六月のけん制

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 キュウリは黄色
 ナスはムラサキ
 わかりやすい野菜だ
 はてトマトは
 すぐに思い出せない
 歳のせいか
 トマトの個性のなさか
 ……



 手前に、海自の護衛艦「いずも」、その後方に米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」が写る写真を、この六月のうっとおしい最中、ネットの記事に見ました。

 共に、最新鋭の全通甲板を持つ大型艦船です。

 1942年6月5日午前1時30分、南雲機動部隊の四隻の空母、赤城、加賀、飛龍、蒼龍から、各艦9機の零戦を含む爆撃隊が発艦しました。
 ミッドウエイ島を攻撃するためです。

 程なく、攻撃隊から、二次攻撃の必要性を知らせてきました。
 赤城、加賀は、待機させていた半数の爆撃機につけていた魚雷を通常爆弾に換装、飛龍、蒼龍は、艦船攻撃用爆弾を陸用爆弾に交換するのに大わらわとなったのです。

 ところが、換装が完了した頃、アメリカ海軍空母部隊が発見されたのです。

 今度は、換装した爆弾をまたまた入れ替え作業です。
 甲板上には、爆弾がゴロゴロと放置されました。それまでの日本海軍にはなかっただらしなさです。

 7時22分でした。

 はるか雲間に見えたゴマ粒のような機体が一気に急降下を始めました。
 アメリカ海軍機動部隊から発進した艦爆SBDドーントレス30機が急降下爆撃を敢行してきたのです。
 これまで、南雲艦隊を襲ってきた航空部隊を、艦隊はことごとく迎撃してきました。今度もそうなるに違いないと誰もが楽観をしていました。

 艦隊を護衛していた零戦が、機動部隊を守るために、必死の迎撃を試みます。
 加賀は、1000ポンド爆弾をその操船技術で3発までは回避しました。

 しかし、4発目以降が後方右舷、次に、エレベーター、前部リフト、そして、艦中央に連続して命中してしまったのです。 艦橋の側にあって、攻撃機にガソリンを給油するために待機して給油車に爆発はおよび、加えて、放置されていた爆弾が誘発をします。
 加賀は艦橋付近で大爆発、艦長はじめ参謀連はことごとく吹き飛ばされたのでした。

 午後2時50分、駆逐艦舞風が、加賀の生存者救助にあたり、加賀の航行不能を確認します。
 午後4時25分、加賀は二度の大爆発を起こし、ついに、沈没したのです。

 この戦いで、日本海軍は、二度と立ち直れないと言うほどの痛手を被りました。
 真珠湾攻撃以来の優秀なパイロット多数を失ってしまったのです。

 零戦は即座に作れても、搭乗員はそうではありません。日々の教育課程と訓練、それに実戦での体験がものを言う世界です。
 あの当時、世界の海軍力を二分していた日米両海軍の未来を左右する六月の戦争は、アメリカに軍配が上がり、日本はその後、アメリカの工業力と科学力の前に屈するのです。

 その敵対した二大海軍国の共に最新鋭の艦船がこうして並んで写真に写るのですから、時代の変遷を冷徹にも感じるのです。
 あれだけ戦ったから、今、こうして、互いを信頼し、同じ方向性で異なる力に立ち向かうことができるのだと、そんなことも思うのです。

 海自のいずもは、同型艦のかがと共に、近々、F35B10機を搭載する空母に改造されます。

 この写真の見出しに、こうありました。
 「南シナ海で米空母と訓練=海自護衛艦、中国けん制か」と。

 けん制ー最近、よく聞く言葉です。

 英語では、Diversionといって、軍事行動における本来の目的を支援するために行われる戦略として位置づけられている軍事用語です。

 では、本来の目的とは何かと言うことですが、それは中国の海洋進出を許さないと言う日米の軍事行動に他なりません。
 中国に、お前さんたち、太平洋に出てきて、のさばるつもりだろうが、そうはいかないよ。かつて、この太平洋に君臨した二大海軍力が、今は、がっちりと手を組んでいるんだから、そのような大それた考えを持つなって、そうけん制しているのです。

 けん制なるものが成功した事例が、実は、六月の戦史上に今ひとつあります。

 1944年6月6日、連合軍がドイツ占領下のフランスはノルマンデイに上陸した作戦です。
 ドイツは、きっと、フランスのどこかにアメリカは上陸してくると、それは、船の泊められる港のある地域と睨み、防御を固めます。
 しかも、アフリカ戦線で連合軍を打ちのめしたロンメルを将軍を抜擢し、万全の防御を固めてきたのです。

 アメリカは、あの大聖堂があるカンタベリー郊外に、偽りの司令部を置きます。

 アメリカ本土から、ゴムで作った戦車やトラックをそこに並べ、イギリスの要人まで訪問をやらせ、徹底してドイツの予想したように、もっとも近いフランスの港町に軍団を送るように見せかけたのです。

 この当時、ドイツの偵察機は、イギリス本土に近寄れずにいました。
 仮に、本土上空に来れば、百パーセント迎撃をされていたのです。
 しかし、千に一つ、イギリス空軍は、ドイツの偵察機を見逃しました。

 あのゴムでできた大部隊の写真を撮らせるためです。何より、イギリス国内にいるであろうドイツスパイへの配慮もあり、大掛かりのけん制作戦がなされたのです。

 これが功を奏し、港のないノルマンデイに連合国軍は上陸作戦を挙行し、ドイツは追い詰められていったのです。

 果たして、21世紀の全通甲板を持つ大型艦戦の六月のけん制は、いかなる結果を持ち引き出すのか。私は、じっと、その二隻の巨艦の写真を眺め他のでした。



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熟成人間と非熟成人間

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 コアラとカンガルーの道しるべ
 そのコアラとカンガルーの国の幼な子が
 寒いと、オフで、海も静かだと
 それでも
 海で遊ぶんだから
 もはや
 彼はニホン人ではなくオージーに
 なってしまったと
 つくづく思うのです




 学校にいた時のことです。それも、まだ、私が新米の教師であった時のことです。
 
 先輩の教師で、実に、困った先生がいました。
 生徒と悶着を起こしてばかりいる先生です。

 私の早稲田の先輩になる方なのです。
 先輩後輩であるから、無碍にもできず、私は、結構、生徒との間に立って、とりなしをしていた覚えがあるのです。

 ある時、女子生徒がすっ飛んできました。
 授業中、その先生に触れられたと言うのです。そして、気持ち悪そうに、右手の手の甲を私に見せます。
 なんでも、その先生が、机間巡視中に、その生徒のところに立ち止まって、ノートの誤字を指摘したそうです。その時に、ちょっと触られたと言うのです。

 人間は、その人を嫌いになると、やることなすこと、すべてが気に入らなくなります。

 だから、この女子生徒も、意図的ではないにしてもちょっと触れた、いや、ちょっとした拍子に触られてしまったことをしゃくに触って、それで、その先生の苦情処理係になった私に言いつけに来たと言うわけなのです。

 年頃の女子ですから、好きになれば、ところん許し、受け入れますが、その反対は、その激しさを増して、逆を行くのです。

 だから、そのくらい我慢せいでは済まされないのです。

 そうではなくて、話を聞いてやって、そりゃ迷惑なことだと同調してやって、それから、わざとではないのだから、許してやれ、そのくらいの広い心を持てとやれば、おおよそは納得して帰っていくのです。

 人間が対象であれば、そのくらいの出来事ではすみますが、それが食べ物となると、そうはいきません。

 先だって、マーケットに買い物に出かけた折のことです。
 一人の体格のいい女性が、棚をのぞきこんで、品物をひっくり返しているのです。そして、奥の方から、品物を取り出し、裏を見て、納得したかのようにそれをカゴに入れたのです。

 きっと賞味期限を見ていたのです。
 
 それはそれでいいのですが、その後、棚のその箇所はめちゃくちゃです。店の人は、期限が迫ってきているものを早くに売りたい、だから、それを前面におきます。それをあの客は逆手にとって、後ろの方からひっくり返して、期限の長い方を漁るのです。

 きっと、家に持って帰ってもすぐには食べないのでしょう。冷蔵庫に入れて、保管し、食べるために、そうしているのでしょう。家族を守るために、この女性は細心の注意を払って、口に入れる食べ物を漁っていたのだと好意的に考えることもできます。

 私などは、すぐに食べるものを買うために、マーケットに出かけますから、さほどの心づかいなど無用のことなのです。

 むしろ、期日が迫っているものこそ、美味しさも増しているに違いないなんて思ったりしているのです。
 だって、最近は、熟成なんとかなんて肉が結構宣伝されています。

 熟成とは、言い得て妙なる言葉です。

 言い換えれば、腐る寸前、絶妙な技で肉を腐る一歩手前で提供するということに他なりません。
 ですから、素人が安易にそれをすれば、食あたりにあい、死ぬ思いをしなくてはならないのです。

 でも、考えてみれば、私たちの周りには、そうしたものが結構あることに気づきます。

 ぬか漬けだって、塩辛だって、私は食べませんがくさやだって、それに毒があるというフグの卵巣を漬けたやつだって、皆、一歩手前のその手の食べ物です。
 それを好物とする人からすれば、それらは究極の食材になるのです。

 食材を寝かせて、腐らせることなく、採りたての新鮮なものを生で食べるのとは違って、人間が知恵でもって、それらを美味しくさせていったのです。
 そうすれば、食材は腐る寸前の、絶妙な美味しさをそこにまとうことになるのです。

 人間も、誰もが、年輪を加えていきます。
 しかし、それにより腐った人間も、反対に、輝きを増す人間もいるのは、そこに、熟成の度合いの違い、あるいは、それをしてきたか、してこなかったかの違いがあると思っているんです。

 例の先輩教師、あるとき、私を誘そって、今日は飲みに行こう、美味い飯を食いに行こうと言ってくれました。
 いつも、苦情を処理してくれるから、その感謝の印に、おごってくれるのかと、さすが、早稲田の先輩だって、そう思って、心もウキウキと出かけました。

 ところが、彼、その日、財布を忘れてしまっていたのです。

 ということは……、私がその店の支払いをしたというわけになります。
 財布を忘れたことが、故意か偶然かは、問いませんでした。

 翌日、昨日は済まなかったと私が支払ったお金に、多少とも色をつけて渡してくれるかと思いきや、ご馳走になったとそんな言葉を吐いたのです。

 こりゃ、ダメだわいと、人間にも、賞味期限があるんだと、そして、自分があのような年齢になったら、後輩にはそのような思いをさせまいと、私はよき先輩にならんと心した次第なのです。
 果たして、私は、良き先輩教師であったかどうかは、実は、後輩教師には聞いたことはないので、その辺りは依然として不明というわけなのです。



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やっと人間らしく

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 咲いて 
 一番美しい時に
 その花を切り取ります
 だって
 醜く 咲き続け
 台無しになっていく様は
 見たくないですから……




 私、二度ほど、食中毒になったことがあります。

 一度目は、子供の頃、広島から送られて来たと言うカキを、生で食べて、父と二人、三日三晩苦しんだのです。

 そして、二度目は、大人になってからの札幌旅行中のことでした。
 夜中に小腹がすいて、ホテルの近くのラーメン屋さんでほたてラーメンなるものを食べて、翌日の小樽でのすしざんまいをキャンセルしたのです。

 共に、大変に辛かったことを覚えています。

 ですから、今でも、私は、カキを生で食べることはしません。
 それにホタテは嫌いになってしまったのです。

 この季節になると、私は、煮炊きしたものでも、必ず、匂いを嗅ぎます。
 いや、匂いを嗅いだからといって、そこに毒になるものがあるかどうかを判別する力はないのですが、そうすることで、何か安心を得ているのです。

 先日、一日中、雨降りの日がありました。
 しとしとと雨が降り続け、時折、激しく雨が降りました。

 その度に、窓を開けて、雨の音を聞いたり、それを写真に撮ったりしていました。すると、意外なことに気がついたのです。

 雨の匂いです。
 雨にも匂いがあるんだって、そんなことに気がついたのです。

 煙のように空気中に漂っている雨に、私、どこかオゾンのような爽やかな香りを感じたのです。

 我が宅には、空気清浄機など洒落たものはありませんから、そこから吐き出されるオゾンの香りはありません。だから、これは、明らかに、煙霧のようなあの雨の香りに違いないと、そう思ったのです。

 もしかしたら、我が宅のそばにある森の、樹肌にその煙霧のような雨が触れて、それで、樹肌が刺激を受けて、木が持つエキスが漏れだして来たのかもしれないなんて思ったのです。

 雨脚が早くなり、音を立てて、降って来ました。
 私は、また、窓を開けて、鼻先を幾分突き出して、外の匂いを嗅いでみました。

 先ほどのオゾンの香りは見事に消えていました。

 やはり、気のせいであったかと、入り込んでくる雨つぶに顔を引っ込めたその時でした。
 私の鼻が、感知したのです。

 うん、これは土の匂いだ。
 しかも、私がこね回し、畑に撒いた肥料の香りも混じっている。
 きっと、あまりに強い雨が、土を打ち、その土がえぐられ、そこから匂いを発散しているに違いないと、そう思ったのです。

 何も科学的根拠などはありません。
 しかし、私の鼻は、確かに、オゾンを感じ、土の香りを感じたのです。

 昔、王冠現象を写した映像を見たことがあります。

 水滴か、あるいは、そこそこの重さのある球体が、ミルクの中に落ちます。すると、それがミルクに落ちた瞬間、王冠のようになって、ミルクの表面が立ち上がるのです。
 日本の学校に通っていれば、きっと、誰しも見た映像です。

 今では、そこここで使われるハイスピードカメラでの映像です。
 当時は、新しく発明されたカメラで、人間の目には見えない自然の現象を解き明かし続けたカメラです。

 きっと、ハイスピードカメラで見れば、煙霧のような雨の時には、小さな雨つぶが、樹肌に触れて、しかし、それは樹肌をえぐるような力で、実際は当たり、それによって、樹が蓄えてきたエキスを放散しているのではないかと空想したのです。

 土であれば、勢いのある、粒も大きい雨が、硬くなっている表面をその圧倒的な水量の力でえぐり、土の中に閉じ込められた土そのものの、そして、私が練りこんだ肥料をあちらこちらにばらまきながら、雨は降っているに違いないと、だから、その土の匂いが我が宅の周りには充満したに違いないって、そんなことを思ったのです。

 そうなると、都会の雨は、さもしいと、そんなことを思ったのです。
 だって、東京に暮らしている時、私は雨がもたらす自然の香りをこれっぽっちも感知することはなかったのですから。

 いや、待てよ。
 
 東京のような大都会だって、雨の匂いはあるはずだ、それに気がつかなっただけなんじゃないかって、私、思ったのです。

 自然は、そこが田舎だろうが、大都市だろうが、区別はしないはずだと、だとするなら、つくばの街で暮らすようになり、やっと、二十数年経って、私の気持ちが、自然の香りを嗅ぐ、そんな心を持てる人間になったに違いないと、そう思ったのです。

 やっと、人間らしく……と。



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そのボタンは外せ

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 学校が輝く日
 それは運動会だ
 この行事
 他国にはないと
 日本が生み出した
 優れた学校行事なのだ
 見てごらんんさい
 この輝きを

 


 中学生、そして、高校生の時、私の通っていた学校の制服は、詰襟の、いわゆる学生服でした。
 よく第一ボタンを外したまま、登校してきて、校門で先生に指導されている連中がいました。

 私が勤務した二つの学校は、共に、ジャケット、時代も大きく変わっていました。

 でも、違反する生徒は、多々いました。
 今度は、私が校門に立って、ジャケットのボタンを締めていないだらしない生徒を呼び止めて、ジャケットのボタンをしなさいと注意をする番になったのです。

 ジャケットは、立ったとき、一番下のボタンは留めないんだ。
 座った時は、すべてのボタンを外すんだ。
 これが、マナーというもんだと、偉そうに生徒には言っていたのです。

 教師の中にも、だらしないのがいて、生徒の手前、困ったことだと、特に、ズボンのポケットに手を入れたまま、校門に立っている教師がいると、目のいいというか、勘の鋭い私の上司は、すぐに、その教師を外せと、早朝指導の責任者であった私に、伝令を飛ばしてきたものでした。

 生徒を預かり、立派な人材にして、卒業させる私学であれば、当然のことであると私も思っていました。

 でも、ジャケットのそんな決まり、確固としたことなど、一つもわかっていなかったのです。

 ですから、小賢しい生徒に、その理由を問われたら、きっと、しどろもどろになり、しめしがつかなかったと冷や汗ものであったのですが、幸いなことに、そのようなひねくれた生徒はおりませんでした。

 先だって、ちょっとした雑誌の記事を読んでいましたら、そのことが書かれていました。なんでも、とんでもない忖度がそこにあったというのです。

 時代は、エドワード7世の時代です。20世紀初頭にイギリスに君臨した王です。

 当時は、黒のジャケットに、ストライプのコールズボンが儀式に用いられる格式の高い衣服でした。しかし、エドワード7世、随分と太り気味で、ジャケットのボタンをしめると腹がきつくてたまりません。それで、一番下のボタンを外して、着ていたというのです。

 しかし、当時のことですから、王様、ジャケットのボタンが外れておりますなんて、言える臣下などいません。
 だから、彼らは、皆、王様と同じように、一番下のボタンを外して、格式高い儀式に臨んだというのです。

 それが、思いの外、良かったのです。

 ジャケットの裾も動きに合わせてエレガントになびき、薄暗いあかりの中での裾のシルエットもなかなかにお洒落だと、評判になったのです。

 だから、言ったろうとエドワード7世が言ったかどうかはわかりませんが、ともかく、一種の忖度によって、この着こなしは、マナーとなり、極西のイギリスから、極東の日本に伝わり、ジャケットを制服とする学校のマナーへと波及していったのだと知りますと、なんだか、歴史の皮肉を得たようで、こそばゆいのです。

 そういえば、先だって、トランプが日本に国賓として招かれてやってきました。

 オバマは、今の上皇陛下に最敬礼をして、米国内で批判を浴びましたが、私たち日本人からすれば、物事のよくわかった、なんと素晴らしい大統領かと評価できるのですから不思議なことです。

 しかし、トランプは、そうはいかない。

 天皇陛下と握手をしながら、左手で、陛下の肩のあたりを親愛の情を込めて叩くのではないかと、きっと、関係者はやきもきしていたに違いありません。

 フィリピンのトランプと言われているドゥテルテが、習近平と北京で会談したとき、彼はなんとガムを噛んでいるかのような振る舞いを見せました。
 その彼が、皇居で今の上皇陛下にお会いした時、まさか、ラフな格好で、くちゃくちゃと口をさせながら、陛下の前にいては困ると、随分と心配をしたようですが、ドゥテルテはどうやら、上皇陛下に対して、敬意を従前から持っていたようで、借りて来た猫のような振る舞いに、これまた安堵したのです。

 さて、トランプはどうなのか。

 天皇皇后両陛下とトランプ大統領夫妻が並んで撮った写真を見ますと、トランプ、ちゃんとスーツのボタンを締めて、もちろん、下のボタンは外して、そこに立っていました。

 一昨年、ロンドンでエリザベス女王にお会いした時、スーツのボタンを締めずに記念撮影に応じ、イギリスのマスコミから手厳しく指弾された時とは明らかに異なります。
 しかも、夫人は、白のドレスに、赤い靴です。
 明らかに、我が国の国旗の色を意識した、国際マナーを踏んでいます。
 背中までは写っていませんが、おそらく、そこには、かつて、「関心なんてないわ」と書かれたTシャツを着て、難民キャンプを訪問した非礼はなかったものと思います。

 そのトランプ、今度はイギリスから国賓として招かれて、バッキンガムで晩餐の会に臨んだそうです。
 日本で学んだように、ここでも、一昨年のような非礼はなかったようで、トランプにも学習能力があったと、そう思っているのです。

 やはり、歴史と伝統に裏打ちされた国のありようと、200年ほどのポッと出の国との格式の違いがありありと出ているように思えて、その報道を読んでいたのです。

 きっと、今では、日本の学校でも、制服をだらしなく着る生徒に対して、教師たちは、あるいは、親たちは、日本の歴史と伝統に裏打ちされたありようを説いて、ユニフォームに対するあり方を意識づけているのではないかと思っているのです。



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我が宅は埴生の宿

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 人生 どっちに転ぶか
 誰にも わかりません
 やじろべいのように
 振る舞うのも
 人生のありようです
 固いことおっしゃらずに
 あっちにほい
 こっちにほい




 旅先からつくばの家に戻る、いや、秋葉原にたどり着き、TXに揺られて、終点つくばが近づくと、あぁ 、家に戻ってきたと、車窓のその景色を見て、心がホッとするのです。

 旅先のホテルでの生活も、決して、悪くはないのですが、それでも、我が故郷、我が宅に戻って来ると、ホッとするのです。
 これは、私ばかりではありません。

 誰もがそう思うことだと、私は、さまざまな書物を通じて知っていますし、ご近所の方や、かつて、勤めていた学校の気のあった同僚とも、そんなことを語り合っていたことを思い出すのです。

 生徒たちを引率して、1ヶ月あまり留守して、成田に戻ってきた時も、事故がなくて何よりだったと安堵し、上司に帰国報告の電話をして、子供を迎えに来た保護者にあいさつをして、そして、一人ぼっちになって、あの成田の広いターミナルに立っている自分に、ハッと気が付いた時、さぁ、つくばに戻ろうって、やっと、人心地をつけたものです。

 我が宿こそは埴生の宿なのです。

 豪華な玉の装いなど到底ありません。朝は鳥の声が、宅の周りには花々や木々が、そして、長閑な空気が流れているのが、つくばの我が宅なのです。
 私は、そのつくばの終のすみかと定めた宅の、窓辺に書物を読み、月を愛で、虫の声に癒されるのです。

 ここまでお読みになって、私が、ある歌の一節をアレンジしているとお気づきになった方はさすがのお方をお見受けいたします。

 原詩には、こうあります。
 Home! Home! Sweet home!
 There's no place like home!
 Oh! there is no place like home!
 愛すべき我が家よ 我が家が一番 我が家にまさる所なし

 それを、里見義は、「我が宿よ たのしとも たのもしや」としたのです。
 我が家は、なんと楽しいことか、そのために、心がなんと豊かになることかと、格調高い古語を使って、翻詩したのです。

 竹山道雄の『ビルマの竪琴』、誰しも、学校で読まされた小説作品です。
 私は、それを原作にした映画の方に、この歌を介した場面があり、それが印象深く心に留め置かれているのです。

 ビルマに派遣された日本軍がイギリス軍に追い詰められます。
 隊長は、土地のビルマ人から、イギリス軍の大部隊がこちらに向かっていると知らされます。
 隊長は、それを聞いて、村人を逃します。そして、わずかな兵力で、イギリス軍を迎え撃つ覚悟を定めます。兵士たちも同様です。
 隊長は、村の広場の向こうのジャングルの中に、あの平べったいヘルメットをかぶったイギリス兵を見つけます。
 お前たち、歌を歌えと、兵たちに隊長は命令を下します。その怪訝な命令に、兵たちはキョトンとしています。
 油断をさせるのだ、奴らは斥候。油断をさせて、我らは戦闘準備を整える。本隊が来るまで、彼らは何もせんと。

 隊長に、軍曹が声をそっとかけます。
 隊長、広場に、銃弾火薬を置きっぱなしです。一発食らえば、この村は、一瞬で吹き飛んでしまいますと。
 しまった!

 数分後、十数人の日本兵が諸手を挙げて歌いながら、小屋から広場に出てきます。
 そして、歌い、笑い、火薬の乗った荷車にたどり着きます。
 一人の男がその弾薬の上に乗り、竪琴を奏でます。

 それが埴生の宿という曲だったのです。

 埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
 のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友
 おゝ 我が宿よ たのしとも たのもしや

 イギリス軍からは一発の銃声もありませんでした。
 その代わり、聞こえてきたのは、'Mid pleasures and palaces, Tho' we may roam; Be it ever so humble, There's no place like home という埴生の宿と同じメロデイの歌詞でした。

 A charm from the skies Seems to follow us there, Which, seek through the worldIs ne'er met with elsewhere.

 ふみよむ窓も わが窓 瑠璃の床も うらやまじ
 きよらなりや 秋の夜半 月はあるじ むしは友
 おお わが窓よ たのしとも たのもしや

 日本兵は、この歌が広くイングランドで歌われてきた歌だとは知りません。
イギリス兵も敵兵である日本兵が、自分の国の歌をビルマの竪琴で奏で、兵士たちが歌うのを怪訝に思ったはずです。

 そういえば、マッカートニーの曲に『PIPES OF PEACE』というのがありました。
 PIPES とは、あのバグパイプのことです。

 マッカートニーは、そのプロモーションビデオで、一人二役を演じました。イギリス兵とドイツ兵の二人です。実際にあったことをベースにして、作られたフィルムです。

 1914年、フランス戦線、クリスマスとテロップが映し出されます。
 塹壕の中で、故郷を思う両軍の兵士が、恐る恐る首をもたげます。今日はクリスマスです。故郷の家族のことを思い、わずか数十メートル先にいる敵兵を伺うのです。不思議なことに向こうもこちらを見ています。
 気持ちは同じなのです。

 勇気ある者たちが、塹壕をでます。
そして、おそるおそる相手に近づきます。そして、タバコを差し出します。

 そんなことを思うと、私は、あの『西部戦線異常なし』の最後の場面を思い起こすのです。

 ドイツの若者が、教師の言葉に酔い、イギリスとの戦争に駆り出されていきます。そして、塹壕の中から、敵の陣地に向けて、銃身を構えます。
 その銃身の先に、蝶々が一匹とまるのです。

 青年はその蝶に自らの右手を差し出し、わずかに身を乗り出します。
 その時です。敵の狙撃兵の銃弾が彼を襲ったのです。

 ドイツ軍の司令部から発せられたその日の電文は、戦線異常なしというものでした。

 それが現実であり、「埴生の宿」で日本兵とイギリス兵が、「PIPES OF PEACE」でドイツ兵とイギリス兵が心を通わすなんて、とそう思っていた矢先のことでした。

 フィリピン沖で米ロ駆逐艦が異常接近とか、韓国海軍が不用意に自衛隊機に攻撃レーダーを当てるなど、そして、中国が戦争を始める前に必ず用いてきた「勿謂言之不預(警告しなかったとは言わせない)」という言葉を用いて、アメリカとの貿易戦争に対して使ったというのです。

 世界は、危険に満ちて、あるのだと、そう、思ったのです。

 一つのボタンのかけ違いが、とんでもないことになるのです。
 だから、歌が持つ情感が大切なのだと思うのです。

 はて、米ロ、日韓、日中、日ロに、「埴生の宿」や「PIPES OF PEACE」のような曲があるのかしらって、ちょっぴりと不安になったのです。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《6 / 17 💡 Monday 》
 
🦅 ただいま、<カクヨム>にて『ひとりっていいよな』を発信しています。

  世の中って
  理不尽なるもので
  満ち満ちているんだっ……



誰でも、社会的生活を営んでいれば、心苦しいことに出会うものです。
トップの解任、同僚との確執、職を辞しての新しき生活、そんなさまざまの体験がそれです。
人は、かくも争い、かくも世知辛い思いをするのです。
そして、大切なものをそこで失っていくのです。
失うことを、損得で測れることはできません。
失うことは、糧として、その人間に残れば、それでいいのです。
そして、若き人に、送ることができればそれでいいのです。


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【nkgwhiroの活動】

❣️<Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。こちらもご訪問よろしくお願いします。
 

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