酒飲みの血筋

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ビーチで遊ぶ子供たち。一人は手を挙げて、誰かに合図をしています。そんな何気ない子供の動きというものは絵になるものです。


 すっかり、お酒を飲まなくなりました。

 勤めている時は、毎晩、何かしら飲んでいたのですが、そして、昨年まで、週に一回は何らかの酒を口にしていたのですが、今年は、正月も含めて、一度も酒を口にしていないのです。

 きっと、私の本性は酒好きではないのかもしれません。
 
 子供の頃、母の実家に行きますと、私の父も含め、叔父たちが宴会をして、大酒を飲み、それこそ飲めや歌えやの大騒ぎで、血統的には酒飲みの遺伝子が確実に入っているはずなんです。

 さらに、鳶であった私の祖父は、一斗樽二つを常に土間に置いて、朝、出かける時、柄杓に樽の中の酒をすくい、そのあふれんばかりの柄杓の酒を喉仏を上下に動かして、ごくごく飲んでいたと言います。
 当然のように、酒癖も悪く、外ではよく喧嘩をして、アザを作って帰って来たと言います。
 挙句に、酒に酔っていたのか、喧嘩して殴り倒されたのか、わかりませんが、冬の寒い朝、近所の大きなドブにはまって亡くなっていたというのです。

 これは戦争前の話ですから、もちろん、私が会ったこともない祖父の、一家に語り継げられて来た伝説となっている話です。

 私は、いわゆる、肴がないと酒を飲めないタイプでありました。
 酒だけで座をとりもつことは到底できません。
 これは、おそらくは、父の影響だと思います。

 父は、ゆうに2時間は晩酌に時間をかけます。
 そして、当時のことですから、丸いちゃぶ台の上に、肴なるものが五つはないと機嫌が悪いのです。それが小皿でもいいのです。ともかく、丸いちゃぶ台の上が皿で埋まってないとダメなのです。
 ですから、母は、大変だったと思うのです。
 ずっと後で、父が亡くなり、母も体の調子を崩したときに、そんな話をすると、本当に大変だったと言っていました。でも、それが楽しかったとも言っていたのです。
 きっと、汗まみれになって働いて帰って来て、夜の膳を囲む一家団欒のあのありようを懐かしんでいたのではないかと思っているのです。

 社会に出ますと、飲み会なども増えて来ます。
 取手の学校では、募集担当を長くやらされていました。
 募集担当というと、私立の根幹を成す部署です。一般企業で言うところの営業にも当たっていましたので、季節になりますと、中学校の先生と情報交換会という名の飲み会をやります。

 いわゆる「接待」というものです。
 「接待」ですから、こちらがへべれけになっては話になりません。
 しかし、日本の酒の席では、<差しつ差されつ>ですから、こちらも相当に飲みます。
 相手が酔っても、こちらは酔わないのが「接待」の鉄則です。
 
 きっと、上司は、私が酒を飲んでも酔い潰れないことを知り、募集担当にしたのに違いありません。
 学校の命運をかけて、この生徒募集という私学にとって重要な職務に相当する人材であると見込まれてではないのは、少し、残念であるのではありますが。
 
 最近は、そのようなこともなかなかしにくくなっているようです。
 私が募集担当をしている時は、結構盛んに開催していました。
 中学の先生が、こんな生徒がいるんだ。この生徒は公立より私学の方がいい、私学でもあなたのいる学校がいい、だから、なんとか合格させろと言ってくるのです。
 もちろん、酒の席での話です。

 でも、そんな話が現実になるときがあるのです。
 入って来た生徒を指導する際に、中学のあの先生はお前のことを本当に心配していたぞと言えば、生徒は頑張らなくてはと思うのです。
 それに、この先生、中学の時の先生と仲がいいんだとなれば、生徒も、大いに頑張るというものです。

 その彼が三年後、しかるべき大学に進学すれば、胸を張って、中学に報告に行くことができます。それが、次の生徒募集につながるのです。

 「接待」というと、なんか黒いとまでは言わなくても、グレーかかったイメージがありますが、酒の席の上でも、一人の生徒の教育を学校こそ違えど、送った一人の教師と受け取った一人の教師の共通の教育指導ができて、よかったという側面もあるのです。

 酒の席での失敗がよく話題になります。
 普段おとなしい方が、君子豹変、酒の席で大威張りする様子を何度も見て来ました。酒を飲むのではなく、飲まれてしまったのです。
 本人は、酒を飲んで、気持ちよく暴れまくり、翌朝はすっかり忘れているというわけです。
 でも、その煽りを食ったものは、頭の片隅に、こいつ厄介で面倒くさい奴だなというイメージがこびりついて離れないものです。いや、むしろ、この人は、酒を道具に使い、あらん限りを尽くしたのではないかと勘ぐることもあるのです。

 世の中に、あるいは同僚に、そのように思われているとすれば、それは人生における損失です。

 春になって、酒ビンをおいてある、いや、飾ってある棚を整理しました。
 酒ビンの後ろに、カクテルを作るシェーカー、メジャーカップ、バースプーンがありました。カクテル用のメージャーカップなどもあります。
 そうかと思えば、どこからか持って来たのか、桐の木でできた桝もいくつか出て来ました。
 多種多様の酒瓶には、酒が少しづつ残っています。
 ラム酒に、ウオッカ、ジンに、キュラソーと種々雑多です。ウイスキーなどもスコッチに、バーボンとこれまたあります。
 
 それらを台所に持って言って、瓶のくちを開けて、ドクドクと流したらと清々すると思ったのですが、そこは、きっと、本性の中に酒飲みの血筋が生きているのでしょう、瓶を丁寧に拭いて、それをまた飾り立てたのです。

 やはり、私は、酒飲みなんだと思い、いつか、孫でも飲むだろうと途方もない理屈をつけたのでした。




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非公開コメント

おはようございます

読んでくださりありがとうございます。

きっと、私も、あなたと同じだと思います。
随分と酔っ払いの世話をしました。

だから、酔ってくだを巻く人間を見ると時に腹立たしくなることがあるのです。

また、お時間のあるときにでも、読みに来てください。

ブログランキングから来ました。

お酒は少したしなむ程度がいいですね。
私は酒に強くて、酔っ払いの面倒をどれだけみたことか。
だから、私は酔えません。酔っ払いを見ると途端に冷めます。

Re: 楽しいお話でした。

こんにちは ゆるゆるさん

コメント とても嬉しく拝見させていただきました。
ありがとうございます。
健康までお気遣いいただき感謝です。
ゆるゆるさんも大変ですが、頑張ってください。
では、失礼します。

楽しいお話でした。

おはようございます。
ゆるゆるです。

あー(^^) 
今日は楽しいお話でした。
思わずニヤッと笑ってしまいました。
ありがとうございました。
でも、お身体お大事にしてくださいね。
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