純粋にして豪胆、夢を実現する意欲に溢れてこそ

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ひょっとことは、男を罵っていうときに使う言葉でもあります。罵らなくてはならない<男>があまりに多くなりすぎて、世の中、あちらこちらにひょっとこを見かけるようになりました。せいぜい、このひょっとこ野郎と言われないよう、自制をしていきたいと私思っているのです。


 MLBの中継を見ていると、アメリカ政府の方針とは異なる様々な現象が見えてきて楽しくなります。

 例えば、あるチームなど、主軸3番から5番までのホームランバッターすべてがアメリカ人ではないのです。
 ドミニカ共和国からの選手たちです。
 その選手の一人が大記録を打ち立てれば、皆が敬意を示し、惜しみなく拍手をするのです。

 アメリカ政府のアメリカがアメリカなのか。
 それとも、ボールゲームの観客のあの姿勢がアメリカなのか、よく考えていく必要があると思っているのです。

 昨年でしたか、日本人投手に対して、目尻に手を当てて、差別的表現をした選手もいましたが、これにも、制裁を課すくらいに対処するのですから、何と素晴らしい国の素晴らしいスポーツであるかと感じ入るのです。
 そのMLBだって、かつては選手たちのストライキがあったし、それに黒人差別もあったりと、幾多の問題を乗り越えて、いまがあるのです。

 概して、MLBというのは球場にやってきた人々をとことん楽しまそうとしている、そういう配慮が至るところに見られます。
 お客様第一を徹底的に貫いているといえます。

 ボストンに滞在していた時、休日を利用してボストン美術館で浮世絵と新感覚派の絵画を堪能し、その足でフェーンウエイパークに行った時、その日、この球場でゲームはなかったのですが、ふとすれ違った日本に留学経験のある若い女性から、見学ツアーがあるからと誘いを受けました。それなども、何をしていいかわからない外国人に言葉をかけ、思い出を作ってやれる「おもてなし」だと、私は思っているのです。
 彼女の一声がなければ、私はフェーンウエイに入ることもせず、薄っぺらい思い出だけをここに残すだけであったはずです。
 あのグリーンモンスターに座り、あまりに高くてちょっとおっかないなと思ったり、内野席では柱が邪魔して肝心の打者がボールを弾くところが見えないではないかと不審に思い、だから、この席は割引をしていると教えてくれたり、外野席にバーがあり、ここでは酒を飲みながら皆立ってホームランを待っているとか、そんなことを知るのです。

 日本の球場と違うなと感じたのは、選手と観客の距離感でした。
 別の日、生徒がエクスカーションで出かけた折には、グラウンドで練習している当時レッドソックスに所属していた松坂選手と言葉を交わしたというのですから、それが何よりの証拠です。

 先だっては、スタンドに勢い余って飛び込んでいったバットを観客が受け止め、それをいただいたりと愉快なこともありました。
 ともかく、楽しむということにアメリカ人は徹するのです。
 しかし、国歌が奏でられたり、アメリカを讃える歌が球場にこだますると皆が起立し、敬意を表するのですから、見ていても清々しい思いをするのです。

 そんな姿を見ていると、この国は決して浮ついていない、軽々に一悶着を起こすわけにはいかないぞという思いも同時に抱くのです。

 野球をするという動詞には、PLAYという単語が使われます。遊ぶということです。
 しかし、遊びとはいえ、ハイレベルな才能を持った人材がしのぎを削るのですから爽快です。
 いま、日本から夢を実現しMLBでこれまでになく活躍している大谷選手など、アメリカ人たちはぶったまげているといいますから、これまた大爽快です。

 そりゃ、そうでしょう。
 160キロを超える球が打者めがけて連続して投げ込まれてくるのです。そうかと思えば、目前で下に落ちたり、横滑りする球が打者を翻弄するのですから大いに爽快です。
 打者としても、バットを振ったあの素晴らしい姿勢、そして、惚れ惚れする豪快なホームラン。
 
 分業がとことん追求されてきたのがMLBです。
 ビデオ判定や、4球を投げずに一塁に歩かせたり、本当にこれ野球と思わせるようなことにも改革だと言っては採用してきます。
 一方で、日にちが変わろうが決着がつくまで試合を行うなんてことも続けています。

 そうした中で、本来の、投げて、打って、走ってという野球の原点ともいうべきスタイルを持って、アメリカに乗り込むのですから、大したものです。
 
 その「二刀流」なるものを、過去、やったことのある選手は、あのベーブ・ルースだというのですからこれまた恐れ入ります。
 彼は、皆から<Bambino>と呼ばれ、愛されました。

 大谷選手が本拠地を置くチームの地元紙は、オータニはベーブルースの再来、世紀に一人の選手だと書き、<Shambino>という呼ぶよう記事にしました。
 さらに、ベーブルースにかけて、<Baby Ruth>とも呼ぶよう提案したのです。

 この言葉が根付くかどうかはわかりませんが、日本の才能ある青年が正々堂々メジャーのグラウンドに立っている姿を見ると、なんだか嬉しくなるのです。
 このところ、大相撲でも、レスリングでも、サッカーでも、目を背けたくなることがたくさん発覚しましたから、なおのことです。
 
 青年というのは、彼のように、純粋にして、豪胆、夢を実現する意欲に溢れていなくてはなりません。

 いや、青年に限る必要などありません。
 生きていれば、人間はいつも、そうでなくてはならないのです。





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