笑顔の学校

akinodamcfa
自転車に乗って、筑波大学の構内を走りました。そこかしこに、季節の移ろいを感じることができました。この辺りでは、12月に入ると、私立中学の入試が始まります。早い入試です。年が明けると、この大学でもセンター試験が実施されます。季節の移ろいは、青年の人生の移ろいにも通じるものがあるのです。



 人の笑顔ほど、内に秘めた力を宿しているものはありません。
 それは、大方の人が認めるところだと思います。

 例えば、赤ん坊がニコニコと笑顔を振りまいている姿を見て、怒る人はいないでしょう。
 むしろ、心が癒されるというか、ちょっと不機嫌な大人たちの心さえも和ませる様子を、電車の中や、お店の中で見たことがあります。

 もうかれこれ、20年ほど前のことになります。
 私学が部活を強くするために、大学で専門にそのスポーツをやっていた青年を教師に採用し、授業やその他の校務よりも、部活を優先させ、スポーツでその学校の名を挙げることを求められていた、という時代がありました。
 
 野球で、甲子園に出れば、また、ラグビーで花園に出れば、その宣伝効果は甚大なものとなります。
 私学が、生き残り発展していくためには、それもまた必要な手段であったのです。

 採用されたその若い教師たちは、職員室では実におとなしい、静かで、謙虚な若者でした。
 しかし、ひとたび、体育館や運動場に出で、自分の専門とする部活指導になると、まったく人が変わったようになりました。
 鬼のような表情、大きな声で汚い言葉を使って、生徒たちを叱り飛ばします。

 生徒たちは、意外にも、彼らに従順で、今では、ハラスメントととも取りかねられない言葉でも、ビンタでも、足蹴りでも、それを受けるたびに、大きな声で、ハイっと返事をして、それも、教師の目を見ろと言われているのでしょう、彼の目を見て返事をするのです。

 上手くなりたい、勝ちたい、その一途さが生徒たちを駆り立てていたのでしょう。

 数年すると、その青年教師たちにも、変化が表れてきます。
 次第に、横柄になってきたのです。

 それもそのはずです。
 自分の指導する部活が実績を上げてきたからです。
 どこの世界でも、実績が物を言います。

 ところが、程なくして、時代もまた、変化してきました。
 スパルタ容認から、それを批判するように変わってきたのです。

 もちろん、それには原因があります。
 スパルタ教育で鳴らすある塾のスポーツ教室で死者が出てしまったのです。

 死ぬまでやることはないだろう。
 第一、あの子はそれを望んでいなかった、という批判です。

 その子は、親に、半ば強制的に、そのスポーツ塾に入れられていたのです。
 親は、何とか、だらしない性分を叩き上げてほしいという願いで、そして、それを受け止めた塾では、何とか一人前の男にしてやろう、腐った性根を叩き直してやろうという気持ちであったのだと思います。

 しかし、その子にはそれは何の意味もないことでした。

 教育というのは、やはり、その子がそうなりたい、それをできるようになりたい、自分の好きなことはこれだと気づくことで、始まらなくてはいけません。
 ですから、学校は、一人一人の生徒に、そうなるような仕掛けを用意し、仕向けていかなくてはなりません。

 最近、これまでとちょっと違った光景を目にすることがありました。

 それは、甲子園大会でのことです。
 ピンチになった時に、マウンドに内野手が集まって、投手を激励するというあのシーンです。

 かつては、投手を真剣に見つめ、これまでの練習の成果を発揮する時だ、全身全霊で投げろと真剣に言葉をかけるという姿でしたが、今では、笑顔で、激励をする方も、される方も、言葉を交わしているのを見かけたのです。

 テレビカメラが時折、監督さんも映し出します。
 これも、笑顔で、ピンチを迎えた投手に、ウンウンと大きくうなづきながら、安心感を与えているのです。

 時代は、明らかに変わったなと、その光景を見て思わざるをません。

 生徒を怒鳴り散らし、おまけに、生徒に肩を揉ませ、自分の車の洗車を、学校の水道でさせるような横柄な顧問や監督より、生徒を信頼し、生徒の練習の成果を発揮させてやることの方がいかに教育的かということに、誰もが気がついたのです。

 笑顔の赤ん坊が大人たちの気持ちを和やかにするように、学校にも笑顔が満ち溢れれば、そこに暮らす生徒たちの気持ちも和むのです。

 いじめの問題も、なくなるとは言えませんが、明らかに減少することは間違いのないことです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

お尋ね者が思うこと

soratobuichouda
蜘蛛の巣に捕らえられた一枚の葉。蜘蛛にも困ったことだし、落ち葉にも困ったこと。でも、こんなことは世の中にたくさんあると、シャッターを押したのです。


 病院での待ち時間、所在ないままに、待合室をぶらぶら。
 自分のことはさておいて、なんて、老人が多いんだなどと不埒なことを思いながら、一枚の張り紙の前にたちました。

 警察の張り紙です。
 顔写真が上下に3人づつ、合計6名のお尋ね者たちです。
 正確に言うと、5名です。
 と言うのは、1名は、そこに紙が貼られていたからです。

 きっと、ここにいた犯人は捕まったのだと、思いながらも、彼らが犯した罪状を、暇に任せて見ていきました。

 殺人放火とあります。
 江戸時代は、「火盗改」が置かれるくらいの重大犯罪です。火付強盗は、そこだけではなく、周辺にも、時には、辺り一帯を灰燼に帰してしまいます。
 そんな罪を犯す人間は、きっと、鬼のような性根を持っているに違いないと、目を怒らせて、私はそれを読んでいきます。

 思想犯罪もあります。
 左翼思想にほだされ、若き日に、理想に燃え、その挙句に、法律を犯して、こうしてお尋ね者になっているのです。
 もし、万が一、彼らの理想とする社会が、彼らの手によって成し遂げられてていれば、彼らは英雄であり、名を隠すことも、陽の当たらない社会で暮らすこともなく、政治の要職にあって、この国を動かしていたかもしれません。
 
 しかし、世の中は、彼らの意に反して、彼らをお尋ね者としました。

 それにしても、捕まらずに、どうやって暮らしているのだろうかと、一枚の紙切れの前で、腕組みをして考え込んでしまいました。

 思想犯罪者なら、同じ思想を持った仲間がいるはずです。
 組織もあるでしょう。
 ですから、そこから生活する資金や住まいなどが提供されているかも知れません。
 名前を変え、風体を変え、同じ境遇のものと所帯を持っているかも知れません。

 でも、と思うのです。

 仕事もなく、何をするのでもなく、じっと、社会の片隅で生き続けることの退屈さといつ捕まるかも知れないと言う不安感で、生きた心地もしないのではないかと。

 それが極悪犯罪者であれば、なおのことです。

 彼は、きっと、彼を愛した人、その人のために懸命に働いてくれる人がいて、彼の逃亡生活を支えてくれているに違いない。
 そうでなければ、一刻たりとも生きていけることはできまいと、私は思うのです。

 そう思うと、彼のことを大切に思い、困苦を厭わない人のいることの方がどれだけ幸せかとも思ってしまうのです。

 でも、よくよく、考えれば、そんなことはあり得ないのだと気づきます。

 人は、たった一人ではありません。
 親もいれば、兄弟姉妹もいる。いとこもはとこも、遠い親戚もいる。
 そうした中で、犯罪者と慎ましく愛を育む、おとぎ話のような生活などおくれるはずなどないのです。
 まして、愛だけで、犯罪者を支える人間など物語の世界だけの話にすぎません。

 得心した私は、今度は、腕を組み直して、こんなことを思いました。

 彼らの何人かは、10年も20年も姿を消しているのだ。
 日本が誇る警察の目から、これだけ長期間姿を消せると言うことは、つまりは、彼らはきっと、この世にいないのではないか、と思ったのです。
 自分の犯した罪に恐れおののいて、自ら命を絶ち、その骸は未だに発見されずにいる。

 きっと、そうに違いない。
 
 それにしても、紙一重ではないか。
 私は、またまた、腕を組み直して、思いました。

 いっときの怒りが、いっときの熱が、人間の心に宿り、人間を走らせるのです。
 いっときのそのことが、何十年経過しても、冷めずに、こうして波及したままにあるのです。

 おそらく、彼らの胸中を巡るのは、幾十年前も前の、あのいっときの怒りへの、あの熱への後悔かも知れません。

 そう思いが至った時、私を呼び出す番号が、電光掲示板に点りました。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

今も大切にしたい3つの動詞

dam,fsadfladffge
今年の冬のウッドデッキにと、吊り鉢で寄せ植えを作って見ました。何年も、やろうと思いながら、放置されていた吊り鉢がやっと日の目を見ることができました。数種類の花が色とりどりに花を咲かせてきています。


 ジョン・レノンの「イマジン」という曲を聴いた時のことを思い出します。

 最初、「イマジン」が何を意味しているのかをすぐにはわからなかったのです。
「イメージ」とか、「イマジネーション」という言葉を知っていても、「イマジン」は私にとって、「初めての言葉」であったのです。

 「イメージ」という言葉は、無意識のうちに、思い描けることができるもの、「イマジネーション」は、人が意識して思い描き、それに伴って出てくるものという違いがあるということは、NHKの語学講座か何かで見た覚えがあります。

 ジョン・レノンの曲を聴いた時、「イマジン」は、「イマジネーション」という名詞に対しての動詞としてあることがわかったのです。
  
 人が、意識して、かくありたいと念願する(動詞ですから、そうあり続けるという意味もあるのだと思います)ことで、それが現実になるという思いを歌った素晴らしい曲であることは今も変わりありません。

 実は、私も3つの動詞を支えに仕事をしてきました。
 もちろん、最初から、それがあったのではありません。いくつかの問題に遭遇し、それを解決するために、実体験から持つに至った動詞です。

 困難な問題に遭遇した時、あるいは、怒りを感じた時、そしてまた、情けなさを心に宿した時に、私は、「書く」ことで、解決の糸口を見出し、怒りを鎮め、心に勇気を再生させてきたのです。

 ですから、私のそばには、いつも、手帳がありました。
 そこに、起こった問題を図式化したり、図式化することで、その立場にあった人の気持ちを察するようにしたりしていたのです。

 時には、決して、人には言えない悪辣な暴言、非難の言葉を書き綴りました。もちろん、己の心を鼓舞する言葉もです。
 不思議なことに、そうすることで、怒りも和らぎ、相手を口汚く罵るような失態もしないで済んだのです。
 いうならば、心の中で、鬼のような形相で、悪態をつきまくることで、溜飲を下げていたのです。
 ですから、自分の心に正直で、言いたいことを好きなように言っている人を見ると、幾分かは羨み、大半は軽蔑してしまうのです。

 でも、「書く」という動作が、私の周りに起きた問題を解決に導いたことは確かです。

 「書くこと」で、何よりも、軽率な怒りや私的な恨みを克服できていたのですから、それは大きな力になります。

 特に、教師という職業では、意外と自由人の多い職域ですから、誇大に自己評価したりしがちな人が多いのです。
 そんな人は、子供の後ろに親がいることを忘れたり、もっとひどい時には、子供の心をないがしろにしたりすることで威をはったりするのです。

 親から追及されて、謝罪することも結局は起きてしまいますし、子供の信頼を失うことは教師としては失格となります。

 こんな時も、「書く」という一手間で、心を冷静にすることができます。
 子供というのは、相手の気持ちを斟酌しないから子供なのです。同時に、斟酌できないのは、物事をまだ十二分にわからないからなのです。
 そのことに気がつけば、子供とうまくやっていけます。

 うまくやれるだけではなく、子供を飛躍させることも、子供を良い方に変化させていくこともできるのです。

 学校の主人公は、教師ではありません。子供であるということがわかるのです。

 それがわかっている教師なら、「褒める」という第2の動詞がここで活躍します。
 もちろん、何でもかんでも「褒める」というのではありません。

 あんこが砂糖だけでは美味しくないのと同じで、そこにちょっとした塩加減が必要なのです。

 「褒める」際の塩加減に当たるのが、やる気にさせる「言葉」です。
 時には、厳しく欠点や不足を指摘してやることなのです。
 最初から最後まで、欠点や不足を言われ続ければ、子供ならずとも嫌になりますから、「加減」というものが大切になります。

 教師というのは、斟酌しない子供に、この「加減」ができるか否かにすべてがかかっていると言っても過言ではありません。

 そして、3つ目の動詞が、「浮かべる」というものです。

 学校は、まったく異なった人間が集合している場です。
 それは会社でも同じですし、街や国でも、国と国が集まった国際社会でも同じです。

 そこに「浮かべる」という動きが出てくる要素が必要です。
 そのために、礼儀があり、マナーがあります。最低限の繋がるための仕草がこれです。
 
 もちろん、「浮かべる」のは、「笑み」に他なりません。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

日本の子供たち

dfa,dfasd,falda dxf
厳しい寒さに耐えて、色を楽しませてくれる小さな花々です。


 明日は雪という予報の出ていた前日の事です。
 暖かい格好をして、近くの公園に出かけました。
 元気のいい子供たちが、公園の一角にひとかたまりになっています。
 その中の一人の女の子が、私に手を振って、こちらに来るように呼んでいます。

 はてさて、一体何のことやらと思い、その方へと向かいました。

 公園に設置されている水道の蛇口が外され、水が出っぱなしになっていたのです。
 それを一群の子供たちが、修理しようとしていたのです。

 何とも健気ではないですか。
 男の子たちが濡れながら、蛇口を戻そうとし、それを女の子たちが周りを囲んで、ああでもない、こうでもないと言っているのです。

 私が男の子たちに変わり、水が噴き出す穴に蛇口を当てます。
 子供たちよりは力が強かったようで、一瞬、水が止まります。
 そうすると、子供たちは歓声をあげます。

 しかし、バランスがうまく取れず、水は力の弱いところから強烈な勢いで、噴き出してきます。
 私の顔と右腕はびしょ濡れです。

 落胆の叫びと、私のメガネに水玉がいっぱいついている姿に笑いが起こります。

 水を制御するのは、それなりの技術と道具がなければできないと悟った私は、市役所に電話をしましたが、この日は祭日でした。
 もちろん、つながるはずはありません。

 子供たちもがっかりです。

 そうだ、交番に電話しようというと、子供たちは大賛成です。
 交番のお巡りさんは、こちらから、業者さんと連絡を取って見ますから、そのままにしておいてくださいと言われました。

 子供たちは、本当に来てくれるのだろうかという不安顔と、一方で、これで、ここから離れられるということで安堵の表情を浮かべています。

 君たち、偉かったね、と私は子どたちに言いました。
 
 公共のものだからといって、水が出っぱなしの状況を放置しない姿に、私は感銘を受けたのです。
 そればかりか、小学生の子たちは、濡れながらも、それを修理しようと懸命に闘ったのです。
 それが嬉しくて、私は、そう声をかけたのです。

 そして、もう大丈夫だから、好きに遊びなさい。そして、風邪をひかないようにと言って、その勇敢な子供たちと別れました。

 夕方、心配になって、公園に出かけました。
 お巡りさんが言ったように、業者さんがきて、修理して行ったようです。
 水は止まっていました。
 
 子供たちというのは、その国のあり方を端的に示す物差しのような気がします。
 教育の成果というものが、その国のあり方を如実に示しているからです。

 発展途上の国を訪れて見て、気がつくことは、子供たちが「仕事」をしているということです。
 とりわけ、安全で、いとも簡単にお金を集められるということから、観光客相手にものを売る子供たちの姿に遭遇することが多いような気がします。
 そのほか、ゴミを漁ったり、大人と一緒に重労働に従事してる姿も、報道番組では見ます。

 そんな姿を見ると、その国の政治家は何をしているのか、教育関係者は……と訝ってしまうのです。
 
 日本だって、都会の繁華街が近くにある公園などでは、ませた子供たちがいることはわかっています。
 老人を脅したり、酔っ払いを狙って悪さをする子供たちもいます。
 
 それは、明らかに環境が、子供たちの心を蝕んでいると言えます。
 子供たちに悪さに繋がる隙を与える大人たち、子供たちに悪さを強要する大人たちがいるからに他なりません。

 この公園の一角にある水飲み場では、近くに車を止めて、公園の水で洗車する人もいるようです。そして、この蛇口の外れ方は、自然なものではなく、明らかに故意的なものです。
 つくばの街にも、悪い奴はきっといるのです。
 
 しかし、この日、つくばの街のとある公園で遭遇した子供たちの一群と、対応してくれた大人の代表、お巡りさんの姿には、心に迫るものがありました。
 
 この国の、教育の力はまだ衰えていないという確信は実に心強いものでした。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

筋を通す歴史を持つ

kudan afdskafdfa
野の草も、人の力で、美しいい花を持ち、美しい葉を持ちます。自然をもっと美しくする人の力で、人の心の醜さを変えることは、いつになったらできるのでしょうか。


 安倍“朝贡”特朗普心情激动

 この中国語は、あの日の「环球时报」の記事の見出し部分です。
 「安倍は米国次期大統領に”朝貢””した。トランプはことほかそれを喜んだ」とでもなりましょうか。

 「朝貢」とは、聞き捨てならない言葉です。 
 我が国の野党幹部からも同じような発言がありましたから、どうやら、同じ観点、同じ発想を、この両者はお持ちのようです。

 そもそも、朝貢とは、中国にあった巨大な王朝が周辺の小国と取り交わした、いわば「安全保障」の色合いを持つ取り決めと言ってもいいかもしれません。

 周辺の国が、王朝の域内に攻め込まないように、国境に兵士を置き、国境の近くの城市を守るために、それなりの大軍を置くことは、それが長期に渡れば、相当な出費となります。
 ともすると、その軍が、周辺小国と結託して、反旗を翻すことも心配しなくてはなりません。
 つまり、えらく大変な労力と金と、そして、気を使うということになるのです。

 それならば、いっそのこと、周辺の小国と誼を通じる方が得策だと考えたのです。

 皇帝に、手土産を持って挨拶に行くと、結構な土産物をいただけるぞと、そそのかすのです。
 言葉に違わず、中国皇帝は、持っていった土産物の数十倍、いや、数百倍の宝物を小国に与えたのです。しかも、何やらたいそう貴重な「紙」なるものに、わけのわからない文字で、お前をその地の「王」にすると書かれたものを渡されれば、嬉しいものです。

 何せ、えらく壮大な建物の中で、左右に数百名の正装した役人や武人が居ならび、たった一人の皇帝に平身低頭する中で、「王(ワン)」と呼ばれるのですから、気持ちが悪いわけがありません。

 おまけに、「王」なる人物が来られなければ、代理で来た使節にまで、官位を下され、土産をいただけるのですから、使者として来る方も楽しみであったに違いありません。
 自分の財は、一つも使わず、富と栄誉をいただけるのです。
 これほど、棚からぼたもち式の使いはないでしょう。

 今、過去の王朝のことを語っているのですが、一昨年の、天安門上の一枚の写真を思い出してしまいました。
 中央の習近平の左に、(記憶が間違わなければ)俄罗斯普京(ロシアのプーチン)、韓国朴槿恵が並び、中国共産党の陸海空三軍の行進を閲兵していました。
 
 これをこそ、「朝貢」の姿というべきであると思うのですが、いかがなものでしょうか。
 ロシアや韓国が何をお返しにもらったかはわかりませんが……。

 さて、時代を元に戻して。
 しかし、ご承知の通り、中国の王朝というものは、大変に浮き沈みに激しいものがあります。
 建国当初の勢いは、概ね、官僚たちの不正が引き金になり、財政は困窮し、それに伴い、皇帝の権威も失墜していきます。
 そうすると、毎年やって来る朝貢の使節に対しても、かつてのような大盤振る舞いはできなくなります。

 中には、そうした扱いに不満を持って、帰国の途中で、近くの町で略奪する輩も出たというから、皇帝の威光の失墜は自国民にもそれとわかるものになります。
 それを契機に、王朝に反旗をひるがえす地方軍閥が力をつけて行くのです。

 彼の国の歴史というのは、実は、この2000年、その繰り返しなのです。

 今の習近平政権にも、その「芽」は見えています。
 西藏(チベット)・回鶻(ウイグル)、内蒙古では、しばしば、暴動が発生していますし、それよりも、「一帯一路」でユーラシア全体、そして、アフリカ大陸各国に、援助の名の下に与えた”朝貢”のお返しの各種の建築物などの維持はどうして行くのか、他人ごとながら心配です。

 彼の地の人々がこの一群の建築物に関与できず、そのために何万という中国の人々がそこに植民していけば、長い間には軋轢も生まれましょう。
 まさに、過去の王朝を凌ぐ、「反旗」なるものが世界中から沸き起こることになります。

 まあ、しかし、これも彼の国が持つ宿命なのでしょうから、仕方のないことです。

 さて、海を隔てて、一つの小国があります。
 この国もまた、かつて、時の中国の皇帝に朝貢したと記録が残っています。
 
 その一つが、志賀島で発見されたあの「漢委奴国王」の金印で知られるものです。これは、西暦57年に光武帝に対してなされた朝貢の結果、いただいたものだとされています。
 そして、239年には、魏の皇帝に対して、邪馬台国の卑弥呼による朝貢がなされたということです。

 しかし、忘れてはならない事例があります。
 聖徳太子が、小野妹子を使節に、隋の煬帝にもたせた文が残っています。

 「日出処天子至書日没処天子無恙」

 なんとも痛快ではないですか。
 煬帝は、これを見て激怒したといいます。
 「天子とは我一人、それを何事ぞや」「栄光ある隋王朝に対して、日没するところとはまた何事ぞや」「つつがなきやとは、己を何様と思いきや」ということでしょう。

 お互いに対等に交流をしましょうという、太子の思いは、不遜でもなんでもありません。
 いうならば、あの時代に、グローバリズムを唱えていたといってもいいのですから、高評価をすべきです。
 しかし、彼の国からすれば、どこまでも腹の立つ国が、日本なのでしょう。
 小さい国のくせして、いつも逆らって来る。
 皆、中国になびいてくるのに、日本だけはそうしない。

 だから、会談では、国際儀礼に反しても、非礼な対応に打ってでてきます。
 形式ばかりではなく、それを言葉や態度に示しても、日本の指導者たちはそれを意に介しません。
 一体なぜなのだ。と思っているはずです。

 国際慣例を無視して、それだけやっても、中国人民は日本に出かけては大金を落とし、あれだけ反日の宣伝をしているにもかかわらず、日本が好きになって帰って行くのです。

 それは、兎にも角にも、彼の国が嘘八百を並べているからなのです。
 真実を知れば、人民はそこに落ち着くのです。

 他国のことを、また、自国のことを蔑まないで、筋を通してきた歴史を持つこの「小さな国」のあり方に注目して行くことが何よりも大切です。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

「不安より楽しみ」を思うこと

wagayano,jdasdmaf
我が家の門の前に、サンタを飾りました。二階のバルコニーには、イルミネーションを夜間輝かせます。この通りに面するいくつかの家でも、同じようなことをしています。ちょっと、オーバーですが、私財を投じて、世の中を明るくすることはいいことだと思うからです。
実際の世の中が不確実性を増していますから、なおのこと、ちょっとした明かりが心にしみます。



 東山彰良さんという作家がおられます。
 その方が、「老いの楽しみ」という一文を日経新聞に寄せておりました。
 
 実は、私、日経の朝刊に掲載される伊集院静さんの『琥珀の夢』と、夕刊に載る「プロムナード」という記事で、金曜日を担当する東山さんの文章を読むことを楽しみしているのです。

 伊集院さんも東山さんも、実は、そのほかの彼らの作品を読んだことはないのです。
 ただ、新聞に掲載される一文を丹念に読み込むことで、そこから離れられなくなっていってしまったのです。
 ということは、彼らの綴る文章がとても良いということだと思うのです。

 さて、今回の東山さんの文章ですが、50歳を2年後に控えて、老いを感じるという内容です。
 
 私にもそういう時があったと得心しながら読んでいったのです。
 中身は二十代のままなのに、鏡の中の自分は老け込んでいく。そのことを目の当たりにすることは恐怖を通り越して、可笑しくなる、と東山さんは言います。

 60歳という暦が還る年より、50歳という年の方が、「年齢」というものを感じとるものであるということを、私は自身の体験からよく知っています。
 
 それは、「人間50年」という諦念にも通じる観念があることも影響していますが、むしろ、社会的な地位というか、立ち位置が、それより大きく幅を利かせていると私は思っているのです。

 最前線で力投する部署から、ちょっと奥の院に入り、うっすらと「出口の明かり」が見え始める頃合いとでも言いますか、そんな境遇に置かれるのが、ちょうど、50歳という年齢の頃なのです。

 ですから、私などは、仕事を辞めて、放り出されてから、自分ですることがないでは困ると、一念発起し、海での釣りを始めたのが、ちょうど50歳の時なのです。
 これを、私は「五十の手習い」などと勝手に言っています。
 
 そうこうするうちに、何十年も勤めてきた学校を辞めなくてはならなくなり、ちょっとしょげかえっていましたが、拾ってくれる学校があり、当初の予定より3年も辞める時期が延びてしまいました。

 しょげかえっていた私ですが、新しい学校では、結構楽しく仕事ができました。
 何せ、取得し、寝かせておいた船舶免許を生かすという幸運に恵まれ、念願の一隻の船を手に入れることができたのですから、人間万事塞翁が馬とはよく言ったものです。

 東山さんは、老いて、恐れるのは入れ歯と成人用紙オムツだと言っています。
 確かに、老いは、若い頃と違った趣を人に与えます。
 50歳頃は、やはり、ハゲていくとか、体がいうことを聞かないとか、そういうことに不安を抱くのは当然です。
 何しろ、経験をしていない事態に遭遇するわけですから。

 彼は言っています。
 「それとてじつは恐れるに足らぬものなのかもしれない。そのときになれば、きっと新たな発見やよろこびもあるのだろう。たとえば、入れ歯をカスタネットのように鳴らすゴキゲンな民族音楽と出会うとか。そのようなわくわくする体験が、この先わたしを待っているかもしれない。」

 その通りです。
 ワクワクする体験が、実は、年を経るたびに、私たちには訪れてくるのです。
 
 案ずるよりは産むがやすしと言います。
 不安は、心を弱くします。不安ばかりを心に持ってしまうと、何もできなくなります。

 人生は一回きりだということを忘れてはなりません。
 人は、好きなことを好きなように楽しむのが人生であると、それを目指して努めなくてはならないのです。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

なんで、こんなこともわからないの?

ishinoamaxadafoaerk
干支が刻まれたこのような石が、交差点の片隅に置かれています。時に、子供がその上に乗り、はしゃぐこともありますが、多くの人は、目にも留めずにいます。さて、この干支jの文字を彫った石にはなんの意味があるのでしょうか。それすらもわからずに、私は、ここに暮らしているのです。


 人というのは、たかだか数万円、数千円のことをケチり、そのために人生を台無しにすることがあります。
 私の身の回りでも、ある事情から居住地を偽り、交通費を長年にわたり、詐取したということで解雇された人がいました。
 また、学校の図書館から書籍を無断で自宅に持ち帰り、その方が亡くなり、家人が返却してきたという事例もありました。さすがに、亡くなってしまっていたので、横領として訴えることまではしませんでしたが。
 きちんとした手続きを怠るとか、安易な不注意では済まされない出来事ですが、そうしたことを起こすのが人間かもしれません。
 そして、その結末はなんとも哀れで、情けないものです。

 それが公務員や議員という社会的な責任の大きな方が起こせば、それはつまり、税金を詐取するということになるのですから、明らかにおおごとになります。

 地方自治法というのがあります。
 その中に、議員の政策遂行のための調査研究、その他の活動に充当する経費として、「政務活動費」なるものが定められています。

 政務活動費が定めている使途としては、調査研究、研修、広報、陳情活動、会議、資料作成、資料購入、事務費、事務所費、人件費などかなり幅広くあります。
 当然、これらの活動にかかる専門機関への委託費用、時に、交通費や宿泊代なども含まれるのです。

 一方、政務活動費充当が不適当な経費と判断されるものとしては、政党活動、選挙活動、後援会活動、私的経費などがあります。

 一連の不祥事として、指摘されてきたのは、政務活動費としての私的流用です。

 事務所に置く観葉植物の購入、事務所に常備する緊急時の薬などは、使徒として認められている事務所費として、一見良さそうにも思えますが、政務活動費の主旨から、逸脱していると判断されます。
 
 税金を使うとき、議員や公務員は、神経がすり減るぐらいに、このあたりの線引きを慎重に行う必要があります。

 あの泣きわめく議員のニュース、自分の趣味や私的な行動にそれを使った呆れ果てた知事のニュースは、かつてなく衝撃的なものとしてありましたが、以来、それと似たケースが絶え間なく起こるというのは、そこに、数万円くらいはとか、数千円くらいはという安易な気持ちが働いているからです。

 一般の会社では、「法令遵守」というのは、極めて厳格に指導されています。
 新入社員たちは、まず、「就業規則」と職場のマナーやルールを教え込まれます。
 軽率な行動が、所属する会社の信用を落としめ、社会的制裁を受けるからです。
 
 そればかりではありません。
 その人自身の信用さえもなくすのです。
 
 出張費や経費のごまかしは、詐欺や窃盗にあたります。
 会社の備品、それがボールペン一本でも、持ち帰れば、横領や窃盗にあたるのです。

 そのほか、会社の秘密を不用意に口にしてしまった場合も、ネット上の文言を自分の企画書に引用してしまった時も、それらは法のもとに処断されることになるのです。

 ですから、新たに会社組織に入った人は、この辺りを厳しく指導されるのです。
 セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメントといったものもあり、いまの時代は、上司たちにさえも、会社は指導をしているのです。
 
 会社は、信用を失えば、多大な損失を被ります。
 それは、会社の存続にも関わってくる重大事ですから、一丸となって、取り組まなくてはいけないことなのです。
 
 会社ばかりではありません。
 「法令遵守」という観念は、個人の人物評価に直結しているのです。
 社会人としての信用を失った個人は、その後の働く場を失うのです。

 ところが、一般企業や公僕が、「法令遵守」をしていこうとしている最中、それに反する行動をしている一群の人々がいます。

 私用携帯で、公用メールの受発信をしたクリントンさんです。
 これは、国家機密の漏洩につながる重大な違反行為です。

 また、ドゥテルテ大統領やトランプさんの発する言葉の数々は、明らかに、ハラスメントと直結します。
 さらに、ロシアのクリミア併合、中国の南シナ海での人口島の構築などは、国家が行う重大犯罪に他なりません。

 末端の、弱き力しか持たない者たちに対して、法と秩序を守らせるのはもちろんです。
 しかし、同時に、こうした違反行為、ハラスメント、国家犯罪を糾弾することこそ大切なのです。

 さて、違反行為や愚にもつかないハラスメントをのたまう方々はともかく、土地を収奪し、自国の権益だけを追求する国家に対しては、どうしたらいいのでしょうか。

 人間は、わずかな額でもケチり、誤魔化そうとする癖を持った動物です。
 その癖を改善しない限り、この地球上で、この手の問題を解決しえないのでしょうか。

 孔子の時代から、今に至るまで、人の心を制御するAIが出てくることも一興ですが、それよりも何よりも、人として、あるいは、国として、自分のことだけ、自国のことだけを考えるというあり方を改めなければならないのです。

 これは、いとも簡単なことであり、同時に、たいそう厄介なことでもあるのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

世はまさに戦国の様相と見えたり

tsukubnonamikidaf.akdm fa
夏には、繁る葉で木陰を作ってくれて、ひととき、照る太陽からの暑さを遮ってくれた並木道も、こうして紅葉し、華やかさを増してきました。今、この並木道を歩くと、その華やかさにウキウキとするから不思議です。


 イギリスの詩人バイロンは、「Fact is stranger than fiction.」という名言を残しています。
 その言葉通り、世界情勢は、まさに、「事実は小説よりも奇なり」と言わんばかりの様相を呈しているのです。

 これだけ、<悪役>が出揃った国際社会も珍しいことではないでしょうか。
 
 手練手管を使って、クリミア半島を横取りし、さらに、事実を歪曲し続けて、奪い取った島を返還しない国があります。
 世界から制裁を受けても、それでも、大きな顔をして、国際会議に出てくるJudo家こそ、その<悪役>の一人であります。
 幼い頃、KGBの事務所に行って、自分はそこで働きたいと願い出た少年は、大人になって、その夢を実現させました。

 その一途な思いが、彼の中には蠢いているのです。
 それに、「策」が加わり、彼はかの大国ロシアの頂点に立つことができたのです。

 一方、そのお隣にも奇天烈なお国があります。

 その国は、ある時は武力でもって、ある時は元をちらつかせ、東南アジアの小国から島を奪い取り、70年以上も前のことをこれでもかとわめき立て、歴史認識が足りないと我々を恫喝するのです。

 かつては、貧しく、相手にされもしなかった図体ばかりが大きな国です。
 しかし、毛沢東思想と、一国二制度という、いうなれば、反則技的手法で経済的な優位性を勝ち取り、今や、肩で風を切り、多くの手下を従えて、そこどけそこどけと歩を進めているのです。

 気に入らなければ、バナナの輸入を止め、レアアースの輸出を止め、人民のその国へ行くことを禁じるのです。そして、自国だけに通用する理屈だけで、圧力をかけてくる国なのです。

 それを率いるのは、革命世代を親にもつ二世党員です。
 大人(たいじん)然として振る舞いたいのでしょうが、その頼りなさそうな、自信のなさそうな表情の裏で、冷酷無比な権力闘争を進め、今や、中華の栄耀栄華を一身に集めようと画策しているのです。

 この二つの大国の周囲にも、<悪役>たちが配置されています。

 ミサイルや原爆が好きで、飢饉や貧困には目もくれずに、あいも変わらず太っちょの坊やがおります。
 弱い国ではありますが、それが故に、遠吠えだけは大きく激しいものがあります。
 周囲の国々から、罪もない人をさらっては、それを駆け引きに使います。そして、自国の国民すべての平安と豊かさを犠牲にすることにためらいもありません。
 
 今一人は、もっと南にいます。
 小悪人を2000人余も殺害し、相手への好悪を隠さず、言葉を操るチンピラ元首も、<悪役>として、のしてきています。

 こっちからあっちへと乗り換えることを示唆しながら、あるいは、あっちからもこっちからもものをねだり、手にして行くのです。
 その方便を操るのは、聞くに耐えない、口汚い罵り言葉です。

 さらに、それらと対する形で、いや、同調する形で、華々しく登場してきた、えらく金持ちの男が、近々、超大国の大統領になると言います。

 かつて、あるアメリカ映画で見たことがあります。

 時間軸が狂って、主人公が降り立った世界は、「ビフ」と言う名のどうしようもない男が、イカサマ賭けで儲け、御殿を作って、主人公の青年の母親を囲っていたと言う話です。

 あの「ビフ」と言う登場人物と、今度、超大国の大統領になる<悪役>は、あのえげつなさといやらしさがとてもよく似ているのです。

 日本のマスコミは、首相が、ニューヨークの彼の名を冠した高層ビル最上階の自宅に招かれたことへの驚嘆と、世界で最初に会ったと言う成果を強調していましたが、あの御殿のような、お屋敷のすがたには一切の不思議を感じなかったようです。

 私には、普通の人間が暮らす豊かで、暖かな雰囲気をあの住まいからは感じ取ることができませんでした。むしろ、富を一手にかき集め、法の網をぬって、稼ぎ出した泡沫のような佇まいであると感じたのです。
 
 今年は、フランス、オランダ、ドイツで選挙があります。
 それらの国にも、彼らのような<悪役>たちが、当選する可能性を秘めていると言います。

 <悪役>たちが、乱立する時代は過去にもありました。
 しかし、同時に、それに対抗する勢力もまたあったはずです。
 最初は、当然のごとく、負けがこみます。力は圧倒的に<悪役>たちの方があるのですから。
 しかし、やがて、<悪役>を打ちのめす英雄が現れて、世の中に平和を取り戻したのです。

 今、世界を見回しても、残念ながら、いまのところ、<悪役>を打ちのめす英雄は出ていないようです。
 
 国の一部を、掠めとるようなものとその国が、世界の中心を担うことは断じて許すことはできません。
 自分勝手に主義主張を作り上げ、恫喝し、制裁をしてくるもににもその役は担えません。
 ましてや、自国の負をそのままにして、偉そうに振る舞う小<悪役>たちには、その資格さえもありません。

 そこで、声を大にして叫びます。

 梁山泊に立てこもる正義の勇士たちは何処にありや。
 シャーウッドの森に暮らし、悪代官に正義の戦いを挑む勇者たちは何処にありや。
 そして、臆病者の百姓を、山賊から守るために立ち上がる七人の侍たちは、また、何処にありや。

 声を大にしたとて、勇士も、勇者も、侍も出ては来ません。

 彼らは、かの<悪役>たちを認めない人々の心の中にいるのです。
 力は極小ですが、まとまり、声を上げるようになれば、強くなります。
 そして、その極小の中から、勇士や勇者、そして、侍たちが出てくるのです。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

第5連隊

ochibadafmdfasdml
この枯葉が、道を埋め尽くす日も間も無くです。秋が終わります。名残惜しいことです。


 11月20日、自衛隊青森駐屯地第5普通科連隊のPKO派遣部隊が、任務地の南スーダンに向かって飛びだって行きました。
 隊長は、連隊長である田中仁朗一等陸佐です。

 この部隊が、これまでのPKO派遣部隊と異なるのは、11月15日の閣議で決定された新しい任務である「駆け付け警護」なる任務を付与されているということです。
 つまり、平和安全法制に伴う新任務として「宿営地の共同防護」をすることが可能になったのです。

 稲田防衛大臣は、「厳しい訓練を乗り越えてきた経験を誇りに、自衛隊の国際平和協力活動の良き伝統を守りながら、創造の精神を持って南スーダンの平和と安定のために活動するよう期待している」と、記者会見で述べて、自衛隊の、いや、日本がこれから果たすべき、国としての新しい任務を遂行していくことに期待を寄せています。

 NHKのニュース映像で、送り出した家族の一人が、任務を果たして、半年後、元気に帰ってきてほしいと述べ、口元をきっとしめている姿が印象的でした。

 防衛大臣が言うように、報道されない部分も含めて、ありとあらゆる場面を想定しての訓練がなされたものと思います。
 とりわけ、命がけで攻撃を仕掛けてくる敵に対して、銃を放つと言うことは、いかに自衛隊員とはいえ、決して容易なことではないと思います。

 戦略を学び、敵に戦略で応じるということを、きっと、幹部である士官の人たちは嫌という程頭に入れているはずです。

 訓練は十分に行ってきたので何も心配はしていないという幹部自衛官の言葉がありました。
 幹部としては、当然の発言であり、安堵を覚えるものがあります。
 訓練というのは、場面想定をして、それに対応する訓練です。もちろん、突発的な出来事に対しての対応にもそれがなされていることは当然のことと思います。

 どのように敵が攻めていくのかということについては、戦略上の常套手段というのがあると言います。
 ですから、戦略を知り尽くす幹部というのは、攻撃の形のおおよそは見当がつくということです。しかし、現場の地形、時間帯、その土地に暮らす人々の気持ちなど、さまざまな要素を加味して、常套的戦略を覆して、戦闘が起こるのもまた事実なのです。

 つまり、事前の想定で、すべてをカバーすることができないのが、戦闘行為=戦争ではないでしょうか。

 ジョン・ボイドというアメリカ軍パイロットがいました。
 彼は、朝鮮戦争時に、F86セイバーを操縦し、ソ連のミグ15と戦ったパイロットでした。

 セイバーとミグでは、圧倒的にミグが有利でした。
 いざ空中戦となった時の加速状況、また、敵機を追い詰める旋回能力ともミグがセイバーを上回っていたのです。
 しかし、朝鮮半島上空で繰り広げられたドッグファイトでは、F86セイバーが圧倒的な勝利を得たのです。
 それは、日本との戦闘で勝利したばかりで自信に満ちていたこと、そして、空中戦で勝つことのコツを米軍パイロットが持っていたことによると、ジョン・ボイドは長いこと思っていました。

 しかし、そうではなかったことを突き止めます。
 もちろん、意気盛んであることもその要素の一つではありますが、それ以上に、セイバーに搭乗するパイロットは、その機体の視野の広さから、敵のミグの動きを観察することができたのではないかと気がつくのです。
 最新鋭のミグ15は、流れるような流線形の機体で、そのため、パイロットの視野は限られていたのです。

 そして、もう一つの事実にも、彼は気がつきます。
 それは、操縦桿の操作がしやすかったことと言うのです。
 セイバーは強力なジェットエンジンを搭載し、加速旋回とも優れた性能を持っていました。同時に、油圧を使って、翼を制御していたのです。
 ですから、パイロットは、少ない力で操縦桿を動かし、機敏な動作を機体に与えることができたのです。

 ドッグファイトでは、基本的な戦闘訓練の上に立って、その上での、パイロットの感性が必要であると、ジョン・ボイドは述べています。
 つまり、ドッグファイトでは、敵機が次にどのような動作に出てくるか、それを予測するためのパイロット及び機体の動きの観察が必要で、それを捉えたら、機敏に、かつ、臨機応変に自らの機体を操り、相手の後ろにつくことで、勝敗は決すると言うのです。

 ジョン・ボイドの偉いところは、それを理論化したことです。
 つまり、<観察(Observe)☞方向付け(Orient)☞決心(Decide)☞実行(Act)>と言うサイクルこそが、戦いに勝つために、人間がなすことで、この理屈から逸脱する時、戦いは負けると言うものです。

 この理論は、やがて、米軍が兵器を作る上で、それを操作する「人」を第一にしたものへと発展し、さらには、その後の米軍の戦い方の基本となっていくのです。
 あくまで、そこには「人」がいると言う点に、立脚して、戦闘が語られるようになっていくのです。

 よくよく、考えてみると、この「観察し、方向づけをし、その上で、決断したことを実行する」と言うあり方は、人間の物事を行う上での自然な行動と趣旨をいつにしています。
 いかなる兵器もそれを扱うのでは人間であるとする理論なのです。
 
 今回、派遣された青森駐屯地第5普通科連隊は、明治の時代、日本帝国陸軍第8師団青森歩兵第5連隊の流れを組む部隊であると聞いています。
 対ロシアとの戦闘を意図しての、八甲田山雪中行軍訓練を行い、大惨事を起こした部隊です。

 人間を第一にする思考がないと、いかに卓越した戦略でも、勝つことはできないのです。
 ジョン・ボイドの理論、八甲田での遭難、そのほか、ありとあらゆることを頭に入れての、今回の出発です。

 現地での任務遂行と、元気な姿で帰国されんことを、心から祈るばかりです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

この「計画」なる厄介なるもの

kiirodfam anadnfa
葉が生命の営みとして、色づく時の色には、言うならば、「はり」と言うものがあります。「枯れ」る時の色とはまったく違うのです。


 11月も半ばをとうに過ぎました。
 いつものように、そう、ここ数十年来やっているように、Macの<カレンダー>を使って、来年にするべきこと、つまり「計画なるもの」を記入していくのです。

 すでにコンクリートされているのは、筑波大学付属病院に行く日、オーストラリアへ行く日、それと、曜日ごとに組み込まれている私のアクティビティ、つまり、霞ヶ浦のボート、ロードバイクに卓球などです。

 来年のカレンダーとにらめっこをしながら、<カレンダー>を埋めて行きます。
 私は、これがないと、一ヶ月も、一週間も、一日という時間も過ごすことができないくらいに思っているのです。

 そして、作りながら、思いました。
 「計画」って何だろうと。

 <今年の募集計画は、偏差値65以上で450名を集めること。
  私の地区は、入学者50名、受験生500名を集めること。
  そのために、週二日、授業を入れないので、地区の学校を回ること。>

 そんな憂鬱な「計画」をたてられ、そのために、しゃかりきに営業(学校めぐり)をしていた頃のことが思い出されたのです。

 あの頃、そのことを、交流していたオーストラリアの学校の教師に話したら、怪訝な顔をされました。
 生徒は、自然に来るものだし、生徒の「質」を問うことはよくないことだと、彼らは率直な物言いをするものですから、悪気もなくそう言うのです。

 多くの私学がしのぎを削っているのですから、計画を立てて、物事を進めるやり方は決して間違いではありません。
 優秀な生徒を集め、教育し、大学に入れて行くことは大切なことです。
 しかし、その計画に縛られて、何か大切なものを失っているのではないか、失うばかりではなく、計画を達成するために、嘘をついていないかと、それが常に心の片隅にあったので、私は、そのオーストラリア人の意見を素直に受け入れられたのです。

 来年の<カレンダー>を作りながら、そんなことを思い出している折もおり、「日本人は客観的な情報に基づいて計画を立案するけれども、それが何事もなかったように吹っ飛ぶことがしばしばある。」と言うような趣旨の文章に出会ったのです。

 そういえば、思い出すことがあります。

 長期休暇の前、主要教科の教師が会議を持ちます。
 生徒に出す課題の「量」を審議するのです。決められた日数を有効に活用できるよう、また、過少過大にならぬように、各教科ですり合わせをするための会議です。

 心の中で、そんなのおかしくはないかと、叫んでいる声が聞こえます。
 その声は、教師ではなく、生徒であった時の、私の声です。

 生徒であった時の私は、持ち帰った課題をなるべく早い時期、少なくとも一週間以内にそれをすべてこなして、あとは自分の自由な時間に当てるようにしていたのです。
 だから、立場が変わったからといって、緻密に計画された課題の出し方に反発があったのかもしれません。
 でも、私が目にした文章というのは、「与えられた計画」に反対をするのではなく、いわゆる「大本営的な発想」による計画遂行のあり方だったのです。
 
 陸軍記念日までに、どこそこを落とせと言うような命令(=計画)です。
 そういう計画が、参謀から伝達されると、前線(=現場)の指揮官は、しゃかりきになってその遂行に生命を賭すと言うのです。

 それは、偏差値幾ついくつの生徒を、来るべき入試まで集めよと命令を受けた担当者である私が、しゃかりきに学校回りをして行く姿と同じではなかったかと、そう思ったのです。

 Macの<カレンダー>を埋めながら、そしてまた、私は思ったのです。
 世の中は、計画通りに進めることをよしするだけではなく、他の考え方もあるのではないかと。

 たいそうな目標を立てて、そのために死に物狂いで頑張ることに意味があるのかと思ったのです。
 そのために、我慢や忍耐、それに伴う不安や不満で心をいっぱいにして、何の得があるのかと考えたのです。

 また、反面、計画をきちんとすることで、これから起こるであろうささやかな未来を、勝手に捉えた気になってしまっていなかったかと言う懸念も生じてきたのです。

 最近、若いリーダーが経営する会社では、人事評価をやめて、加えて、有給休暇もなしにしたという話を耳にしました。
 それでは、一生懸命努力した社員とそうでない社員の差がなくなり、優秀な社員がダメになってしまうとか、有給がなければ、それこそ、人材が他に行ってしまうと心配するのは、私ばかりではないと思います。

 しかし、そこにある理念は、何事も縛らないと言うものだったのです。

 現場に、利益目標を与えず、会社が倒れないよう、また、さらには伸びて行くよう実績を出せばいいわけです。有給がないので、良い仕事さえできれば、自由に休んでいいと言うわけです。

 例のオーストラリア人の教師が、私に言いました。
 
 私たちは、自分で決められないことに責任を持てないのです。ですから、自分の責任で計画を立てます。
 もっと、具体的に言うと、あなたたちは、生徒を引率して、オーストラリアにくる時、必ず、旅行会社の担当者が付いてきます。そのために、どれくらいの資金を必要としているのでしょうか。
 安全とか、手間がかからないとか理由づけをしていますが、それはおかしいと思います。

 私たちは、日本に生徒を連れて来る時、生徒の親が出したお金を使って、私自身が日本へ来る計画、そこで何をするかをすべて決めています。
 それがいかなる教育成果をあげるのかを常に念頭に置いて計画をし、その成果を帰国して、親たちに報告をします。

 だから、生徒の質とか、人数を集めるとか言うのは、計画ではないと、彼女は私に言ったのです。

 計画って、昔も今も、なにやら厄介なものだなと思いつつ、私は小一時間ほどで、とりあえず、来年の<カレンダー>を埋めて、さらに、これでいいのかと考え込んでいるのです。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《4/25 Tuesday》
          
👀<Puboo!>にて、『秋葉原のハゲ頭』を発信しています。ぜひ、お読みください。

👀<Paper in NY>で、『”What kind of fish do you fish? ”The dog which seems worried and looks at a boy.钓怎样的鱼。看起来不安地凝视少年的狗。』を公開しています。


⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスへの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア