意地を通せば窮屈だと古人も言っています

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大相撲の中継を見ないと書きましたが、そのつもりで今もいます。暴行に、万歳、それにあの親方の振る舞いです。昨日、天皇皇后両陛下もおやめになられたということです。協会は危機感を持たないといけませんね。今日はそんなことを念頭においての一文です。


 新聞紙を持って、縦に切り裂くと綺麗に切れます。しかし、それを横に裂こうとすると、どうもうまくいきません。

 そんなことわかっているのに、片付けなどでものを包むのに新聞紙を使う時、新聞紙を横に引き裂き、やってしまったと口惜しく思うことがあります。
 当たり前のことですが、それは新聞紙を作っている繊維がなせる技です。
 新聞紙を製造する際に、漉き目を縦に通しているからです。
 だから、縦には切り裂きやすいけれど、横には破りにくいと言うことになるのです。

 そんなことから『横紙破り』と言う言葉が生まれてきたようです。

 もっとも、多くの現代人には、あまりなじみのない言葉ではあるようです。
 でも、『横車を押す』といえば、何度かは聞いたことがあるかと思います。
 車は、当たり前のことですが前後に動くものです。それを横に押そうとしても容易ではないことから、あえて無理なことを押し通そうとすることをそう言うのです。

 『横紙破り』と言うのも、同じ意味で、実は使われている言葉なのです。

 辞書を見ますと、<慣例に反して、あるいは、無視して、自分のしたい事を無理にもすること。我を通すこと。そういう性質の人。>とありました。

 実は、私、この『横紙破り』の典型的な具体例を知っているのです。
 これは私の知人のことなのですが、そいつは、私と同じ教師でした。
 大体は、教師というのはのほほんとして、かつまた、広く物事を受け入れることのできる人が多いのですが、彼はそうではない面を持つ異色の教師であったというわけです。

 例えば、悪さをした生徒に対しては、相手が子供であるにも関わらず、大人と同じように責任を求めて行くのです。だから、彼は生徒指導の怖い先生、融通のきかない先生ということで通っていたのです。
 その彼の娘が年頃になり、好きな男を連れてきました。結婚をするという話まではいっていなくて、単に、男友達というくらいであったということでした。
 ところが、それが彼には気に入らなかったのです。
 男友達を家に連れて来るなんてとボソッと彼が言ったことを私は覚えています。

 親に隠れて、他所で逢っているより、家に連れてきて友達付き合いするんだから余程いいだろうと彼に言うと、彼は一瞬目を光らせはしましたが、納得できないという風に憮然としていました。
 その後、彼の娘は結婚してもいいと言う相手を連れてきたのですが、彼はボロクソにその彼を罵倒したといいます。髪の毛のありよう、服装、言葉遣い、ありとあらゆる点で、難癖をつけたといいますから驚きです。

 娘さんには、かわいそうなことに、結局は、その男性とは結婚に至らなかったと言うのです。
 こういうことをする彼のような人間を、『横紙破り』というのです。
 娘さんからすれば、何と言う親父だと、どうしてどこまで横紙破りをするのかと呆れたことだろうと思います。その娘さん、いま、親元を離れ、シドニーで暮らしているといいます。
 私の知人も私と同じくらいの年齢ですから、きっと寂しい思いをしているのではないかと案じているのです。
 
 でも、私、最近、この『横紙破り』の人が多いなと思っているのです。

 社会生活というのは、ひとりの人間の<我>を通せるほど悠長なものではありません。
 歴史的な変遷を振り返れば、例えば王様のように<我>を通して、好き勝手にやっていた時代があり、それは困ったことであると人々が立ち上がり、ルールを決めて、すなわち、慣習を作り、円滑に、圧倒的多数の人が心地よく過ごせる社会を作ろうとしてきて、今があると言えるのです。

 それが今の民主主義を基調にする社会のありようだと思うのです。
 
 ところが、その社会のあり方に、あえて抗する人々がちょくちょく見てとれるのです。
 しかも、その行いが、「信念」という美名のもとになされるのですから困ったことだと思っているのです。

 私も「信念」という言葉を多く使いますが、相手の立場を無視したり、相手の利益を侵害したりすること、ましてや、「信念」を高々と掲げて民事裁判で慰謝料を請求したりすることなどは、それは「信念」の履き違えだと思っていますから、その分、幾分腹立しい思いもしているのです。

 例えば、相撲界の出来事、いろいろな意見が新聞を賑わしていますが、あの親方など『横紙破り』の最たるものであると思っているのです。
 ですから、協会がこの親方を処分したことは当然であると思っている一人であるのです。

 また、公用車で子供を幼稚園に送り迎えしたり、幼子を議会に連れてきたりとすることも『横紙破り』の典型であると思うのです。

 しかし、これらの行為は、もしかしたら、良い見方をすれば、<一石を投じる>という側面も持っているかもしれないと思っているのです。
 よその国では、昼間の仕事が終わってから、議員が集まって、夜、議会を開くというところもあるといいますから、女性議員が子育てをしながら、議員として仕事をすることが普通になれば、子供を議場に連れてくる、あるいは、併設された育児室に預けるということも当たり前になるはずです。

 そうしたことを考えれば、今は『横紙破り』であるかもしれませんが、時代が進めばそれはそうではなくなる可能性があるというわけです。
 
 ま、こういうのもなんですが、あえて、破りにくい方向で新聞紙を破ることなどしないほうがいいと思うのです。

 一石を投じるにも、大きな石で荒波を立てるよりは、順序立てて、話をし、皆に意見を述べて、判断をしてもらい、多くの人がそうだとなれば、それが一番いいわけです。
 そんなふうに考えると『横紙破り』というのは、無理に、強引に、有無も言わせずに、ことを図るということになるのですから、良いわけがありません。

 私の知人のように、娘に逃げられるのがせいぜいです。
 少し、頭を使って、『横紙破り』のないようにしていかなくてはと思っているのです。
 
 漱石先生は、『草枕』の冒頭で、「意地を通せば窮屈だ」と言っているではないですか。




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