「ある種の記録魔」

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これが秋の色。
秋は色の季節。空も、木々も、草も、そして、すべてが色を変えます。
そのためか、空気が澄んだように感じるのです。
天候の狂気に戸惑いながらも、秋の気配を感じる今日の祭日ではあります。



 我が愛車、ロードバイクのマドン号。
 今年は、100回を超え、年末までには150回に到達する搭乗に、どうやらなりそうです。

 実は、私、「ある種の記録魔」でして、日々のカロリー摂取から、運動量に心拍数、それに体重。さらに、読んだ本から、購入した物品まで、それを<Numbers>と言う表計算ソフトを使って記録しているんです。
 もちろん、iPhoneに入っている、ヘルスケアがその一つの起因になっていることは否めないのですが、そんな機器のなかった時代、もっと言えば、子供の頃からそうした傾向はあったと思っているんです。
 少年サンデーを創刊号から本棚に並べたり、ビートルズのLPレコードを古い順に並べて、悦にいったりしていたのですから、きっと、そうした癖があったに違いないと思っているのです。
 走行距離から、時間、消費したエネルギー、高低差から途中休憩で停車していた時間まで、さらには、走行したルートを地図上に記録までしているのです。

 そのマドン号。
 それだけの回数を毎日のように乗りますと、不思議なことに、今まで見えていないものが見えてくるようになったのです。

 筑波山の圧倒的に山容に向かって、走らせている時、車輪の音の不具合に気づいたりできるようになってきたのです。今までは、そんなことにも気付かず夢中で走っていたのですが、それらに気づくようになると、自転車乗りもまた別の面白みを持つことができます。
 例えば、シャカシャカと絶妙な音を立てていたロードバイクが、そうでない音をそこに聞くと、私は、バイクを止めて、点検をします。
 案の定、前輪の軸の締めが弱まり、そこから異音が出ていたのです。
 それを締め直して、走れば、あの山容に向かってペダルを踏む気持ちも爽快になります。

 先だっても、なんだか、座り心地が良くないと、桜川の岸辺を走っているときに思いました。
 私はバイクを止めて、土手の上で、サドルの位置をあれこれ動かしました。
 幾分、サドルの低くなっていたようです。ですから、私は、サドルをそれまでより3センチほど上げたのです。
 以前にも増して、お尻がぐっと高くなり、私の乗り姿は、ますます前傾姿勢となったのです。
 これが私の気分を良くし、走りに磨きがかかったことはいうまでもありません。

 私が殊の外愛でるロードバイク用のコースがあります。
 私が「アグリ・ロード」と呼んでいる、つくばの名産である芝生の畑の中にある道です。
 最近は、芝も儲からないらしく、ぶどうの棚へと衣替えをしているところや、太陽エネルギーの発電設備へと変貌を遂げた箇所もあります。
 それでも、そのアグリ・ロードを時速30キロぐらいで飛ばしていると、ふと、イギリスのコッツウォルズあたりを疾走している感覚に陥るのです。

 丘が波を打って近めに、そして、遠めに見えて、そのなだらかな坂を上り下りしながら、私はそう感じるのです。
 
 対向車は皆無、横丁から無謀な運転をする車も出てくる心配はありません。
 遠くには青い空に白い雲が浮かび、道端に伸びた草が風になびいています。

 先だって、そんな「コッツウォルズ」を走っていた時です。
 真向かいから幾分強い風が吹いてきました。
 嵐が関東にも直撃だとニュースで盛んに叫ばれていた時です。
 そんな風に向かって走る時、ギアをきつくします。そして、足を踏ん張って、我が顔にぶつかってくる風の抵抗に逆らって走るのです。
 しかし、ギアを一番きつくしても、さほど、私の足はきつさを感じません。
 おや、私の足の力も随分と強くなったのかしらとほくそ笑んだのですが、同時に、チェーンが伸びてきたに違いないと、私、そうも思ったのです。

 その足で、私、いつも世話になっているトレックの店に、我がマドン号を持ち込みました。

 「チェーンが伸びてしまったようですから、交換をしてくれますか」って。
 若い店員さんが、初めて会う方です。
 この店も、店員さんの入れ替えが激しいようです。
 痩せぎすのいかにも自転車乗りと言う風情の青年です。

 「あぁ、かなり伸びていますね」って、胸元からなにやら計測器を出して、マドン号のチェーンに当てて、それを見ながら、私に言います。

 そして、今度はズボンの後ろポケットから手帳を取り出します。
 「イチマルゴの、十段だから」って言いながら、私をチェーンの置いてある棚に導きます。
 イチマルゴと言うのは、ギアの名称です。最高級ではありませんが、そこそこの性能を持つ名品と言われるものです。十段と言うのは、十段に制御されるギアのことです。
 「このチマルゴの十段には、CN6701ですね」って、その手帳の綺麗に記録されたデータを私に見せるのです。
 私、その手帳を、「ちょっといいですか」って、許可を求めて、ペラペラってめくったのです。
 「この店は、厳しいんですよ。だから、こうやって記録しておいて、間違いのないようにしているんです」って、恥ずかしそうに言います。

 私、その手帳の丁寧に綴られた数値や、作業の際の、細い記載を見て、自分と同じだとまず最初に思いました。そして、この青年なら安心だと思ったのです。

 「あなたが作業をしているのを、私、見ていたいのですが、構いませんか。いやね、次は、自分でチェーンの交換ぐらいはしたいと思っているもんですからね」って、方便を付け加えて言ったのです。
 「もちろん、構いませんよ」って言って、作業室にまで入れてくれたのです。

 作業場に入ったのはこれが初めてです。
 そして、作業の一部始終を言葉で説明し、チェーンのこの商標のついている方がこちら側ですよとか、古いチェーンと新しいチェーンを並べて、古いチェーンに長さを合わせてくださいって、私の目を見ながら、生徒を教えるように語るのです。
 作業が終了し、その青年に礼を述べて、私はまたマドン号に尻を高くして前傾姿勢になって走り出しました。

 新しいチェーンのなんと軽やかなことよ!
 私は家路に向かう道から逸れて、再び、アグリ・ロードに向かったのでした。



自分らしさランキング

地がもつ「風」を受け止めて

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こんなに鮮やかな花々を見つけました。家の主人はきっとこんなに綺麗に咲いているなんてじっくり見ることはできないに違いない。かつての私がそうであったように。でも、こうして花はそこを行く人に、心の幸せを与えているのです。


 天気の良い、吹き付ける風が心地良い日でした。
 ロードバイクに乗って、その日は、筑波のお山に吸い寄せられるように走り込んでいきました。

 筑波山から南西方面、つまり、関東平野が広がる方角です。
 そこには、桜川という優雅な名を持つ川が作った低地帯があります。現在そこには、見渡す限りの田んぼがあります。そして、桜川が作ったと思われる段丘があって、それが関東平野へと広がっていくのです。
 私の家を始めとするつくばの街の住宅はその段丘の上にあります。

 ということは、筑波山の方へ行く時、私は段丘を走り降りる形になるのです。

 百メートルくらいの距離をなだらかではありますが走り下っていくのです。
 そこでは、ロードバイクのスピードは一気に上昇していきます。バイクにつけているメーターは、時速35キロを超えます。これは怖いくらいのスピードです。道には田植えの際、持ち出された土塊が乾いて、ゴツゴツした状態でいっぱい残っています。アスファルトも田んぼ道なので、でこぼこです。ですから、ハンドルを過てば、転倒し怪我をすることは間違いありません。
 しかし、田植えされたばかりの「みなも」がまだ残る一帯を、風を切って走る気分は爽快そのものです。

 今日の目的地につきました。そこは筑波山の麓になります。
 「平澤官衙(かんが)」という古代遺跡のあるところです。古代の高床式の建物が復元されて数棟建っています。ここは常陸国筑波郡の郡衙の一つで、主として「正倉」と言われる穀物保管庫があった場所と言われています。つまり、税として収められた稲などを保管していたところなのです。
 小高い丘の上にあって、この地の豊かな収穫を記録し、都に送り届ける役目を担った役所の後です。

 その官衙のありようを見て、私はロードバイクに跨ったまま、ちょっと古代に思いを馳せてみました。

 ここで、勤めをしていた古代の役人たちは、この山々に囲まれた小高い丘にあって、他の住民の多くが知らない文字を操り、計算をしていたに違いない。
 豊かな土地、穏やかな気候、食うに困らず、それゆえ、従順である人々にますます働いてもらって、少しでも多くの税を都に送ろうとしていたのだろうと。

 そう思うのは、古代、国の下に位置する「郡(こほり)」での業務は、土地の有力者が多く就いたと聞いているからです。

 滋味豊かなこの土地では、そう思うことが自然なのではないかと、思うのです。

 筑波一帯は大きな災害も少なく、それゆえ、人間が凡庸だということも聞かされたことがあります。
 凡庸か否かはさておいて、土地の持つ雰囲気というのは何百年、何千年と経っても変わらないものではないかなと思ったのです。
 私のように東京から転居してきたものも、いつの間にか、地の人間らしくなります。

 土地というのは、そこに生きるすべてのものを土地に合うようにしていくのではないかと。いや、反対に、生きとし生けるものが土地にあったあり方を目指すのかもしれません。

 そんなことをしばし考え、私はロードバイクのペダルを踏みこみました。

 今度は、100メートルの緩やかであるが、厄介な坂が待っている逆のルートです。
 この歳になるとギアーを落としても、結構大変です。あいにくと、風も向かい風です。一苦労ですが、家に帰らなくてはなりません。

 地の風を真正面から受けて、しゃかりきになってペダルを踏んでいったのです。

秋の気配

淡い光


 気温16度。ウインドブレーカーを着て,ロードバイクにまたがる。最初の10分が正念場だ。寒さに勝てないとそのまま引き返す羽目になる。堪える。ひたすら堪える。
 時間が経過すると,身体が温まってくる。こうなれば,何ということはない。交通量の少ない大通りを我がもの顔に走る。曲がり角も大きく体を傾けて曲がる。
 一昨日の嵐のため,道路の端には木屑や水たまりがまだある。注意しないとタイヤが浮いてしまう。細心の注意をはらう。誰もいない道で転んで気を失うわけにはいかない。
 朝の運動をする人に会う。目と目があって,軽く頭を下げる。静かな交流だ。
 今朝,走ったのは,イーアス周辺。広い通りが気持ちよく広がっている。
 
 天気予報では,今日は昼間,気温がずいぶんと上昇するという。妻に午後から笠間に行ってみようかと声をかける。何を買うわけではないが,笠間は山に囲まれた緑の街である。特に,陶芸博物館あたりの雰囲気はいい。土浦は今日は花火大会で大混雑。笠間ならちょっとした秋の気配を感じ取ることができると思う。
 
 トンボが家の周りを無数に飛んでいる。ついこの間まで,聞こえていたツクツクボウシの声が聞こえなくなった。その代わり,虫の音が風情をあたりに撒き散らしている。

朝のひと時



 世の中は盆休み,かつ,70年なにがしと,重い話ばっかり。
 そんな中,わたしは4時半に起床し,15分後には,ロードバイクに乗って,つくばの街のあちらこちらに出かけていく。
 釣りに行くときは,3時に起床し,東京湾を目指す。
 朝はすこぶる強い。

 黎明の刻,前と後ろにライトを点滅させ,東大通りを疾走する。たまに,トラックが追い抜いていくが,トラックの運ちゃんは意外と言っては失礼だが,こちらに風圧がかからないように気を使ってくれる。ありがたい限りである。
 昨日は,筑波山の麓,今日は洞峰公園,明日は万博公園,そのほか,平沢官衙,小貝川土手を使って下妻まで,また,桜川土手とコースには事欠かない。

 自宅に戻ると,愛車のトレック・マドンを丁寧にメンテナンス。そして,シャワーを浴びて,さっぱりとしたら,バルコニーで朝刊に目を通す。
 その間に,妻が朝食を支度してくれる。支度と言っても,パンに,オーストラリアから買って来たベジマイトを塗るだけであるが……。
 そして,道の向こうから,研究所の池の滝の音が聞こえて来る。夏場は,蜂も飛んでくる。気にかけないとなにも悪さをすることなく飛んで行ってしまう。

 つくばに転居するとき,ここは生活の場でもあり,余暇を過ごす場でもあると念願して,家づくりをしてきた。今,自由の時を得て,家をふんだんに楽しんでいる。

 さあ,夏の太陽が照りつけてきた。そろそろ書斎に入ろう。

父の手紙

科学の門


 遥かにだいぶ前のことである。
 父が亡くなって,しばらくして,娘たちに父からのハガキが届いた。
 父が,つくばで行われた科学万博で,十年後に配達されるハガキを娘たちに認めていたのである。
 もらった娘たちは,驚くやら,嬉しがるやら,はたまた,悲しがるやら,大騒ぎになった。

 今日,その万博跡地にロードバイクで行ってきた。周辺を車で通ることはあっても,じっくり中に入ってのは初めてである。

 つくばは多くの公園,広い歩道,また,自転車道もあり,気持ちがいい。中には,自転車に寄せてくるマナーの悪い運転手もいるが,大方は,自転車と共存する気持ちを持っている。横断歩道で,人が立っていれば,車を停止させ,歩行者優先を実践する。そういう街のあり方が,次代を担う青年を作ると確信している。こちらが止まれば,反対車線の車も止まる。善の波及効果である。

 動く歩道,小型の携帯電話など,当時出品された実験的産物も今や人皆手にするものとなった。いかにあの万博が日本の発展をリードしてきたか,今更のごとく懐古する。
 
 今,この地に,当時の面影はまったくなし,ただ,歩くのに飽きない道が美しい空の下にある。


プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《8 / 18 💦 Sunday 》
 
🦅 昨日、<カクヨム>にて『まぼろしのフランクフルト中央駅』を発信しました。

 縦横無尽に 

 意識の中を駆け巡るのは 
 人の持つ感性なるもの



この世に、二つの世界があり。
それは、現実世界と仮想世界。

かつては、そんなバカなと思える仮想の世界が、詩になり、絵になり、物語になって、現実世界で堪能されていました。
今、 AIがその仮想世界を現実世界に組み込み、私たちはその境目さえも不明の中で、仮想世界で遊ぶことができるのです。

なんともややこしい時代になったものです。

しかし、仮想の世界、昔から、人間の中にある何かのスイッチに刺激を与えてきました。
想像というスイッチ、さらに進んで、創造というスイッチにも、時には、幻想に、あるいは空想のスイッチとなり、私たちを楽しませてくれたりもしているのです。

フランクフルトの革ジャン男も、我が庭の山法師の木も、そして、日本語の二人称も、すべて、私にとって、現実世界と仮想世界を行き来する契機となったものたちなのです。

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【nkgwhiroの活動】

💝 <Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。 

                                            💝 <Amazon・Kindle>で書籍の販売を行なっています。 ただいま、『一日千秋ーある日ちあきと』を販売しています。値段は3ドル換算日本円になります。
 

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