試練に耐えるかのように

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雨に濡れ、重なる落ち葉も、ちょっと違った視点でみれば、美しくなります。


 大将、〆にカッパを巻いておくれ。

 行きつけの寿司屋のカウンターの、いつも座る一番奥の端っこの席から私は声をかけました。
 〆はワサビをこってりと塗ったカッパ巻きと決めているんです。

 それでも、大将、うっかりと並みのカッパを巻きにしないかと不安になり、大将、ツーンと泣けるくらいのカッパを頼むよ、と冗談めかして言葉を継ぐのです。
 はい、承知してますよ、たっぷりと泣いておかえりくださいませ。
 そんなやりとりをしていると、時に、周りにいる客たちは、この二人何を言っているのかと怪訝そうな顔をします。

 私は朝ご飯に唐辛子をたっぷりと使います。 
 と言ったって、赤いあの唐辛子をサラダにして食べるわけではないのです。卵焼きがあれば、そこに薬研堀の大辛をたっぷりとかけ、スープがあればそこにも、時には、バターを塗ったトーストにもそれをかけるくらいなのです。
 薬研堀には、印ろう型の容器があります。ひょうたんの飾りが付いています。
 海外に出かける時、そっとそれを荷物に忍ばせて、オックスフォードのしがないレストランで、あの油っぽい料理にこっそりとかけるのです。すると、あら不思議、味もそっけもないイギリスを代表するあの揚げ物が薫り漂う美味しい魚のフライになるのです。

 先だって、ネギ畑で作業をしている青年に声をかけました。

 一人で、機械を使ってネギの収穫をしている青年です。
 この機械、畝に沿って、ゆっくりと移動しながら、土から掘り起こしたネギを綺麗にして、それを青年が立って作業しているテーブルまでコンベアで運んでくるのです。青年は、それを規格にあった本数にまとめて袋に詰めて行くのです。
 畑全部のネギを一挙に収穫するのではなく、必要な分、おそらくお得意先から注文が入った分を収穫をしているそんな具合なんです。
 ネギは土に入っていればいつまでも生き生きとしている作物ですから、きっとそうしているんだと思うのです。

 この時は、ふた畝のネギの収穫を終えていました。
 使った収穫機をトラックに載せ、収穫したネギを一箇所に集め、やがて取りに来るであろうトラックを待っている、ちょっと話しかけてもいい頃合いであったのです。

 「白い肌、綺麗ですね、それに、いい匂いがします。」
 洗ってもいないネギの白い肌が本当に綺麗に見えたのです。ですから、そう言いますと、その青年、嬉しそうに微笑みます。
 「ネギの匂い、お好きですか。」
 あたり一面、土から出しただけなのに、何も切ったりしていないのに、この香りに周辺が満たされているのです。

 「はい、大好物です。特に、あの先っぽのなんと言いますか、青いところ、ぬめぬめが入っているところ、あそこが好きなんです。」
 「なら、本当のネギ好きですね。」
 そんな言葉のやり取りをしたのです。

 ネギが好きと言うことは、玉ねぎも薬味に使う小ネギも、当然、好きということになります。
 ですから、卵を焼く時も、玉ねぎをスライスしていれたり、小ネギを料理にふりかけたり、ネギ類は私のキッチンには欠かせない野菜になっているんです。

 私が健康であるのは、きっと、このネギの摂取量にあるのではないかと思っているのです。

 ネギ類の香りの元である<アリシン>は、疲労を回復してくれると言います。それに、口内炎などを起こすビタミンBの欠如も補ってくれるのです。
 <アデノシン>という物質もネギ類には多く入っています。これは血液をサラサラにする成分です。

 ですから、旬の季節、マーケットにネギの仲間エシャレットが並び始めますと、私はそれを買って、味噌をつけてバリバリと音を楽しみながら食すのです。

 でも、これが、ラッキョウになるとダメなんです。

 元は同じものなのに、酢漬けされたラッキョウは、私には合わないのです。
 もちろん、理由があります。

 若き日、とある新聞社の広報宣伝室で働いている時でした。
 出勤は昼前の適切な時間、退勤時間も取り立てて決められていない、仕事の延長で神田新橋銀座あたりに繰り出せば、明け方までという環境の中で、私の上司の口からあのラッキョウの匂いがこれでもかと押し寄せてきていたからです。

 慶応出身の絵を描く尊敬すべき上司でした。
 資生堂にも内定をもらったけれど、親父があんな女みたいな会社はダメだと訳のわからないことを言って、新聞社に入ったという話から、絵描きとして大成したいがもはや手遅れであると与太をはき、挙句に、お前は若いのだから好きなことをせよとラッキョウを口に含んだまま、私の顔のそばで説教をしてくれたのです。

 それ以来、ネギの香りは芳しく、ラッキョウの酢漬けの匂いは嫌いになったのです。

 横浜のシュウマイに黄色い西洋ワサビをたっぷりとつけて、ちくわの穴にきゅうりと緑のワサビをこれまたたっぷりと塗りたくるのも、マヨネーズにワサビを溶かしてキャベツのみじん切りに混ぜ合わせたコールスローも、ポテトサラダにワサビを隠し味で入れるのもまた乙なものです。
 あのツンと鼻に抜ける快感がたまりません。

 へい、お待ち。
 カウンターの前で最後に食べようと残しておいたウニの軍艦巻きを頬張って、〆のカッパ巻きに手をつけます。
 女将がこれでもかという深緑の、しかも、沸騰しているのではないかというくらい熱い茶を持ってきます。

 う〜ん、来る。

 鼻からすべての悪いものが出て行く、そんな感じです。
 あまりの刺激に自然と涙が出てきます。お茶を飲もうにも、お茶は煮えたぎっていて触れることもできません。

 私は、人生に試練を与えられたように、我が顔面の中央部を襲う刺激にひたすら耐えるだけなのです。




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粋なコメントありがとうございます

ご無沙汰です

お元気のようで何よりです。こっちも田舎者ですが、たまには銀座浅草界隈に出ては、粋の真似事をしています。

コメントありがとうございました。

No title

那須オジサンです。

上手いなぁ文章が、寿司の味、ツンとくるワサビの香りと刺激的な辛さ、申し分ないです。

そして、お寿司まで美味く感じます。勿論、お酒もほどほどに嗜みたいやねぇ。

田舎者ですが、江戸っ子のように、おい、寿司食いねぇってなもんです。

別に江戸っ子に憧れている訳じゃないですがね(;^ω^)
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