スコットランド、ケンタッキー、そして、会津で

hikari612
森の中にある、開かれた空間、そこからは空の青も、芝の緑も、陽の光で、色鮮やかになります。人が美しいと思う、気持ちがいいと感じる原型がある、そんなことを考えます。


 先日、行われたラグビーの天覧試合での相手は、<UK>ではなく、「スコットランド」でした。

 <United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland>で略称は<UK>。日本語では、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」が、英国の正式名称となります。

 バグパイプの音色が響くスコットランド国歌を、久しぶりに聞くことができました。そして、選手たちのユニフォームの脇には、緑のタータンチェックがさりげなくデザインされていました。

 粋ですね。

 応援席では、タータンタムをかぶった男性、キルトを着てバグパイプを演奏している立派な風体の男性、はたまた、ユニオンジャックならぬ、青地に白のバッテンのついたスコットランドの国旗を振る方々がおりました。
 
 イギリスには4回ほど出かけています。
 でも、正確に言うならば、私は、<イングランド>に4回出かけたというべきなのでしょうか。

 同じ国に属していながら、振る旗からして違うというあり方に、何か違和感と失望感を、私は持っています。
 
 失望感というのは、明治以来、我が国に対して、多大の支援をしてくれた、とりわけ、先端技術の産物である海軍の土台を作ってくれた英国に対して、生じている感慨です。

 そんな立派な国が、女王陛下のもとで一致結束していけないものなのか……というものです。

 聞くところによれば、今回のEU離脱に伴い、スコットランドはまたもやUKからの独立を問う国民投票を企図しているといいます。さらに、ロンドンもUKから独立したいと突拍子もないことをインド系のロンドン市長が言い出し、なおかつ、ビートルズの出身地リバプールもスコットランドに帰属したい旨を公言しているといいます。

 こうなると、「英国解体」が現実味を帯びてきます。
 

 スコットランドの国旗に似た旗を、私は知っています。
 <Confederate flag>といいます。

 日本語では「南部旗」と言います。
 こちらは、赤地に青のバッテンで、その青いバッテンには、白いふちが施されています。
 バッテンには、13の星がついています。
 13は、アメリカ南部連合の国の数です。そのど真ん中にある星は、ケンタッキー州を指しているといいます。
 
 この「南部旗」は、2000年まで、サウスカロライナ州の議事堂に掲げられていました。ミシシッピ州やジョージア州の州旗のデザインの一部としても使われています。

 アメリカを二分したあの「南北戦争」では、これら南部の国々が<Confederate flag>を振って、北軍と戦いました。
 この戦争での死者は、62万人だったと言います。
 アメリカが第二次大戦で、太平洋・欧州で失った命は32万と言われていますから、この戦いがいかに悲惨であったかわかります。

 しかし、アメリカは、その「しこり」を克服しました。
 それだからこそ、世界一の国を作り上げることができたのです。
 些細なことですが、<United State of America>が今の米国の正式名称です。しかし、南北戦争後、しばらくは、<States>と複数形で表していたそうです。
 
 このたった一語の<s>が、「分裂・解体」を避け、「統合」をしていった象徴の名残であるなと思うっているのです。


 実は、我が国でも、似たような事例があります。

 それは、「会津戦争」です。

 薩長同盟軍は、京都守護職を務め、勤皇の志士を取り締まり、徳川幕府を支えた会津藩を朝敵として、徹底した破壊工作を会津藩に仕掛けました。

 男たちは籠城。
 女子供は蓄えの米を減じてはと家に残り、薩長が侵入してくると見事自害して果てたと言います。
 そして、善戦虚しく、生き残ってしまった藩士たちには、「藩ぐるみ流刑」ともいうべき処置が下されたのです。

 寒さ厳しい、下北の斗南に、開拓者として送り出されたのです。
 食べるものもなく、藩主の容大を始め、藩士たちは文字通り「草根木皮」を食したと言います。
 
 しかし、その末裔が薩長に対して、新政府と袂を分かち独立するとか、その後の混乱に乗じて、新政府に戦いを挑むとか、あるいは、薩長に対して、子々孫々にわたって、敵討ちをするとか、公に口にしたことはありません。
 新しい、西欧列強に負けない国、そのために、皆が心をひとつにして取り組むことを選んだのです。

 米国も日本も、もちろん、英国も、その歴史の中で、すさまじい混乱を経験し、今に至っています。
 
 おそらく、賢明な英国人たちは、国を分裂させる前に、また、国内が混乱でにっちもさっちもいかなくなる前に、何らかの方策を立てると確信しています。

 それにしても、英国のEUからの離脱という事件は、21世紀の国際社会にいかなる衝撃を与え、その連鎖がどのように伝わっていくのか、興味深く関心を持つと同時に、一抹の不安を抱かざるをえないのです。
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幸福感に満たされて

suisai612
海岸沿いの山道を歩きました。茂る枝葉が開けると、緑の海と美しい海岸線を見ることができました。


 荒海や 佐渡によこたふ 天河

 『奥の細道』越後路の章に、記されている有名な一句です。たった十七文字の中に、雄大な宇宙を感じることができる句だと思います。
 そして、この越後路の章にはもう一句、宇宙を詠んだ句が記されています。

  文月や 六日も常の 夜には似ず

 最初、この句は一体何を詠んでいるのか、わかりませんでした。
 文月六日は、七月六日です。七日の七夕ではなく、その前日の六日を、芭蕉は、いつもと違っている夜だと詠うのです。
 
 外国へ、旅に出て、思うことがあります。
 それは、着いた時と帰る時で、同じ空港なのに、感じが違うということです。

 飛行機を降りて、所定の手続きを終えて、ロビーに出る。
 その時、温度や湿度の、自分の国と違うことの感触を肌で感じとります。
 そこにいる人々の顔立ちも、立ち居振る舞いも異なります。
 その国が持つ香りも違うのです。

 これらの感触を得て、ああ、外国に来たのだなと実感するのです。

 ところが、帰国する時は、気分が全く違います。
 あの楽しかった日々が妙に懐かしくなり、これからまた日常に戻るのだと気がめいるのです。

 人というのは、その日よりも、もしかしたら、そこに至るまでの数日が最も楽しい時ではないのか。
 待ちわびたその日より、そこに至るまでの期待を持てる数日間、あるいは数時間前こそが最も楽しい時ではないかと思うのです。それが来てしまえば、どうってとのない日々が、目先を変えて過ごされるだけなのです。

 よくないことも同じだと思います。
 これから、日本に帰るんだと落ち込んでいても、帰えれば、忙しく動き回り、あるべき日常を取り戻すために、自然と力を尽くすのが人間です。
 嫌だなと思っても、それが来てしまえば、なんということもなく時は過ぎていくのです。

 七日ならぬ六日の夜、それは華やかな七夕の夜ではありませんが、もしかしたら、七夕を待つ、最も楽しい、そして、最も神秘的な夜だと芭蕉は詠っているのかもしれません。

 私たちは、良い出来事を待ちわびます。
  その待ちわびている時に、最も幸福な時を過ごすのです。
 そして、良くない出来事に対して、不安を増幅させます。
  でも、良くない出来事も、それが来れば、意外と大したことではないということが多いはずです。

 間もなく、七夕です。
 良いことをたくさん思い浮かべ、幸福感に満たされた時を過ごしてみたいと思うのです。

肩書きのない名刺

shiro michi
ここはオーストラリアかと見まごうばかりの光景ですが、実は、小田氏の居城あと、小田城の外堀の、今の姿のなのです。この脇を自転車道があります。私はハッとする光景を見て、自転車を止めたのです……


 書斎の机の引き出しに、使わなくなった名刺の束を、輪ゴムでくくってしまっています。
 私が、勤務した学校での名刺の数々です。
 たまに目にすると、当時のことが、名刺の肩書きから思い起こされてきます。普段は、思い出さないこと、その折、お付き合いのあった方々の顔が浮かんでくるから不思議です。
 こんな小さなカードにも、思いと言うものが詰まっているのだなと思うのです。

 その中に、ちょっと変わった名刺の小さい束がありました。

 ゴシック体で大きく印字された私の名前と、小さいゴシック活字で印字された携帯番号とメールアドレス、それのみの名刺です。
 確か、丸善で作ってもらったものだと記憶はしているのですが、一体、この名刺を作って、何をしたかったのだろうかということは、不思議なことに、思い出せないのです。

 ……なぜだろうと、私は考えました。

 ここには「肩書き」がない。
 だから、何をしたかったのかを思い出せないのではないかと思いました。 
 肩書きがあれば、あの時はこの部署で、この役目で、あの仕事し、あの方々と渡り合ったと鮮明に思いが至るのに、肩書きがないと、記憶がおぼろげになると思ったのです。

 会社に属さないまったくのフリーで評論活動をしている方の随想記事を読んだことがあります。
 この方の名刺にも、肩書きがありません。
 名刺には、氏名、住所、電話番号の3行です。
 用紙は和紙で、周りは、わざと、きちんと裁断しない風情のあるもの。そして、印字は宋朝体で活版印刷。経費は広報費で落とすも書かれていました。

 さらに、肩書きがないがために、軽く見られたり、後回しにされたりと不条理な仕打ちにあったこともあると記事には書いてありました。

 どの組織にも属さず、一人、人脈を築き、足で稼いだネタを元に記事を書き、それを売るという仕事に、誇りを持っていることを十分に伺えることができる記事でした。

 しかし、私のゴシック体の名刺をいくら眺めても、私が独立して、一人で何かをやろうとしていたという記憶が出てきません。はて、何のために、私はこの「肩書きのない名刺」を作ったのだろうか。
 
 謎は深まるばかりです。

 そんな時、情報の力を信じ、勤務先とは違う名刺を作り、それを情報発信の具としている方の記事を読みました。

 その方は、子を難病でなくし、そのことをブログで書き綴ってきた方です。そこから多くの人たちと交流が生まれ、励まされもしたということです。
 それがきっかけで、「情報の力で世界を幸せにするというミッション」を自分に課したのです。
 そのために、その方は、自分のミッションを名刺に刷り込み、活動の具として使っているのです。

 名刺にあるのは、肩書きではなく、自分がやりたい、やらなくてはいけないことを示すという、新しいあり方を知った私は、それをすこぶる新鮮に感じたのです。

 だとしたら、私の「肩書きのない名刺」にも、それに似た思いが少なからずあったのではないかと考えるようになりました。

 そう考えると、思い当たる節があります……。

 ……40代かそこらだったかと思います。
 私は、学校での仕事を終えて、しばし、家族とのひと時を過ごした後、夜の10時から2時間ほど、夢中になって、小説を書いていました。
 今も使っている、当時の我が家にはおよそ似合わない両袖のある大きなデスクを買って、そこで書いていたのです。
 きっと、その時に、教師としての自分以外の「自分」を認めようと、このゴシック体の「肩書きのない名刺」を作ったのではないか……、と考えたのです。

 小説であれ、詩であれ、水彩画であれ、たとえ「肩書きのない名刺」であっても、人が想いを持って書き綴ったもの、あるいは、作ったものは、決してパソコンで打ちこまれた単なるテキストデータではないのだと。
 そこには必ず、想いを持った人間がいるし、それゆえにこそ、そこに「こころ」があるのだと。

 20年前、あの時に書い続けた作品は、文学賞を取りたいがために投稿もしました。
 後日、自費出版もしました。
 それらを、私は、テキストデータとしてiMacにしまっておくのではなく、今では、ネット上で発表させてもらってもいるのです。

 机の引き出しにそっと置かれている、私の謎めいた「肩書きのない名刺」ではありますが、ここにも、若き日の私の想いが詰め込まれているはずです。
 この色褪せた想いを、今の私が受け止めて何の不自然もありません。
  
 今一度、あらたな「肩書きのない名刺」を作ってやろうと思っているのです。

場所を替えても 飼い主を代えても 腐った卵しか産まない鳥は要らない

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つくばには、「塔」が幾つかあります。新しい街であるとの意識付けとして、きっと最初の人たちが作ったのだと思います。それが、しっくりと街の空気に馴染んでも来ています。


 「場所を替えても飼い主を代えても、腐った卵しか産まない鳥は要らない。」

 鴻海精密工業の郭台銘董事長が、6月22日の株主総会で、シャープでの追加リストラの実施を示唆した時の言葉です。
 
 私は、どちらかというと、若い時と比べて、少し保守的な考えが色濃く出てきている人間ですが、こういう言い方は好きではありません。
 中国の人にとっては、何の変哲もない俚諺であるのでしょうが、そういう言葉を聞き慣れていない日本の私たちからすれば、ひどく「無礼」な言い回しだと思うのです。

 日本という社会は、ヘタレもやる気なしの人間も、皆で支え合い、そして、成長を期待して、やってきた社会です。

 それが日本の終身雇用という制度の良い点であったはずです。

 もっとも、その雇用体系は、今の日本では崩れ去っていますから、そんなことをいうのは年寄りだと笑われてしまうかもしれません。

 でも、そういう気持ちは大切ではないでしょうか。

 世の中には、さまざまな人間がいます。
 社会の縮図である会社も、学校も、組織という場には、さまざまな人がうごめいて、その人が持っている才能を光らせる瞬間を待っていたのです。

 縁故で入社してきたもの、試験を経て入ってきたもの、アルバイトから入ってきたもの、第一線で注目を浴びるもの、なかなか芽が出ずくすぶるもの、宴会でだけは才能を発揮し重宝がられるもの、そういうのが寄り集まり、額を突き合わせて、仕事し、研究し、創造し、ものを売ってきたのです。

 シャープという社名の由来は、あのシャープペンからきています。
 私たちが日頃使っているシャープペンシルを実用化した人物こそ、シャープの創業者・早川徳次です。

 当時は「早川式繰出鉛筆」と言っていました。日本より欧米で、その製品は注目を浴び、事業は成功しました。
 関東大震災で、工場が壊れてしまうと、その技術を売り、今度は「鉱石ラジオ」を作り、そして、テレビ、電子レンジと次々と最新の家電を作りあげていきました。それゆえ、早川徳次は地味ではありますが、松下電器の松下幸之助と肩を並べる立身出世の人物と言っていいと思うのです。

 シャープは、一見地味な会社ですが、その最先端技術は今でも世界トップレベルです。時代の趨勢とはいえ、その技術が変に活用されないよう願うばかりです。

 さて、聞くところによると、シャープ本社では、創業者早川徳次さんの銅像が、ロビーから撤去されたと言います。

 実は、私もこれと似通った体験をしています。

 ガラス張りの高層ビルの校舎を作くろう。屋上には災害対策としてヘリポートも作ろう。校舎内にはネットを張りめぐらせ、どこでも勉強できる環境を作ろう。生徒たちがエレベーターで上下移動しながら、自分が学ぶ教室に動いていく。自然環境を重視しつつ、近代的な設備をふんだんに取り込んだ画期的な学校を作ろうと、随分と精巧で、高価な、建設のための模型を作りました。

 残念ながら、この新校舎は実現がされませんでした。そして、その模型が、新しい執行部によって、生徒前でたたき壊されたという体験です。

 そんなことを思い出したのです。

 もっとも、早川徳次の銅像が、腐った卵としてリストラされたのか、別の場所に飾られるのかどうかはわかりません。
 あくまで、聞くところのところですから。

物騒な……さまざまのことが溢れています

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つくば駅前の光景です。人が少なく、乗り物を使って人は移動します。高いビルも派手な広告もありません。過ごしやすい街です。


 昨今、新聞やテレビで、物騒な話題が多く提示されています。

  このままでは老後破産ー50代からしておくべきこと
  ガンになっても入れる保険がある!

 何故、物騒かというと、人々の不安を煽りに煽っているからです。ですから、私は、あれはキャッチコピーによるテロだと思っているのです。
 この手の言葉を唱える会社というのは、本当は何も心配していない。不安を煽って、一儲けを企んでいるに違いないと。

 年いった人や病人ばかりではありません。若い人たちにも、「お金」に関する<物騒な話題>がありました。

 それは、結婚についての話です。
 結婚をして、家庭を築くという、日本社会についこの間まであった、あたりまえの価値観は、確かに少し色褪せてしまったようです。
 男と女をさりげなく結びつける世話好きがいなくなったことにも一因があるでしょう。

 そんな中、家族を養っていく給料がないからという理由で結婚に踏み込めないというアンケート結果が出ました。
 
 では、昔は、若い人たちというのは、結婚に当たって、そこそこお金を持っていたのでしょうか。
 決して、そうではなかったはずです。

 一人では食っていけなくても、二人であれば食っていけると、昔はよく言われていました。それは働き手が倍になるという、単に経済的な側面ばかりではないと思います。
 恋愛で、あるいは、見合いで、結ばれた男女が、二人して、ささやかな共通の夢を抱き、子をもうけ、大変だ、大変だと言いながらも、なんとかやっていく、そして、「小さい幸福」を手にする。そういう側面が大切であったのだと思います。
 ですから、若いうちから、給料が安いなどと言わずに、思い切って動いてみてはどうですかと私などは思うのです。

 「学歴」の有無とか「偏差値」の程度と言ったことも、時に、<物騒な話題性>を醸しているケースがあります。

 学校の先生を例に挙げて、<物騒な話題>を紹介します。
 当たり前のことですが、偏差値の高い大学を出た先生がすべて良い先生であるとは限りません。偏差値のさほど高くない大学を出ても、立派な教育実践をできる先生はたくさんいます。
 偏差値を使って、人間をランク分けし、固定的な観念を植え付けている国は日本だけです。
 おかしな話です。

 こんな先生がいました。
 東大をでた先生です。生徒と一緒に全国模試を受けて、全国で一番になってしまうくらいの頭脳明晰な先生です。この先生は確かに、頭の良さから、進学校の生徒たちからは一目置かれていました。何せ、数学も、英語も、国語も、専門科目の先生よりできてしまうのですから当然です。
 しかし、よく見ていると、肝心の相談ごとはと言うと、すなわち、進路の件、親との件、友人関係の件といった日常に発生しうる青年期特有の問題解決にあっては、その先生の方にはあまりいかないのです。

 教師の務めというのは、勉強を教えることであるのはもちろんです。そして、人生を教えることもそれ以上に大切であるということです。
 東大を出たその先生は、教えることより、自分を見て真似せよという先生でした。それは一つの教育のあり方でもありますが、生徒が欲していたものと違ったようです。ですから、肝心要のことでは、その先生のところには行かないのです。

 ここでわかるように、頭の良さ、大学を出たかどうか、偏差値の高い大学がどうかということは、およそ、人の価値を決める上で、また、教師として生徒を幸福にさせるか否かの点では、何ら関係のないということです。
 「お金」とか、「学歴」とか、一見大切そうなことも、それらは根本的な幸福にはつながらないということだと思います。

 ある程度、年を経て、つくづく思う<物騒な話題>というのがあります。それは、「地位」というつまらぬものに、人は固執するということです。

 なぜ、「地位」がつまらぬものかというのかというと、こういう側面を見ていただけるとわかると思います。
 それは、人が頭を下げるのは、その人ではなく、その人の「地位」に対してであるということです。

 まっとうな人は、そのことをよく知っていますからいいですが、「地位」に溺れた人は、何か勘違いをしてしまうようです。そうなると、その方も周りも決して幸福にはなりません。

 今も、日本全国で、そんなことが、あちらこちらで起きているはずです。

 「お金」「学歴」「地位」、これらを決して軽視するものではありません。
 それらは、極めて、大切なものです。

 ですから、若い人は、可能な限り自分を鼓舞して、それらを得るために、頑張らなくてはいけません。そして、それを手にしたら、それに溺れないようにしなくてはなりません。

 血のにじむ努力をして、それを得たのに、溺れてしまっては、やるせないではないですか。

 「お金」「学歴」「地位」といったものは、捉え方や運用の仕方を間違えると、<物騒なもの>となる可能性を持っています。
 一方、「健康」とか「家族」というのは、それを保つことで、安心を得られるものです。

 今、私は、「健康」であることが一番だと思っているのです。そして、「家族」がいることが支えになっています。

なぜ、皆、そこまで怒ったのか

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私が入院した病院の隣に公園があります。池にたくさんの鯉がいて、大きな展望塔があります。いいところです。


 なぜ、あの都知事は、あれほどまで、皆に嫌われてしまったのだろうということを、投げ竿を思い切り投げながら思案していました。

 都民ばかりではなく、国民があの都知事に対して、苦々しく思ったのは一体何に対してなのだろう。そして、都知事を辞任に追いやった決定的な要因は何だったのだろうと考えていたのです。

 人は、その人の所作や言葉に対して反応を示します。その人の所作や言葉が好印象であれば気に入るし、それが反感を持たせるものであれば、怒りを感じるのです。

 その好例が、今は少なくなりましたが、プロ野球での殴り合いの喧嘩です。

 投手が誤って、打者にボールを当ててしまいます。
 投手は、当ててしまったことを悔やみます。あてられた打者は当然カチンときています。
 帽子のつばに手を当てて会釈でもすればいいのですが、ぷっとセンターに向かって身を翻します。その一連の所作に対して、今度は、カチンときていた打者が投手に向かって、何やら暴言を吐きます。投手の姿勢に対して、怒りがこみ上げて、刺激的な言葉を言い放ってしまったのです。
 こうなりますと、もうダメです。乱闘の始まりです。

 都知事の場合も、これと似通っているのではなかったかと思うのです。

 当初、驚くような額の税金を使っての外遊に対して、あれこれと言い訳をしていました。
 それは、上から目線での、威丈高と言ってもいいくらいの言い訳です。
 トップであれば当然とか、都で決まっている所定の金の使い方だとか、要は法的には何ら違反をしていないというのです。
 しかも、「無知なる民・マスコミ人」に、言い聞かせるかのような口吻でした。

 これはデッドボールをしてしまった例の投手の仕草と同じです。
 マズイことしてしまったと心では思いつつ、関係のないセンター方向を見てしまうのです。

 これでは、まずいことをしたけど、たいしたことではないくらいの思いしか伝わってきません。
 同時に、都知事というのは、あなた方にはわからない付き合い、準備というものがあるんですよという思い上がった思いが伝わってきたてしまったのです。

 軽く笑みを浮かべた、上から目線、教え諭すよう言いかた……
 ここには、人が怒らせる時の、すべての要素をありました。
 それゆえ、一挙に、人々の怒りはマックスに達したのではないでしょうか。

 この時、ちょこんと帽子のつばに手をかけてすみませんでしたと言っておけば、少しはよかったかもしれません。
 
 怒りは、形を変えて様々なことを誘発していきます。案の定、あれこれとほころびができてきました。

 税金を使って、家族旅行?、美術品購入? そんな疑惑が提示されたのです。
 すると、今度は、おきまりの、不徳の致すところとか、謙虚に受け止めてとか、上っ面をなでるような、心のこもっていない言辞を弄し始めました。
 挙句には、ご批判に感謝するとか、ありがたいご指摘をしていただきとか。

 ちょっと待てよそんなことを誰も言っていないよ。
 こっちはあなたのしたことに怒っているのだよと、怒りはさらに増幅されていったのです。

 ここには、都知事として、いや、人として、最も大切なことが欠けていました。
 それは、他者は、自分をどう見ているのかということです。

 それは、北朝鮮のミサイル発射や核実験を告げるアナウンス、中国政府の一連の行動と王毅さんやスポークスマンの言い方と同じです。
 私は正しい、正しいから何をしても問題はない。
 周りでごちゃごちゃ言うな。
 愚かな奴らよと言っているのに等しいのです。
 だから、国際社会は冷ややかに、それを見、同調をすることはないのです。

 問題を抱えた時の人間が一番気にかけなくてはいけないのが、そうした観点です。

 相手が怒っていれば、それを鎮める方策を示さなくてはいけないし、相手が不満を感じていればそれをほぐす回答を与えなくてはいけないのです。
 何事も、相手の状況をつかんで対応すればことが済むのですが、それができませんでした。

 それが火に油をそそぐ結果になったことは間違いありません。
 都民ばかりではありません。マスコミも、都議もまた、そして、国民も苛立ちを露わにし始めたのです。

 これからトップに立とうする青年たちは、この件から学ばなくてはいけません。

 まず、トップに立ったら、身を慎めということです。
 そして、指摘されたら謙虚に反省し、改めることです。それができなくてはトップに立って、物事を推進していくことはできないのです。
 トップという地位は、他にはわからないいろいろな穴が、その前途に待ち構えています。それに落ちないように自らを律しなくてはいけないのです。

 それをした上で、威丈高なら、威丈高であり続けた方がいいのです。
 トップである自分がやることに口を出すな、黙って見ていなさい。実績は必ず出すからと大見得を切るのです。その方が、多くの人間が、あれだけ強く言うのだから何か勝算があるのだろう、もう少し、見てやろうかとなるはずです。
 ことにあたって、自分が壁になるくらいの気概がないとトップは務まりません。隠れたり、言い逃れが一番いけないのです。

 そんなことを思っていると……
  おっと、竿先がピクッと動いた。
  しかし、まだ、待つのだ。しっかりと餌をくわえるまで、よっしゃ。
 これだから、釣りはおもしろい。

本当にいいものは自分で探さなくてはいけない

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カラスやハトといった人間に慣れている鳥は除くと、大抵は、10m近づくと飛び立っていきます。田で餌を漁っていたこの鳥もそうでした。


 昔も今も、私たちは、「流行」という得体の知れないものに流されがちです。

 私が若い頃は、雑誌がその得体の知れない「流行」というものを喧伝していました。
 若者たちは、雑誌に載った服装をし、雑誌が紹介した場所に押し寄せたのです。その後、雑誌からテレビに、そして、SNSが「流行」という得体の知れないものを広めている点で、昔とは何ら変わらないのです。

 でも、いつの時代でも、「流行」にばかり乗っているのが若者ではありません。

 本当にいいものを手にしたい、あるいは、本当にいいものを作り上げたいと思う若者は、あの時代にも、今の時代にも、たくさんいたし、また、いるはずです。

 誰もが素晴らしいと思うものは確かにあり、そういうものは「世界」を席巻していきます。
 ミニスカートがそうです。
 ビートルズもそうでしょう。インベーダーゲームなどもその部類に入るでしょう。
 ソニーのウォークマンや、アップルの製品なども「世界」を席巻したと言ってもいいでしょう。
 
 そういう「世界」を席巻するものではなく、自分だけが、これはいいなと思うものを探すことが、若者の「個性」確保につながっていく、換言すれば、「流行」に乗らない自分だけのものということになります。  

 それがあって、独創的で、素晴らしい何かが生まれるのです。
 それがたまたま大きな流れになれば、それは「流行」という名で、時代を形成していくものになっていくのです。
 大きな流れに乗らずに、細々ではあるけれど、自分の流れを見つけることは楽しいことです。そして、昔と違って、それが可能であり、容易なのが今の時代です。

 高校生の時、私は仲間と同人誌を出したことがあります。

 最初に、いうまでもなく、原稿用紙に、汚い字で書かれた作品があります。
 それを印刷所に持って行って、鉛で作られた活字を組んでもらいます。ゲラ刷りが出来上がります。それを見て校正をします。直したいところ赤で書き込みます。そして、直しをして、印刷・製本をします。その間に、表紙のデザインもします。
 それで、終わりではありません。
 次は、それを読んでもらうための活動です。もちろん、なかなか人々が買ってくれるものではありません。それでも、そう言った同人誌をおいてくれる書店もありました。
 時代が若者の未来に協力的であったのです。

 これだけでも大変な活動でしょう。
 お金もかかりました。利益は全くと言っていいほどありません。それでも、やったのです。野心があったからでしょう。あるいは、自分の才能に自惚れていたのかもしれません。

 それは音楽や絵画に熱中する若者でも同じことでした。
 御茶ノ水のマロニエ通りの喫茶店には、そういう若者がたくさんいたのです。

 今は、時代がすっかりと変わりました。
 自分ですべてが出来るようになったのです。これは世界を変えた「革命」と言ってもいいのです。ですから、なおのこと、自分にとって本当にいいものを探し出し、取り組まなくてはいけないのです。

 いつの時代も、本当にいいものは隠れているものです。
 だから、それを見つけ出していくのが、若い時にやっておく、大切なことだと思っています。

「ひとつだけ」が持つ危険

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田の面に、朝日が弱々しく当たっています。水と陽光とを受けて、稲は着実に実ります。


 つくばには、昔からの街並みと私が暮らす新しい街並みの二つの街が道を隔て、あるいは田畑を隔てて並存しています。
 その神社仏閣は、もちろん、昔からの街並みの、鬱蒼とした森の中に鎮座しています。私は散歩の途次、神社にも、寺院にもつかつかと入って行って、お賽銭をあげてお参りをしています。

 その散歩の途次、考えたことがあります。
 それは、21世紀の今、戦いをしているのは、「ひとつだけ」を標榜する国ではないかということです。

 どういうことかと言いますと、例えば、イスラム教です。
 イスラム教徒は、唯一の神アラーを崇め、その厳格な教えを守ってくらしています。しかし、その厳格な教えをさらに一層過激に解釈する人々が、全世界をイスラムにせん、つまり、「ひとつだけ」にしようと暴走をしているのです。
 それが、21世紀の世界に、幾多の暗い影を落としています。

 また、キリスト教も、イエスを唯一の存在として信仰をしています。
 そして、彼らも宗派での解釈の違いで争いをし続けてきました。
 イギリスにおける、スコットランド独立問題、EUからの離脱の是非を問う事案は、一見宗教的な様相には関係ないようですが、根本には少なからずそれがあるように思います。
 それはキリスト教内部の宗派の違いだけではなく、古代ケルトの宗教概念を含めての微妙な相違が、その根っこにあると思うからです。

 ウクライナの問題も、ロシア海軍の伝統的な海軍基地があるということで発生している政治的な問題ではありますが、根本は、ウクライナ人とロシア人の民族の問題、習慣の問題、宗教の問題が、そこにあることは明らかです。
 つまり、西欧においても、イスラムと同様「ひとつだけ」というくくりがあるのです。ですから、解決が容易ではないのです。

 東南アジア諸国との会議で、自国の政策に対して同意を得られず、ついに共同記者会見を開くことができなかった中国。
 これまで理解のあったヨーロッパ諸国も、その強硬な姿勢に対して、方針転換をしてきました。
 しかしなお、苦境に立っても、「我」を通そうとする中国もまた、「共産主義」という「ひとつだけ」の国のジレンマの中にいます。
 かつて一国二制度という画期的な考えを示し、「大人(たいじん)」ぶりを見せた中国政府も、その言を自ら破ってしまったようです。
 国務院直属の秘密警察が、香港の書店関係者を秘密裏に監禁するという事件の概要が明らかになりつつあります。
 「ひとつだけ」の考えを国の根幹とする国家は、必然的に、その陥穽にはまっていくようです。
 
 「ひとつだけ」を崇め、信奉し、そうして自らを規定することで、その上、自分たちの意見を通そうとするために、そこには必ずと言っていいほど、ぶつかり合いが発生してくるのです。

 過去何度もなされた中東での戦争、米ソのつばぜり合いがきっかけで始まったアフガンでの戦争、同じ思想と体制を堅持する中国とベトナム、中国とソ連との戦争、すべて、この「ひとつだけ」という狭量の見解がなせることと考えたら、小気味好く納得がいきます。

 かつて、日本も中国と、アメリカと、いや世界を相手に戦争をしました。
 あの時の日本もまた、同じように、狭量なあり方を他に押し付けていこうとした部分が少なからずあったのです。

 「ひとつだけ」を標榜するということは、壮大な理想を掲げることを意味します。
 しかし、その理想は、自分たちにとっての「理想」であり、自分たち以外には「理想」でもなんでもないのです。そこをはき違えると、無理強いになり、時には、暴言、暴力、そして、武器を使った戦いにまでなってしまうのです。
 それを、かつての日本も、今の中国も、世界の国々も、「ひとつだけ」の国は行っているのです。

 戦後の日本、とりわけ、今の日本は、まとまりのない国だと有識者と言われる人たちから叱責を受けます。
 若い連中は国を守る気概がないとか、年取った連中は若い者を戦争にかりだそうとしているとか、90まで生きて、まだ生きようとするのかと誰それが言ったとかでニュースになったり、あちらこちらで人々が、口角泡を飛ばして意見を開陳しています。

 自由主義者がいて、共産主義者もいる。左翼もいて、右翼もいる。
 クリスマスを祝い、かと思えば、神社にお参りをする。そして、死ねば寺で祈ってもらう。
 暦は西暦を用いるけれど、旧暦も依然として生きている。
 文字は、中国伝来の漢字をいまだに使い、国産のひらがなやカタカナも使い分ける。
 伝統の技術をいまだに維持し、一方で最新技術を開発する。

 「ひとつだけでない」日本は、一見まとまりのない国のように思えますが、その国は、あれから70有余年、他国と戦争をせずにいるのです。
 だからと言って、この国を侵略しようとする国があったら、それは大間違いです。
 この国は、喧々諤々、ああだこうだと言い合いながらも、結束するときは早いのも取り柄です。今の若い者も年取ったものも、家族と故郷を守る気概を表に見せていないだけです。

 時代の変化、国の構造の変化の中で生き残るには、「ひとつだけでない」というのがキーワードなのです。
 この日、私は、平安の頃からあったという鬱蒼と生い茂る八坂神社の杜を抜けて、狐さまのおられる稲荷さまをめぐり、最澄さんを祀る天台宗のお寺にも参拝をしてきました。
 揚羽蝶が飛び交い、ウグイスの声が響く中、苔むした石碑を眺める平安なひと時でした。

権力の虚言

nonohanaakashi
はるたでとか言ったかしら、この花は。雑草ではありますが、つぶらな花が可愛く咲いています。


 人類最初の虚言は、旧約聖書に出てくるカインであると言われています。
 弟アベルを殺害し、「私は知りません。」それでも問われ、「私は一体全体弟の監視者なのですか」と答えたと言います。
 現代における殺人事件の容疑者の言葉であってもおかしくない嘘です。

  何かを得ようとして数字をごまかすことを「サバを読む」と言います。
  経歴や年齢をごまかすといったたわいないことは「詐称」という言葉でくくります。
  企業が財務表に嘘の数字を記載し、投資者や取引相手をごまかすことを「粉飾」などと言います。
  身長や体重をごまかして、相撲部屋や芸能界に入るのを、はたまた、かつらでハゲをごまかすのを…… 
   さて、なんというのでしょうか。
 
 挙げればきりがないくらいに、私たちの世界には、数多くの「虚言」に満ち溢れているのです。
 たわいもない虚言が、おおごとになり、人生を台無しにするということもありますから、人は何よりも「正直」が一番です。

 しかし、……
 日本では、昔から「嘘も方便」と言って、時には、虚言が大目に見られてきました。
 実は、イギリスにも同じような言葉があります。それは「White Lie」と言います。他人を喜ばすための虚言なら許されると言うのです。

 どこの国の文化にも、民族の風習にも、命を救うため、そして人を傷つけないために発する虚言は、どうやら許容されてきたようです。
 反対に、自分の欲望から出る虚言、見栄を張っての虚言は、厳しく糾弾され、悪いものと判断されてきました。

 さて、「国家」が虚言を吐くとどうなるのでしょうか。

 福島第一原発が津波の被害を受けた時、オーストラリアで暮らす娘が盛んにこっちに来るように行ってきました。
 釣りに行ってはダメ。魚も食べてはダメ、根菜類もダメ。
  挙句には、当分の間、こっちに来いと言うのです。

 当時、私は教師をしていました。当然、誘いを受け入れることはできません。

 あの事故の時、風向き、事故後の雨の影響で、茨城県の一部の市では、土壌に尋常でない放射線量が記録されていたのです。
 自分の勤務する学校で、生徒たちに放射能の被曝があっては大変なことです。
 そこで、放射能測定器を使って、学校のあちらこちらを測定し、ホームページで公表していました。まあ、それほど心配するようなことはなかったので安心しました。

 しかし、街では、妙な噂も耳にしたのです。

 事実かどうかはわかりませんが、つくばの街は、国の研究施設が多く、高度な研究をしている優秀な科学者や公務員がたくさん暮らしています。その方々が家族を安全な場所に移動させているというものでした。

 そこへ、娘からの電話でしたので、きっと、海外では、日本では報道されることのない危険性とか、メルトダウンの情報が流れていたのだろうと、今になって思います。

 現在、あの時のことが検証されているようですが、それが「嘘も方便」であったのか、それとも、「政権維持」「企業存続」を意図した利己的な延命策であったのか、あるいは、事故の実態がまったくわからなかったのか、はっきりとさせていかなくてはなりません。

 一学校でさえ、正直に数値を公開して、保護者に安心を与えているのです。危険であれば、次の一手を打たねばなりません。これが生命を守るための「危機管理」です。
 虚言を使われては手を打つことも、危機を管理することもでしません。

 日本国では、国民から「嘘ついたら針千本飲〜ます」と言われないようにして欲しいのです。

ぼんやりとする時間

kiritsukuba614
筑波のお山に最初に登ったのは小学生の遠足の時でした。将来、この地に暮らすなど思いもよりませんでした。今日も筑波のお山が霞んでいます。


 教師をしていた時から、私は健康維持のため、iPhoneのヘルスケアを活用し、1日の摂取カロリーと運動量を記録しています。
 そのデータによると、最近の摂取カロリーの平均が1336kcalと出ていました。
 デスクワークをする成人男性の摂取カロリーが1日平均1500kcalだと言われていますから、まあまあというところでしょうか。

 摂取したカロリーは当然消費されます。
 摂取したカロリーのうち20%程度が脳で使われているということです。つまり、私は摂取カロリーのうち267kcalを脳の活動に充てているのだということになります。
 
 267kcalを、私の脳は一体何に、どう使っているのだろうか、それをワシントン大学のマーカス・レイクル先生が解き明かしてくれました。

  本を読んだり、次は何をしようかと日常私が考えることには5%程度。
  脳の細胞の維持と修復に20%程度。
  謎の脳の活動に75%程度。

 謎の脳の活動?
 脳細胞の維持と修復にもカロリーを使っていること以上に、「謎の脳の活動」という、この不思議な表現に少々驚きましたが、要は、ぼんやりとしている時だというのです。

 仕事に張り切って、疲れた時に書斎の南に開け放たれた大きな窓から外を見つめる時、あるいは、仕事がはかどらなくて、庭に出たり、デッキに腰掛けて、何を思うのでもなくぼんやりする、そういう時をいうのだというのです。

 まてよ、そんなことに、75%もの大量のエネルギーを使っているのかと、仰天します。

 レイクル先生は、実験で、目を、動かす時と動かさない時、つまり、人が何かをしている時と何もしていない時、の脳の活動を調べました。
 すると、何もしていない時でも、後部帯状回と前頭葉内側という別の領域が同じパターンで活動していることを突き止めたのです。
 それは、脳のそれぞれ別の領域が、「同期」していることを意味しているのだというのです。

 これを「デフォルト・モード・ネットワーク」というそうです。

 まだ、未解明の部分があるようですが、要するに、脳は、ぼんやりしている時にも、ネットワークをつなげようと努力しているのです。

 それがつながることで、私は、気持ちもさっぱりとし、気分も一新され、新たな気持ちで、仕事に戻れるのです。
 そうであるならば、「ぼんやりする」ということ、何もせず横になること、自然の中でぶらぶらすることがいかに大切かわかります。
 
 今まで、そうすることに対して、自分の力不足を恥じたり、怠惰な自分を嘆いたりしていましたが、ぼんやりとした時を持つことは、精神健康上、この上なく大切であり、次の活動のためにも貴重なあり方だと思うようになったのです。

 ぼんやりとし続けるのは困ったことですが、脳の活発な活動のためには、心で制御をしながら、ぼんやりすることが肝要なのです。
 
 さて、今日は午後、ちょっと昼寝でもしますか。脳の健全な活動のために……。
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《10/22 Sunday》

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❣️<Puboo!>にて、『だから、朝は素晴らしいんだ』を発信しました。ぜひ、お読みください。

❣️<Facebook>で、『Mermaid beach at Gold Coast. - The forcing look blows and is no swimming allowed on this day. I was walking a beach. When I try to take a picture of a no swimming allowed flag's trailing along in a wind, one man has begun to come near the field and take a picture of the skyscraper group. That makes a picture.
美人鱼海滨於黄金海岸。- 强的风吹,这天是游泳禁止。我,走着在海滨。我,预先打算拍下来游泳禁止的旗在风上密布的话,一人的男人为田地的荞麦面来,开始拍高层群的照片。那个如画。』を公開しました。

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