別世界への入り口にて

483qjebh648foe
釣りをするって、自然に対することなんですね。釣れても、釣れなくても、川や海で、自然に触れて、何かを掴み取るんです。だから、素晴らしいんです。



 1978年、梅雨の長雨がそぼ降るあの日、早稲田の教育学部の校舎の中でした。

 早稲田大学教員学生訪中団に参加する先生方や学生たちが集って研修を受けていました。
 1972年に、日本の首相が北京を訪問し、歴史的な「日中共同声明」が出されました。そして、1978年、日本国外相が北京に行って<日中平和友好条約>を締結するのです。
 その祝うべき日は、8月12日でした。

 私たちはその翌日に、香港から羅湖を経て、広州に入国するという最も早い友好使節団の一員として、渡航に関しての説明を受けていたのです。

 台湾に行かれた方はおりますか。……誰も手を挙げません。
 入国に際して、台湾関係の書物や雑誌などは持ち込まないでください。
 それから、「平凡パンチ」なんていう女性の裸が載っている雑誌もいけません。
 などと、旅行団を世話する友好協会の人が声をあげています。

 みなさんを現地で世話する方は、女性の<蒋麗華>さんと男性の<毛金安>さんです。
 その<姓>の絶妙な組み合わせに、一同、「おぉ」と声を発します。
 お二人とも中国政府公認の日本語通訳で、素晴らしい日本語を話します。

 その説明を聞いていた隣の学生、おそらくは中国共産党員だなとボソッと言います。
 
 そんな説明を受けていたのです。
 日本人の海外渡航が自由化されて随分と経っています。アメリカに行くにも、ヨーロッパに行くのにもこちらが困惑するような制限はありません。
 しかし、そんな時代に、私たちは、極めて制限をかけられた旅行に出かけるというのです。
 それは、まるで別世界に行くがごときの心構えを求められたと行っても過言ではないのです。

 確かに、この時代の中国は別世界でした。

 十億の民が、一人の漏れなく同じ姿格好でいるのですから。
 会う人誰も彼もがこちらが要請してもいないのに、四人組の悪行を罵るのですから。
 汽車の中で食べた弁当の大量の残りカスを、労働者に仕事を与えるためと、車窓から捨てるのですから。
 公園のトイレに入れば、個室の仕切りもなにもないのですから。私たちはこれをニーハオ・トイレと呼んで大騒ぎをしていました。
 そして、誰も彼もが、自転車に乗り、雲霞のごとき移動して行くのですから。

 しかし、いかなる制限を受けようとも、中国に日本人として最も早い時期に行かれることはまたとない機会でした。
 
 台湾関係のものはないな。平凡パンチももちろんない。このキーホルダーはミッキーがデザインされているが、これもやめておこうなどと十分気を使って、渡航したものでした。

 先だって、ベトナムでちょっとしたことが起こりました。

 西安からやって来た観光客、それも十四人全員が上着の下にTシャツを着ていて、そこにこともあろうに、ベトナムが気を揉んでいる「九段線」が示されていたのです。
 入国管理では、上着を脱いでとまでは言いませんから、難なく通過し、迎えのバスに乗ったところで、西安とは比べ物にならない暑さのために、彼らは上着を脱いだのです。

 びっくりしたのは、彼らをこれから案内するベトナム人の旅行業者です。
 よりによって、この人たちはベトナムを愚弄するためにこの国にやって来たのかと嫌悪感を持ったのです。

 旅行業者にすれば、大切なお客さんですが、ベトナムを愚弄する中国人を案内していたではこれからの仕事ができなくなります。やむなく、空港の公安警察に通報をしました。

 当局は、バスに乗り込み、事情を聞き、Tシャツの背中にプリントされた九段線にマジックペンでばつ印をつけ、没収したということです。
 その時の写真を見ると、ほとんどが女性で、大した意図はなかったと言いますが、当局は十四人の旅行者の処分を検討するというのです。

 この西安からの十四人の旅行者たち、取調べに対して、Tシャツは中国で買い揃えたと言っているそうですが、それにしても配慮がなさすぎます。
 
 いや、待てよ。
 少し、考えをいたして見ると、多くの中国人はこの地図が問題であるとは思ってはないかも知れないと思うようになったのです。
 十四人もいれば、そのうちの誰かが、ベトナムに行くのに、これはちょっとよくないのではと思うはずです。
 
 もし、私が独島という文字を消して竹島と書いたTシャツを来て、しかも、東海という文字をばつ印で決して日本海と手書きし、袖に旭日旗をあしらって、ソウルに降り立ったらどうでしょう。
 韓国の人たちは、極めて挑戦的で、非友好的な姿勢であると見て当然です。

 あちらが、嫌がらせをしているからと、こちらもと言うのでは、品性にもとるというものです。

 そうそう、1978年のことです。
 深圳の入国管理官が、お前の持っているその箱は何かと問うてきたのです。
 私はラジカセと呼ばれるひとかかえもあるラジオを持って行ったのです。旅行先の放送局のラジを聞き、それを録音するのが私の楽しみでもありましたから。
 当時は、iPhoneなど影も形もありませんし、SONYのウオークマンもありませんでした。

 入国管理官、さらに、カセットを指差し、その中に入っているのは何かというので、私、スイッチを入れたのです。
 ビートルズの<I’m Down>がかなりの音量で流されました。

 消せ!消せ!もう良いからあっちへ行け!と辟易されました。

 資本主義の国からやってきた若造がとでも思われたようですが、私は中国人民に最初にビートルズを紹介した歴史的人物だと勝手に思い込んでいるのです。




コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 9/23 🎂 Sunday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『nkgwhiro短編作品集「ある夏の五つの物語」』を発信しています。今回は有料作品となります。五つの物語のうち、試し読み作品をひとつ設定してあります。ぜひ、お目を通してくださればと思います。

<15.304字 400字詰原稿用紙38枚                            夏は、物語するにもっとも良い季節です。
開け放たれた扉の向こうから、異人たちも遊びにきてくれます。出かけた先でも、異人たちは向こうからやってきてくれます。
そんな異人たちとの出会いを綴った「nkgwhiro短編作品集」です。>

下の[リンク]欄からアクセスして読むことができます。

❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア