2015年12月25日の夜の空は、蒼く、高く、中空に冷え冷えとしたお月さんがかかっていた。

tukitennshin
       2015年12月25日 クリスマスの日の満月、自宅のバルコニーから見る。


 この日は、旧暦の11月15日。つまり、満月であった。
 クリスマスのために点灯させた青色のイルミネーションを消しに、バルコニーに出ると、そこには見事なお月さんがあった。

 気象予報士の石井和子さんが、『燕京歳時記』を引用して、次のような文章を書いていた。
  「11月15日には月が〔天の中心にかかり〕人の頭上に当たる。もし満月だと塔影はその尖端を現さず、人の影もま
   たきわめて短い。子供たちの物好きな者はかならず眠らずに月が中天にかかるのを待ち、階に出て影をうつして
   それを験してみる」と記されている。眠い目をこすりながら夜なかまで起きて自分の影を確かめる昔の子供たち
   の素朴な好奇心をたまらなくかわいいと思う。私も長いこと月の影など全く忘れていたことに気がつく。」

 あいにく、往年の北京の子供のように、月の影を嗜む風流を持つことはできなかったが、あまりのお月さんの輝きに、思わずiPhoneのシャッターを押した次第である。

 石川賢治さんという写真家がおられる。月の光のみで写真を撮る月光写真家である。
 最初、石川さんの写真を見たとき、その「青い」世界に驚かされた。
 改めて、彼の活動年表を振り返ってみると、私が驚かされた時期は、石川さんが『月光浴 Moonlight Blue』を発表した1990年であることがわかる。そして、彼は、今もこのテーマで写真を撮り続けている。

 その時、きっと私は、月が放つ光で写真を撮るという、その独創性に感動したのだと思う。

 私は思わず写真を撮るが、石川さんは写真家の目線で、月の「光」に反応し、あの「青い」世界を構築しえたのだと思う。何か、自分にだけに備わった個性を見つけたというような感じではなかったかと勝手に推測している。

 宇宙が解明されていくのは喜ばしいことであるが、古代から受け継がれてきたロマンは、いつの時代になっても人の心に宿っていてほしいと思う。


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規範を捨て去り、しきたりを破壊するエネジーが芸術の根幹

sumu
  私が絵を描く部屋で、ピアノの上にあって、そっと活動を見つめているのがこのスヌーピーです。


 教師を30数年もやっていると、こうしたアナーキーな姿勢には必然的に拒絶反応が出てしまうのだが、自分の中に、それに同調する精神が確かにあることも事実なのである。それは、私だけではなく、誰もが所有しているものだと思う。それに気がつくか、そうでないかの違いだけである。

 この芸術の根幹は、民族の伝統を破壊し、国家のあり方を否定するというアナーキーな考えではなく、人間が持っている不可思議な精神の、表層に現れたものである。

 ピカソが言ったように、芸術は真似をすることから始まる。
 ただ、ピカソの真似をしたからといって、第二のピカソとして、多くの人はそうそう簡単には認めなさい。模倣から、その人の個性がにじみ出る作品であって、そこに命が宿らなければならないからである。

 ピカソは、エジプトの壁画、あの頭部を横から描き、胴体は真正面、そして、足部はまた横から描くという独特の描法を真似て、自らの作品に反映させたのではないか。しかし、そこには単純な模倣ではなく、作品に個性がにじみ、かつ、命が宿っているから、ピカソの芸術として評価されるのである。

 規範を捨てること、しきたりを破壊することは、芸術にとっては大いなる手段であり、それを全生存をかけて実践した人にこそ、芸術の根幹は宿るのである。
 
 見てごらんなさい
  ヨーコ・オノ・レノン。篠田桃紅。
    藤田嗣治。十返舎一九。
      檀一雄。中原中也。 
       ……。
 

「隣の芝生」症候群と「偏屈頑迷」症候群のせめぎ合いの行方は……

nukemi
   散歩していると、このような抜け道がある。 果たして、この道はどこへと通じているのか。胸が高鳴る一瞬である。


 『にほんブログ村』という全国88万のブログが集まる媒体に昨日から参加した。このページの右にそのバナーを貼った。

 皆さん、素晴らしいブログを書き綴っている。
 見事なものである。見た目ばかりではなく、内容も素晴らしいのがいくつもあった。これで食っていけるのではないかと思われるものばかりである。

 こちらがいくつものページにアクセスするものだから、そのお返しに向こうも、こちらにやってきてくれる。多くの人が、自分のページにきてくれることは嬉しい限りである。

 でも、一抹の不安がよぎった。

 それは、自分のページはこのままで良いのかという、いうならば、「隣の芝生」症候群である。優柔不断にして、自信喪症の癖が露骨に出てきたのである。

 いやいや、待て。

 それを押しとどめる、偏屈頑迷にして、独りよがり、かつ、傲慢なおのれの癖もまた戦いを挑んできた。

 両者のせめぎ合いは、程なく、後者が有利に動いた。

   お金はかけない。
   自分の好きなようにやる。(つまり、他におもねらない。)
   小説を書き、水彩画を描く、その導入として、このページを当てる。
 
 それが、「掟て」であった。「掟て」は守らねばならない。

 そういう決着と相成ったのである。

電子書籍は貴重な文化財。後世に残す方法を考えたい……。

aburana
   暖冬の12月、道端に、黄色の花が陽を浴びて咲いていた。 花々もきっと慌てているのだろう……


 取手の学校にいるとき、ネットを使った「ネット授業」なるものを構築したことがあった。それも、業者を使わずに、教員が動画を入れたり、写真を入れたり、文章を起こしたりして、「教材」を作成するのである。
 文科省も注目し、審議官を派遣してきたくらいである。

 一方、校内では、それができない教師たちから、不平や不満が出された。それも、この学校が教育方針を転換する契機の一つになったのではないかとも思っている。

 でも、多くの教師たちは実によく努力し、生徒のために働いたと思う。何より、パソコンを使っていろいろなことができるようになったのだから、それは教師一人ひとりの「財産」となったはずである。
 私が、パソコンを使って、こうして活動できるのも、この教育現場があったおかげであると感謝している。

 さて、今朝の新聞で、国会図書館が電子書籍の収蔵に取り組むという記事が出ていた。
 今現在、私が出版した「紙の」書籍は、この国会図書館に収蔵されている。これは『納本制度』のおかげである。検索をすると、ちゃんと出てくるから嬉しい。

 しかし、電子書籍はいくら検索をかけても、一向に出てこない。
 当然である。
 国会図書館といえども、電子書籍にはさほど関心を払っていなかったのである。

 それが、『電子書籍も貴重な文化財には変わりない。後世に残す方法を考えたい。』と取り組みを始めたのである。
 現在、無料や個人発行の書籍も含めると、電子書籍は90万タイトルにも及ぶという。その膨大なデーターを、国家がきっちりと保存していくための方策を考えるというのだから、喜ぶべきことである。
 
 貴重な文化財であると判断されるように、責任を持って、活動にあたりたいと思うのである。

メディア作家って、なに?

sass


 『文化芸術振興基本法』(平成13年12月7日法律第百四十八号)の定義によれば、メディア芸術とは、映画・漫画・アニメーション及びコンピューターその他の電子機器を使った芸術(同法第9条)を言う。
 文学や美術は、第9条の範疇には入らない。
 でも、私がネットを使って、発表している歴史小説や水彩画は、すべて、電子機器を使っている。
   (国の見解が正解なのか、それとも、私の認識が違うのか……?)

 ともかく、私は機器を使って、歴史小説を書き、電子ペンで絵を描いている。そして、ブログやホームページという媒体で、それを公開している。
 誰からも一銭も取らず、誰にも一銭も払わない。
 ただ、自分の書いたこと、描いたことを表現できることに喜びを感じるのである。
 
 過去、多くの表現者が、自分の止むに止まれぬ思いを文章にし、あるいは、絵にしてきた。それだけでは、生活できないので、随分と苦労もしてきたはずである。そして、やっとの事で、世の中に認められた彼ら表現者の作品は、確かに素晴らしい才能がきらめくものであった。

 自分の思いを、内なる魂の表現を尽きることなく行う作家の行為は、崇高でさえある。
 私も、自分の内なる魂を表現することに力を尽くしたいと思っているだけなのだ。


それでも、生きている。……、本当に、生きている。

zoukiba


 「普段、何をしているの……?」
 それは、とりもなおさず、何をして食っているのかという質問である。
 『高等遊民的生き方をしている』と言っても、そういう質問をする人はあっけらかんとしているだけである。

 一銭にもならない小説を書いて、一銭にもならない絵を描いているだけなのだが、つまり、経済的活動からまったく乖離している状況下に今あるのだが……。
 
 それでも、生きている。
 食べていけているのである。
 それも、何の憂いもなく、何の煩わしさもなく、質素であるが美味しい食事を食べていけるのである。

 朝、同じ時間に集まって、あれこれと相談し、何かを遂行する。そして、それに対していくばくかの収入を得るという生活からは足を洗ったのだ。

 つくばの街で、ここを終の住処と定めて、自由気ままに、生活を楽しむ。朝はまだ暗いうちから、何十年も続けてきた生活よりも早くに「仕事」を開始し、「集中」して、「充足感」を持って、そして、あとはのんびりと本を読む。散歩に出る。ロードバイクに乗る。霞ヶ浦で船に乗る。
 
 本当に、生きている。
 心が、心地よい栄養を与えられて、のびのびとしている。
 
 だから、いい小説を書かなくてはいけない。ちょっとは上手い絵を書かなくてはいけない。
 好きなことをして、好きなように生きているのだから。



ものを書くということは生きる証を残すということ 

morinoisu


 一通の手紙をいただいた。
 それは土浦の学校に勤めていた時の職場の同僚であり、同時に、取手の学校にいた時、子供を通わせていた保護者からのものでもあった。
 (私は、教職体験を取手と土浦の二カ所の私学でしている。)
 その方が、ワーゲンの絵を描いているイラストレーターが親戚にいて、ビートルをデザインしたカレンダーを作ったのでと送ってくれたのである。
 私が取手にいた頃から、VWのビートルに乗っているのを知っていて、思い出してくれたようであった。
 とりわけ、親しい同僚というわけではなかったが、かつて私が息子さんが通う学校の教師であったということで、少しばかり敬意を払っていただいたようだ。
 お手紙には、その息子さんが上智を卒業したこと、そして、さらに医者になりたくて、金沢の大学の医学部に今在籍していることが綴られていた。親としては、脛をかじられ続けて大変だとも書いてあった。
 久しぶりに、心温まるお手紙をいただき、なんだか嬉しかった。
 
 今、年賀状を書いている。
 私なりの流儀としては、自筆で住所とお名前を書くこと。そして、一言二言、言葉を添えることにしている。
 それが受け取る方への礼儀であると思っている。
 やはり、受け取った方が一瞬の間でも、目を向けて、差出人である私に関心を払ってくれるということが大切である。

 ものを書くというのは、今自分が何をしているのか、どう生きているのかを伝える作業であり、同時に、相手への関心を示す作業である。
 そこには、何の利害損得もない。純粋に、生きる証を他に伝えるという思いだけがある。それゆえ、そこにある一言が相手の心に通じていくのである。
 私が、歴史小説を書き、水彩画を描くのもそれと同じである。自分が考えたこと、描いたことが、今生きている証となっているのである。


芸術とは爆発だ。無審査・無報酬の中に芸術はある。勲章によらず価値を高めるのが芸術だ。

akinokatachi


 精緻な画がある。
 例えば、五姓田義松さんという画家がいる。
 イギリスの「報道画家」ワーグマンに師事した画家である。「報道画家」という言葉からも想像はつくと思うが、まだ、写真のない時の話である。それゆえ、対象を執念深く、丹念に、リアリスティックに描く。
 1873年年に描かれた『台所』という絵は、鉛筆で当時の台所を精緻に描き、その上から淡い水彩で色付けしたものである。一目見て、これは常人には描けない作品であると思った。
 
 また、山岡セイコウさんという画家がいる。この方は、iPadとiPhoneを使って、デジタルで絵を描いている方である。指一本で、写真のような絵を描く。
 この方も常任ではない才能の持ち主である。
 これからのご活躍が楽しみな画家である。

 さて、かく言う私も水彩画が好きな御仁である。
 とりわけ、風景画が好きである。淡い色で、繊細な線、雑な線、はみだした色彩、滲んでからみあった色彩がいいのである。あまりに好きで、自分でも描くようになってしまった。ところが、お手本とする画家のようには上手く描けない。描くたびに、絶望の淵に落とされる。才能もないのに、手を染めやがってと心の中で悲鳴に近い叫び声を上げている。

 ただ、心の支えになっているのは、岡本太郎氏の言葉である。

  『芸術は ポジションを超えるところにある。素人になるところに芸術はあるのだ。』

 日展を脱退し、活動した中村正義さんという画家の言葉も共感を覚える。

  『無審査・無報酬・自由作品こそが芸術である。勲章を貰って、価の高くなる国などない。

 素晴らしいではないか。大いに賛同する。


青のイリュミネーションを点灯させ、門の前のプランターの花を植え替えたら、気分も一新

kofu


 新聞を読んでいたら、「老害シニア」を扱った記事があった。
 若い人から、あの人とは一緒に仕事をしたくないと言われているという。その理由は、管理職気分が抜けず、事務作業を人任せにし、仕事中に遊びの話ばかりしているからというものだ。かつての上司が再雇用で同じ職場にいて、若い従業員からクレームが来たという話である。
 どうも、極端な話のようだが、新聞が書くのだからまんざら嘘でもなかろう。

 私の古い知り合いからは、60歳で定年退職したが、それ以後もそこで働くと、給料は半減、仕事の量は変わらずと愚痴を聞かされた。それでも、60歳を超えても雇ってくれるところはないから仕方がないと我慢しているという。

 さっきの新聞の記事に、このような例も載っていた。
 退職してから、全く違う職種にチャレンジしているという人の記事である。
 青年期・壮年期を仕事に明け暮れ、家族のために全身全霊を尽くして生きてきて、その上、まだ、チャレンジするというその精神は、敬服に値すると感じた。安易に同じ道に入るのではなく、第二の青年期・壮年期を迎えようという意欲があって、気持ちがいい。

 シニアのあれこれの記事に目が向くのは仕方がない。そういう歳なのだから。
 でも、孫たちに関係する記事にも目がいった。
 それは、留学経験があるとないとでは、年収に差が出るという記事。英語ができるとできないとでも年収に差が出るというのである。
 それは、私たちの時代では、パソコンの技術であったろう。
 文章が打てるか、表計算ソフトが扱えるかである。
 それにより、年収差があったかどうかは実感はできない。なぜなら、相手の給料を知ることはできないからである。
 ただ、新しい技術を手にするために、身銭をはたいて頑張るだけであった。

 そんな記事を読んでいくと、人が働くということは、そして、生きていくということは、つくづく世知辛いと情けなくなった。
 
 だからというわけではないが、今年も、二階のバルコニーに青のイルミネーションを輝かせ、門の前のプランターの花を植え替えた。
 我が家の前を通る人々が、少しでも、いい気分になってもらいたいと思うのである。



元来、○○で、損ばかりしている

hennaz


 坊ちゃんは、無鉄砲で損ばかりしていた。
 李徴は、己を買いかぶって、ついに、虎になり、闇夜に咆哮するばかりであった。
 そして、正直者は、それがゆえで、馬鹿を見た。
 
 でも、坊ちゃんには、正義感があった。
 その正義感を失わず、悪に立ち向かったことが彼の万人に認められるところである。まさに、青春そのものであり、痛快この上ない。
 李徴には、己を買いかぶる自尊心があった。
 その自尊心があればこそ、そこそこの才能を養って、安楽な生活をする人士とは違った生き方をすることができた。彼は虎になったのではない。彼の心が野にあっただけのことなのだ。それは、不幸なことではない。
 
 人は、嘘をつく。大きな嘘を二度も聞かされてきた。
 嘘は泥棒の始まりという。単純な教訓である。
 嘘は、その人の心の弱みから出てくる。嘘は、その人の心の僻みから出てくる。嘘はその人の利己的自己満足から出てくる。
 嘘は、相手を思いやることのできない非人間的な心のあり方から出てくる。
 だから、泥棒の始まりなのである。
 人は、それを一番、恥ずかしいものと認識している。

 坊ちゃん、李徴、正直者……、この三者のごとく、常に、ありたいものである。



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Author:nkgwhiro
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《5/25 Thursday》
       
❣️<Puboo!>にて、『千年の哲学ー女は賢くなり、男たちはただ老け込むだけだった』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『Hot night. People relax at a beach. And they buy food fried chicken. 热的夜晚。 人们,在海滨放松。并且,他们买干炸鸡。』を公開しました。


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