである。

わたしは墓のなかにいない

 お彼岸で墓参りをする。先祖を重んじる風習は大切にしなくてはいけない。
 さて,坂本真民さんの詩にこんなのがある。
 『わたしは墓のなかにはいない』という詩である。
 ……法要もいらぬ。墓参りもいらぬ。わたしは墓の下にはいないんだ。虫が鳴いていたら,それがわたしかもしれぬ。鳥が呼んでいたら,それがわたしかもしれぬ。……花が咲いていたら,それがわたしかもしれぬ。
 あの良寛さんも,
 ……形見とて何か残さむ春は花夏ほととぎす秋はもみぢ葉
 と詠んでいる。
 死後の世界のことは誰にもわからない。しかし,人は生まれてくるのも一人,死に行くのも一人,孤独の中で,生死を体験する。
 そういう時,人は「自然」の偉大さに気がつくのだろう。
 人はいなくなっても,季節季節の巡りは確実にやってくるのだ。
 妻と約束した。
 お互い,延命治療だけはやめよう。多少とも元気な姿,表情でいきたいと。

床屋のおやじ

 中高連の評議員会に出席した帰り道,飯田橋の駅の近くにある床屋さんに立ち寄る。
 この床屋さんに通い始めたて一年が経つ。
 「この間,日曜に来たのですが,休みでしたね。」
 「そうなんですよ。この辺りは,最近こそマンションが建ち始めましたが,それでも,日曜はからきしダメなんです。こちらも商売ですから,お客様がいないのに店を開けておくのは……」
 「そうですか。では,月曜と二連休なんですね。」
 「いやいや,月曜はやっていますよ。」
 所変われば品変わるで,つくばとは違うようだ。
 「いや,この辺も随分と様変わりしましてね。私のところは,ここで親父の代からやっていたんですが,もう,この辺りではうちだけですよ。バブルの頃までは五軒くらいの床屋がこの辺りにもあったですよ。それがね……。」
 「バブルを境にしてですか。」
 「あの頃は,地上げがすごったですよ。表通りは坪一億,裏通りはその半分。札束を目の前に積まれてね。皆が,金持ちになりました。……でもね,うちは親父の代からの店を守るために,そうはしなかった。ですから,この歳になっても,貧乏で,こうして働かなくてはいけない。」
 「息子さんも継いでくれて,三代続く立派な老舗ではないですか。」
 「ありがとうございます。でもね。大金をつかんだ人間というのはダメですね。ビルを建てて、管理人をしたり,郊外に土地を買って,家を建てて移り住んだり,それはそれで羽振りがいいのかもしれないが,幸福感というか,充実感というか,そういうものがないんですよ。私は,貧乏だけど,こうして仕事ができる,お客さんの頭を刈って,喜ばれるんですから,満足感がありますよ。」
 「その時はお父さんはいらっしゃったですか。お父さんが反対されたんですか。」
 「いや,もう親父はいませんでした。親父は厳しくてね。商売はなんでもそうですが,お客が来ない時の方が多いんですよ。朝お客さんが来て,夕方まで一人も来ない。そういうのはザラなんです。そんな時,いつ客が来てもいいように店を整えておくのが床屋という商売だと,あくびをしようもならこっぴどく叱られました。そのくらいですから,店を手放すっていったら,あの世でぶん殴られますよ。」
 「人には天職というものがあるんですね。それを一生懸命にやり遂げるというのが大切ですね。いや,今日はいい話を聞かせてもらいました。商売とは,<飽きない>というくらいだから,そういう根気というか,我慢が大切なんですね。客が来ない時もそれを待つのが仕事。ああ,良いことを聞きました。」
 来月末は,ポール・マッカトニーのコンサートで水道橋までくる。
 その日は月曜日だ。

耳順

 孔子はいう。60歳になると,どんな話が聞こえても動揺したり,腹が立つことはなくなったと。
 この一年。私は自分に一つの約束事を課した。
 それは,決して,人の悪口を言わないということである。どれだけ守れたかというと,95パーセント。……そう自己判断している。
 残りの5パーセントはというと,人間的な弱さだろうか。心の中で愚痴を言ったことがあるからである。
 達成した大きな理由は,自分の意思の強さもあるが,そういう癖を持った人物を近づけなかったことが大きな要因としてある。
 きっと,これからはもう軽々に人の悪口や陰口は叩かなくなるだろう。
 思えば,人の一生は,孔子が言った通りだと思う。
 15歳で学を志す。自分の場合は,随分と長く学を続けた。教師になったのは28歳だ。
 30歳代(而立)は,教師としてエネルギッシュに活動をしていた。最も燃えていた時期である。なんでも1番にならないと気が済まない,そんなとんがった状態であった。
 40歳代(不惑)では,責任も大きくなり,幾つもの仕事をこなしていた。
 50歳(知命)になって,不思議なことに,64の歳を思った。
 そして,64歳の年。
 緊張感と不安と期待と,何もが入り混じった不思議な気分だ。ただ,確かに言えるのは,64の肉体に,青年の気概が充ちているということである。 
 ……
 強がり……!? そうかもしれないな……。

🎶 NEW

 ポール・マッカトニーが日本公演を行った2年前,東京ドームに行った。その時,最新の曲目として歌われたのが,この曲である。
この頃,64歳を目前に,50歳 の時に思い立った《64プラン》を実行に移したいと思うようになっていた。順風満帆とは言えないが,教師という身分で仕事ができることになんら不平不満をもつものではないが,自分の力で自分の学校を作れないかと思うようになっていた。雇われるのではなく,自分の信念で教育という活動を展開したい,自分の思うままに学校を運営したいと。 
 心の片隅で,もう一人の自分が大声をあげて叫ぶ。
 ……バカなことを言うもんじゃない,素晴らしい生徒や教師に囲まれて,仕事ができるだけで幸福なのに,それを捨ててなんてどんでもないことだぞ。第一,どこにそんな金があるんだ。
 もう一つの声も負けずと責め立てる。
 ……日本の教育が大きく変わろうとしているんだ,伊達に《64プラン》を作ったわけではなかろう。子供達はもう独立した。女房には大変な思いをさせるが,やれるだけのことをやるのが男だ。第一,お前は生徒に,自分を限るなとか,夢を持てと言ってきたのではないか。子供たちに言うだけ言って,自分では何もしないのか。
 
 東京ドームからの帰り道,明日の仕事のために予約していた市ヶ谷のホテルまで歩いた。そして,ポールが歌う,この曲の歌詞について考えた。

 We can do what we want, We can live as we choose.    
   僕たちは好きなように生きていけるんだ 僕たちは自分で選んだ道を生きていけるんだ
 You see there's no guarantee, We got nothing to lose.
   でも,わかっているよね。保証なんて何もないんだって。
   もちろん,失うものも 何もないのさ。
 
 何度繰り返したことか,そして,まさにこの詞の通りだと確信した。

  All my life I never knew    
  人生において 僕はこの新鮮な思いを知らなかった
 What I could be, what I could do. Then we were new.
 どうあるべきなのか どうすべきなのか
    だからこそ NEWであらねばならない 

 今,冒険が始まった。 伸るか反るかは天のみぞ知る。
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《6/28  Wednesday》

❣️<Puboo!>にて、『あけゆく空のごとく』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『For the first time, I was facedown in the beach a wave brings near. Very comfortable.第一次,我变成了为波浪涌来的海滨为卧姿。非常心情舒畅』を公開しました。


⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスへの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア