獅子身中の虫獅子を喰らう

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山並みを見ていますと、些細なことなど、心に宿して、うっ屈していることがバカらしくなります。
それはきっと、広々とした大地が、細かいことなどほっとけと教えてくれるからなのです。
だから、心がマイナスになりかけると、山並みを見にいくのです。


 
 頼朝が急死した後、その後継になったのは十八歳の頼家でした。

 この方、横暴が過ぎたが故に人望を失ったと伝えられていますが、確たる証拠はありません。
 その後、将軍職を解任され、母政子によって伊豆修善寺に幽閉され、ついには湯浴みの最中に襲われ、暗殺されてしまうのです。

 次の将軍には、十二歳の実朝が就きます。
 頼家の弟です。
 兄の様子を見ていますから、鎌倉の武士たちとは一線を画し、京の都の権威にすがります。

 和歌は定家に学び、奥方は雅な公家から娶り、後鳥羽上皇に忠誠を誓い、ひたすら官位を上げてもらうのです。その結果、右大臣の地位にまで昇りつめるのです。
 しかし、これとても、鎌倉武士団を統御する手立てにはなりませんでした。

 鎌倉の武士たちは、公家から政権を奪取した、いわば、革命勢力であったのですから仕方がありません。
 実朝は、状況を読み違えてしまっていたのです。
 致命的なことでした。

 彼らは、新将軍は都かぶれで、我ら坂東武者を小馬鹿にしていると反発は止まらないのです。
 源氏と言ったって、もはや武士の棟梁ではあるまいにと、坂東の武者らしく反骨精神をあらわにしてくるのです。

 その実朝も、右大臣就任祝賀の儀式で、鶴岡八幡宮に参拝した折、頼家の遺児公暁に暗殺されてしまうのです。

 ここに、頼朝以来の源家は三代で跡を絶やしてしまうのです。

 その実朝暗殺の折に、京の都から使節として鎌倉にやってきていたなかに平光盛と言うものがおりました。
 あの清盛の舎弟で、都落ちをしなかった池殿こと頼盛の一子です。
 源家は平家一門を壇ノ浦で滅ぼし、天下を取るもここに来て滅亡しましたが、壇ノ浦で滅亡したとされた平家はその一族を確かに残していたのです。

 そこら辺の話は、拙著『一門』にて物語っていますので、お読みいただければ嬉しい限りです。

 さて、長々と歴史物語を語ってしまいましたが、フランスでの大統領への批判が止まりません。
 若くてハンサムな青年大統領で、あのトランプにもズケズケものを言うことができる方です。奥さんは、彼が通っていた学校の先生だって言うのですから、私など驚いているのです。
 
 🎶 武器を取れ 市民らよ 隊列を組め 進もう 汚れた血が 我らの畑の畝を満たすまで
 
 そうリフレインされる「ラ・マルセイユ」の歌詞が示すように、フランスは嘘偽りのない革命の国です。
 18世紀後半、ルイ16 世とマリー・アントワネットが処刑され、フランスは旧態然とした社会から近代資本主義へと歩を進めたのです。

 20世紀半ばには、カルチェラタンで学生たちが叛旗を翻しました。
 この動きは、世界中に派生し、大人たちの窮屈な文化から若者たちの自由な文化意識が圧倒的な勝利を得たのです。
 私が若かった頃、その最中に私は大学にいました。
 そして、少なからず、その影響を受けていました。

 そして、今、黄色の作業ジェケットを着た人々が声をあげています。
 それは富裕層とそうでない人たちの格差を糾弾するものです。

 そのフランスが、とりわけ、マスコミが、日本で拘留されている一経営者、それも、不可思議な算段で自分の給与を計算していた富裕層の一人である男への同情を示している中で、フランスの人々が声をあげているのですから、私など、興味は尽きないのです。

 マクロンはピカピカのエリートです。
 名のある大学を出て、名のある企業で働き、そして、大統領になったのです。

 ある時、大統領と呼ばずに、マクロンをその名で呼んだ少年を説教し、失業した青年には、どこそこに行けば仕事があると言葉をかけてしまうのです。

 エリートは生まれながらにエリートではないのです。
 それは才能の上に努力をした人間が手にすることのできるものなのです。
 だから、少年には、物事の軽重をわきまえよと、青年には、努力せよと言ってしまうのです。

 そこら辺のおっさんが言う分にはなんと言うこともない言葉も、特権と見なされた人が言うと、それは嫌味に聞こえます。ともすると、嫌味を通り越して、人を馬鹿にしていると言うことになってしまうのです。 

 この度の黄色のジャケットは、果たして、現代にはびこる特権的な、そして、富裕の人々を攻撃する世界的な運動に発展していくのだろうかって、その世界史的な意義を心に宿して、情報を垣間見ているのです。
 だとするなら、マクロン然り、トランプ然り、習近平然り、プーチン然り、今、世界を牛耳って、問題を起こしているのは特権的富裕層であり、その代弁者である人々が世界から駆逐されていく端緒になるのではないかって。

 今、彼らは「獅子身中の虫 獅子を喰らう」と言う心境にあるのではないかって、そう思っているのです。



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見たり!売り買いの極意

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こういうのを、「冬枯れ」っていうのでしょうか。
「枯れ」とは、随分と寂しい言葉ですが、「枯山水」などという言葉もあります。
ですから、これなどはいわば「枯冬」とでもいったら良いのではないかと思っているのです。



 一気に気温が下がり、書斎の窓際に置かれたハイビスカスも蕾をそれ以上に膨らませることをやめてしまったようです。

 頑張って、実を赤く染めてきたトマトもついにその役目を終えました。
 ウッドデッキには、ソラマメやエンドウマメ、それに芽キャベツといった、冬に強い植物が頑張っています。

 今年は、蝋梅のふくよかな香りを放つ花も多くは咲きません。
 整枝したからです。
 それでも、紅梅やアカシアは、花芽を膨らませてくるのですから、楽しみなことです。

 そうそう、先だって、ちょっとした体験をしたんです。

 筑波山に観光に行った折のことです。
 ケーブルカーの駅あたりに、いろいろなものが路上で売られているんです。
 滋養ある自然薯、筑波山の中腹で栽培されている小さなミカン、干し芋にごんぼの漬物、それに、中には手作りの人形なども。 

 その中の一軒の露天、多くの品物に値段がつけられていないんです。

 どこかに書かれているのかなって、目をキョロキョロさせるんですが、その店には何もないんです。
 そんなんでは売れないだろうにって、そう思ったのです。
 だから、そこにいたおばあさんに、それが欲しい時は値段を尋ねる必要があったのです。

 違う店で、同じようなものがいくらで売られていたはずというのを念頭に入れて、私、そのおばあさんに問うたのです。
 そしたら、いくらで欲しいって、茨城特有の訛りのある言葉で言うのです。
 あっちの店では、いくらいくらだったと言いますと、そんなら、それでいいって、そう言うんです。

 だから、聞いた手前、それを買うことにしたのです。

 買ったのは自然薯です。
 これはおまけだって、一袋のみかんを付けてくれたのです。
 こういう時って、嬉しいものです。
 向こうの店では、この小さいみかん百円で売っていましたから、それと同じのを一袋いただいたと言うわけです。

 そういえば、私たち、こうした形で、ものを売り買いする場面をすっかりと失ってしまっていたなって思ったのです。

 コーヒー豆が欲しいと思ったら、専門店に行って、並んで、どれそれを100グラムなんて買って、時には、店員さんとこの豆はどんな味なんて聞いたりして、時には、こちらの豆もお試しくださいって、一杯分をおまけにもらったりするそんな場面をすっかりなくしてしまったって、そう思ったのです。

 今、私は、ネットで、豆の状況を読んで、それを購入した人の意見も読んで、そして、キーボードを威勢よく叩いて買っているのです。
 数日後には、丁寧に梱包されたコーヒー豆が大量に届くのです。
 何故、大量かといえば、そうしないと郵送料を取られるからです。
 そんなことを至極あたりまえにしてしまっているのです。

 そんなことに慣れてしまっている身ですから、あのおばあさんとの会話を二、三しての買い物は、久しぶりのことであったのです。

 そうそう、おばあさんに、なぜ、値札をつけないのって、どの客も、他の店の値段を見て、買っているよって、自然薯とみかんを手にして問うたのです。

 面倒だからって言うのがその答えでした。

 もう歳だからよぉって、そう言って笑うのです。
 私の店は、他より品物がいいとか、味は抜群だとか、そんな洒落たことは言わないのです。
 面倒だからって、そして、お客さんとこうして話すのも楽しかんべって、笑うんです。

 アジアを旅して、買い物をする時、幾らかやすくしてもらうのが楽しみです。
 いや、だからと言って、その値段はたかが知れているんです。日本円にすれば、二十円かそこらなのですが、それでもそれをするのは、売り手と買い手のやり取りを楽しんでいるからだって、今更のごとく、感じるのです。

 シェムリアップで、オートバイの後ろに人力車の座席をつけたようなトゥクトゥクと言う乗り物があります。
 ホテルを出て、流しのトゥクトゥクを拾いました。
 1時間ばかり、観光をしたいって言ったんです。
 そしたら、10ドルだって言うんです。
 高いか、安いのか、わかりません。

 トゥクトゥクの運転手が、政府が公認している証しの番号が付いているジャケットをつけていますから、どこかに連れて行かれて、身ぐるみはがされることもないと、私は安心しきっています。そして、8ドルでどうだと値切ったのです。

 運転手は、いいと仏頂面でいい、頭を軽く振って、乗れって言います。
 当時、シェムリアップのたった一つある信号の交差点を颯爽と走り抜け、オールド・マーケットのある川沿いの道をひたすら走り、すれ違うトラックの埃にあたふたするような郊外の道を走るのです。
 一体全体、どこへ連れて行こうって言うのか、こんな人里離れたところへと、一抹の不安を抱きながら、運転手の汗の匂いを含む風を受けながら、私が乗ったトゥクトゥクはとある寺院に入っていったのです。

 そこには、円筒形のガラスケースの中に頭蓋骨がこれでもかと入ったものが置かれていました。ポルポトの兵士に殺された人々のものです。
 トゥクトゥクの運転手は、それを指差して、よく見ておけって、そんな仕草をしたのです。

 帰りは一挙に寄り道もせずに、私の宿泊するホテルの門まで送ってくれたのです。
 予定の1時間を十分ほど過ぎていました。
 トゥクトゥクを降りると、運転手はニコリともせずに、去って行こうとしました。私は、ヘイ、ドライバーと呼び戻し、ポケットにあった乗る前に支払った10ドルの釣り銭2ドルを渡したのです。運転手は、ありがとうとも言わず、笑みの一つも浮かべることなく軽快なエンジンを立てて去っていったのです。

 でも、私は殊の外満足でした。
 こびへつらうこともなく、余計な儲けを手にしようと言う欲もなく、真面目に仕事をしている運転手に好感を持てたからです。
 それに、値切った2ドルを渡せた満足感もあったのです。

 そこにこそ、現代の私たちが忘れがちな、売り買いの極意があるのではないかって思ったんです。



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歳が歳だけに

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高度800メートルにある社もまた神々しいものです。
人は高いところにのぼると、そこに神を見出します。地上を上から眺めることができるからです。いや、太古から、人は自然の中に神を見いだし、己の心のやましさを蔑んで、それを山の自然の中で清めてきたのだと説明すれば、よく理解できます。少なくとも、ここにいる間は、神々しい気持ちで居たいと思ったのです。



 すっかりと冬めいてきました。

 かかりつけの医院の、とりわけ若い医師が、歳が歳なんだから、気温の上がり下がりには十分に気をつけてと言うのです。歳が歳とは何事かと、腹のなかで怒りを募らせながらも、そうだ、もうちょっと自分の体を大切にしなくてはとも思ったのです。

 実際、私は健康体に生まれてきて、親には感謝をしているのです。
 頭が痛いなんてこと、まったくありません。
 お腹が痛くなることも、札幌での食中毒以来、ありません。

 数年前に、人生初の手術を立て続けに二度も行いましたが、それとて、痛さを伴う自覚症状があったわけではありません。検査の結果の手術だったのですから。

 先だって、疲れがたまり、それでも、無理を押して仕事をしたせいで、めまいがしたのですが、小一時間、ソファーで休んだら、すっかりと良くなっていました。
 きっと寝不足だったんです。

 かつてのつくばスポーツクラブの野球仲間で、今は卓球仲間になっている方がいます。
 ご近所に暮らしている方です。

 最近、卓球の練習に顔を出さないので、どうしたのかと思っていたのですが、先日、お互いワンちゃんを散歩させている時に、偶然、出会ったのです。

 ーおや、久しぶり、お元気ですか?
 ーついぞ、ご無沙汰して……
 ー卓球に来られないので、どこか、お体でも……?
 ーいやいや、実は今勤めに出ているんです。
 ーそうですか、それは、それは……!
 ーあなたと同じ、教師をしているんです。若かりし頃取った教員免許を生かそうと思って!

 そんな会話をしたのです。
 この方、名のある研究所の研究職についていた方です。頭もいいし、運動能力も抜群です。 
 野球でも、卓球でも、やらせれば巧みに動き、素晴らしい活躍をするんです。

 で、いつだったか、クラブに顔を出さなくなる直前あたりだったと思いますが、その方が体育館の隅に腰掛けて、息をゼーゼーさせていたのを、私、実は見ていたのです。
 だから、きっと体調が良くないに違いないと思っていたんですが、そうではなくて安心はしたのです。

 男二人、ワンちゃんを連れて、しばし立ち話です。

 そして、彼、言うんです。
 教師っていうのは大変ですねって。
 なんでも、非常勤講師で、やたら授業数が多いって、だから、卓球にも行かれなくなったと。

 その分、手当てもいいでしょうって、私、そういう事情を知っていますから言ったのです。
 だいたい、どの学校も一コマ二千円から、私学などは四千円近く出しますから、週に二十コマ持たされれば、結構な額になります。

 そしたら、彼、いや、心労代とすれば、それは極めて低額な賃金ですよって、あきれ顔になって言います。

 ですから、私、これは困った生徒、もしくは保護者に絡まれているなって察したのです。
 特に、非常勤講師であり、幾分歳がいっていると、小生意気な生徒はそうした教師を馬鹿にするんです。
 そう言う先生は、怖くないからです。
 そうした先生は、優しいんです。いや、厳しくできないのです。だから、そこを付け込まれるのです。そうすると、今度は厳しさを求める生徒や保護者からクレームが来るのです。

 それが悪循環となって、非常勤の先生を苦しめるんです。

 私、それがよくわかっているんです。
 そうした、先生を見てきていますから。

 研究所にいて、研究に没頭していたのと異なり、子供を相手にしての仕事です。
 きっと、苦労しているに違いないって、私、察したのです。
 今の学校であれば、生徒に行き過ぎた言葉での叱責も止められているはずです。

 高校生くらいの年齢がなっていればいいのですが、彼が勤務している学校は中学です。子供と大人の中間にある、一番、難しい年頃の子供たちです。

 ですから、きっと、教育に関して、それまで圏外にいた人には、相当にきつい状況に置かれているに違いないのです。
 彼が体育館の端で、息をゼーゼーしていたのは、体力的に無理がたたってのことではなく、精神的に追い詰められていたに違いないって、私、この時、察したのでした。

 要は、人間性なんですよ。

 ものごとが理解できない子供っていうのはどこにもいるものです。まだ、成長段階にあるんですから。だから、ちょっと早く成長して、ものがわかる生徒、その生徒を使って、クラス全体をコーディネートしていくんですよ。
 教師一人でなんでもかんでもやろうなんて思っちゃダメですよって、私、頼まれてもいないのに勝手に講釈をしてしまったのです。

 そしたら、彼、目が真剣になったんです。

 人というのは、どんなに人格者でも、心の中の思いが表情に出ます。それを、子供っていうのはすぐに察知するんです。怒っていると思えば、ますます、怒るように仕向けてくるんです。火に油をそそがれていきり立つ教師を、まるで、漫画を見るみたいに楽しむんです。

 でも、それを受け止めて、ちょっと、膝を落として、彼の目線に合わせて、気の利いた言葉をかけてやれば、その子には、理解できなくても、周りのちょっと早くに成長している子にはそれがわかるんです。すると、その子達が、理解のできない子たちになんらかの言葉をかけていくものなんです。
 それを私、クラスをコーディネートするって言ってるんです。
 そう言ったのです。

 キョトンとしていますから、柔道の話を持ち出しました。

 体の小さいものが大きく力のあるものを倒せるのは、彼の力だけでは無理ですが、大男の発する力を利用すれば、わけなく飛ばせるでしょう、あれですよと。

 真面目な人ほど、何とかしなくてはと焦ります。

 でも、相手は人間、それもまだ未熟な子供です。こちらのが面子を捨て、相手の視線を受け止め、皆の力を結集させればいいだけの話ですよ、気楽に、気楽にって、そう言ったんです。

 若い医師は私に歳が歳だと言いましたが、その歳が歳だけに、私もいいアドバイスができたと勝手に自惚れたのでした。
 ワンちゃんを連れて別れた後、ちょっと振り返って、彼の後ろ姿を見たとき、幾分背筋が伸びていたと私は見たのです。

 もしかしたら、錯覚かもしれませんが……



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AIからの電話

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筑波山に登って、つくばの街を見下ろしました。
綺麗だなって、最高の景色だなって、そう思ったのです。



 夕食をとった後でした。

 けたたましく電話のベルが鳴り出し、我が家のワンちゃんも、腹一杯でうつらうつらしていた矢先のベルの音で、これまたけたたましく吠えまくります。

 電話に出てみると、AIが作り出す無粋な音声で、何やらアンケートに協力して欲しいと言うのです。
 誠に失礼である、と私は怒りを伴って、電話を切るのです。

 ピュー・リサーチ・センターというのが、ワシントンにはあります。
 アメリカばかりではなく、世界の各地で、諸問題に関する考えやあり方を調査し、分析し、発表する組織、シンクタンクです。

 かなり評価のされる調査を行なっている組織でありますが、きっと、そういう組織であれば、人間の声で、電話をした理由を述べ、あるいはメールや親展で丁寧にアンケートの協力依頼をしているはずに違いあるまいと思っているのです。
 でなければ、世間が評価するような調査報告にはならないと思っているんです。

 先だって、この組織が日本で行なった調査なるものが公表されました。
 なんでも、電話で行なったもので、千人を超える人たちが回答したと言います。
 この組織が定期的に行なっている日本人の対外意識および、近隣諸国の対日観だというのですが、私からすれば、その結果は、いちいち、電話して聞くまでもないと思うのですが、人間は何か公式的な数値が欲しいのですから、仕方がありません。

 案の定、日本人にとっては、今の中国は非常にマイナス傾向の強いものになっていました。

 東シナ海でのガス田の一方的な開発にしろ、尖閣への公船の定期的侵入、そして、ことあるごとに口汚く日本を罵ってくる中国外務部の報道官の言葉は、調査を待たなくとも、日本人のひんしゅくを買うに十分なものです。

 そんなわけですから、80パーセント近くの日本人が、中国を好ましく思っていないという最悪の結果がでてきたというわけです。
 同時に、経済から見れば、これまた80パーセント近くが、無視できないとしているのですから、複雑な日本人の思いがこうして数値で見られるのですから、アンケートの価値はあると思うのです。

 このシンクタンクは、そうした日本人の複雑なありようを、中国に対する脅威の表れであると断じていました。

 確かに、中国の経済力は衰えを見せたとはいえ、後十年二十年は無視できないものであり、中国が今ある危機を乗り越えれば、三十年五十年と展望は開けてくるのです。
 しかし、そうなるということは、ますます、あの国が強国になるということをも意味していますから、きっと、九十九里沖の船影が中国海軍の艦隊であったりとか、列島を横断してミサイル訓練を平然と行なったりするそんな危惧が心に浮かぶのではないかと思っているのです。

 日本政府の現状のあり方に対して、フィリピン、オーストラリアなど多くの国が好意的に見ています。そればかりではなく、信頼さえも持っている中で、唯一、お隣の韓国だけが真逆の数値を示していました。

 多くの国の日本を信頼できるとする数値が60パーセントから70パーセントであったの対し、韓国は90パーセント近くが日本を信頼できないと答えているというのです。

 信頼できるとした多くの国が、同じように、あの戦争で日本に攻め込まれたのですが、それは自国に弱さがあり、毅然とした指導者がいなかったことも一つの原因だと、あの時代のありようを反感で捉えるのではなく、歴史的必然として捉え、あれがあったから自分たちは独立したと考えているのです。
 実に、まっとうな考えであり、個々の恨みつらみではなく、歴史的観点から自国を冷静にみる適切なあり方であるのです。

 私たちの国、日本だって、原爆を落とされ、焼夷弾で無垢の民が焼かれたのですが、それをしたアメリカを恨むことより、あれがあったから、今の日本があり、あの戦争で命を落とした人のことを思えるから、頑張れるとそう思ってやってきているのです。

 でも、隣国はそうではないということです。

 それを、どうのこうのと言っても詮ないことです。彼らがそう思っているのを、そう教育されているのを、私たちは隣国の民としていかんともしがたいからです。

 憂慮するのは、だったら、国交断交だ、困るのはあちらなのだからと国内に過激な志向が出てしまうことです。
 韓国が何をしようが、この調査ではあまり出てこなかったロシアにせよ、土台、日本では歴史的経緯から一悶着あった国なのです。

 歴史がそうであった以上、一筋縄ではいかないのが常識です。
 それが、古今東西の常なのですから。

 でも、アメリカとの関係は実に不思議なものです。

 お互い理解し得ないものたち、あの時代の兵士たちのことですが、一方は鬼畜と呼び、他方はジャップと蔑み、恨みなどこれっぽっちもないのに、殺しあったのです。
 フェアであることを尊重するアメリカは、あの日本兵の国に忠実にして、勇敢なありようを見て、一種畏敬に似たものを感じたに違いないのです。

 それが今の日米の強固な関係を作っていると。 

 アメリカ国防省で、アジア太平洋の安全保障を担当するシュライバー次官補という方がおります。その方が言う言葉が実に的を射ているのです。
 尖閣で活動を活発化させている中国海警局の公船、あるいは、中国軍民兵が乗り組んだ漁船に関しての見解を問われて、彼は、こう答えたのです。

 「中国が、領有権を主張して、日本を圧迫する目的で活動しているのであれば、中国海軍の艦船と区別しない」

 まるで、自国の安全保障を守り通すような確固たる言明です。
 日本国内でグレーゾーンと呼ばれている事柄に対して、実に明快に回答しています。
 自国領土に対して、何らかの攻撃的な振る舞いに出てくれば、それは敵対する海軍としての活動と認識すると言うのです。
 つまり、こちらも自国を守るために、海軍としての防衛活動を展開すると言うのです。

 そんなことを言われたら、相手はゾッとします。
 きっと、海警局の四隻が悠々と隊列を組んでくることもできなくなるはずです。

 戦後七十年もの間、日本は敗戦の国として、随分と自重してきました。
 でも、そろそろ、そこから脱して、あの戦争を歴史的な価値あるものとして受け止め、世界史的な観点から見ていく必要があると思っているのです。

 そんなことを思っていましたら、空自機がマーシャル諸島に立ち寄ったと言うではないですか。これからも「自由で開かれたアジア太平洋」のために空自機が太平洋の島嶼国に立ち寄るって言うんです。

 そういうことの積み重ねが、新しい歴史認識の土台となる活動となるのだと思っているのです。



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お人好しの国

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手作りの品物が売られています。
値札も付いていません。
だから、店の人と会話をしなくてはなりません。
ネットで、ポチとキーボードを叩くのと違って、そこには、言葉を使ってものを売り買いする原始の姿があるんだと、今更のように思ったのです。



 アメリカが、妙に、けんか腰でいるのに、実は、驚いているのです。
 
 ロシアに対しては、中距離核戦略廃棄条約をめぐり、60日以内に違反を解消しなければ、条約廃棄手続きに着手すると表明しましたし、さらには、ウラジオの軍港近くで、アメリカ海軍に示威行動を命じたのですから。
 ただでさえ、経済が滞っているロシアは、さらに不利な状況に置かれることになります。

 中国には、90日の猶予を与えました。
 知的財産権の侵害をやめること、中国がアメリカ企業の技術移転の強要をやめることなどの問題で中国に譲歩を迫ったのです。
 そして、華為の幹部の逮捕を命じたですから。
 さらには、第三弾の制裁関税を課すと、おいらはタリフマンだと息巻き、アメリカの親分はテーブルを叩いたのです。

 ロシアも中国も、その歴史を見ればわかるように、おのれこそが一番と、どこの国よりも鼻っ柱が強い政府を持つ国です。

 一方は、ヨーロッパから見れば、奥も奥にある寒い国で、持てる国土は大きいものの、役立つ国土はさほどではありません。  
 また一方も、アジアでは極めて広い国土は持っているものの、沿岸部を除けば、不毛の大地が連なっているのです。
 そのことが、ある種の劣等感になって、彼らの心情に潜在するかのように、昔も今も、彼らは振る舞うのです。

 その振る舞いの第一は、隣地に敵を作ることです。
 ロシアはかつてソビエトとして、隣地にあった国々を連邦に組み入れ、長年の劣等感を解消したのですが、ソビエト崩壊とともに、それも失い、今、ヨーロッパの国々、いや、かつて連邦であった隣地の国からも肘鉄を食らっているのです。

 そして、中国は、独裁による国内支配と同じように、東南アジア、南シナ海、そして東シナ海であたかもそこが国内であるかのように振る舞い、ついには、世界からひんしゅくを買ってしまったのです。
 それをごまかそうと宿敵日本を、小日本と小馬鹿にして、敵愾心を煽っては、目をそらしてきたのですが、ここにきて、アメリアが妙に突っかかって来るようになったしまったのですからにっちもさっちもいきません。
 このままでは、今の体制は、党の反対勢力に攻撃の糸口を与え、彼らは失脚する可能性も出てくると言う始末です。
 
 ロシアは、欧米からの冷たい仕打ちをなんとかしのぐために、中国はアメリカの強硬な対応からなんとか逃れるために、唯一無二の共通する手立てを見出したのです。
 
 それがニッポンなのです。
 人の良い、困っていれば自然に言葉をかけ、支援の手を差し伸べるの国民性を持っているのがニッポンという国です。

 なんだって、平和条約を、なんの条件もつけずに、まず締結しようって、あんなたはいうのかい。
 盗人猛々しいっていうのはお前さんのようなやからを言うんだ。
 戦争に勝って、四つの島を手に入れたと言うが、日ソ不可侵条約を一方的に破って攻め込んできたのはお前さんたちだよ。
 それを、戦争に勝ってとは言わない、侵略行為でかすめ取ったと言うのが正しい表現さ。

 人の良いニッポン人は、それでも、そう言うからには何かあるはずだと、しかも、あいつは柔道の精神を持っていると。
 だから、一丁、かけてみるかと。

 何もしないで、ただ、待つだけでは何も始まらないのだから、何かアクションを仕掛けるんだと、それなら、政府のお手並みを拝見しようではないかと、ニッポン人はそう思っているんです。

 トランプが笑みを見せないあの会議の席上で、日本の首相に対して長らく無粋な表情であったあの中国の主席は、一転、目を伏せ、唇の端に笑みを浮かべて、トランプにむかって、その場しのぎの回答を与えたのです。
 しかし、アメリカの要求を受け入れるわけにはいきません。
 そんなことをしたら、彼は最高権力者としての地位を失うのです。

 そんな時に頼りになるのは、ニッポンです。

 かつて米中がいがみ合いを解いたのは、ニッポンでの卓球大会のおりでした。ピンポン外交と言われ、ニクソンは訪中、中国は一気に国際社会に躍り出てきたのです。
 しかし、経済はガタガタです。
 毛沢東があらん限りの権力を使って、経済をズタズタにしてしまっていたのです。

 そこでお人好しのニッポンに白羽の矢が立ちました。

 日中友好の美名のもとに、ニッポンは経済援助、技術支援を惜しみなく行ったのです。
 今の中国の経済発展の原点は、まさにニッポンの援助支援の賜物なのです。

 日本人なら決して忘れることのない恩ですが、かの国の政府にはそのような徳目はないようです。

 ですから、今、アメリカの周到な攻撃にさらされている中国は、当たり前のように、つい先程までの舌鋒鋭い対日批判を引っ込めて、そっとすり寄ってきているのです。

 まぁ、困った隣人たちがいるものです。

 人の良いこの国は官民あげて、それでも、支援の手を差し出すのです。
 それにしても、あの北の御曹司のいるお国では、人民はたいそう辛い目に遭っているのではないかと。

 あの流れ着く漁船を見てごらんなさい。
 平底ですよ。あれで日本海に出るのは死に行くようなものです。
 そうまでして、我が国の領海にまでイカを取りに行かねばならないのです。

 それに比べれば、ニッポン人はお人好しだけど、良い国だと、すっかり冬模様になった外を見て、思案しているのです。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 12/14 🎅 Friday 》
 
🦅 本日、<Puboo!>にて、『幼な子の力』を発信しました。

<命の強さ、たくましさは、私たちのよく知るところです。
同時に、命のはかなさも私たちは理解をしているのです。
幼な子がそのたくましい命のありようを示して、私たちを驚かしてくれました。
大人であれば、おそらく命をうしなっていただろう環境に中で、幼な子は命を維持できたのです。
私の身近にいる幼な子たちもたくましい命のありようを私に示してくれました。そして、私は、この子たちがあと10年経った時のことを考えるのです。
幼な子は、肉体的には言葉通り幼いのですが、きっと、心のうちはもう立派な「生きるための力」を持った人間ではないかと、そんなことを考えるのです。>

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