亡国の兆しがそこに

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ファンタージーです。でも、水郷公園というところにこうしたモニュメントがあるのです。それを移しただけなのですが、それでも、夢のある図であると思っています。懐かしい、あの時代の。


 会社も、学校も、そして、国家も、それが衰退し、滅びていくのは、実は外敵によってよりも、内部の怠慢によって発生する不測の事態からであることは、これまでの人類の歴史を見れば、自明の理であります。

 今から150年前の日本と中国を見て見ます。

 日本は徳川幕府が、中国は清朝が国を支配していました。
 規模の大小はありますが、ともに古い体制下での封建支配です。
 徳川幕府は、鎖国を国是として、士農工商に身分を分け、狭い世界での安泰を願っていました。
 清朝は、いうまでもなく、満州族の国です。圧倒的多数者である漢族の文化を吸収し、言語も、文字も、漢族にならい、漢族の有能な官吏を使って、強力な中央集権で国を維持していました。

 ともに、<権威>を重要視し、体制の維持をおこなって来ていたのです。
 
 徳川幕府にはアメリカが、清朝にはイギリスがアクセスしてきました。
 富を蓄えた二つのアジアの国に、欧米の二大強国が食指を伸ばしてきたのです。

 その後の様相はといえば、それは大きく異なるものでした。

 君主を抱く帝国主義イギリスとそのイギリスに勝って人民の選挙によって指導者を選ぶアメリカとの違いももちろんあります。
 しかし、もっとも、大きな違いは、中国にはこの危機を打開する有能な君主とそれを支える人材がいなかったということであり、日本には、王政復古し新しい日本を作らんとする明治帝とそれを支える有能な人材が綺羅星のごとくいたという違いに行き着くのです。

 それは、その後の日清の戦争にも顕著に表れてきます。
 国の力が強大で、強力な艦隊を誂え、これ見よがしに日本各地の港に派遣し、威嚇しても、それを扱いこなす鍛錬と技術がなければ、また、国を思う気持ち、指導者を敬う気持ちがなければ、まさにそれらの艦船は張り子の虎であるのです。
 少ない艦船を寄せ集め、「連合艦隊」なるものを編成し、石炭をこれでもかと使い、実戦の時の弾はどうするのかと心配するほど訓練で弾を撃ち、一発必中の技を得て、さらに、指導者への敬意を持ち、国を思う気持ちがあった国が勝ったのが、あの明治の戦争であったのです。

 昭和になって、驕り高ぶり、彼我の経済を無視し、精神論だけで戦おうとしてもそれは無理な話です。しかも、敬愛を受けるべき軍人が横柄になってしまいました。
 日本が対米戦で勝利を得ることができたのは、四年余にわたる戦争の中でたったの六ヶ月です。
 周到な準備と一騎当千の兵士たちが戦ったその六ヶ月です。

 彼らはこれからのいくさは船にあらず飛行機であることをそれぞれの戦闘で実証したのです。

 明治の指導者であれば見落とさなかったこの事実を、昭和の指導者たちは目をつむったのです。自らの「権威」を重視するばかりに、理解の想定を超えた現実を無視したのです。
 それを察知し、一気に変化を捉えたのは、何を隠そう日本と戦っていたアメリカでした。
 有能な大統領と綺羅星のごとく輝く優秀な人材です。

 何より、彼らは自分の判断を重視した優秀な人材でした。
 
 たとえば、ミッドウエイ海戦に先立ち抜擢されたスプルーアンス提督は、オアフの海軍病院に入院中のハルゼー提督にどのように戦ったら良いかを教えを乞います。
 ハルゼーは、あなたの好きなように戦えば良いとアドバイスをするのです。
 自分で考え、自分のやり方で戦えと、そうすれば、勝てると。

 ハルゼーは、日本海軍の命令系統が堅苦しいことを見抜いていたのです。

 明治の提督は、それが国際法違反だと自己判断すれば、躊躇なく砲を放ち撃沈しました。
 昭和の提督は、それができなかったのです。
 卒業年次、卒業席次がものをいういびつな軍の組織になっていたのです。

 21世紀の初頭の今、世界の現状はどうでしょうか。

 世界は、まさに対立軸を求めています。
 ロシアに対しては欧州各国が危機感を募らせています。それもそのはずです。平然と卑劣なテロ行為を行使し、それはロシアの行ったことではないとうそぶくのです。さらに、サイバー攻撃を仕掛けてくるのですから、対立軸を明確にして取り組むのはもっともなあり方です。

 中国の強引なありように対しても、日本政府は忍耐強く対応し、アメリカは軍事的優位性を持って対応をしています。
 インドは日本と違って忍耐を持つことなく積極的に戦って行こうと方向性を明確にしています。
 オーストラリアも、フランスも、イギリスもようやく、中国の国のあり方の危険性に気がつき始めて来ました。

 ここに、もう一つの対立軸が生まれて来たのです。

 そうした時代にも関わらず、日本のリーダーとも言える人たちは何をしているのでしょうか。
 セクハラに、不適切な関係、隠匿と、まさに亡国の兆しともいうべき振る舞いに興じているのです。
 日本の未来を定める国会では、長期にわたり、どうでもいい問題で時を費やしているのです。

 明治人が持っていた、あの視点を失ってしまっていると思わざるを得ないのです。

 危急存亡の折には、原点に戻れと言います。
 あの視点です。
 我らがこの150年の原点はといえば、その視点といえば、たった五つの言葉であるのです。

 一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
 一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フべシ
 一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
 一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クべシ
 一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ
 
 ここには、危急存亡を脱する秘策が込められていると思っているのです。




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泥一掴みでも国の宝

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てふてふが一匹韃靼海峡を渡ってくとうたったのは安西冬衛だった。


 これは凝灰岩ですね、などとタモリが言う番組を楽しみに見ている私です。
 どこかの学会から賞をもらったというようなこともあったようで、もっともなことだと思っています。
 
 私が今、興味を持っているのは、<苦灰岩>という岩石、いや泥のようなものです。
 英語では<dolomite>と言います。
 石灰岩として堆積したものの、石灰岩に含まれるカルシウムの一部がマグネシウムによって置換されてできたといわれているものです。

 このような話を専門家ぶって、素人がすれば面白くはないということをタモリが教えてくれましたので、あえて、この岩石についての講釈はこれ以上は避けたいと思っています。
 (知ったかぶりはいけませんからね。)

 では、なぜ取り上げたのかと言いますと、<レアアース>という現代の技術に必要な鉱物がこの<苦灰岩>のある層に含まれているからなのです。

 先日、日本の最東端にある南鳥島周辺の海底下にあるレアアースの資源量が、世界消費量の数百年分に相当する1600万トン超に達することがわかりました。
 ハイブリッド車に搭載されるという磁石に使うジスプロシウムは世界需要の730年分、レーザー発生器などに使うイットリウムは780年分に相当するというのです。
 さらに、この記事が衝撃的であったのが、それを効率よく回収する技術も確立したということです。
 もちろん、詳細は語られていません。
 機密事項なのです。

 読売新聞が報じていました。
 「中国、東シナ海の日本のEEZ内でレアアースなど採取」
 日本の排他的経済水域内で、中国政府が日本政府の同意を得ずに海底調査し、豊富な資源を含む「海底熱水鉱床」やレアアース、希少な深海生物などの海底資源類を採取していたというのです。
 
 このことはすでに海上保安庁が確認し、ルールを守ろうと呼びかけていたことです。

 それが最近の学会で、中国側の研究者が立て続けに論文が公表したことから、その調査内容がわかったということなのです。
 さらに、読売は「調査内容を論文にすることで、学問上の優先権、ひいては、先取権を得ることや、大陸棚に関する自国の主張を補強して、海洋権益を拡大することを狙っている」と書いているのです。

 今回、鳥島での<苦灰岩>発見のニュースも中国では結構センセーショナルに捉えています。
 というのも、これが採集されるようになれば、これまで世界一のレアアース産出国の地位を日本に奪われてしまうからです。
 
 そもそも、レアアースなんというのは1983年まではゴミのような鉱物であったのです。

 佐川眞人さんという日本人研究者が、このゴミを使ってネオジム磁石を発明しました。ネオジム磁石は、パソコン、携帯、電気自動車など、最先端技術には欠かせない磁石になっています。
 以来、このゴミは貴重な産物なり、しかも、中国が一手に採掘供給をするようになったのです。

 尖閣諸島中国漁船衝突事件というのを覚えていますか。
 民主党政府の時でした。
 日本の船にぶつかってきた船長を無罪放免にしたあの事件です。

 日本の法律で、あの無軌道な中国人船長が拘留延期となると、中国政府は、日本との閣僚級の往来を停止、航空路線増便の交渉中止、日本への中国人観光団の規模縮小などを決定し、日本人大学生の上海万博招致の中止を通達してきたのです。
 中国お得意の強圧外交です。

 それだけではありません。
 日本の会社員が許可なく軍事区域の撮影をしたといいかがりをつけて拘束、税関での通関業務を意図的に遅滞し、そして、レアアース輸出を差し止めたのです。
 
 フィリピンはバナナで、スウェーデンはサーモンで、韓国は観光客で嫌がらせを行って来た中国政府です。この時は日本がレアアースで嫌がらせを受けました。

 しかし、日本の民間組織は、どうしたかと言いますと、時の政権とは異なり、頑然と戦いを挑んだのです。

 まず、商社は世界中の細々と採掘をしている小さな鉱山からレアアースを購入、さらに、レアアースを使わなくなくても可能な技術開発で、この嫌がらせを乗り切ったのです。
 そのため、それまで日本をお得意さまにしていた中国のレアアース鉱山が倒産する憂き目にあったと言いますから、中国政府はつまらぬことをしたものだと思っているのです。

 今、あの時中止になって以来の日中のハイレベル会合が東京で開催されています。
 あの国が、手のひらを返して、日本政府にすり寄ってくるのには何か魂胆があるに違いありません。
 もちろん、現在の日本政府はそのことを十分承知の上で、交渉に臨んでいるはずです。

 中国政府も、この政府はあの時の政府のように、軽々に扱うことはできないと慎重に対してくるはずです。
 <インド太平洋戦略>か、<一帯一路>か、そのぶつかり合いを楽しみに見ているのです。

 そんなことを言っていたら、私のiPhoneがブルブルと震えて、電話の呼び出しがあることを告げてきました。その振動を胸もとに感じながら、このブルブルにもレアアースが使われているんだと思いながら、胸ポケットからiPhoneを取り出したのです。

 電話の主は、近くのホームセンターの園芸担当者でした。
 頼んでおいた特別の<培養土>が入荷したというのです。
 私の家の夏野菜もそろそろ植え付けを始めなくてはなりません。
 有効成分を含んだ泥土、いうならば、これは私にとっての<レアアース>なのです。

 これで、作物を育て、この夏も、美味しい自家製野菜を食するのです。
 さぁ、野良仕事です。




透明人間にはなれないなら

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朝から雨が、予報では終日。一休みでもしますか。


 ずっと昔のこと、テレビドラマで見た記憶があります。

 顔を包帯で覆い、目にはサングラス。包帯をほどくと、透明人間が現れるという寸法です。
 もちろん、現代の科学技術を持ってしても、人間が透明になるなんて出来ない相談ではあります。 

 <The Invisible Man>は、 H・G・ウェルズの古典的サイエンス・フィクションの世界での話だけであるのです。

 最近のことですが、透明人間になりたいと訴えるひとりのフランス人ジャーナリストの努力を描いたドキュメンタリー映画をたまたま見ることができました。

 その女性ジャーナリスト、自分の個人データーがフランス政府によって傍受されていることに危機感を募らせています。
 自撮りした写真を気軽にフェイスブックにアップし、友人と交わしたメールはクラウドに置きっ放し、何の警戒もなく、最新機器を使って、21世紀に生きる人間として、最先端の環境に我が身を置いていたのです。

 ある時、自分のプライベートで撮った写真がネットに出ていることに気がつきます。 

 別に悪用をされているわけではありません。おそらく、ネット検索で巡回されてきたデータの一つに過ぎないのでしょうが、彼女にはそれがいささか気になったのです。
 そこで、街に出て、建物や壁の上を見て見ます。
 十分ほど歩いただけなのに、彼女はそこに50個もの防犯カメラを見つけるのです。

 そして、自由・平等・博愛の国フランスで、個人の権利が剥奪される行為がなされようとしていると強く感じるのです。

 そこで、専門業者を訪ね、自分のこれまでの不用意に発信したデータを消去できないかを相談します。
 業者は、にべもなくそのことが不可能だと伝えます。
 ネット上でヒットしないように深い層にそれを置くことはできても、執拗に検索をかければそれは出てきてしまうと。

 そして、これ以上、あなたの個人情報が出ないようにするためには、<透明人間>になるしかないというのです。

 そこから、フランス人女性ジャーナリストの愉快な取り組みが始まります。
 まず、外に出る時は、顔を覆うように布を頭からかぶります。街角街角にあるカメラから特定されるのを避けるためです。
 次に、パソコンからネット環境を切断します。しかし、携帯は仕事上手放せません。

 そして、再び、<透明人間>になるよう進めた業者のところに行きます。

 あなたは何日に、どこそこにいましたね。そして、あのレストランで食事をしましたねと、彼女の驚くようなことをさりげなく言うのです。
 それがわかったのは携帯のデータからでした。
 携帯は個人の居場所を特定するのに使われているのです。

 そこで、業者は、MacでもWindowsでもない、新しいOSにすること、そして、携帯は捨てることを指示します。

 新しいOSは、使い勝手もMacやWindowsと何ら変わりありません。ただし、相手も同じOSを使っていないとデータのやりとりができないのです。
 ですから、書いた記事は手紙で送らねばなりません。
 携帯を手放したものだから、連絡を取るには公衆電話を使わなくてはなりません。
 不便なことこの上ありません。

 そして、外に出る時はお面をつけます。
 フランス人アーティストが作ったもので、あまたあるカメラから自分であると認識させないためのお面です。
 顔を覆っていても、わずかな顔の仕草で誰それとわかる顔認証技術をごまかすためにはお面という原始的な手段が一番効果的なのです。

 それに、カードを使わないよう、現金で何でもするように言われました。
 交通機関では、飛行機はチケット購入に際して個人情報を取られるので、使えないとも言われました。
 彼女は、パリからジュネーブへの出張に、飛行機を使うのを諦めました。
 駅に行って、匿名で買えるチケットを現金で求め、飛行機で1時間で行ける街に、何と4時間半もかけて出かけて行ったのです。
 それも、頭から布切れをかぶり、あのお面をつけて。

 程なく、同僚たちからクレームが届きます。あなたに連絡したいのに取れないと。
 ついに、彼女は<透明人間>になるのを諦めたのでした。

 たいして面白くもない映画でしたが、結局、最後まで見てしまいました。

 昨今のニュースを見ていますと、Facebookの問題は重大性を帯びていると感じますし、中国の顔認証システムは空恐ろしい気分がします。
 私がアマゾンで調べた品物、それがFacebookを開くと、こんなものはいかがですかと追い打ちをかけるように出てくるのです。
 こんなことがある種の政治的意図を持ってなされたら、アメリカの大統領だって、その特定の政治的意図で作られるということにもなることが良くわかります。

 上海を旅行して、悠長に構えていると、北京からやって来た秘密警察の係官が二人が近寄って来て、私の腕をつかみ、私は北京に連れていかれるのです。
 そして、私は消息不明となるのです。
 北京政府のことを良くは言わない記事を書く不届きものだと言うわけです。

 入国審査の折に、撮影された顔写真により私の<罪状>が露見したのです。

 そんなことを思うと、私は本当に私の個人情報をさらけ出しているなと痛感するのです。
 私ばかりではありません。
 私と同じように記事を発信している人、あるいは、作家、芸術家、芸能人、スポーツ選手、皆、個人情報をさらけ出しています。

 私は、コンビニでの買い物は、Apple Watch でしますし、電車に乗るときも Apple Watch です。買い物のほとんどはカードで済ませます。
 ロードバイクで遠征に出るときも、船で沖合に出るときも、私のデータは iPhone で逐一取られているのです。
 もう、どうにもこうにも誤魔化しようがないのです。
 
 私は、私のすべての個人データも、私の行動すべても、さらけ出して生きているのです。
 
 でも、考えてみれば、(決して居直るわけではないのですが)個人情報があるから、世の中、面白いのではないかとも思うのです。
 私たちが犯罪者の経歴を注意深く読み込むのも、あるいは、お昼のワイドショーで男と女の噂話を面白おかしく、そして、夢中になるのも、その人が持つ個人情報が面白いからです。
 皆が同じ顔、同じ仕草、同じことを言う社会など面白くもなんともないと思うのです。

 結局、私たちは<透明人間>にはなれないと言うことなのです。
 なれないなら、私など、それならさらけ出せばいいと思っているのです。




Sdaeh rieht edih dna nur yeht semoc niar eht fI

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明日は雨の予報です。先だっての日曜日、雨が一日中振り続けました。春の雨は冷たくはありませんが、なんだか気分がうっとおしいものです。そんな雨の日に……。


 また、訳のわからない横文字を連ねて、何をしようとしているのかですって、この日は、朝から雨降り、外に出ようにもままならず、家でじっとしているんです。 
 
 このくらいのおとぼけをかまさなくてはやってられません。

 雨といえば、日本人にとっては情趣を醸し出す現象です。
 かつて、民俗学の権威柳田國男はこのようなことを書いています。
 
 「京都の時雨の雨はなるほど宵暁ばかりに、物の三分か四分ほどの間、何度と無く繰り返してさっと通り過ぎる。東国の平野ならば霰か雹かと思ふやうな、大きな音を立てゝ降る」

 生まれてこのかた<東国の平野>に暮らし続けて来た私には、幾分、納得のできない一文ではあったのです。
 確かに、<あられやひょう>を伴って降ることもままありますが、さほど毎度ものことではありません。

 「時雨」とありますから、柳田は、秋から冬に季節が変化する不順な状況で降る雨のことを述べていることがわかります。

 この季節、北西からの季節風が吹きます。
 日本海では、この風が対流雲を作り、日本海沿岸に断続的に押し寄せて来ます。
 それが、一時的な雨になり、そして、また晴れるという「時雨」の現象を生み出すのです。

 京都盆地などには、冷たい風とともに、この雨がやって来て、京都人は、まもなく冬やなっ、と感じる雨なのです。
 私たち、東国の平野に暮らして来たものにとっては、このようにさっと降って来ては止み、晴れ間がのぞく、そんな雨を「通り雨」などと言っていました。

 「時雨」に「通り雨」か。
 そんな言葉の違いを改めて思いますと、さすが、京都や、降る雨も、その雨を表現する言葉も雅だと、思わず納得してしまいます。
 
 そう納得すると、音も立てずに、しとしととふる雨は、京の都によく似合います。
 都大路に、ひょうやあられが降っては台無しです。

 さて、今、季節は春。
 今朝から降る雨は、さほどの冷たさを感じません。いや、むしろ、昨日よりは暖かいと感じます。

 春といえば、あの有名なセリフが思い浮かんで来ます。
 
 京の芸妓雛菊が「月様、雨が……」と傘をさしかけて言います。
 すると、月形半平太が「春雨じゃ、濡れて参ろう」と言う、あのセリフです。

 もちろん、これは新国劇の芝居のセリフですが、これほど人口に膾炙されたセリフも珍しいのではないでしょうか。新国劇など知らなくとも、そのセリフは一度は耳にしたことがあるという人も多いと思います。
 これから暖かくなる季節、雨に降られても、さして濡れまい、それより、美しい芸妓とゆっくりと歩きたいと言う、情趣を醸し出す雨として、多くの日本人の共感を得たものと思ってもいいかもしれません。

 私は黒澤映画をよく見ます。
 年に一回はビデオで、黒澤時代劇を見て、スカッとした気分になっているのです。
 その黒澤映画の「雨」は、いつも、土砂降りの雨です。

 <七人の侍>では、その土砂降りの雨の中で、野武士と侍の決死の戦いが行われます。
 土砂降りの雨だから、尚一層、侍たちがなんの役得もない、百姓たちを守る戦いで討ち死にしていく姿が高貴なものとなって行くのです。
 降る雨で、濡れた袴の裾の重たさに苦しみ、泥水に足を取られて転ぶ侍たちは、けっして格好いい侍の姿ではありません。
 しかし、これでもかと降る雨の中で、戦う姿は侍の高貴さそのものを伝えて余りあるものがあるのです。

 さて、雨降りの朝、私の脳裏に出てきた言葉が、<Sdaeh rieht edih dna nur yeht semoc niar eht fI>というものなのです。

 一体、これは何のおまじないの言葉かと思われる方もおられると思いますが、実は、これ<If the rain comes they run and hide their heads>を逆に書いただけのものなのです。

 A面が『Paperback Writer』として、そのB面として発表された『Rain』という曲の最後に出てくる珍妙な<歌詞>が<If the rain comes they run and hide their heads>を逆回転させたものなのです。

 別に意味などないと思います。
 彼ら特有の「遊び」であり、「実験」であったのです。
 と言いますのも、この頃、彼らはコンサートをやめて、スタジオで曲作りに打ち込んで行くからです。
 
 『Rain』の歌詞の内容は、極めて単純なもので、日本的情緒などこれっぽっちもありません。

 でも、気だるい歌い方、それとは逆行するようなメロデイアスなベース音、そして、「雨」を想起させるドラム。
 これなど、柳田がいう、「東国の平野ならば霰か雹かと思ふやうな、大きな音を立てゝ降る」かのようなドラム音なのです。

 朝から雨が降る日など、どうかネットで探し出し、みなさんにも、お聞きになっていただいきたいと思っているんです。




物売りの声

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子供でも、哲学をするんです。私たちの記憶を紐解くと、幼い頃、いろいろと考えていたことを思い出すはずです。椅子に座り、ガラス窓の向こうにある庭をただ見ているのではないのです。そんな子供の姿です。



 寺田寅彦に『物売りの声』という一文があります。
 その「物売り」の声が聞かれなくなったことに対して、このように寺田は書いています。

 「普通教育を受けた人間には、もはやまっ昼間町中を大きな声を立てて歩くのが気恥ずかしくてできなくなるのか、売り声で自分の存在を知らせるだけで、おとなしく買い手の来るのを受動的に待っているだけでは商売にならない世の中になったのか、あるいはまた行商ということ自身がもう今の時代にふさわしくない経済機関になって来たのか、あるいはそれらの理由が共同作用をしているのか、これはそう簡単な問題ではなさそうである。」

 さすが、物理学者、考えることが理に適っていると思いました。
 教育の向上が、人間に恥ずかしさというものを知らしめたとか、社会状況の変化が、物売りの存在をよしとしないものとなったなどというのは、今の時代にも共通する事象としてあります。

 教育のせいばかりではありません、社会的な豊かさ、清潔感の向上、健康志向の高まりが、一方で、喫煙の弊害を子供たちに知らしめ、同時に、<汚い・きつい・危険>な仕事から人を遠ざけていったのです。

 消費者は横着なものです。
 安いところへと流れる傾向を持ち、そのため、各店舗でいかに安く売るかを競う時代があったかと思えば、今度は、便利さを重視しだし、今の時代、ネットで居ながらにして買い物です。夕飯でさえ、ネットで注文し、届けてくれる時代なのです。
 そのため、一方で、昔ながらの人情味あふれる商店街がシャッター街となってしまいました。

 今、そのネットでものを買うということにも変化の兆しが見えてきました。
 第一に、それを配達する要員が不足し始めてきたのです。いかに、注文が便利でも、配達が遅れては話になりません。
 それ以上に、ネットでの情報管理にも不都合が多々見られるようになってきました。
 知らずに、好みを察知され、パソコンを開けば、これ買え、あれ買えとやられてはうんざりです。

 時代は、また、新時代を迎えるために頭をひねって行くに違いありません。

 朝の眠気がまだ残る中で、台所から大根を刻む音が聞こえ、外では、<ナットー、ナットナットォ〜>と、自転車に乗った納豆売りの声が途切れ途切れ聞こえ、それを追うかのように、豆腐屋のラッパの音がしています。

 寺田の一文を読んだ翌朝、私はおぼろげながらに、朝方の夢を見たのです。
 そうだ、確かに、そんな時代があったのだと、寝床で体を丸めて、耳を済ましたのです。しかし、あれからゆうに半世紀が経過し、そのような物売りの声が、このつくばの田舎町にするわけがありません。

 耳を澄ませて、聞こえるのは、白菜を栽培しているあの農家の家で飼われている鶏の刻を告げる声でしかありません。

 ふと、ロンドンのマリルボーン駅での出来事を思い出しました。
 オックスフォードでしばらく暮らしていた時、休暇を使って日がなロンドンをブラブラしたことがあるのです。あれは確かバッキンガム宮殿でかの有名な衛兵交代の様子を垣間見て、その後、近くの停留所から、何気に二階建てバスにのりこみ、二階の一番前の席に陣取り、乗合バスを観光バスよろしく楽しんだ日のことでした。

 はて、このバスはどこへ行くのだろうか。アナウンスを聞いているとマリルボーン駅だというのです。
 それは結構だと私は愉快になりました。
 なぜなら、その駅は、一度は尋ねて見たい駅だったからです。

 ケンブリッジにいる時は、キングスクロス駅。オックスフォードに行くには、パディントン駅を利用するのが私のこれまでの決まりです。
 ですから、マリルボーン駅にはなかなか行く機会がなかったのです。

 で、なんで、マリルボーン駅なのかって、もう少しその辺は待ってください。

 さて、二階建のバスの最前列中央は、ロンドンの横丁を観光するには最高の場所だと得意げに、バス旅行を楽しんだのです。
 信号で止まったバスから階下のロンドンに暮らす人々を見ますと、実に雑多な顔があることを知らされます。明らかに異国の人たちの顔です。これだけ、この街には異国から人が入って来ているんだとつくづく思うのです。

 バスは大通りから横道に進路を変えます。 
 レンガの建物がせめぎ合う中をバスは進みます。いつも思うのですが、この街の建物というのは、なぜ、入り口が狭いのかとと。病院でさえ、ロイヤルと名前を持つくらいですから、れっきとした病院なのに、入口などシャレにならないくらい狭いのです。そんな病院前の停留所をすぎて、また大通りに出ます。

 このバスは大通りと横丁を出たり入ったりして、客を目的地に運ぶバスのようです。
 そして、バスは終点、マリルボーン駅につきました。

 外観は、あの時と何ら変わりはありません。
 いや、私は、あの時、外観など見てはいないのですが、それでも懐かしさを持ってそう思ったのです。
 しかし、内部は随分と近代化されています。昔、私が見、想像していた趣は一向に感じられません。

 あなた、一体、一人で何を語っているの? とそんな声が聞こえて来ます。

 このマリルボーン駅は、あの<A Hard Days Night >が撮影された駅なのです。
 ですから、私は、一人、この駅舎にあって興奮状態にあったのです。
 映画で見て、目に焼き付いている映画冒頭のシーンさながらのシーンがそこにあるのではないかと。

 しかし、時代というのは酷なものです。

 跡形もなくそれらは歴史の彼方に吹き飛ばされていました。
 それでも、私はこの駅で、何をするわけでもなく、お茶を飲み、軽食を口にして、あちこちを歩きながら、かつてのあの時間を共有しようと取り組んでいたのです。
 そして、いつの間にか夕方です。
 そろそろ、おいとましようか、こんばんはソーホーのチャイナタウンで美味しいワンタンでも食べるかと思っていた時でした。

 私の後ろで、新聞を売るために準備をしていた爺さんが、急に大きな声を張り上げたのでした。
 高い、それは、伸びる声でした。
 <パイパ〜、パイパ〜、……>
 そうして、帰途につく人々に新聞を売っているのです。  

 その声を聞いて、この国には、まだ、物売りの声が生きているんだと、私は愕然としたのです。

 そんなことを私は思い出したのです。
 時代は変遷し、記憶の中でセピア色になって行くのは致し方のないことです。それらは一人一人の心の中で、淡い光を放って、あり続けるものなのです。

 物売りの声の余韻を耳の奥にしまい込み、さて、今朝も起きるとするかと私は布団を跳ね除けたのです。




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nkgwhiro

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