オオタニさ〜んというニュアンス

太陽の光というのは、実は魔物なのです。人にあらゆる錯覚と啓示を与えてくれます。太陽の光の輪の中に入った人々、私は、この絵を、天国への道を歩んでいる人々と名付けています。
先だってのことです。
所在ないままに、You Tube であの中川家の漫才を見て、一人で笑っていました。
あの人たちの電車の話、実に面白いですね。
好きこそ物の上手なれという言葉がありますが、人間はどんなものにも熱中することで、一つの芸、あるいは仕事が生まれてくるのだと思い知らされました。
中川家の弟の方が、駅員のあの語り口を実にうまく真似ていました。
あれを聴きながら、そういえば、全国の車掌さん、どうしてあのような口ぶりで業務連絡をするのだろう、もっと、普通にいえないものかと思ったりしながら、それを聴いていたのです。
きっと、誰かが、そう、車掌さんの大先輩がいて、電車の走行音とか、車内のざわつき音を遮って、報知を徹底するには、このような言い方が良いと教え、それが連綿と伝えられているに違いないと勝手に思って納得していたのです。
そして、こんなことも思ったりしたのです。
もし、東京ドームでのジャイアンツ戦で、ウグイス嬢ではなく、中川家演ずる京阪電車の車掌さんのように艶ぽい告知で選手を紹介したらと。
そう思うと、自分の空想がおかしくなって、一人笑いをする始末だったのです。
その一連の動画の中に、韓国人が対話をしているという真似芸がありました。
オチは、最後に、さりげなく日本語を入れるというものです。それが何の違和感もなくデタラメな韓国語の中に収まり、聴衆はそこで日本語を聞き取り、笑うというものでした。
実によく、特徴を捉えていると感心をした次第です。
語末の「〜ニダ」にしろ、けんか腰のようなぶっきらぼうな言い方など、まるで本当に韓国語を喋っている、そんな風に思えてしまうのですから、芸というのは素晴らしいです。
昔、タモリも中国語を同じように雰囲気だけをつかんで、デタラメに喋って、それを芸にしていました。
これも、愉快なものでありました。
さて、ここまでくると、私、笑ってばかりはいられなくなったのです。
島国日本に生を受け、人生の大半をこの国で過ごしてきた私は、他者が自分のことをどう思っているのかを気にする典型的な島国根性を持つ日本人であったからです。
つまり、外国人は日本語をいかなるニュアンスで捉えているのだろうかと思うようになっていったのです。
欧米の人や、中国や韓国の人が、日本語の雰囲気を伝えて、それを芸にして笑いを取るというのを見たことがありません。
何の映画だったか、いや、映画ではなかったかもしれませんが、フランス人を真似て、あのフレンチックなベレー帽を被り、絵筆を持って、そして鼻にかかったあのフランス語をデタラメにしゃべっているアメリカ人を見たことはありますが、日本語を喋って、それらしく見せるというのは、どうも記憶にないのです。
私たちの日本語を、日本語をしゃべらない人たちはどのようなニュアンスでもって、受け止めているのか、それが頭から離れなくなってしまったのです。
日本語も韓国語も、それにモンゴル語からトルコ語まで、それらはウラルアルタイ語と分類されています。
つまり、膠着語なのです。
言葉と言葉をニカワでくっつける働きをする「助詞」があり、動詞が最後にきて、意思表示をする言語なのです。
つまり最後まで聞かないとイエスかノーかわからない曖昧な言語であるということです。
あの中川家の漫才で、デタラメな韓国語の中に、さりげなく日本語を入れて笑いを取れたのは、この二つの言語が同じような特徴を持つ似た言語であったから可能であったのです。
だったら、日本語も韓国語と同じように、ぶっきらぼうに相手の耳には聞こえてもおかしくはない。きっと、外国人は、何と愛嬌のない言語を操るのかと思っているに違いない、そんなことを思ったりするのです。
「Back to the Future」という映画がありました。
出来の良くないサラリーマンが上司の日本人にテレビ電話で解雇される場面、懇願をするサラリーマンが、確か、「Tanakaさ〜ん」と叫んだ、そう記憶しているのです。
もちろん、それは時の首相にちなんだ「Tanakaさ〜ん」ではあるとは思います。
あのニュアンスがそうではないか。
出っ歯で、メガネをかけて、カメラをクビにかけて、どこかずる賢い、そんなイメージがこの映画でも日本人の典型として出ていたのような気がするのです。
でも、最近「オオタニさ〜ん」とMLB中継の実況アナウンサーがホームランを打った大谷に声をかけるニュアンスは、そうではなく、驚きに加えて、敬意さえも感じるのですから、不思議なものです。
できれば、日本人と日本語は、「Tanakaさ〜ん」ではなく、「オオタニさ〜ん」の方のニュアンスであって欲しいと願っているのです。
だって、私たち日本人は、出っ歯で、メガネをかけて、カメラをクビにかけて、どこかずる賢い、そんな我々ではないのですから。
