二杯のイングリッシュティ

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眠たそうな子供の表情。子供は、特に、幼子はさまざまな表情を見せます。はしゃぐ姿も可愛いですが、こうして、疲れて、眠なり、静かになった時の表情もまたなんとも言えません。


 ウッドデッキの昼下がり。
 送られてきた『学報』に目を通していますと、紅梅からの木漏れ日が紙面に揺れ動いて、とても美しく感じます。

 とても良い季節になりました。
 梅雨があって、ジメジメとして、そのあとにあの暑い夏が来る、なんて思ってしまうと季節は楽しめません。季節は、好きで暑くなったり、寒くなったりするものではありません。
 すべて自然の摂理でそうなるのですから、人間はそれをただ受け止めて行けば良いのだとそう思っているのです。

 ですから、ウッドデッキで座りごごちの良い椅子に腰を下ろし、足をテーブルに投げ出して、『学報』に目を通し、その紙面にマダラ模様の木漏れ日が落ちているのをみると、いいなぁと思うのです。

 この木漏れ日を作っているのが、我が宅の紅梅の木です。

 昨年、家の塗装のため足場を組んだのを良いことに、枝を落とし、殺虫剤を満遍なく散布しましたので、今年は見事な花をつけ、虫もつかずに葉が大いに茂っています。
 それを知っているので、今年の木漏れ日は殊の外素晴らしいと思っているのです。
 虫が枝に巣くった紅梅と綺麗に整えられた紅梅の、木漏れ日の有り様はさほど違わないとは思いますが、それでも、すっきりとした気持ちで揺れ動く木漏れ日を見ることができるのですから、いくらかは精神的に何かが作用しているとは思っているのです。

 風の気持ちよく吹いて来るときなど、ついうとうととしてしまいます。
 これがまた気持ちがいいのです。

 そよ風というのは、かすかに頬を撫でる風を言います。その頬を撫でる風が突然に止むときがあります。そうすると、ウッドデッキの上は床下に温められてこもっていた空気がジワリと上昇してきて、途端に蒸し暑くなるのです。
 蒸し暑くなるだけではなく、やぶ蚊が一緒にやって来るのです。
 足のあたりを刺されても、ムヒを塗ればなんということもないのですが、一番嫌なのは、耳元で立てられるあの独特の羽音です。

 ヤブ蚊の羽音のうるささ、今まさに、急降下して敵艦に爆弾を落とそうとするあのいやらしい戦闘機を思い起こさせるのです。
 しかも、目には見えません。音だけが頭の周りをめぐるのです。

 そうなると、もう、ウッドデッキで足を伸ばして悠長に『学報』など読んで入られません。
 私は部屋に戻り、キンチョウの蚊取り線香を炊きます。
 当たり前のように、ヤブ蚊の羽音は消えます。
 よほど、ヤブ蚊はあの煙が嫌いなようです。

 除虫草から、それも渦巻き状にして、よくもまぁ、そんなことを考えついたものだと思うのです。きっと、私と同じように、ヤブ蚊の羽音のうるささと蚊が運ぶ悪い病気から人を守るために、義侠心にかられて発明したのではないかと、そんな人はきっとえらい奴に違いないと思って、私はまた、ウッドデッキに腰掛けて、『学報』に目を通すのです。

 陽が時とともに向きを変えます。
 これもまた自然の摂理です。
 地球は自らも軸を持ち回転し、さらに、太陽の周りをえらい時間をかけて回転しているのです。

 ですから、自然、時間の経過とともに、木漏れ日は消え、私が目を落とす『学報』は陽の光に反射し、見えにくくなります。
 その時は、二つの対処法があります。
 ガーデン・アンブレラを開くことがその一つです。濃いグリーンの大きなガーデン・アンブレラです。
 太陽の強い光線も、これは防いでくれますから、重宝します。
 でも、この季節はさほど太陽の光も強くありません。それに、太陽の光が程よい熱を体に与えてくれますから、私は、アンブレラではなく、また、立ち上がり、部屋からサングラスを持ってきます。メガネの上からサングラスをかけて、『学報』を白くてらす光線を遮るのです。

 私は、そんな自分の姿を、ふと思い浮かべて、幸福だなと思うのです。
 たっぷりとある時間を豊かに過ごしていると感じるのです。

 幸福というのは、こういうことを言うのではないかと思ったりするのです。

 一人の時間をいくつかの困った問題に対処しながら、それでも、追求するそんなことです。
 しかも、我が身は外にあり、そこは自然でありながら、人工的に安全が施されているのです。
 
 きっと、通りすがりの人が、ウッドデッキで、足を伸ばして、雑誌に目をやっている私を見たら、あのようにしたいものだと思うに違いないと、独りよがりではありますが思ったりするのです。
 あるいは、身動き一つせず、椅子にもたれかかり、昼寝をしている、そんな姿を見て、平和な一シーンを思ってもらえれば最高だとも思ったりするのです。

 あっ、そうだ。
 コーヒーが飲みたくなった。
 いや、コーヒーより、アッサムの紅茶にミルクを垂らしたものがいい。
 私は、二階に上がり、二杯のイングリッシュティをたて、ウッドデッキに運んできます。
 
 一杯は、もちろん、私のためです。
 そして、一杯は、そこにいるだれかさんのためです。
 そして、歌うように語りかけるのです。

 Would you care to sit with me for a cup of English tea?




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<人との出会い、かつて親から買ってもらった一冊の本、あるいは、書店で目にしたそのページの言葉が、心に残るってことがあります。
たいしたことではないのですが、その出会いや言葉が、生涯を左右する生き方に反映されていることに気がつくのです。
そして、自らの、他者に影響されない、あるいは、政治的に作用されない、自分だけの風を見出すことにつながっていくことにも気づくのです。
我は我、我が人生は、我が内に吹く風によって決するのであって、流される風に左右はされないという域に達するのです。>

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