個性を潰し忖度して生きるなんぞ、こちとら、真っ平ご免ですぜ!

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ドッグランで、お互いを意識する犬たち、なにを思っているのかしら?人間だって、知らない人にあった時、きっと構えるから、私の犬もそして、よその犬も、気構えているに違いないと思っているのです。


 ある日の新聞に対照的な記事が載っていました。

 一方は、定年を過ぎても働く人たちの姿を追った記事です。
 会社も、定年を過ぎた社員を雇用し、その力を役立てたいと考えているようですから、世の中は随分と変わりました。

 十年ほど前になりますか、まだ、土浦の学校で教師をしている時のことでした。
 夏の教員研修で、以前勤めていた取手の学校の先輩の先生に会いました。
 もう、定年になり、今は雇用延長で、仕事は変わりないけれど、給料が半分になってしまったと幾分嘆きも入り混じって語っていました。
 学校や会社が決めた定年という年限を境に、仕事の量は変わらないで給与だけが内規で下がるというのは、ちょっと困りものです。おそらく、近い将来、仕事の量に応じて、適正な報酬が与えられる時代が来るものと思ってもいるのです。

 この記事で扱われていた方々の業種は、営業職が主たるものでした。

 長年の経験と人脈がものをいう職域です。
 会社としても、その力を有する人が定年を境に職場を去られるのは打撃に違いありません。
 営業職の多くが歩合給という給与体系になっています。基本給は低く抑えられて、働き具合によって、上限は限りなくアップしていくのです。
 しかし、この会社では、定年を超えて働く優秀な社員の基本給を上げるなどして、その戦力を期待しているというのですから、素晴らしいことです。
 当の彼らも、給料は幾分下がるけれど、年金を加算すれば、さほどの差は感じないというのですから、これまた素晴らしいことです。
 彼らがいうように、会社もまた80歳までは働ける算段でいるようですから、まさに、隔世の感ありといったところです。

 さて、もう一方ですが、ある著名な評論家で自らワイン醸造をやり、最近は、ブドウを育て、ワインを作る学校を作ったという方の話です。

 その学校に通って来る方、何でもその評論家と同じように、四十代半ばで志を立てる人が多いというのです。つまり、定年になって、二十年も三十年も生きるのだから、それなら、ワインでも作ろうと志したというのですから、これも偉いなと思ってその記事を読んだのです。

 この評論家の言葉も大いに気に入ったのです。

 <あと二十年近くも組織に縛られて個性を潰し、忖度しかできない習性が身に染みるより、早くから自分ひとりの力で歩く能力を養ったほうがよい、と考える四十五歳の決断に私は拍手する。>という文章です。

 すべての人が個性を潰し、忖度しかできないというわけではないと思いますが、確かに一理ある文章です。
 そして、何より、自らの力で歩むという決断を九十歳まで生きると確信するものたちがちょうど半分の四十歳半ばでその道に踏み出すことの意義は大きなものがあります。
 
 私などは、その年に、それさえも考えられなかったわけですから、彼らは立派です。
 大いに一歩を踏み出していただければと思っているのです。

 なぜ、私がそれさえも考えられず、踏み出せなかったかですか。
 それは、教育という崇高な職務に従事していたからです。
 嘘言うなって、お前さんは小説を書いていたではないかって。

 そうなんです。綺麗事は言ってはなりませんね。確かに私はその点では思慮が足りないばかりではなく、<余計なこと>をしていたと言わざるを得ないのです。
 でも、だからと言って、爪弾きされるわけにはいきません。

 私のようなものでも、ある程度の考えはあるのです。

 それは、ある程度の年齢になったら、働かないと言う考えです。
 働かずに、好き勝手にものを書き、悠長に過ごすと言うあり方です。

 でも、考えてみれば、人間というのは、あり方そのもののになんとか言い訳をつけたがるものです。まるで、生きるための証がなくてはやってられないと言わんばかりのありようです。

 でも、私思うのです。

 人は好き勝手に生きる権利を有し、他人からあれこれ言われる所以は一切合切ないと、人生は百年時代に入ったとか、少子高齢化で女性もシニアも働く機会を与えられると言いますが、それは社会が勝手にそうなっているだけで、もし、それに乗ったら、会社にいる時と同じだということです。

 社会のありようによって、会社にいる時と同じように、丸め込まれて自分の貴重な時間をそこに費やされることになってしまいます。
 そんなことになったら、死ぬに死ねないと思うのです。

 ある程度の年齢になったら、生活も質素になるし、若い時のように大酒を食らうことも、ご馳走をたらふくいただくことにもさほどの未練はなくなるものです。

 私の父は八十になる前に亡くなりました。
 ということは、息子の私も、そのくらい、あるいは時代の影響で五歳くらいは長生きをするかもしれません。
 でも、多くの物故者の記事を見ますと、八十歳というのが一つの目安のようにも思えるのです。  

 だったら、その時まで、好き勝手に、生きるのが一番いいのです。

 個性を潰し忖度して生きるなんぞ、こちとら、真っ平ご免ですぜ!
 というわけなのです。




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