吉田先生のキジ撃ちのお話

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思い出がスッと寄り添う時があります。こちらはなんとも意識していないのですが、思い出の方からやってくるんです。このような小さな花を見ていると、特にそうなんです。



 高校の時の先生に、吉田先生という先生がおりました。
 この吉田先生、折々に思い出すことの多い先生なのです。つまり、とても印象深い先生というわけなのです。当時、吉田先生はもう偉い先生で、授業はもちろん、クラス担任をするような先生ではありませんでした。
 では、なぜ、その先生を折々に思い出すかと言いますと、私が通っていた学校では、春の休みに清里にあった学校の施設で、山暮らしをするのです。もちろん、希望制なのですが、私は高校2年の春に応募して、見事当選、三十名定員の「春の林間学校」に参加したことがあったのです。

 そこでの吉田先生のお話があまりに印象深く、それが私にこの先生を折々に思い出させるのです。

 吉田先生はワンダーフォーゲルの世界ではちょっと有名な方らしく、本も出していました。
 それは全面、裏も表も、ただ黄色の表紙の本でした。
 春の林間学校に参加する私たち全員にその本が与えられ、実際の林間学校に参加する前に、吉田先生による事前学習を受けたのでした。

 「君たち、キジを撃つってどういうことかわかるか」って言うんです。
 三十名の高校生たちは、一体全体何の話をしているのか、皆目見当がつきません。
 「焼き鳥って言えば、今は、ニワトリを言うけど、昔はキジだ。キジ鍋なんて、最高の料理だ。先生はよく食べている。しかし、君たちは清里では食べられない。」
 はてさて、この先生、何を言いたのかと、生徒たちはポカンとするだけです。

 「猟師がキジを鉄砲で撃つ時、どうするかと言うと、草むらの中にしゃがみこんで、音を立てないようにじっとして、キジが飛び出すその時を待つんだ。キジという鳥は、普段は草むらに住まっている。だから、草むらに鉄砲玉を打ち込んだってそうそう当たるものではない。飛んだ瞬間に、<ドン!>とやるんだ」
 その<ドン!>という大きな声に、私たちは腰を抜かすくらいに驚くのです。眠気を催してきた生徒たちの中には、その<ドン!>で眠気もどこかに飛んで行ってしまった者もいたくらいです。

 私、清里の林間学校でキジ撃ちでもやるのかと興味をそそられますが、高校生が鉄砲を撃てるわけではないし、はてさて、これは一体何の話かとますます興味がそそられていったのです。
 「山は見くびったらいけない。」そう言い始め、私たちが山暮らしするいろいろな注意事項が伝達されます。
 ありきたりのことばかりです。
 夜は寝ること、友達と話したい気持ちはわかるが、寝ぼけ眼で山の自然に入るなんていけないとか、ご飯はいっぱい食べろ、水は飲め、そんな話です。

 そして、小一時間かかってのその話の後でした。
 「すっかり忘れていた。キジを撃つって話だがな。あれは山に入ったときに、あれをしたくなったときにいう言葉だ。」
 そう言いながら右手をお尻の方に置いたのです。

 去年の生徒でな、我慢していてな、自分のパンツの中にした奴がおった。本人も気持ち悪いが周りにいるものも臭くて叶わんと、顔をしかめて言うのです。
 実際、そんなことがあったのかどうかはわかりませんが、出物腫れ物所嫌わずって言うから、そう言う時は我慢してはいけないと、今度は顔を怒らして言うのです。

 私たちは笑っていいのか、真面目に聞くべきなのか、もはや判断できなくっていました。
 山男たちは、そう言うとき、ちょっとキジを撃ってくるって、そこらの草むらに入って行くんだ。皆も、山男の端くれになるんだから、そのくらいの鷹揚な振る舞いをせよと言うのです。

 そうだ、いいこと教えよう。

 さて、今度はどんな話だと、私を含め皆前のめりになります。
 持ち物欄を見なさいと先生言います。
 そこに学生証とあるな。これは必ず胸ポケットに入れておくこと。
 山に行くのに、学生証が何でいるって顔しているな。
 先生の厳しい目が私たちをさします。吉田先生は生徒指導ではちょっとおっかない先生でもあったのです。体も大きいし、声もドスが聞いています。それになんと言ったって、その顔が一番怖いのです。

 山で出会った熊さんや鹿さんに見せるためではないぞ。
 キジを撃つときに使うんだ、と言うのです。
 そして、学生証と同じようなサイズの紙を取り出して、多分、それは先生の名刺だと思いますが、その長方形の名刺を折って、正方形を作りました。横にはみ出した紙を丁寧に指で切って、それを胸ポケットに戻します。
 正方形になった紙をまた対角線で折り込み、その先端をちぎったのです。

 これで、指が一本入るなと言うのです。
 そして、人差し指の先端に被さった紙をかざしたのです。

 これで、けつを拭く。

 こっちの紙と言いながら、今度は左手に持っていたあの先端の紙を示します。
 これ捨てたらいかんぞ、爪の中に入ったクソカスをこれで掻き取るんだと言いながら、どうだと言わんばかりの顔をするのです。

 そうそうと言いながら、今度は、胸ポケットから長方形の先ほど丁寧に切り取った紙を出します。これは学校に戻ってきたら、事務室の正井さんのところに行って、キジを撃ってきましたので再発行をお願いしますって言うためのものだ。

 ここでやっと、私たちは笑うことができるのです。
 正井さんは、事務室にいるちょっと怖い女事務員さんなのです。きっと、生徒の誰もが一回二回は叱られているはずです。だから、正井さんと言うだけで、私たちは笑みを浮かべるのです。

 どんなに怖くても、キジ撃ちの証拠があれば、正井さんは再発行してくれると吉田先生はここでニコッとするのです。

 私の友人で、遠足はどこにするかとクラス協議をやっているとき、箱根とか、筑波山とか、皆真面目に考えているのに、大岡山と言った男がいました。大岡山は彼が暮らしている大田区の街の名前です。どんな山かと皆が真面目に調べ、その事実が分かって、皆をガックリさせたことのある友人です。その男が、先生、女性もキジを撃つって言うんですかと質問したのです。

 バカモン、女性はそんなことはしない。お前、わかっていないな。
 男子校の男子ばかりの教室で、吉田先生、そんなことを言います。
 でも、山女は女ではないから、男と同じようにする。
 そう言う時は、キジを撃つとは言わない。山女でも女だからな、そう言う時はな。
 一瞬、言葉が止まります。 
 絶妙な間合いです。
 山女たちがそういう時は、お花摘みに行きますって言うんだ。

 随分と年月が経っています、吉田先生とはあの時の山暮らし以来逢ってもいないのですが、妙に印象に残っているのです。
 今日も、私の書斎の窓の向こうから、ケーンケーンとキジの鳴く声がしているんです。




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ゆるゆるさん ありがとう

おはようございます

嬉しいコメント、とても感激しています。
これからも読んで下さい。

No title

こんばんは。
ゆるゆるです。
いつも覗いてくださりありがとうございます。

:nkgwhiro様のお話はほんとに引き込まれていきます。
お話の中の生徒さん達では無いですが、私も身を乗り出して読んでいました。
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