「今」という時間と「ここ」という場所

 未来への展望ならいいが,それが途方もない絵空事であれば,それは空虚以外のなにものでもない。
 歴史から学んでそれを人生に生かすならいいが,憧れを抱いたり,かの人物になったつもりになるのは虚しいことである。
 人には「根っこ」,基盤がなくてはならない。そして「意志」,基盤を支えるエネルギーがなくてはいけない。
 よくよく考えてみると,人には,「今」と「ここ」しかないのだ。
 その「今」と「ここ」をしっかりと認識し,その上で,展望を持って,生きていかねばならないのだ。
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つくばの空気

 季節外れの蒸し暑さが増した東京からつくばに戻る車内の光景……。
 私自身もそうだった。確かに,そうだった。
 疲れて,本を広げたまま眠っていたし,顔にも,服装にも疲労を帯びて,窓ガラスに映る自分の姿を情けなく思った。
 しかし,その晩の私は,いままでの私ではなかった。
 青年のようにとは言わないが,それでも,展望を見出し,前に向かって進む意欲を持っていた。組織に与せず,一個人として,世の中に対している自負心がことさら強く出ていた。

 ジュネロジテ……「高邁のこころ」がその時自分の中に芽生えていたことを自覚した。
 すなわち,高慢にも至らず,卑下にも陥らず,的確に自分を制御しているのである。
 つくばエクスプレスの窓ガラスに映る自分の姿を一瞥する。
 青年のようにとはいかないが,良き立ち姿であった。

 駅から外に出ると,つくばの清々しい空気が迎えてくれた。

天才であろうとなかろうと毎日書くことだ!

ドーム

 そう語ったのはスタンダールである。
 毎日,それをしていて飽きない,嫌にならない,むしろ,楽しくなる。
 そこに「幸せだ」と思う感情が出てくる。
 
 私が The Beatle の音楽を聴いているのも,それに通じるものがある。50年を超えて,毎日聴いていても,飽きないし,嫌にならないし,むしろ,楽しくなるのだ。つまり,「幸福」を感じるのである。
  
 私が毎日していて飽きない,嫌にならない,むしろ,楽しくなることがもういくつかある。
 それが,教育活動をすること。こうして文章を書くこと。この2つである。

 そうそう,昨晩,水道橋から御茶ノ水まで歩いていると,三年前に卒業した女子生徒から声をかけられた。あの人ゴミの中で,夜の帳の中で見付てくれたのだからすごい。遅くまで大学に残って,勉強をしているという。実に立派である。
 今日は午後から,港に出て,船で過ごす予定だったが,ものを書くことを優先してしまった。
 
 やはり,この2つが私にとって『幸福』への努力すべき2点なのだと思う。

知性の悲観主義・意志の楽観主義

 いい言葉であると思う。誰が言ったのかは詳しくはわからない。しかし,誰がどういう時に言ったのかなど関係なく,こころに染み入る言葉であると思う。

 人間に知性は必要である。もちろん,知性の量,質に差はあろうが,人は知性を得て,成長していく。知性は人に力を与え,自信を与え,誇りをあたえてくれる。
 しかし,時に,知性があるがために,行けばいいのに止めたり,言ってしまえばいいのに,言えなかったりする。若き世代においても,壮年期においても,老齢期においても,それは言える。 
 人は,知性によって成長し,退化していく。
 
 意志はすべての人が共通して持てるものではない。意志などなくても生きていける。意志があるために,厄介なことに巻き込まれることもある。しかし,意志を持つことで,相当な困難にも対していくことが可能である。いや,むしろ,意志を持つことは,困難・危機的状況・おもわぬ出来事を漫然として受け止めるということを意味するのである。意志があるから,目的に向かって,邁進できるのだ。

 自分の中で,知性が「知の力」を欲し,意志が「克服する力」を渇望している。

幸福度100.0%

 日本は158カ国中46位であった。
 これは新聞に出ていた国連の調査による2015年度幸福度ランキングの数値である。
 平均余命が長いこと,社会福祉が充実していること,寛容度が高いこと,人生の選択肢の幅が広いこと,汚職や腐敗が少ないことなどが調査対象のようである。
 平均寿命ではなく,平均余命とはなんだろうか。医療技術の成果であろうか。ならば,日本は平均寿命ともどもトップクラスに入るはずである。
 しかし,社会福祉の充実,これは少々問題があろう。格差の問題,独居老人の破綻の問題,国や社会がしなければならないことが一杯ある。寛容度の高さもこれに連動している。
 人生の選択肢の幅……これはいいのではないか。自分の好きな職業にも努力すればつける。ただ,女性,障碍者などまだまだ社会が認めていかなくてはいかない部分がある。
 こう考えていくと,日本が上位3分の1にとどまっているのも納得ができる。
 でも,本当の『幸福度』とは,一人一人の尺度で測るべきものなのではないだろうか。
 私の場合は,明日,Paul MaCartney の東京ドームコンサートに行く,この一点で100.0%である。

チャリで巡るつくば

風情

 昨年の9月28日以来,約7ヶ月ぶりにチャリンコで,筑波山の麓までツーリングをしてきました。体力の不足とあいまって,風も結構あリ,少々辛いツーリングになりました。しかし,これからは中2日で出て行くことも可能ですので,風を受け,景色を楽しみながら,つくばの街を走りたいと思っています。
 ツーリングする時には,サイクル・コンピューターが起動して,2011年の夏から,すべてのツーリングが記録されているのです。ですから,記録を見ると,どこを走ったか,どのくらいのスピード,時間で走ったかが過去にさかのぼってわかるのです。
 実に便利ですが,ふと,思う時があります。
 「自由」に走りたいというのに,自ら,何か制限を加えているのではないかという「疑念」です。でも,これは本当に「ふと」思うだけです。
 やはり,自転車は,何やかやと言っても,「自由」の産物です。
 これを発明した先人は立派だと思います。
 写真のように,筑波山の麓にこのような藁葺きの家があるなんて,クルマに乗っていてはわかりません。「MONPE」なんていう茶店もありました。決して,観光地ではありませんから,村人が集ってくるか,NPOの人が健康食品を買いにくるのだと思います。
 しかし,お尻が痛い,きっと擦りむけていると思います。

瓢箪もまた面白い

haru

 今,我が家ではアカシアの黄色い小さな手毬のような花が満開になっています。この花が咲くと春が来たという感じです。
 アカシアの隣には,2階まで枝を伸ばしたモッコウバラがたくさんの蕾をつけ,アカシアに負けまいと満開の機会を狙っています。
 この時期,我が家では夏野菜の苗をポットに植えます。トマト,なす,きゅうり,唐辛子,それに,スイカです。昨年は,スイカから瓢箪が実り,ビックリしました。
 そして,バジリコに朝顔です。
 これが連休前後のしきたりのようになっています。
 夏の盛り,美味しいトマトにスイカを食することができることと思います。
 植物というのは,もちろん,種苗専門家の研究成果でもあるのでしょうが,期待を裏切らないというのはすごいことだと思うのです。
 こちらも土を作り,肥料を与え,水を与え,余分な枝を払い,いろいろと手を尽くし,美味しい実をいただきます。

 いつも思うのですが,家庭菜園と教育というのは本当に似ていると思います。
 手をかける,手を抜く,温かく見守り,厳しく摘む……そのバランスがあって,成果が期待されます。
 時には,瓢箪のようなものも出てきますが,それも面白いことです。

わんちゃんロボット




 妻は,大人のおもちゃだとか,暇な老人の時間つぶしなどと嫌がらせを言いますが,将来の生徒たちに,教えることができたらいいと思って,研鑽に励んでいるのです。しかし,どんなに説明しても,理解を得るのは難しいようです。

 マニュアルがあって,それに基づいて,レゴを組み立て,EV3という小さなコンピューターに動作や声,表情などをプログラミングしていくのです。プリグラミングといっても,これもマニュアル化されていますから,パソコンとつなげて,インストールするだけです。このわんちゃんの場合は,えさを食べる,寝る,起きて足伸びをするくらいですが,将来は自分でプログラミングをして,例えば,片脚を上げておしっこをする,おしりを上げて威嚇する,おすわりをしてえさを待ち,えさをもらったら,目をぱちくりしてもっとちょうだいといわせるなど,いろいろなことができるのです。

 実はこれ,水戸の若き塾長が熱心に取り組んでいる教育の手法の一つで,その熱心さに感動して,私もやり始めたのです。

 まず,細かいレゴをなくさないように大切に扱うという教育効果,決して親切でないマニュアルを読み取り,組み立てる理解力の養成,コンピューターを使ってプログラミングするという知的創造性を養うことができる,ひいては,考える力,自分の力で問題を解決していく力を養成するに大いに成果を期待できると思うのです。

 自分の学校を作る際にはなんとか役立てていきたいと思っているのです。

釣り

turi

近々,オーストラリアで釣りをします。初の海外遠征です。楽しみにしています。

1978年8月12日

 その日,私は香港にいた。北京では園田外相が日中友好条約の調印を果たした。
 その翌日,私は香港から羅湖に電車で移動,そこから,徒歩で国境を越えた。こちら側には半ズボン姿のイギリス兵が,向こう側には人民帽をかぶった解放軍の兵士たちがいた。物々しいというより,どこか和やかな雰囲気が漂っていた。
 中国では,どこに行くにも,人民が付きまとってくる。トイレに入っても物珍しいそうについてくる。広州で二胡を買った。お釣りをぞんざいに投げられた。でも,中国に来たという実感の方が強かった。広州のホテルで,いらなくなった下着をゴミ箱に入れた。しかし,北京のホテルに洗濯されて届けられた。洛陽のホテルでは,札とコインを乱雑にベットの放り出したまま見学に出かけた。帰ったら,綺麗にまとめられて,机の上に置かれていた。
 中国はいい国なのだ。
 広州で,ベトナムに行く若い兵士に声をかけた。兵士は直立して,わたしに対してくれた。鄭州の街で,歩いている人に道を尋ねた。紙に漢字を書きながら丁寧に教えてくれた。龍門石窟では,質素な人民服を着,髪を後ろに束ねた女性が,拓本を買ってくれと声をかけてきた。躊躇なく買った。北京で毛沢東記念館に行った。主席を偲ぶ人民が行列を作っていた。外国の旅行者に優先的に入ってもらおうと先へ先へと案内された。
 中国人は謙虚で素晴らしい人格を兼ね備えているのだ。
 ……
 それが,経済の向上に伴い,随分と変わってしまった。
 上海でも蘇州でも,人民があれを買え,これを買えと凄まじい勢いで迫ってくる。クラクションもこれでもかというくらい鳴らす。香港人は,大陸人を小馬鹿にしている。日本を始め,アジアの国々では,人々が眉を顰めるくらいの恫喝に辟易している。
 ……
 あの謙虚で,奥床しく,大人然とした中国人はどこへ行ったのか。
 老舎が描く北京人をもう一度読み直したいと思う。
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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《8/22  Tuesday》

❣️<Puboo!>にて、『神様のおかげ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『The silhouette:The person who sits down in a seashore bench
It's covered with a green tree and give the shade of a tree to two people. Many waves are surging over the beach.A vast sea and the sky spread over it.
人影 : 卸下腰到海岸的长凳的人。绿的树木落到身上,将树阴给予二人。向海滨的对面几个也波浪涌来。并且,到那个对面汪洋大海和天空扩展着。』の絵を公開しました。

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