Facebookが面白くない

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嵐の朝、玄関に新聞を取りに出ました。さすがの新聞もこの日は遅れるようです。いつもの場所に、新聞はありませんでした。ちょっと先にある信号が赤になりました。その光が雨模様の空気に反射して、赤と青の色彩を作っていました。



 このところ、Facebookが面白くない、と思っているのです。

 別に、ザッカーバーグに不平や不満があるわけではないのです。
 彼が、ちょっとしたアイデアを、大学だけに限らずに、世界的な規模にまで拡大し、大金持ちになっていることにやっかみを持っているわけでもないのです。

 それは、彼の特異な才能であり、そう運命付けられた星のもとに、彼がいるからであって、取り立て、文句をいう筋合いではないことはわかっているのです。

 しかし、このところ、明らかに、Facebookが面白くないのです。

 新しい事というのは、それまでなかったことを生み出すということです。
 あるいは、もっと、的確にいうならば、それまであったものを駆逐して、それに取って代わるということでもあります。

 Facebookなるものは、それ以前に同じようなものがなかったわけですから、天才によって、新たに生み出された画期的なシステムといってもいいものなのです。

 自分の写真や経歴を出して、そのことで音沙汰のなくなった友人と出会えたり、それまではまったく知り合うことの不可能なシチュエーションを作り出してくれることで、別世界の人と交流ができることで、Facebookは画期的であったのです。
 私自身も自分の描く絵を介在して多くに人と知り合いになれました。

 でも、やはり、Facebookは面白くなくなったのです。

 何も、Facebookばかりではないのです。
 あの1995年以降、Windows95が出てきて以降、今に至るまで、私の生活を便利にし、潤してくれたさまざまものに分岐点が来ているような感じを、私は密かに受けているのです。

 いや、世界が、大きな変化を、目に見える形で、し始めた可能性を感じているのです。
 
 ローマ帝国が勢力を失い、この世界から消えていくときの、あるいは、ナポレオンのフランスが破竹の勢いを失い、混乱をきたしていくあのときの、そして、馬や牛などを使っていた時代から蒸気機関という比較にならない力を得た人類のあの時代のように、世界が変化を迎えている可能性を感じ取るのです。

 GDPで国の価値を計る時代も、会社組織の大きさで人生の安泰を予測する時代も、そして、卒業した大学の価値だけで人を判断する時代も、どうやらそのありように変貌を遂げているきざしを見て取ることができるのです。

 ソ連が崩壊し、対していたアメリカの一強の時代も、どうやらこのまま行けば終末を迎えそうな雰囲気です。

 今、アメリカは、憂うべき環境変動を偽りと断じ、石炭を大量に使う20世紀に逆戻りしています。
 何より、独りよがりで了見の狭い、大金持ちで鼻持ちならない大統領ではどうにもなりません。
 私の暮らすつくばでさえ、環境変動を感じ取れるのに、それを偽りだとするアメリカに、どの世界の、一体誰が、信を置くでしょうか。
 
 変化の時代には、変化に対する反抗も必然的に起きます。

 産業革命の折に、イギリスの労働者たちは自分たちの職を奪った機械を打ち壊しました。
 必然的な時代の流れとしての前進に、それを理解できない人々の抵抗はもちろんあるのです。

 今、日本ばかりではありません、世界で、店舗が消滅し、人は職場を奪われています。
 きっと、いま盛況を誇っている産業も安泰でいることはできないでしょう。
 化石燃料で動く車や飛行機は時を経ず衰退をしていく運命にあります。
 電気で動く車や飛行機がこの地球上に残るのです。

 そして、一家に一台なんて馬鹿げたキャッチュコピーも20世紀の懐かしいコピーとして歴史的遺物になるのです。

 なんでもシェアーの時代が始まりつつあるのです。
 渋滞もなく、事故も大幅に減ります。
 何よりも、負担が軽減されます。

 それが、これからの人類が選択する道なのです。

 「自分の」「自分だけの」という価値観を、近い将来、人類は捨て去るのです。
 それを察知する現代の人間は、19世紀の人のように時代の前進に対して、ロボットや100兆個を超えるという、張り巡らされたセンサーの破壊をすることはありません。
 それらが、自分たちを支え、必要と感じ取っているからです。

 人はきっと、シェアーされら4つの小さなドローンをつけた乗り物で空を飛び回り、体に埋め込まれたセンサーでビックデータにアクセスし、自らの行動を判断し、必要なものを店で買うのではなく、家庭用3Dメーカーで、いとも簡単に、自分で作り出す時代を生きるのです。

 アメリカに取って代わろうとした中国の野心は、時代の流れを与することができずに、アメリカ同様に停滞の憂き目にあうことでしょう。
 中国によってなされた多大の投資は、投資された地域に投資に倍する債務として残され、安直に作られたインフラは破綻をきたし、思想が優先した体制は自壊を始めていくのです。

 つまり、時代は、中央集権を拒み、集約的ではない活動を望んでいたのです。
 当然、そんな時代に、特定の人物を崇め奉る政治体制は意味をなくしています。
 もちろん、ネットを規制し、体制の維持を図る政策も意味をなくしています。

 エネルギーは、膨大な金額を必要とする原発ではなく、安価な自然エネルギーで、それも、各家庭で必要に応じて作ることができるようになっていくのです。

 Facebookが面白くないと感じたのは、きっと、そんなちょっと先の未来を頭に描いたからなのです。





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なんと浪漫チックなのだろう!

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筑波のお山も厚い雲で覆われてしまっています。台風がこちらに向かって進んでいるようです。つくばは雨はさほどではありませんが、南風が激しく吹き付けるこの朝ではあります。


 ロビーナで暮らしていた、ある日の晩のことでした。

 ケンジントン・ストリートに暮らすアラン夫妻のご招待を受けて、近くのパブで行われた誕生日コンサートに出かけました。
 滅多に、夜、歩いて出かけることなど、つくばでも、ロビーナでもありませんから、何だか気分がそわそわしていたのを覚えています。

 ロビーナの住宅街の芝生の道を歩いて、そして、公園を抜けて、その角にあるバジルという名のパブに向かっているのです。
 柔らかな電燈の橙色の明かりが適度に足元を照らし、そして、空には満天に星が瞬いていました。

 何気なく、見上げた空には、北半球とは異なる配置で星が瞬いていました。
 iPhoneを出し、アプリの<Ster Walk2>を開きます。
 それを空に向けると、星の瞬きが、星座として、iPhone画面に認識されるのです。
 わぁ、すごいと思いながら、10分もかからないでいけるパブに、30分ほども費やしてしまったのです。

 今年のノーベル物理学賞の受賞内容を読みましたが、随分と、壮大かつ浪漫チックなものでありました。

 ことの発端は、何と1億3千年前にも遡ります。
 宇宙の一角で、二つのブラックホール、つまり、中性子星が合体したのです。
 その際、太陽の3倍に及ぶ質量を持つエネジーが発せられ、光の速さで伝わる時空の歪みを生み出します。

 それこそが、「重力波」というものです。

 これは、100年も前に、アインシュタインが予言した理屈なのです。
 「重力波とは、質量を持つ物体が動いた際に生じる、時間や空間のゆがみ、それが波のように伝わる現象」というものです。
 で、今回は、その重力波を観測し得たことに対しての受賞だというのです。
 
 観測されたのは、昨年の夏のことです。
 アメリカにある観測施設LIGOで最初に、そして、イタリアにあるVirgoという施設でも、この重力波が観測されたのです。
 直ちに、世界各国の天文台に通知され、世界規模での観測が始まりました。
 
 日本では、ハワイ島に設置されている「すばる望遠鏡」で観測が始まりました。
 そして、指示された方向に、中性子星の合体時にでた「光」を認めたというのです。

 この「光」の観測もまた、世界初という快挙であったと言います。

 現在、日本は、岐阜県の飛騨市に重力波を専門に観察する望遠鏡「KAGRA」を建設しています。
 それが完成すれば、重力波及び衝突で発生した光を観測する精度が、1桁上昇することとなります。
 これにより、重力波だけではわかりにくい、中性子星の位置関係やブラックホールそのものの状態がわかるようになるというのです。

 ブラックホール、つまり、中性子星というのは、超高密度の天体が爆発した時の残骸をさします。
 直径20キロメートルほどの残骸でも、重さは太陽と同じだというのですから、「超高密度」というのです。
 それが爆発することで、私たちが希少価値と位置づける金や白金が作られたとも考えられています。
 
 金や白金が宇宙の果てしない彼方の爆発で作られているというもの浪漫チックではありますが、さらに、浪漫チックであるのは、1億3千年も前の爆発時の衝撃を、波として捉え、それを観測するということです。

 人間というのは、そんなこともできるのだと感心するやら、研究に従事している方々の頭の出来の良さにも感服するのです。
 
 この9月15日にも、浪漫チックな出来事が銀河系の彼方で起こりました。
 それは、何だか、涙が出てくるような浪漫チックな出来事ではありました。
 
 1997年秋、無人探査機カッシーニが35億キロの彼方の土星に向けて打ち上げられたのです。
 土星に至るまで7年を要し、周回軌道に乗ってからは13年の長きにわたり、さまざまのミッションをこなし、この9月15日に「退役」をしたのです。

 「退役」とは、土星の大気圏、ガスが充満した中に落ちていき、その存在を消し去ることを意味します。

 きっと、カッシーニは、地球の10倍はある土星の強力な圧力に押しつぶされ、そして、未知のガスにまみれ、火を吹いて燃え尽きたはずです。
 機械とはいえ、人類のために自らを犠牲にして、多数のデータを送ってくれたカッシーニに、私は「情」さえも感じてしまうのです。
 
 何と、浪漫チックな話ではないですか。

 人工衛星だと偽ってミサイルを発射する国に、この浪漫チックな話を伝えたいものです。
 果てしない宇宙空間は、地球人類が一致協力して、新しい空間を人類のために作り上げるための場であるということをです。

 それにしても、星空というのは、太古から今に至るまで、私たち人類の夢を育んできた場所であると言えます。
 まさに、浪漫チックな場所なのです。





ネット遊撃戦を展開せよ

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ゴールドコーストにあるカジノに通じるエレベーターです。大きなパチンコ屋さんがそこにあるのです。ただし、音はありません。警備員は私の姿を見るなり、通過を許してくれました。あとの人たちは身分証明書とか、提示を求められていたのに、そんなに金持ちに見えたのかしらと、それとも、こいつはカモだと思ったのか、それはわかりません。しかし、どう遊んだらいいのか、一向に分からず、カジノを出て来たのです。


 よくもまぁ、こう毎日、降る雨です。今朝も、窓の向こうから雨音が聞こえて来ます。

 午後の仕事の前に、ちょっと裏道あたりを散歩といきたいのですが、雨に濡れるのも嫌で、部屋の窓から恨めしそうに外を眺めています。
 それに、寒い日もあります。
 セーターを引っ張り出してきて、そんな日は暖かくしているのです。

 そんな時でした、私のMacBook Proが一通のメールを受信しました。

 「立憲民主、共産、自民に迫る勢い」という表題が映し出されています。
 一体何事が起こったのかと字面のありように驚きました。
 しかし、冷静さを取り戻し、気になったメールを開けてみますと、送ってきたのは、購読契約をしている大手の新聞社からのもので、フェイクニュースを流すはずもなく、何と表題の下にカッコ書きで、「ツイッターで」とあるではないですか。

 ツイッターで呟かれた言葉の中にある政党名から、かの政党が第2位の共産の20万件に迫る勢いであるということを示しているというものでした。

 記事の中にある折れ線グラフを見てますと、解散時、一挙に他党を引き離して突出し、日を追うごとに下降の一途を辿る党がありました。
 「排除・選別」をしたあの党です。
 言わずもがなのありようです。
 日本人が最も嫌うあり方をしてしまったのですから致し方ありません。

 さて、ネットを使っての選挙運動が解禁されたのは、確か、2013年のことでした。

 ホームページやブログ、SNSを使って、ある程度の制限はありますが、選挙運動が認められました。広く国民の政治参加を促すということだったかと思います。
 私が購読契約している新聞の候補者一覧でも、候補者のネットでの発信状況が記号で示されていました。
 有権者としては、候補者一人一人が、ホームページやSNSのアドレスくらいは持っていておかしくないとは思いますが、お年を召された候補者、とりわけ、共産党の候補者の方々には、ネット構築が何もされていないという方が多かったようです。
 年齢以外に、何か理由でもあるのでしょうか。

 さて、そのネットでのありようが選挙にどう結びつくのかはわかりません。

 まだまだ、ネットで候補者を選択する環境にはないと思うからです。
 もし、この環境が整えば、シルバー民主主義って言いましたか、それは必然的に解消され、ネット環境を有する若い世代の影響が大になることは間違いのないことだと私は思うのです。
 しかし、マスコミの方々からすれば、そうも言えないというのが大方の見方です。
 つまり、若い世代はネット環境があっても、せいぜい、見るのは、候補者の経歴ぐらいで、そこに示されている公約とか、細かい数字など見ないというのです。
 では、老人たちが、新聞やポストに放り込まれた政党の公約を見ているかと言えば、そうでもないと私は思っているのです。

 選挙民にとって、候補者を選ぶ際には、政党だとか、あるいは、人物だとか、つまり、好悪の感覚が一番なのではないでしょうか。
 中には、一票を入れる際に、この人なら、当選しそうだという人に入れるという人もいます。当選しない人に入れる一票は無駄遣いだからというのがその理由です。
 それがいいのか悪いのかは簡単には言えません。
 その理由にも、合理的な理由があると思うからです。
 いや、むしろ、この一票の無駄遣いというのは正当な理由の部類に入るのではないかとも思うのです。

 ネットが選挙に影響を与えると言えば、実のところ、いい話ばかりではありません。
 先のアメリカ大統領選挙では、ロシアの介在が伝えられています。
 ネットを通して、膨大な広告や記事を配信し、一千万人の有権者に影響を与えたというのですから、ただ事ではありません。

 欧州でポピュリズムなる悪しき風潮が拡散したのは、ネットをうまく使い、目の前の問題に対する危機感を煽ったからだとも言われています。
 ネットで、移民は悪いやつばかりだ、移民の中にはテロリストが潜んでいるなどと、確たる証拠もないのに、人を煽るのです。それにより、人はそうだと思い込んでしまうのです。

 どこの国の政治家も、民意だとか、国民の想いなどという言葉を使います。

 彼らのいう民意とか国民の意思というのは、自分たちと志を同じくするものたちのそれであって、国民あまねく全体を指してはいないことは明らかです。
 そうした中にあって、ネットというのは、あまねく国民が何を考え、どういう方向へと行くことを求めているのかを知る上で、極めて有効なツールではあるのです。

 ですから、ネットをもっとたくさんの人が使い、意見を公開することで、「民意」とか「国民の意思」はより正確に把握が可能になるのです。

 さらに、それをよく存知した政治家であれば、ネットでの意見を拾い上げ、行政と掛け合って、それを実現し、さらにネットでその成果を取り上げていけば、ますます支援者は増えて行くはずです。
 つまり、ネットが持つ双方向の、躍動的な、時宜をえた政治が可能になるのです。

 そんなことを考えて、日本の政治が良い方向に進んで欲しいと願っているのですが、お隣の国では、そのネットが不自然な形で、大幅に制限されているということです。

 もっとも、共産党一党独裁ですから、民意も人民の意志も関係はありません。

 唯一、共産党だけが正当であり、すべての国家活動を指導し、人民を導いて行くのです。
 ですから、ネットなどを使って、十三億の民がそれぞれの見解を述べ出したら、それこそ収拾がつかなくなってしまい、それが国家分断、ひいては、かつてのように、中国は再び、混乱の大地になってしまうというのです。

 しかし、今回の党大会のまとめを読んでみますと、そちらはそちらで勝手におやんなさいと行っているわけには行きそうもないようなのです。

 何せ、社会主義現代化強国となり、トップレベルの総合国力と国際的影響力を有する国になり、中華民族は世界の諸民族の中でそびえ立つと謳っているのですから。
 アメリカに匹敵する軍事力、つまり、空母機動艦隊を編成し太平洋に打って出るのです。
 また、一方、辺境の安全保障を確立した上でユーラシア大陸を一手にその手中に入れるというのです。

 人類が未だなし得ていない大陸国家と海洋国家の二つの側面を一挙に手に入れるというのです。
 マハンの理論など屁にも思わない傲慢ぶりなのですから。 

 夢は大きい方がいいには越したことがありませんが、これでは、ちょっと、心配です。

 そこには、民意も、人民の意志も一切お構い無し、あるのは、党と指導者しかいないからです。
 アメリカでも、とんでもない指導者が出ていますが、それには任期があります。
 しかし、一党独裁であれば、いかようにも変えることができます。

 そこが怖いのです。

 「党」のために、自分だけの国ではなく、周辺諸国さえも、「党」の正当性を口実に指図されるのは真っ平御免です。
 彼らが、ネットを目の敵にして弾圧をしてくるのなら、こちらは、ネットを使って、徹底抗戦、遊撃戦を展開するほかありません。

 彼の国の建国の父と言われている毛沢東が編み出した『遊撃戦論』を今度はこちらが活用するのです。

 ネットの奥底から意見を発信し、まっとうな国になるよう風向きを変えて行くのです。
 そんな風にちょこっと思ったのです。





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闊歩する言葉

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外国と日本の違いはと問われれば、海のすぐそばに高層ビルがあるかないかと答えてもいいのではないでしょうか。地震のあるなしが、街の風景を決めているのです。でも、もう一つあるんです。海に匂いがないのです。日本の海には、匂いがあります。潮の匂いであり、海産加工の匂いです。サーファーズの海岸、雲の一つもない空、少ない人……日本の海もいいですが、これもまたいいものです。


 言葉に関しては、あまり人のことをあれこれと言えない私です。

 いや、私ばかりではありません。
 誰もが、そうした経験を持っているはずです。

 触れて欲しくない、思い出すのも嫌な、あの一瞬です。
 不用意に言葉を口に出してしまったこと……。
 気持ちとは裏腹に思いもかけない言葉を発してしまったこと……。
 相手をいたぶる気などないのに下劣な言葉で相手を非難してしまったこと……。

 数え上げれば、きりがないほど、赤面してしまう場面を、誰しもが経験しているのです。

 遠慮のない子供が、ハゲのおじさんを見て、ハゲと言うのと、それは異なります。
 太ったおばさんを見て、デブというのとも違います。
 子供は遠慮がありません。
 思ったことを口に出すのが子供であり、そこには、相手を愚弄する意図などこれっぽっちもないのです。

 次第に、世間のことがわかる年齢になると、さすが、子供でも、「遠慮」が出てきます。
 まさに、「遠きを慮る」気持ちが、自分の口から出そうになる言葉を飲み込ませるのです。

 にもかかわらず、人間は、なにゆえに、取り返しのつかない言葉をその口から発してしまうのでしょうか。

 大人といっても、世間に出たばかりの、若者は、世間のことも知らず、周囲のこともわきまえることができずにもいるでしょう。
 だから、大きな顔して、これ見よがしに言葉を弄することもあります。
 間違った言葉遣いをすることもあります。

 しかし、そうした言葉を発してしまったことを深く省みて、これではいけないと思うのも、若者の特権です。
 ですから、世間の人は、青年の発言には、たいてはおおらかに対処するのです。

 私は、教員でしたから、そうした生徒の行き過ぎた言葉のありように随分と接してきました。
 教師を権力の象徴のように考え、反抗してくる生徒もいました。
 よくよく、説諭しないと、社会に入って、批判ばかりするろくでもない人間になってしまいます。ですから、時間をかけて、気長に、話をして行きます。
 もちろん、そういう生徒は、すぐに改まるということがありません。
 持っている病根は深いのです。

 昨今、教育の成果を急ぎ過ぎて、牛の角を矯めるような指導をしたがために、生徒が命を落とすという事件もありました。
 これは教育をしようとする焦り、教師の驕りから出た悲しい事件です。

 教育とは、伸びようとする生徒に、手を貸してやることです。

 学校で、教育ができなくても、次のレベルで教育はなされます。
 ことを急いては教育もへったくりもありません。

 社会、と言いましたが、すべからく社会なるものが、教育を果たしているかと言いますと、そうも言えません。
 だったら、お前さんのいう教育というのは、その場所しのぎ、いや、放棄ではないかと思われるかもしれません。
 でも、そうではないのです。

 社会、世の中には、「反面教師」という立派な教師がおられるのです。

 例えば、都知事さんです。
 立派な方で、努力をされてきた方ではあると思いますが、知事とか、首相とかは権力の柄を手にした方です。そういう方というのは手にした柄を振り回してはなりません。

 これは、世の中を渡る上での鉄則です。

 しかし、都知事さんは、その柄を振り回してしまいました。
 「排除」という言葉にある、傲慢さと不寛容さを、きっと、多くの人が学んだことだと思います。

 アメリカ大統領も、しょっちゅう、私たちの反面教師になってくれています。

 どっちが頭がいいかなど、私たちは知りたくもありません。
 頭の良し悪しで、人は判断できないからです。
 それなのに、国務長官にバカ呼ばわりされ、これ以上、政府の要人に辞められたらどうしようもないから、ここは我慢して、しかし、言葉では、その国務長官とIQ検査をして、どちらが頭がいいか、もちろん、自分だと雑誌のインタビューで語っているのです。
 これを読んで、さすがに、アメリカ大統領だと思う人はいないでしょう。

 そういう言い方をすれば、さげすまされるということを多くの人が学んだはずです。

 環球時報を見ていましたら、日本がイギリスで走らせている列車が「水帘洞」だと書いてありました。
 「水帘洞」ってなんだと調べてみると、小さな滝の穴と出ていました。
 日本の新聞でも、日本の企業が製造した車両が、鉄道発祥の地で走るという誇らしげな記事を読んでいましたから、何事かと記事を読み進めて行きました。
 つまり、初めて走った列車の空調がうまく作動せず、そこから水が落ちてきたというものです。
 きっと、日本企業のことですから、技術者が乗り込んで、即応したかと思うのですが、記事はそこは書いていません。ですから、乗っていなかったのかもしれません。

 これなどは、反面教師というものではありませんが、隣国の良くないことをこれ見よがしに書き立てるという点では、自分たちがそうならないよう、また、書くにあたっては、もう少し、客観的に、中立的に、書くべきであるということを教えてくれるのです。

 日本の新聞のコラム欄に、ボストンの近くにあるケンブリッジ市のことが出ていました。

 ここにある大学の一つで、私は2回ほど、夏休みを使って、生徒の英語研修の引率に行ったことがありますので、興味を持って読んだのです。
 全米一、安全安心のある街として、私が出かけていた頃から言われていたところですが、コラムには、「You are safe here.」と書かれたポスターがいたるところに貼られていたというのです。 

 そこには、このような文言があったと言います。

 ……歓迎します。どんな人種も、どんな宗教も、どの国の生まれでも。
 ……どんなセクシャル・オリエンテーションのひとも(もちろんLGBTも)、どんな性別でも。
 We stand with you. と。

 これがトランプが大統領となっている国のポスターなのです。

 公然と、大統領の政策に反することを正々堂々と打ち出すのです。
 日本で、政治家の演説に対して、それを妨害するようなヤジをとばすのとは、少しわけが違うと感じました。
 己の意見はこのように静かに、しかし、強烈にすべきものだと教えてくれているようです。

 この世の中、まんざら捨てたものではないと、私はこのポスターを見て思ったのです。





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無用な心配は大いなるお節介

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野の花は、何の手当てがなくても、そこに咲きます。自らが、土の中で水を求め、栄養を求め、土の上では寒さをしのぎ、暑さを避ける工夫をしているのです。人間も同じかなと思うのです。



 チグリス・ユーフラテス、インダス、ナイル、そして、黄河。
 いうまでもなく、四大文明を発祥させた川の名前です。

 そのうち、黄河文明で使用されていた文字「漢字」だけは、今に伝わっているのです。

 すごいことではないですか。
 5千年も前の知恵の結晶が今でも使われているのですから。

 現在、漢字を使っている国は、本家中国に、それに日本だけです。
 中国では、煩雑な漢字を略して表記する簡体字を用いる大陸地域と昔からの繁体字を用いる台湾など、その他東南アジアに暮らす華僑のいる地域があります。
 日本では、10万字はあるという漢字に加えて、二種の仮名までも用います。
 日本語を学ぶ外国人は、大変な苦労を強いられることになります。
 
 ロビーナで暮らす私の孫も、複雑な言語環境の中に身を置いています。
 もっとも今は、文字を読めないので、もっぱら音、言語による特殊な環境下にいるわけです。

 先日、娘からラインがあって、こんな話をしていました。

 なんでもおしめの中にウンチをするとき、孫は、テーブルの下とか、バスルームのはじにそれとなく移動するのですが、その折、何気なくついていこうとすると、おもむろに振り返り、「ウエイト!」と声をかけられたというのです。
 「ママ、来ちゃダメ」とか、「来ないで」という日本語に比べると、英語の「ウエイト」はきついというのです。
 きっと、キンディで、友達や先生から、何かの折に「ウエイト」と言われて、その言葉の使い方を覚えているのでしょう。

 私が向こうにいるとき、いつもは騒がしいこの孫が随分と静かにしている時がありました。
 コックリと居眠りをしている時と、iPadで動画を見ている時です。

 iPadには、YouTubeの動画が入っています。
 娘がお気に入りに登録していたのですが、その登録ページにも似たような動画があり、それを器用に、小さな指でスクロールして、面白ければ長めに、つまらなければ次にと、さっさと動かしてみているのです。
 もちろん、気に入ったものは何度も飽きずに見ています。

 何気に、何を見ているのかをそっとうかがって見ると、ロシアのちょっと気の強い女の子が森の動物とあれこれ騒ぎを起こすアニメーションのようです。
 耳をすますと、確かにロシア語です。
 またある時には、日本語でドラゴンボール、スパイダーマンを英語で見ていたりもします。
 
 私の世代が子供のころ、膝の上に置いた機器で、このように言語の異なる、それも、いろいろな国で作られた多少価値観の異なる、あるいは、文化背景の異なる映像を見たことがあるだろうか、異なる言語に飽きもせず耳をすませることなど、ただの一度もなかったはずです。

 当時、テレビで放映されるアメリカ映画は全部が日本語に吹き替えられて、それとなく、日本的にアレンジされていたような気もするのです。
 あの時、テレビ局が英語で放映し、字幕をつけていてくれたら、私たちの世代も多少英語が流暢に喋れることができたのではないかと思っているのです。

 少し大きくなった頃に、「電卓」が、安い価格で、世の中に売り出されるようになりました。

 すると、大人たちがこぞって、それは子供の計算力を奪うと口から泡を出して言い出しました。
 そろばんの苦手な子供の一人であった私は、余計なことをいう人たちだと思いながら、「電卓」なるものの登場を大いに歓迎していたのです。

 その後、ワープロが登場して来ました。
 すると、今度は、漢字が書けなくなると、おまけに、考える力も削がれるのではないかと、真顔で、世の評論家諸氏が言い出したのです。

 その頃は、もう、働いていましたので、無理して、当世随一のワープロなる機器を買って、使い出しましたが、すると、今度は、誰にも簡単に扱えるコンピューターが鳴り物入りで登場して来ました。
 夜7時のNHKニュースで、そのソフトが売り出されることが報道されるくらいの盛り上がりようです。
 1995年のことでした。
 私は、まだまだ使えるワープロを放り出し、このコンピューターにのめり込んでいくのです。

 10万字あるという漢字に、それに二種の仮名文字を、アルファベットの配置されたキーボードを叩き、画面に打ち出し、それをプリントアウトし、教師としての仕事は、今までの数倍、いや、数十倍、早くこなしていけるようになったのです。
 
 そんな自分のありようを振り返ってみると、孫がiPadを使って、動画をみて、言葉を触れていることは価値あることではないかと思うのです。

 それが、どこの国の言葉であるとかわからないまでも、自分の好きなキャラクターが喋る言葉には親近感があるはずです。
 この言葉の意味は熊なのだとか、自分と同じ名前の登場人物がこの漫画には出ているとか、あるいは、親が蜘蛛がいるという、あの蜘蛛がスパイダーともいうんだと、知らず識らずのうちに頭に入ってくるのですから、しっかりと根付くはずです。

 バイリンガルとかトリリンガルとか言われて、多言語を話せることは、脳にあるニューロンが、モノリンガルの子より結びつきを複雑にするのではないかと想像したりもするのです。
 しかし、その一方で、漢字は苦手になるだろう、しかも、日本の歴史はまるきりわからなくなるだろうと心配もするのです。

 そんな心配をする自分に、私は、ハッとしました。

 あの時の大人たち、評論家諸氏たちと一緒ではないかと。
 電卓が世の中に浸透して、計算能力が劣りましたかと、ワープロやコンピューターを頻繁に使うようになって、漢字がまるきり書けなくなりましたかと。

 それに警鐘を鳴らす大人たちに冷たい視線を送っていた自分が、その大人と同じような気持ちで孫を見ようとしていることに気がついたのです。

 そんな心配などすることはないのです。

 孫は、必要であると思えば、漢字を学ぶであろうし、同じように、日本の偉人に興味を持つだろうということです。
 孫が必要としなければ、それはそれでいいことなのです。

 孫の必要とするものは、孫が生きていく上で、自分で判断していくからです。

 実につまらぬ心配をしたものです。
 我ながら呆れてしまったしだいです。





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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《10/24 Tuesday》

‼️現在、<Puboo!><Facebook>で、最新の作品を公開しています。‼️

❣️<Puboo!>にて、『だから、朝は素晴らしいんだ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『Mermaid beach at Gold Coast. - The forcing look blows and is no swimming allowed on this day. I was walking a beach. When I try to take a picture of a no swimming allowed flag's trailing along in a wind, one man has begun to come near the field and take a picture of the skyscraper group. That makes a picture.
美人鱼海滨於黄金海岸。- 强的风吹,这天是游泳禁止。我,走着在海滨。我,预先打算拍下来游泳禁止的旗在风上密布的话,一人的男人为田地的荞麦面来,开始拍高层群的照片。那个如画。』を公開しました。

❣️<Twitter>では、『ものかき』と銘打って、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。朝は、その日の記事について、晩は、明日の記事についてのつぶやきです。

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