「個」としての基盤を有し、「私」という主語を持つ「人材」

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20mm広角レンズで撮影したサーファーズパラダイスです。海ととともにビルが美しいと思います。



 以前暮らしていた竹ノ塚で、ご近所だった社長さんがいます。二人の息子さんを常務と専務に据えて、人形町で浴衣を卸す会社をやっていました。

 その社長さんから聞いた話です。

 人を採用するとき、無造作に半紙を机に、そばに硯と筆も置いておきます。
 面接を終えて、「ところで、そこに半紙と筆があるから、ご自分の名前を書いてください。」というそうです。日頃、筆と墨を使って、ものを書くことなどないものですから、大方の人は緊張するそうです。

 別に、字の良し悪しをみるわけではないのです、とその社長さんは言います。
 「半紙には裏表があるのです。裏はざらざらしています。机に乱雑に置かれている半紙はすべて裏側が上に来ています。それを表にして書けるかどうかを見るのです。」

 つまり、採用面接では、受験者はいくらでも対策をして、その人の本性を隠せるし、能力など大差がないわけだから、緊張状態の中で冷静に物事を見極める力のある無しで採用不採用を決めるんだというのです。

 先日、新聞に、採用面接をやめてハイキングをする会社があると載っていました。
 わずか5分や10分の面接では見えない人柄が、ハイキングとその後のバーベキューパーテイで見事見えるというのです。

 採用される学生も、窮屈な採用面接から解放され、息抜きに体を動かし、お昼をいただけるし、採用する方も、騙し合いの面接より、バッグを持つのを手伝ったり、肉を焼くときの動きからその学生の本当の姿を垣間見ることができて成果があったというのです。

 口下手で印象が悪い学生が人の面倒を見させたら最高の出来を見せたり、ことば巧みな小賢しい学生を採用しなくて済んだりと会社の側にもメリットがあるということでした。

 この二つのエピソードでわかることは、大きな会社ではないが、地道に経営を進める会社が、人の持つ本質を見極めようと努力している姿です。

 ところで、人の持つ本質とは何かということです。

 採用したものの、面接ではあれほどにこやかにしていたのが挨拶もできない人物であったり、会社のために努力すると語っていたはずなのに、不平不満をあちらこちらでこぼす人であったりと、採用を間違ったケースは往々にして生じます。
 会社の期待とずれてしまい、その後の研修でも修正できないという不幸な事態を招くことになります。

 そうならないためにも、人の本質を見極めることは大切なことであり、同時に、自分の本質を知り、それを訴える力を持つことも大切なのです。

 それが、「個」としての基盤を有し、「私」という主語を持つ「人材」ということです。

 自分をオブラートで包んでよく見せるのではなく、自分という人間はこういう人間であり、これ以下でもこれ以上でもないが、未来に関しては大きな伸びしろを持つ人材であるとする根本がそこにはあるのです。

 少なくとも、私の周囲にはそういう若い人材がいて、いい仕事をしています。
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窮屈な世の中になりました。

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かの有名なゴールドコースト シーワールドのアシカショーです。この国は、日本を動物虐待をする国として厳しく見ています。でも、アシカやイルカのショーは人気です。政府レベルと国民レベルでは様相がまったく違っています。日本と中国も、そして韓国も同様のことが言えます。



 夢でした。早朝からの、ヤンキースタジアムでのMLB観戦。昨年は病院詰めが多くてそれどころではありませんでしたが、今年はと楽しみにしていたのです。

 しかし、面白くない……のです。

 日本人選手の活躍が少ないからか。ヤンキースが圧倒的な強さを見せないからか。
 そうではないのです。

 微妙なプレーをビデオ判定するあの弛緩したゲームの流れがです。

 確かに、チームにとっては黒白決着をつけることはチームの成績を左右する大きな問題です。でも、勝つためだけにゲームがあるわけではありません。選手も人間、審判も人間、観客も人間です。人間の不確かな目で一瞬のプレーを判断し、結果を出し、それを受け止め、時に、ブーイングをし、時に、喝采を送るのが楽しかったはずです。

 弱小チームの名をほしいままにしたピッツバーグ・パイレーツは、ビッグデータの活用で有力チームにのし上がってきました。
 まず、左打者に対しては、守備のシフトを大きく変えます。二遊間に飛んだ打球を三塁手が取るくらいまでシフトを変えます。そして、そうするために、投手はツーシームを内角に投げるのです。
 さらに、主審一人一人の個性を分析し、捕手の球の受け方まで検討するのです。
 そうすることで、パイレーツは強くなったのです。

 しかし、二遊間のゴロを三塁手が獲ったら、それは三塁打となります。やはり、どこかおかしいと思います。

 世間でも、そうした傾向が見られるのではないでしょうか。
 ちょっとしたことで、クレームを言う、ということの多さです。クレームをつけるというのは、黒白をはっきりとさせるということです。
 そこでは、人間なんだからと言う、極めて素朴で、温厚な「赦し」の心が喪失しています。
 それに加えて、わがままと言うか、自己中心的な思惑が加わりますから、とんでもない事例が生まれてくるのです。

 曰く、子供の声はうるさいとか、校庭から舞い上がる砂埃をなんとかせよとか、捨てるに捨てられないものを、ゴミ山のようにためるとか、そのゴミで道路を封鎖してはばからないとか……、そうした耳を疑うようなことが起こるのです。

 現代社会は、窮屈になりました。
 もっと、ゆっくりでいいのではないでしょうか。

 野球も、大相撲も、これからは AIがそこに陣取って、人間の行いをすべて把握し、その是非を判断する時代が来るのでしょうか。

 その時は、南の島のどこかで一人で暮らすとします。人間らしくね。

失意にありて泰然とす

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ボトルブラシのような花を持つ植物を多く目にします。独自の環境で育まれた自然の形なのでしょう。



 組織にあれば、誰もが一度ならず、右か左かの選択を迫られる場面に出くわすはずです。
 戦国時代のように命を賭してというわけではないので気楽ではありますが、それでも、精神的にはかなりきついものがあります。

 先だって、かつてともに同じ境遇にあった方としばしの逢瀬を楽しみました。

 彼は慶應義塾を出て、大手銀行に入り、赤坂支店の副支店長まで勤め、事務長に出向されてきた方です。
 私などと比べればエリートです。大人しく理事会の言う通りに従っていればいいものを、自己の信念に従ったがために、少々苦しい思いをした方です。

 自慢ではないですが、私は早稲田を卒業するまで結構年数をかけています。
 いろいろあって、早稲田にたどり着き、28歳の時に卒業をしました。遠回りもここまでくると開いた口がふさがりません。早稲田には「中退一流、留年二流、卒業三流」という言い伝えがまことしやかにありますが、私など「四流」「五流」の部類に入るでしょう。

 そして、右か左かの選択を迫られる時がきます。

 生活がかかっています。ここで失職すれば、家族が路頭に迷いかねません。理事会はまず、事務方への圧力を強めます。事務長に考えを改めるように迫ります。しかし、彼はそうはしませんでした。断固、信念を通すと決意したのです。

 私は長ですから、部下たちには理事会に従うよう言いました。私だけは信念に殉じますとあの時はっきりと私に言ったのです。

 実は、私も同じ気持ちでいました。
 もし、これまでの言動を翻したら、生徒たちにどういう指導をしていけばいいのか、今回の件で、一時の混乱はあるかもしれないが、その方が生徒たちに生きざまを見せることができる。それこそ、本当の人間教育であると勝手に考えたのです。

 事務長が学校を辞めてから半年後私も学校を去りました。
 そして、再び会うことになりました。
 一昔前のことを振り返りながら、お互いに、あの時の判断が間違っていなかったことを確認したのです。

 彼は銀行の口利きで、定年まで、東京にある会社で経理の仕事をし、私は土浦の学校で定年を迎えました。
 二人に共通していることは、信念というか、正しいと思ったことを貫いたことが自信につながるということでした。もし、生活のためという理由で残ったら、どこかに虚しさを感じていたに違いないし、そればかりでなく、裏切り行為に及んでいたら、とんでもないことになっていたに違いないと思うことです。

 新しい場で胸張って堂々とできたのは、どんなに環境が変化しても、一時の失意の中にあっても、泰然とできたのは、信念に従うことができたことによるということです。

 人を裏切り、陥し入れ、姑息に生きることもできます。
 でも、そうした人々のその後がパッとしないのは、歴史もそれを語っています。

 失意の中でも、泰然として、生きる。……もしかしたら、私が身をもって得た教訓かもしれません。

私にとっての「月面着陸」

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3つのパラセイルが舞っています。大空を飛べる自由。まるで、鳥のように。自由表現の最たるものです。



 世の流れとして、今、最も注目されているのは、「教育」と「健康」です。
 ともに、そこには当然のごとく、例の社会的現象があります。

 「少子化」と「高齢化」という社会現象です。

 取手の学校にいるとき、来るべき少子化を危機と感じ、学校のレベルアップを過酷なまでに果たしてきました。それゆえ、多くの反発もあり、ガタガタになりそうな局面もあったのですが、それでも、何のバックボーンもない学校が少子化の時代に生き残る道はこれしかないとしゃかりきになって活動をしました。

 その時私は、何で教師になったのだ、営業とか実績とか、そういう妙な競争が嫌だから教師になったのではないか、それがどうだ、一人でも成績のいい生徒を送ってくれと営業活動に身をやつしているではないか、と随分悔やんだこともありました。

 でも、その甲斐があり、学校は次第に地域での評価を高め、今では押しも押されぬ地位を確固として持つまでになりました。あの頃の活動があったからこそ今があるのだと、土浦の学校に移ってからも、自分の仕事がいまある発展の一翼を担っていたことに誇りを持つのです。

 こういう思いは大切です。

 あのジョブス氏がアイデアを出すときに使っていたのが「ズーミング」という方法です。
 まず、俯瞰をします。今、求められているものは何かということです。
 例えば、当時のコンピューターは、ある種の数字とある種の記号をキーボードで打ち込んで、初めて動きます。でも、これではすべての人が使える機器にはなりえません。普段使っている言葉で打ち込んで、頭で考えていることを形にできるコンピューターを作らなくてはいけないのです。
 
 その際に、必要なのは、「簡素化」です。
 難しくことを運ぶのではなく、シンプルに細部に挑戦していくのです。これが「ズームイン」です。加えて、魅力的なデザインがそこに参画します。

 これこそが、彼にとって、新しく斬新的なアイデアを出す秘訣だったのです。

 ところで、世界的に有名なシリコンバレーでは、大きなイノベーションを指す言葉として「月面着陸=ムーンショット」という言葉が使われています。

 つまり、既存の確固としてものに大きな変化を与え、新たなものを創り出す契機となる動きを意味します。
 ジョブス氏とそこで活動する天才たちは、私たちに力を与えてくれました。
 コンピューティングとワイヤレス環境、そこから導き出されるデータ環境、それにモバイル環境です。一個人がこれだけの最新の装置をいとも簡単に身につけることができるのです。

 私は、ネットでささやかではありますが発信をし続けています。そして、精力的に発信されている方の情報も得ています。
 そこには素晴らしい意見があり、感動する画像があります。

 マスコミに関与する人たちは、これらネットでの発信を下に見ますが、それは仕方のないことです。いうなれば、商売敵ですから、見下すことで自分の地位を保全しなくてはなりません。

 でも、確かに、ジョブズ氏の思惑は、全世界のネット発信者に受け継がれているのです。
 きっと、マスコミの方たちもそれを知っているはずです。だからこそ、下に見るのです。それを承知で、これからもジョブズさんがくれた算段を活用して発信を続けていきたいと思うのです。

少々、こじつけ気味なのですが……

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あまり見かけない色の木の花でした。名もわからず、綺麗だなと思う花でした。



 通話契約を解除していたスマートフォーンを再び持つことにしました。

 そこで、アップル ストアにiPhone SEを注文しました。三、四週間待ちで送られてくるはずです。それから、格安シムの通信事業者と契約をする予定でいます。

 そのアップルから「この度 Apple は、iPhone SE の価格をよりお求めやすい価格に変更いたしました。Apple Store では、お客様にご注文頂いた商品を新しい価格にてご用意させて頂きます。」とメールが来たのです。

 もちろん、歓迎ですが、「大丈夫なのかな」と心配をしてしまいます。

 というのも、米インテルが1万2千人のリストラ計画を発表し、米ヤフーも売上高が前年比同期11%減であったという記事が出ていたからです。さらに、iPhoneの減産で日本の電子部品の受注額が前年同期を4%下回ったというのです。

 我が世の春を謳歌したPC及びIT部門も、時代の流れの中で衰退の一途をたどることになるのかもしれません。

 リストラされるアメリカ人、計画を見直さなくてはいけない日本企業には同情をいたしますが、何せ、いまある職業の多くが来るべき数十年後には無くなるという時代ですから、そんな話を聞いても驚きもしません。

 では、次の時代は何がということを考えますと、それは、クラウドとIoT(IoE)だということなのです。

 ありとあらゆるものがインターネットで繋がるということです。実は私にもこの概念がよくわからないのです。でも、実体として認識しようと試みると、「私の今」が、それではないかということです。

 歴史小説『一門』をネットで発表し、日々の哲学する文章も、iPadで描く絵画も、何かもをネットを使ってアップしています。
 また、それがために、日本のみならず世界の同好の方々とも繋がって、誼を通じているのです。

 とりあえず、理解できる範囲での概念が、私にとってのIoTだと考えると、現在の書斎だけでの活動では物足りなくなるはずです。
 外で、活動する際にも、IoTを享受するには、外でIoTができる機能を持つデバイスが必要であると感じるのです。

 どこかこじつけ気味のところがありますが、概念としては納得がいき、新しいiPhoneを持つ意義も確固としたようです。

 それを支援してくれるかのようなアップルからのメール。実にありがたく受け入れたく思います。

被災者を虚仮にする行いはできません。

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海の上をふわりと浮かんで、光景を眺められたらどんなにか素晴らしいでしょうか。でも、こうして浮かんでいる人を眺めるのもいいものです。



 南半球のオーストラリアの視点から見る地図、あのいつも目にする地図とは反対の地図があります。オーストラリア大陸が地図の中央上の方におかれているあの地図です。ご覧になったことはありますか?

 その地図を眺めていて気がつくことは、太平洋というのは本当に広いということと、見慣れないためか、日本列島がすぐに見つからないということです。

 ちょっと視点を変えるだけでこんなにも印象が違うものかとどぎまぎしてしまいます。

 今度は、ヨーロッパを中心とする地図を見てみます。
 地図の中央上部にあって目立つのはユーラシア大陸から離れた島国イギリスです。
 
 この地図では、大西洋はずっと小さく狭く見えます。
 また、ヨーロッパは多くの国に分かれているし、また、アフリカもアメリカも大きいのは大きいのですが、そこにあるというくらいで、そのため、イギリスが圧倒的に目立つ、と思うのです。

 ヨーロッパを中心とする地図は、まるで島国イギリスのためにあるかのように感じます。

 そして、その右端、つまり東の果てに、もう一つの島国があります。
 日出づる国、日本です。
 私たちが普段よく目にする世界地図は、日本が中央上に位置しています。まるで、世界の中心に日本があるかのようです。
 でも、ことさら、自国を褒め称える気は毛頭ありません。

 その地図を少しひっくり返します。そして、東シナ海を中心にアジアに焦点を当ててみます。

 地図の下には中国大陸があります。
 その上に東シナ海。そして、九州から奄美諸島、沖縄、南西諸島、台湾と大小の島々が東シナ海と太平洋を分断しているかのように位置しています。

 私たち日本人からすれば、島伝いに台湾まで行けるのですから結構都合のいい地形ですが、この配置は、中国人にとっては、海の万里の長城ともいうべき「障害」と言ってもいいでしょう。
 
 さぁ、限りなく広がる太平洋に出て行こう、と思っても、日本の大小の島々がそれを塞ぐように点在しているのです。
 はっきり言って、邪魔です。

 日本が悪いのではないですが、少しばかり癪にさわることでしょう。いっそのこと、それらの島がなくなれば、中国にとってはせいせいするはずです。

 ですから、小さな島でもそこは何世代にわたって中国の土地であったというのでしょう。それが通じないとわかれば、地震で日本が沈没してしまえばいいと思うのでしょう。

 そういう思いがあって、熊本での地震を祝しての割引セールがあちこちで行われたのではないでしょうか。
 四川で大地震があった時、この小さな島国では、そのような情けないことは決してしません。同じ苦しみを味わう人々を心配し、心温かな言葉をかけたいというのが、偽らざる想いです。

 一時とはいえ、水もなく、電気もガスもなく、ガソリンまでなくなるあの切なさを体験したのですから、被災地を虚仮にすることはできないのです。

「庭」考

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青い花はどこか幻想的です。滅多に見ることができないからでしょうか。はっとする美しさがあります。


 春です。庭仕事の季節です。たいした庭ではないですが、気分の良い庭作り・畑つくりは、これからの蒸し暑い季節を乗り切る最上の策となります。

 教師をしている時分、学校やクラスにもなれた生徒たちが少しはめをはずし、問題行動を起こすのが5月の連休明けごろでした。教師たちも家族サービスの疲れがあり、目配り気配りが効かない時です。判で押したように問題行動が報告されます。初期対応がきちんとできればいいのですが、そうでないケースもまま出てきます。そうした問題で頭を悩ます時に、小さい庭が美しく整っていることが大切だったのです。

 草が無造作に生えていたり、草花に虫が付いていたりでは、さらに頭が悩まされますからね。

 日本人に限らず、イギリス人も、中国人も庭というものを大切にしました。
 つまり、内外の問題を抱えた人たちが、庭を通して、解決のための新たなアイデアを出したり、時には、何もかも忘れるために庭を作ったではないかと考える時があります。

 日本や中国では、己れを隠すための庭。
 つまり、自分がどこにいるのかをわからないようにする。
 言葉をさらに変えれば、自然の中に自分を溶け込ませ、一時の忘却を得るための庭であると私は思うのです。兼六園や後楽園、拙政園を見て思いました。

 イギリスでは、幾何学的に樹木を配置します。さらに、樹木から自然の姿を取り除きます。つまり、切り揃えるのです。時に、円形に、時に円錐形にします。
 この庭の形では、自分がそこに入るのではなく、高所もしくは離れた場所から、庭を見るのが一番良い形になります。
 要するに、庭を遠くに、その全貌を眺めることで満足を得るのです。西洋のそれは圧倒的な支配力を意味します。

 歴史小説では、主人公が行う合戦や政治的なやり取りを書くときが、読むときと同じように面白いのですが、城を作るための段取りや川や山の地形をいかに取り込むかなどあまり面白くないことも大切であると思うのです。
 そのために、地形や植物、河川の流れ、気候、海では潮汐にも通じている必要があります。ちょうど、その時代を生きる人々のようにです。

 さて、雑草を取り、夏野菜を植え、ウッドデッキに日陰を作り、来るべき問題発生に備えなくてはなりません。

 もちろん、生徒や教師が起こす問題ではなく、暑い季節に己れが倦まないためです。
 今、問題は我が内にあるのです。

iPhone6sを手にした中国人マダム

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売りに出されていたロビーナの邸宅。建物の向こうには海に通じる運河がある。船も停泊できる。きっと、高いだろうな!


 その方とは2度出会いました。

 私はニコンのカメラを肩からぶら下げて、ロビーナの麗しい住宅街を抜けて、広大な公園ロビーナ・コモンへと向かいます。途中に美しい花があればカメラに収めます。鳥たちが樹上で鳴き声をあげれば、それを撮ります。朝日に輝く街並み、遠くに見えるサーファーズのビル群にもカメラを向けます。

 ロビーナでの、朝夕の散歩での私の姿です。

 犬を連れて散歩するオージーたち、ランニングをする人、夫婦で早足に歩く方々、庭仕事をする家主……、彼らにとっては、日常であり、普通に見ることのできる光景が、旅人の私にはことごとく新鮮なのです。

 そんなカメラを手にした旅人に、「いい写真を撮れましたか」とフランクに声をかけてくれた女性がいました。年は私より少し上、あるいは同じくらいかもしれません。日本人ではありません。中国人です。
 日本人ではなく、中国人だということは、何となくわかるのです。

 「もちろんです。素晴らしい土地ですね。ここにお住まいですか。」と私は道の向こう端を歩いているご婦人に返答しました。ご婦人はその問いには答えず、笑みを返し、立ち去って行きました。

 どことなく品がある方だと思いながら、その日、私はいつものように散歩を続けました。

 帰国する前日、私は昼食をいただいたあと、ロビーナ・コモンに出かけました。今回訪問の最後の散歩です。いくつかあるルートとは違うルートを今日は通っていこうと住宅街を抜けていました。

 その時、あのご婦人が向こうからやってきたではないですか。軽く会釈をし、挨拶をしました。すると、そのご婦人が道を横断して、私の方に向かってきました。

 「いつもカメラを持って散歩していますね。日本の方ですか。こちらにお住まいで。」と聞いてきます。きっと、どこからか見られていたのだと私は思いました。
 「いいえ、娘がこちらに暮らしているので、遊びに来ているのです。あなたはこちらにお住まいですか。」今度は私が質問しました。
 
 「そう、もう5年ほどになります。仕事を引退して、こちらでのんびりと暮らしています。」
 「いいところですね。町も綺麗だし、静かだし、皆が幸せそうに見えます。」

 彼女は微笑み、そして、ポケットからiPhone6sを取り出した。

 これをご覧なさいと彼女はそこに収められてた写真を私に見せるのです。そこには、散歩の途中に撮った花々、樹木、鳥と、私と同じような写真が収められていました。

 明日、東京に帰ります。あなたは明日もこの街を歩いているのですね。羨ましいです。私はひとしきり写真を見た後言った。
 今度はいつ来るのですかというので、1年後かもしれないし、2年後かもしれません、と。

 それでは、またお会いできる日を楽しみしていますと言うと彼女は道路を横断し元来た道に戻って行った。 
 私はしばらく彼女の後ろ姿を見送った。彼女は振り向くこともなく、小道に姿を消していった。

人生の分岐点---30代になすべきこと

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花はピンクが一番綺麗だと思います。青い花は優雅です。ピンクの花は華やかです。


皆が皆、そうだとは限りませんが、一般的なこととして思うことがあります。
 とりわけ、男性にとって、30代がもっとも、それ以後の人生にとって大切なのではないかということです。
 家族のためにマイホームを購入し、子供にも教育費がかかるようになる。そうした中、仕事にも将来を左右する大きな転機を迎えることになるのが30代だと思うのです。

 私の身近にも3人の30代がいます。

 一人は、会社を経営しています。
 若き身空で、何人もの人を雇用し、その人たちの人生に責任の一端を持っているのです。外では頭を下げ、仕事を取ってきて、内では、思うように動いてくれない社員に不平の一言も言いたいのを我慢しています。それはとりもなおさず、会社の経営を順調に進めるために他なりません。
 言うなれば、「我慢」の30代です。

 一人は、勤め人ですが、勤め先の了解を得て、自分でも商売を行っています。
 早朝、海に出て、サーフィンをします。午前中、子供や家族のために貢献し、午後から夜にかけて、働きに出ます。月に一回、自分の商売のために時間を作ります。夢は、その月に一回の仕事を生涯の仕事にすることです。人を3人雇い、その手当を支払っても利益を生み出すその仕事は「唐揚げ屋」の仕事です。自宅のキッチンを改造して、保健所から許可をもらえば、屋台での仕事がもっとやりやすくなります。まずは、フードトラックを手にし、それで利益を得て、自分の店を持つという夢です。
 言うなれば、「奔走」の30代です。

 最後の一人は、まるきりの勤め人です。転職をしました。どうやら転職は功を奏したようです。小さな会社で、従業員も多くはなく、その分、いろいろな分野を担当しなくてはなりません。それが、面白いと思っているようです。会社の歯車ではなく、自分で工夫して、会社を動かすギアになっていると感じ取っているようです。独立して、何かをやるという力も裁量もないことをよく自覚し、組織の中で、自分を見失わないように着実な路線を取っています。
 言うなれば、「安定」の30代です。

 三人三様、それぞれの人生を生きています。それぞれが、次の時代を生きる力を蓄えていると思います。

 ちなみに、私の30代はというと、28で教員になり、年下の教師に負けまいとしゃかりきにやっていました。教員初年度いきなりのクラス担任、翌年も前年に続いて卒業学年を担当。30代の最初の年度は、ピカピカの一年生を、同時に副主任なる役目をいただき、大いに燃えていました。
 言うなれば、「燃える」30代でした。

 それぞれの30代が、私のそばにはいます。素晴らしいことです。

そこにあるつながりに気づく

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つくばの街を散歩していると、今を盛りにこの花が色とりどりに花を咲かせています。


 今日、フェイスブックで、イタリアのベローナ在住の男性と友人になりました。きっと、水彩画仲間のイタリア人作家との繋がりだろうと思います。こうして、友人の輪が増えていくことは素晴らしいことです。しかも、世界を巡ってです。私の青年時代には考えられないことでした。

 私は自分の絵をフェイスブックに乗せるときには、必ず英語でのコメントを載せています。それが影響してか、海外からの友人が半数になっています。それはそれで楽しいことですが、もっと身近に強い繋がりがあることに気がつかなくてはいけないと思うのです。

 先日、茅ヶ崎に暮らす義兄のところに行ってきました。妻の姉が嫁いだ先です。妻の両親はすでに鬼籍に入り、この姉だけが身内となります。その両親の墓をこの姉が守っているのです。退職して、すぐに行くことができずにいた墓参りを、今回はしに出かけた次第です。

 義兄は、経師屋をしています。私より随分と年上ですが、現役で仕事をしています。雇われ人と違い、定年退職というのがありません。訪問しているときも、どこそこの大学の日本画家から電話が入り、画材の製作を依頼されていました。

 義兄は二代目なのですが、三代目はいません。
 生活を成り立たせる職業ではなくなったということです。悲しいことですが、こうして伝統工芸がそっと消えていくのだと思いました。

 経師屋は、元来、ふすまとか掛け軸とか、日本家屋の個性ある品を誂えるのが仕事ですが、最近は壁紙張りが主な仕事になっていると言います。それも手間賃が極めて安いものだそうです。ですから、二人の息子たちには自由に職業選択をさせたようです。

 しかし、大学の日本画家から依頼を受けるということは義兄の経師屋としての腕が確固たるものだという証左であると嬉しく思いました。

 世界で友人を得ることは素晴らしいことですが、身近にすごい人がいるということも忘れてはなりません。人間は「灯台下暗し」で、肝心なことを見失いがちです。

 久しぶりに義兄に会い、そのことを確認した次第です。
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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《3/25 Saturday》
              
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用苹果iPhone调查是什么的幼少的孩子』を公開しています。


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