見知らぬ男がそこに立っていた

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あまりに寒く、それでも、夕景があまりに美しく
だから、外に出ました
人間のしきたりとか
人間が作った仕組みなどに関係なく
自然の現象、宇宙の現象は
的確に、几帳面に
その表情を映し出します
この日は
空気がその冷気を色を変えて押し寄せてきているかのよう
木々の枝が本当に寂しげだったんです

今年に感謝です
みなさまも良いお年をお迎えください



 見知らぬ男に、声をかけられました。
 
 その日、私はいつもと違う体育館に、卓球の練習をしに行ったのです。
 体育館というか、隣の地区の「交流センター」という場所なんです。昔は「公民館」などと言って場所で、集会やそこそこ運動もできる部屋を備えているところなんです。
 
 この日は、チームの練習ではなく、チームの中で、気の合った連中で、最後の練習をしようと、市内の体育館が年末年始で休みなのを、熱心な仲間が「交流センター」であればオープンしていると予約を入れてくれたのです。
 私も誘われて、取り立てて予定もないので、OKとその場所に車を走らせて、出かけたのでした。

 その場所で、私は、見知らぬ男に、声をかけられたのでした。

 先生って、その男言うんです。
 先生って、言われて振り向くのですから、私もまだ、前職の色合いが、それも、色濃く残っているんだと感心したのです。

 そこに立っていた男は、随分とおじいちゃんでした。
 髪は、もののみごとに白色化しています。
 そして、私を見て、笑顔を見せています。
 
  はて、誰だったか。
  生徒にしては、歳がいきすぎている……。
 
 「太田です。ごぶさたです。いや、こんなところで、先生に会えるなんて……」
 そんなことを言ってくるんです。

 私の脳に仕組まれた記憶装置が熱を持つほどに回転をして、記憶の底へと突き進んでいきます。
 
 そうだ、取手の学校時代、主任をしていた時、副担任として配属された数学の先生だって、私の記憶装置が、そこにたどり着いたのです。
 私は、その先生のことを「センキュウ先生」と呼んでいたことも、そして、彼がこの「交流センター」近くに住んでいたこと、さらには、独身主義であったことも、思い出したのです。

 記憶って、一つのきっかけで、まるで、すべてが手繰り寄せられるんだって感心しながら、私はセンキュウ先生の前に立っていたのです。

 「いや、お懐かしい。」
 そんな言葉を、私はかけました。
 
 それにしても、なんで、ここに居るのって、そんな顔をしていたんだと思います。

 だから、センキュウ先生、私、ここの管理の仕事をしているんですよって、私が問う前に、言うのです。
 そうだ、この先生、私が居た取手の学校を辞めて、公立に移っていったんだ……そんなことも記憶の底から浮き上がってきました。
 きっと、その公立を退職して、この交流センターの管理をしているんだなって、そう思ったのです。
 私の伊豆にいる大学時代の友人も、公立の教師で、学校を辞めてからは、地域の図書館の館長をしているって言っていましたから、彼もその手合いだって。

 しかし、それにしても、老けているなって、私は正直なのでしょうか、それも顔にでてしまったようで、彼、すっかり、爺さんになってしまいましたって、今度は髪に手を当てて言うのです。
 
 彼は、私より年下だったか、いや、一歳ほど上であったかとそんな思案をしながら、私、今でもあの主義を貫いているのって、そう言ったんです。
 彼は、一人、気ままに、人生の最終コーナーを回っているところですって、そう言いました。

 いやぁ、この年末に、先生に会えるなんて、いい年の締めくくりになりましたって、彼、頭を下げるんです。
 こちらこそ、でも、よく、声をかけてくれました。ありがとうって、私もそう言ったんです。

 なんだか、旧知の間柄に、偶然、会えるなんて素晴らしいって、そう思ったのです。

 だって、お互い、年を経て、長い年月会っていなければ、すれ違ってもわからない、それをちょっとした面影で、間違いかもしれないのを勇気を出して、声をかけてくれたんです。
 ありがたいこと、この上ないことです。

 待てよ、そうではなくて、彼の変容ほどに、私が変わっていないせいかもしれないって、その時思ったのです。

 彼のように髪も変われば、あるいは、明らかに爺さんになっていれば、瞬間的に、はて誰だったかとは思うものの、声をかけるまでにはいかないはず、それが証拠に、私は記憶をフル回転して思い出したのですから。
 
 先生は、まったく変わりませんね。
 あの当時のままだ。

 それは言い過ぎだよって心に思いつつ、それでも、破顔している自分がそこにいたのです。

 先生、あの件で、学校を辞めたんですよねって、彼言います。その後、土浦の学校に移ったことは知らなかったようで、それを言いますと、そりゃ、良かったって、安堵してくれたんです。

 心配をしていてくれたんです。
 あの件で、ゴタゴタしていたことを。

 私は練習を終えて、管理室にいる彼に、また会いましょうと声をかけて、年の瀬の寒波襲来で冷え込んだつくばの街の我が宅に通じる抜け道に入っていったのでした。



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みそかの銭

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つくばの駅前にある古民家
そこに囲炉裏が
日本の暖房の具であり料理の具
磨き上げられた床に
座布を敷いて
手をかざす
そんな姿を想像するも
寒いんではないだろうかと
ちょっぴり
腰を引くのです



 なんだかんだと言いながらも、時はいよいよ、押し詰まってきました。
 
 江戸の昔といえば、商いの店のものが長屋の人々に、代金の請求にやってくる、そんな頃合いです。
 昔は、味噌も醤油も、それに、酒もかけ売りですから、みそかにその代金を回収にくるんです。
 
 長屋住まいの借り手は、なんだかんだと商人からの催促を逃れようとします。
 その辺の面白おかしいやり取りは、井原西鶴の『世間胸算用』に描かれています。大阪の庶民の方便など、今に通じて実に愉快ではあります。

 そんな悠長な時代はさておき、昨今は如何せんどうにも困った話ばかりで嫌になってしまいます。

 お隣の韓国との間では、かの国ご自慢の海軍艦艇に対して、我がニッポンの空自の偵察機が、失礼にも、救難にあたっているその艦艇上空を飛行し迷惑をかけてしまったというのです。
 日頃から、よろしく思ってくれていないのですから、それに輪をかけて、失礼なやつだときっと韓国海軍の将兵は思ったことでしょう。

 ところが、ニッポン政府はとんでもないって、空自もそんなことはしていないって言うのです。
 だから、ビデオ映像まで公開して……。
 でも、それは証拠にはならないって……。

 さぁ、そうなると困ったことになります。
 どちらからの政府が嘘をついていることになります。
 政府が嘘をつくことは、何よりも国際信用を失墜させることになります。

 それより何より、軍事を司る部署が嘘で己の行為を糊塗するのは何よりいけません。
 「道」に反することになります。
 ですから、ここは、どちらの政府も、軍も、白黒をつけなくてはなりません。
 
 西鶴が描くほのぼのとした庶民の言い逃れを楽しむわけにはいかないと言うことです。

 アメリカにも困ってしまいます。
 あの国は、かつて、株を暴落させて、世界的な恐慌のきっかけを作り出したのですから、しっかりとやってほしいと思っているんです。

 まさか、アメリカ大統領が、明日の大晦日、難波の店の番頭さんのごとくに、世界を巡って、金払えなんて言いに行くんじゃないかって、真面目に思っているんです。
 だって、イラクに行ったんでしょう。
 その帰りに、ヨーロッパへ行くなんてわけないことですから。
 ニッポンは、首相がなんとかその矛先を変えようとコネクションを持っていますから、一応は安心ですが、あの方のことですから、除夜の鐘のなる頃、コーンパイプをいなせにくわえて、厚木に降り立ってくるやもしれません。
 
 そのアメリカと喧嘩をしている国はたくさんありますが、とりわけ、大げんかをしているのが偉大なる中華民族の国です。

 お前さんのとこの道路、直してやるよと、あるいは、橋を作ってやるよって、満面の笑顔で、すり寄って、時には、その国の実力者に賄賂をかまして、完成したよって、金額はまけてやりまっせ、なんだって、金がないって言うのかい、それは困った、わかった、こうしまひょう、お前さんのとこの港、おいらの国に貸せば、チャラにしてやりますよって、お国のギャングも青ざめるようなやりようで、みそかの銭を漁っているんですから、嫌になります。

 先だって、三年余り拘束されていた人権弁護士さんの公判が開かれたと言います。
 非公開ですから、その裁判がどうなっているのか皆目わかりませんが、支持者の男が叫んでいました。
 その言葉を聞いて、びっくりしてしまったのです。

 「一党独裁、反対」って言うんですから。
 
 この国、きっと、いつの日か、そう、近い将来、人民から、みそかの銭を取られるのではないかって、そのために、人民は金か自由かって、きっと天秤に掛ける時がくるに違いなって、そう思ったんです。

 そうそう、忘れてはならないことがありました。
 ニッポンです。

 欧米の非難を浴びながらも、悪い奴を留めて、調べに入っています。
 巨悪を叩きのめすのがニッポンのトウキョーチケンです。
 首相だって、経済界の大物だって、御構い無しですから。

 国民は、そんなトウキョーチケンに喝采を送ってきたのですから、欧米がなんと言おうとも御構い無しにやればいいんです。悪いやつは、鉄格子越しに年を越すのが一番似合っています。

 鯨の件も、思い切ったことを決断しました。

 昔、給食でクジラの竜田揚げを美味しく食べた世代には、なんとも複雑な思いではあります。
 でも、さほどに、あの脂っぽいクジラの竜田揚げの匂いを嗅ぎたいとは思わないのです。
 日本の鯨食文化などと言われても、ピンと来ないのが現状です。

 それより何より、てめぇたちの文化観から、クジラやイルカを血塗れにして殺すのが許せねぇって言う、あの言い分が気に入らないのです。

 だったら、ニッポンの領海で、誰にも何にも言われずに、やればいいと思っているんです。
 そうすりゃ、文句も言われまいと。

 なんだかんだと言いながらも、年はいよいよ、押し詰まってきました。 



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其処退け其処退け高齢者が通る

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冬枯れの街に三体の像。
どこか寂しい。
夏はそうではなかった。
緑の中で、彼らは生き生きとしていた。
自然がこうも人の見方を変えるとは……



 先だって、前を走っている車に「高齢者乗車中」なるステッカーが貼られているのを見ました。
 「赤ん坊が乗っている」とか、「妊婦が乗っている」、そんなステッカーは見慣れていますが、「高齢者乗車中」とは驚きでした。
 
 これも先だってのことなのですが、こんな光景を見てしまったのです。

 車椅子のマークのついた駐車コーナー、車椅子を上げ下ろしするためでしょうか、幾分広く設定されているあの場所でのことです。
 そこに、車を勢いよく走らせてきて、出てきた女性は六十歳代でしょうか、ともかく若くはありませんでしたし、また、歩行に困難をきたすほども歳の行った年齢にも見えませんでした。
 いずれにしても、「高齢者」に相当する年代であることだけは確かです。

 その女、買い物を終えて、置いてある車に向かっている私のちょっと怒りをにじませた視線を、見事に無視して、店内に入って行ったのです。
 
 誠に、この「高齢者」という言葉、それに概念、私、心底、嫌な言葉だと思っているのです。

 例えば、「高齢者が載っています」とステッカーが貼られている車ですが、あれは、高齢者が手のかかる厄介な存在としてイメージされたものとして、私には認識されるのです。

 高齢者が乗っているんだから、気をつけろよって、遠慮しろよって、そこどけそこどけ高齢者が通るって、そんな意地悪い見方をしてしまうんです。

 あの手のステッカーは、万が一、事故が起こった時、救助に当たる人がこのステッカーを見て、一人では何もできない赤ん坊がいる、まず、赤ん坊を探せって、そして、救助せよって、あるいは、妊婦がいる、まず、安全を確保しろって教えるものだと、何かの冊子で読んだことがあります。

 それに、高齢者も該当するようになったんだって、ちょっと変な具合に思ったのです。

 つまり、彼らは何もできない、あるいは痴呆になっているかも、あるいは障害があるかもしれない、だから、救助せよって、そう指図しているのかしらって、怪訝に思ったのでした。
 
 後者は、明らかに図図しい、いや、ごまかしを大手を振るって行う、たとえ、高齢者ではなくても好ましくない行為です。
 日本人は慎ましやかで、礼儀もあり、よくできた国民だと、そんなことがよく言われますが、そうではない人たちも結構いるんではないかって思ってしまいます。

 その部類に、歳いった人たちの、つまり、「高齢者」の横柄なありようがあります。

 電車の中で、自分の権利を声高に述べて、席を譲らせるという話もよく聞きます。
 なんと言いますか、オレ様は長く生きてきた、だから、お前たちはオレに従え、なんて言う尊大な御仁がいるというです。
 長く生きてきただけでは、人の尊敬を得られないことを、この御仁たちは学んできていないようだと、私なんかは思ってしまうのです。

 若くても、尊敬に値する青年がいっぱいいますし、子供だって、大人に負けないくらいに立派に立ち居振る舞いができるのです。
 我が宅の前を通学する子供たちは、必ずと言っていいほど、私に挨拶をしてきます。学校でそう教わっていることもありますが、いつも見かける人に声をかけるという人間的なありようを身につけていると思っているのです。
 それに比べ、いつもワンちゃんを連れて散歩しているその手の方は挨拶もできませんし、それだけならまだしもワンちゃんの落し物をそのままにして行きます。
 だから、私は、年齢がいっただけでは何にもならないと思っているのです。

 卓球仲間で尊敬に値する方で、七十代も後半の方がいます。

 今年は、あごを手術し、三ヶ月ほど流動食で過ごしていたのですが、それでも卓球の練習に顔を出して、元気に明るく活動をしていました。 
 それに、大洗にちょっとドライブに行って、交通事故を起こしてしまったこともあり、彼にとっては、ちょっと不運な年であったのですが、相手が悪いとか一言も言わずに、オレも随分老いたと、相手には申し訳ないことをしたと、そう言うのです。

 私、潔い方だと思って、尊敬しているんです。

 いつも、二十分ほどかけて、筑波山の中腹にあるご自宅から、市内の体育館にやってくるのです。そして、駐車場はいつも一番遠い所に置いて、荷物を持って、かくしゃくとして歩いてくるのです。
 それも、大体は一番か二番にやってきます。
 練習の準備を率先してやるためにです。
 中には、準備が整った頃にやってきて、帰る時も、用事があるからって後片付けをしない人もいますから、それだけでも立派な方だと思っているのです。

 練習中も、ダメだなぁとか、そんなんではなくこうだよって、下手な仲間にこれ見よがしに圧力をかけてくる、「うまい人」がいます。
 でも、この方は、いつもニコニコしているんです。
 相手が下手なプレーをしても、それを責めるのではなく、ニコニコして、いいプレーがあれば、それを褒めて、乗せていくんです。

 だから、その方の周りには人が集まるんです。

 そんな「高齢者」、素晴らしいと思うのです。
 いや「高齢者」なんて言う失礼な言い方は、だから、してはならないと思っているのです。

 何か、いい言葉はないものかと、シニアなんていう言葉、「死にやがれ」に通じて良いはずはありません。なんでも横文字にすればいいというわけでないのです。

 「ご隠居」「年寄」「ご老人」、けっこう昔の言葉の方が、敬意が込められていていいと思っているのです。

 それより何より、そういう判別をしないのが一番なのです。人は中身であって外側ではないのですから。



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月も陽の光を浴びて

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筑波のふもとの
秋の田んぼ
気持ちよく整理整頓
こんな光景が
好きなんです



 私の御朱印帳に「一陽来復」と墨字のしたためられた一枚があります。

 一の字は、力強く太く、陽という字は、最も大きく、そこにはあるのです。
 来復という字もまた、控えめですが、その存在を誇ってそこに書かれているのです。

 「来福」の間違いではないかって、いや、確かにそこには「来復」とあるのです。
 
 穴八幡宮のそれは御朱印なのです。

 早稲田の文学部の正門の向かいにその神社はありました。
 学生時代には、実は、一度もお参りをしたことがないのです。
 あまりに近くにあると、人間というのはいつでもいけるって、挙句に、一度も行かずじまい、という変な具合になるものです。

 いつだったか、ちょっと時間ができて、近くまで行った折に、寄ってみたのです。

 私のかばんには、いつも、御朱印帳が入っています。
 東京に出張の折とか、たまに地方に行く時など、用事の合間に社をお参りした証に御朱印をいただくのです。

 この日も、用事がなんだかすっかりと忘れましたが、東京にたったひとつ残る都電に乗り、いくつかの社を巡りつつ、最後に、早稲田穴八幡を、それこそ「やっと」お参りできたというしだいなのです。
 
 『易経』では、六つの陰と陽で季節を表現します。
 
 旧暦十月は「坤為地」といって、すべてが「陰」になる月なのです。
 そして、冬至がある旧暦十一月になると、「地雷復」となり、「陽」がひとつ表れてくるのです。
 すなわち、これが「一陽」であるのです。

 陰極まれば陽に転ず、というわけです。
 だから、それは「復」で良いというわけです。

 それが、「福」となったのは、縁起をかついでのことだと思いますから、あながち、間違いとも言えませんが、穴八幡宮はそこをきちんと書いて御朱印にしているということになります。

 だから、私は、夏至よりも、春分や秋分よりも、何よりも「冬至」が好きなのです。

 易学的に言えば、陰が支配する世界が終わりを告げて、陽が復活するのです。
 すなわち、これ以上悪いことは続かない、これからは素晴らしい出来事も目の前に見えてくるのだという前向きな、それはサインだと思うからなのです。
 
 もっと、積極的に考えれば、お前さんのこれまでの苦労はきっと報われるよって、太陽が教えてくれているような気がするのです。
 これから先はなんの心配もいらない、まっすぐ、信じる道を突き進みなさいって、そう言ってくれているような気がするのです。

 ですから、江戸時代の人々は、これを金策にかけて、もう金には苦労しないって、そうありたいって願ってこの社をお参りして、大いに繁盛したというのです。

 そう言えば、学生時代、この社が気になっていて、図書館で調べたことがありました。
 随分と、人が出て、賑やかな穴八幡宮の絵図の記憶がかすかに私の脳裏にあるのです。
 
 さて、今年は土曜日の天気の良くない日がその冬至の日ではありました。

 それでも、我が宅では、いつものように、かぼちゃを食べ、卓球仲間がくれたゆずを風呂に浮かべて、それを絞って、これもいつものことですが、あちらこちらがチリチリとゆずの強烈な酸で痛くなって、そんな冬至の日を過ごしたのです。

 すでに、クリスマスのためのイルミネーションも片付けました。
 あとは正月を迎えるだけです。

 そして、冬至が過ぎると、確かに、日がのびてきていることを実感するのです。

 これが何より、私にとっては嬉しいことです。
 私は、外で遊ぶことが好きですから、日がのびることが何よりなのです。
 仕事柄、家に籠ることが多いので、なおのことです。

 そうそう、冬至の日の月を見ました。
 夜明け前、西の空に、雲の合間から、煌々と輝く月を。
 
 きっと、太陽の光を思い切り受け止めて、輝いていたのではないかと思います。
 あぁ、「一陽来復」だって、その時、実感をしたのです。



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空飛ぶ車に乗っ……

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平屋のお家に、紅葉した垣根
玄関も広く取り
空は青く
こんなお宅が
私のロードバイクのコースにあるんです
知性があるなぁって
いつも思っているんです



 夢は、時に不安の表れなどと言います。

 天井から落ちたり、ゴジラに追われたり、そんな夢は、その人の心の中に底知れぬ不安があって、それがそうした夢になって出てくるって言うのです。

 しかし、そんなんではない「夢」を、私は思い描いているんです。

 その「夢」は、遥か彼方にある幻のようなものなんていう、そんなものでもありません。
 明日にでも、それが現実になる、そんな夢なんです。

 「空飛ぶ車」

 いつも、この言葉が気になるのです。
 そして、私は夢見るのです。

 我が宅のガレージに、ピカピカの空飛ぶ車が置かれています。
 そのエンジン音は実に静かです。
 私のこれまで乗っていたワーゲンのゴロゴロというエンジン音も素晴らしいですが、四つのプロペラが小気味よく回転する音も実に軽快です。

 ガレージで軽く浮いて、そこで回転して、そして、宅の前の道に出ます。
 空を飛ぶって言っても、大空を自由に飛べるわけではありません。
 タイヤのある車もまだ走っている、そんな中に空飛ぶ車も混在して走っているのです。
 自由に、空を飛ぶには、電信柱が撤去されて、スカイロードが整備されなくてはなりません。

 それも、もうまもなくのことです。
 
 スカイロードを飛ぶには、特別な免許が必要です。
 と言ったって、これとて、さほどのことはありません。

 だって、すべては5Gによって、可能になったAIが、圧倒的な情報を瞬時に分析してやってくれるのですから、人間は、万が一の場合の対処法などを学ぶだけです。
 だから、新設された「航空警察」に行って、小一時間ばかり研修を受ければ、それで免許はもらえます。

 スカイロードの標識は私たち人間の目には見えません。
 だから、私たちは、今まで以上に、いや、今までとはまったく異なった自然のありようを目にすることになるのです。
 
 空飛ぶ車は、それまでの車と異なり、左右ではなく、上下で車線が区切られています。
 北に行く車は上の車線を、南に行く車は、下の車線をと言う風にです。
 東西南北、斜めに横切る車線もすべて、高低で車線が分かれているんです。

 だったら、ハイウエイと同じだと、でも、スカイロードでは、航空警察や航空救急、航空市民交通などもすべて専用の車線をもっていて、他の空飛ぶ車と車線を同じくすることはありません。

 ですから、事故など皆無なのです。

 すべてはAIが判断しますから、渋滞などもありません。
 燃費も良く、何より、目的地に到着する時間が圧倒的に早くなりました。

 乗車する人間は、空中からの光景を楽しむのも良し、読書をするも良し、映画を見るも良しと言う具合です。

 着陸も離陸も、すべてが自動ですから、人間は、車内にある画面に必要事項を打ち込むだけです。冒険ずきの若者が、いっちょ、暴走してやろうとしても、それはAIが許しません。それでもしつこく操作すると、空飛ぶ車は自動的に航空警察に連絡を入れて、その人物を警察まで連れて行ってしまうのです。

 その日、私はいつものように朝の仕事を終えて、鹿島の釣り公園に釣りでも出かけようと、黄色に塗られた私の空飛ぶ車に乗っ……

 そこで、目が覚めたです。
 気分のいい夢でした。
 未来への展望のある夢でした。
 
 私の右手にはめられたApple Watchがブルブルと震えます。
 起きる時間だと知らせているんです。
 すかさず、私のiPhone XS Maxも、音楽を鳴らし出しました。
 気持ちよく起きて、さぁ、仕事だって、意欲を喚起してくれるんです。
 そして、 SONYのBRAVIAも、今日の私の活動が映し出します。

 つくばの片隅で、自然のいっぱいある中で、しかし、最先端の技術を堪能できるそんな環境に自分がすでに置かれていることを思えば、さっき、夢の中で見ていたことなど、わけなく実現できると、そう思っているんです。

 新しき物好きの私です。
 空飛ぶ車、いの一番で手に入れようと、私はそんな「夢」を描くのです。

 いやはや、能天気な私の夢の話におつきあいをさせてしまって、本当に恐縮をしております。
 あしからず……



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他流試合だって、それはイイって

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静かに年の初めの人々の群れを待つ社
この年の瀬の社の静かさが
なんとも言えないのです
「静謐」という言葉がぴったりです



 先だって、私も人並みに「忘年会」なるものに参加してきました。
 仕事の関係ではまったくなく、卓球仲間たちとのこの一年を偲ぶ会です。

 時間は昼時、場所は、私が初めて行く田舎の料理屋でした。
 田舎の料理屋などと言うと、失礼にあたるかもしれませんが、本当に田舎なんです。
 三百六十度、田んぼに、畑。
 その畑の向こうに筑波の峰が、なんの遮るものもなく見える、そんな場所なんです。

 ロードバイクで、この付近を何度か走ったことがあるのですが、このような料理屋があるとは知りませんでした。
 そのくらい地味な店なのです。

 卓球仲間に、役場に勤めている人がいて、今回はこの方が幹事でした。
 なんでも、役場はこの料理屋を盛んに使っていると言うのです。
 出される料理が美味しいし、融通が利くというのです。

 なるほど、刺身など田畑の中の料理屋とは思えないほど、コリコリして味わいがありました。
 天ぷらは揚げたてが出されましたし、煮物に焼物、それぞれを美味しくいただいたのでした。
 今回は4千円の宴席でしたが、なんでも、この店は五千円以上ではないと宴席が持てないと言いますが、貧しい卓球クラブの予算だからと言って、特別に受けてくれたんだというのです。
 
 幹事に尋ねました。
 この店は、歴史のある店かって。
 そうだと言うのです。

 昔、茨城県が置かれる前に、この辺りは「若森県」といって、その時代からあった店で、当時から、このあたりの人は、この店で宴席を設けていたんだと、つくばセンターにも立派な店があるけれど、土地の人たちは、法事だ、七五三の祝いだといえば、ここを使うっていうんです。

 若森県なる言葉にも驚きましたが、歴史を紐解けば、ここらは、実に豊かな土地柄なんです。

 だから、天領であったり、伊達政宗の領地であった場所も、何箇所かあるんです。
 ですから、土地の人は言葉はなまっていますが、誇りを持って、堂々としているのです。
 そういう人たちが長い年月通うのですから、それなりの意義ある料理屋であると思っているのです。

 昼の宴会ということで、それに皆、車の運転がありますから、酒は飲みません。
 でも、驚きました。
 ノンアルコール飲料の豊富なこと。
 ビールはもちろんカクテルまで、アルコールが入っていないものがあるんです。
 
 宴席では、以前は、酒を注いだり、注がれたり、随分と気を遣っていたものだが、最近は様変わりしたなって、誰かが言い出しました。

 酒の席が嫌だって、うちの娘なんか、会社の酒の席には行きゃしないと誰かが言います。
 息子など、一次会には出るけんど、それ以上は行かないって、早くに帰ってくるなどと、別の声も上がります。
 私たちの時代には、おおよそ、考えられないことです。
 
 教員であった私たちは、年末は忙しくて、宴会などできませんでしたが、年度末は一泊でバスに乗って酒飲みに行ったものです。
 バスの中から、酒を浴びるように飲んで、ホテルについて、夜の宴会には出られないという輩もいたくらいです。
 上司には列を作って、お酌をしに行き、愛想を振りまきます。
 何か魂胆があるものも、そうでないものも、そうすることがしきたりのように、そうしていたはずです。

 時には、酒の勢いで、女性たちに失礼なことも言って、顰蹙を買っていた人もいましたが、女性たちも目くじらをたてることなく、体良くあしらっていました。

 でも、今の時代は、そうは行きません。
 普段滅多に見ることのない同僚の浴衣姿を見て、今日は綺麗だねなんて言おうものなら、セクハラだって言われるそうです。 
 部下に、さぁ、飲めと酒を注げば、パワハラだって言われるというのですから、世知辛いとし言いようがありません。

 そんなことを見聞きすると、一つの時代が終わっただなって思うのです。
 そう、酒が仕事の潤滑油であった時代が終わったんです。
 
 そういえば、「平成」という時代もまもなく終わります。

 なんか、慣れしたんだ時代が遠のくというのは寂しいものです。
 それでも、時代は営々として作られていくのです。

 来年はどんな時代になるのかなって、せめて、平成の30年続いた平和が、これまで通り続けばいいって思うんです。

 だって、きな臭い匂いが漂っていますからね。
 レーダーを当てて、攻撃の態勢を整えたり、あるいは、追跡をしたり、来るなっていうのに、やってきたり、そのうち、制御ができずに、暴発しないかって心配しているんです。
 
 来年新年初の卓球クラブでは、他流試合を企画しているっていうのです。
 つくば在住の中国の人たちを招いて、親善試合をするというのです。

 それはイイって、私、思ったのです。



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こんなふうに辞めたいものよ

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バルコニーに日陰が
夏は涼しくていいのですが
冬は困ります
でも
それも季節の営みだと思えば
楽しもうと
胸ポケットから何気に
iPhoneを取り出し
写真を撮るのです



 一通の辞表が公開されました。
 しかも、それを書いた当事者によってです。前代未聞と言える出来事です。

 若き日の彼の軍歴を見てみますと、取り立てて、特別なものを見出すことはできません。
 つまり、地道に、軍人としての経歴を積みあげ、プライベートでは戦史研究に時間を費やしている玄人肌の軍人でしかなかったのです。
 そのためか、結婚もせず、今に至っているというという人物です。

 彼の名声がアメリカ人に知れ渡るのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件への対応としての「不朽の自由作戦」においてです。
 海兵隊に所属するこの男が海軍をも指揮したからです。そして、勝利へと導きました。
 その後も、2003年のイラク戦争に従軍し、2004年のファルージャでの戦闘では、敵である暴徒たちと接触し、交渉を行うなど奇抜な行動でアメリカ軍を勝利に導いていったのです。

 当然のごとく、アメリカ人の間では一目置かれる軍人となりました。
 
 その軍人であった彼、まず、この2年間の自分が成し得たことを誇りとするという持つ文面からそれは始まっていました。
 自分が果たしてきた成果を、己の口で語れることは大切なことです。
 ただ、役職についていただけではないのだ、これだけのことをしたのだという主張は決して嫌味ではなく、正当な評価であり、行為であるからです。

 そして、次に、大統領への反論へと、しかし、敵対心ではなく、見解の違いとして、意見は述べられるのです。

 彼の信念は、アメリカが強くあるためには、同盟やパートーナーシップと結びついての包括的な信頼関係がそこになくてはならないというものだと言うのです。
 そうでないと、悪意に満ちた戦略的な競争相手に立ち向かうことはできないと。

 「悪意に満ちた」とは言い得て妙なる言葉です。

 私たちの世界は、良くも悪しくも、二つの大きな概念に覆われています。
 自由を標榜する概念とそうではない概念の二つです。

 アメリカを中心とする自由を標榜する概念の枠内には、日本も、イギリスも、ドイツも、フランスも、オーストラリアも入っています。
 反して、一党もしくは一個人の支配下に組み込まれて、思想を統御し、一つのベクトルで支配がなされる不自由な概念もあるのです。
 彼らは、それを不自由などとは思っていません。それがあるから豊かになれる、平和になれると思っているのです。
 だから、この二つの概念は相容れない水と油のようなものなのです。
 
 それをこの男は「悪意に満ちた」国、党、人物と呼ぶのです。
 その悪意に満ちた輩と戦うには、仲間たちとの協調が必要だと言うのが彼の思想の中にある根幹なのです。

 しかしながら、彼の上司は、それを受け入れない。
 だから、今回の辞表提出になったと言うわけです。
 
 この辞表が小気味良いのは、上司に、あなたの意図に賛同する後任を選ぶ権利があると、提示している点です。さらに、驚くべきことは、自身の退任時期をも年月日まで、その根拠となる理由を併記して、提示している点です。

 なにゆえ、これが小気味良いかといえば、上司の面子をことごとく潰しているからです。 

 これを受け取った上司の心境は、まず面白くはないことでしょう。
 不届きものであると、しかし、即座に解雇できないことを、この男は、軍人としての読みからも見て取って、そうしているのですから、なおのこと、痛快なのです。

 "You go into Afghanistan, you got guys who slap women around for five years because they didn't wear a veil. You know, guys like that ain't got no manhood left anyway. So it's a hell of a lot of fun to shoot them.”

 アフガニスタンへ行けば、ヴェールをつけないという理由で、女性を5年も殴り続けてきた奴らに出くわす。そんな奴らは人間のクズだ。そいつらを撃ち殺すのは実に愉快だ、とかつて述べた男です。
 
 きっと、この時の言葉は、この日の歴史に残る辞表のための、その敷衍された中にあったものだと気がつくのです。
 
 だとするならば、この言葉通りに、彼は彼の上司を「打った」のですから、私は痛快に思うのです。

 そういえば、何十年か前、こまっしゃくれていた私も、そのような辞表を叩きつけたことがあります。
 教育の方向性が異なったがために辞すると、そんなカッコつけて。

 そんなことも、私の生き方の中にあるものですから、尚一層、この男のやり方が小気味いいと感じたのです。
 
(ここ数日の新聞では、あの大統領はこの巧みな辞表の意味に気がついたようで、早速に手を打ったようです。これによって、彼は最終目的を達したと、そんな風に思っているんです。)



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イブの食卓

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きょうは晴れの特異日だとか。
きっとイイ天気になるに違いありません。
それにしても、昨日の、天皇陛下のお言葉には感動しました。




 人間は何かを食べなくては生きていけません。
 それは動物としての宿命であります。

 そんな生物的要求を度外視して、より良いものを食べようとする嗜好を持つのも人間ならではです。
 かつては「一億総グルメ」などという言葉もあったほどです。

 でも、たかだか寿司に、二万も三万も出すのはどうかなって思うのです。

 職人の手さばきを見ながら、選りすぐりのネタを握ってもらうなんて最高ですが、ものには限度ってものがあると思うんです。
 天ぷらだってそうです。
 目の玉の飛び出るような天ぷらを食べさせる店がありますが、一体どうなっているんだって、どこが違うんだって、そう思っているんです。
 ここも、職人の手さばきをネタの良さをアピールしますから、寿司と同じだなって思うんです。

 そんなことを言っているということは、お前さん、本物の味を知らないね、なんて言われるかも知れません。
 
 でも、あえて、反論させていただければ、美味しいとか、不味いとか、それは個人の感性の問題ですから、回転すしが最高だって思えるのであれば、それでいいわけです。
 下町のお惣菜屋さんの分厚く切ったサツマイモに、これでもかって衣をまとわせた天ぷらが最高に美味しいって思うなら、それでいいわけです。

 でも、いつだったか、牛丼が二百円そこそこ、ハンバーガーも百円をきって売られるという時代がありました。
 金欠の消費者にはありがたいことですが、行き過ぎますと、これは問題です。

 何が問題かといえば、企業努力という名のそれは暴力になるからです。
 流通や生産段階で、厳しいコスト削減が発生し、結局、経済に悪影響しか残さないからです。
 その悪影響は、食品偽造にも直結し、ともすると、健康に害さえも及ぼすことになるのですから、考えものです。

 昔、天候不順が影響して、米が不作になったことがありました。

 覚えておられる方も多いのではないかと思います。平成の「米騒動」って呼ばれる、あの時代のことです。各地で、大正のそれと同じように、破壊活動があったのかといえば、そうではありません。
 皆、辟易したのです。
 何に?

 あの細長いタイ米にです。
 ちょっと匂いがあり、粘り気がない、タイ米が各家庭に入ってきたのです。

 粘り気のある、炊きたての香りが素晴らしい、日本のお米に慣れている私たちには、あの時のタイ米はちょっといただけないものであったのは確かです。
 
 しかし、日本中が大騒ぎをしている中、あれをチャーハンにしたり、鶏肉と合わせて炊いたりすれば、ことの外美味しいと、私などは知っていましたから、騒ぎをよそに、結構美味しくいただいていたのです。

 国内では、タイ料理屋さんとかインドカレー屋さんがまだ一般的ではない時代でしたから、多くの日本人は困惑したのだと思います。
 それより、タイの人たちが、自分たちのコメを日本人が美味しくなっていることに腹が立っていたのではないかと心配もしたのです。

 最近は、出来合いの食べ物をコンビニから買ってきて、あの透明のケースのまま、食卓に出して食べる家もあるんだと聞きました。いかに、ケースが綺麗に作られているからと言って、それはないだろうとイラってくるんです。
 お母さんも働きに出て、食事の準備ができないからだと言います。

 豊かな日本です。
 おそらく、現代の日本人の大半は、「飢え」なるものを経験することのない幸福な国民であると思います。

 一方で有機野菜や、月の満ち欠けを参考にブドウを栽培する「ビオディナミ」というワインが作られ、その希少性ゆえに、それを好む人がいたり、反対に、不健康であるのを知りつつも大盛りのさらに大盛りを食べ尽くせばタダだととんでもない食べ方も並存しているの日本です。
 
 様々な個性があっていいのはもちろんですが、健康に十分に気をつけて食事をとるといえば、日本には非常に健康的なものの食べ方があると思っているのです。
 それは、「一億総グルメ」とは対照的な言葉としてあります。

 「一汁一菜」という言葉です。

 基本はお米です。それに味噌汁に、おかず一つです。
 質素ではありますが、それを囲んで食事する一家団欒の場があったのを思うと、ほっとするのです。
 
 さて、今日はイブです。

 私、キリスト教徒ではありませんが、チキンと野菜のスープに、丸ごととはいきませんが、半身ほどを、「一汁一菜」として、炊きたてのご飯で食事をしようと思っているんです。

 随分と豪華な「一汁一菜」ではあります。
 なにせ、イブですから。



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「 網」とか「雲」とか

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研究所の垣根に一輪の冬の花
嬉しくなる赤い花
今日は最後の休日になるかと思うと寂しい
冬至を過ぎて次第に陽が伸びるのだと思えば嬉しい
カンガルーの国では
GOKUが大はしゃぎをしているだろう
なんだか今日は素晴らしい!



 100億円を還元すると大々的に宣伝して話題になった、どこか中国的な匂いのする決済システムが、ほころびを見せました。

 いったい、どこの会社がやっているのかしらと、見てみると、私が若かった時分、何やら失敗をしでかし、五百円の小切手を送ってきた失礼な男がやっている会社でした。
 「三つ子の魂」とは言いますが、彼も変わらない、変わったといえば、大金持ちになったくらい、そんな愚にもつかないことを一人ぼやいているのです。

 世間には、私たちが使っているパソコンから入り込むことのできない「ダーク・ウエブ」というのがあるらしいのです。

 そこには、カード情報が売り買いされているというのですから、まさに、「ダーク」ではあります。
 なんでも、そこでは、日本人のカード情報は、そうでない国のそれに比べると十倍はしているというのです。日本人が所有するカードには「与信力」というがあるそうで、さらに、有効期限が長いとその価値はさらに十倍にもアップするというのですから、驚きです。

 素朴で善良な人たちが、大々的に宣伝をしていたその会社を信頼して、自らのデータをさらけ出し、それが読み込まれ、悪用された、それは事件だったのですから、とんでもないことです。

 私も、つい先だって、カードを更新しましたから、きっと、相当な値段で売り買いされるんだろうなと思うと、誇り高くもなるのですが、そんな馬鹿げた冗談は言ってられません。
 私のカードで、買い物をされて、請求はこちらに回ってくるのですから、それも、私の目の玉が飛び出るような金額が請求されるのですからおおごとです。

 このダークウエブ、特殊なソフトがあれば、入ることができるというのです。
 しかし、特殊なソフトって、APPで見つけることができるんだろうかと悠長なことを考えている私などにはまったく縁のないものであるようです。

 もともと、ネットというのはアメリカ軍が、通常の通信手段が破壊工作で使えなくなった際の奥の手で作り出したものです。 

 これが世界中に一般に公開されるや燎原の火のごとく広がっていったのです。

 それを行なったアメリカという国は偉大だなんて思いつつ、とりわけ、九五年に「ウインドウズ95」が発売されて、誰もがネットだと、訳も分からずにまくし立てていた時、あの電話回線を使って、「ピーヒョロロー……ピーヒョロロー……ゴォォォォォォ……」なんて音を聴きながら、私も大いに楽しんでいたのを思い出します。
 
 しかし、私がそうであるように、このネット、すなわち、「網」なるものがなんなのか、一向にわかっていないのです。

 私も今、自分の書いたものをアップルのクラウドに、月四百円という大枚をはたいて、管理してもらっていますが、その「クラウド」って、どんな「雲」なのか、一向にわからないのです。

 最先端のIT専門語が、「雲」などという感性に訴えるイメージでを訴えてくるのですから、絶妙だと感心はしているのですが……。
 
 専門家の書物を読んでみますと、「ネットとは、地球上に張り巡らされた全長120万キロメートルとも言われるケーブル網や情報を収めるデータセンター、パソコン、スマートフォンなどを指す。要はハードの集合体」というようなことになるようです。

 つまり、「雲」とはいうものの、その実態は大型のハードディスクだということです。

 そうはいっても、とどまる所を知らない、まるで宇宙のように膨張する「網」の観念の全体像というものは把握しにくいものです。
 そして、それを破壊し、情報を抜き取るっていうのです。

 ちょっとした航海に出るときでさえ、私は、キャビンで海図を見て、事前調査をして出かけますが、この「網」なる得体の知れない中を動き回るときは、実に無防備に、「網」の中の荒波をかぶりつつ、その波に身を委ねているのではないかと考えるのです。
 実に危険この上ないことです。

 ましてや、今話題の5Gの時代が、やってくるのです。
 あらゆるものが「網」に絡められ、車は空を飛び、座ったままなにごとも動かせることができる未来社会がやってくるのです。
 教育現場にも、ありとあらゆる場に「網」や「雲」からのデータが使われるのです。
 きっと、暗記し、せっせとカードに調査したことをメモするなど、前近代的な学習方法などなくなるはずです。そんなことすべてAIがやってくれるのです。
 人間の優劣を判断する価値観も、どんな学校を出たかという偏見も、すべてが変化し、なくなるはずです。
  
 そんな未来社会の到来に期待をしつつも、何もわかっていない、それでいて、それを使う自分が恐ろしくなるのです。



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横暴なる「秦」と尊敬される「周」と言う国

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小春日和の一日
あの小さな社の光景が思い出されます
暖かい色に囲まれて
冬は冬でも
師走の今
この冬は素晴らしい季節だと思うのです



 日本政府の「IT総合戦略本部」が、この19日に会合を開いて、日米欧でデータが圏外流出なら課徴金を課す方向で調整に入ったというのです。かつて、日米欧にとって、圏外とはソ連でしたが、今は、中国であることは疑いようのない事実なのです。
 
 今、アメリカがこれでもかと対中警戒を強くしているのは、中国の携帯機器に、バックドアが仕込まれていて、そこを通じてアメリカの軍事技術を含むデータが中国に吸い取られているという懸念からなのです。
 いや、そんなことより、中国が制定した「国家情報法」「国防動員法」にそこまでやるかって、警戒をしているといったほうが良いかも知れません。

 十二億とも十三億とも言われる国民が、国家のために情報を盗み取り、何かあれば死にものぐるいで襲い掛かってくる、そんな恐怖がアメリカにあれだけの行動を起こさせているのだと考えれば、アメリカの行動にも納得することができるのです。

 負ければ、世界は中国に牛耳られるというアメリカにとっては生存をかけた戦いであるのです。
 
 こんな話があります。
 ベルリンが陥ちるにあたり、アメリカとソ連は特別部隊を編成し、ドイツのある秘密事項を奪取せんと活動を展開しました。

 アメリカは、その業務に当たっていた人材を確保し、アメリカに連行しました。
 ソ連は、それに先立ち、彼らが脱出した研究所から図面などの書類を押収しました。

 だから、戦後の一時期、この二つの大国が打ち上げるロケットはほぼ同じ形をしていたというのです。

 これなどは、携帯に密かに何かを埋め込み、情報を詐取するものではなく、大ぴらに相手の持つ高度な技術をかっぱらうという大国らしからぬスパイ行為であったと思っているのです。

 日本も近代化をするにあたり、結構、乱暴なことをしてきました。 

 イギリスから買った軍艦を、ロシアとの戦争が終わった後、それを分解して、エンジンの秘密を解明し、以後、日本で作れるようにしたというのです。
 個人レベルでも、例えば、外国の優れた製品を買ってきて、それを分解し、それと同じ技術を手に入れた事例など数え切れないほどあります。
 
 まさに、先端技術は常に相手から盗まれる宿命にあると言えます。
 
 二人のイギリス人がいます。

 一人は、サミュエル・スレイターと言います。
 アメリカでは、アメリカ産業革命の担い手であり、アメリカ製造業の父と呼ばれています。しかし、イギリスでは水力を使った紡績機器をアメリカに売り渡した不届き者というレッテルを貼られているのです。

 当時、イギリスは、その手の分野では最先端をいく世界トップレベルの国でした。
 地下に水力を使ったエネルギー発生装置を設置し、各種ギアーを組み合わせて、それのエネルギーを一階、二階に設置した機械に伝えるのです。

 発明された Carding Machineは、いく種類もの繊維をほぐし、くしけずり、夾雑物などを除き、長さの揃ったものにする機械です。
 Spinning という紡糸機械も、イギリスが独占する最先端の機械です。

 これらを使って、イギリスは巨万の富を築き上げ、産業革命を推進していったのですが、スレイターは、それらの技術をアメリカに伝えてしまったのです。
 イギリスが禁止しているにも関わらずにです。

 今一人のイギリス人は、ウイリアム・センピルというスコットランドの貴族であった人物です。第一次大戦の黎明期の軍用機のパイロットです。当時のイギリスは軍事部門でも世界最高レベルの位置にありました。
 その代表に、戦場に繰り出し、ドイツ軍を驚かせたあの鋼鉄製の「戦車」がありました。
 そして、次に準備されていたのが「空母」です。しかし、世界初の空母はドイツの降伏で日の目を見ることはありませんでした。

 そして、それを実現したのが日本です。
 「鳳翔」という空母がなんと世界初の空母になったのです。

 母国イギリスでは、船から飛行機を飛ばし、圧倒的な空軍力で敵を殲滅するという自分たちの願いは叶えられないが、日本ならできると、センピルは日本からの招聘を受け入れるのです。
 そして、霞ヶ浦で海軍のパイロットを育成するのです。
 育成された彼らが、あの真珠湾を攻撃し、半年ではありますが、圧倒的な強さで、太平洋および中国大陸での制空権を確保するのです。
 しかも、イギリスが誇る戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」は、その航空隊によって、撃沈されるのです。

 日本にとっては、海軍航空隊創設の父として敬意を払わられる軍人ですが、実は、イギリスでは日本のスパイとして監視下に置かれていたのです。

 センピルにスパイとしての意識があったのかどうかは明確ではありませんが、飛行軍人としての自分の思いを日本が共有し、空母を中心にした機動部隊を編成することに情熱を燃やしたことは事実です。

 そんなことを考えると、技術とは、いかに秘匿しようとしても、それは不可能なことだと歴史が証明しているような気がするのです。

要は、人であり、人をいかに処遇するかにあるのではないかとも考えるのです。
 日本の大手製造業が、衰退し、お隣の中国が急成長したというのは、何も中国人の努力研鑽ばかりではないのです。日本の大手企業を解雇された人たちが、生活のために、お隣に渡ってしまったこともかなり大きな因としてあるのです。

 彼らの持つ技術、能力を処遇できなかったがゆえに、企業は自らの首を絞めることになり、日本の製造業の情けない状況が生まれたのではないかと。
 まぁ、今の所は、お隣は、さほどのことにも気がつかないで、相変わらず横柄にしていますからいいのですが、その点に、国家的規模で気付けば、そりゃ一大事となります。

 あの国が、人なるものに敬意を払い、隣人を大切に扱うようになれば、そして、かつて、孔子が標榜した人徳の国家を作り出し始めたら、それこそアメリカの絶対的優位はもろくも喪失するのです。

 アメリカは始皇帝のいた「秦」となり、中国は世界から崇められる「周」となるのですから。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《8 / 18 💦 Sunday 》
 
🦅 昨日、<カクヨム>にて『まぼろしのフランクフルト中央駅』を発信しました。

 縦横無尽に 

 意識の中を駆け巡るのは 
 人の持つ感性なるもの



この世に、二つの世界があり。
それは、現実世界と仮想世界。

かつては、そんなバカなと思える仮想の世界が、詩になり、絵になり、物語になって、現実世界で堪能されていました。
今、 AIがその仮想世界を現実世界に組み込み、私たちはその境目さえも不明の中で、仮想世界で遊ぶことができるのです。

なんともややこしい時代になったものです。

しかし、仮想の世界、昔から、人間の中にある何かのスイッチに刺激を与えてきました。
想像というスイッチ、さらに進んで、創造というスイッチにも、時には、幻想に、あるいは空想のスイッチとなり、私たちを楽しませてくれたりもしているのです。

フランクフルトの革ジャン男も、我が庭の山法師の木も、そして、日本語の二人称も、すべて、私にとって、現実世界と仮想世界を行き来する契機となったものたちなのです。

下のリンク欄、一番上の<カクヨム>をクリックしてください。


【nkgwhiroの活動】

💝 <Twitter>で、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』と題して、つぶやいています。 

                                            💝 <Amazon・Kindle>で書籍の販売を行なっています。 ただいま、『一日千秋ーある日ちあきと』を販売しています。値段は3ドル換算日本円になります。
 

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