一匹の黄色のチョウチョウが窓の向こうに

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我が宅から西の空を望むと、さほどの光景が。 西方浄土、神仏の存在を信じたくなるほどの光景でした。


 早朝からのひと仕事を終えて、ソファーに深々と腰をおろし、それまで向かっていたデスクの向こうにある大きな窓を何気に見ていました。

昔は、今朝行ったような仕事を一日かけて、あれやこれやの合間にしていたのです。
 それが今は、早朝の静けさの中で誰からの妨げもなく一気にやれていることに満足感を持って、私はいつもこうしてソファーに腰を下ろすのです。

 昨日の雨で一面の窓は綺麗に汚れを落とし、いつになく日差しは明るく感じられます。

 その時、私の目に一匹の黄色のチョウチョウが、窓の下枠のあたりに見え隠れしていたのです。
 おや、一匹の黄色のチョウチョウだと、私ひとりごちたのでした。

 なぜなら、こんなことがあったからです。
 昨日の夕方、コーヒーに入れるクリームがなくなり、コンビニに買い物に行きました。ミルクを買っての帰り、遠回りして畑道を通りました。すると、キャベツ畑のあたり一面に、モンシロチョウが群舞していたのを見ていたからなのです。

 あまりの数の多さに驚き、同時に、数式では説明できないのではないかという不規則なチョウチョウの飛揚状態を、私はしばし眺めていたのです。
 
 チョウチョウに限らず、虫というのは大変な生を営みます。
 卵から孵って、多くの虫がまさに「虫」となって土の中で、あるいは、水の中で、生存競争を強いられるのです。

 時がくれば、己の体に異常を見出します。

 人間が、腹が痛いとか、頭がちょっとなどという柔い身体の異常などではないのです。
 それまでの自分とはまったく異なる姿形になっていくのです。
 
 虫たちは、果たして、心までも形を変えるのだろうかと、私思ったりもするのです。
 だって、姿が変わり、食べるものの、ものの見方もすっかりと変わるわけですから、それまでとまったく同じというわけには行かないだろうと思うのです。

 芋虫のように、葉や枝を這い回ったり、水中で、枯れた木の葉に身を隠し、獲物を捉えていたり、そんな目線を持つ生き物の心のあり方と、空を飛んで上からものを見ることになるのですから、その世界観も、虫としての存在感も変化するはずだと思うからです。

 もし、人間が脱皮して、八十年の人生を二通り、ないしは、三通りに生きることができたらと思う時があります。

 幼児、歩けもしなければ、自分のことは何一つできない時です。
 ですから、成長した親から世話を焼かれ、身体も精神も、人間としてあるべき形になれるよう育てられるのです。
 
 そして、青年期です。
 育てられた親の恩などすっかりと忘れ、自分一人で大きくなってきたように錯覚をするのが人間の良くないところです。
 虫のように、外から見てそれとわかるような姿形の変化はありませんが、それでも、髪を伸ばし、おしゃれな衣服に身を包み、生意気なことを言い出します。
 まさに、姿形は、外見の小細工で変わり、それと何より内面は確かに変容をして行くのです。

 そして、老人期が訪れます。

 ここが虫とは違うところです。虫は、子孫を残すために姿形をまったく別物に変えて、空を舞い、命の尽きるまで活動に当たりますが、人間は、それを青年期にすでに行ってしまいます。
 ですから、虫が役目を終えてこの世を去るのと違って、人間はまだ、この世に生の残像をおいて、命の尽きるまで生を営まなくてはならないのです。

 髪は抜け落ち、腰は曲がり、歩くのも億劫になります。
 皮膚はたるみ、シワが刻まれ、食も細くなります。
 命のはつらつさが次第に失せて行くのです。

 それはもはや止めようもない速さで老人たちに押し寄せてくるのです。

 ソファに腰掛け、窓を見ている私の視界に、あの一匹の黄色のチョウチョウがまた入ってきました。
 今度はさらに高く飛揚して行きます。

 あんな羽ばたきで、どうして、飛揚できるのだろうかと思いつつ、もし、人間があのような飛び方をマスターし、いや、何かを装着して飛べるようなことができたら、きっと楽しいに違いないなどと夢想するのです。
 
 左右対称に動く羽ではありません。
 左右、独立して動き、離着陸に、たいした技術も大きな力も必要がないのです。
 人間たちは、青年期を生き抜き、年を経て、自由を得、美しい計算式では示すことのできない、頼りないけれど飛揚する技術を手に入れて、新たな視界の中で人生の最期を謳歌をするのです。
 
 人間は、親の力を借りて脱皮し、そして、老人期には技術の力を借りて、計算式では成り立たない飛揚を手に入れてその姿を変貌させるのです。

 あの黄色の一匹のチョウチョウがついに、窓の上辺の枠に到達し、姿を消しました。
 私、ソファから立ち上がり、窓辺により、開けられない窓の上の方に目をやりました。
 しかし、あの一匹の黄色のチョウチョウを見出すことはできなかったのです。

 そして、計算式では到底表現できない飛揚をしている私を私はそこに見たのです。




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