不思議の曲<何日君再来>

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ゴールドコーストで、週末、屋台を出す婿殿の店と買い求めにくるオージーたちを描いたものです。売っているものはオージーたちの発音でいうと<カラエイジ>。日本語にすると<カラアゲ>です。



 香港を旅していた時です。

 いつものように、猥雑とした街並の中を好き勝手に歩いていると、その一軒の店にカセットを売る店がありました。
 どれもこれも、体裁よく作っているが、中身は皆海賊版に違いないと思いつつも、はて、どんな楽曲を香港人が好むのかと興味本位で覗いてみました。

 早速、店の主人が、片言の英語で売り込みにかかって来ます。
 随分と背の低い、頭の禿げ上がった、痩せた男です。
 私はその英語がわからないふりをして、ちょっと微笑みを返して、図々しくカセットをあれこれ物色する真似をします。

 おや、見たような美しい女性のカバー写真があると、それを手にします。
 「鄧・麗・君」と読めます。

 店の主人が「テ・レ・サ・テ・ン」と、英語だか、日本語だかわからないたどたどしい言葉で私に微笑みを返します。

 裏面の「曲目欄」を見て見ますと<何日君再来>が入っています。
 私は騙されたと思って、そのカセットを買ってみることにしました。
 店の男は、私の出した香港ドルを受け取り、釣銭をくれ、にこやかに笑みを浮かべます。

 私が騙されてもいいと買った<何日君再来>という曲、ちょっとした思い出があるのです。

 この曲、私が早稲田で中国文学を勉強している時、中国で放送禁止歌曲になったのです。
 そしてそれを歌っていたのが、<鄧麗君>であったのです。
 鄧麗君の<何日君再来>は、しかし、中国において爆発的なヒットを飛ばしていました。
 それが急に放送禁止になるなんて、なんらかの政治的意図がこの鄧麗君の<何日君再来>にあるのかしらと随分と関心が高まったことがあったのです。

 神保町の内山書店に行って、そのことを書いている書籍雑誌はないかと調べてみると、台湾や香港のそれが大いに中国の政策を批判していました。

 中国共産党当局は、鄧麗君の<何日君再来>を「猥褻歌曲、半封建、半植民地的奇形産物」と断じているが果たしてそうであろうかと、鄧麗君のどこが猥褻なのか、<何日君再来>のどこが半封建、半植民地なのかと躍起になって、台湾香港の押しも押されぬスターへの惜しみない応援をしていました。

 おそらく、まだ、国際社会に入ることもできず、十億の民が台湾香港の発展した姿をこの歌曲を通して知ることを中国政府が恐れていたに違いないことは容易に察しがつきます。

 そもそも、<何日君再来>は1930年代に作られた中国映画の挿入歌です。

 日本人は一切関係していないのですが、日中戦争の折も折であり、日本が中国の一部を占領支配していた時です。ですから、毛沢東らは、この曲は、日本が中国人の日本支配への徹底抗戦意識を弱めるために流行させている亡国を意図する曲であると喧伝していた経緯があったのです。 
 一方、その駐支日本軍も、おかしなことに、これこそ反日の楽曲であると排斥をしていたのです。
 つまり、<何日君再来>の「君」とは、蒋介石をさしているに違いないと勘ぐったのです。
 日本軍の攻撃に晒され、重慶に退却した蒋介石よいま一度戻って来てくれと歌っているというのです。
 
 中国語を解する駐支日本軍は、「日君」と「日軍」は同じ発音。さらに、「何」は、日本語では滅多に用いられない「閡」と同じ発音、だから、この曲は「日本軍が再びやってくるのを阻む」という意味だと解釈したのです。
 「いつの日か、また、戻って来てね」と言う切ない女心を歌っただけの楽曲が、それぞれの思惑でとんでもない意味を付与されてしまったのです。

 戦後の台湾でも一悶着ありました。

 私たち日本人にはあまり知られていないことですが、毛沢東に敗北して、大陸から逃げるように渡って来た国民党と、もともと台湾に生まれ育った人々、これを本省人と言いますが、その本省人が、かつての平和で、安定し、経済発展をしていた日本統治時代を懐かしみ、国民党政権と対立した時期がありました。
 国民党政府は、随分と弾圧をし、多くの血が流されたと言います。
 その時、<何日君再来>も台湾人の間で歌われました。
 この時は、「日本軍はいつ戻ってくるの」と言う意味を込めて歌われたと言いますから、<何日君再来>という楽曲は、中華圏では、なんとも不思議な運命を持った曲だと言えます。

 こんな話があります。
 明洪武帝の時代のことです。春節間近い頃、皇帝は姿を偽って市井の様子を見に街に出ました。ところが、売られているおめでたい絵柄の「年画」を見て、激怒します。

 そこにはスイカを収穫する大きな足の女性が描かれていたのです。
 「懐西(西瓜を抱える)の婦人の足が大きい」と言うのはけしからんと言うのです。

 「懐西」は、安徽省の古名「淮西」と発音が同じです。皇后はこの淮西の民間出で纏足をしていなかったのです。
 纏足というのは、幼い頃から少女の足をきつく縛り、足の成長を妨げ、歩けなくすることです。昔の中国人はそのような女性に品位を見出していたのです。
 それゆえ、<皇后は淮西出身で纏足もしない品位にかける女」だと侮辱していると思ったと言うのです。

 この絵に関与していないものは、明日元旦「福」の字を掲げよと命じたと言います。
 ところが、一人、字のよくわからないものがいて、「福」の字を逆さまにしたまま掲げたのです。めでたい「福」の字を逆さまにするとはけしからんと皇帝はおかんむりです。
 その者を厳罰に処すると言うのです。

 そこで、あの淮西出身で纏足もしない品位にかける女と評された皇后が、「倒」は「到」に通じます。
 その者は<福至る>を表現したもので、おめでたいではないですかといい、以来、中国では「福」の字は逆さまにして飾る風習ができたと言うのです。

 こんな話をいくつもいくつも聞かされると、漢字を使う国は実に面倒だ、そう思いませんか。
 お付き合いも大変です。

 私たちの国、日本もその漢字を使う国の一つです。
 そう言えば、言葉をめぐって、面倒で、厄介なことが、内にもたくさんありますねぇ。




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