MRIの回転音の中にネアンデルタールの視線を感じる

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水を張った田に夕日が差し込みます。水は太陽の光をまばらに分解し、輝きを持たせます。こんな風景をみると、ここはアジアであると実感するのです。欧米では決して見ることのない光景だからです。アジアの中の日本、奢ることなく、へりくだることもなく、正々堂々と生きていこうと思うのです。



 下垂体にできた腫瘍の状況についての検査が一年に一度あります。

 脳の中にある下垂体という部分に、良性ではありますが、腫瘍がはびこり、それが左目に通じる視神経を圧迫し、左目の視力に打撃を与えていたのです。

 その腫瘍を除去するため、三年前、私は筑波大学病院で手術をしました。
 脳に影響を与える恐れがあるため、奥底にある腫瘍は切除されていません。
 ですから、年に一回、その腫瘍の広がり具合、その腫瘍が脳の機能を阻害していないかを、体に造影剤を注入して、脳の中を、MRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像診断装置)を使って検査するのです。

 グアングアンと回転音がいまだに耳の奥に残っている中、私は検査を終えて、筑波大学の構内を歩きながら、家に戻っていました。
 そして、先ほど、待機室で読んだ新聞記事のことを思い出していました。

 「7万~4万年前のネアンデルタール人の頭骨化石4個と、13万~3万年前の現生人類の頭骨化石4個について、CT(Computed Tomography:コンピュータ断層診断装置)を使って、大脳や小脳の形を立体的に解析」

 なんだか、自分の脳も、何万年前の人類の脳も同じように扱われているなと思いながら。

 「脳の後方下部に位置する小脳は、主に運動能力を担うが、現代人を対象とした近年の研究で、大きいほど記憶や言語の能力に優れ、複雑な思考が可能になることが分かってきている」

 その記事の中に、そんな一文がありました。

 こうして歩いているのも、<小脳>があるおかげ。
 先ほど読んだ記事を覚えていられるのも、文章を書くことができるのも、ちょっと厄介な問題を解決するために考えることができたのも、<小脳>のおかげ。 

 そんなことを思っていたのですが、記事の主眼はそこにあるわけではなかったのです。

 ネアンデルタール人という、私たちホモ・サピエンスとは異なる人類との大きな差がこの小脳の大きさにあったというのがその主眼なのです。

 「大脳に対する小脳の容積比は、現生人類の平均13・5%に対し、ネアンデルタール人は同12・7%と小さかった。」

 だから、この差が、ホモ・サピエンスを生き残らせ、ネアンデルタール人を絶滅においやったというのですから、小脳の大きさは重大な問題だったのです。
 
 先ほどの記事からもわかるように、このネアンデルタール人、かなり長い間、ホモ・サピエンスと、この地球上に共存し、混血をし、欧州からアジア、アメリカと、その混血した子孫が散らばっていったと言います。
 ですから、日本人も含めて、私たちの現生人類の遺伝子の中には、ある程度のネアンデルタール人の遺伝子が残されているというのです。

 だから、時として、スポーツ界で常人の力を超える優れた能力を持つ人などが出てくるのも、きっとネアンデルタールの遺伝子が色濃く出ているに違いないと思ったりもするのです。

 なにせ、ネアンデルタール人の運動能力はとてつもなく優れていたと言います。体も大きく、それゆえ、エネルギー消費も、供給量も大きかったと言います。
 だから、寒い気候が地球を覆ったとき、彼らは彼らを満たす食べ物を手に入れることができなくて、息絶えていったのです。
 小脳は、運動能力を高める反面、その大きさは困難に直面したときいかにすべきであるかを考察する能力には不足があったようです。
 現生人類はといえば、仲間内で協力し、少ない食べ物を分け合い、少ない栄養でなんとか生き延び、いまに至っているというのです。

 MRIの検査を受けて、その結果はあと一週間ほどして、再度医師を尋ねて知ることになるのですが、私は、筑波大学の構内の深い林の、およそ、人の入った形跡のない樹木の中にネアンデルタール人の姿を見ることができるのはないかと目を凝らしたのです。

 豊かな食料に満ちた現代、飢えなど、この七十余年、この国の住民は体験などしていないのです。
 でも、物質的な飢えはないのかもしれないけれど、精神的な飢えはどうやら抱えている、そう思ったのです。

 熊の毛皮をまとい、堅い木の棍棒を手にしたネアンデルタールの男が林の向こうからこちらを見ています。
 子供をさらって殺したり、車で割り込んで意地悪をしたり、お前たちは悪いやつらだ、そう言っているような気がしたのです。

 俺たちは、仲間で殺し合いはしていないし、悪さもしていない。
 そんな目つきであったのです。

 人類学者は言います。
 しかし、現生人類とネアンデルタール人が争いを起こして殺しあった形跡は見当たらない、争い殺しあったのは、ホモ・サピエンス同士だと。
 その証拠に、ホモ・サピエンスの頭蓋骨に斧で割られたものがいくつも出てきていると。

 小脳を大きくしたホモ・サピエンスが滅びるのは、きっと、このことであろうと思うのです。

 我らがホモ・サピエンスの未来を担うのは政治家という人々です。
 そして、今、ホモ・サピエンスの未来が試されようとする試練が、あっちでも、こっちでも起こりつつあるのです。

 ブワンブワンという回転音と、林の向こうからこちらをうかがうネアンデルタール人の視線を感じながら、私は腹をすかせて、構内の道を急いだのです。




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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
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<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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