異界からの使者

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寺社などに行くと、私にはこんな平和で穏やかな景色を見ることがあるのです。決まって、和装の人々です。なんででしょうか。


 病院に行って来ました。

 いや、私ではないのです。ちょっとした縁のあるものが、ぼうこう癌で手術をするというのです。
 で、その保証人になったというわけです。
 予定時間を大幅に過ぎて、手術が始まり、無事、終わりました。

 病院で、何もせずに、長時間、限られた空間に置かれるというのは窮屈なものです。病院内の暑いくらいの待合室で、つい、うとうとしてしまいました。
 小一時間経過した頃でしょうか。
 私は、看護師さんに肩を揺すられ、病人が部屋に戻って来たことを告げられたのです。
 私は三階の待合室で、三時間ほども所在ないまま時を過ごしていたようです。

 きっと待つに違いないと覚悟を決めて、その時間を、いま取り掛かっている作品の執筆でもしようと、私は iPad Pro と Apple Pencil を持って行ったのです。
 ところが、とんでもない状況に私はおかれてしまったのです。

 三階の待合室には、まるで屏風を広げたような窓があって、そこに、桜の花が群れをなして咲き誇っていたのです。
 私は、その屏風のような窓の全体を見渡せるところにあるたったひとつのソファーに腰を埋めました。
 すると、より一層、桜の花の群れが私に迫って来たのです。

 あまりの美しさに呆然としていると、一人の好々爺が、いつも間にか、私の横に立っていたのです。

 私は、立ち上がり、席を譲りました。
 「なんとも、美しい桜ですね。まるで、異世界にあるようです。」
 「異世界?」
 私は、その言葉遣いを不思議に思いました。
 そして、ソファーに腰をおろしているその好々爺の目線と同じになるように膝をついて腰を落としたのです。
 どこが異世界なんだ、と私は桜の花の群れを、あらためて眺めこんだのです。

 そして、そっと、ソファーに座っているこの好々爺の横顔を何気にうかがったのです。
 顔のシワが陰影でくっきりとし、うっすら伸びたひげが射し込む外の光で輝いていました。

 この老人の顔、とても綺麗だと、私思ったのです。

 どこか神々しさを帯びているとも思ったのです。
 かすかに、笑みの表情を浮かべています。目尻は下がっています。痩せこけた頰には尖った頬骨が突き出しています。

 どこかで見た表情だと私は思いました。

 「翁」の面。
 あの表情だと私思ったのです。

 歳をとるということは、醜くなるということではないのだ。
 何か神々しさを持つ、このような表情になることをいうのだ、と私思ったのです。
 
 「三月弥生の、季節外れのこの暑さの中でみる桜の花なんぞ、滅多に見られるものではありませんね。」
 そう言うと、この好々爺、そっと立ち上がり、私に一礼して、去って行ったのです。

 私はまた、ソファーに腰を埋め、屏風のような窓に映る桜の花の群れを眺めたのです。

 看護師さんたちがやって来ました。 
 桜の花を見て、歓声をあげています。
 「一気に咲いたのよ。」
 「花見客でごった返すこともなく、格好の花見場所じゃない。」
 などと言っています。
 一人が私のいることに気づき、微笑みました。

 「さっき、こちらにお見えになったおじいさんですが……。」

 何を聞こうとしていたのか、私にもわからず、私は看護師の一人に問いかけたのです。
 入院している部屋なのか、それとも、何の病気で、いや、いかなる事情の人か、問われれば困ってしまうことです。問われた方も個人情報を漏らすわけにはいかないでしょう。
 にも関わらず、私は、言葉を濁しながら、問いかけたのです。

 「おじいさん?」
 「どこから、来たのかしら、受付の方、見逃したのかしら。」
 看護師さんたちは、私の問いかけでお互い見つめあい怪訝な表情を見せています。
 「おじいさんって、どのくらいのお年の方ですか。」
 「八十くらいかな」と、私言います。
 「おかしいわね、ここは、女性病棟で、付き添いの方で、男性はいま、あなただけですよ。」
 
 この人、暑さのせいで少しおかしくなったのかしらという表情で、看護師たちは、私に一礼して去って行ったのでした。
 私は、三階の病棟の廊下を一周りしました。確かに、女性ばかりです。どの病室のドアーも暑さのせいかあけっぴろげになっています。平日のせいでもあり、面会者はあの看護師の言うように私だけのようです。

 だとしたら、あの好々爺は一体どこから現れて、私と会話したのか。
 私は、また、あの屏風のような窓に映る桜の花の群れの前に立ったのです。

 ここは戦前、軍の施設のあったところです。
 今は、その跡地を、自衛隊が使い、大学が農学部を置き、そして、病院がおかれているのです。
 だから、きっと、これらの桜は、戦争中も、何事もなく咲き誇っていたに違いないのです。

 二階や四階よりも、この女性ばかりの入院患者を収容する三階の屏風のような窓から観る桜が一番だと聞かされて、そっとやってきたかしら。
 
 いや、あの人は、好々爺などではないのではないかと、私、突然に、そう思ったのです。
 
 人は、歳をとれば、とっただけ、神に近づきなされと教えにきてくれた方ではないかと、そう思ったのです。
 私、iPadのカメラで、自分の顔を写して見て見ました。それなりに歳をとり、それなりに老けて、それなりにツヤがあります。

 その映像を見ていると、あまりに人間的だと、あまりに俗物的だと、気づかされたのです。

 あの好々爺を、桜の精とは言いません。ここが軍の施設があったから軍人の亡霊であるとも言いません。
 しかし、あの「翁の面」に似た老人は、きっと、そのことを伝えに来てくれた「異界からの使者」であると思ったのです。
 
 桜の満開の花の中には、「異界の者」がいるというではないですか。






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Re: No title

nobotyan さん

おはようございます。

いや、nobotyan さんのお話も素晴らしいです。いいお話です。感動しました。

これからもよろしくお願いします。


Re: No title

sara2sara22 さん
おはようございます。コメントありがとう。そして、いつも読んでくれて。私もほぼ読ませてもらっています。
絵の方は、書きためていた絵をこれから出していこうと思っています。
これからもよろしく。

No title

素敵な話でした。僕の心の奥に届きましたよ。

僕も、桜に関する話を。

父が、もうすっかりボケてしまって、病院のベットで無茶をして夜中なのに度々呼び出されたころ。

春の季節を最後に感じてもらおうと、向かいの家の桜の枝を譲り受け、病院へ持って行って飾ってあげました。

父は、もう感動する感慨も無く、家に帰りたいというばかり。

そのとき、お隣の方が大層感動してくれて、元教師の方のようでしたが喜んでくれました。

僕はその内退院するのだろうと思っているほど元気そうでしたが、父より早く直ぐに亡くなったのです。

その頃からでしょうか、僕は、西行の「願わくば 花の下にて 春死なん …」という和歌を手帳にしたためて持ち歩いていました。まだまだ現役の頃ですけど。

皮肉なんでしょうかね、妻が桜を見てこの世を去って行きました。

しかも、辞世の句なんて詠んで、桜の句を残すなんてね。墓誌に、戒名と同時に刻んであげました。

No title

こんにちは。

とても不思議なお話ですね。

この方は、異界からの使者なのでしょうか?

ところで、今日の絵も素敵な、雰囲気のある絵ですね。
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nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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ありがとうございます。

《6/17 🔔 Sunday》

🦅ただいま、<Puboo!>にて、『異界からの使者 』を発信しています。<ふと、世界を異にする領域に入ってしまう感覚があります。肉体は、この世にあるのですが、心はあらぬ場所にあるのです。そんな経験が人間にあるとするなら、それこそ、科学では解明できない、人間の未知なる力ということになります。そのような経験はすぐに記憶から遠のくものですが、思い切って、それらを文章に認めました。> 皆様のアクセス、ダウンロード、ありがとうございます。おかげさまで、随分と増えてきました。心より感謝いたします。


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