真夏の真昼の幻覚

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このブルーは、他の植物にはないブルーです。我が宅の玄関に無造作におかれているユーカリの葉。まだ、一度も花を咲かせていません。それが今年、枝を伸ばして元気にしています。きっと、黄色の小さな花を咲かすのではないかとそんな思いを抱かせてくれているのです。それにしても、美しい淡い、何とも言えないブルーです。


 その日は、三十度を超える暑さにつくばの街はうだっていました。

 夏の間は、可能な限りロードバイクで小一時間のクルージングをしようと心がけています。
 夕暮れのちょっと気温が落ち着いた頃でもよかったのですが、この日は何かにせっつかれるように、昼前、ガレージを飛び出して、愛車トレックのマドンに乗ったのでした。

 昨日、チェーンに油をさし、タイヤやサドルを止めているネジも締め、愛車に取り付けられている小物入れのマジックテープもきちんと締め直しました。
 それに、iPhoneにそれまで無料だったロードバイク用APPを有料にしたのを搭載したのです。
 おそらく、そうした新しい「機能」を試したく思ったのでしょう。

 昼間の、それもお昼ご飯時の道は空いています。

 裏道の端には、いくつかの車が止まって、運転手たちが昼休みをとっています。
 弁当を食べている人、運転席のシートを倒してラジオをかけっぱなしにして横になっている人、スマホに夢中になっている人、きっと、何かのゲームでもやっているのでしょう、指先がこまめに動いています。
 その姿を横目に見ながら、私はペダルを踏んで、心地よいアスファルトの道を疾走するのです。

 いつもは、筑波山の麓あたりまでが私のお決まりのコースです。

 しかし、この日、あまりに陽の光がきつく、私は途中でハンドルを右に切って、つくばセンター方向へとハンドルを切ったのです。
 このまま行けば、筑波大学構内を通って、つくば駅の方向になります。
 たまには、都会の雰囲気を楽しむのいいだろうと、いくつかの信号に停車を余儀なくされながらも大学構内に、愛車を踏み入れました。

 以前、国立大学ではさほど学生は動いていないと東工大に通う友人に言われたことがあります。私の通う早稲田に彼が来た時です。あの早稲田の学生の昼時の肩と肩がぶつかるほどの混雑ではありませんが、筑波大学の中は、結構な学生の動きがあって、私はちょっと驚いたのです。

 こりゃ、ダメだと、私、構内から横道にそれて、街の道に出ました。

 学生がお昼であれば、勤めびとも当然お昼です。
 ここも人が、昼飯を求めて動きが活発になっていました。
 私は、いつもは通らない桜の木の植わっているレンガが敷かれた遊歩道を走ることにしたのです。ロードバイクで、レンガとか石が敷かれた道を走るのは疲れます。
 滑るし、ガタガタと乗りごごちもよくはありません。

 目の前に、道の左側を歩いている女性がいました。
 遊歩道ですから、どこを歩こうが勝手です。むしろ、ロードバイクに乗っている私の方が気を使って、走っていかなくてはなりません。
 その女性を追い抜き、左側にロードバイクを寄せて走って行くと、前方にレンガが壊れている箇所を目にしました。

 私はこれは危ないなと思ったのです。
 その瞬間です。
 私のマドンは、前輪を壊れたレンガの隙間に取られ、私はバランスを崩したのでした。
 私は、右側から倒れこみました。

 後ろで、「あーっ」という叫び声が聞こえました。
 あの左側を歩いていた女性です。

 転んだ私は、マドンに取り付けられているサイクルコンピューターとiPhoneが無事か確かめました。どちらも無事で、安心をしました。
 「大丈夫ですか。目の前で。私、びっくりしてしまいました。私のせいですよね。」
 あの女性がそう言うのです。
 「そんなことありません。あなたの責任など。私の、ちょっとした転倒ですよ。」
 「いつも、こうなんですか。」
 「いや、いつもではないですが、たまに、転がるんです。」
 「で、自分のお身体より、自転車についているものの安全を確認するんですか。」
 この女性、私が転んだ様子を仔細に観察していたようです。
 「体はほっとけば治りますが、こうした精密機器は後が厄介ですからね、」
 「でも、腕から血が。」

 私の右の腕がレンガの敷き詰められた道路で擦られて大きな擦り傷がつけられていました。
 私は、自転車を起こし、サドルを手に持って、後輪を浮かし、ペダルを手で回しました。
 外れたチェーンを戻すためです。
 「まぁ、こんなに簡単にチェーンって戻るんですか。」

 「乗って見ますか、私のマドンに。」
 女性を見ると、白いズボンを履いていましたから、私、そう声をかけたのです。

 「でも、私、こんなハンドルの自転車、乗ったことないし、第一、足の長さが違って、きっと足が届きそうにもありませんわ。」
 「大丈夫ですよ、私が前で、ハンドルを持っていますから、あなたはその木に手をかけて、乗ってみればいい。それで、気が向いたら走ってみればいい。」
 そう言ったのです。

 すると、この女性、木の幹に手をかけて、右足をあげて、お尻をマドンのサドルにのせようと頑張り始めたのです。
 しかし、私専用に設定されたサドルは彼女には幾分、いや、随分と高かったようです。
 結局、跨っただけで、今度はその足をロードバイクから取り出すのが大変と言う算段になってしまったのです。

 私は、失礼といながら、彼女のふくらはぎを手にして、優しく、ロードバイクから離してやったのです。

 彼女、おもむろに、手にしていたバックから消毒液と脱脂綿を取り出しました。
 「消毒をしておきましょう。」
 そうして、私の右腕に消毒液を垂らし、「治療」をしてくれたのです。

 「私、そこの病院で看護師をしているんです。ですから、私、あなたの名前は覚えていませんけれど、お会いしたことがあるかと思っているんです。」

 確かに、私はそこで腎臓の手術をし、どの部屋も満席で、一人部屋しか空いていないと言われ、別料金を払って、一週間ほど暮らした覚えがあります。

 その時にお世話になったのかしらと思いつつ、「治療」に対して礼を述べたのでした。
 私は太陽の光を仰ぎ、その「治療」してくれた女性と別れて、来た道を引き返していったのです。しばらく走って、ロードバイクを止めて、後ろを振り返ると、そこには、もうあの女性はいませんでした。

 なんだか、真夏の真昼の幻覚を見たような出来事でした。





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ワールドカップ余聞

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田んぼに大量の水が注ぎ込まれています。いまでは、一本の水道管があちらこちらの田んぼに巡らされ、十二分に水が補給されているのです。流水音と流水の様子は飽きることがありません。


 サッカーワールドカップ、ニッポンが前評判を覆して、次のレベルに行くことになりました。
 そうなれば、ぜひ、あの金色のカップを持って帰ってきてほしいと思っています。

 世界ランキングでトップレベルにある国のチームが予想外の苦戦をし、決勝トーナメントに進出できないなんてことも起こって、これぞワールドカップという様相を呈してきています。

 全部の試合を、もちろん、見ているわけではないのです。
 むしろ、ほとんど試合は見ていないのが現状で、嫌でも繰り返される名場面、珍場面を見ているだけなのですが、相手の腹の下に紛れ込んだボールを蹴って、ついでに相手選手の腹を蹴るなんて平気でやる国もあって、はて、その国は勝ち進んでいるのだろうかと思うと、そうではなかったりします。

 つまり、勝つことができないから、むしゃくしゃして、あこぎな手を、いや、「足」を使ってしまっているのでしょう。
 正々堂々とやれるチームなのか、はたまた国なのか、そんなこともわかるような気がして、私は私なりに楽しんでいるのです。ニッポンの代表チームは、そういう点では正々堂々と戦い、それが報いられての決勝トーナメントへと歩を進めたことは大いに素晴らしいことです。
 
 で、ちょっと、気になることがあるんです。 
 いや、サッカーのことはよくわかりませんから、ゲームについてあれこれ、選手についてなんだかんだと言いたいわけではないのです。

 競技場のピッチの周りに巡らされた広告、監督や選手がインタビューを受ける際後方に設置される透明板に出てくるあの企業の名前なんです。

 「蒙牛」とか、「万逹」とか、あれって、中国の企業ではなかったかしらって、そう思うんです。
 かつては、日本の企業が名を連ね、日本人として、誇らしい気分もしたものです。

 でも、甲子園にデカデカと出るあの問題の大学とか、MLBの球場でどこかの予備校が出している広告を見ると、教育機関がそんなことしてどうするんだと、「内容」で生徒を集めろよと幾分腹立たしく思ってはいるのです。
 
 卓球などは、今では中国のお家芸ともいうべきスポーツですから、国際大会でも、「紅双喜」などという卓球メーカーがスポンサーになって、あちらこちらに「紅双喜」の文字が踊るのは、当たり前のことかなと受け止めることができるんです。

 でも、今回、中国のチームはアジア予選敗退で、ワールドカップには出ていません。
 にもかかわらず、広告はうつ。
 これって、すごいことだと思うんです。
 
 なぜなら、インターナショナルな活動を展開する企業にとっては、ワールドカップほど宣伝効果を期待できる場はないからです。
 
 あの巨大な広告媒体を持つアメリカ。
 そのアメリカの三大スポーツといえば、MLB、NFL、NBAです。つまり、野球にアメリカンフットボール、そして、バスケットボールです。
 メージャだって、日本人選手が活躍すれば、大騒ぎをしますが、この三つ、やはり、グローバリズムの中では、アメリカ地域限定スポーツにしかすぎないものだということです。
 
 しかし、サッカーワールドカップは、膨大な消費人口を抱える発展途上国をも含んで全世界的に関心を集め、テレビ中継がなされるのです。
 つまり、グローバル企業にとっては、全世界に自社の製品をアピールし、世界の隅々に名を売るには、うってつけのスポーツ大会であるということです。
 世界に、こんな名前の企業があると名を知らしめるだけでも、何百億円出した甲斐があるのです。
 それに、国内においても、我が国の企業はこれだけ世界で活動していると知らしめることは、国内での消費をさらにかさ上げするきっかけにもなります。
 
 もちろん、<一帯一路>ならぬ「一蹴一頭(kicking and heading)」戦略で、中国がやがてはワールドカップに出てくることを見込んでの国家の後押しもあるのかなと推測はしているのです。

 で、もう一つというのは、「イングランド」の存在です。
 それがどうしたって、<GB>ではなく、「イングランド」、サッカー発祥の国に敬意を表して、Great Britainでは、四つの王国代表チームがしのぎを削って出てくるのに、何か問題があるのかって、そんなに目くじらを立てないでください。

 同じことが、実は、中国でもあるのです。
 例えば、チャイニーズ・タイペイとか、香港、マカオなんて。
 
 中国が今の「蹴球的逆境」を乗り越え、世界に冠たるサッカー王国になった暁の折、もしかしたら、中国は英国に倣って、北京チーム、四川チーム、上海チーム、それに広東チームなんて別々に、代表を送り込むことを要求してくるのではないかと思ったりしているのです。

 英国は四つの王国がそれぞれにチームを出しますが、中国は開催資金を出す代わりに、従前のチームを含めて、7つの代表チームを出すなんてこともあるのではないかって、今の中国の有り様を見て思いを巡らしているのです。

 その時は、中国なくして何もできない世界になっているというわけです。
 決勝戦は、Beijing (北京)と Sichuwag(四川)なんてことがある時代がくるかもしれないと想像するのです。

 その頃、日本は、東海の小島の磯の白砂を売りに観光大国になっているかも知れません。
 かつての繁栄とはまた違った繁栄です。

 物質的な幸福度合いではなく、豊かな自然のなかで、精神的な幸福感を堪能できる国、世界中から人々がそれを求めてやってくる国です。
 そう思うと、新しい日本のありようもいいんじゃないかなと思ったりもするのです。





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粋な食文化をまた作り出せばいいだけの話さ

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我が宅からの朝日は隣の研究所の松林をすかして昇って来ますが、夕日は何もない空の果てに沈んで行きます。ですから、こんか素晴らしい光景を見せてくれるのです。


 我が宅の食卓に、自家栽培の野菜がのぼる季節になりました。

 そら豆。
 昨年の十一月にタネを蒔き、ほったらかしにしておくと、この時期、あのふっくらとした鞘の中に、柔らかく、甘い、あのそら豆がなってくれるんです。
 自分の口に入るのはたったの一回。それも小皿に十数粒。
 あとは娘に持って行ってやったり、近所の人にやったりして喜ばれているのです。

 先日は、セロリに、モロヘイヤ、きゅうりと採りたての野菜をいただき、これがあるから田舎での生活はやめられないと一人好い気になっていたところでした。

 そういえば、この季節、アナゴが旬なんです。

 東京湾で釣りをしていた頃、船長が、今度アナゴの船を出しますから、どうですかと勧められたことがありました。 
 夜釣りの好きな私にはうってつけの釣りだと思ってくれたのでしょう。

 アオイソメを一本縫いつけて、海底を小突いてトントントン、アタリがあったら少し糸を繰り出して、引けば良しと軽快に言うのです。
 でもね、あの細長いのが上がってくるのはあまり気持ちがいいもんではないからなと私ためらいます。

 いや、浅草あたりの天ぷら屋で、アナゴの一本揚げなど食べるんですよ。
 カラッと揚がっていて、さっぱりとした脂のアナゴは大好きなんです。
 ギラギラ脂ぎったうなぎなんかよりずっといいんですが、何しろ、前世、あの細長いものに殺られた経験をしているらしく、どうも、ダメなんです。
 と、断ったことがあるんです。

 私はどうも貧乏性にできているようで、寿司だってさほど食べたいと思うことはないんです。あのすし飯ってやつがどうもいけないんです。
 うなぎもねぇ、あの形さえなければいいのですが。
 そうは言うけど、寿司もうなぎも食べないことはないんです。行きつけの店もありますしね。
 でも、心の底から、今日はうなぎが食べたいとか、寿司食いてぇとは思わないのです。
 
 だったら、四川の髪の毛がぐっしょり濡れるくらい辛い麻婆豆腐か、ベリーホットのラムカレーをナンで食べようと言われた方が生唾がでてくんです。

 きっと、私は、四川の山奥かインドの場末で、あの細長いものに殺られた小動物か何かが、間違いなく前世での姿であったと思っているんです。

 話が随分と逸れてしまいましたが、旬といえば、日本の周りで異変が生じているようですね。

 秋刀魚がまず取れていないと言います。
 ちょっと前には、北海道でスルメイカがいなくなり、関係者は壊滅的な打撃を被ったと言っていました。
 さらには、カツオも不漁だとか。

 麻婆が好きで、インドのカレーが好きな私も、一応日本生まれの日本人ですから、尻尾を目にさして、こんがり焼かれた秋刀魚のわたの美味しさはよくわかっています。イカなどそのまま食べてもいいですが、わたを絞って塩辛にしてもいいものです。カツオなどニンニクのかけらと一緒に土佐造りで食べるなんざ粋であることはよく知っています。

 でも、最近、塩辛も、秋刀魚の刺身も、ましてや、尻尾を目に通したまるまると太った秋刀魚を食べていないんです。

 酒は随分と飲まなくなりましたから、塩辛も当然口にする機会を失しますが、秋刀魚やカツオは酒には関係ありません。あれはご飯のおかずですから。
 では、なぜ、食する機会が減ったのか。

 きっと、それらが、昔ほど、庶民的ではなくなったからだと思っているんです。
 
 マーケットの魚コーナーで、まるまると太った秋刀魚を見て、こりゃ美味しそうだと思う秋刀魚の値段の高いこと。

 居酒屋で、何千円も出してノドグロやキンキの焼き魚を食べますが、それは焼き方が絶妙だからです。でも、あれほど高い秋刀魚を買っても、家では、満足のいく焼き方ができません。
 だから、高いなと一言言って去って行くしかないのです。

 もちろん、近くに、手頃な秋刀魚もあります。
 でも、なんだか細くて、サヨリのようで、うまそうじゃない、そんな若僧の秋刀魚など取ってきちゃダメだと怒りながら、その場を離れて行くこと数限りなく、あるのです。

 水温が高い「暖水塊」が日本近海に発生して、12から18度くらいを好む回遊魚が回遊してこなくなったことが一因。
 それに、中国です。なんでも、ごそっと持って行くと言います。
 そこで、日本が「北太平洋漁業委員会(NPFC)」で、国や地域別の漁獲制限を取り入れるよう提案するのですが、「日本はサンマ不漁を中国のせいにし、自国の利益だけを考えている」と、いつものやっかみを言ってくるのですから、如何ともし難いと言うしかありません。

 だったら、こう考えようではないかと思っているのです。

 季節の情緒とあいまって、食を楽しんできた文化を私たちは一旦過去のものとして、21世紀にふさわしい新しい文化を構築して行こうと。
 過去の情緒、粋さを懐かしむのもいいですが、そのものが手に入りぬくいなら、そうではないものを新しい粋さにするのもいいではないですか。

 江戸の時代の、江戸っ子だって、最初から、今私たちが懐かしむ食文化を堪能していたわけではないのですから。





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東京ベイのやんちゃな若クジラの声明

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筑波山の麓を、梅雨の雨の合間をぬって、ロードバイクで走ります。畦というには立派すぎる、しかし、農道というにはさほどでもない、私からいえば、最高のロードバイク道です。そこを走っていたら、畑に、案山子が、まるで人がそこにいるように3つもいました。なんか、微笑ましくなりました。こんな畑でできた作物はきっと美味しいに違いないと思ったのです。


 荒川沿いにある船宿荒川屋。
 そこで船に乗り、東京湾に繰り出す、そんな釣りを楽しんでいた時期があります。この船宿では、土曜日、午後3時に船を出し、夜釣りを楽しませてくれていたのです。
 ですから、学校を定時で退けて、車を飛ばして、如何にかこうにか間に合い、釣りに興じていたのです。

 昼間の釣りであれば、木更津沖の盤洲でのキス釣り、横浜港沖を中心にしたアジ釣りもまた、十分に楽しませてくれますが、夜釣りはまた一興ものであるのです。

 釣り場は、羽田空港の海に作られた滑走路誘導路の脇、着陸してくるジェット機のストロボライトを仰ぎ、爆音を聴きながら、カサゴを狙うのです。
 東京湾に浮かぶパーキングエリア海ほたるの脇もまた絶好の釣り場です。メバルやスズキが釣り人を楽しませてくれる好ポイントです。
 川崎あたりに魚を求めて流れ行けば、そこには普段目にすることのできない工場の夜景があります。釣りの手を休めてきらびやかで整然とした光に、釣り人は未来世界を想ったりもするのです。

 その東京湾に体調15メートルのクジラが現れたというのですから驚きです。
 
 まさか、いかに海水温の変動が激しいからと言って、東京湾がクジラの生息域になるわけもないでしょうから、きっと、迷いクジラに違いありません。

 多分、このクジラの家族と仲間たちは、黒潮に乗って、北極あたりに、夏に旬を迎えるオキアミを頬張りに向かっているはずです。
 やんちゃなこの迷いクジラ、黒潮から外れて、明るい光がきらめく、いく種類もの魚が泳ぐこの湾に、誘われるように入って来てしまったのです。

 若い時分に、よくある、若気の至りというやつです。

 入って来たはいいけれど、出口がわからなくなってしまった、きっとそうに違いなのです。
 自分たちが一番大きい生き物だと想っていたのに、ここには、頑丈な生き物がぷかぷかと海面に浮き、尻から泡を吹き出して走っているし、横須賀沖あたりの海の中には、これまた自分より大きい黒い物体が静かに潜行しているのも垣間見たのです。

 自分たちの暮らす「海界」はともかく広いが、このような狭いところにこんなに生き物がいて、自分たちより大きいものが、わんさかいるなんて、驚きだと、きっと、このクジラ思っているはずです。
 
 若気の至りも、往々にして、若者には知恵を授けてくれるのです。

 はて、困ったぞ、おいら、どうやら「袋のクジラ」になってしまった。
 緑や青に塗った船べりに小さな棒を持った生き物がこちらを見て、写真をとったり、大砲を積んだちょっと大きな船では、双眼鏡でこちらをじっと見ている。

 照れるじゃねえか。そんなに見るなよ。

 おいらはただのクジラ。これから、北極の海に行って、たらふくオキアミを食べていっときの休暇を楽しみ、それからバンクーバーあたりに出て、南下して、この「平かな海」をぐるっと一回りするんだ。
 中には、へそ曲がりの連中が、平かな海の真ん中に火を吹き上げている島があってな、そこへ立ち寄って、いまのように写真を取られたり、双眼鏡で見られたりして、自尊心を高めるんだけど、おいらは、そこまで自尊心を高めたくはないんだ。

 さて、出口はどこだ。
 急がないと、父さんに叱られ、罰を受けてしまう。
 罰ってなんだって、言うのかい。
 
 そっと教えてやるけど、誰にも言っちゃ行けないよ。
 
 おいらクジラたちは超音波を出して、話をするんだけど、ルールを破った奴には、父親が特別な音波を出して、こちとらの頭が参ってしまうんだ。
 お前さんたちが言うところの「虐待」って奴だな。
 そうされると、食べ物の場所も、これから行く場所もわからなくなるんだ。
 どうだい、れっきとした「虐待」だろう。

 よくお前さんたちが浜辺に集団でおいらたちが打ち上がって死んだとお騒ぎしているらしいが、あれなど、折檻を受けた仲間たちが寄り集まって、皆、餌も取れない、会話も許されないなら、いっそのこと、あの陸地に打ち上がって、ご先祖さまのようにあそこで暮らそうとした奴らなんだ。

 おやっ、お前さん、知らないようだね。
 おいらクジラ属は、昔はカバだったんだよ。陸地の小さな沼地でひっそりと暮らしていたんだ。ところが、革命児が出て来た。
 もっと、広い世界を見てみよう、世界にはもっと素晴らしいところがあるはずだって、仲間を募って、沼地を旅立ったんだ。
 そして、行きついた先が海さ。
 何十万年もするうちに、おいらたちの手足は、ヒレになり、顔の前にあった息する穴は頭のてっぺんにつくようになったと言うわけさ。

 だから、浜辺においらたちが行くのは、何も困ったからってわけではないんだ。
 祖先が日がなのんびり、大した運動もせずに沼地にぼんやり暮らしたあの生活を懐かしんでのことなのさ。

 さぁ。こうしてはいられない。
 あの黒い、丸みを帯びた、おいらの姿形に幾分似ている、お前さんたちの言うサブマリンについて、「平かな海」に戻るとしよう。





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あの少年時代

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自分が鑑賞するばかりではなく、道を歩く人が、ちょっと見上げて、綺麗な花が咲いていると思ってくれるそんな家でありたいと思っているのです。これから朝顔がつるを伸ばし花を咲かせます。冬はLEDがひかります。よその人にも鑑賞をしてほしい、これも立派な自分なりの奉仕だと思っているのです。



 太政官布告第41号「自今満弐拾年ヲ以テ丁年ト相定候」 

 それは明治9年のことでした。
 「太政官布告」などというたいそう権威ぶった布告が出され、満二十歳からが丁人、すなわち成人となったのでした。

 皆がちょんまげを結って、刀をさした侍がいた時代は、とりわけ定めがあるわけでもなく、十一歳から十七歳くらいまで、ときには二十歳を超えての折り合いのいい頃に「元服」を行っていましたから、きっと、明治九年の若者たちは、だれもかれもが丁人になれる新しい時代の幕開けと感じたかもしれません。

 ちなみに、この当時の平均寿命は四十歳前半でした。今の半分だったんです。

 国家によって、人生の半分あたりまできたときに、お前さんは大人だよと言われたというわけです。
 だったら、人生八十年の時代、丁人になるのは四十歳というのが筋が通っているとも思うのですが、どうやら時代はさほどの公式もあてはまらないくらい動きが早いようです。
 
 つい先ごろ民法が改正されて、十八歳が成人と扱われる時代がまもなく来ることが決まりました。

 高校では、先生が成人である生徒を教えるという事態が発生することになります。
 それがどうしたというお方は、きっと、学校のことをよく知らない、あるいは、忘れてしまった方であるのでしょう。
 先生は大人の権威を持って、未丁年である生徒を指導しているのです。
 しかし、その生徒はもはや未丁年ではなく、れっきとした丁年であるのです。

 すると、そこには目には見えない心理が作用します。

 お前たち、もう、大人なんだから、あれこれ言わなくても、自分でできるよなと、教育指導を放棄する先生がきっと出てくるはずなのです。
 大人の権威などと言うのは、相手が子どもだから通用するのであって、大人同士では通用はしません。それは、会社という小さな組織世界で、同僚たちがいがみ合っていることを知っている方ならよくわかると思います。

 大人の世界は、さほどに立派なものではないし、できれば、未成年には見せたくはない部分が多々あるものです。

 ですから、きっと、新聞には、教師と生徒が大人のメンツでいがみ合い、口もきかない殺伐とした教室などと言う記事が出てくるのではないかと邪推するのです。
 いっそのこと、高校を廃止し、中学を五年制にしてしまえばいいいのではないかと、私は思ったりもするのです。

 私が、モラトリアム的傾向を持っていると言うわけではないのですが、人は丁人には、なるべくなら、遅くになりたいと思っているのです。

 「丁」という字は、<釘>を表形した字です。
 ものを安定させるのが<釘>であり、それゆえ、「丁年」とはある程度の予測のもとで危険を回避し、人生の安定を志向する意味合いを持つのです。
 親が幼児を虐待し殺したり、子が親兄弟に毒を盛ったり、自殺を装って殺したりする案件がこれでもかと報じられる時代には、人はなるべく遅くに丁人なるよう取りはからうべきであるとも思ったりするのです。

 ただ前だけを見つめ、先々に明るい展望を見つめていた時代。
 危険とか、不安とか、安定とかに関係なく、時を過ごしていた時代、それが、未丁年の時代というものです。
 言葉を少しセンチメンタルに言い換えれば、「少年時代」というものです。

 純粋な思いだけに満たされ、それゆえ知識がなくても、平然と立ち向かって行くことができた時代、そうはいうものの、親の庇護の元、最も安全なルートを歩んできた時代を人は誰でも持っているのです。

 その時は思いもしなかった、あの素晴らしい時代、人はそれが何ものにも変えがたい貴重な時代であったことを、他のなにごともそうではありますが、それを失ったと知った時にわかるのです。

 そんなことを考えていた時です。

 書斎の天井まで届く、我が宅の建て増しを担ってくれた大工さん特製の本棚を眺めて、おいらはこんなにもたくさんの本を読んできたのに、一向に、知識を持ったという気がしないとぶつくさと言い始めたのです。

 相変わらず馬鹿野郎で、無鉄砲なことをして、損ばかりしていると嘆くのですが、待てよ、これって、おいらがまだ少年であるという証ではないかともほのかに気がつくのです。

 どこかのお笑い番組で、<まだ何も知らないのが十八歳、もう何も覚えていないのが八十一歳>という洒落が語られていました。
 幾つになっても「何も知らない」というのは、もしかしたら、あの少年時代の素晴らしさをいまだ持ってる証に他ならないのではないかと、少し勇気をもらうことができたのです。

 「何も覚えていない」については、どう解釈するのかっていうのですか。
 覚えていないのですから、如何ともしがたいことです。
 それもまた幸福であるのかもしれません。





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カンタベリーの釣り師

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ナスタチュームという花も好きな花です。理由は、それが食べられるからです。私は食べられるということととても大切のしているのです。「鑑賞<食べられる」が私の公式なのです。でも、決して、美味しいものではないのです。苦味があって。彩と、自分の庭から食卓にのる、ただ、これだけなのです。


 優柔不断というのは実に困りものです。

 結局は買うのに、それまでにかなりの時間を要するのです。
 例えば、MacBook Proが古くなったので新しいのを買わなくてはいけないのですが、それをなんどもなんどもAppleのサイトを訪問して、わかっているのに性能を確認したり、これを手にしたらこのようなことをするんだと念押しの一覧表を作ったりするのです。

 そんなことする時間があったら、新しいMacBook Proを早くに手に入れて、サクサクと仕事をした方が良いに決まっているんです。

 でも、優柔不断な性格が面倒くさい手続きを私に要求するのですから困ったものです。
 イギリス滞在の折、数日滞在しただけの街なのですが、そこでもいかんなく私の優柔不断な性格が発揮されたのです。 

 横道に入った駐車場からメインストリートに出ますと、前方に、明らかに古臭い石造りの塔が見えて来ます。
 これが大聖堂に通じるウエストゲートというものです。
 おそらく、ロンドンから多くの巡礼者がこのゲートをくぐり、大聖堂にお参りをしたのでしょうが、いまは、車道になっていて、人間はその横を通るようになっています。

  『カンタベリー物語』を書いたチョーサが見たら、きっと驚くだろうし、また、車優先に対しては、大げさな物語をこのことから作り上げるのではないかと想像するのです。

 その横道を歩いているとその下に流れている川があることに気づきました。
 イギリスはどこでも川を綺麗にしています。ここも、手入れが行き届いています。きっと、この川から観光を楽しむのでしょういくつかのロングボートが係留されていました。
 と、そこに、一人の年配の男が竿を持って、あっちに行ったり、そっちに行ったりして、糸を投げているのを私発見したのです。

 釣りをしている。
 何を釣っているんだろう。
 どんな釣り方をしているんだろう。

 興味は尽きません。
 私、川べりに行って、その男に尋ねました。
 男は、常に、ニコニコして、私の質問に答えてくれます。日本の釣り人と同じです。
 「何のルアーを使っているのですか」
 イギリス人は生き餌などは使わないと思っていましたから、ルアーという言葉を使ったのですが、男は、私に、そっと、手のひらで隠し持っていた針先を見せたのです。

 そこには、一匹の太いミミズが刺さっていました。

 男は、ウインクして、針を持った手を顔の前で、人差し指を立てて、横に数度振ったのです。
 「言っちゃいけないよ。おいらはお前さんも釣り好きだと思うから、そっと秘密を打ち明けるんだ。」
 そんな風に私にはその動作が見えたのでした。

 イギリスでは生き餌さを使って釣りをしてはいけない決まりがあるのかどうか、私にはわかりません。
 あるいは、イギリスでは、釣り人の中で、川での釣りはフライかルアーで行い、取った魚はリリーするという暗黙の取り決めがあるのかもしれません。
 ミミズを使って魚を取る人は、きっと、リリースせずに、こんばんのオカズにそれを持って帰る人なのかも知れない、そんな風に考えたのです。

 私は、釣りとは、魚を釣り上げ、それを食べるためと定義していますから、釣りをしていて、隣のルアー釣り師が釣った大きなスズキをリリースしている姿を目にすると、カチンとくるのです。

 もったいない。脂が乗って美味しいのにって。

 そんな釣り師との時間を経て、私はあの大聖堂の前にやってきました。何やら工事をしていて、足場が組まれています。
 なんだか、随分高い入場料がかかるようです。

 それだったら、この辺りの店を冷やかす方がいいやと私、門前町を散策し始めたのです。
 浅草と同じです。観音様より、揚げパンにだんごです。

 一件の骨董品、それも、海や川に関するものばかりを集めた店です。
 私が最も好きな店の類です。
 そして、見つけました。
 コンパクトに収納できる釣竿です。
 これなら、旅行鞄に入れて飛行機で持ち運べるし、旅先でもリュックにさして持ち、川や浜で釣りができると思ったのです。
 さて、それからが大変です。
 骨董品屋ですから、まず、この竿が機能するのか主人に尋ねます。
 主人は、それを手に取り、金属製の筒の中から、竿を取り出し、あっという間に組み立て、いつでもどこでも釣りは可能だと言うのです。

 問題は値段です。
 日本円で5万はくだりません。

 困りました。
 買うべきか、買わざるべきか、私の優柔不断の心が否応なく首をもたげてきたのです。

 これを買って、骨董品として保管するのか、はたまた、こうして旅先に持って行って釣りをするのか、でも、そうそう釣りをするような旅はしまい、仮に、旅先で釣りをするときは、その釣り場にあった竿や仕掛けが船宿から供されるはずだ。
 だから、ここで大枚をはたいても、この竿は実用には使えない、だったら、買う必要はない。
 でもまてよ、カンタベリーで買ったこの骨董的釣竿、財産にはならないだろうか。

 そんな思いが店の中で私の脳裏で巡らされたのです。
 さらに、外に出て、店の外で、今度はそこが私の思案を巡らす舞台となったのです。

 そこへ、先ほどの釣り師が歩いてきました。 
 手には、袋が握られています。
 私は、その袋を指差して、そして、次に親指を立てました。

 ミミズでそっと釣りをしていた釣り師です。釣れたのかなんて言ったら礼を失することになります。釣り師は、にこりと微笑み、親指を立てました。
 私は、その釣り師に、この店にこう言う竿があるのだか旅先で使いたいのだが、どうだろうと問うたのです。
 
 即座に答が返ってきました。

 It's useless, that's same as fry fishing and spin fishing and isn't the tool which fishes fish.
  (ダメだよ、それはフライ釣りやルアー釣りと同じで、魚を釣る道具ではない。)

 目の前が明るくなりました。そうだよ、私は、魚を釣って、それを食べる釣り師なんだ。
 だから、この竿は、私にとって無用な竿なんだと。

 きっと優柔不断というのは、目的なるものを心の中に逸することで、そこに生じる迷いなんだと、私、気が付いたのでした。





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オージー・ヒュー

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咲きたての花、それは生まれたての赤子のよう、透き通るような肌合いがなんとも美しい。


 日本の新聞の国際欄、当然のごとく、アメリカと中国が絡んだ記事が多くなります。

 トランプが、不法移民の親子を引き離す、ゼロ・トレランス政策を推し進め、それをイヴァンカが諌めたとか、そんな「人情話」まで記事になります。
 一方、中国はアメリカから経済制裁を受け、南シナ海ではアメリカ海軍の軍艦に手出しもできず、その腹いせか、台風から避難してきたベトナム漁船を強引に排除、何処に正義はありやと「勧善懲悪」的記事も目にするのですから飽きません。
 さらには、北の御曹司が北京に短期間で三度も出かけて行ったことに対して、あれは中朝の関係深化などではない、北京が米朝親密を恐れて、御曹司に釘を刺しているんだと「見てきたかのようなほら話」まで語られるのですから、愉快この上ないことです。

 でも、私が国際欄で知りたいのは、それらの国のすったもんだではないのです。

 私が最も多く訪問し、最も多くの時間を過ごし、大切な者たちが暮らす南半球の孤立大陸オーストラリアなのです。
 しかし、日本の新聞は、あの国をさして重要だとは思っていないようですから、そうそう記事になることがないのです。

 訪日外国人のちょっと鼻が高く、タツーを目立つところにしている人に、お国はと問えば、オーストラリアと答えるはずです。それだけ、多くのオージーが日本にきてくれているにもかかわらず、日本の新聞は実に冷たいものです。

 だったら、こちらからオーストラリアの記事にアクセスをしなくてはなりません。 
 というわけで、面倒くさい横文字を読んでは、情報を収集しているのです。GOKUやLALAがいじめられたり、不法な扱いを受けたら、すぐに行動できるように、私は準備しているのです。

 こんな記事がありました。
 オーストラリアの信頼できるシンクタンク<Lowy Institute>の調査結果の一つです。
 
 オーストラリアにとって信頼できる国はという質問。

 第一は、もちろん宗主国のイギリスです。オージーの先祖の多くがイギリス人であり、私の友人ヒューは、家族はオーストラリア国籍にしても、自分は英国籍のままの頑固者ですから、この調査結果は大いにうなずけるのです。
 そして、第二に、日本が入っているのです。
 英国が90パーセント、日本が87パーセントですから、かなり頑張っています。
 ちなみに、アメリカは55パーセント、中国は52パーセントでした。

 こうなると、私はウキウキしてしまうのです。
 だって、私たちの国で国際欄を埋める双璧の国が圧倒的に人気がないからです。

 <Lowy Institute>の別の調査結果では、オーストラリア人が最も懸念するのは、トランプが米大統領の座に就いていることだというのですから滑稽なことです。
 それに続いて、外国からの政治介入問題、移民問題と続きます。
 ともに、この二つの項目の念頭には中国があります。

 国会議員までもが中国の影響下におかれ、中国に有利な発言をしたということで議員辞職に追いやられましたし、中国からの移民でも、生活のためにやってくるのではなく、中国政府の指示を受けた政治移民、つまり、オーストラリア人をオルグって、政治傾向を変えようというのですから、恐ろしいことです。

 その点、日本からの移民はまったくの個人事情、オーストラリアで暮らしたい、たったそれだけのことですから、きっと、その単純さこそがオージーの気に入っているところではないかと思うのです。

 私のオージーの友人ヒューが言います。
 お前はこの国が好きなのに、どうして、ここに暮らさないのかって。この国は、そういう奴を大歓迎なんだと。

 お前の家を売れば、日本では大したことないだろうが、ここでは十分にやっていける、だから、来いとは言ってくれるのです。
 でも、私は、たまに行くからいいのであって、私の暮らすところは、ある日、水戸からの帰り、車で道に迷い、その先に出てきた街が<つくば>であって、その趣が気に入り、土地を買って、家を建てたのだから、そこ以外に本拠地を置くことはないときっぱりというのです。

 街の郊外にはツインサミットのマウントツクバがあり、日本で二番目に大きい湖カスミガウラがあり、おいらはそこにある一番大きな港に船を持っているんだ。
 つくばは、風光明媚にして、かつ、最新鋭の都市システムを持つ街なんだと自慢するのです。

 キャンピングカーと、ヨットを持ち、プールも設置し、オーストラリアではさほど大きくはない四百坪あまりの敷地に平屋を建てて、のんびり暮らすヒューは、そうかとニコリと微笑むのです。

 で、今度はいつ会えると言うので、たまには、お前さんがつくばに来なさいよと言うのですが、おいらはここがいいのさと。
 だから、私もニコリと笑うのです。

 おいらのGOKUやLALAが悲しい思いをしないよう、おいらの留守中には守ってやってくれよと言うと、ベジマイトのついた親指を立てて、パンプキンブレッドを頬張るのです。





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メルケルの言葉にそっと耳を傾ける

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今年最後の西洋オダマキの花が一輪二輪小さな花を咲かせました。でも、大切なのは、弱った葉を落とすと、そこには緑鮮やかな新葉があったことです。この葉がしっかり夏の太陽を浴びて、来年もいっぱいの花を咲かせてくれるのです。


 溜まりに溜まったEvernoteの記事を整理しています。

 私は、気になる記事をスットクして、あとでもう一度読むよう心がけているのです。
 そうすると無用に頭に血がのぼることも、それがために、軽々に言葉を発することも防げるのではないかと、そう思って記事を、この有料アプリにストックをしているのです。

 しかし、人の言葉というのは、どんなに気を配ってもトゲがあるものです。

 良かれと思って発した言葉も、時に、相手を傷つけたりもします。
 ネットなどでものを言う時もそうです。
 自分の好き勝手に語った言葉が、自分の意図せぬ形で相手の怒りを買ってしまうと言うこともあるのです。
 とりわけ、政治向きの発言には、そのトゲに毒を持つことさえもあります。政治というのは、自分の主張を通すために、相手を叩き潰す策に人は出てしまうからです。

 だったら、いっそのこと、何も言わないほうがいい、とするのでは困りものです。

 私たちは、言葉を発し、考えを吐露して、時には間違いを諌め、間違いを悟り、そうしてなんとかやってきているのです。
 発言がなくなれば、発展も、進歩も失い、後退をするばかりで、挙句には衰退をしていきます。

 気を使い、配慮し、相手の立場を意識して語る。そうすれば、一度は亀裂が生じても、お互いに理解しあえる環境に持っていけると、私は信じているのです。
 それが人間だと。

 メルケルがアベに秋波を送る、なんて記事がありました。ごく最近のものです。

 秋波とは、美人のすずしい目もとであり、女性が男性の気をひくためにする色っぽい目つきを言います。
 その言葉どおりだかどうだかは私には判断をし兼ねますが、確か、私の記憶では、メルケルはアベノミクスに厳しく対応、日本政府がアメリカにおもねっているとを冷ややかに見、そして、同じ敗戦国として、自国はフランスと和解しているのに、日本は中国韓国と歴史問題で煮え切らないと述べていたはずです。
 それが、遠く離れた国同士ではあるが、親密なパートナーシップを構築したいと言いだしたのです。

 すわっ、新たな「日独同盟」かと、口さがない連中は、二人のリーダーの鼻の下にちょび髭をつけて、揶揄することが目に見えます。

 もっとも、冷静になってみれば、ドイツとて日本と同様の危機感を持っていることが良くわかります。
 第一に、傍若無人なるトランプへの敵対心です。
 トランプは、同盟者に対して、お前たちの面倒はもう見ない、勝手にやりやがれと言っているわけですが、それに対して、まぁまぁそう言わずにと背中を軽く叩くか、テーブルに両手をついてその非を追求するかの違いはあるにしても、同盟国である日独共々困り果てているのは同じなのです。

 さらに、ひたひたと欧州に鉄路を伸ばし迫ってくる国があります。
 ロシアではありません。ドイツにとって、ロシアは経済では屁とも思わない国です。しかし、その先にある中国はそうではありません。圧倒的な物量と経済力で、チャイナの影がドイツにも迫ってきているのです。
 欧州一、安定しているドイツ経済が中国にしてやられるのは許しがたい出来事なのです。

 しかも、ドイツの技術力を模倣、いや、盗んでそれを果たしているのですから、文字どおり、許しがたいことであるのです。

 上海に行くと分かりますが、タクシーのほとんどはフォルクスワーゲンの車です。ちょっと小金を稼いだ中間層はベンツに乗ります。おそらく、ドイツ人は彼の地を訪問して、自国の車があふれんばかりに走っているのを見て気分をよくしていたはずですが、あまりの強引で我欲の強い商売のあり方に嫌気がさしているのです。

 だったら、中国の嫌がらせを受けている日本、そのために多大な金額と時間と人を使っている日本と連携をすれば良いとなったというわけなのです。

 確かに、日本とドイツ、この二つの国の連携は強力です。

 共通点も多々あります。
 どちらも緻密なことを得意とします。何においても緻密にことを図り、ものを作り上げることができます。
 現に、この二つの国が作り出す製品は、優れていて、確かなものが多いのは承知の通りです。

 それに、ある種の「想い」も共有しています。

 それは、アメリカに対する想いです。
 ドイツにとってアメリカはナチスから解放してくれた恩人であり、日本にとっては軍国主義から民主主義へと転換する契機を作ってくれた恩人であるという共通点です。
 空爆で、この二つの国の姿を一変させたアメリカでしたが、同時に、廃墟から国を立ち直してくれた恩人という共通の想いです。

 それが、今、トランプの登場で一つの時代の終わりを見ようとしているのです。

 日本は、アメリカ抜きのTPPを主導し、中国とも対等にしかし温厚に渡り合っています。
 日本が、盲目的対米追従かつ思考停止状態ではもはやないことをメルケルは悟ったに違いないのです。

 いま、そっと、メルケルの秋波に耳を傾けていくことが大切なような気がするのです。





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きっと何かが起こるそんな予感

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今年4年目の朝顔。咲き誇った花の、その中に宿ったタネから、四年連続して芽を出してくれました。今年は、タネが小さく、心配するも、葉は大きく、花芽もついているので、大輪の朝顔を期待しているのです。


 娘には悪いんですが、実は娘がくると、災難が起こるんです。
 あの大地震の時も、鬼怒川の決壊の時も、我が宅の水道管が破裂してガレージが水浸しになった時も、そこに娘がいたんです。

 そんなことを言うと、娘が気にするからと言わないようにしているんですが、このところ、日本に帰ってくると言うので、ちょくちょく連絡をして来るのです。
 大阪で地震があったんだってね、こっちでも大きなニュースになっているよ、何だか、あたしが日本に行くと何かしら起きるねって、そんなことを言うんです。

 わかっていない証拠です。

 あなたが来ると、必ず何かよくないことが起きるのです。
 その言葉を飲み込み、ところで、LALAのパスポート取れたのかと問いますと、あの郵便局のおじさん、七面倒くさいこと言って、埒があかないのとふてくされて言うのです。

 オーストラリアでは、日本と違って、郵便局でパスポートの申請をし、受領するのです。
 さらに、郵便局で微妙に異なると言うのですから、嫌になります。
 おおらかといえばおおらかなのでしょうが。

 で、何が問題かと言いますと、出生証明書と市民証明書が必要だと言われたと言うのです。
 出生証明はともかく、生まれたばかりの子の市民証明など、GOKUの時は言われなかったと口を尖らして言うのです。
 
 パスポートがなければ、日本には来れませんから、ブリスベーンの日本領事館に行って、日本のパスポートだけでも急いで取って来ると言うのです。

 つまり、郵便局で娘が求めているのは、オーストラリア国籍のパスポートなのです。

 GOKUも、LALAも、ゴールドコーストの海岸べりの国立子供病院で生まれましたから、当然のごとく、二つの国籍を有しているのです。出産にかかった料金も、その後の検診もすべてオーストラリア政府が面倒を見てくれます。
 もっとも、ちゃんと政府が取り扱う保険に加入してのことですが。

 そう言う子たちは、法律で定められた年齢に達したら、どちらかを選べばいいというわけです。はて、私の血筋を受け継ぐ二人の孫は、どちらの国籍を選ぶのか、楽しみでもあります。

 今のところ、GOKUはダンサーになりたいそうで、YouTubeを見ながら、真似事をしています。日本に来たら、盆踊りの時に着る浴衣が欲しいと行っています。
 私には、ラインで見るGOKUのダンスと、盆踊りがどう結びつくの、とんとわからないのですが、GOKUには、どちらも、ダンシングと言う点で同じようなのです。

 すっかり、英語を喋り、近所の子が遊びにきていれば、英語での会話をしています。

 私としゃべるときは、「たどたどしい」英語混じりの日本語になっています。
 幼い子供の脳は、まるでスポンジのように、言葉も、見るもの聞くものすべてをその脳の中に吸収しているようです。

 そのGOKUが泣いている、ちょうど、そんな時にラインが入りました。

 なんでも、まだ歩き始めてもいないLALAに冷たくあしらわれて、それで泣いているようです。
 下の子というのは強いものです。
 多少、上の子に突き飛ばされても、へっちゃらですし、反対に、兄を突き飛ばしたり、兄のものを取ったりするのですから。
 それでも、オーストラリアで生まれ、かの地で教育を受けている子供です。
 仲直りだと床に座るLALAを抱き寄せて、ほっぺにキスをするのです。

 パスポートが発行されたら、航空券を取るわけですが、はて、この夏、何が起こるのか、私はおっかなびっくりでいるのです。

 我が宅の水道管の破裂くらいならいいのですが、世間様にご迷惑をかけるような災害などおこならなければいいと、ひたすら祈っているのです。





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ラインから叫び声が

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食べられるものを栽培するーこれが夏の農業活動の楽しみです。中でも、バジルはトマトの栽培と相まって大切な作業になります。生で美味しい葉っぱを食べて、ニンニクや松の実を加えてソースも作り置き、結構な経済活動を展開しているのです。今年も見事な香り高い葉っぱがつきました。



 ゴールドコーストでは、GOKUという名を持つ孫とよく散歩に出かけました。

 ゴールドコースト名物のカナルにいる黒鳥の群れ、それがいる岸辺に行くときは、パンを持って行きます。近所の皆で餌を少しづつ持ち寄って、与えているからです。
 ロビーナ・コモンに通じる小道を散策するとき、GOKUはリュックに小さなジュースをいれて出かけます。
 暑さが厳しいからです。熱中症にならないよう母親が入れるのです。

 その小道に古びた井戸があります。
 もう使われていない枯れた井戸です。
 GOKUはいつもその井戸を覗き込んで叫びます。

 「トトロ」って。

 iPadで見た日本のアニメに感動して、この小道にある枯れた井戸のなかに、あの世界を幼児なりに見出しているのだと私は目を細めて眺めているのです。 

 そんなGOKUもまだ幼子ですから、散歩に疲れるとしゃがみこみます。
 抱っこの合図なのです。
 でも、私はそれを無視して、探検に行こうと彼を誘います。

 「トトロの住処が向こうにもあるかも知れない」って。 

 すると、トトロに反応したのか、疲れていたことも忘れ、走り出してくるのです。
 しかし、何を言ってもしゃがみこんで動かなくなるときがあります。
 こうなるともうダメです。
 眠たくもなってきたのでしょう。
 じっと、しゃがんだままで、地面を見つめています。 

 私は、抱っこで、家に帰ろうと言うと、すかさず抱きついてきます。
 そして、数秒で、私の腕の中で重くなります。
 もう、全身の力を抜いて、私の肩に顔を乗せ、よだれを流して寝込むのです。
 すれ違うオージーたちに、いつものように挨拶をします。彼らもすっかりと寝込んでいるGOKUを見て、微笑えんでいます。

 そんなことを今朝の新聞を見ながら思い出したのです。

 また、親によって子供が、死んでしまいました。
 何故だろうって、いつも不思議に思うんです。
 孫でさえ、自分に似ているのです。
 まして、親ならば、その笑顔に、泣き顔に、仕草に、自分の分身を見出すのは容易なはずなのに、その分身を手にかけるのですから。

 学校にいるとき、いつも問題が起きるときというのは、教師が教師優先でものごとを図ったときでした。
 生徒を第一にしないがために、問題が起きるのです。

 例えば、修学旅行なり研修旅行で、教師が旅行気分でゆっくりと食事をしていれば、問題発生を防ぐ絶好の機会を失います。
 何か問題を孕んだ子供たちというのは、皆が和気藹々としている場面で、その本当の姿を見せることが多いからです。
 食欲のないこと、笑いの中に入り込めないこと、周りの子供たちがその子に、目に見えない一線を引いてしまっていること、などを教師は我優先の中で見逃してしまうのです。

 もし、早くに食事を終えるか、自分の食事は後回しにして見回りをしてそうした状況把握に勤めれば、数分後に起きうる問題は払拭されるのです。
 だから、私はいつも、先生方に、食事はそこそこに生徒と接するようにと言ってきたのです。言うからには、自分もさっと食べて、できる限り生徒の様子を見るようにしました。

 それでも、教師の中には、そこまで生徒を信頼しないのはどうかと反論をしてくるものもいました。教師に、恨まれても、けなされても、生徒第一が私の本分です。
 問題が起これば、預けてくれた親御さんに申し訳が立ちません。
 だから、私はそう言う教師とは、徹底的に戦ってきたのです。

 しかし、家庭に、生徒第一を標榜する教師は入って行くことができません。

 問題を誘発する可能性を持つ、問題ある親をあるべき道に導く教育の手はそこにはないのです
 そして、そういう親は、あの反論した教師の姿と重なるのです。

 自分を第一にして、子供のことを思わない。
 むしろ、子供に自立を与えると言う方便を振りかざして、教育活動を放棄する、それと同じことをこの一連の悲しいニュースを見聞きするとき、思ってしまうのです。

 だとするならば、そこにおかれた子は、親の子ではなく、教師としての生徒ではなく、もはや、自分勝手をモットーにする親や教師の餌食そのものなのです。
 
 そんな新聞記事を読んで、腹立たしく、情けなく思っていた私のiPhoneが着信を告げるメロディーを発しました。

 画面にGOKUの間近に迫った顔と叫び声がしました。
 何やら興奮しています。
 まさか、娘がGOKUに、と一瞬思いましたが、叫び声は日本に行くことが決まったという連絡でした。

 車を買うため、お金が必要だから、今年は行かれないと言っていたのですが、GOKUがどうしても行きたいと飛行機が飛んでいるのを見るために悲しそうなそぶりを見せるのを娘は見ていられなくなったというのです。
 安いジェットスターのチケットは手に入れられないけれど、生まれたばかりの子のパスポートを手に入れ、梅雨明けには来るというのです。

 いつも、この娘はギリギリでものごとを決断し、綱渡的活動で、行動を起こします。
 考えてみれば、それも私と同じなのです。

 親の仕打ちで亡くなった子供たちの冥福を祈りながら、私はGOKUの来訪を待ちわびる日々を過ごすことになったのです。





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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《6 / 17 💡 Monday 》
 
🦅 ただいま、<カクヨム>にて『ひとりっていいよな』を発信しています。

  世の中って
  理不尽なるもので
  満ち満ちているんだっ……



誰でも、社会的生活を営んでいれば、心苦しいことに出会うものです。
トップの解任、同僚との確執、職を辞しての新しき生活、そんなさまざまの体験がそれです。
人は、かくも争い、かくも世知辛い思いをするのです。
そして、大切なものをそこで失っていくのです。
失うことを、損得で測れることはできません。
失うことは、糧として、その人間に残れば、それでいいのです。
そして、若き人に、送ることができればそれでいいのです。


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【nkgwhiroの活動】

❣️<Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。こちらもご訪問よろしくお願いします。
 

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