快、感!

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我が宅から10キロほど西方に、時折、大暴れする川があります。
そこまで、我がマドン号で走るのですが、先日、いつもの道から逸れて、村に入りました。
そしたら、そこに「水神様」が祀ってあったのです。
土手のそば、低い土地に暮らす村人の暴れないでという思いが込められた社でした。
そっと、手を合わしてきました。



 仕事をしていると、必ずといっていいほど、耳の中がこそばゆくなるのです。

 だから、デスクの横に、黒い綿棒の入ったケースをおいておくのです。
 そして、こそばゆくなったら、すかさず、綿棒を取り出して、耳の中をかき回すのです。

 慎重に、まるで、綿棒の先にカメラがあって、それを見ているかのように、私は綿棒を耳の奥、外耳道の先にある鼓膜の手前まで、これ以上突いたら危ないというところまで探るのです。
 
 すると、「ガサゴソ」って、音が頭蓋骨を伝わって聞こえてくるのです。
 あの「ガサゴソ」っていう音、素晴らしい音だと妙に感じいるのです。

 快、感!って。

 ひと回しふた回し、綿棒がなにやら物体にあたる音があの「ガサゴソ」という音です。
 それを綿棒の先端に絡めて、それは耳垢に違いない、そう思って、感じて、全集中力を傾注して、引き出すのです。
 だから、黒い綿棒の先に、かすかに耳垢が付いていれば、私は大いに満足して、耳掻きを終えるのです。

 その「ガサゴソ」という音、ASMRって言うそうなんです。

 Autonomous Sensory Meridian Response の頭文字で、「聴覚視覚に刺激によって得る心地よい感覚」っていうのだそうです。
 それが今、睡眠障害やうつ病の治療に成果を出すのではないかって言われているのです。

 そんなことを言われると、確かに、あの「快、感!」は人を高揚させているって、気がつくのです。

 例えば、買ってきたばかりのウイスキーの瓶、栓を回して、氷を入れたコッブの中に注ぎ入れます。
 「トクッ トクッ トクッ」と心地よい音をして、注がれていきます。
 栓を抜いた最初の一杯しか、そのような音はしません。
 その音を聞きたいがために、ウイスキーを買ってきたこともあるくらいです。
 まぁ、昔の話ですけど。

 それに、私「快、感!」を感じるのが、両手を、いや両手のそれぞれ五本の指を、巧みに動かして、キーボードを打つ音です。
 頭に続々と浮かんでくる言葉を、よどみなく、キーボードを叩いて、画面に日本語で文章が綴られる、あの時の「カタカタカタカタッ」といった音です。

 これは、ものを創り出している、私には音になっているのです。

 まだ、パソコンがない時代は、モンブランの万年筆を使って、マルゼンの原稿用紙に文字を書いている時の「カサカサッ」という音が、私にとって、ものを創り出している音でしたが、あれも「快、感!」でした。

 まさに、よどみなく、ものが作り出されている音だからです。

 そんなことを考えれば、これらの「快、感!」を伴う「音」が人間の心に作用し、心の障害に役立つのではないかと考えるあり方もわかるのです。

 では、反対に、私たちを不快にさせる音って、なんだろうと思うのです。

 我が宅の前の道を、前方にある信号が黄色になって、それ行け、赤になるぞってアクセルを踏んで疾走する車の音かしらって思うのですが、さほどの不快な気持ちにはなりません。
 先だっては、サカリのついた野良猫が、珍妙な声をあげて鳴いていましたが、それとて、不快で嫌になるというわけではありません。
 そうして、不快な音を探すのですが、さほどに私には思いうかばないのです。

 先日我が宅の上空に寒気が流れこんてきた折、ちょっと車で出かけて、戻ってきた時のことです。

 シャッターを開けて、車を入れたところ一陣の風が落葉を巻き込んで、ガレージの中にサッと押し入ってきたのです。それだけなら、なんということのないことですが、シャッターを閉めて、耳をすますと、謎の音が耳に入ってきたのです。

 それは夏の嵐の日にも耳にした音です。
 どこか人工の、エンジンの音のような「ウーン」と唸るような音なのです。

 苦しんでいるのだろうか?
 辛いんだろうか?
 悲しくて悲しくてやりきれないのだろうか?

 そんな「ウーン」っていう音なんです。
 ですから、私、ガレージの横のドアから再び外に出て、しばらく、空を仰いだのです。
 確かに、「ウーン」という音は、空から聞こえてきたからです。
 低気圧の空気が、上空で逆巻いて、唸り声をあげているのかしら! 

 電信柱に取り付けられた電線が、その吹き付ける風を真っ二つに切って、それがあの音を指しているに違いない、なんて思ったりしたのです。

 それこそ、人の心に不快感、恐怖感を与える音です。

 この世に私が不快と感じる音があるとするから、これに違いないと、私、冷たい風を全身に浴びながら、そう思ったのです。
 そんな音より、「快、感!」を感じる音がいいって。
 
 私の両方の手の親指二本を除く8本の指は、実に淀みなく、快活に動き、「カタカタカタカタッ」と心地よい音を立てて、私はものの二十分ほどでこれを書き終えたのです。

 これまた「快、感!」ではありました。



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縄文人の「鍋」

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もみじ葉の向こうに鐘ひとつ
秋の風情満喫の光景です。ついこの間のことなのですが、寒くなったり、暖かくなったり、どうも季節感が揺らいで困りものです。
芭蕉や一茶がいたら、俳人たちは困惑をするに違いないと思っているのです。



 夕方のニュースを見ていたら、へぇーと思うようなことがありました。

 それは、民泊を経営する男性が、一室を共有の場として、宿泊者たちと鍋を囲むというニュースでした。
 もちろん、その施設に宿泊しているのは、外国から、とりわけ欧米から来た方々です。

 まず、各部屋に置かれているコタツに、彼らは「参る」そうです。
 コタツなど、我が宅に関していえば、ここ二十年ほどついぞ見ない代物です。日本の家庭から伝統的な日本の暖房器具が姿を消して久しいのです。
 それを、訪日外国人たちは知っていて、自分たちが宿泊する部屋には、日本の伝統的なしつらえがあることに喜びと驚きの声をあげるというのです。
 
 共有の部屋で、皆で鍋を突っつくことが、これまた、彼らにとっては、実に日本的な体験であるということで、この民泊は、口づてに人気を博しているというのです。

 実は、我が宅では、オーストラリア人が何度となく「民泊」、いや、ホームステイで、宿泊させた経験があるのです。
 もちろん、私も、オーストラリアに行けば、彼らの家に泊まりながら、ホテル代をかけないで、旅行をしますので、お互い様です。

 その折、彼らのライフスタイルから、一つの鍋を囲んで、そこに箸を突っ込んで、同じ料理を食べることには抵抗があると思って、わが宅ではそれを出すことは滅多になかったのです。
 たまに、おでんなどを出すときは、鍋から取り出す箸とツユをとるしゃもじを入れて、彼らが持つ「抵抗」を極力避けていたのです。

 あるとき、気心の知れたオーストラリア人にそのことを率直にたずねたことがありました。

 イタリアからの移民でアデレイドで教師をしていた彼女は、フランス語と日本語の教師で、柔道をする大柄な女性でした。
 靴は28センチ。
 私の靴と並んで玄関にそれが置かれてると、彼女、いつも、笑いながら、私は足が大きい、恥ずかしいと言っていました。
 
 その彼女に、鍋の話をしました。
 日本のあの食べ方を、どう思うかって尋ねたのです。
 
 彼女の返答は、きっと、多くのオーストラリア人は、好まないはずというものでした。
 だって、鍋をすれば、きっと誰かが、自分の口につけたものを、鍋に突っ込んで食べたいものをとるのですから、そのような食べ方は彼らの習慣にはないのですから、当然です。
 日本通と呼ばれる彼女でも、ためらうそれは日本の食べ物であったのです。
 
 かれこれ、二十年も前の話になります。

 それが、今、訪日する外国人たちは、一向に気にしないということになります。
 ですから、私、そのニュースを見て驚いたのです。

 日本にやってくる外国人たちが、日本のことをよく研究してきてくれていることに嬉しさも感じるのです。

 「鍋」という料理、これは日本特有のものです。
 そんなことを言うと、中国の人や韓国の人から、自分たちの国にもあるぞって、糾弾されそうですが、やはり、「鍋」は、私、日本固有の料理だと思っているのです。

 なぜなら、素焼きの土鍋に、水を入れて、野菜や魚、肉にきのことありったけの素材を入れて煮る料理は、日本では縄文の時代からあったに違いないと思っているからなのです。

 中国や韓国での「鍋」は、だいたいが金属の鍋です。
 土鍋でグツグツに煮立たさせて、それを食べるのは日本だけなのです。
 だから、「鍋」料理は、日本固有のものだと思うのです。

 あの縄文土器をご覧なさい。
 先が尖っていて、一体、どうやってそれを立たせるのかって考えてご覧なさい。
 焚き火の灰の中に突き刺し、その周りに火をたき、側を流れる川から子供たちが水を運び入れ、森で拾ってきた木の実やキノコを入れ、そこにイノシシの肉や鮭を入れるのです。
 一家あげて、「鍋」料理を作り上げるのです。
 きっと、いい匂いと、熱い熱いと言って、それを口に頬張る子どもたちの姿に、大人たちは、その日の一日の仕事の疲れを癒していったはずです。

 そうした、日本文化のありようを、昨今の外国人たちはものの本で理解して来てくれているのです。
 そう思うと、隔世の感を感じると同時に、その姿勢を嬉しく思うのです。

 しかし、縄文時代から始まると私が推測する「鍋」料理、一家団欒で「鍋」を突っつくその姿は、日本の家庭から消えつつあることも事実なのです。
 
 核家族化、独り住まい、高齢化……と、日本は今、縄文以来の日本の伝統的なものを維持し得ない状況に置かれているのです。
 せめて、三千万人とも言われる海外からの賓客が、日本の文化を学び、来てくれるのですから、それを頼りに、少なくとも、最低限の日本文化は、私たちの手で維持していかなくてはと思っているのです。

 さぁ、今日は、寄せ鍋でもしますか。
 ありったけの食材を鍋に突っ込んで、グツグツと煮立たせて、ゆずを絞って、それに浸して、口の中に火傷の一つも作って、縄文人の家族のことを思いながら、そんなことを考えているのです。



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冬の港

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東の大通りを超えた先にある由緒ある寺。
その庭先はかような彩りに。
寺もあえて、ここははくこともせず、そのままに。
移りゆく季節の中で、いっときの極楽を見るかのようです。



 先だって、久しぶりに港に出かけました。

 冬のヨットハーバーほど寂しいものはありません。
 ヨットのマストに絡めてあるロープが風で揺れて、かちゃかちゃと音を立て、その風の立てる波に、係留されている船がどれも一様に揺れているだけだからです。

 港にたむろしていたヘラブナ釣り師たちはとうに姿を消しました。
 元気のいい、バス釣りの青年がちらほらロッドを振っているだけです。

 船に乗り、キャビンにいるも、寒さが押し寄せてきます。
 船底をチャプチャプと叩く水音が、妙に寂しく感じられもするのです。

 今日は何をしに来たんだっけと、思案をします。
 そうだ、エンジンまわりの汚れを落としに来たんだと思い出しはしますが、一向に腰を上げることはできません。
 寒さで何をする気も起きないのです。

 夏のヨットハーバーは、どこもかしこも元気でした。
 明るい日差し、船を手入れをするヨットマンたち、それに、ボートマンたち。
 自分の船を磨き、綺麗にするんです。
 時には、道具を持ち込んで修理もします。
 だって、これは自分たちの大切な趣味の道具なのですから、なるべく、自分たちの力で居心地よくするのです。

 一人の若者が、私がデッキにモップをかけているときに、声をかけてきました。
 「この辺りで、船を売ってくれる人っていますか」って。
 
 船が欲しいの?
 
 昔、私がそうでした。目の玉が飛び出るような船も、オーナーから買えば、案外、安く手に入るのです。
 だから、私も人づてに、船を手放したい人を紹介されて、今の船を手に入れたのです。

 ヨットがいいの、ボートがいいの?
 ボートであれば、エンジンは、外付け、それとも……。
 
 モップを手にして、そんな言葉をやりとりしたのです。

 で、いくらくらいの予算なの?
 すると、五万くらいって、そう言うんです。
 五万!
 私、思わず、その示された数字に驚いてしまいました。
 いかに、中古とはいえ、それはないよって、そう思ったのです。

 でも、この青年、真顔で言います。
 その金額だと、この港では誰も船を譲ってくれないよって、私、言ったのです。
 青年も、それがけったいな金額だとわかっていたようです。
 そうですよね。
 無理な話ですよねって、そう言って、口元に笑みを浮かべるのです。

 だから、私、こっちへ来なよって、彼をデッキに招き入れたのです。
 良いんですかって言いながら、彼、両手をバウの金具にかけて、勢いよく飛び乗ってきます。

 話を聞くと、船舶免許はすでに取っていて、あとは船を何としても手に入れたい、そして、釣りをしたいから、私のような釣りのできる船が欲しいって言うんです。
 青年は、今、どこで何をしているのかなんてことも、語り出しました。
 まだまだ、これからの青年です。
 安定した勤めについて、まず、己を確固とすることが先決だって話をしたのです。
 だって、浮き草のように、勤務先を変えては、その日暮らしのような生活をしている若者だったからです。
 
 船は、素晴らしい乗り物だけど、それに乗るには、いや、それを所有するには、ある程度の資金がないと乗れないよって。
 彼の憧れは、イギリス人がやっているような、ボートで暮らすという生活のありようであったのです。
 彼は、そこに自由を見出していたのです。

 それにしても、青年らしい夢です。
 それを実現するために、五万円で船を手に入れようって言うのですから。

 でも、あの青年、きっと、自分の夢を実現するのではないかって、私思っているんです。
 あのくらいの強い心臓がなくては、船など持てません。
 
 私は、キャビンから出て、エンジン周りの汚れ落としにかかりました。
 あの青年、今日は来ているかしらって、港を見回しますが、それらしい気配はありません。
 港には、バス釣りの青年と、この寒さの中で水を含ませたスポンジで船の汚れを落とす私がいるだけです。

 私だって、あの青年と同じだったんだ。

 男はささやかでも夢がなくてはいけない。 
 もしかしたら、今、この寒さの中を、五万で船を譲って欲しいって、あの青年が来たら、私、その熱情に鑑みて、譲ろうって言うかも知れないって、かじかんだ指で船の汚れを落としたのでした。



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夜更け過ぎの雨

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雨の日に、神社仏閣を訪問するのもいいものです。
まず、人が極端に少ないです。ですから、普段見ないようなところにも目が行きます。
何より、しっとりと濡れた建物は歴史を醸し出します。
ぜひ、お試しあれ!



 おやっ、十二月も半ばを過ぎたんだって、たった一枚になって、開け放たれた窓からの風にひるがえるカレンダーを見て思ったのです。

 もうこんな時期なんだって、いくぶん、気持ちに焦りも出てくるのです。

 いつものように、地球は太陽の周りを回り、極めて物理学的な動きの中で、時が刻まれているだけなのに。
 知らぬ間に、セーターを着込んで、寒いって、ストーブにかじりついている自分を発見して、あの途轍もなかった夏の暑さなどすっかりと忘れてしまっているんです。

 人というのは、喉元過ぎれば、暑さも、寒さも忘れていくのに、十二月になると、そこに、意味のある何かを見いだすのは、どうして何だろうって思うのです。

 パンパスグラスの、まるで、白ギツネの尻尾のような房を見ては、一人思うのです。

 この一年、お前さんは何をしたのって。
 人のために、手を尽くしたかって。
 腹の虫がおさまらずに、暴言を吐いたりしなかったかって。
 
 意味もなく、自分を必要以上に責めるのです。

 これこそ、白ギツネが私を操って、健全なる我が心から、前向きの気持ちを抜き取っていっているに違いないって、そう思うのです。

 十二月は、喪失の月だって、昔、若かった頃、毎日逢って、遊んでいた友が言っていたことを思い出しました。

 なにゆえ、友がそんなことを言ったのか、その経緯は思い出せないのですが、人間は生きていれば、人か、ものか、あるいは、コトを失い、それを悲しむんだって、そう言ったのです。

 思えば、人はいくつもの別離を体験して来ているのです。

 親の死だって、兄弟との仲違いだって、友との別れだって、それこそが人の喪失であるのです。
 私たちは年齢に伴う環境の変化に伴って、それを体験しているのです。

 ですから、十二月のふとした時に、例えば、本棚に積もった埃を叩いているときに、あの時代、一緒に過ごした人を思い出す時があるのです。
 懐かしき、心に響き渡る瞬間と共に、一抹の感傷を持って。
 そこにもう読まれることもなく置かれたままの本の背表紙の文字が、その端緒になって。

 人はいつも何かをしている生き物です。
 計画をして、それを実践して、そして、うまくいくときも、そうでないときもあるのです。
 だから、満足したり、後悔したりして、その連続なのです。
 
 うまくいったときより、そうでないとき、それだからこそ、それが生きがいになっていくことがあります。

 きっと、それは失敗による破滅ではなく、大いなる成功の一歩手前であるかもしれないと。
 だから、もうひと押し頑張れって。

 きっと、心がそう檄を飛ばしているに違いないって思うのです。
 
 どうせ、ダメなんだからと諦めるより、どんなにか崇高なことかと、私、コトの喪失を思って、感慨に耽るのです。
 そんな時、あの歌詞がふと耳元でこだまするんです。

 🎶 雨は夜更け過ぎに
   きっと君は来ない

 って。
 切ないなって、感慨に耽るのです。
 誰にだって、「来ない君」を待つ心境を、それを持つ体験をしているのです。
 
 あの歌詞があのメロディに乗って、頭の中を巡る時、私は、いつも師走の感慨に耽るのです。



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頬を太陽風が撫でていった

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小さいけれど、なかなかに立派な社。
朱の色も鮮やかに、鎮座まします。
どこからか、あの一門の武者たち、化粧を施した滅びし一門の方々が出てきそう、そんな風に思えたのです……



 久しぶりに懐かしい「船」の名前を新聞紙面に見ました。
 その名は、「ボイジャー」。

 私が、取手の学校で教師を始めた頃です。 
 冷房のない教室で、汗びっしょりになりながら授業を行い、出来たばかりの学校でしたから、なんでもしなくては追いつかない、だから、大御所がいるわけでもなく、若い新米の教師でも、それなりの仕事が与えられたそんな学校で、時に、面倒をかける生徒たちに語りかけた言葉の一つが、この「ボイジャー」であったのです。

 君たちは、なぜ、自分に自信を持てないのか。
 そんなんで、生き馬の目を抜くような世の中を生きていけるのか。
 自信を持て、懸命に勉強しろって、それを語る時に、もう一言、「ボイジャーを見ろ」って言っていたんです。

 Voyager programは、NASAの太陽系の外惑星および太陽系外を探査するという壮大な計画でありました。
 惑星の配置が絶妙な時期に合わせて打ち上げられた二隻のボイジャーは、木星、土星、天王星、海王星を連続して探査するのです。

 だから、人生だってプランニングが必要なのだと。

 俺は頭が悪いからとか、俺はどうせ何をしてもダメだとか、そんなこと言っている暇があったら、人生設計をしろって、げきを飛ばしていたのです。
 いや、もしかしたら、新米教師の、小説を書きたいという想いを心に秘めたどっちつかずの若造であった自分自身を鼓舞していたのかもしれません。

 そして、精巧な機械でしかないボイジャーに、私は想いを託してもいたのです。

 ボイジャーは、律儀にも、組み込まれたシステムに従い、的確にプログラムを遂行していくのです。
 機械にできることが人間にできないはずはない。
 しかし、人間は、機械と違って、突発的な反応を示し、突然に方向転換をする生き物。
 そうした違いはあるが、ボイジャーが木星に、そして、土星に到達した時に、私も、その時は少なくても、あるべき姿になっていなくてはならない、これは自分が自分に下す命令だって、そんなことをやっていたのです。

 打ち上げが1977年、木星到達が二年後、土星到達が三年後でした。
 私が語りかけた生徒たちは卒業していきましたが、私は、心にあった小説を書くという想いを密かに持ちつつ、この学校で教師としてやっていく覚悟を定めました。
 
 それまで遠い存在であった土星の、ボイジャーから送られてきた映像には、まことに驚かされました。
 その美しさと神秘さに驚いたのです。
 太陽系の知られざる姿が美しい映像となって、私たちの目に映ったのですから。

 新しい生徒の前で、人類だけが果てしない夢を実現できる生命体であり、君たちもその一人、夢を持ち、その夢を果たせって、私は語っていたのです。
 その頃、生徒のありようも大きく変化し、困った問題を起こす生徒は減り、よく勉強する生徒たちに、学校は変容を遂げていたのです。
 私が最初に教えた子たちが、学校の変容に驚き、頭のいい学校になったことは嬉しいって言っていました。
 だって、俺たちも頭が良いって思われるからって。

 だから、言ってやったんです。
 頭の良し悪しなんて、大したことではない。
 それより、人生で何をなすかだ。
 そこが肝心要のことなんだって。
 
 そんな彼らですから、今でも、彼らが父母になり、子を育て、いっぱしの社会人になって、私なんかより偉くなっても、私を先生って言ってくれるんだと思っているんです。

 そのボイジャーが先月11月5日に太陽系の外に出たというのが、私が目にした新聞の記事でした。

 恒星が放出する物質の影響が及ばない「星間空間」に旅立ったというのです。
 恒星が放出する物質とは、太陽が放つ風のことです。
 地球から180億キロ離れた「星間空間」を飛行し、地球までの通信には片道16時間半かかると言います。

 人類の作った機械が、太陽系外の未知の空間に入り込み、16時間以上の時間をかけて、永遠に人類にデータを送り続けてくるのです。
 
 偉大だ!
  そう思うのです。

 そんなことを思ったら、急に、悲しくなったのです。
 俺は、何をしてきたって、そんな思いが、さっと太陽風のようにほっぺたを撫でたです。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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《 12/19 🎅 Wednesday 》
 
🦅 ただいま、<Puboo!>にて、『幼な子の力』を発信しています。

<命の強さ、たくましさは、私たちのよく知るところです。
同時に、命のはかなさも私たちは理解をしているのです。
幼な子がそのたくましい命のありようを示して、私たちを驚かしてくれました。
大人であれば、おそらく命をうしなっていただろう環境に中で、幼な子は命を維持できたのです。
私の身近にいる幼な子たちもたくましい命のありようを私に示してくれました。そして、私は、この子たちがあと10年経った時のことを考えるのです。
幼な子は、肉体的には言葉通り幼いのですが、きっと、心のうちはもう立派な「生きるための力」を持った人間ではないかと、そんなことを考えるのです。>

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