その日曜の朝はカレーパン

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富士にはかすみ草が似合うといった作家がいます。梅雨には紫陽花が本当にぴったりです。その紫陽花にもうしばらくすると雨つぶが落ちて来るというのが今朝の天気予報でした。さて、日曜日、予定を変更しなくてはならないのだろうか……。


 ロンドンの横丁のちょっとした店で買ったフィッシュ&チップスがあまりに油っぽく、味がないのにはまいりました。

 そのイギリスでの体験を除けば、ゴールドコーストのパン屋さんのサンドイッチ、カスケード山を望むバンフのあの狭い街の観光客相手のおしゃれな駄菓子屋の砂糖菓子、フランクフルト駅中のちょっとした軽食専門店のボリュームのある惣菜パン、どれもこれも美味しいものばかりでした。

 上海や香港では、大金を請求される高級レストランなどより、みすぼらしい看板を掲げ、愛想のあまり良くない主人がいる店の煎餅とか粥の方が絶対的に美味しいと思っているのです。

 中国で、食べ物屋さんに入って、出てきた料理に関して、失敗だったというのがないのはすごいことだと思うのです。
 中国人の味覚の確かさと言いますか、さほど気を配っている風には見えないのですが、感心するくらい、どの店も美味しいものを食べさせてくれます。

 上海で、上海人たちがいくような場末のどこかそれらしい雰囲気の店に入りたいと思って、ホテルを出て、観光地から外れ、洗濯物が高層のアパートの窓から突き出しているような、私が道を歩くと、まず100パーセントの中国人が、ガンを飛ばしてくるような街に入って、私は、一軒の小汚い、狭いラーメン店を見つけたのです。

 入るのに勇気がいる、そんな感じのする店でしたが、店のガラス扉は引き戸で、それが開け放たれたまま、そっと覗くと満席ではないけれど、客もそこそこ入っています。
 私は思い切って上海に転居して来たばかりの中国人のようなそぶりで店に入り、一番奥の調理場に近い席に陣取りました。
 もちろん、見かけない奴だなどという視線が誰彼となくから注がれてきます。

 鉛筆とメモを持った女店員が私のところに来ました。
 「ランジョウミエンイーベイ(蘭州麺一杯)」
 こいつ、リーベンレン(日本人)ではないか、というような目つきで、店員は私を見ます。
 「ハオ(好)」
 それでも店員は、何食わぬ顔で注文を受け入れ、私のテーブルにボールにあふれんばかりに盛った葉っぱを置いていきます。
 それはパクチーでした。
 きっと、これを入れて食べるんだなと他のテーブルを見ていますと、ほとんどの人のボールが空っぽになっています。
 これ全部、麺に入れて食べているんだと、あまり得意ではないパクチーをじっと見つめます。
 
 そのうち、目と鼻の先にある調理場からパンパンと音がかまびすしく鳴り響きました。

 何事かと、首を巡らして見ますと、調理人がげんこつほどの大きさの小麦粉の練ったのを、あまり綺麗とはいえないステンレスの上で打ちのめしていました。
 これが私が食べる麺になるのかと、今度は椅子をちょっと動かして、調理人の姿に正対します。

 見られていることを知った調理人は、舞台俳優のように、観客である私に微笑みました。
 
 「客人、御覧ぜよ、これから、この小麦の塊を、あれよあれよと言う間に、麺に変身をさせて見せようぞ」
 そんな風に言っているかのようでした。

 この調理人、頭にヘンテコな帽子をかぶっています。
 調理人がかぶる調理帽とは異なります。
 そうか、この人、イスラム教徒なんだと私思いました。
 きっと、蘭州からやっていたイスラム教徒の調理人なんだと思うと、これから食べるであろう麺への期待が膨らむのでした。

 ヘンテコな帽子をかぶった調理人、目にも留まらぬ早さで、小麦の塊を両の手で伸ばしていきます。何度も何度もそれを繰り返して、程なく、いや、あっという間に、塊は良く目にするあの麺になってしまったのです。

 調理人は、どんなもんだいとドヤ顔になって、端っこの塊っをちぎって、麺状になった小麦粉を煮えたぎった湯の中に放り込んだのです。

 やがて、ひと碗の「蘭州麺」が私のテーブルにぞんざいにおかれました。
 この愛想もない、ぞんざいさこそが中国です。
 パクチーを周りの人と同じようにどさっと入れます。
 ニンニクの効いた濃厚な、量の少ないスープ、いや、タレと言ったほうがいいかもしれません。それを引っかき回していくと、鼻腔に西域の香りが漂って来ます。
 西域になど行ったことはありませんが、書物で読んだタクラマカン砂漠のイメージが私の脳裏に浮かび上がって来たのです。

 上海のどんな洒落たレストランよりも、気取ったIT関連の景気のいい連中が集うクラブよりも、蘭州麺屋の脂ぎったテーブルで食べるこの麺の方がずっと美味しいと私は思ったのです。
 
 その日は梅雨らしい曇り空の日曜の朝でした。

 バルコニーに出て、食事だけはできそうです。
 ちょっと寒いなぁと、書斎のデスクの横においてあるジャージを羽織って、私は、今朝の朝食カレーパンをカラフルなテーブルの上におきます。

 昨日、食パンを買うついでに、マーケットで買って来たごく普通のカレーパンです。

 それをオーブンレンジで少し焼いて、今、テーブルの上においたのです。
 カレーパンは上品に手でちぎって食べるのでは美味しくありません。
 それを両手で持って、かぶりつくのです。
 それが絶対的に美味しい食べ方なのです。

 ただし、火傷に注意が必要です。具のカレーは芋も人参も想像を超えて熱くなっているからです。

 上海の蘭州麺に匹敵する日本のカレーパンの美味しさです。
 そういえば、カレーパン、世界中、それが食べられるのは日本だけだなと思っていると、空からポツリポツリと梅雨の雨が降って来ました。
 私は思い切ってカレーパンを口の中に全部入れて、バルコニーから引き上げたのでした。




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カレーパンで成功を期待

コメントありがとうございます

カレーパン 私 大好物なんです
でも カロリーが高くて そうそう食べられないのです
ですからたまに食べるカレーパンの美味しいことこの上ないのです

そのカレーパン海外では見たことありません
日本的なカレーもないのですから仕方がありません

これから海外で一旗揚げる若い人たちが成功する一つの手段として
試みていけば面白いと思っているんです。

では、失礼します。

おはようございます。

初めまして。

カレーパンを食べるのは日本人だけだと、今気が付きました。
台湾や香港系のパン屋さんには置いてありません。
唯一購入できるのは、昔ながらの日本人経営のパン屋さんのだけです。
アンパンはどこでも買えますが。
カレーパン、本当ですね、日本だけですねー。
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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

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縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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