トイレが空を飛んだって

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柳の木の大いに茂る公園。買い物がてらちょっと寄っては、風を感じるのです。柳の枝は素直に風のそよぎに、そのしなやかな枝を揺らします。人間もそうでなくてはと思うのです。



 山海関8341部隊
 8341という番号を持つということは、この部隊が中国共産党中央弁公庁警衛局中央警衛団であることを意味しています。つまり、党要人が暮らし、政務にあたる中南海や中央委員会の施設を警備する軍の部隊であるということです。

 山海関に駐屯する8341部隊の分隊に、北京の周恩来から緊急命令が下されました。
 「河北省北戴河山海関にある中国人民解放軍空軍基地を封鎖せよ。いかなる飛行機も離陸を許してはならない。」

 その山海関の空軍基地には、英国製ホーカー・シドレー トライデント1E型機が待機していました。

 この機は、人民解放軍仕様に塗装はされていましたが、パキスタン国際航空が運用していたもので、運用後譲渡された旧式機でした。
 しかし、内通者があったのか、9名の者たちは何事もなくトライデントに乗り込み、離陸をしたのでした。

 トライデントは、北上を続け、モンゴル人民共和国のヘンテイ県ベルフ市の10キロ南方付近に至り、旧式が故のエンジン不調に陥ったのでした。
 いや、もしかしたら何らかの細工が施されていたのかもしれません。
 パイロットは、砂漠地帯に不時着陸を試みましたが失敗、9人全員が死亡しました。

 これが毛沢東暗殺を露見し、ソ連に逃亡を試みた党副主席林彪の哀れな末路であったのです。
 いわゆる、「林彪事件」というものです。

 西側の情報機関は、1971年に発生したこの重大事件を容易には把握できませんでした。
 むしろ、中国政府の不自然な動きから毛沢東が重篤な病になったのではないかと推測するのがせいぜいだったのです。

 もし、現在のように、すべての航空機にADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)が搭載されていたら、この件は迅速に西側に知れることになった事件であったのです。
 ADS-Bは、パイロットが天候や地形などの最新情報を確認できるだけではなく、GPS位置データのほか、速度、機体アドレス、そのほか、便名などが、1090 MHzで1秒に1回送信される機能が施されています。
 つまり、誰でも、どこにいても、1090 MHzに周波数をあわせれば、空を飛んでいる飛行機がいかなるものかわかるというわけです。

 で、私はその技術を活用する<Flightradar24>なるアプリを私のiPhoneにダウンロードして、時折、つくば上空に飛来する世界各国の飛行機の情報を見ては楽しんでいるのですが、先日、このアプリを使って、6月10日朝に平壌を離陸した飛行機を追ったサイトがあったことを知ったのでした。
 そんなこともできるんだと、それをしなかった自分にちょっと悔しさを感じたりもしたのです

 3機の飛行機は時刻をずらして、平壌を飛び立ちました。
 中の1機の機体は、中国国際航空CA122で、行き先は北京でした。
 CA122は、中国共産党が度々、高級指導者が移動する際に運用する特別仕様機です。

 しかし、この飛行機は特異な飛び方をしました。北京上空で、便名を変更し、そのまま飛び続けたです。しかも、飛行が比較的容易な沿岸部ではなく、内陸部を飛行します。
 時節柄、この機体にあの御曹司が乗っていることは間違いのないことでした。
 シンガポールまで、沿岸および海上を飛べば、より早くに到着できるのですが、この飛行機はそうではなかったのです。
 きっと、海上に展開するアメリカ海軍を警戒しての飛行であったと推測されます。
 これから会談をする相手に警戒姿勢を示すなど、あの国々らしい飛び方です。

 どの国も、国家元首や政府要人の専用に特別機を保有しています。
 もっとも有名なのが、アメリカの「Air Force One」です。日本も、「政府専用機」を保有しています。
 もちろん、御曹司の国も「チャムメ(オオタカ)1号」を所有し、5月に訪中した折には、大連までの約350キロを飛行しました。

 口さがない日本の副総理は、シンガポールまで飛べるのかと薄ら笑いを浮かべましたが、それくらい古い、ソ連製のイリューシン62型という骨董的な機体であったのです。

 しかし、この一件で、御曹司が、面子よりも安全性を考慮したことは特筆すべきことです。
 あれだけ自己顕示欲が強い御曹司が、他国の旗が示された飛行機で移動するのです。
 私が北朝鮮の国民であれば、何故、他国の保有する飛行機に乗らねばならないのかと、国のトップとしてのあり方に異議を唱えますが、彼の国の国民はそれさえも言えないようです。

 ともかく、御曹司は人の命は軽々に扱いますが、自分の命は惜しいということもわかった次第なのです。

 彼の国の名誉のために言っておきますが、あの「チャムメ1号」は、御曹司が乗るベンツとトイレを運ぶために飛行をしたと言います。だったら、なおのこと、御曹司は「チャムメ1号」でシンガポール入りをすればよかったのにと思ったのです。

 そうすれば、世界人民が彼を覚悟の定まったいっぱしの指導者として一目おいたのにと。
 しかし、それにしても、あの方、自分のトイレまで飛ばすんだと驚いた次第なのです。
 何でも、ホテルで排泄した「もの」から生体情報を取られるのを恐れていると言います。
 列車で北京に行くときも、列車にはそのトイレがついていると言いますから、徹底はしています。

 そういえば、取り決められた書類にサインをする時、アメリカが用意したペンには一切手を触れませんでした。
 御曹司、よほど、自分の生体情報を知られるのが嫌なようです。

 でも、御曹司、中国に対してはどうも無防備のような気がしてならないのです。
 きっとあのCA122、8341部隊によって徹底的に調べられているに違いないと私踏んでいるのです。
 恐ろしいですね。

 あの御曹司も、世界のあちらこちらへと出て行けば、いかに自分が矮小な存在かわかると思います。
 いや、蔑視して言っているのではないのです。
 人間は自分が矮小であることを知って、初めて大きくなって行くのですから。




オオタニさ〜んというニュアンス

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太陽の光というのは、実は魔物なのです。人にあらゆる錯覚と啓示を与えてくれます。太陽の光の輪の中に入った人々、私は、この絵を、天国への道を歩んでいる人々と名付けています。


 先だってのことです。
 所在ないままに、You Tube であの中川家の漫才を見て、一人で笑っていました。

 あの人たちの電車の話、実に面白いですね。
 好きこそ物の上手なれという言葉がありますが、人間はどんなものにも熱中することで、一つの芸、あるいは仕事が生まれてくるのだと思い知らされました。 

 中川家の弟の方が、駅員のあの語り口を実にうまく真似ていました。

 あれを聴きながら、そういえば、全国の車掌さん、どうしてあのような口ぶりで業務連絡をするのだろう、もっと、普通にいえないものかと思ったりしながら、それを聴いていたのです。
 きっと、誰かが、そう、車掌さんの大先輩がいて、電車の走行音とか、車内のざわつき音を遮って、報知を徹底するには、このような言い方が良いと教え、それが連綿と伝えられているに違いないと勝手に思って納得していたのです。

 そして、こんなことも思ったりしたのです。

 もし、東京ドームでのジャイアンツ戦で、ウグイス嬢ではなく、中川家演ずる京阪電車の車掌さんのように艶ぽい告知で選手を紹介したらと。
 そう思うと、自分の空想がおかしくなって、一人笑いをする始末だったのです。

 その一連の動画の中に、韓国人が対話をしているという真似芸がありました。
 オチは、最後に、さりげなく日本語を入れるというものです。それが何の違和感もなくデタラメな韓国語の中に収まり、聴衆はそこで日本語を聞き取り、笑うというものでした。

 実によく、特徴を捉えていると感心をした次第です。
 語末の「〜ニダ」にしろ、けんか腰のようなぶっきらぼうな言い方など、まるで本当に韓国語を喋っている、そんな風に思えてしまうのですから、芸というのは素晴らしいです。
 昔、タモリも中国語を同じように雰囲気だけをつかんで、デタラメに喋って、それを芸にしていました。
 これも、愉快なものでありました。

 さて、ここまでくると、私、笑ってばかりはいられなくなったのです。
 島国日本に生を受け、人生の大半をこの国で過ごしてきた私は、他者が自分のことをどう思っているのかを気にする典型的な島国根性を持つ日本人であったからです。

 つまり、外国人は日本語をいかなるニュアンスで捉えているのだろうかと思うようになっていったのです。

 欧米の人や、中国や韓国の人が、日本語の雰囲気を伝えて、それを芸にして笑いを取るというのを見たことがありません。
 何の映画だったか、いや、映画ではなかったかもしれませんが、フランス人を真似て、あのフレンチックなベレー帽を被り、絵筆を持って、そして鼻にかかったあのフランス語をデタラメにしゃべっているアメリカ人を見たことはありますが、日本語を喋って、それらしく見せるというのは、どうも記憶にないのです。

 私たちの日本語を、日本語をしゃべらない人たちはどのようなニュアンスでもって、受け止めているのか、それが頭から離れなくなってしまったのです。

 日本語も韓国語も、それにモンゴル語からトルコ語まで、それらはウラルアルタイ語と分類されています。
 つまり、膠着語なのです。
 言葉と言葉をニカワでくっつける働きをする「助詞」があり、動詞が最後にきて、意思表示をする言語なのです。
 つまり最後まで聞かないとイエスかノーかわからない曖昧な言語であるということです。

 あの中川家の漫才で、デタラメな韓国語の中に、さりげなく日本語を入れて笑いを取れたのは、この二つの言語が同じような特徴を持つ似た言語であったから可能であったのです。

 だったら、日本語も韓国語と同じように、ぶっきらぼうに相手の耳には聞こえてもおかしくはない。きっと、外国人は、何と愛嬌のない言語を操るのかと思っているに違いない、そんなことを思ったりするのです。

 「Back to the Future」という映画がありました。
 出来の良くないサラリーマンが上司の日本人にテレビ電話で解雇される場面、懇願をするサラリーマンが、確か、「Tanakaさ〜ん」と叫んだ、そう記憶しているのです。
 もちろん、それは時の首相にちなんだ「Tanakaさ〜ん」ではあるとは思います。

 あのニュアンスがそうではないか。
 出っ歯で、メガネをかけて、カメラをクビにかけて、どこかずる賢い、そんなイメージがこの映画でも日本人の典型として出ていたのような気がするのです。

 でも、最近「オオタニさ〜ん」とMLB中継の実況アナウンサーがホームランを打った大谷に声をかけるニュアンスは、そうではなく、驚きに加えて、敬意さえも感じるのですから、不思議なものです。

 できれば、日本人と日本語は、「Tanakaさ〜ん」ではなく、「オオタニさ〜ん」の方のニュアンスであって欲しいと願っているのです。
 だって、私たち日本人は、出っ歯で、メガネをかけて、カメラをクビにかけて、どこかずる賢い、そんな我々ではないのですから。




反則タックルで大学が衰退していくのはいいけれど……

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それが何であっても、動くものを動かすのは素晴らしい技能であります。覚えて仕舞えば、わけないことですが、理屈がわからないものには、動かしている人が神様のように見えるのです。


 あの選手がいなくなれば、秋の大会、我々は楽に戦える、だから、あいつを立てなくなるくらいに潰してこい、そんな命令を下した指導者がいたと言うのですから驚きです。

 でも、それが国家間でなされたらどうかと考えると、ゾッとするのです。

 海警局と漁民たちに、これ以上日本の好き勝手にさせてはならない、我らはかつて我が国を蹂躙した日本に鉄槌を下すのだ、それゆえ、お前たちは国家の先兵となり、日本がもはや足腰立たないよう、潰してこいと言うのです。
 
 海警局と漁民たちは、はて、どうしたものかと思案します。

 鉄槌とは、思い切った行動で、相手に衝撃を与えること、日本が衝撃と感じることは何か。
 我々は定期的にあそこに行って、紳士的に振る舞う海保と一定の距離を保って、中国の領海を航行してきた国内向けに喧伝し、胸を張ってきた。

 アメリカ海軍が、最新鋭ミサイル駆逐艦を我らが領海とする海域に派遣したとき、自分たちもそれを遠巻きに見ていたが、その時、彼らも、そして、自分たちも切ないことをしていると思った。

 なぜかといえば、あのアメリカ海軍の駆逐艦は我々と同じだからだ。
 自分たちと異なる考えで線引きをする他国の船が、自分たちが線引きをする海域を、自分たちと異なる考えでそこを航行することに一体何の意義があるのかと。

 しかし、党が鉄槌を下せと言うのであれば、領海の中にある領土、そうあの島に上陸をしなければならない。
 圧倒的に押し寄せることが可能な波のごとき漁民を連れて、あの島に上陸をするのだ。そして、あの紳士的な海保の巡視船に打撃を与えるのだ。

 中型漁船一隻に20人、これが100隻で二千人。少なくとも、300隻は動員できるから、六千人の先兵があの島に乗り込む。そして、世界に発信するのだ。
 中国は、人民の力で、日本に不法に占拠された領土を奪い返した。
 これを妨害するいかなる国の武力行使も認めない。

 さて、日本はどうする。
 中国が言う漁民ほど厄介なものはない。
 これを攻撃すれば、多くの血が流れ、無辜の民を殺害したと批判される。かといって、指を加えて見ているわけにもいかない。
 外交ルートで中国に照会しても、漁民が自国の誇りを守るために行った義挙であり、政府としては如何ともしがたいと、日本の足元を見た返答しかしてこない。

 アメリカはといえば、それはお前たちの問題だから、お前たちで解決せよ、仮に、武力衝突が起こればなんらかの手を打つとは言うものの、本当にそうなのかと疑心は深まるばかり。
 到底、日本だけでは太刀打ちできない戦いに、日本は躊躇する。
 
 経済でも遅れをとり、政治でも孤立無援の中で、日本はただ指を加えているだけなのか、愛国の志士たちが自らプレジャーボートを走らせて、島に向かうも、すでにそこには海警局の船ではなく、中国漁民を守ると称してあの遼寧艦隊が入り込んでいました。

 プレジャーボートに対して、たった一回の退去勧告をして後、機銃が放たれ、そのすべてが海の藻屑となっていったのです。
 波間に浮かぶ日の丸の旗のなんと惨めなことか。
 長らく国会で増強を図ることを求めてきたものの、反対勢力による妨害で、防衛力はこれほどのことにも対応ができなくなっていたのです。

 中国から、問題解決の使者が東京にやってきました。
 あの島はすでに中国漁民三千人が懸命に働き、港を構築し、東シナ海のすべての船舶の航行安全を図るための灯台および航行電波を発信する機能を設置しつつある。
 あの島は、争いの島ではなく、東シナ海の安全を物語る島にしなくてはならないと。
 国際社会は、この中国の提案を諸手を挙げて賛同するのです。
 
 さらに、沖縄をはじめとする列島線も、この際、安全を優先する日中両国の架け橋にしたい。
 中国はそれに対する資金を惜しまない。
 それはアメリカも認めていることである。
 我々はアメリカに変わり、平和を維持する人民解放軍の派遣をすでに決定している。

 日本は有無も言わさず中国の言いなりになるしかなかったのです。
 
 北京では、勇敢なるタックル的行動を行った三千人の漁民に対して、最新設備を備えた漁船300隻が贈呈され、英雄的漁民たちは黒潮の蛇行する太平洋に紅旗をたなびかせて出漁していったのでした……。

 おやおや、また、私はウッドデッキで、悪い夢を見てしまったようです。

 随分とヤブ蚊にも刺されてしまった。私は刺された箇所をこすりながら、そんなことはありえないことだと、自分に言い聞かすのです。

 すると、どこからともなく、「そうとも言えないよ」と言う声がするではないですか。
 「この世は、なんでもあり得るんだよ」とも。

 そんな妄想的天の声を聞いて、だから昼寝など嫌なんだと思いつつ、でも、反則タックルであの大学が衰退したとしても、それは仕方のないことであるが、中国政府の仕掛けた反則タックルを受けて、日本国が衰退していくのは情けないとそっと思ったのです。




土曜の昼下がりの白昼夢

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ヘリコプターの操縦席のこの球に近いガラスの風防装置。見るたびに、これを作る技術はすごいと思うのです。いい加減に作れば、飛行や速度に影響が出ます。何より、搭乗する人たちの安全にも影響します。ヘリでどこが好きですかといえば、随所に見られるこの球体の形なのです。それにしても、よくもまぁ、このような乗り物を考えました。人間ってすごいと思うのです。



 「サミット」が世界首位に立ったというニュースがありました。

 サミットといっても、仲間割れするG7でもなければ、米朝の歴史的会談でもありません。ましてや、SCOなどというケチな会合を指しているわけではないのです。
 
 アメリカのエネルギー省管轄のオークリッジ国立研究所が設置したスーパーコンピューターの名前が「サミット」というのです。
 その「サミット」が、1秒あたり20京回の計算速度を達成したというのです。
 ちなみに、京という単位は、1兆の1万倍ですが、そう言われても一向に見当もつきません。

 かつては世界一の速度を誇った日本のスパコン「京」と比べると、その速度は約20倍にあたるといえば、少しは感覚に響くかと思います。
 現在、世界のスパコンのトップレベルに位置しているのは、「神威太湖之光」という中国製造のものですが、「サミット」はこれを抜いたということになります。

 なんでも、「サミット」の大きさはテニスコート二個分あり、中央演算処理装置(CPU)を9216個、画像処理半導体(GPU)が2万7648個、記憶装置は250ペタを備えているというのです。
 そう言われてもよくわかりませんが、私が毎日使っているMacBook Proなど足元にも及ばない巨大なコンピューターだということはよくわかります。

 しかし、1995年にパソコンが私たちの書斎に入り込んでから、まさに言葉通りに飛躍的に成長を遂げてきたと言っても過言ではないのが、この手のマシンの能力です。

 これらのマシンによって、人類は「拡張の世紀」を迎えるのだと、あちらこちらで目にし、耳にすることが多くなった昨今です。
 
 テクノロジーが、日常生活を拡張し、スマート化を果たすという家電は、我が宅にはまだありません。
 扇風機のスイッチを入れ、ソファにどっと腰掛けて、今度はテレビのスイッチを入れるという「前未来的」な環境の中で、アンスマートな生活を送っています。

 先日はキッチンの、手のひらをかざせば灯りがともる蛍光灯のセンサーが壊れて作動しないので、設置してくれた某電機メーカーに電話したら、二十年も前のものを直す手立てはないと冷たく言われてしまったくらいなのです。
 ですから、私の日々の行動も、スマートとは言えず、ガレージを開けるときも、車のエンジンを始動する時も、すべて何事も手間暇かけてそれを行なっているというわけです。

 夕方になり、腹が減って、どこかにあるスピーカーに向かって、pizazzといえば、自動的にpizazzが出てくる家になるにはきっと私が生きているうちには不可能ではないかと思っているのです。

 だって、今の状況に、それでも私はかなりの満足感を持っているからです。

 それでも、人工知能は着々と拡張を繰り返して、私たちの生活に入り込んでくるでしょう。
 出かけようとすれば、玄関で傘を持っていけとか、今日の会合にその服装ではダメだとか、きっと言うようになると思っているのです。
 拡張とは、人間をより自由にするものではないのかと怒っても、人工知能はお構いなくダメ出しをしてくるのです。

 私の命も拡張機能で大きな変動をきたすのではないかと思っています。

 ガンで切除した腎臓も、埋め込み型人工腎臓が開発されて、私の腹のなかに戻され、私の健康はさらに向上をします。
 私の肝機能が弱る可能性があると言うので、私はゲノムを再編集して、その可能性を除去し、ますます肝機能の数値は絶好調の値を示すようになりました。
 膝が弱く、卓球のシュートにも勢いがなくなった私は、思い切って膝に人工軟骨を植え込みました。すると、若き日のように両足を勢いよく動かして走れるようになったのです。
 街行く人々の中には、皮膚を移植して、五十歳には見えないくらいの肌ツヤの良い女性が闊歩しています。

 肉体的な能力の拡張ばかりではありません。
 精神的な弱さを克服するテクノロジーも、とりわけ、精神的に弱い人たちに拡張機能を与えてくれました。
 自分の弱さがまるで夏の入道雲のように、心を覆うようになると、お前はすごいぞ、なんでもやれるぞ、自分に克て、負けるなと激励をしてくれるのです。
 自殺をせよと心に悪魔が囁けば、テクノロジーがその悪魔を叩きのめし、人類にとって自殺などと言うわがままは、はや過去のものになっていったのです。

 何よりも仮想を現実にまで拡張する変化ほど人類のあり方を変えたものはありません。

 ……中国の横暴な姿勢、世界から嫌われようが、国際社会の取り決めを足蹴にし、言うことを聞かなければ足蹴にするあの姿勢が21世紀のある時期、人類を混乱に陥れましたが、これに伴う仮想があまりに過酷な中国の未来を示し、これ以上の悪態をつけば、中国は政権の転覆につながると言う現実を突きつけられて、中国が世界から愛される国になっていったことは仮想が現実を変えた最も有効な例として人類史に刻まれたのでした。

 そればかりではありません。
 拡張による変化は、個人レベルで作用をすることになり、人々は自分の未来をかなりの精度でつかむことにもなったのです。ですから、起業による失敗も、投資による損失も、夢だけに頼る人生の敗北も、人類は経験をすることはなくなったのです。
 皆が平和で、穏やかに、笑みを浮かべて日々の暮らしをする時代になったのです……

 耳元でヤブ蚊の羽音がうるさく響きます。
 どうやら、ウッドデッキで、土曜の気の緩みか、うとうとしてしまったようです。
 「コーヒー」
 そう言っても、どこからもコーヒーは出てきませんでした。

 私はホッと心を落ち着けたのでした。




裕福で、ゆとりある生活の秘密

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アメリカという国の偉大さは、兵器にも美しさを求めたことだと私密かに思っているのです。これは軍用ヘリですが、丸みがあって、輝きもあって、とても美しいと思うのです。どう、ご覧になられますか?


 スポーツクラブでの卓球、めきめきとは言わないまでも、それなりに腕をあげて、試合にも勝てるようになってきている私です。

 卓球の練習がひととおり終わり、ダブルスの試合を始める前、10分ほどの休憩時間を取ります。
 私たちのクラブが本拠地とする体育館には冷房がありませんから、水分補給をして、外の風に当たるのは大切な「ルール」となっているのです。

 そのおり、誰かしらが何かを持ってきては、それを分けて、皆で食べるのです。
 ですから、私もオーストラリアの土産のクッキーだったり、いただきものの菓子を持っていったりするのです。

 つくばという場所柄、家で農業らしきことをしている方もいます。

 「農業らしきこと」ともったいぶって言っているのは、農業では生計を立てているというわけではないからです。
 大粒のブルーベリーを冷やして持ってきてくれる方は、家に100本のブルーベリーの木を植えて、趣味でそれを育てているというのです。
 果たして、それが趣味と言えるのかとも疑うのですが、採った実を売っているわけではないので、趣味と言われればそうかと納得せざるをないのです。

 また、秋にゆずやみかんを段ボールいっぱいに入れて持ってきてくれる方もいます。
 庭にある木から採ってくると言います。
 ゆずには棘があり、また梯子をかけて採るわけですから、手間と時間がかかります。
 それを皆で分けて持って帰り、美味しくいただけるのですから、私などからすれば何よりのプレゼントということになります。
 フルーツばかりではありません。
 里芋に、トウモロコシ、トマトに、スイカと、卓球を終えて帰る時には必ずといっていいほど土産をもらって帰るのです。
 
 この「農業らしきこと」をしている人たち、旅行にもしょっちゅう出かけています。
 これは伊豆の饅頭だとか、広島名物の、岩手のと、甘味を持ってくるのです。
 この人たち、なんて豊かで、ゆとりのある生活をしているのだろうかと私、時折、思うのです。

 先だっては、土地売ったら、病院で3割請求されたという人がいました。

 年齢的に、その人は2割請求くらいのお年だと思うのですが、その話を聞いて、40代ぐらいの、卓球クラブで一番若い女性が、じゃ、何億も入ったんですかとあからさまに問うたのです。
 まぁ、そのくらいだが、税金でごっそり持っていかれるからよぉと、私とはまったく異なる世界の話をしていました。
  
 まぁ、そのような例は稀なのですが、実際、つくばの地の人たちの様子を見ていますと、どこから収入があるのか不思議に思うことがあるのです。
 しかも、彼らの家はまるで城のような作りでもあるのです。
 豪壮な長屋門があり、その奥に邸宅があり、庭には筑波石がおかれ、手入れの行き届いた植木が植えられています。納屋には耕作機械に混じり、高級乗用車に、息子のでしょうかスポーツカーなども置かれています。

 日本の農家は裕福だと、不思議さを伴って、実は思っているのです。

 誰かが、田舎には乞食はいないなんて言ってことを思い出します。
 乞食なんて言葉は今はあまり使いませんから、ホームレスという言葉を使えば、田舎にはそういう人たちがいないということになります。
 田舎には彼らを養うアルミ缶も、食べ残しもありませんから、当然、彼らは田舎では立ちいかない人々なのです。
 都会の狭間で、誰にも関わることなくそっと生きていくのがホームレスの生きる場所なのだろうと思ったりもするのです。

 同時に、田舎であれば、収入がなくても、なんとかやっていける秘密の方法があるに違いないと思うようになってきたのです。

 土地があれば、田んぼを貸して、コメを作り、自分たちが一年食べるコメは手に入るし、庭の端に畑を作れば、おかずはそこから生まれてきます。
 みかんも、柿も、梨も庭木にあれば、何をしなくても実はなるのです。

 それにささやかでも年金が入れば、なんとかやっていけるというわけです。
 いや、なんとかどころではありません、裕福に、贅沢にやっていけるというわけです。

 きっとその根本には何か素晴らしいことがあるに違いないのです。
 
 それこそが、こうして持ち寄り、惜しみなく皆に与えることだと私は気づくのです。

 ブルベーリーだって、あれだけの量を持ってくるには、相当な時間をかけて摘み、冷蔵庫で冷やして、タッパーに詰め込みという仕事が必要です。
 ましてや、里芋だったら、鍬で掘り起こし、井戸で洗いと手間暇かけているのです。

 きっと、独り占めしたり、欲張ったりしないそうした心持ちに加えて、人を喜ばそうという気持ちがあるからこそ、彼らは裕福で、心にゆとりある生活をしていけるのではないかと思ったりもするのです。




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Author:nkgwhiro
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《6/19 🔔 Tuesday》

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