倫敦鉄柵

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良きにつけ、悪しきにつけ、世の中が動いています。未来の歴史書は、この動きを示す当事者たちをどのように評価するのでしょうか。歴史とは、ひょっとしたら、愚かなことをなすことで、評価を受ける代物かもしれないとふと考えるのです。そんなことを考えると、信長も、ナポレオンも、少しわかるような気がするのです。


 お宅のこの塀、いつも思うんだけど、かっこいいねと、顔見知りの散歩中の男性に言われました。

 私は褒められるのが大好きですから、そうでしょう、この辺りではこんな鉄柵をしている家なんていないでしょうと嬉しそうに返します。これ、ロンドンの街で見かけて、日本に帰ってきて、やっと探し出して、取り付けてもらったんですよと、自慢話を始めるのです。

 顔見知りの男性は「塀」と言いましたが、我が宅のそれは「塀」ではなく、鉄をねじり、先端を尖らせ、それを連ねた「鉄の柵」なのです。
 こうした鉄柵は、レンガの壁に映えてとても美しく、見栄えがいいのです。
 私は、イギリスに滞在しているときに、我が宅にもこうした鉄柵を設けたいとものだと思って、何年か経って、それを実現させたのです。

 旅ではなくても、異なった場所に出かけて行って、そこで、これはいいなぁと思うことは多々あります。

 1978年、四人組が追放され、毛沢東に主席を約束された華国鋒が政権を握っていた時です。
 私は当時通っていた早稲田の「教員学生訪中団」の一員として、まったくの別世界を、半月あまりをかけてめぐってきました。

 この地球上に、資本主義の影響をまったく受けていない、かくも誇り高い人々が暮らしている、着ているものはみな一様に人民服であり、そして、一様に自転車に乗り、洗面器で飯を食っている。
 広州のホテルで捨てた汗ばんだTシャツが、北京のホテルに洗濯されて置かれていたことに衝撃的なおどろきを受け、広州のホテルで日本円8万円を換金し、その700元あまりの、当時の中国人民の年収に相当する金額の大半を部屋のベットの上に置いたまま出かけて、戻ってみると、丁寧にまとめられて机の上に置いてある、そんなことにも感動をしていた、それは旅だったのです。

 あの時代の日本、多くの青年にとっては面白くもない社会から、ここへきてみると、何もかもが鮮烈で、刺激的であった、そんな時代であったのです。
 それゆえ、もっともっと勉強して、この国が培ってきたものを学ぼうと意気盛んになっていく自分を感じ取っていったのです。

 この旅遊は、若き日の私に、確実に前進向上の種を植え込んでくれたものだと思っているのです。

 こんなこともありました。
 柳田國男の『遠野物語』に感激しては、その日の夕方、夜行列車で東北に行ったことも、「二二六」に関心を持っては、その思想背景を形成したという北一輝に近づきたいと佐渡にわたったこともあるのです。
 なんということのない旅遊ですが、ともすると、だからなんなんだという旅遊ですが、それでも、若き日の私は即行動すること、そして、そこから何を得たいという願いを強く持っていたのです。

 何にも制約されない、あるとすれば、金銭的な限界があるだけの中で、私はしょっちゅう外に出ていたのです。
 そして、そこで得た刺激的な思索が己を形成している、そんな実感を得て、あの青々しい時代を過ごしてきたのです。

 私の青々しい時代が紺の色合いを増してきても、そして、その中で、別の世界に接するようになっても、その傾向になんら変化はありませんでした。

 イギリスでも、オーストラリアでも、カナダでも、そして、アメリカでも、私は自由に歩き、興味関心の赴くまま動いてきました。
 それは、アジアの土地でも同じです。
 シェムリアップでも、上海でも、香港でも、バンコクでも、ジャカルタでも、そして、ソウルでも。
 でも、欧米ほど、私を惹きつけるものは、これらの地にはありませんでした。

 だからと言って、私の中に、<西高東低の思想>が決してあるわけではないのです。
 なんでも西洋のものをありがたがる野暮な、私は日本人ではありません。

 そうではなくて、こうありたいと思う気持ちが湧かなかっただけなのです。

 それは同じアジアの人間として、すでに、私の中にあるものであり、理解するに容易なものであったからなのです。
 上海などでは、1978年に感じたあの偉大な国の面影は、私の中でも、上海という町の中でも、そこを行き交う中国人の中にも失せているのです。

 ロンドンで、日本と同じように小さな玄関で、狭い家屋の中で、なぜか共感めいたものを感じ、これらの住居をつくばに移築することは不可能であるけれども、この黒々とした重厚感を圧倒的に持つ鉄の柵を備えることはできるだろうと思ったのです。

 何年かして、自ら作った木製の塀が朽ちてきたのをいいことに、私はいつも世話になっている建設会社に相談をしました。そして、設置したのが、私が勝手に言っている『倫敦鉄柵』なのです。

 顔見知りの散歩中のくだんの男性、結構、高いのと聞いてきます。
 値段はいつも興味の中心におかれます。
 だから、私はいつもこういう時、鯖を読むのです。

 車一台は買えますよと。
 車といっても色々ありますからね。値段をぼかすにはもっとも良い言い方なのです。

 さて、ところで、一体どのくらいの金額がかかったのか、実際のところすっかりと忘れているのですからいい加減なものです。
 我が宅の<倫敦鉄柵>、この日は、雨にしっとりと濡れて、いい感じではあります。




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