今朝も私はカリカリに焼いたパンにバターを塗っている

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カラスが一羽、群れから離れて電線にいます。側にある枯れ木もまた悲壮感、孤立感を深めています。人間は、時に、こうした尋常ならざる事態にも憧れを持つものです。


 お味噌汁に、炊きたてのご飯、そこに醤油をぶっかけた生卵をかけて、すするように食べる、あの日本の朝ごはんを食べなくなってどのくらいの月日が経っただろうかと今朝、ふと、思ったのです。

 まだ、十代の頃、京都の友人と平泉で待ち合わせして、ひとときの旅行を楽しんだことがあります。
 彼女は友人と二人で、東京に出てきて、上野から東北へ。わたしは、ちょっとした用事があり、別行動で、数日後に上野を経ったのです。

 平泉の旅館で、一人で、朝ごはんをいただいていた時でした。
 先について別の宿をとっていた彼女と友人が、わたしを尋ねてきたのです。
 わたしは、二人に見つめられながら、朝ごはんをいただく羽目になってしまったのです。

 炊きたてのご飯、お櫃に入って出てきました。
 味噌汁には布海苔、それに納豆と生卵に、味つけ海苔がついてきました。
 二人は、わたしが納豆をかき回し、そこに生卵を入れるのを興味深そうに見ていました。京都では、そのような朝ごはんは滅多に見ることがないのです。
 第一、いまのように、納豆は全国区の食べ物ではなかったのです。

 二人の女性に見つめられて、何だか、照れ臭くて食べた気のしなかった朝ごはんでした。

 それが、わたしにとって最後の、日本的な、いや、子供の頃から慣れ親しんだ朝ごはんを食べた最後ではないかと今朝思い起こしたのです。

 つまり、その頃、すでに、わたしの家では、朝はパンと決まっていたからです。
 
 トーストを焼いて、卵焼き、時に、ウインナー。そして、キャベツのサラダ。これが定番でした。
 食卓の上には少しくたびれた、しかし、丸みを帯びたトースターが細長い口を二つ開けて、パンが焼ける匂いを部屋中に撒き散らしています。
 このトースター、パンが焼きあがるとポンとこんがりと焼けたトーストを弾き飛ばすのです。
 そこにマーガリンを塗って、カリカリと音を立てて食べるのです。

 あの頃、わたしには一つの憧れがありました。

 こんなにふわふわした食パンではなく、アメリカ映画に出て来る、薄く堅い食パンはないものかと。それを黒くなるまで焼き、さらに、堅くなるまで焼き入れ、そこに、ナイフでバターを塗るのです。
 カリカリ、ゴシゴシと丁寧にバターを塗って行くのです。

 マーガリンは柔らかくて塗りやすいけれど、バターは固まっていて、その塊から薄くバターを剥ぎ取り、それを黒く堅いパンの隅々まで丁寧に塗りつぶすのです。
 そして、一口、パンの端を口に入れて、ジョリと噛むのです。
 それが、あの頃のわたしの憧れでした。

 しかし、小さめの薄い食パンには出会いそうもありませんでした。
 もちろん、値段の高いバターにもです。
 マーガリンの方が柔らかくて塗りやすいでしょうと母はバターを食べたいというわたしにいつも言っていました。

 今でも、変なおやつより、わたしは小腹が減ったりしたら、トーストを焼いてバターを塗って食べています。
 
 ゴールドコーストでちょい住みをしていると、かの地のマーケットには、あの薄い小さな食パンが山のようにになって売っているのです。
 しかも、かなりの量のパンが入っていて、値段もバカ安です。
 おまけに、日本では高級なバターも、ここでは信じられないくらいの塊で随分と安く売られています。
 ですから、わたしは朝、そして、小腹が減った時に、このパンをトーストにして、この薄くて、カリカリに焼いた食パンに、これでもかとバターを塗り込んで食べるのです。

 トーストを食べるときは、丁寧に、バターの塊から薄くバターを剥ぎ取り、焼きあがったトーストに満遍なく、音をたてて塗りつぶし、皿に乗せるのです。
 手で持ったままではいけません。
 パンかすがこぼれますから、皿でそれを受け止めるのです。

 アメリカ映画ではそうしていましたから。

 食パンであれ、ご飯に味噌汁であれ、共通しているのは、手間暇かけて、昔は食事をしていたということです。
 食べるまでにちょっとした手をかける、そんなことが平気で行われていたのです
 たっぷりと朝ごばんを食べて、たっぷりと時間をかけて胃に食べ物を送り込むのです。
 牛乳も欠かせない朝の献立に入っていました。

 あれっ、何でそんなことに思いをいたしのかなと、ちょっと、私、振り返って見ました。

 そうです。
 京都は、都道府県の中でもっともパン食を好むというニュースを聞いたからです。
 私の暮らすつくばもまたパン屋さんの激戦区と言われています。

 千年の都京都でも、ついこの間できたばかりのホカホカの街つくばでも、<パン>が大手を振って、生活に密着しているというのです。
 ご飯を炊いて、味噌汁と作ってという手間、パンを焼いてバターをセコセコと塗る手間とを考えたら、どっちが楽だとかは言えませんが、でも、明らかに、典型的な昔からの日本の朝食の大方は消えてなくなる方向にありそうです。

 そんな思いにひたりながら、今朝も私はカリカリに焼いたパンにバターを塗っているのです。




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