隣地は借金をして買えって……

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空を真っ赤に染める夕日
これが筑波のお山を紫に染め上げて
つくばの街に大きなスポットライトを当てるのです



 取手の学校に勤めはじめた頃のことでした。

 ある教師がこわもての上司に、自分たちは「教員」なのか、それとも「教師」なのかと、夏の研修会の折に問うたことがあったのです。

 こわもての上司は、先生方をあごで使っていると、その質問した先生は考えていました。
 少しは、自分たちに敬意を示せって。

 こわもての上司は、先生方は、とりわけこの学校の先生方は「銀行員とか警備員とか、言われたことだけを行う<員>ではなく、自ら考えて、生徒のために尽くす<師>であり、「医師や技師」と同じように専門性を強く帯びた方々ですから、当然、「教師」であり、「教員」ではありませんと答えたのです。

 銀行員や警備員が、医師や技師、ましてや教師とは違って専門性がないと、昔も今も、私は思ってはいませんが、面白い喩えだと思っていたのです。

 「員」や「師」ではなく、「士」とつく人々もいます。
 弁護士に、税理士、それに、建築士など。
 
 それぞれの字に謂れがあり、歴史があり、それぞれに意味があるのだとは思いますが、あの先生は、自分が「教師」であると言われて、満足そうにしていたのを思い出すのです。
 きっと、こわもての上司が説明したように、自分たちは、生徒のために教え導く、専門的な職業に従事する者たちであるということに満足したのだと思うのです。
 ところが、先だって、珍妙な「師」に出会ったのです。

 「地面師」なる「師」です。

 学生の頃、近所に住む社長と懇意になり、彼の経営する人形町界隈の浴衣問屋でアルバイトをしていたことがあります。
 冗談か、本当のことかわかりませんが、この社長の一代記を聞いたことがありました。

 終戦直後、この辺りは焼け野原、空襲で役所の書類は焼けて、不動産登記も証明もままならない。登記簿に名を連ねていた人も、空襲で、あるいは、戦争で亡くなり、にっちもさっちもいかなくなり、まだ若かった社長は、早い者順で、この辺り一帯の土地をものにしたというのです。
 まるで、西部劇で、馬を走らせて、そこに旗を立てて、自分の土地とした、あの出来事同じことが東京の一角でなされたというのです。
 まゆつばものだとは思うのですが、話として面白いものでした。
 
 狭い国土の日本ですから、都心であれば、わずかな土地でも財産になります。
 社長の話は、まさに濡れ手で粟の一代出世物語と相成っているわけです。

 でも、実際、終戦後の期間、そして、90年代のバブル期にあって、この「地面師」たちが暗躍した時代があったというのです。
 終戦直後は、空襲で、書類も焼け、不確かな中で、それ幸いに、詐欺まがいに土地を転がした輩が多数いたと言います。
 バブルの頃は、土地の価格が高騰し、一億で買っても、翌週にはそれが二億になるという馬鹿げた時代が確かにありました。
 金の匂いを嗅ぎつけて、「地面師」たちはうごめいたというのです。

 しかし、今回摘発された「地面師」は、まるで、『スティング』ばりの算段をとって、大手の建築会社を騙したのですから驚きです。

 土地の所有者になりきる女を設定し、その代理人なる人物、物件を扱う業者もまた設定しました。さらに、土地の所有者が確かにその人物であることを証明するためにパスポート、実印と印鑑証明までも偽造したのですから、まさに、組織としての徹底した騙しのテクニックがそこにはあったのです。

 まさに、映画『スティング』ばりの仕掛けです。
 映画では、賭け競馬の設定ですした。
 強欲なギャングの親分を寄ってたかって騙すストーリーが面白く、観客として騙されることに面白さも感じたのですが、50億もの金を損失した会社にとっては腹立たしいことこの上ないことでしょう。

 それを商売にしている会社の人間をも騙すのですから、この「地面師」たち、名うての「師」であったのではないかと思っているのです。

 「教師」の「師」に、満足の表情を見せたあの教師には失礼ですが、「師」は同時に、「ペテン師」にも、「詐欺師」にも使われることを思うと、さほどありがたい名称ではないなと、今更のように思うのです。

 そんなことを考えていましたら、なんとか不動産のものと名乗る男の方が我が宅のチャイムを鳴らしました。

 我が宅の西、奥まったところ、南東は二階建てのアパート、その横には立派な一戸建てが、さらに、西には別に一件、新築の一戸建てがある、ちょっと日の当たりにくいあの土地が売りに出されたというのです。
 格安の物件なので、ぜひ、隣地である我が宅に買ってもらいたいと、その男は笑みを浮かべて言うのです。

 隣地は借財をしても買えって、そんな話を聞いたことがあります。

 土地が大きくなることで活用の幅が増えるとか、家庭菜園や駐車場としての活用も可能、それに、訳のわからない隣人が来るのではないかと言う不安もなくなり、第一、建物が建って風通しが悪くなる心配もない、そんなことから、この言葉があるようなのです。

 我が宅の隣地にまつわる「地面師」のあまりのタイミングの良い登場に、私もまた微笑んだのでした。

 くだんの「地面師」はそれを好感触と捉えたでしょうが、私の口から出た言葉は、「これだけあれば、我が宅はもう十分すぎるくらいです」と言うさりげない言葉であったのす。

 我が宅は、あの何十億もだした会社と違って、借金をして隣地を買うほどゆとりはないのですから、仕方ありません。



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そりゃ、不公平だぁ

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幼な子の成長を感じる一瞬というのがあります。
よちよちと歩き始めた時、一人でズボンが履けた時、お風呂に入って一人で頭が洗えた時。
そして、一人で靴が履けた時。
そんな一瞬です。



 浅草に出て、中国人旅行者の多さを実感してきた私ですが、先だって、新聞を読んでいましたら、今、中国の地方政府のお役人が日本を訪れて、盛んに日本企業の誘致を行っているという記事が目に入り、さらに驚いた次第なのです。
 
 福建省、四川省、浙江省、広東省、黒竜江省など、省のトップクラスが来日して、介護事業などの日本の進んだ技術を中国でと盛んに笑顔を振りまいているというのです。

 あれは2012年の9月でした。

 尖閣の国有化で、中国各地で反日暴動が起こりました。
 中国政府に雇われた青年たちが石つぶてを日系商店に投げ、日本車をひっくり返し、中国の近代化を支援してきた日系企業の工場を襲ったのです。

 無惨にも破壊された店舗、オフィスを見て、愕然としたものです。

 私は、あの様が目に焼き付いて離れないのです。
 翌年、中国各省からの日本へのアプローチは極端に減ったのです。中国政府お得意の経済圧力というやつです。
 一連の活動には、「中央」の判断があったことは否めない事実であります。
 
 ところが、最近、アメリカから貿易戦争を仕掛けられ、にっちもさっちも行かなくなった中国は日本を頼らざるを得なくなったのです。
 だから、憎悪を内に秘めて微笑みを浮かべて近寄ってくる、そんな醜さを感じているのです。

 困った時には「中日友好」を掲げ、そうでない時は「反日」を叫ぶのですから、厄介なことです。

 親中であったオーストラリアがこのところ手のひらを返したように反中政策をとっています。
 オーストラリア政府は、中国の「静かなる侵略」をついに察知したようなのです。
 
 人口的にも、経済的にも中規模の国家であるオーストラリア、経済的に中国への依存が高く、そのため中国に配慮する傾向が強くあり、おまけに、移民に対して寛容で、多くの中国人を受け入れてくれる。
 中国はそれを巧みに活用し、オーストラリアを骨抜きにしようとしていると考えているのです。
 
 まさに、長期的な戦略による「静かなる侵略」がそこにあることにオーストラリアの人々は気がついたのです。

 かつて、フィリピンが、韓国が、ノルウエーがそうであったように、中国からの経済報復を受けるのではないかという懸念がオーストラリアにも当然あります。
 が、この国は、経済を優先して、国家の安全保障をないがしろにはしないと腹を決めたようです。

 その証に、オーストラリア国内での、次世代高速通信「5G」システムへのファーウェイの参入禁止を決定したのです。
 さらに、パプア、ソロモン諸島とシドニーを結ぶ海底ケーブル敷設事業のため1億3600万豪ドルの資金を拠出すると決定したのです。
 もちろん、ソロモンから受注していたファーウェイの排除を念頭に置いた施策です。

 これほどまでに露骨にやるものかと思うほどの政策をオーストラリアはとっているのです。

 ファーウエイは中国政府の肝いり、彼らを国内で活動させれば、オーストラリアの利益は根こそぎ抜かれていくというのですから、徹底しています。

 日本で、多くの携帯電話会社がファーウエイのそれを販売しています。
 安い、iPhoneに比べて遜色なしと広告が打たれています。
 でも、そこに、一人一人の情報がどうなっていくのかを懸念する文言は一言もありません。

 中国が安定して発展していくことが日本にとっても欠かせないとする考えが日本の対中意識の根幹にあります。
 そのため日本は、中国が国際社会の中でより良い方向へ向かうよう、自由や法の支配といった規範を中国も順守するよう呼びかけていくべきだというのです。

 この考え方は、オーストラリアとは違うあり方です。

 2012年のあの出来事を忘れてはならないのです。
 あれだけのことをする政府に対して、国として毅然とした姿勢で取り組まんくてはならないのです。

 2010年9月、尖閣で中国漁船が巡視船に体当たりをしてきました。
 時の内閣は、民主党政権。
 中国の強硬な申し入れに屈し、船長を釈放したのです。
 
 日本に対しては強く出ればそれでよし、すべてはこちらの思い通りに運ぶと中国政府に思わせてしまったですから、それが2012年に繋がることは必然のことであったのです。

 オーストラリアに負けんと勇んでいる国がもうひとつありました。

 台湾です。
 世界貿易機関で、貿易交渉で優遇される「発展途上国」としての格付けを放棄し、「先進国」として参加する方針を打ち出したのです。

 国交断絶を、中国の圧力でアフリカ、中米の各国から通告を受ける台湾ですが、一歩もひるまず、果敢に対している姿は立派であります。

 世界第二の経済大国となり、強国路線をとるあの中国政府は、世界貿易機関ではいまだに「途上国」扱いでいるのです。

 トランプがわめいています。
 「そりゃ、不公平じゃないか」って。





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そこまでは言いません

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花火が始まるちょっと前。
桟敷の人々は、花火ではなく、西の彼方の入り日の光景に釘付けとなりました。
この日の花火は、途中で中止、だから、一層、この入り日の光景が目に焼きついたのです。



 民主主義における政権でも、時に、民意に反してでも、政策を実行する勇断を下さなくてはいけない場面があります。

 それは、民主主義に対して存在する独裁制の国とは違った意味での「専横」であるのです。
 一人の強烈な指導者、あるいは党が政権を握ることでなされる独裁制では、国民は支配される側に徹底的におかれ、そこから逃れることはできません。
 でも、民主制であれば、一旦は選ばれたものを、その「専横」が度を過ぎれば、また、誤りであれば、次の選挙で引きづり落とすことができるのです。 

 民主制下では、人は誰からも支配されないのです。
 これが、民主制と独裁制の違いなのです。
 民主制下の国民は、支配されるのではなく、政治的な自由、表現する自由、言論の自由を得ているのです。

 民主制下で、政権が、民意にでも反して政策を実行する場合というのは、その多くが安全保障の面でです。
 ところが、かりそめにも民主制の下にあっても、一部の国民におもねって、度が過ぎ、誤った政策を採ってしまっている国があるようです。
 
 在日米軍横田基地に、一枚の通知が張り出されました。
 追加審査なしに、基地に立ち入れない50ほどの国籍者リストに、韓国が加わったことを布告する通知です。

 米韓同盟は、東アジアの安全保障を堅持する上で欠かせないものですが、その韓国が、アメリカに敵対するロシア、中国、イラン、そして、北朝鮮と同列に置かれたのですから、まったくもって不自然な布告です。
 米軍は、詳細にコメントを出していませんから、本当のことはわかりませんが、韓国では、韓国と米軍との間に政治的認識の差が生じているのではないかと警戒を示しています。
 
 国務長官のポンペオが、先月、北朝鮮との間に「軍事合意書」を交わした韓国に対して非難をしました。米軍と打ち合わせもせずに軍事的な合意をすることに反発をしたのです
 また、北朝鮮に対して、独自に制裁解除を検討すると韓国外務大臣が述べると、トランプがツイッターで「韓国は我々の承認なしに制裁を解除することはない」と釘を刺したのです。

 そんなことがあったから、韓国マスコミは、アメリカとの間で齟齬が生じているのではないかと勘ぐっているのです。

 韓国では、歴代大統領が次の政権で例外なく吊し上げを食っています。
 権力の絶頂にいた方が、奈落の底に落とされるのです。
 それも、例外なくなされるのですから、きっと、どこか制度上の問題があるに違いありませんが、その点でチェックを入れるそぶりは伝わってきません。
 ですから、北に融和的である今の大統領も、任期が済んだら、きっと吊し上げられるのではないかと心配しているのです。

 先だって、韓国が主催する国際観艦式に参加するのであれば、海軍旗である旭日旗を掲げず、太極旗と日の丸を掲げよと通知してきて、それは出来ないと、海自が参加を見合わせました。

 ところが、実際の観艦式では、軍艦旗を掲げたまま参加した艦艇があったというのです。

 当たり前の話です。
 軍艦旗は、その国家の主権の象徴となる旗なのです。国旗と同じ位置付けにあり、海軍は、その旗のもとに命をかけて国を戦うのです。
 ですから、軍艦旗を降ろすのは、降伏の時以外にしてはならないものなのです。
 
 それを降ろして観艦式に参列せよというのですから、著しく礼を失した日本への要求ということになります。国家が国家に対してすべきではない要求であると言ってもいいかと思います。

 ですから、韓国政府の要求を無視して、いくつかの海軍艦艇は観艦式に参加したのです。
 一国家が、一国家に要求したことがまったく無視されたのです。
 当然、外交手段を用いて、抗議しなければなりません。しかし、韓国はそれをしていません。
 韓国民の一部が毛嫌いする旭日旗を掲げさせなかったことで満足しているとするなら、それは安全保障上の大失策になります。

 国民の声を拾うという民主制ではなく、一部の過激な声を背景にして、安全保障を犠牲にするそれは愚策であると言えます。遠からず、独裁制の指導者にまるめこまれ、塗炭の苦しみを味わうことにそれはつながっていくのではないかと懸念するのです。

 日本が、軍艦旗である旭日旗を掲げさせないのであれば、観艦式には参加しないと決定したことを、中国ではどう思ったのでしょうか。
 きっと、これは厄介だと思ったに違いありません。
 尖閣を狙っている中国は、日本がこの一件で妥協すれば、きっとさらに強く出てくるはずです。
 海警局の船ではなく、中国海軍の船をよこし、海保を翻弄するなど平気でやるはずです。
 
 もっとも、強く、反発するのは、アメリカ海軍です。

 少なくとも、太平洋の覇権を巡って死力を尽くして戦ってきた栄光ある日米両海軍です。それが、礼を欠く要請を受け入れれば、あの日本海軍の栄光はどこへ捨ててきたかと海自を責めるはずです。
 そして、アメリカ政府も、信頼を置く唯一の政府である日本に対して、信用をなくすことでしょう。

 だから、米軍は、それがあったから、韓国に対するメッセージを、今回の横田基地への立ち入りに一定の枠を設けたと考えても決して間違いではないのです。

 国の安全保障は、民主制下ではある程度の「専横」があって然るべきであり、そのために、政権を選挙で選ぶのです。
 でも、だったら、消費税についても「専横」があって然るべきだと、私はそこまでは言えないのです。



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胸に抱えたリュック

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仕事をする男。
数台のパソコンに向かって、キーボードを叩く。
今まで働いた中で、最高のオフィスで、想像の世界に遊ぶ。



 子供というのは、乗り物が好きですね。

 大人だって、乗り物に乗って、どこかへ出かけるとなれば、ウキウキするのですから、子供が乗り物に憧れるのはもっともなことなのです。
 いや、子供の頃の憧れが大人になってもあるということだと思います。

 GOKUの暮らす街には、市内中心部を走るトラムの路線が一本あります。
 しかし、ロビーナ地区で暮らす人たちにとっては、トラムはほとんど乗る必要はありません。
 ブリスベーンに行くための列車の路線もありますが、領事館へ行くとき、娘たちはほとんどの場合、車を使います。その方が便利がいいからです。

 ですから、日本に来て、今日は電車に乗って出かけるよって言うと、GOKUはとても喜ぶのです。あまりに喜ぶので、浅草まで「TX(つくばエクスプレス)」で行き、浅草から船でお台場まで、お台場からゴムタイヤで走行する「ゆりかもめ」、それにJRとTXに再び乗って、帰ってくるという小旅行を思い立ったのです。

 二人の幼な子を連れて行けば、荷物はそれなりに増えます。
 それに、ベビーカーがあります。
 娘が、使い勝手がいいと、わざわざオーストラリアから持ってきた大型のベビーカーです。
 タイヤも大きく、荷物を収納する場所もあり、なるほど便利です。

 でもと、もし、満員電車であったら、はた迷惑な話だと思ったのです。

 ですから、朝の通勤時間帯を避けて、帰りも帰宅時間帯を避けて早くに戻ろうと決めて、家を出たのです。
 しかし、思い通りにいかないのがこうした類の旅です。
 浅草からの船の時間がちょうどいい頃合いのがないのです。
 お台場に着くのが16時になる船しかない、すると、新橋から秋葉原とちょうど帰宅時間に遭遇するなと不安がよぎったのです。

 だったらやめるかと。

 でも、GOKUが浅草の船着場で川向こうに見える黄金のビルとスカイツリーに歓声をあげ、下流に見える橋を指差し、あの下をくぐるのかなぁと期待している姿を見れば、そうそう簡単に予定を変更することはできません。

 お台場に着いて、アイスクリームを嬉しそうになめ、一生懸命歩いて、お台場の駅まで、途中、自由の女神像があれば記念撮影をし、GOKUの好きな自販機があれば、「あっ、じどうはんばいき」って行って、私に「コインある」って、そのようなことがなんども繰り返されます。
 オーストラリアにはこの自販機がまったくといっていいほどないのです。

 ですから、GOKUにとって、コインを入れれば、好きなものが出てくる自販機は、まさに魔法の箱なのです。

 そんなこんなで、私たちは見事、夕方のラッシュ時に遭遇してしまったのです。
 学校に勤めている時から、マイカー通勤の私は、通勤時間帯の電車には乗ったことはありません。一層の不安が押し寄せてきます。
 案の定、ゆりかもめは満員です。

 それでもドアーの近くにベビーカーを置かせてもらって、ひたすら周りに気を使い、それでも、いい人たちばかりで、子供たちへ微笑ましく声をかけてくれて、私は安堵したのです。

 ふと、気がつくと、多くの人たちが、リュックを背中ではなく、胸に抱えるようにつけています。

 これって、きっと、満員電車でのマナーに違いないと私思ったのです。
 早速、私も、狭い車内の中で、体をよじらせながら、リュックを同じように背負い直します。
 それを見てGOKUが笑います。
 混んだ電車の中ではこうするんだよって言い聞かせますが、それでもおかしいと私に言います。

 いつだったか「電車内の迷惑行為」という中に、はしゃぎまわり、座り方と並んで荷物の持ち方があったかと思います。
 今、私たちは、この三つの迷惑行為をおかすに十分な状況にあるのだと、私思ったのです。

 だって、幼な子を抱えています。いつ何時、泣きわめくかもしれません。だだをこねるやもしれません。はしゃいで大きな声を出すかもしれません。
 それに、座れば、こんな小さな子に席を与えるなんて言われかねません。
 荷物には大きなベビーカーがあります。

 ちょっと考えれば、「電車内の迷惑行為」ベスト3に及ぶ要素を全部持っているのです。

 ベビーカーがあるということは、ホームから改札へとエレベーターを利用しなくてはなりません。そのために、これもまた時間を要することになるのです。

 TXは始発だから、なんとかなるけれど、JRが問題だと思ったのです。
 案の定、新橋のホームには人が溢れています。
 それに、エレベーターが見つかりません。
 幼な子を抱え、ベビーカーをエスカレーターでホームまであげます。
 「すみません。すみません」って恐縮しながら、大きなベビーカーをドアーに突っ込みます。

 リュックを胸に「背負った」おっさんが、ベビーカーを無理に突っ込んできたのですから、仕事を終えた人たちにとっては、さぞかし不快なことだと思ったのですが、あにはからんや、人々は意外にも親切だったのです。

 ドアー側のちょっとした空間を笑顔で差し出してくれる方、幼な子を抱っこをしている娘に席を譲ってくれる方、おとなしくしているGOKUに、いい子だねって声をかけてくれる方。
 私は、リュックを胸に、その度の感謝の言葉を言いつづけていました。

 なんだか、気持ちが温かくなったのです。

 人って、意外に、親切なのではないかって思ったのです。
 秋葉原で降りる際には、ホームで電車を待っている人たちがベビーカーを下ろす際に手まで貸してくれたのですから、それに、GOKUの安全を配慮して声までかけてくれたのです。
 私は胸に抱えたリュック越しに、感謝の言葉を述べたのです。
 それを見て、GOKUも「ありがと」と声をかけるのですから、彼にとっても、めったに見ることのできない人波の中での親切に感じ入ったのではないかと思ったのです。

 つくばに住んでいると、東京は異質の街に見えますが、ここで働き、暮らす人たちは思いやりのある人たちだと思ったのです。

 きっと、GOKUにとって、トウキョっていいところじゃないかって、そんな思い出を作れたのではないかと思っているんです。彼にとっての都会は、今のところ、ブリスベーンですが、トウキョも素晴らしい都会だと。





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触らぬ神の一変する姿は幻影か

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色づくつくばの街。
遠くの筑波連峰も秋の風情を増してきました。
これからが最高の季節なのですが、天気が今ひとつ芳しくありません。
自然のことですから、如何ともし難いのですが……



 子供を連れたちょっと小太りの、加えて、不機嫌そうな表情の母親が、カートを通路の中ほどに置いて、買い物をしていました。
 後ろから来た人が、すみませんと声をかけても、ごめんなさいと言うでもなく、面倒くさそうにカートをちょっと横に移動するだけです。
 買い物客たちは、カートで遮られた細い通路を通り抜けていきます。

 この手の自分勝手な買い物客はあたりまえのことと、それゆえ、触らぬ神に祟りなしとでも言いたげにさっさと進んでいくのです。

 その「触らぬ神」が、タケノコの千切りにしたものを手に取り、裏の細かい字で書かれた商品説明を見て、それを無造作に放り出しました。

 その様子を遠目に見ていた私ですが、その後、その棚の前を通った私は、その放り出されてあったタケノコの袋を手にして元に戻してやったのです。
 裏には、原産地が「中国」と書かれていたのを、私はそのおりに見たのです。
 あの「触らぬ神」、これが原因で、このタケノコの袋を放り投げたに違いないと私思いました

 よく見ると、すぐ近くに、このタケノコよりも値段が高い日本のタケノコの水煮が置かれていましたから、きっと、これを買ったのかもしれません。
 残念ながら、それは見過ごしたので、本当に買ったのかどうかは知る由はないのですが。

 実は、私も、中国で作られた食品は、避ける傾向があるんです。
 
 お前さんの好きなiPhoneだって、ほとんどは中国で作られているんだぜって言う声が聞こえてきます。今、私の手元にあるXS Maxだって広州から発送されていましたから、まったくその通りです。

 設計はアメリカ、製造元は台湾、工場は中国と分かれていますが、iPhoneが中国製だとは誰も思っていません。

 近くのホームセンターに出かけますと、除草剤しかり、肥料しかり、安いのは中国製で、それを私は手に取ります。
 安心の日本製は高すぎるからです。
 作られている内容物を見ても、嘘でない限り、入っている薬品類は同じですから、それに、この安い除草剤、本当に効き目があるんです。
 
 そんな中、スーパーで買い物をするとき、中国のものを避ける理由は、もちろん、安全上の理由からにほかなりません。
 だって、中国人だって買わないものを日本人が買ってどうするんだと言う思いがあるからです。

 訪日中国人が、日本の食べ物は安全で美味しいと言い、日本の化粧品もすこぶる安全で効果絶大と言っているんです。

 しかし、品質管理の厳しい日本ですから、いかに中国のものだって、健康に害するものを棚に陳列するわけではありませんから、安心なのでしょうが、やはり「ブランド」がそこはものを言うのが、消費者心理なのです。
 
 ブランド、つまり、あるものに対して、他のものと区別する各種の情報を言います。
 そこに、消費者の経験や好き嫌いが加味されるから、企業としては、ブランドを大切にしないと、とんでもないことになると言うわけです。

 あのシャープが中国人経営者を迎えて、売り上げを伸ばし、再建を軌道に乗せつつあると言う記事を読んだのは最近のことでしたが、つい先日の記事では、その再建に落とし穴があったと言うのです。
 つまり、シャープのブランド力がなし崩し的に落ちてしまっていると言うのです。

 中国では、シャープの品物は安く売られ、そのため、安物は良くない、だから、買わないと言う悪循環が生まれて、経営は落ち込みがちになっていると言うのです。

 iPhoneは、その点で、ブランド力を保っています。

 ジョブズの「自由になるために知的に武装する道具」と言うキャッチコピーが生きているのです。
 彼は、ブランドをとりわけ気にした経営者です。
 製品そのものの優位性はもちろんですが、品物が入る化粧箱の凝りに凝っていること、価値あるものを手に入れたと人が思うようになっているのです。
 これが、彼の製品のブランドが他とは違うことを示し、消費者にいくばくかの安心感を与えているのです。
 それに、安売りはしません。
 させないように、取り組みもしています。

 ジョブズは、自らの製品に、機能や技術だけではなく、そこに、文学的なストーリー性を付与した経営者だと思っているのです。
 アップルのコマーシャルを見るとそれがよくわかります。

 日本では、中国の食品が、中国では日本のシャープが、ブランドでいくばくかの損を被っている。そこには、ジョブズのいう、製品に対する文学的物語性が欠けているからなのです。
 それがために、中国ではシャープの製品が敬遠され、日本では中国の食品が同じ憂き目にあっているのだと。

 こんなコマーシャルを想像してみました。

 小太りの不機嫌そうにしている女が、他人の迷惑を顧みずに通路に無造作にカートをほうり出し、買い物をしています。
 周囲は、この手の女にはちょっかいを出しません。
 迷惑そうな表情をするけど、無視して通り過ぎていくのです。

 そんな中、女は、一つの袋を手に取り、何気に、袋のうらに目をやります。
 不機嫌そうな表情の女の表情が一変します。
 そして、カートを他人の迷惑にならないよう通路に止め、声をかけてきた見知らぬ買い物客に愛想のいい笑みを返し、その品物をカートに入れます
 値段は安いし、品質も最高級、めったに手に入らない中国製の製品です。

 しかし、それにしても、身も心も売ってしまった日本企業の品物は、かつての栄光ある製造業として立ち直れるのか心配するのです。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 10/ 22 🦗 Monday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『懐かしき哉あの夏の日』を発信しています。有料作品ですが、一部、試し読みができます。ぜひ、お読みください。

<400字詰原稿用紙29枚 年齢を経るに従い、昔を懐かしむのだと言います。
「懐かしのフォークソング集」などという番組に、反応している自分を発見すると、確かに年齢を経ると昔を懐かしむものだと納得するのです。とりわけ、夏という季節は、日本人に過去のふりかえさせる雰囲気に満ちた頃合であります。
8月15日があり、お盆があり、日本人は戦争体験の有無に限らず、自分のちょっとした過去を振り返り、歴史に思いをいたすのです。>

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❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

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