国家のいじめ

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 西陽を浴びて
 いかにも
 暑そうです
 いや
 暑いのです
 風薫る五月ははや古語となり
 今や
 毒々しい皐月と相成り果てました




 独りよがりな子がいて、まわりの子がああでもない、こうでもないと意見をします。
 
 みんながそうしようって言っているんだから、君もそうしなよとか。
 それは皆で使うんだから、君だけが、それをいつも使っているのは良くないよとか。

 そんな生徒のやり取りを、教師であれば、じっと観察を、しなくてなりません。

 生徒間で、なんらかの問題解決を図れるよう、見守るのです。
 先生は、見ているよって、生徒たちに、認識をさせておくのです。

 そんな基本を教師が怠ると、とんでもない事件が、その学校では起こってしまいます。

 先生が見ていないと悟った子供たちは、阿漕な真似をし出すものです。
 周りが結託して、その独りよがりな子に、いじめなる行為を働くようになるのです。

 さて、そうなったら、問題はこじれていきます。
 一方は、正義を行使するために、それをしたと言い張り、他方は、唐突にそれをされたと主張し出すからです。

 そうならないように、教師は、いじめになる行為が発生する前に、解決策を示さなくてはなりません。
 
 とりわけ、独りよがりの子には、協調性の大切さ、その素晴らしさを伝え、根気よく対さなくてはなりません。
 子どもというものは、先生が動いていることを知れば、それ以上は行動を起こさないものです。 

 集団の中の、さまざまな力が働き、均衡を保って、事件を未然に防いでいくのです。
 
 だから、教師は、常に生徒を観察し、双方に対して行動を起こし、良からぬ行為の芽を摘んで行かなくてはならないのです。

 そんなことを、私はして来たのですが、昨今の国際情勢を見ていますと、寄ってたかって、独りよがりの国に、ちょっかいを出していて、まるで、これが学校という世界であったら、いじめ事案になるに違いないって、そう思っているんです。

 その急先鋒の男の子は、独りよがりの子の大切なものを奪い取り、さらには、その子が大切なものだと言っている物の側にまで行って、ちょっかいを出しています。
 さらには、仲間に、あいつと付き合ったら、許さないぞって、凄んでいます。

 だから、皆、急先鋒の男の子の意に沿うように、あれこれと策を講じるようになりました。
 
 独りよがりの子だって、意地があります。
 いや、独りよがりだからこそ、人一倍の意地を持っているのです。

 実は、それこそが、子供たちのいじめの契機となっているのです。
 その芽を摘むとは、子供たちのよこしまな意地を、とんがった意地を、そっと押さえて、へこませてやることなんです。

 でも、国家と国家とでは、そうもいかないようです。

 急先鋒の国は、強大な軍事力を持っています。
 独りよがりの国は、それに近づき、上回ろうと野心を持っています。
 
 それを覇権争いって言います。

 覇権は、急先鋒の国にとっては、もはや手放すことなど考えられない黄金の柄なのです。
 それを一振りすれば、あのドイツも、日本も、それに、味方であったイギリスをもひれふして来たのです。
 
 世界を二分したソ連だって、急先鋒の国の前に、消えて無くなりました。

 これで、天下は、落ち着いたと思っていた矢先、とんでもない国が韜光養晦、日本で言えば臥薪嘗胆でしょうか、そして、一帯一路、日本で言えば、大東亜共栄圏でしょうか、そんな独りよがりの発想で、そして、急先鋒の国に、そっと耳打ちして、太平洋を東西で二つに分けて支配しようと囁いたのです。

 言うことを聞かないのならと、弱い奴をやっつけにかかります。
 バナナはいらない、レアアースはやらないって。

 独りよがりの国がやって来た、まさに、独りよがりの意地悪な手です。

 急先鋒の国は、とんでもないやつだと、仲間を集め、あいつは、俺たちの情報を盗み、ゆくゆくは、おいらに変わり、お山の大将になりたがっている、お前たち、親分にどっちを選ぶんだ。
 自由と平等を大切にするおいらか。
 カメラで監視、情報は遮断、ペチャクチャと大声で喋りまくるあいつかって。

 いやはや、大人のいじめにも困ったものです。
 つける薬がありません。

 いや、教師がいないのです。
 だから、国際社会という学級は、崩壊寸前にまでなってしまっているのです。
 
 さぁ、二十一世紀の人間社会、ここが勝負どころです。

 国技館でのパフォーマンスに喜んでばかりはいられないのです。
 先生を探してこなければなりません。



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カラフェでひとり酒盛り

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 夏の時期になりますと
 ここまで
 朝日が差し込んできます

 リキュールの瓶を照らすのです
 もそっと
 飲みなさいよって
 
 酒は浮世の憂さを
 洗い流すよって




 衣替えを始めています。
 布団も、着るものも、冬から春、そして、夏へと模様替えを少しづつしているんです。

 先だっては、食器も、と言っても、たいそうなものがあるわけではないのですが、取手の学校にいた時に、卒業記念品としていただいた、それなりの食器が冬から春の食卓を飾っていたのです。 
 それを夏を涼しげにしてくれるガラス食器に入れ替えるといったことなのです。

 食器棚の奥から、カラフェが出て来ました。

 冷酒を飲むときに使う、ポケットのついたあのガラス食器です。
 そのポケットに氷を入れて、酒を薄めずに冷やして飲めるあの食器のことです。

 それを手にして、テイッシュで磨きをかけます。
 しかし、それにしても、このポケット絶妙に器に食い込んでいるなって、私の関心は、いつものことなのですが、横道に逸れていきます。

 そういえば、先だって読んだ新聞に、クラインの壺を紹介したものがあったと、そのポケットの中に、テイッシュを突っ込んで磨いているときに思い出したのです。

 クラインの壺は、私が手にしているカラフェとは異なって、ポケットではなく、口の先端がムニューって伸びて、それがガラスのツボの腹のなかに食い込んで外に抜けていく、そんな形なんです。
 だから、そこに氷を入れれば、それはガラス瓶の中に入り込んでしまうのです。

 大吟醸の冷酒を飲むにもどうして飲んだらいいものか、考え込んでしまう形をしているのです。

 メビウスの帯、というものも連鎖的に、私の頭の中に浮かんできました。
 紙テープを伸ばして、その一端を百八十度ひねります。それを他の一端にセロテープで貼り付けます。
 これをメビウスの帯って言います。

 私の脳みそには、この方が理解しやすいようです。
 このメビウスの帯の特長は、一周してくると向きが逆転するというものですから、カセットのエンドレステープや、タイプのインクリボンに応用されていますから、きっと、私にも、具体化した形で、理解が進んだものだと思っているのです。
 
 百八十度ひねるという点では、クラインのツボも同じようだなって、いや、手にしていたのは、大吟醸を入れ、夏の夕刻、そよ風の吹く中で、蚊取り線香を焚いて、枝豆で一杯やるときの、大事な道具カラフェだったのですが、その磨く手も動くことなく、私は、あらぬ空想の中に入っていってしまったのです。

 もの、皆、形ありって、誰が言ったのか、それとも、自分で考えたのか、そんな言葉が脳裏に浮かんできたのです。

 物理的な形はもちろん、仕組みや仕掛けなども、形があって、機能しています。
 人間が作り上げた先進的なありようというのは、すべて、形が機能して、成立しているのです。
 それを壊そうとすると、波乱が起こります。

 戦争をして島を取り戻そうとか発言する若い議員も、議長席に居座りひんしゅくを買う老いた議員も、あるいは、国際規約を無視して独自の考えで、南シナ海の岩礁を埋め立て、基地を作る国家も、あるいは、これまでの体制をぶっ壊すようなことを繰り返す大国の大統領も、皆、その手の人たちです。

 形を壊そうとして、それが正義であるかのように、振る舞いますから、タチが悪いのです。

 でも、その形、そもそも、それが正しいのか、そうではないのか、実はわからないというのも、困ったものです。
 なぜなら、形は、時に暴力を伴って作られたものであるからです。
 自然的な猛威、あるいは、人為的な暴力でもって、それらは形成されて来たことを、私たちは歴史の中に見ていきているのです。

 人間界の、愚かなる人々の愚行に付き合っている暇などはないと、そうではなくて、私は、手にしているカラフェの器を見つめながら、宇宙の形を想ったのです。

 ビックバンで、大爆発を起こした宇宙は、だから、きっと、放射線状にすべてのものが散っていく、そして、それがいまだに続いているんだと。
 あるいは、その勢いも弱まり、今では、しずくのような形になって、ゆっくりと膨らみをもって広がっているんだと。
 そしてまた、カラフェのように、自然の成り行きに任せず、任意にその口を曲げて、あらぬところに出口を設けて、きっと、別の宇宙に行き着くのではないかって。

 昼過ぎのキッチンで、訳の分からぬことを想いながら、そして、そんなことを思う自分が嫌になり、私、立ち上がり、冷蔵庫の前に立ちました。

 正月に飲んだ酒があること思い出したのです。

 それをカラフェに注ぎ、そのカラフェのポケットに氷ではなく、オレンジリキュールを注ぎ込んだのです。

 それを陽射しにかざして、綺麗だなって、せっかくだから、三時のおやつにいただくかと、カラフェに付属するガラスのお猪口に、酒を注いでいただいたのです。

 昼酒なんど、とんとしたことのない身ではありますが、五臓六腑に染み渡る日本酒のちょっとカビ臭さがこれまたなんとも言えませんでした。
 私の頭から、宇宙も、形の哲学も、見事にすっ飛んで、私は、午後のひととき、銀座の石川県のショップで買って来たしろえびのせんべいをつまみに、大いに盛り上がったのでした。



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桜の花のため息

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 何に想いを寄せているのか
 多くの篭められた思いが
 ここにあるんだと
 さくら花の下の
 石たちを切なく思う




 取手の学校にいた頃から、親しくしていた先生がいます。

 私が主任で、彼が副主任でした。
 と言っても、私たちには上下関係はありませんでした。
 歳が同じで、私が最初に入った大学の同窓でもあったのです。
 ですから、親近感もあり、何よりも気があっていたのです。

 彼が、体育祭の指導中、熱がこもってしまって、骨折してしまった時も、学校近くに住まう彼の家に送り届けた覚えがあります。
 近くに住まう教員たちが集まって、彼の家で、酒盛りをしたこともあります。
 彼が、ボート部の顧問でインターハイに出かけたときは、学校に残るボート部の生徒たちの面倒を見て、日がな、利根川の川面にカヤックを浮かべていたこともあるのです。

 その彼、ほどなくして、学校を辞めてしまったのです。

 そして、駅前に塾を開き、取手の学校の医学部を目指す生徒たちを集めて、大いに繁盛させたのです。
 取手の教師たちも、講師に招聘されて、ちょっとした小遣い稼ぎをさせてもらったりした先生もたくさんいたのです。

 いつも笑顔で、人の悪口は言わず、生徒のことを第一に考えるそんな先生であったのです。

 彼の父上、会社を経営していました。
 彼が高校生の時に、事業に失敗し、辛酸を舐めたこともあったようですが、経営者として、何としても成功したいというのが彼の夢であったことは、折々に聞いていました。
 事業に成功して、父親の仇を討つんだとそういう思いであったのではないかと思っているのです。

 だから、そうした彼の転身を、私は、羨望とともに、敬意を持って、応援をしていたのです。

 学校の発展に伴って、彼の塾も大いに成長を遂げました。
 私も、駅前の銀行に用事があって行くときなど、ちょっと立ち寄って、お茶を飲みながら、世間話をしていました。
 そんな仲であったのです。

 私が、取手の学校を辞めるとき、実は、その後のあても何もなかったのです。
 意地の悪い人は、その算段をつけて、うまく立ち回ったなどと噂をしていたと後で聞くのですが、実際は、深いため息と憂うつの中で時を過ごしていたのです。

 そんな時、彼が私に一本の電話を入れてきてくれたのです。
 
 辞めるって聞いたけど、本当?って。
 辞めることはないよ、組織にいれば、そう言った時があるよって、慰めてくれたのです。
 
 確かに、組織というのは、一時の争いも、それがおさまれば、あのときはなんだったのと水に流すときもあるでしょうが、そうもいかないのが、男の気持ちです。
 ですから、彼の慰めの言葉に感謝しつつ、私は一旦退くよって、彼に言ったのです。

 その後、しばらくして、彼からまた電話がありました。

 私が、退職届を、新しく上司になった、どこかの建設会社からやってきた教育素人の横柄な男に出したその日でした。
 同じ塾仲間から連絡がありと前置きをして、土浦の学校で教師を必要としているから、そこへ行かないかというのです。
 
 私は、ありがたい話だと思いました。
 きっと、塾仲間からではなく、彼が手配をしたに違いないのです。
 捨てる神あれば、拾う神ありというわけで、私は彼に感謝をしたのです。

 私は、彼の言葉に従い、土浦の学校に、失業という時間をおかずに、その新しい年度に、籍を移すことができたのです。
 ちょうど、今のように桜が満開の頃、私の気持ちは、一転、晴れ晴れとしていたのを思い出すのです。

 以来、生徒募集にかこつけて、私は土浦から取手駅前の彼の教室に行くことになり、何人かの生徒を引き受けることになったのです。

 その彼と最後に会ったのは、もうかれこれ、四、五年も前のことになります。
 彼、杖をつき、随分と痩せてしまっていました。
 糖尿病が悪化していたのです。
 それでも、明るく、元気に振舞っていたのですが、昨日、彼が亡くなったとの連絡を受けたのです。
 
 私は、通夜にも、葬儀にも行きたくないと思っています。

 行くことで、彼がもはやこの世にいないことを、確認はしたくないのです。
 きっと、どこかで生きている、また、どこかで、ヤァと言いながら、狭い教室の長椅子に腰掛けて、なんということもない世間話に花を咲かせたいと思っているのです。

 見知っていた人が、去っていくのは辛いことです。
 桜の満開の様子が、私をまた、一転、深いため息と憂うつへと誘い込むのです。



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今からでも遅くはないって

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我が宅の紅梅がひときわ紅い花をつけ始めました
ふと目を他方にやれば
そこには枝をさらけ出した木々が
冬と春の空気の中で目覚めようとしているかのようでした




買ってから一度も使わずにあるものがあります。
 一つは、畑を耕す鍬で、いま一つは手斧です。

 なんでそんなもの買ったのって、自分でもよくわからないのです。
 きっと、つくばに家を建てた頃、近くにあった菜園のひと区画を借りて、農作業でもやろうと思っていたのかも知れません。それに、周りは雑木林ですから焚き火用の枝でも斧で叩き割ろうとしていたのかも知れません。

 すっかりと買ったことなど忘れて、これらの道具は、ガレージの隅に放置されたままになっていたのです。

 日曜日も学校に出かけるくらい、どっぷりと教師をしていたのですから、畑作業などできるはずもないのですが、鍬や手斧を買ったのには、きっと、自然と接するそうした生活への憧れがあったのではないかと、いや、きっと、そうに違いないと思ったのです。

 私は、ある種の男たちがそうであるように、まず、形から入る傾向が強い人間なのです。
 何かを始める時、形って大切だと考え、ともかく、一丁前の格好をして見せるのです。

 ロードバイクであれば、自転車を乗るにあたり、それなりの格好を整えます。
 卓球でも、それは同じです。
 なぜなら、服装とか備品というのは、それをするに、最適の恰好を示しているからです。

 ジーンズで自転車に乗っても、なんら差し支えありませんし、ジャケットとニッカポッカを履いて自転車に乗れば、まるでイギリス人になったかのようで痛快です。

 ジャージで卓球台の前に立ったって、何もプロの選手ではないのですから、構うことありません。まさか、浴衣でとは洒落が過ぎますが、でも、私は、それなりのユニフォームを好むのです。
 そんなことを考えると、船はどうかといえば、例えば、濡れても滑らず、気持ちも悪くならないシューズを履いていますし、ズボンもお尻の部分が少々厚めに縫われた、そして、濡れてもすぐ乾く、いつまでもオシメをしているような感覚にならない、さっぱりしたものを用意しているのです。

 だから、恰好ばかりを気にしているのではなく、明らかに、そこには、合理性があって、それをするに適したものをつけて、もっと、楽しみたいという気持ちが作用していることがわかるのです。

 零下の朝の気温も影を潜め、昼間など、ウッドデッキには陽が差し込み暖かいくらいの天気になり、デッキの上に覆いかぶさっている紅梅も花を咲かせた日に、私、片隅に置かれたままになっていた鍬と手斧をウッドデッキに持ってきて、しばし、思案をしていたのです。
 
 両方とも、錆が出て、あかくなっています。
 おまけに、柄もブカブカです。
 鍬など、刃先がスルスルと入ってしまいます。これでは使い物になりません。
 手斧だって同様です。あまりの錆ように、申し訳なる程です。

 さて、錆を落として、柄を入れなくてなりません。

 おいおい、何をする気かと、そんなことを考える自分に、私、問うたのです。
 何をするって、せっかく、鍬があるんだから、この春、庭のひと隅を使って畑を作るというのだから、そこに使ってやるんだ。
 それに裏にほったらかしてある、あれ、そう、暖炉の薪にと、落葉樹の枝を集めてあるあれ、あれをこの手斧でぶった切るんだ。
 電鋸でやればいいのに、その方が絶対に早いって思うんですが、せっかくある手斧だから、使ってやるんだと、答えが戻ってくるんです。
 
 しかし、この手斧、ごくごく一般に見る斧とは違って、西部劇に出てくるインディアンが使う手斧に似ているぞ。もしかしたら、どこかに行って買ってきた土産かも知れないなぁ、なんて考えもするのですが、記憶が曖昧で確としたことはわかりません。

 ガレージから、錆をおとす道具を取り出します。
 金ブラシに、金属磨き、それに砥石と、我が宅の道具置き場にはそれなりのものが揃っているんだと驚きます。そして、それらを使って、せっせと磨きをかけます。
 すると、それなりの輝きを取り戻すのですから大したものです。
 そして、そこにくさびを打ち込みます。

 二時間ばかりで、私は、かつて、理由もわからずに買った二つの道具をいつもで使えるように修繕を完了させたのです。

 そして、ウッドデッキにそれらを置いて、私はデッキアンブレラの下に座って、眺めていました。自分で言うのもなんですが、修理の出来の素晴らしさに惚れ惚れとしていたのです。
 そうしていますと、そうだって、あることに気がついたのです。

 私の書架にある、書籍のことです。
 あれらの本のうち、いまだに読んでいない本が幾冊か、いや、幾十冊かあることにです。
 学生時代、アルバイトしていただいた金を注ぎ込んで買い溜めた、中国関連の史書であり、中国社会科学院の専門書です。
 ついぞ読んでいないなぁって、それに早稲田の中国文学会から送られてくる論文集も積み重なったままです。
 いつか、これは役に立つとあの時は思って買ったはずです。

 しかし、人生はままならぬもので、まるで、時代に流されるように、私は違う方へと、あらぬ方へと行ってしまったのです。
 だったら、今こそ、自分の行く道を修正することができると、そう気がつくのです。

 今からでも決して遅くはないって、私の前の鍬と手斧が、そう囁いていたのです。



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電子レンジが見せる世界

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風を描いてみたい
風を表現したい
風はいつも何かを連れてくるからです




 その日の朝、電子レンジをチーンして、昨夕の取り置きのスープを温めて、それをご飯にぶっかけての朝ごはんでした。
 もちろん、浅草で買ってきた大辛の薬研堀もふりかけての朝食です。
 せいぜい、ぜいたくといえばその薬研堀くらいかな。

 朝食は、豊かに、ゆったりと、とりなさいと言いますが、仕事の合間の食事では、いつもこんな具合に、あっさりと済ましてしまうのです。おかげさまで、医者からああでもないこうでもないと言われる「数値」も、このところ幾らかは改善されてきているのです。

 私、電子レンジのタイマーを回して、その間に、他のことをするってなかなかできないんです。 
 性格なんでしょうね。
 じっと、ブーと音を立てて、回っているのを見ているんです。
 トースターでも同じで、随分と時間の使い方が下手だなぁって、自分でも思っているんです。

 電子レンジは、マグネトロンから発生するマイクロ波を食品に照射して、それによる分子振動によって食品が温まる仕組みになっています。
 マイクロ波は水分にのみ反応して加熱するので、陶器であろうがプラスチックであろうが水分のない容器には反応しません。
 しかし、それにしても、よくそんなことを考えたなって、私、チーンと音がなるまでそれを見続けているのです。

 この電子レンジの仕組み、旧日本軍が敵機を攻撃するために活用できないかと随分と思案をしたそうです。しかし、残念ながら、戦時下、欧米の論文も手に入らずに、この研究は日の目を見ませんでした。
 もちろん、アメリカだってこの仕組みに目をつけていました。
 しかし、それは攻撃兵器ではなく、攻撃を予知するレーダーとしての活用でした。そして、こちらは現実に実戦に使用され、日本軍はわけもわからず攻撃されるという羽目に陥ったのです。

 アメリカには、もう一つ、電子機器を使った兵器がありました。

 ガダルカナル島での攻防戦でこれが初めて使われました。
 米軽巡「ヘレナ」が、襲ってくる日本海軍九九式急降下爆撃機に放った一発がそれです。
 九九艦爆は、日本海軍が誇る急降下爆撃機です。開戦から二年も経つと、当初、大活躍したこの爆撃機も時代遅れの代物にはなっていましたが、それでも威力は絶大です。
 その九九艦爆に放たれた砲弾は、実は、機体に命中をすることはなかったのです。

 そうではなくて、急降下するその機体の航路を予測して撃たれ、そして、金属を探知して、爆発する仕掛けを持つ爆弾であったのです。

 だったら、それは日本の三式弾と一緒ではないかって思うのですが、三式弾は、つまり、榴弾であって、爆発時間を調整して、その時点で爆発し、前方に向かって996個の弾を放ち、航空機を撃ち落とすものです。
 しかし、ガダルカナルでのその弾は、さらに高度に発達したもので、弾の中に高周波発振器が組み込まれ、撃たれた弾は盛んに高周波をだし、周囲に金属を探知すると、それを目安に信管に通電し、爆発をするのです。

 いつだったかNHKの番組で詳しく説明された番組がありましたが、「VT信管」というのがこれです。
 Variable-Time fuzeというわけです。時間可変性信管などとわけのわからない名称をつけて、機密扱いになっていた秘密兵器です。

 いつだったか、そう冷戦の時代のことです。

 アメリカ政府から日本政府に、ココム違反の物品がソ連に供給されていると情報が寄せられました。
 ココムというのは、対共産圏への戦略物資の輸出を規制する条約です。
 日本政府が内々に調べてみると、北海道で、日本の漁船がロシアの船にある物資を渡している事実を突き止めるのです。

 その物資というのが「ビデオデッキ」だったのです。

 漁民がロシアにそれをプレゼントすることで、多少のお目こぼしがあるというのです。
 さほどに高いものではないし、漁にでる時は新品のそれを十数台も積み込んで、オホーツクの海の上で「瀬取り」をするわけです。
 アメリカはそれを衛星監視で突き止め、その物資が軍事転用されていることに危惧を感じ、日本政府に内密に通告をしてきたというわけなのです。

 ビデオデッキの何がそんなに重要なのかというと、ビデオテープを少しの狂いもなく回転させるために組み込まれている部品の中に真球に近い高度に研磨されたベアリングが使われていたのです。この技術、長野にあるベアリング会社が開発したもので、ミサイルなどを目標に正確に当てるために欠かせないセンサーに組み込まれて使われるというのです。
 ソ連は、自国では作り得ない真球に限りなく近いベアリングをビデオデッキから抜き取っていたというのです。

 一方は、戦略兵器を民用産業に活用、一方は、その民用を軍事物資にしていく。

 これもまた、いま、世界を二分する勢力のありようの、しかも、重要な一点であると思っているのです。
 だから、アメリカが自分たちとは異なる思考ベクトルを持つ中国を、そして、その国のファウエイを敵視するのは、まったくもって道理なのです。

 目先の利益によだれを垂らして近づくのではなく、彼らの本質を見て取り、対応をしていかなくてはならないのです。
 だって、彼らの国の軍用品を見ていますと、本当にアメリカのそれと瓜二つです。つまり、設計図が同じってことです。

 第二次大戦末期、ベルリンに進攻したアメリカは、フォン・ブラウンを確保しアメリカに連れて行きました。一歩遅れたソ連は、人間の代わりに大量の設計図を持ち去りました。

そして、数年後、当然のように、ともに同じようなロケットを打ち上げるのです。
 元が一緒なら、同じものができることは当たり前の話なのです。

そんなことを考えれば、アメリカが中国に殊の外強硬に出ていることが納得できるのです。
中国もそこにはやく気がつかないと、アメリカの最終目標、中国共産党の解体まで持っていかれることになります。
時代はそこまで来ているのです。

そんなことを考えていると、チーンと音がして、わたしの朝ごはんができたのです。
それでは、いただきます。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《6 / 17 💡 Monday 》
 
🦅 ただいま、<カクヨム>にて『ひとりっていいよな』を発信しています。

  世の中って
  理不尽なるもので
  満ち満ちているんだっ……



誰でも、社会的生活を営んでいれば、心苦しいことに出会うものです。
トップの解任、同僚との確執、職を辞しての新しき生活、そんなさまざまの体験がそれです。
人は、かくも争い、かくも世知辛い思いをするのです。
そして、大切なものをそこで失っていくのです。
失うことを、損得で測れることはできません。
失うことは、糧として、その人間に残れば、それでいいのです。
そして、若き人に、送ることができればそれでいいのです。


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【nkgwhiroの活動】

❣️<Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。こちらもご訪問よろしくお願いします。
 

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