千年の王城の地と、300年の徳川恩顧の地

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公園の花壇に植えられていた小さな花、名はわかりませんが、寄り添って、梅雨空の下、見事に咲き誇っていました。道行く人の歩みを止める花のように……と思いながら、それを眺めていたのです。


 天皇陛下の退位に向けた特例法が、参議院本会議で可決成立したのを受けて、6月13日の閣議で特例法の公布が決定しました。
 これに伴い、16日には、その旨が官報に掲載され、遅くとも3年後の2020年6月までに今上陛下が退位されることが確定いたしました。

 天皇退位は、江戸期の光格天皇以来、およそ200年ぶりの出来事です。
 生涯、天皇であり続ける仕組みとなった明治以降ではもちろん初めてのこととなります。
 今上陛下は、ご退位後は「上皇」になられます。

 これを機に、「上皇」さまには、京都にお戻り願いたいと言う意見も、京都の街にはあるようです。

 文化庁が京都移転を企図していますから、政府には、天皇は東京に、上皇は京都にと言う腹づもりでもあるのでしょうか。

 現に、京都にある御所は今でも、いつでもお使いいただけるように整備されていますし、時折は、海外からの賓客にご宿泊いただいていると言いますから、「上皇」がお暮らしになるにあたっても、なんら差し支えないといえます。

 代々、長らく、歴代の天皇の御在所は、京の都でありました。
 京の都は、東京などと比べると、そして、アメリカ軍の空襲を受けなかったことから、日本の古くからの街の形が残っている場所でもあります。
 ですから、「上皇」が京都の街にお暮らしになることは、天皇家にとっても、日本民族のありようにとっても、意味のあることであるとも思えるます。

 日本は曖昧なままことを運ぶことに長けた国です。
 それは、決して悪いことばかりではなく、相手を傷つけないようにするために、物事を曖昧にしておくと言う一種独特の風潮を持っているものでもあるのです。

 京都と東京という「都」のあり方についても、曖昧なまま、ことを運ぶという風潮が反映されています。

 歴史的には、明治の維新の折、京から江戸改め東京への「遷都」が正式にはなされていないと言うのが定説になっています。
 
 慶応4年8月、15歳で即位した帝は、元号を「明治」と改め、9月20日に東京行幸に向かいました。警護の兵は、長州・土佐などの藩兵で固められました。
 一ヶ月後、江戸城に入り、即日、江戸城は東京城と名を改めたのです。

 しかし、程なく、同じ年の12月8日には、明治帝は東京を離れ、京都に還幸遊ばされるのです。京都に戻った若き帝は、先帝の三年祭と立后の礼を行ない、翌明治2年1月25日に再び東京への行幸がなされるのです。
 
 欧米列強の脅威を背に感じながら、同時に、千年の王城の地と300年培ってきた徳川幕府恩顧の地との力関係も視野に入れての若き明治政府の曖昧な思い、同時に、それは両者に思い入れを施す思いでもあったのです。

 しかし、京都から、刑部省・大蔵省・兵部省などの役所が廃され、着々と東京に政府の機能が移されていきました。
 それでも、天皇家の大切なまつりごとである「大嘗祭」は京都でなされることが定められ、また、大正、昭和と続く天皇のご即位式も京都でなされたのです。

 今上陛下がご即位あそばした29年前の出来事を覚えていますが、あれは、有史以来、初めて、京都を離れて、東京でなされた式典であったのです。
 おそらく、皇太子のご即位も、今上陛下にならって、東京でなされるはずです。

 このように見て行きますと、京都の街が「上皇」のご還幸を心底願う気持ちもよくわかります。
 千年の王城の地として、おつとめを終えられた天皇陛下が、ご存命中に、ご先祖がお暮らしになられた京の街にお戻りになられることは、何よりの名誉だからです。
 天皇陛下は、東京にあって、日本国憲法のもと象徴としてのおつとめをなされ、「上皇」になられたら、京の都で、ご研究やお好きなことを自由にされるのです。
 時には、京都の繁華街をご散策されていたり、あるいは、お車を運転されて、嵐山あたりにお出かけになったり、私たち日本人がするように、お好きになされるのです。

 きっと、そうした「上皇」のお姿は、これからの日本人の働き方、生き方、在り方にも大きな影響を与えて来るものと思われます。

 明治から150年が経過し、千年の王城の地と、300年の徳川恩顧の確執もありません。
 むしろ、大きくなりすぎ、何もかもが集中しすぎた東京から、京都・大阪に少しでも政府の組織が移ることは大きな価値があると思うのです。
 
 しかし、文化庁の京都移転は目標の2020年には難しくなったと言います。
 お役目につかれている方々には、ぜひ、今後100年の日本の形を念頭に置かれて、「上皇」がどこにお暮らしになられたらいいのかをご検討していただきたいと思うのです。

 しかし、よく考えて見ますと、「上皇」は、東京でお生れになり、疎開先も北関東、美智子さまとお逢いになられていたのも軽井沢となれば、京都で暮らすということに少なからず違和感があるかも知れません。

 はてさて、千年の王城の地と、300年の徳川恩顧の地がいいのか、勝手に議論することが憚れる次第ではあります。


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もっと、もっと、もっと、未来を!

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浜辺に横たわる子供。水を怖がり、波の音に驚き、それでも、浜辺に横たわり、いつもと違う光景の中で、じっと腕の中に囲い込んだ水を見つめています。大人だって、海を見たとき、波の音を聞いた時、心がワクワクするのですから、子供であれば、それは大人以上です。なりふり構わず寝転がりたがるものです。


 国会が閉会し、内閣支持率が下降しました。

 首相は、対応策として、この秋にも内閣改造を意図しているようです。
 一方、野党の議員たちは、この数字に、幾分溜飲を下げたものと思われます。

 経済では、日経平均が2万円台に一時的に届いたことが速報で報じられる程度の話題しかありません。
 TPPは影を薄め、IAABが影響力を強めつつあることも不安材料になっているようです。

 このような風潮の中、まるで日本がダメになっていくかのように、マスコミは、時代は混沌とし、閉塞感が漂っていると報道をしています。

 でも、私は「日本は大丈夫!」と言いたいのです。
 つくばでも、東京でも、これだけものが豊かにあるではないですか。

 美味しいパンも、珍しい日本海の魚も、オーストラリアからの柔らかいお肉も、つくばでは容易に手に入るではないですか。
 マッカートニーのコンサートも、京劇の公演も、プロ野球も、卓球もラグビーもサッカーも、東京ではやっているではないですか。

 それでも、心配しなくてはいけないのが、無口な政府と独りよがりな野党の議員の噛み合わない議論の行く末です。

 政府は、国民が納得するように、雄弁にものごとを語らなくてはなりません。
 野党は自分たちがどのくらいの国民から支持を受けているかを知ることが肝要です。

 ある野党の有力議員が、自分が政府を執拗に追及するのは、自分を議員にしてくれた有権者への期待に応えるためであると述べました。
 一見、まっとうな見解のようですが、そのような考え方では政権を担える人材とは言えません。
 自分を支援してくれた人たちの利益を尊重することと、国の利益を尊重することを同等に扱うことは間違っています。
 後者を、前者より優先していくのが国会議員の務めです。

 市町村の議員ではないのですから、そんな了見の狭いことを言っているようでは国政を任せることはできないことを、有権者は知っているのです。
 それが、政党支持率に端的に出てくるものなのです。

 国会という場で、選ばれた議員は、もっと、もっと、もっと未来への展望を語って欲しいと念願するのです。

 仮に、彼らによって、なんらかの「未来」が話し合われていたとして、一部の野党が執拗に問いかけてくるつまらない出来事ばかりを表面化して、肝心要の議論が表立って出ないと言うのなら、それは明らかにマスコミの怠慢であり、責任のなさであると思われます。
 マスコミもまた、未来への展望を語ると言う役目を放棄していることになるのです。

 もっと、もっと、もっと、未来を展望していかなくてはなりません。

 この春、つくばで唯一の名のあるデパートが閉店をしました。
 銀座に行っても、あの名のある百貨店が消えて、何やら姿を変えて、そのため、大いに繁盛しているようです。
 品物の良し悪しを価格で決める、あるいは、買った場所で手にするものへの価値を評価する、そういう時代が終わったことを、どうやら多くのデパートの関係者はわからなかったようです。
 そればかりではなく、どこもかしこも皆、一様に同じにしてしまったことが、消費者の乖離を促してしまったことを悟らなくてはなりません。

 そんなことを考えると、学校もそうではないかと思うのです。
 生徒数は少なくなっているのに、どの学校も同じように百年一日のようなあり方に安住してはいないでしょうか。

 もっと、もっと、もっと個性を出さなくてはなりません。

 あのデパートに行けば、自分の欲しい帽子が、選ぶのに困るくらいある。
しかも、店員が自分のスタイルにあった帽子を選んでくれる、そんな安定感のある個性です。
 あの学校に行けば、生徒の考えていることを引き出してくれて、その生徒の行くべき道へのヒントを的確に指し示してくれる、そんな当たり前の個性です。

 ひとたび、そのありようが利益をもたらすとなると、皆、それを真似て、結果、皆が同じになって、つまらないものになり、飽きられてしまうのです。

 個性は、品物を売るだけではなく、また、学業を授けるだけではなく、文化を売り、感性とか未来を与えてくれるものなのです。
 だから、それらを持っている店や学校は大いに注目を集めるのです。

 私も高齢者の一人になっていますから、言いにくいことなのですが、今、もっとも溌剌としているのが、この高齢者ではないかと思うのです。

 高齢者にもいろいろありますから一様ではもちろんありません。
 しかし、先の見えるような年齢になっても、未来を語り、個性を出していくことにかけては、誰にも負けないくらいの意欲を持っていると思っているのです。

 ですから、もっと、もっと、もっと、ファッショナブルに装いをしていこうと思っているのです。自分も、住んでいる家も、やることすべてに、もっと、もっと、もっと、おしゃれになっていこうと、そう思っているのです。


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レノン=マッカートニー 

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笠間の陶芸美術館に出かけた折、隣接する公園でトランポリンに興ずる子供達に出くわしました。夢中になって、真剣になって、飛び上がっている子供達の表情は生き生きとしていました。そんな表情を描いてみました。


 ジョン・レノンの『イマジン』が<世紀を代表する歌>に選ばれました。
 そしてまた、『イマジン』の共作者に、オノ・ヨーコが、アメリカの音楽出版協会から認定されました。

 レノンは、生前、『イマジン』の発想を妻であるヨーコから授かっていると発言していましたし、ヨーコを共作者にできなかったことにいくばくかの悔悟の念を持っていましたから、今回のことはその思いを叶える出来事でもあったのです。

 <レノン=マッカートニー>ならぬ、<レノン=オノ>という素晴らしい創作者の誕生であると言えます。

 そのマッカートニーも、以前から、ヨーコがいなくては『イマジン』のような曲をジョンが生み出すことはなかったろうと述べていますから、この素晴らしいクリエーターの誕生は価値あるものとなるに違いありません。

 レノンがビートルズから離れて、最初に発表した曲の一つに、『マザー』というのがあります。

 彼の叫ぶような歌声が印象的な曲で、彼が持つ天性の才能がいかんなく発揮されたものでした。きっと、この曲で、彼はビートルズという巨大なバンドから自らを解放し、内に秘めていた率直な思いを、純粋な形で表現し得たのではないかと思っています。

 そう思うと、その内に秘めた、彼の原点とでもいうべき、心のありようを率直に表現させ得たのも、この時期、ひとときも離れることのなかったヨーコの存在なしにはあり得なかったのではないかと思うのです。
 つまり、ビートルズの時には、マッカートニーが彼のそばにいて、刺激をしあいながら、後世に残る曲を作り上げていき、ビートルズを離れてからは、ヨーコがそばにいて、ビートルズにも及ぶとも劣らない曲を作り出していったとも言えるのです。

 ビートルズの革新性は、音楽に限らず、社会、文化に多大の影響を与えたことは、すでに、学問レベルで研究され、実証されています。
 そして、その影響は今も続いているといっても決して大げさなことではないのです。

 そして、その革新性の最たるものが、<レノン=マッカートニー>という創作スタイルであったのです。
 それは、まだ、場末の盛り場で酔客を相手に演奏し、下品な言葉で喝采を浴び、酔狂な振る舞いで時には顰蹙を買っていた時代のことです。
 そんな彼らが、真剣になるひとときがありました。
 それが、二人して曲を作る時でした。

 一人にアイデアが浮かぶとそれをギター一本で演奏するのです。
 もう一人は、そのアイデアに一つ足したり、あるいは一つ削ったりして、曲を完成していきます。そして、最初にアイデアを生み出した一方が、その曲のボーカルをつとめるのです。

 私たちは、マッカートニーがメインで歌っていれば、それはマッカートニーが最初にアイデアを出したのだとわかるのです。

 分野は異なりますが、私がビートルズと同じくらい尊敬し、そのゆえ、彼らの作り出したアイデアを受け止めているものがあります。
 アップルのコンピューターです。

 アップルの商標を巡って、彼らがビートルズと裁判で争ったことがありますが、それも、一興であると思っています。

 ガレージでアップルコンピューターを作り上げる姿は、<レノン=マッカートニー>が狭い部屋で、あるいは汚い楽屋でギターを寄せ合って曲を作った姿によく似ています。
 
 ガレージに集っていたのは、いうまでもなく、あのスティーブ・ジョブスと、スティーブ・ウォズニアックというヒューレッド・パッカード社の技術者でした。
 彼らが、アップルと名付けられたパーソナルコンピューターを作り上げ、紆余曲折を経て、世界を変える発明を続々と発表していったことはいうまでもありません。

 今、この文章を書いているのは、いや、キーボードを打っているのは、MacBook Proですし、この時間、メールが大量に送られてくる時間帯で、MacBook Proの脇に置いてあるiPhoneが盛んに着信音を立てているのです。
 そして、彼らの後継者が作り出したApple Pencilが今、我が家に向かって移動中で、1週間後には新しく発表されたiPad Proが手元に届くはずです。

 それはともかく、私は、羨ましいと思うのです。

 なぜなら、彼らには、類まれなパートナーがいたからです。
 レノンは、マッカートニーがいて、ヨーコがいました。
 スティーブにはもう一人のスティーブがいたのです。

 ライト兄弟は二人して飛行機を飛ばし、キューリ夫人は夫とともに世紀の発見をしました。
 たとえ、二人ではなくても、人は、誰か他の人から刺激なり、共感を得て、何かとてつもないものを創り上げるです。
 
 自分の才能のないことを憂うる前に、自分の才能を導き出してくれる他の誰か、あるいは、刺激や共感を与えてくれる対象を持つべきなのです。
 それが、創作をする上で、最良のあり方であるのです。

 さて、今日も一人、私はMacBook Proの前に座り、キーボードを叩くのです。


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「みちびき」は私たちを何処へとみちびくのか?

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亡くなる前の母を見舞いに行った時、途中にあった野球場です。あの欽ちゃんが持っていたチームのホームグラウンドでもあった球場です。この日は、少年たちが試合をしていました。楽しそうに、心配そうにそれを見る親の姿もありました。


 今月の初めでしたか、北朝鮮が我が国が打ち上げた衛星「みちびき」に噛み付きました。
 曰く、位置測定の看板の下、わが国を狙った事実上の偵察衛星である、というのです。
 挙句に、今後、北朝鮮のミサイルが日本列島上空を飛行しても、とやかくいうことはできないと、なんとも支離滅裂な言いがかりをつけてきたのです。

 あの国は、何もわかっていなと思いました。
 そんなわけだから、日本が宇宙空間に放った「みちびき」なる衛星について、少しく関心を持った次第なのです。

 GPS、つまり、Global Positioning System という位置確認のシステムは、すでに、私たちの暮らしに欠かせないものになっています。
 私のiPhoneにも、カーナビにも、GPSは取り付けられています。

 このGPS、そもそも、アメリカ軍が開発した航法システムで、ミサイルを目標に的確に誘導するための装置でありました。
 ということは、アメリカに次ぐ軍事力を持つ国々にも同様のシステムがあるはずです。

 ロシアには旧ソ連時代からの「GLONASS」というシステムがあり、運用されています。
 現在、「GLONASS」は、24個の衛星が地球を周回して、機能しています。
 中国は、「北斗」、英語名は「Compass」という衛星が16個展開しています。今後、全部で35個の衛星が上がり、全世界を網羅するというのが中国の計画です。
 EUは、「Galileo」というシステムで、現在4個の衛星が稼働しています。
 
 以上76個の衛星がこの地球上を網羅して運用されているGPS航法であるのです
 日本は、中国の「北斗」、それに、EUの「Galileo」を使うことはできません。
 日本で使うことのできる衛星は、「GPS」と「GLONASS」です。

 で、「みちびき」はといいますと、実は、GPSではないのです。
 これは「準天頂衛星」と言って、日本のほぼ真上、ほぼですから、「準天頂」といいますが、そこに必ず1個が留まるよう設計され、日本上空とオーストラリア上空を8の字を描く軌道に乗せて運用していくのです。

 アメリカのGPSシステムと信号を共有し、トンネルの多い山間部、あるいはまた、高層ビルが林立する都市部で、GPS信号が届きにくい場所でも測位ができるようにするもので、測位精度を数cmまで高めることが可能なものなのです。

 すでに、2個が打ち上げられ、来年中には4個体制になり、最終的には7個が運用される予定です。
 少なくとも3個の衛星があれば、常に日本列島をカバーできますので、私たちの生活には欠かせないシステムになることは間違いありません。
 何せ、GPSでは誤差10mですが、「みちびき」が運用されますと、誤差は<6センチ>になるのです。

 車は一台ずつ、車線ごとに把握が可能で、交通渋滞の解消に決定的な役割が見込めます。
 オーストラリアのように広大な農地や鉱山のある国では、30センチ幅で無人の車の操作が可能になりますから、鉱物採取及び運搬、あるいは、種まきや収穫などの農作業の自動化が間違いなく進展します。

 日本とオーストラリアを両端に巡るこの衛星システムは、その間にある東南アジアにも恩恵をもたらすものですから、随分と地域の発展に供するはずです。
 
 この新技術の応用は、交通ばかりではなく、正確な地図作り、建築作業に欠かせない測量にも威力を発揮します。
 そればかりではありません、子供や高齢者の見守りサービス、地震や火山の検知、天気予報などにも成果を出すはずです。
 ですから、北朝鮮が日本に対して非難するのは大きな事実錯誤であるというわけです。

 いや、待てよ。

 「みちびき」を管轄する部署を調べてみますと、それは、運輸部門でも、気象部門でも、環境部門でもありませんでした。
 「みちびき」を管轄するのは、「内閣府」の「宇宙開発戦略推進」部門であったのです。

 もし、北朝鮮がここに注目して、日本政府が、自国のミサイル基地や原爆製造工場を把握し、そこを攻撃するために備えていると思っているなら、非難をするのはもっともだと思えるのです。

 また、現在、占領下にある竹島や北方四島、それに中国から嫌がらせを受けている尖閣、あるいは、国際社会の常識を逸脱して海底探査をしている東シナ海、さらには、これも違法に占拠、埋め立てした南シナ海の基地などをわずか数センチの精度で詳細把握を可能にするのです。

 当然、日本は他国に攻め込むなどというロシアや中国のような企てはできない国になっているので、「みちびき」でそのようなことをすることはないのですが、もしそれが事実であるなら、「日本の野望なるもの」にも、実は心を踊らすのです。

 ですから、野党のなんとも素晴らしい議員たちが、このことに目が向けず、かけ蕎麦だかもり蕎麦だかわからない学校のことに熱中するのを見て、北朝鮮の方が、もしかしたら、ものを見る目を持っているのではないかと妙な思いを持ってしまうのです。

 ともかく、日本は日本を守るために、世界と協力していくしかないのです。
 その一点を外さなければ、すれすれのことを、大胆に、積極的に行えと言いたいのです。


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「ほどほど」という思想

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オーストラリアで婿殿が月一回開業する「KARAAGE」のお店の様子を描いたものです。かの地では、人々が、大人も子供も、外に出て、食事を楽しみます。そんな光景を描きました。


 オーストラリアに暮らす婿どのは、今回、3週間の休暇をとって、日本に帰って来ました。
 私も、取手の学校にいる時、夏休みを利用して、3週間の休暇をとり、家族を連れて、オーストラリアを旅したことがありますから、3週間の休暇と言ってもさほど驚きはしないのですが、それでも、そんなに休暇が取れるものなのと、あの時も、この時も、周りの人は驚かれるのです。

 配達の仕事が、ネット通販の即日配達サービスの影響で大変にきつくなり、これでは働き手がいなくなると週三日の休みを提案し、働き手の確保に乗り出しました。
 その分、企業は人を雇わなくてはならず、経営上は好ましくないはずですが、それでも、そうしなくては仕事をはけなくなるのですから、仕方ありません。

 政府が主導する「働き方改革」は、2050年問題として認識される極限の少子化の問題を睨んで着々と実行に移されている感がします。

 この政策の実行で、日本はそれまでとは違った物事の捉え方がはびこってくると私は踏んでいるのです。
 働きアリのように、朝から晩まで仕事をしていた日本人はいなくなり、これまできちんとネクタイをし、スーツを着ていた会社員が、ラフな姿で職場に現れ、時には、子供を連れて、面倒を見ながら仕事をする社会がやってくるに違いないと踏んでいるのです。

 国家戦略的な重要な仕事や、国防などといった、いい加減にはできない分野で、それをやられたらたまりませんが、そうでなければ、かえって、効率がいいのではないかとも思っています。

 家で仕事をする方がはかどることもありますし、自由な雰囲気の中で仕事をする方がアイデアも出てくるというものです。

 そうした日本の現状とは裏腹に、お隣の中国では、それとは逆行するような動きがなされています。

 ベルギーを訪問していた李克強が、ボルボと吉利汽車が共同開発した車を視察した時、「工匠精神を磨き、中国製造を向上させなくてはいけない。」と述べたのです。
 つまり、匠の精神を取り込み、メイドインチャイナのレベルアップを図れと叱咤したのです。

 実は、李克強は今年に入って、盛んにこの「工匠精神」という言葉を使っています。
 
 紫禁城にある宝物の数々の、あの精巧な技術、見るものを唸らせる美しさを現代の中国の技術者も作れなくてはいけないとまで言いたげなのです。

 李は、中国10億の民は、目先の儲けに血眼になり、ホコリまみれになって仕事をする職人を下に見る傾向があり、これではこれからの中国の製品は、世界から受け入れられなくなると、どうやら危惧をしているようなのです。

 そして、その危惧を払拭させるのが、日本の職人のありようだと推測できるのです。
 
 日本では小さな町工場が素晴らしい技術を持っていて、それがNASAにも評価されているし、そういう職人に対して、政府も国民も敬意を払っている、つまり、目先の金儲けではなく、顧客と従業員を大切する企業文化がそこにあり、中国もそうならなくてはならないと言っているように私には聞こえたのです。

 かつて、日本が高度成長をしていた時のあの姿を、今、李は標榜しようとしているのです。

 あの頃、日本の1人あたりのGDPは4万ドルを超えていました。
 その時、アメリカは3万ドル、イギリスは2万ドル、台湾は1万ドルでした。
 この経済力を背景に、日本は<日本式>を思い切って推進していったのです。
 日本の作るものに文句は言わせない、凝りに凝って、顧客が多少高くても、これはいい製品だと買っていってくれるものを作るのだと意気盛んであったのです。

 しかし、その後、日本のものは確かにいい、しかし、高すぎる、不要な設定が多いと思う人々が出てくるようになったのです。
 インフラの不十分な発展途上国の人たちです。
 その間隙を縫って、安くて、必要なものだけを詰め込んだものを作り上げたのが中国製品であり、韓国製品でした。
 
 ついに、日本の製品は、俗にいう「ガラパゴス化」していくはめに陥っていき、日本のトップ家電さえも凋落の一途をたどることになっていくのです。

 果たして、中国がそこまで見ているのか、匠の精神を発揮することで、中国もまた日本と同じように世界が求めないものを作り出そうしているのではないかと心配するのです。

 中国が経済をさらに発展させることは、素晴らしいことに違いありません。
 経済は、一国では成り立たない代物であり、国際協調が是非とも必要になるからです。政治では、強く出ていけば、島を取ることができますが、経済ではそうはいきません。
 まさか、経済でも、他国を無視して、自国の利益を追求し、安定させようという現代の中華思想を展開しようとしているのでしたら、それは中国という大国が滅びる前兆となります。
 匠の精神を、中国が取り入れるのであれば、顧客を無視したり、従業員を使い捨てにしたり、チームワークを大切にするなど同僚への敬意を払うようになる道筋が見えてきますから、それは政治にも反映されていくと期待が持てます。

 ちなみに、現在、中国では、1人あたりのGDPは8千ドルです。
 李国強の思惑を現実にするには、少し、額が小さいようです。

 そして、参考とする日本は、今は、「ほどほど」のゆとりもを持って、技術を磨き、「ほどほど」の時間の中で、悠々と仕事をするようになっているのです。

 中国政府が日本を参考にしてくれるのは素晴らしいことですが、まだ少し、早いような気がするのです。それより、日本に対する敬意をもっと払うことの方が先だと私は密かに思っているのです。


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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《6/28  Wednesday》

❣️<Puboo!>にて、『あけゆく空のごとく』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Paper in NY>で、『For the first time, I was facedown in the beach a wave brings near. Very comfortable.第一次,我变成了为波浪涌来的海滨为卧姿。非常心情舒畅』を公開しました。


⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスへの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

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