東京では,日曜日に……

歩く男の像


 私の家では,日本経済新聞を購読している。
 ネットでは,朝日・読売・産経・赤旗・BBC・CNN・人民日報・環球時報に目を通している。

 この日,日経・読売・産経その他になくて,朝日・赤旗・環球時報にだけあったものがあった。
   赤旗 『12万人 怒りの包囲 戦争法案ノー 全国1000カ所超』
   朝日 『「いつか教科書に載る景色」 国会前デモ、なぜ広がった』
   環球 『日本10万人包围国会抗议安保法案』

 10乃至12万(極めて大雑把である)の人間が,国会を取り囲んだというのだ。これは大事件だぞ。しかし,なぜ,一部の新聞だけしか,この大事件を報道しないのか。

 そんなことを,この日の朝は考えていた。

 まず,朝日は「いつか教科書に載る景色」と遠回しに同調ないし支持をにじませている。ただ,10万を超す人間が国会を取り囲んだからといって,歴史に残るだろうかと私はいぶかった。
 赤旗は,「戦争法案」という表題がついていた。
 思想的に違うといえばそれまでだが,また,專門的に法案を読んだわけではないが,内閣が提出した安全保障の法案が,戦争を促し,若者を戦場に派遣するものとはどうしても思えないのである。
 冷静に考えても,日本を威嚇し,愚老する国に対しての確固たる意思表示であると思うのである。だから,「戦争法案」という言葉には大変な違和感を私は持つ。
 むしろ,環球時報の方が,冷静に,この出来事を伝えていると思う。

 つまり,日本を守るための法案を放棄させ,他国の蹂躙に手をこまねく政府を欲する気にはなれないのである。ましてや,それを「戦争」とか「徴兵」,「憲法違反」とかいうお題目でごまかすのはいただけない。憲法はもちろん大切であるが,憲法を守って,国を守らないのは本末転倒である。
 
 軍を養うは戦をするためにあらず。

 しかし,政府に対して異を唱えることを,よしとする国にいて幸せだと思う。戦車で踏み潰したり,こういうことが起こらないよう,事前に首謀者を検束することなどないのだから。

スポンサーサイト

直す方と直される方



 キャブレターとは,ガソリンと空気を混ぜ合わせる部分をいう。
 その修理が済んだという知らせが入った。いつも修理をお願いするKさんは申し訳なさそうに修理代を提示した。当初,6万くらいかかると言っていたのが,5万弱で済んだ。
 乗りなさすぎです。
 K氏は,申し訳なさそうな姿勢から,一転して,こわもての表情になって言った。
 少しでもいいから,沖に出て,全速力で湖面を滑ってください。そうすれば,キャブレターも汚れなくなります。冬は定期的にエンジンをかけてください。ガソリンは使い切ってから,新しいガソリンを入れてください。古いガソリンと混ぜないでください。
 まぁ,小姑みたいに口を尖らして言っている。
 わかりました。
 これがいつもの返事である。
 
 医者や看護婦も,食べ過ぎはダメ,アルコールの摂りすぎはダメ,運動をしなくてはダメと口うるさい。
 先だって,MRIの検査を受けねばならなくなった。まだ,下垂体腺腫が取りきれずに幾分残っているのである。その経過を見るための検査であった。
 「食事をしてきたんですか,ここに,4時間前から何もとってはダメと書いてあります。」と受付の女性に言われた。私は朝が早いんです。ですから,まもなく4時間を経過します。
 結局,8時半のMRIが10時半に伸ばされた。
 それは丁寧に,確実に検査をして,私の健康を維持させようとの思いからであることは重々分かっている。
 しかし,言いようがあるだろうと思った瞬間,わたし自身も現役の教師時代,そのくらいのことがわからなくてどうするとか,もっと,生徒のために,生徒を第一に物事を考えられないのかと生徒や教師に説教を垂れている姿が浮かんできた。
 
 言いようなどどうでもいいのだ。
 誰もが,大切なことを真剣に,度合は多少違っていても,考えているのだから。そう思うと,何だか気持ちがスーッと落ち着いて,心地良くなってきた。ありがたく思うわなくてはいけない。

嬉しい気分!

古代


 先だって,保険屋さんから自宅に伺いたいと電話があった。この間の手術で,お世話になったので,そのお礼をしたくもあり,了解した。
 保険屋さんが来るからには,何か魂胆があってのことであろう。
 案の定,新しい保険,つまり,子供達に残す遺産としての保険の紹介であった。しかし,これは大切なことである。仲の良い姉妹ではあるが,なるべく嫌な思いをさせずにわずかな産ではあるがのこしてやりたいと思っていた。
 そうしたことを過去に,その保険屋さんに話をしていたのである。
 私としては,今ある不動産をなんとか上手い形で渡すことができないかと言ったつもりであるが,保険屋さんは,保険金を入れて,それを分配するという案を持ってきたのである。保険屋さんもそれをわかっていて,一つので提案ですからと言葉を添えた。
 
 この日,保険屋さんはもう一つ書類を持ってきた。それは私の病気の内容をもう少し克明にした診断書を医師から提出して貰えば,65歳までに払わなければならない保険金が免除になるという物であった。
 こういう話は嬉しい。払わなければならない保険金は結構な額である。
 近々,先生の診察があるので,お願いしてみますと言葉を少し弾ませて言った。

 実は,この保険屋さん,系列校に娘を進学させていた保護者で,(そのことは,いろいろな話をするなかで,わかったことであるが……)いろいろと深いところまでお話をする間柄になっていたのである。かと言って,今回の免除の話が特別というわけではない。ちゃんと,そういうシステムの保険に入っていたということである。

 入院にかかった費用のほとんどがその保険からまかなえたし,おまけに,共済からも相当な額の補助金が出た。今まで,そうした恩恵にあずかってこなかった分,なんだかとても嬉しい気分である。

鳥たちからの視線

天


 アカシアの木を手入れした時,隣の花桃の木に野鳩の巣があるのを発見した。野鳩は自宅の樹木が好きなようで,以前は東側にある柘植の木に巣を作ったことがある。あれから考えると,アカシアに巣を作った野鳩は柘植の木に巣を作った野鳩のちょうどひ孫くらいに当たるのか。

 夏は,2階のバルコニーで朝ご飯を頂くことが多い。
 道路にはほとんど車が走っていない。道向こうの研究所の森の向こうから,滝の音が心地よく聴こえてくる。その森の手前に筑波のお山を隠す松並木がある。その松の木々にも鳥たちが盛んにやってくる。
 
 その時,ふと思った。
 鳥たちからみると,私たちは丸見えなのだと。

 せっせと草むしりをする姿,今年初めて実をつけたブドウの房に覆いをする姿,水鉢の水をかえる姿,巣にいる鳩たちは,この屋の主人のせっせと働く姿を垣間見ているのである。
 そして,朝は,新聞を見ながら食事する主人を松の木々から……。
 
 人間が家という「巣の中」で,果物をつまんでは水らしき白い液体を口に入れている。
 紙をペラペラとめくりながら,時に,うつむいて何かを読んでいる。
 時にはカラスの鳴き声を真似て声を出している。
   ……人間というのは,まことに呑気なものんだ。
     こっちは,眼を凝らして,朝の獲物を探している。
     まだ,目ざめてから何も口にしていない。
       まことに,呑気なものだ。
     あの巣の主人は,カラスの鳴き声をするから,
       仲間たちは,一体何が起きたのかと眼をぱちくりさせている。
 
 てなことを,思っているのかしらと,リンゴの一切れを口に入れた。

こうべを垂れる稲穂かな

ほとばしる


 田植えから3ヶ月経ち,あちこちの田の稲穂がふっくらと実をつけ,こうべを垂れている。
 日本に稲作が入ったのが,弥生の時代という。弥生人は,採取生活をしていた縄文人を駆逐し,あるいは混血し,この国の隅々まで田んぼを作り上げたのだ。
 日本の米は,温帯ジャポニカ種という。インディカ種や熱帯ジャポニカ種とちがって,しっとりしたお米である。最大の特色は,「おむすび」にできるという点である。タイ米ではこれはできない。しかし,タイの人に言わせると,日本の米はあまり美味しくないのだそうだ。米はサラサラして,味付けされた肉や野菜を上に乗せて,初めて美味しくなるものではならないという。
 東南アジアを訪問するとあの暑さである。そこで,湯気の立つほかほかのご飯は流行らない。香辛料を効かせたおかずとタイアップしてこそ,彼の地での米の価値があるのだ。
 所変われば品変わるで,おおらかにご当地の米を堪能すれば良い。

 日本ではごく稀になった二期作であるが,東南アジアや南アジアでは当然のように行われている。日本人が「米」に対して,特別の感情を持つのは,この一期作が因のひとつではないかと推測している。
 こんな俚諺がある。
 『米の飯よりも思し召し』……米のご飯をご馳走してくれたこと自体自体嬉しいのに,それよりもご飯を炊いて馳走してくれた気持ちが嬉しいという人の思いやりを感謝する言葉である。
 我が国には,米をご飯といい,米を価値あるものとしてきた優れた習慣がある。それが,人の気持ちまでを作り上げてきたのである。
 今年も,新米を口にして,徳の一つでも身体に入れたいと思っている。

国会中継を見て



 『帝国主義』と『独裁国家』
 20世紀前半において,この2つの言葉は死語になるはずであった。大日本帝國とドイツ第三帝国が崩壊することで……。
 
 帝国主義とは,その国の主義主張を最高のものと信奉し,他の国々の考えを無視し,あらゆる方法をもって,その国の考えを押し通すことである。

 独裁国家とは,国民の意思や未来に関係なく,また,国民にそれを問うこともなく,権力を独占する国をいい,そのために,自国民を盲目にし,ときには弾圧をし,ときには,国の外に敵を作り,国民に憎悪させることで,内なる不満を忘れさせることである。

 帝国主義と独裁国家という言葉の定義を目を凝らして見てみると,21世紀の今も,それも,70年前にそれらを放棄した日本の国の周囲にあることがわかる。

 多大な犠牲の上に,今の自由で闊達な国を作り上げた日本を,滅ぼすわけにはいかない。さりとて,かつてのように,軍事に訴えることもしない。良いこともそうでないことも自由にものを言いつつも,いざというときに,ひとまとまりになる良い国を標榜しなくてはならない。

 ……NHKの国会中継を見ていて思ったことである。

断腸亭日乗



 言わずと知れた永井荷風氏の日記である。国語の教科書にも載るので,若い方ほど読んだという人が多いにちがいない。荷風の住む洋館と書籍が1945年3月10日未明に全焼するのである。この日記は,この日のために書かれていたと言われるくらいに強烈な印象を読者に与え続けている。
 教師をしている時,よく生徒に,私たちが書く文章というのは,ヒョンなことで後世に残ることがある。そこの君がノートにいたずら書きをしたり,こちらの君が漫画を描いていたりすると,20世紀の昭和という時代を生きていた若者たちは真面目に勉強をしていなかった。名前は……ということであるから,ノートは大切に己の分身のつもりで対するようにと冗談めいて言っていた。 

 鸚鵡籠中記という日記も有名である。尾張藩士朝日文左衛門が記した膨大は記録である。元禄太平を地方で暮らす武士の目で見ている。時に,主君の酒癖の悪さを記したり,幕府の失政をハイハイと言いながら執行しなかったり,江戸という時代にも今と似た「人の行い」が記されて面白い。

 さて,ネット上でこうして書かれ,記されている文書はどうなのだろう。もし,平成の時代のこの手の文書が残されるのであれば,500年後,1000年後の学者は,膨大な資料を抱えることになる。もっとも,ネット上にあるから,一括で遺棄される可能性もある。また,学者が地道に分類整理をしなくても,優れた人工知能があっという間に分類し,くだらない,役にも立たない文章は一瞬で消去されるかもしれない。

 こんな話を聞いたこともある。南の島で戦った我らの父たちは,軍人手帳に事細かに子細を綴っていたという。和歌であったり,妻や子への相聞であったり,過酷な運命を嘆き,辞世を認めたり,そうした手帳を戦死した日本兵から集め,それをアメリカ軍は分析し,情報収集を行い,日本軍の作戦把握に努めたという。

 私たちはどうも,書くことで心を安んじたり,決心を確固としたり,寂しさを紛らわしたりするのが好きなようだ。
 その一人が私であり,あなた方であるのだ。

卑怯者

こんな朝


 『ヒロヒトの戦争』の著者フランシス・バイク氏の意見を新聞で読んだ。安倍首相の70年談話についての意見だ。

  ……子や孫に謝罪を強いる宿命を背負わせてはならないとする談話は正しい。日本の若者た  
    ちは,罪の意識を植え付けられ,憤慨し始めるだろう。それは逆効果である。

 つまり,戦争を「全く」知らない世代が,中韓露国からあれこれ言われることで,憤り,武器を手にとってしまうのではないかと案じているのである。
 私自身も,二十数年前,取手の学校の仕事で,オーストラリアを訪問していた時,通りすがりの40代くらい中国人男性に「日本は戦争で悪いことをしました。」と片言の日本語で言われたことがある。私は,『我不知道戦争的世代!』とこれも片言の中国語で言ったことを覚えている。くだんの中国人男性は中国語を喋る若い日本人に思いの外の言葉を返されて,尻尾を巻いて離れて行ったのを覚えている。韓国で,「ドクト」と聞こえよがしに言葉を発する韓国人青年と同じである。
 そういうことをする彼らは自分の意見を述べてはいない。そうではなく,政府の口車に乗って,標語を口走るだけなのである。日本では,そういうのを『卑怯者』と呼んでいる。
 日本でのヘイトスピーチを繰り返す輩がいるということであるが,どの国でも,そういう『卑怯者』はいる。
 自分の意見を,堂々と述べ,相手に敬意を払って議論する。そういう姿勢が必要である。

 バイク氏にも,一言言いたい。
 我らの子孫たちで,この国を支える有能な人間は,もはや,容易に武器を持って,問題を解決する卑怯者の人物たちではないということを。

真の隣人とは……



『最初に来たものが優先される。日本の隣人も良いが,中国や韓国の友人でも良い。』
 これは,択捉を訪問した露国の首相が語った言葉である。彼からすれば,日本は隣人で,友人ではないということである。
 言葉の手引きのよれば,「隣人愛」「隣人のよしみ」「隣保」など,日本語には「お隣さん」を大切にする気風が満ちているような気がする。同時に,「お隣さん」には十二分の気を使うということもこれらの言葉には満ちている。
 そこで,少し考えた。
 一衣帯水転じて70年以上も前のことにいちゃもんをつける習近平政府や,ウクライナや北方四島をかすめ取るプーチン政府は,もちろん,米国が,あれは日本を敵視する催事であるから参加を見合わせるよう要請したにもかかわらず北京にいく朴槿恵政府は,当然のごとく『隣人』ではない。
 これらの国は,単に,地理的にそこにあるだけであると。
 真の隣人は,太平洋を挟んだアメリカ合衆国であり,台湾であり,東南アジア諸国であり,オセアニアの国々でであると。それらの国と意見を戦わし,協力し,世界を作っていくのだと。
 しかし,地理的にそこにある国々には,政府とは別に,豊かな文化を育む人々がいるのだから,医療を欲する人がいれば,日本の若者の文化を慕う人がいれば,日本の料理を食したい人がいれば,日本の文化を知りたい人がいれば,日本の援助を求める人がいれば,受け入れ,大いに協力を惜しまない。
 同時に,地理的にそこにある政府には,日本は,今以上に経済力を強くしていく必要がある。
 北方四島も竹島も決してなくならないのだから,悠長に構えていけば良いのだ。

庭いじり



 雑草が生えるのがとても嫌である。未管理であることが我慢ならないのである。
 草ぼうぼうの家を見ると愕然とする。せっかく大枚はたいて買った家なのに,雨戸を閉ざして,草ぼうぼうでは,家がかわいそうである。土地の神もさぞや嘆いているだろう。
 そんなわけで,夏は朝はやくから,草とリなどを行っている。
 今朝も5時から,家の周りの雑草取りに励んだ。ちょっと見上げるとアカシアの木が枝を野放図に伸ばしている。モッコウバラもいい調子で長い枝をたわわに伸ばす。これではいかんというので,雑草取りを中断して,枝払いを行った。これが思いの外時間を食った。モッコウバラは枝を切るだけで済むが,アカシアはそうはいかない。竹で支えを作り,まっすぐに主幹を立てる,そして,ほんわりと樹形を整える。この作業に結構な時間を食ってしまったのだ。
 隣の敷地は,投資のためなのか,老後のためなのか,一向に家が立たない。そのため,草刈りが大変である。人の土地のために,刈り払い機を購入し,ときには,除草剤まで撒く。それでも,文句は言うまい。それには理由がある。刈り取った枝や草をそこに捨てさせてもらっているからだ。どこの誰だかわからないが,いつか,転居してきたら,仲良くやりたいものだと思っている。

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《10/22 Sunday》

‼️現在、<Puboo!><Facebook>で、金曜日に発信した作品を公開しています。‼️

❣️<Puboo!>にて、『だから、朝は素晴らしいんだ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『Mermaid beach at Gold Coast. - The forcing look blows and is no swimming allowed on this day. I was walking a beach. When I try to take a picture of a no swimming allowed flag's trailing along in a wind, one man has begun to come near the field and take a picture of the skyscraper group. That makes a picture.
美人鱼海滨於黄金海岸。- 强的风吹,这天是游泳禁止。我,走着在海滨。我,预先打算拍下来游泳禁止的旗在风上密布的话,一人的男人为田地的荞麦面来,开始拍高层群的照片。那个如画。』を公開しました。

❣️<Twitter>では、『ものかき』と銘打って、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。朝は、その日の記事について、晩は、明日の記事についてのつぶやきです。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア