おや、春ではないか

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室内にも日差しが暖かく差し込んでくるようになりました。それだけで嬉しくなるのですから、春っていいですね。寒暖を繰り返しながら、確実に春がくるのを待ちわびています。


 春らしい話題を目にする時節になりました。
 なんだか、心がウキウキして来ます。 

 おかげさまで、私には花粉症の症状が出ません。
 憂いといえば、風が強く埃っぽい、だから、ロードバイクでの遠征が辛いというくらいのことです。
 
 教員時代に、三月の学年末になると、よく、蓼科にある学校の寮に出かけました。
 もちろん、生徒なしで、気のあった教員と山歩きを楽しむという表向きの理由で、実際はまだ雪深く山歩きなどできません。
 つまり、コタツに入って、背中を丸め、くだらないことを喋るだけ、の山籠りです。
 でも、春先の蓼科でとても美味しい食べ物があるんです。

  山菜です。

 春は苦味を食すと言います。
 多少季節によって、種類は異なりますが、何と言っても美味しいのは、草ではフキノトウ、木の芽では、タラの新芽の天ぷらです。
 それに、地の酒があれば完璧です。

 これを食べに、私は山の上にある寮からちょっと歩いた先の道端に面したペンションの主人に会いに行くのです。
 この主人は、かつては東京でサラリーマンをやっていた方です。

 登山という激しい山登りではなく、ハイキング・トレッキングといった類の山登りが好きで、その縁で知り合った奧さんと二人で、せっせと貯金し、この山荘を手に入れたのです。

 夫婦で計画的に何かをすること自体に、羨ましさを感じます。 
 それに、何より、この主人がマメな方です。
 山菜を取りに行くにも、それを揚げるのも、一緒に酒を飲み交わすのも、彼一人でこなすのです。
 私たちを同じくらいの年恰好ですが、山菜をとる身のこなしは根っからの山育ちの振る舞いです。
 
 こんな人生もあっていいと、彼の顔を見て、なんだか、毎日あれやこれやの問題を突きつけられて、歳をとって行く自分が憐れでなりませんでした。
 もうすぐ、年度末、今年度もいくつかの問題を取り残して、今、蓼科に来ているが、そんな屈託のない主人の顔をみては、また、元気をもらっていたのです。

 そんな主人が、一緒に酒を飲みながら語ったことがあります。

 傍目で見るほど気楽ではないんですよ、と。
 あなた方は、春先や、夏の清々しい季節、そして、秋の素晴らしい彩の時にしか、この山を見ていませんから、そう思うんです、と。
 冬、誰も客がいない。
 畑があるわけではないし、何もすることがないのですよ。それが、この山の長い、長い冬です。
 しかも、深い雪に覆われます。出かけようにも出かけられない。
 毎日、寸分も変わらない光景を見るんです。
 これに耐えられなければ、こんなところで暮らせません。

 そうなんです。
 私たちが心のどこかで憧れる生活なんていうものは、そのいいところだけを見て、憧れているだけなんです。
 
 私も、よく言われます。
 オーストラリアに、娘さんがいて、羨ましい、だって、好きなときに行くことができるんでしょう、と。

 それはそうですけど、好きなときにと言ったって、娘にも予定がありますから、そうそう好きな時というわけにも行きません。 

 確かに、教員を辞めてから、一年に一度は行っていますが、それも娘の出産に伴う、いわば「支援」のようなものなのです。
 そんなことを言うと、それでも羨ましいと、親孝行な娘さんだと言われるのです。
 人は、自分にないものを持っている人を羨ましく思うと言うことです。
 
 ペンションの主人が、それでも、春、雪も溶けて、研修で生徒たち、山好きの人たちが蓼科にくる時節になると心がワクワクするって言っていました。
 つくばあたりでは桜の花が、そろそろ散り際に差し掛かる頃、蓼科はやっと水ぬるみ、花が咲き始めるのです。遅い春です。待ちに待った春です。
 そんな主人の気持ちがワクワクすると言ったときの安堵の表情がなんともいえず素晴らしかったことを覚えています。

 そして、夏。
 生徒たちも、山好きも、長い日々をここで過ごしてくれます。
 活気というか、命がざわめくというか、何でもかんでも浮き立っているそんな感じがすると言っていました。
 この夏で、冬を過ごすための財力を蓄えると、正直にも、彼は言うのです。
 
 秋になるとね、ご承知のように、このあたりは色が鮮やかなんですよ。
 お客さんたちの料理に、色づいた葉っぱを添えたりして、こちらも楽しむんですが、実は、寂しいんだと主人は言います。

 冬を迎えるのがもちろん一番にあるんだけれど、将来のことを、秋の葉の色づく頃に、俺もいつかはあの葉っぱのように、色づき、落ちて行くんだと。そして、これでよかったのかなと、会社にいて、それなりのものをもらって、そこそこの生活をした方がよかったのかなって、思うと言うのです。

 冬は、体調を崩しても、病院が近くにあるわけではなく、精神一つで、気持ちにハリを持って治すんだと笑いながら言います。
 
 きっと、人というのは、自分にないもの、自分が捨て去ったもの、そんなことに未練を残すんだと思うのです。
 でも、それが当たり前でもあると、私は考えるのです。

 人は強がりの生き物です。
 会社が成功して大儲けした人も、運がないのか、何をしてもダメな人も、皆、強がります。
 立派な成功者であれば、そのことに有頂天にはなっていません。 
 この成功が陰りを見せた時のことを思っているはずです。
 自分は本当にダメだと思った人も、きっと、いつか必ずやってやると心に期しているはずです。

 春の兆しが少しですが、見えてきた今日この頃、そんなことを思い起こしたのです。




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