アジアの風

cnmznmznzmv4344


 暑い暑いと
 命の危険があると言ったって
 
 夏は短く儚いものさ
 
 海には土用波
 山には雷に霧に熊も

 だから
 夏を惜しむが良い

 


 戦争って怖いと思ったことが実はあります。

 戦争の「せ」の字も体験したことがないものが、そん書き出しで文章を綴りはじめるのですから、おおよそは知れている程度のことなのですが……。

 いつだったか、スピルバーグの映画『太陽の帝国』を見たときでした。
 
 場所は上海。
 主人公は、イギリス人少年、両親は、上海の租界で暮らす上流階級に属する家柄。

 少年は、自分の暮らす上海に、最も勇敢で統制のとれた海軍陸戦隊を擁し、あの黄浦江に軍艦を浮かべている日本の海軍に憧れています。
 そして、その軍が、アメリカの真珠湾を、航空機の大編隊を送り、攻撃させたことをラジオニュースで知り、買ってもらったゼロ戦のおもちゃを後生大事に手にしているのです。

 折も折、国民党軍が上海を奪回するために、軍を派遣してきました。
 日本軍もそうはさせじと軍を上海に送り込みます。
 
 そして、上海は、蜂の巣を突っついたような騒ぎになります。

 イギリス租界に暮らす少年の一家も、戦場になる上海にいることはできないと、上海から引き上げることにします。
 租界にある邸宅をでて、港に停泊するイギリス船舶に行こうとするのですが、街中は混乱の極みです。

 その最中、少年は母親を見失ってしまい、ひとり、戦乱の上海に取り残されてしまうのです。

 ある日、日本軍の海軍航空隊基地の側で、あどけない少年航空兵が模型のグライダーを飛ばしていました。
 二人は束の間の飛行機遊びに興ずるのです。

 そして、グライダーが飛行場の端にあるクリークのそばに落ち、それを拾いにいったイギリス人少年は、そこに、数多くの武装した日本兵の待機している姿を見るのです。

 わたしが戦争って怖いと、冒頭に書いたのは、そのシーンのことなのです。

 物陰に、身を潜めて、完全武装の兵士がいるその怖さなのです。
 兵士というのは、これから何をするのかなどと分かってはいません。ただ、そこに待機して、命令を待っているだけです。
 そこへ模型の飛行機が舞い降りて来て、そして、イギリス人少年が眼を丸くして、日本の兵士たちを見ている、ただそれだけのシーンなんです。

 ところが、スピルバーグは、そのに日本兵を殊更恐ろしい風には映していませんでした。ごく普通のそこらにいる人の良い男たちです。

 少年は姿勢を正して、日本兵にお礼をします。それは、敬意からではなく、単に、飛行機を返してくれたから、そのお礼の気持ちを示したのです。

 さて、そんな映画の、微笑ましいシーンがなにゆえ恐ろしいというのかと疑問をもつかもしれませんが、それには、実は、わけがあるのです。

 Our Intelligence has informed us that the Chinese Government is moving troops to the Border with Hong Kong. Everyone should be calm and safe!

 8月14日に、トランプがツイッターでつぶやいた一文です。

  合衆国の情報機関が我らに報じた。
  中国政府は、香港の国境に軍隊を移動させていると。
  皆、落ち着いて、安全を図らなくてはならない。

 得た秘密を公言し、空港に集って抗議を続ける香港人に警告を発したのです。

 そして、偵察衛星がとらえた一枚の画像もまた公にされました。
 とある競技場に、その軍隊の車両が大挙して整列している写真です。

 スピルバーグ描く、あの日本兵たちには笑顔がありましたが、この写真には、無機物の車両が今まさに、エンジンをふかして、あの時と同じように、デモ隊に突進していく不気味な様が見えたのです。

 あの時とは、天安門のあの戦車が学生たちを轢き、兵士が銃弾を撃ち込んだあれです。
 
 今月末の国連総会、そして、秋の国慶節と節目を迎える中国が果たして、実力行使に踏み出すのかは全くの不透明なことですが、あの国のことです、香港人はテロリストだと非難し、加えて、環球時報の記者がリンチを加えられました。

 こうなれば、正当なる理由づけには十分です。

 果たして、天安門事件は、香港でも繰り返されるのだろうかって、アジアの風が不穏さを増して、私の頬を撫でるのです。



自分らしさランキング

下卑た愛国心

vbbzcbb3b4bq4


 危険な暑さになるというけれど
 今朝はシャワーを浴びるほどの汗もかかず
 暴走する青年たちもおらず
 隣家の子供も夜泣きせず
 虫の音が優雅に鳴いていた
 なんとも穏やかな夜であった

 

 シェムリアップを旅した時です。

 バスから降りて、アンコールワットの参道に向かって歩いていると、カンボジア人の子供、女たちが、ワンダラー、ワンダラーと声を発し、手には、土産物を持って売りに来るのです。
 その必死の形相にほだされて、たかだか米ドルで一ドルの土産物を買ってしまうのです。

 今、それがなんだか、そして、それが土産として、我が宅のどこにあるのかと確認しても、それは一向に見当たらないのです。
 つまり、たいしたものではなかったと言うことです。

 時は移ろい、日本の各地で外国人観光客が訪れるようになりました。

 私がつくばをでて、出かけるのは、せいぜい、浅草か上野、それに銀座くらいですが、当然、そこにも外国人観光客を目にするようになりました。

 銀座三越のあのライオンの彫像の前に、中国人が買ってきたものを広げて、「仕分け」をしている姿を見た時は、驚きを通り越して、怒りさえも湧き上がって来たものでした。
 おいおい、ここは銀座の三越の表玄関だぞって。

 浅草では、マレーシアやタイからの観光客を多く見かけました。きっと、浅草寺にお参りに来たに違いありません。この国の人々は信仰心の厚い方々です。
 ですから、彼らは大人しく、礼儀正しく、にこやかにしていて、好感が持てたのです。

 いずれにしても、たくさんの外国人が日本を訪れてくれるのはありがたいことだと、だから、特に中国人は、自国の評判を落とさない程度に、ほどほどに振舞って欲しいと思っているのです。

 先だって、Reputation Institute というアメリカのコンサルタント会社が行なったという「評判のいい国ランキング」なる記事を興味深く見ました。

 選定基準は、その国の環境、暮らしの質、安全性、政府の透明性、経済状況などの数項目を評価して、算出するというものです。

 ランキングというのは、実に気になるもので、まず、自分は何位にいるのか、そして、しゃくにさわるあいつは何位だと、そんな下卑たことを思うのが常です。

 大学ランキングだって、早稲田が慶応に負けているなんてのを、目にしますと、妙にしゃくにさわるのですから、我ながら嫌になってしまいます。

 で、その記事は、日本と韓国に的を絞っていました。

 当世の政治情勢を得ての、それは記事であり、しょうもないとは思いつつも、それを見てしまう、わがうちなる下卑た感情に苦笑いをしながら、面白おかしくそれを読んでいたのです。

 日本は、昨年の12位から、何と8位に入ったというのです。
 たった一行のこの文言を見て、私の中の愛国心は猛々しく燃え上がります。

 スウェーデン、フィンランド、スイス、ノルウェイ、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、日本、デンマーク、オランダと続くのです。
 北欧、英連邦に属する国々と並んで、日本がベストテンにあるなんぞ、何と美しい光景かと、目を細めるのです。

 そして、韓国のことに関する記事が連なります。
 この記事を書いた人も、きっと、大方の日本人がそうであるように、いささか、昨今の韓国のありように辟易した方であると思われるます。

 韓国が、このベストテンの国の幾つかとトラブルを抱えているというのです。
 まず、第一位のスウェーデンとは、戦争をすべしと騒いでいるというのですから驚きです。
 何事かと思えば、サッカーでスウェーデンに負けたからだと言います。
 だから、北欧家具の輸入を禁じ、挙句に、戦争を仕掛けようなどと、気分の悪くなる冗談をかましているというのです。
 オーストラリアでは、中国に次いで、韓国が不人気な国になっていると言います。
 カナダは、ドイツに引けを取らず、韓国に対して厳しい見解をもっているといいます。

 そうそう、韓国は、この調査では、55カ国中31位でした。

 申し訳ありませんが、このデーターでは、評判がいい国とはいえません。
 むしろ、評判が悪い国に属するのは、間違いないようです。

 そんなことを知れば、ますます、わたしの内なる愛国心は高揚し、それ見たことかと奮い立つのです。

 G7の中で、つまり、政治的、経済的に、世界のトップレベルをいく国の中で、アメリカでもなく、イギリスでもなく、日本が評判がいいということに対して、単純に嬉しく思うのですから、わたしもつくづく単細胞的俗物だと己を揶揄しながら、いい気分に浸っているのです。

 日本人は、きっと、他者の目というものをとても気にする人種であると思うのです。

 島国で、その中に閉じ込められて、隣近所から見られていることを知って生きていきますから、当然、そうしたことを気にする民族になったことは宜なるかなではあるのですが、きっと、開国して、世界に門戸を開いても、その癖は相変わらずに残り、それが、世界から、評価されているのではないかなと思っているのです。

 自分たちを欧米人に近づけようと、だから、相手の国に行ったらよそいきのすがたかっこうで、言葉遣いなども鼻にかかって、相手の国の言葉のひとつや二つ喋れるようにして、そんなつつましい努力がこのような評価になって、出てくるのではないかと、そんなことを思っているのです。

 香港の空港を占拠したデモ隊とソウルで日本に抗議するデモ隊の映像を報道番組で見ていて、気がついたことがあります。
 香港人たち、手書であれやこれやと書いて、思いを伝えようと必死でした。数十キロ離れた深センに軍警が集結していますし、香港駐留の人民解放軍も行動をおこす準備を当然していますから、彼ら、死をも覚悟して、あの行動を起こしているのです。

 共産党一党独裁に香港人は同調しないと、彼らは、若いもんも、歳いったもんも懸命なんです。

 いっぽう、ソウルを見れば、みな一様に、日の丸の下に何やら不遜な文字をつらね、あきらかに、これが官製の活動だとわかるのです。

 そんなことばかりしていると、来年は、韓国、また順位を落とすと、そんなことを思っているんです。

 さて、噂の中国、この10月1日の建国70年までに、香港になんらかのアクションを起こすのかしらって、そういえば、中国の順位は幾つだったかしらと記事を探したのですが、一向に見つからないのです。



自分らしさランキング


それぞれのパトリオット

nbVNvNvv34w34


 道筋のベンチ
 森の中のベンチ
 好きな光景です

 八月の早朝
 まだ涼しげな空気の中で
 ベンチが
 人恋しそうにしていました




 東京・市ヶ谷に私学会館があって、校務で出かけることが多くありました。

 その帰り道に、市ヶ谷駅とは反対の方向に歩いて行って、よく靖国神社まで足を伸ばして参拝し、九段下から電車に乗って戻ってきたものでした。

 桜の季節には、靖国の社を背にして、お堀沿いにある千鳥ヶ淵にまで足を伸ばして、桜を見物しながら、国立戦没者墓苑に立ち寄り、こうべを垂れてきたりもしたのです。

 靖国にしても、戦没者墓苑にしても、そこは、日本の国のために命を落とした方々を祀る大切な場所であります。

 日本は、74年前の8月15日、第二次大戦での敗北を受け入れました。
 だから、日本の夏は、お盆と重なって、先祖を、そして、国のために命を落とした人々に思いを寄せる、そんな夏になっているのです。

 しかし、そうではない国もあります。

 日本の敗戦受け入れは、その国にとっては解放記念日になり、光を復活させた日として祝う日になっているのです。
 祖国の解放のために、命を尽くした人々を顕彰し、二度と屈辱を受けまいと国民が気持ちをいつにする日となっているのです。

 実に、国の数だけ、その国の歴史の数だけ、それぞれの夏の趣はあるというわけです。

 イギリスで何度か夏を過ごした折、この国は戦勝した国だと、つくづく思ったことが幾度かありました。
 ロンドンの軍事博物館でも、オックスフォードの近くにあるダックスフォードの航空博物館でも、自国の当時の戦闘機がきれいに塗装されて誇り高く展示され、困難に打ち勝った自国民の誉を高らかに奏でられていました。

 英国の地の、その空に押し寄せるドイツ空軍と戦ったその誇りを、それらの博物館は語っていたのです。

 しかも、ダックスフォードでは、第一次大戦時に使われた複葉機が、訪れた客を乗せて爆音を響かせていたのです。
 ここは、ドイツ空軍に立ち向かったスピットファイヤーの基地があったところです。
 ですから、今も、広大な飛行場が緑豊かに整備されて、そして、幾つもある格納庫には、あのB29までもが宙吊りになって展示されているのですから、恐れ入ります。

 劣勢を挽回して、ついには勝つという誇りに満ち満ちたそれらは展示であると、私は、イギリスの誇りの塊のようなそれらの博物館を巡って、思ったものでした。

 昭和の政治家、軍人たちがもう少しきちんとした政治を行い、軍事を司っていれば、現代の日本でも、誇り高い展示が、堂々となされていたに違いないと、そんなことを思っていました。

 しかし、歴史とは酷なものです。

 日本は、明治の開国から程なくして、有色人種でありながら、突出した得体の知れない国家として、欧米から目の敵にされました。
 なにせ、眠れる獅子と揶揄された清国を破り、欧州の強国ロシアのバルチック艦隊を一隻残らずに滅ぼしたのです。
 太平洋を挟んで、両国の講和を図りつつも、やがて、アメリカにとって、日本は厄介な国になると、アメリカがもくろむのは当然のことであったのです。

 そんな背景を知れば、あの時代の日本の政治家や軍人を安直に批判するのは間違いであると気がつくのです。
 彼らが行なった政治、軍事は、歴史的必然性のある理由のもとになされたということに、思いが自然到るからです。

 日本人に対する、アメリカの露骨な差別や意地悪が確かにあったことは、ともすると、忘れられがちになりますが、確かに、それがあの時代の日本を駆り立てたことは事実なのです。
 その打開のために、政治は動き、軍は行動を起こしたのです。

 歴史とは、実に不思議なものです。

 なぜなら、そこに時代の人情が見事に反映されるからです。
 誰しも、正義を標榜して、戦いに臨みます。自分の行うことを悪だと認識して決起する国などあろうはずがないのです。
 日本は日本の、アメリカはアメリカの、正義のために決起し、戦ったのです。

 ですから、北の御曹司がミサイルとぶっ放すのも、彼らにとっては正義そのものなのです。
 それをやめさせようとし、国際社会の総意だとするのもまた正義なのです。
 中国が南シナ海の岩礁を埋め立て、ベトナムやフィリピンの抵抗を軍事で圧倒して基地化したのも、東シナ海で、日本のやんわりとした言い分をかわしてガス田を開発するのも、中国の正義のありようとして、それを行なっているのです。

 いや、だからと言って、それらの悪党国家とアメリカが呼ぶ国々の振る舞いを良しとしているわけではないのです。

 そうではなく、いや、そうであるからこそ、日本は日本の正義をもっと主張しなくてはならないと、そう思っているのです。
 敗戦を受け入れたことで、日本人は、自分の国のことに対して、幾分の誇りを失い、国のために命を失った人々に対して、礼儀を欠いているのではないかとそんなことを思うのです。

 自虐という言葉がありますが、私の子供の頃のことを思い起こしますと、学校で、確かにそのようなことを教わった記憶が、私の脳の襞の中に収められているのです。

 先生によって、日本は中国を侵略した、朝鮮半島を植民地にした、台湾を、南洋の島々を支配したと、いかにも、それが悪いことであるように、あの当時の教師たちによって、植え付けられた記憶があるのです。

 そういう考えだって、決して、間違いではないのです。
 ただ、今の時代、あれから七十年余りが経過し、隣国のあまりの人を小馬鹿にした仕打ちを思い、そのまた隣国の都合主義によって、つっけんどんにされたり、笑みを浮かべられたりする、そんなありようから一喜一憂するのではなく、日本としての正義ある歴史観を持つにはまさに今年は好機であると思っているのです。

 私たちの国は、決して、惨めな敗戦を受け入れた国ではなく、世界の安寧のために矛を収めた、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた国民なのです。

 そのことを念頭に置いて、もう、自虐的な思考に至らない、自国の近代史をもっと、正義に、そして、もっと、誇り高く受け止めるに最高の夏であると思っているのです。

 だって、香港を見てごらんなさい。
 自国の政府に対して、果敢に異を唱えているではないですか。
 台湾を見てごらんなさい。
 国際社会の中で孤立に近い立場に置かれながらも胸張っているではないですか。

 日本は加害者であると厚かましくも言う国に、日本は京城帝大を作り、一方、台湾には台北帝大を、大阪帝大や名古屋帝大より先につくっているんです。

 あの世界に冠たるイギリスが、インドにオックスフォード大学をつくりましたか、南アフリカにケンブリッジ大学を設立しましたか。

 日本は、二つの異国の町に、帝国大学を作ったのです。
 そのこと一つとっても、わたしは、日本という国に対して、加害者などと言わせてはならないと思っているのです。



自分らしさランキング


攻防極まれり

bzcbvznbvb344


 雲 流れ 
 雲 空覆い 
 この日にふさわしい空模様だと

 いつもは晴れのこの日
 今年は違う

 超がつく大型の10号が来襲している




 出先での帰り道、そうだ、甲子園どうなったかしらと、ラジオのスイッチを入れました。
 
 ところが、どうでしょう!
 おやっ、なんだぁ、こりゃーぁと、ハンドルを握りながら、実に、奇妙な感じを得たのでした。
 
 これ、NHKかぁ、って。

 思わず、車のラジオの周波数を示す数字を見てしまいました。
 確かに、594kHz、間違いありません。

 一体全体、何が起きたのかと言いますと。

 女性のアナウンサーが野球の実況中継をしていた、というわけであったのです。
 わたしにとって、女性のアナウンサーの実況を聞くことは初めてであったのですからむりもありません。

 最初、何か違和感のようなものが漂って、私の耳はうろたえていました。

 あの女性特有の細い声で、打ちました、大きい、大きい、入った、ホームラン!って言われて、実はピンとこなかったからです。

 しかし、その試合の八回、九回の攻防を聴くうちに、次第に、耳が冷静さを取り戻していきました。

 この女性アナウンサー、歴史に残る人になるに違いないって、そんなことを思ったのです。
 
 世の中では、見目麗しき女子アナが、あれやこれやでもてはやされていますが、スポーツ中継をする女子アナは、世界広しと言えども、NHKだけではないかと、最近、ぶっつぶせとのたまわっている一派が国会に議席を確保し、大きな顔をしていますから、NHKも考えているなって、そんな憶測もしたのです。

 さて、前置きが長くなりましたが、女子アナが実況をしてた高校野球、なんとも見応えがあると思っているのです。
 
 実は、私甲子園に行っているのです。
 といっても、球児として、ではありません。

 取手の学校に勤務した最初の年に、甲子園に生徒たちが行ったものですから、新米教師として、あの暑い中、仕立てられた夜行の、保護者応援バスの案内責任教師として乗り込んで、わがままし放題の親たちと一緒に出かけていったという思い出があるのです。

 試合は、完封負けで、あっという間の時間でしたが、それでも、あの当時の選手たちと、思い出を分かち合えることができて、幸せ者だと思っているのです。

 それにして、今年の甲子園大会、九回の攻防の手に汗握る試合の多いことに驚いているのです。
 NHKの女子アナの実況中継以上に、そこに注目をしているのです。

 あれだけ、自信満々に投げていたエースが、突然に長打を打たれ、点差を詰められ、同点にされ、挙句に逆転されるのです。
 やっている方はたまりませんが、見ている方は実に愉快であります。

 高校野球を観戦する多くの人には、贔屓のチームが、殊の外あるわけではありません。

 ですから、たいていの場合、負けているチームに頑張れと、誰もが応援をすることになります。
 日本人特有の判官贔屓というやつです。
 その負けていたチームが完璧に投球をし続けたエースを打ち崩していくのですから、痛快この上ないことです。
 
 昔から、甲子園には魔物が住んでいると言われています。
 ですから、このような九回の攻防は、これまでの100回に及ぶ大会の中で、何度となく繰り返されてきたに違いないのです。

 もっとも、冷静に考えれば、甲子園で開催される阪神タイガーズの野球でも、魔物があるのかと言われれば、そうでもないわけですから、きっと、甲子園に魔物がいるのではなく、高校野球にそれがいるというのが正しい表現なのでしょう。

 一日4試合、それを待つ選手たちは、炎天下の中、球場の近くで待機をしなくてはなりません。
 応援に行った私たちでさえ、炎天下の中、前の試合が終わるまで、強烈な日差しの中で立たされ通しだったのです。
 前の試合が延長戦になれば、選手たちの待ち時間はさらに増えます。

 それに、あの球場の内野は、土のグランドです。
 いかに、グラウンド整備員が完璧な仕事をしても、一日に何試合もあれば、当然、土はほじくられ、でこぼこになり、イレギュラーなバウンドが起きてしまうというわけです。

 つまり、球場のコンデションは否応なしに悪化していくということです。

 そうした諸々のことが選手たちに作用して、あの九回の劇的なドラマがなされるのです。
 それに何より、甲子園の大会は、負ければ終わりという切羽詰まった状況下の中に置かれていることを選手たちはもちろん観客である私たちも知っています。

 次がないのです。

 たった一回きりの、まるで、源平合戦か、日本海海戦か、真珠湾攻撃か、そして、ミッドウエイ海戦か、そんな類の命をかけた戦いであるのです。

 だから、やる方も、見る方も、真剣そのもの、単なるスポーツではなく、そこに、そこはかなとない人間のドラマを見て取ることができるのです。
 十代の青年たちが額に汗して、真剣に、戦いに臨むその姿を、女子アナの実況で聞くなんぞ、今年は何もかも新鮮でいいと、そんなことを思って、ハンドルを握って、出先から戻ったのです。



自分らしさランキング

私は案山子

nvnbzdbehrer


 今朝
 虫たちのしっとりとした音色で
 目が覚めました

 西の国では
 雨風が戸板を震わし

 空はきっと
 逆巻いていることを思うと
 なんか
 秋の風情を感じて目覚めた
 自分が申し訳ないように思えたのです

 


 夏だねぇ
 そうさ 夏だぁ

 筑波のお山が今日はきれいだんべぇ
 今日はいくらか涼しいけぇ

 そうさなぁ いくらかなぁ
 ……
  そろそろ仕事にかかるべぇか
 ……
 何言ってるだべぇ この人
 わしら 
 仕事しているべぇ

  そおかぁ 
  わすれてたぁ

 わしら案山子だったなぁ

 SNSで、折々におつきあいをさせてもらっている方が、これまた折々に「うたまつり」を開催して、私にも一つってお誘いを受けて、作ったものなんです。
 お誘いを受けた時、撮ってきたばかりの写真を整理していて、その写真の一枚に、今日の写真があったのです。
 
 ロードバイクでつくばのアグリ・ロードを走っていると、こんな光景があって、この畑の持ち主はなかなか洒落た人だっていつも感心して、そして、時折、写真に撮ってくるのです。
 田畑をやりながら、芸術も手がけている素敵なお百姓がいるぞって。

 その素敵なお百姓の案山子を後に、我が宅に向かいながら、頭に浮かんできた一句がありました。

  ときは今 あめが下知る さつきかな

 信長の逆鱗に触れて、家康の接待役をはずされた光秀は、秀吉の援軍に向かうよう命令を受けます。

 光秀は、心にモヤモヤ、いや、激しい憎悪を秘めて、居城丹波亀山に戻るのです。
 そして、秀吉の援軍として、出陣する準備を進めます。

 五月二十七日、光秀は、近くにある愛宕社に詣でます。
 もちろん、愛宕社はいくさの神が祀られていますから、戦勝祈願のための参詣です。
 同時に、当時、何やかやと口実をつけては開催されていた連歌会も催されました。
 
 その折に、光秀が詠んだ歌がこれなのです。

 表の意味は、単なる季節の歌です。しかし、裏の意味がそこには隠されていました。
 連歌会に参加した名うての者たちは、光秀の覚悟を、この時知るのです。

 「とき」は、時であり、土岐に通じます。
  土岐氏は光秀の出身の家の姓です。
 「あめ」は、五月雨の雨であり、同時に、天下をも意味します。
  そして、「下知る」は、天下に号令するという意味を持ちます。

 すなわち、土岐氏である自分が、気ままな信長に変わって天下を動かすと歌ったというわけです。

 SNSなどなかった時代、連歌を通じて、人はそれとなく本心を何かに託して詠み、それを周囲に知らせたのだと思うと、背筋がぞくっとします。

 令和の出典となったあの筑紫の歌会での大伴家持にも似たような歌があります。

 咲く花は 移ろふ時あり あしひきの
 やますがの根し 長くはありけり

 これもまた、自然のありようを謳った一首ではありますが、これが作られた時代の一大事件を想起すれば、単純に自然詠歌とは言えなくなるのです。

 その一大事件とは、橘奈良麻呂の乱です。

 橘奈良麻呂という貴族が、当時、実権を握っていた藤原仲麻呂を滅ぼして、自分がとって代わろうとした事件です。
 しかし、あまりの大それたありように怖くなった仲間がそれを密告して、ことは露見、橘奈良麻呂ら謀反に参画した者たちは捕縛され、首を切られます。

 奈良に都が置かれた時代、貴族たちは年がら年中、そんな争いをしていたのです。
 
 大伴氏は、その名が示すように、天皇に大いに伴って、これを守護する役目を代々になってきましたが、大伴からも一族の何名かが嫌疑を受けて、島送りになっています。
 当然、家持もその嫌疑から取り調べを受けたとしても不思議ではありません。

 そんな折に、この歌は詠まれたのです。

 だとするなら、この歌にも裏の意味があるに違いないと想像するに何の問題もありません。
 
 乱を企んで拷問を受け無残な死を受けた橘、それを行なった藤原、そこにあるのは、それぞれ咲く花の名です。
 花は盛りもあれば、衰えもあるのです。
 橘が衰えれば、それを絶滅に追いやった藤だって、いつかは同じような命運をたどるって、そう言っているのです。

 そして、奈良の以前から、根っこのように天皇家を支えてきている大伴はそうではない、地中に深く根を下ろし、長く存続させていくのだと、そんな風にも詠めるのです。

 冒頭の私の歌には、さほどの政治的意味など、さらさらありませんが、それでも、裏の意味があるとすれば、いや、心底から何の衒いもなく、これがすぐに出てきたということは、私は案山子であることをその心情に持っていたからではないかと思っているのです。
 
 案山子のように、じっと空を見て、周りを見て、何もしないようで、何かをしている、そんな今の自分を重ね合わせているではないかと思ったのです。

 私は、案山子……

 存外、いいではないかって。



自分らしさランキング

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《8 / 18 💦 Sunday 》
 
🦅 昨日、<カクヨム>にて『まぼろしのフランクフルト中央駅』を発信しました。

 縦横無尽に 

 意識の中を駆け巡るのは 
 人の持つ感性なるもの



この世に、二つの世界があり。
それは、現実世界と仮想世界。

かつては、そんなバカなと思える仮想の世界が、詩になり、絵になり、物語になって、現実世界で堪能されていました。
今、 AIがその仮想世界を現実世界に組み込み、私たちはその境目さえも不明の中で、仮想世界で遊ぶことができるのです。

なんともややこしい時代になったものです。

しかし、仮想の世界、昔から、人間の中にある何かのスイッチに刺激を与えてきました。
想像というスイッチ、さらに進んで、創造というスイッチにも、時には、幻想に、あるいは空想のスイッチとなり、私たちを楽しませてくれたりもしているのです。

フランクフルトの革ジャン男も、我が庭の山法師の木も、そして、日本語の二人称も、すべて、私にとって、現実世界と仮想世界を行き来する契機となったものたちなのです。

下のリンク欄、一番上の<カクヨム>をクリックしてください。


【nkgwhiroの活動】

💝 <Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。 

                                            💝 <Amazon・Kindle>で書籍の販売を行なっています。 ただいま、『一日千秋ーある日ちあきと』を販売しています。値段は3ドル換算日本円になります。
 

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア