独りよがりの香り

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庭先に花が終わったカモミールを捨てたのです。そしたら、そこから、カモミールが毎年、しかも、その数を増やして、いまではまるでカモミールのお花畑になってしまいました。


 成田空港で、オーストラリアからやってくる友人を出迎えるとき、私は、ある種の匂いに敏感になるのです。

 それは外国人が放つ匂いです。
 いや、決して、体臭がどうのこうのということではないのです。

 例えば、パイロットやCAが出てきたとき、そして、彼らが私のそばを颯爽と通過するとき、ほのかに羊の匂いがしたのです。
 もっと的確に言うと、羊料理の匂いが鼻の奥底で感じ取れたのです。
 胸もとを見ると、彼らはニュージーランドの航空会社の方々でした。あの国は人間よりも羊の方が多いから、きっと、その匂いを漂わせるのだと一人勝手に思っているのです。 

 何かの本で読んだことがあります。
 成田に到着した外国人が、日本だなと感じる匂いは「醤油」の香りなんだそうです。
 私たち日本人には当たり前のようにある醤油ですが、考えてみれば、欧米でもアジアでも、日本ほど醤油を使う国はありませんから、なるほどと妙に納得したのです。
 とすると、外国人たちは、私から発する醤油の香りを嗅いでいることになるのだと、自分では気がつかない、ちょっと不思議な感じがしたのです。

 クアラルンプールで、深夜、熱帯特有の熱気がさめやらぬ道端に腰掛け、中国人がやっている屋台の料理に舌鼓を打ったときのことを思い出すと、私には横を走る車の排気ガスの匂いが常に付きまとうのです。
 料理の匂いより、そばを普通に走って通り過ぎる車のガソリンの匂いが記憶に残っているのです。

 シェムリアップのオールドマーケットでは、あの魚や肉が、熱風で炊き上げられた空気で腐っていくかのような匂いに加えて、現地の人々の汗の匂いが、なんとも言えない殺伐としたものとして、私の鼻腔をくすぐったのを思い出すのです。

 それは旅先で、あの土地に暮らす人々に接したときの濃厚な思い出と繋がるのです。 

 ところが、オックスフォードではまったく別の体験を、私はするのです。
 古い教会の、太い幹の樹木のそばにある、一軒の、いかにも由緒ありげな店から漂ってくるのは、ラヴェンダーの香りでした。
 かぐわしく、気分を爽快にさせるそれは香りでした。
 私は、その香りに引き寄せられるように入店し、買う予定のない、しかし、これを我が家でスプレーすればどんなに素晴らしいかと心の中での囁きに負けて、結構高額なスプレー式ラヴェンダーオイルを買うのです。
 今も、このラヴェンダーは私の書斎の一角におかれ、ものが書けずに、むしゃくしゃしている時、私はこれをひと吹きさせるのです。すると、たちまち、あのどろんとした非生産的な書斎が、鼻腔を心地よく刺激するの香りに満たされ、私の脳もそれに比例して、活発化してくるのです。 

 アジアの泥臭い匂いとオックスフォードの洗練された香りは、一見、異なるように思えますが、私にはまったく同じものなのです。
 そこに生活する人が放つ、それは匂いであり香りに過ぎないと思っているのです。

 銀座に行くと、必ず入る店があります。遠回りしてもその店に足を運ぶのです。
 <鳩居堂>という店です。
 オックスフォードのあの古い教会の側にある香りの店と同じように、私は店に吸い込まれて行くのです。
 伽羅、沈香、白檀の香りが入り混じり、しかも、それらの香りが混雑するのではなく、調和して店内に漂っているのです。
 オックスフォードの古い教会のそばのフレグランスの店が西洋の代表であれば、鳩居堂は東洋の代表として、私の脳にインプットされているのです。

 鳩居堂が放つ香りを纏った和服姿の女性と、もし、すれ違ったら、その薫りから導き出される気品と人柄に、私はきっとまいってしまうはずです。
 しかし、残念なことに、これまでそのような方に出会ったことはありません。

 そして、この店に寄ったら、飽きずに、あの匂い袋をいつも買ってしまうのです。

 銀座のデパートをぶらぶらしていたら、うら若き美しい女性が一枚の小さな紙切れを私に手渡してくれました。
 その紙は、香水を染み込ませたあぶらとり紙でした。
 差し出されたものは、それが政治的宣伝ビラであろうが、宗教の勧誘冊子であろうが、ティッシュペーパーであろうが、受け取るのが私の流儀です。
 ですから、この香水を染み込ませたあぶらとり紙も、この時ごく自然に、私の右手の指におさまったのです。
 よろしくお願いしますという軽やかな女性の声を背後に聴きながら。

 すると、ほのかに、爽やかな香りが私の周りにたちこめてきました。
 香りは、押し付けがましくなく、謙虚に、鼻腔をくすぐり始めました。
 私は、右手の指で掴まれた紙片をそっと顔のあたりに近づけます。
 あぁ、なんという清々しい香りであろうか、と私、この匂いにまいってしまったのです。

 シェービングクリームなどを購入する時、あのもってまわった香りが嫌で、無香料の表示が付いているものばかりを購入していた私ですが、この時は、これはいい香りだと悦にいったのです。
 私は、右手の指に挟まれた紙片を手にしたまま、踵を返し、あの香りのついた紙片を渡してくれた女性の元に戻り、ARANIS ALWAYS という名の香水を購入したのです。
 今から七、八年前のことです。

 今でも、帽子や靴にちょこんとARANIS ALWAYS を吹きかけて、出かけています。
 だから、この香りに気づいて、おや、わたしがいると思う人がいるかもしれないと思っているのです。
 しかし、私が、鳩居堂が放つ香りを纏った和服姿の女性とすれ違わないように、そのように言ってくれる人にも私はまだあったことがないのです。

 きっと、私の独りよがりの香りに違いないと思っているのです。




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おはようございます

ご無沙汰しています

いい季節になりました。お元気でお過ごしのことと思います。
外で思い切り息を吸うととても気持ちのいい頃合いです。

これからもよろしくお願いします。

こんにちは

 春から初夏? でも 寒いです、
 
 今の時期 緑の香りが スゴイ!と 娘は 言ってます、

 新緑の葉っぱの 何とも言えない香りです、

 以前は 歩きタバコで 道路は臭かったですね!
 
 健康には 良い事でしょう、

 いつもありがとうございます、 たか
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