あのような一枚の写真

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夕方、西に太陽が沈みます。その瞬間、樹木も、鳥たちも、一瞬、動きを止めるのです。そんな瞬間があるんです。


 とある国の、とある人民会議。

 壇上に、政権のお歴々が並びます。
 中央には、最高権力者が位置し、鷹揚に手を振り、集まった人民の代表者を睥睨します。ふと、見ると、壇上の奥の壁には、最高権力者の父親と祖父の肖像が掲げられています。

 独裁国家というのはどうしてこうなのだろうかと思うときがあるのです。

 みかん箱の上に立って、自分の意見を開陳するところから民主主義は始まりました。
 みかん箱が大切なのではなく、その場にあって、自分の意見を述べる自由、それを聞く耳を持ち、反論する自由があることが大切であり、かつ、素晴らしいのです。
 でも、そうした国であっても、最初は、時の権力者から弾圧を受けたことは事実であり、それをはねのけた勇者がいたことを私たちは知るのです。

 しかし、独裁の国は、そうではないのです。

 自分たちが国を仕切り、自分たちが人民のすべてを保証し、そのためにここにいることを知らしめるには、みかん箱ではダメなのです。
 歌舞伎座ほどではないまでも、横に長い広い舞台が必要であり、そこにひな壇がしつらえられ、中央から順次階級の上下が示されなければならないのです。
 最も人が平等であることを標榜する主義であるはずの体制が、階級を堅持し、権威ある会議場を用意するのです。
 
 もし、とある国の、とある人民会議が、どこか公園の噴水の前で、みかん箱を使ってなされたら、それは人民による、人民のための、人民による政治がなされていると、誰もが羨ましく思うはずです。
 しかし、人民を国の名に持つ体制下では、いまだにそれを実現させた国はありません。
 
 とある国の、「核心」と自分を呼ばせる独裁者は、自分と国家を愚弄するネットのありようを徹底的に監視することを公言してはばかりません。
 自分を愚弄する凶々しい言葉があると、それを潰していきます。
 根気のいる仕事です。何万人という人間が駆り出されています。
 最先端のネット環境は、それゆえ、それに近い言葉をネットに出回る前に検索できないようにするシステムを構築し、作業の効率化を測るのです。
 そのうち、自分に都合の悪いことは、実際はなかったのだとすることでしょう。

 独裁とは、自分と意見を異にする輩が同じ空気を吸うことを忌み嫌う体制なのです。

 人間の耳は、どの耳も、心地よい言葉を好みます。
 己に向けられる批判、中傷、揶揄といった文言は聞き捨てならない悪魔のささやきに聞こえるのです。
 自分の耳に心地よい言葉は、それこそ天使のささやきとなるのです。

 だから、自分に心地よい言葉を発する人間は取り上げられ、そうでない人間は階級闘争という伝家の宝刀で切り捨てられるのです。
 時には、銃殺、時には、労働改造。
 また、ある時には、失脚、そして、歴史の表舞台から遠ざかるのです。

 先だって、CNNで一枚の写真を見ました。

 そこに写っていたのは、現職の大統領夫人、前大統領と夫人、その前、さらにその前と、歴代大統領の夫妻が一堂に会した写真です。おそらく、現職の大統領は職務に精励し、忙しくしていたのでしょう。欠席をしていました。

 バーバラ・ブッシュの死を悼んで、集った際の写真です。
 
 世界最高の権力を手にして、与えられた時間を精一杯勤め上げた誇りに満ちた表情をそこに見て取ることができるのです。
 そこにこんな記事が寄せられていました。

 写真に写っているそれぞれの大統領の行動に、私は政治的に賛成できなかった。
 しかし、彼らが一人残らず、自己愛ではなく、国を愛する心を本質的価値観として行動したことを、一度も疑わなかったと。

 クリントンと息子ブッシュの情報当局高官だったデービッド・プライスの言葉です。
 
 独裁を行う人間と、その体制と、ここが違うところだとハッとしたのです。
 意見は異なっても、相手に敬意を表する。たったそれだけのことなのですが、そこに大きな違いがあるのです。
 
 一枚の写真はすべてを語るということです。

 そういえば、とある国の、とある写真には、数ヶ月前に写っていた人物がいなくなると言うことがしばしば起こります。
 そうまでして、人を貶めるのです。
 
 はて、日本はと、そっと伺ってみると、反対政党は大いに政権を批判し、新聞もテレビも口さがありません。時には、同じ党からも批判が向けられます。
 実に健全ではあります。

 ただ、あのような一枚の写真を見られるようになれば、もっと素晴らしいと思っているのです。




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茂名南路での白昼夢

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つくばには大きな公園がいくつかあります。ここは病院の隣にある公園。そこの池での自由な鳥と囲われた池でしか行きられない鯉の対照的な姿なのです。



 上海の<淮南中路>は、おしゃれな通りです。

 歩道はさほど広くはないのですが、プラタナスの並木には風情があります。通りから横丁に入った小路も洒落た風情が漂っています。この辺りを歩いていると、ここに暮らしているのは果たして本当に中国人かしらと思うときがあるのです。

 <淮南中路>の通り沿いに映画館「国泰电影院」の建物があります。
 そこの横丁に歩を進めます。<茂名南路>という小路です。

 左手に「淮茂緑地」の広い空間が目に入って来ます。
 私は<茂名南路>の右側の歩道を歩いています。
 夜など、道を歩いていると、「女いるよ」と中国語訛りの日本語で、小声でささやく怪しげな男たちが歩く通りです。

 それもそのはずです。
 「淮茂緑地」の先に高いビルがあります。それが日式のホテル「花園飯店」です。
 そこは、上海を旅する日本人が安心して泊まれるホテルなのです。
 だから、あの様ないかがわしい男たちが夜な夜な歩き回るのです。

 歩き回るからには、需要があるのかしらと、ふと思いました。
 そんな危険なところに行く日本人もいるからこそあの様な男たちが出現するんだと思うと、情けなくなるのです。
 
 私は、朝、ホテルを出て、ホテルの北にある<长乐路>に出て西行し、<陝西南路>に出て南下、そして、<淮南中路>に出て、<茂名南路>に戻るというコースを散歩することを常としています。

 ただ、歩くだけではないのです。
 ホテルの贅沢な朝食もいいですが、かつてフランス租界があったこの辺りの建物、街の風情をゆっくりと楽しみたいのが一つ、そして、もう一つが、街のちょっとした店で上海人が食べる朝食をいただくことです。 
 いつも<长乐路>から<陝西南路>に入ったところにある店に立ち寄ります。
 そこで、揚げたての「油条」を買い、「煎餅」という緑豆の粉でしっとりと焼いただけの、何も入っていないものを買います。
 これが美味しいのです。歩きながら食べたり、公園のベンチで食べたりするのです。
 
 朝の散歩の帰り道、私は<茂名南路>の今度は左側の歩道を歩きながら、「淮茂緑地」の広大な空間から吹いてくる風を楽しみます。「花園飯店」のある反対側にはもう一つのホテルがあります。
 それが「錦江飯店」です。

 古き良き時代の上海を代表するレトロなゴシック様式の建物は風格に満ちています。
 租界のあった時代の記念物としても名を残すホテルですが、新中国になってからも、このホテルは中国の現代史の舞台となったところなのです。
 
 もともと欧米人が上海で暮らすために作られたマンションである「錦江飯店」ですが、新中国になって、このホテルを随分と気に入った大物がいました。

 毛沢東国家主席です。

 彼が上海に来たときには、必ず宿泊したのがこの「錦江飯店」です。
 彼は、このホテルで自分が主宰する会議を催すために、一つの会議場を作ること命じました。
 これが「錦江小礼堂」というものです。

 「小礼堂」は、中国の改革開放の端緒となる建物になるのです。

 1972年2月27日のことです。
 「小礼堂」で、ニクソン訪中最終日に、いわゆる<上海コミュニケ>なるものがここで発表されたのです。

 米中関係の正常化を図ること、両国はアジア・太平洋地域での覇権を求めないこと、台湾は中国の一部とすることに米国は異議を求めないこと、米国は日本が台湾に進出をさせないようにすること、そして、台湾への武力奪還を中国はしないことが発表されたのです。
 
 しかし、今、どうでしょう。
 中国はアジア・太平洋地域で覇権を唱えています。アメリカは台湾渡航法を定め、台湾への公的な接近を試みています。台湾も独立を標榜する勢力が力を持ちつつあります。中国は台湾海峡に遼寧艦隊を覇権し、大規模な演習を行いました。
 でも、そんなことは政治の世界ではさしたることではないのです。

 問題は、<複雑怪奇>なる国際情勢の揺らぎにあるのです。

 こんなことがありました。
 ソ連に対抗するため、ドイツとの関係強化をしようとしていた日本ですが、1939年8月23日に、ヒトラーは、突然ソビエト連邦と<独ソ不可侵条約>を締結してしまったのです。
 当時の首相は、平沼騏一郎です。
 8月28日、平沼は「今回帰結せられたる独ソ不侵略条約に依り、欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じたので、我が方は之に鑑み従来準備し来った政策は之を打切り、更に別途の政策樹立を必要とするに至り」と声明を出して、内閣総辞職をしたのです。

 1972年の時も、ニクソンは対中外交の動きを日本には通知してきませんでした。
 日本は、これを「ニクソン・ショック」と呼んで、日米同盟の絆の弱さに恐れをなしたのです。

 はて、今、国際情勢において、活発にして<複雑怪奇なる>動きが生起しつつあります。
 
 私は、早朝の上海、<茂名南路>の左側の歩道を歩きながら、左手前方ある日式の「花園飯店」を垣間見、右手に「錦江飯店」を見て、よくもまあ、こんな横丁に、日中の代表的なホテルがあったものだと思ったものです。

 道幅がこんなに狭い、こんなに近いところに、日中を代表する二つのホテルはそれぞれに素晴らしいサービスと歴史を刻んているのに、その二つの国は、果てしない大河に遮られているようだと思い、朝の散歩の最後の道筋に入ったのでした。
 
 日本の首相は、アメリカの大統領に会いたいと思えば会える関係を構築していますが、複雑怪奇にも、『トランプ・ショック』が起こらないとは誰にも言えません。

 そんなことを思うと、これから数ヶ月の国際情勢は、未来の世界の流れを決める瞬間点をいくつか通過すると思っているのです。
 <茂名南路>で、かつて私が見た白昼夢は、きっと、このことなのかしらと思ったりもしているのです。




褒姒の烽火と元禄の早馬

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ゴールドコーストの海岸といえば、この小屋が出てきます。小屋などと言うと、怒られるかもしれません。ロッジにしておきましょうか。ライフセーバーのロッジです。何気にクールなんですね。


 司馬遷『史記』の「周本紀」にこんな話があります。

 西周の幽王の三年のこと、王は襃姒(ほうじ)なる美しい女を一目見て愛するようになり、やがて子の伯服が生まれました。
 しかし、美しい褒姒ですが、滅多に笑うことがありませんでした。王はなんとか笑わそうとしました。
 ある時、王は烽火をあげさせ、太鼓を打ち鳴らさせました。
すると、諸将たちは慌てて駆けつけて来たのです。
 血眼になって駆けつけるその諸将たちを見て、褒姒は笑ったのです。

 以後、王は褒姒を笑わすために、度々烽火をあげさせたと言います。諸将は、次第に、烽火があがっても馳せ参じることがなくなったということです。
 
 その後、敵が攻めて来たとき烽火をあげても誰も来なくて、ついに西周は滅び、王は殺害されてしまったのです。

 烽火とは狼煙(のろし)のことです。
 中国では夷狄が攻め込んで来たことを、一刻も早く都に知らせるため、各所に作られ、当時としては最も早い通信手段としてありました。

 日本の江戸時代にはこんなことがありました。

 主君が刃傷沙汰を起こし、切腹の上、御家断絶となった赤穂藩では、早籠を使い、十七日かかる日程をわずか五日で国家老大石内蔵助に伝えました。

 赤穂浪士が武士としての本懐を遂げることができたのは、この五日で情報を伝達することができたということが大きく作用しているのではないかと推測しているのです。
 情報が遅くては、心理に多大な影響を与えます。
 つまり、ある種の「冷め」た感情が生まれるからです。冷めた感情では、命を賭した仇討、武士の本懐を遂げることはできません。
 
 昔から、情報伝達というのは、国家の浮沈、人の実行力などに、多大の影響を与えて来ているのです。

 それが嘘であったりすれば、情報の信用度は落ちるのです。しまいには、国家転覆に至るのです。また、情報の遅滞があれば、これもまた国家の損失につながります。

 しかし、正確な情報ってなんだろうと思うことがあるのです。

 新聞がそう言えば、そうであると私たちは信じるしかないのです。テレビは、知ったかぶりの大学の先生や評論家たちが、最近はお笑いタレントまでが意見を述べてああだこうだとやりあっています。
 そんなことを思えば、かつて太平洋戦争開戦の責任の一翼を担った新聞より、テレビで責任も何もない連中がああだこうだとやりあっているのを見ていた方が健全であるとさえ思うのです。
 なぜなら、くだらないけれどいろいろな意見を聞けて、どれが自分にとって正しいと思われる情報か、察しがつくからです。

 そんなことを思えば、ネットだって同様です。
 いや、むしろ、ネットの方が、権威者ぶらない点で好感が持てます。右にしろ、左にしろ、中道にしろ、率直に自分の見解が披瀝されているからです。
 それに、ネットの方が、事実をいち早く伝えている、そんな気さえするのです。

 北朝鮮を巡って、環球時報の記事に、こんな表題が並んでいました。
 <朝鲜宣布停止核试 特朗普表欢迎,青瓦台:是有意义的进展,日本称不满:会继续施压>

 朝鮮の核実験停止宣言に対して、トランプは歓迎を表明、青瓦台も意義ある進展と。しかし、日本は不満を述べ、さらなる圧力の継続を求める、というような文言です。

 世界がこっちへ行けと言っているのに、日本だけあっちへと言っていると述べているのです。

 これを読んで、日本は意地が悪い、評価するということを知らないと思う中国人も多数生まれてくるのではないかと思います。
 皆、平和を望んでいるのに、日本だけが戦争へと歩を進めていると。

 これが中国共産党の意図であることを察知できれば、なんのことはないのですが、圧倒的多数の国外にも出られない中国人民は、我らの、いや、中国を中心とする世界の敵であると日本を認識するのです。

 一方、日本の新聞には、小さい記事でしたが、日本国外相が2020年までに、北朝鮮の核廃絶をしなくてはならないと発言したことを、アメリカ現大統領の任期がそこまでで終わると深読みした記事がありました。
 トランプの次の大統領では、この動きが鈍り、それを北は待っているに違いないと日本の外相は考えているというのです。
 トランプが聞いたら怒りそうな分析であります。
 
 でも、これほど的を射た外相の発言も、誰だかわかりませんが新聞記者の解説もないと思っているのです。

 それはまったくの事実だからです。
 中国共産党の機関紙環球時報がことさら広報に徹し、自己に都合のいい記事を操作し続けていることに対して、日本の新聞は、「事実」を述べようと取り組んでいるからです。

 環球時報の記事は、まさに「褒姒の烽火」なのです。
 日本の外相と、それを伝え、分析する日本のその新聞記事は、あの「元禄の早馬」で伝えられたホットな知らせであるのです。
 
 そんなことを思うと、元禄の時代も、平成の時代も、何か共通するものを感じ取ることができるのです。
 もちろん、意図する何かを実現すると言う点でです。




爪の垢

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日差しの強かった日の夕暮れの光景です。圧倒的に夕日が美しいと感じるのはなぜかなと考えると、多分に、1日をやり過ごしたという満足感があるからだと思ったのです。たった、それだけの感じが美意識にも影響を与えるんだと同時に思いました。



 どういうわけか、センター試験の折には、教師が出張扱いで試験会場に出向くことが、どの学校でも習慣化しているようです。
 大体は、当該学年の教師が、二日間のどちらかに割り当てられて行くことになります。

 つくばにある大学の試験会場は、時には雪模様になるくらいの寒い時期です。
 雪はなくても、霜が降りて、吐く息も白く、皆、背中をまるめて、自分の学校の生徒がやってくるのを待ちます。
 そして、それとわかる顔を見つけると声をかけます。生徒は照れ臭そうに挨拶をします。 
 そして、学校によっては、ひとかたまりになって、教師から激励を受けるのです。

 そういえば、中学を持っている私学では、塾の先生がそれをやります。
 これまた寒い中です。
 学校では、待機所を作り、ストーブと暖かいお茶を用意し、日頃お世話になり、受験生を送ってくれた塾の先生方への配慮を形で表すのです。

 塾の先生方は、午後から夜にかけての仕事がありますから、一旦家に戻り、一休みして、塾に出勤するのでしょう。塾生たちが試験会場に消えると帰って行きます。

 しかし、センター試験では、その日の試験が終わったときも、ほとんどの学校の教師は大学構内に残っているのです。
 それは、受験を終わった生徒から、「出来不出来」の状況、今年の出題の傾向を聞くためです。
 誠に熱心です。 
 加えて、明日の試験があれば、激励を、すべてが終わっていれば、慰労の言葉をかけるためです。
 本当に教師というのは熱心です。
 わずかばかりの出張費で、土曜日曜に、ここまでやるのですから、敬服の至りではあります。

 ところが、先だって、新聞の社会面の端に、わずかばかりの記事が申し訳なさそうに掲載されていました。うっかりすると見落としそうな記事でした。

 センター試験で試験会場に詰めていた教師が飲酒して、大声で騒ぎ、それを止めた同僚の胸ぐらをつかんだのだいうのです。
 三ヶ月も前のことが今になっってこうして記事になったのは、その教師への処分が公になり、新聞が記事にしたということなのでしょう。
 
 しかし、よりによって、生徒たちが試験を受けているその側で飲酒、さらには暴れるというのでは、洒落にもなりません。

 教師とか警察官、自衛官などもそうですが、ちょっと変なことをすれば、すぐに取り上げられ、世間から非難を浴びます。
 もちろん、非難を浴びるようなことをしているのですから、当然といえば当然なのですが、やはり、人のために尽くす職分であるから、なおのこと、世間は厳しく見るのだとつくづく思うのです。

 取手の学校にいたときの上司は、公立中学の校長が尋ねてきた時、怒鳴り飛ばし、追い出したことがあります。

 私学にとっては、それも、出来たばかりで生徒集めに汲々としている私学にとっては、公立の校長はトップレベルの客人です。それを怒鳴り飛ばして追い返すなどとんでもないと誰しも思います。

 でも、それには怒鳴り飛ばさねくてはいけない理由があったのです。
 今でも、その傾向があると思いますが、事務長とか教頭というのは、公立を定年で退職した方にしてもらう私学が多いのです。
 仕事に精通しているということもありますが、何よりも募集上の配慮からです。
 その時も、事務長の後輩ということで訪問をしてくれたのですが、上司の部屋で、教師らしからぬ下世話な話に及んだのです。
 それを上司は怒ったのです。

 生徒を預かるというのは、そういうことなのだと若い教師半人前の教師であった私など大いに感心した次第なのです。
 
 仮に、その与太話をそのまま放置すれば、あの学校の上司はそんな話をしていたと言われかねません。自分ではそのような話をしていなくても、話というのはまわり巡ってすり替えられるものです。
 そして、それが学校の評価、ひいては、生徒の名誉にも関わってくるのです。
 ですから、怒鳴り、放逐することで、あの上司はおかしいとは伝わりますが、学校と生徒の名誉は守られるということになるのです。

 よその学校の方の話ですが、県の私学が集まっての宿泊研修の際のことです。
 一人の上司が酒を飲みません。
 この研修会を主催する立場にあるから、自分は現在行われている生徒の校外研修に欠席し、教頭を行かせている。もし、万が一、何かあった時に、酒を飲んでいたではすまない。すぐにでも、そちらに行く態勢を整えている。だから、飲まないのだと。
 そんなバカなことをする教師が今時いるかと、随分と酒を飲んだ他校の上司たち、よく見ると、どの方も公立から呼ばれて学校を任されている方々です。その方々が酒を進めているのです。

 センター試験で飲酒し、大暴れした教師の記事を見て、思い浮かんだのはそれら二つの出来事でした。

 人間というのは、常日頃こそが大切なのだとつくづく思ったのです。
 それは堅苦しいとか、不自由だとか、そういう問題ではなく、人として当たり前に、当たり前のことを行うことのできる勇気だと思うのです。

 よその学校に来て、如何に親しいかつての仲間がいたとしても、下世話な話をすることはその方の品性が卑しいことであるし、部下に任せておけばいいのだと偉そうに先輩ぶるのもまた品格にもとる行為なのです。

 それをはねのけ、己の「信」を貫き通すことができることが人としのあるべき姿であると、あらためて思ったのです。

 いや、センター試験の会場で酒を飲んだ教師ばかりではありません。
 同じような類の輩は、あそこにも、そちらにもいます。

 そういう人に、ここで述べた二人の上司の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいと思っているのです。




ルンバの名前は私の名前

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ロンドンのコベントガーデンだったか。金銀に塗られ、金銀の衣装を着た男女の姿を見ました。微動だにせず銅像のように立っているだけです。思いました。彼らは夫婦だろうか、1日、こうしてどのくらいのお金を集めるのだろうか、そんなくだらないことを思って、ふと思いました。好きなことをして、つまり、賃金労働をせずに、こうして生きる人の自由さを。


 オーストラリアに暮らす孫に、「贈り物」を航空便で送ってやりました。

 オーストラリアのお菓子ではアイスクリームが好きなようです。
 車で売りにくるオージー訛りのきついアイスクリーム屋さんが家の近くにくると大急ぎで家を出て行く孫です。
 でも、本当に好きなのは、日本に来た時、自動販売機で売られていたアンパンマンの絵柄のある小さいジュースなのです。
 以来、アンパンマンの絵柄を見ると、それがラムネであっても、チョコであっても、好きになるようです。

 なぜ、子供はアンパンマンが好きなのかなどと考えたりもします。
 孫は、アンパンマンのストーリーを知りません。漫画もテレビ番組も見ていないのです。ですから、そこにバイキンマンなどがいることも、自分のほっぺたをちぎって人助けをする正義の味方であることも知らないはずです。

 ただ、あの丸い顔が、好きで、マントをしている姿が気に入っているだけなのです。
 電車に乗っても、ショッピングセンターに行っても、そこかしこに、あの丸い赤いほっぺをしたアンパンマンの姿を見るので、きっと、気に入ったのではないかと思っているのです。

 娘からの送られてくるラインの写真をみると、いつも、スパイーダーマンの姿をしているのです。
 日曜日、ビーチに行く時も、ゴールドコーストでの盆踊りの際にも、フェステイバルで、フェイスペインティングをしている時も、その出で立ちであったので、他に何か着せてやったらと言うと、これが気に入って、他のを着たがらないというのです。

 どうやらマントが気に入っているようなのです。
 きっと、アンパンマンと同じだと思っているのに違いありません。
 
 さて、荷物が届き、興奮している姿がラインで送られて来ました。

 字はまだ読めないのに、荷物の送り状を手でなぞり、チョコがどうだの、ラムネは酸っぱいなどと言っています。
 そのうち、ママのところに行って、私が来週家にくると書いてあると誇らしげに言っているのです。
 
 うるさいJIJIだと言われないうちが華だと思って、私はにこやかにその姿を見ているのです。

 下の子が、床を這い回るようになりました。
 娘たち家族は靴を脱いで、家の中では過ごしていますが、近所の人、電気工事の人はそれと気がつかず、靴を履いたまま、家の中に入って来ます。
 彼らは床に絨毯がひいてあっても平然と靴のまま入って来ますから、生活習慣とは恐ろしいものです。
 そして、かの地に暮らす娘たちも、たいして気にはしていないようですから、これまた恐ろしいものです。

 二番目になると、親というのは、子育てのコツもつかむようで、いや、そうではなくて、さほど気にして赤ん坊を取り扱うことはないと悟るのでしょうか、思いの外ぞんざいになります。

 しかし、土足で上がって来たままの床を赤ん坊がはいはいして、それも、なんでも口に入れるのが赤ん坊です。二番目とともなると、一番目とは違って活発になるのは、どの家も同じです。
 で、なんとかならないのか考えてはと言ったのです。
 
 そしたら、マーケットのポイントがたまり、ルンバを貰ったと言いますから、安心したのです。

 最近、上の子は家族の名前を言えるようになり、私の名前もきちんと言えるようになったのですが、このルンバ、iPhoneを通して作動させることができ、そのために名前をつけなくてはならず、孫がいうには、「私の名」が良いと言い、そうしたというのです。

 その動画がラインで送られて来ました。

 「私の名」を叫んで、孫はルンバの後を追いかけています。
 勝手に動きますから、「私」はどこにいると探していたり、電池が切れて止まっていると、「私」が死んだと叫んでいるのです。
 はいはいをし始めた下の子は、「私」を思い切り叩き、その上に乗っては「私」の動きを止めています。

 きっと、「私」はこの家では長持ちはしないと、私は思っているのです。

 ものに名前をつけるということは親しみが湧く行為です。
 孫たちは「私の名前」を、ルンバにつけ、「私」を追いかけ、「私」を叩き、好き勝手に遊んでいるのです。
 最近は、娘たちまで、「私」を呼び捨てにして、「私」はちゃんと働いているかとか言っているのですからどうしようもありません。

 親しみを込めて名付けてくれたのですが、私にとっては、どこか腑に落ちない気がしてならないのです。




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