史書の行間・人生のひだの隙間

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あのときは、雪が降り、揺れが続き、食事もなく、明け方近く家に戻り、揺れの中でもすっと寝入ったことを思い出すのです。


 NHKの大河ドラマを第一作の『花の生涯』から見ています。

 子供心にも、僕は歴史が好きなんだ、世の中を動かした偉人のあり方、後世に伝えられる働きを面白いと感じるんだ、と目を皿のようにして見たのが第二作の『赤穂浪士』からです。
 あの何かが刻々と迫ってくるかのように曲調を盛り上げていく主題曲とともに、幾つもの名場面が今でも頭に思い浮かぶですから、まだ年端もいかない子供に多大の影響を与えたことは間違いのないことです。

 このあと、大河ドラマは『太閤記』『源義経』と続きますが、思えば、これらのドラマの影響も、その後の私の興味の対象と強く結びついていることがわかります。
 それだけ、この大河ドラマの影響力、そして、価値は高いものがあるのだと思っているのです。

 大河ドラマは、学問でも芸術でもありません。
 誰が見ても、エンターテイメントです。
 ですから、楽しくなくてはいけませんし、面白くなくてはならないのです。
 そのために、歴史的事実を、歪めないまでも、敷衍して解釈したりしても、その方が面白ければそれでいいと思っているのです。
 だいたい、三国志だって、史実とは異なるも、その話が面白く、人気を博してきたものです。

 さらに、当代一流の人気俳優を脇役に起用し、将来性の高い新人を抜擢することも、エンターテイメント的話題には欠かすことのできないものです。
 その俳優、その物語とともに、視聴者は同じように時代を過ごして、それを共有していくのです。

 井上靖という作家がいます。
 歴史小説の大家ではありますが、彼が、歴史書に綴られた文言の行間を読めと何かの折に書いていたのを覚えています。
 歴史というのは、勝者によって書かれたもの、そのまま鵜呑みにして、歴史を見るなど愚の骨頂である。そうではなくて、その行間に、歴史の真実を見出せというのです。

 そう言われて、随分と勇気をもらったような気がしたものです。
 なぜなら、その行間にこそ、自由な発想、空想が満ちていたからです。
 ものを書く者は、その行間に、思いを託すことが可能であると知ったからなのです。

 今、熊谷次郎直実のことをちょっと調べています。

 一の谷で平敦盛を討ち取った関東の勇猛な武者として、そして、十七歳の若武者を手にかけたことを契機として法然の浄土教に帰依し、己の心を救おうと出家する求道者としてご存知かと思います。

 直実は、二歳の時、父に死なれます。
 その時の父親の年齢は十七歳だと記されています。
 彼には、兄がいます。とすると、この父は、十四歳、十五歳で父親になったということになります。
 今では到底考えられないことです。

 直実の幼名を弓矢丸といいます。
 武者の子らしく、弓矢が上手くなるようにとつけられたというわけですが、その名の通り、弓矢にかけてはすこぶる上達をして行くのです。
 二歳の時に、父を失った弓矢丸の父親がわりになったのが、領地を接する久下直光です。
 「直」の字がついていることから、血縁関係にあることがわかります。

 で、兄はその時どうなったかということを調べますが、どうもはっきりとわかりません。
 そこには、行間すらないのです。
 行間がないということは本文もないわけですから、そこはものを書く者の独擅場になります。
 空想力をたくましくして、物語を構築していくことができるのです。
 
 埼玉県の熊谷市の地図を見ますと、市中心部から南に下った田畑の多いところがあります。
 そばを流れる荒川が蛇行し、川幅が狭くなったところに一本の橋がかかっています。
 久下橋と言います。

 どうやら、当時は、そのあたりがこのあたりの中心地であったようです。
 いくつかの書物には、この久下に郡衙、つまり、お役所が置かれていたとありますから、間違いなく、中心地であったということになり、久下と熊谷の力関係も自ずと見えてきます。

 それが、現在、NHKのニュースでも熊谷地方の天気はとなり、久下地方とは言わないことの不思議につながるのです。
 熊谷直実のその後の活躍によって、熊谷の街が繁栄したのかどうかはわかりません。
 あるいは、もっと何か別の理由があって、中心地が移動したのかもしれません。

 そんなことを調べて行くと時間があっという間にすぎて行きます。

 私の住まうつくばの近くには、土浦という街があります。
 さらに、その向こうには龍ヶ崎という街があります。

 江戸の町から利根川を渡って、常陸に入り、さらに奥州に向かうには、明らかに龍ヶ崎が絶好の位置にあります。ですから、龍ヶ崎は、江戸の時代、随分と繁栄し、今も昔の風情を多く残している街なのです。

 ところが、今、国道6号線は取手で利根川を越えて、龍ヶ崎を経ずして、土浦に伸びて行くのです。

 つまり、明治になって、龍ヶ崎は遅れを取ることになるのです。
 理由は簡単です。
 龍ヶ崎は、常磐線を受け入れなかったからです。
 それが、その後の百年あまりの歴史の中で、県南の都になるか、田舎の小都市になるかの違いになっていったのです。もちろん、だからと言って、土浦がいいとか、龍ヶ崎が悪いというのではありません。

 歴史というのは必ず動きがあって、その影響下に時を過ごして行くのです。
 ですから、私の頭の中にあるいろいろな要素も、大河ドラマで作られた部分が多くあるだろうし、それに影響を受けて、調べ物をしたりして、蓄積された知識がきっと私の何かを作っていると言えるのです。

 まぁ、私は書かれた文書ではないですから、行間はありませんが、人生を経てきたひだはあります。
 残されたわずかの時間を使って、そのひだの隙間から何かを引き出し、ものを書いていきたいと思っているのです。




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