カンタベリーの釣り師

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ナスタチュームという花も好きな花です。理由は、それが食べられるからです。私は食べられるということととても大切のしているのです。「鑑賞<食べられる」が私の公式なのです。でも、決して、美味しいものではないのです。苦味があって。彩と、自分の庭から食卓にのる、ただ、これだけなのです。


 優柔不断というのは実に困りものです。

 結局は買うのに、それまでにかなりの時間を要するのです。
 例えば、MacBook Proが古くなったので新しいのを買わなくてはいけないのですが、それをなんどもなんどもAppleのサイトを訪問して、わかっているのに性能を確認したり、これを手にしたらこのようなことをするんだと念押しの一覧表を作ったりするのです。

 そんなことする時間があったら、新しいMacBook Proを早くに手に入れて、サクサクと仕事をした方が良いに決まっているんです。

 でも、優柔不断な性格が面倒くさい手続きを私に要求するのですから困ったものです。
 イギリス滞在の折、数日滞在しただけの街なのですが、そこでもいかんなく私の優柔不断な性格が発揮されたのです。 

 横道に入った駐車場からメインストリートに出ますと、前方に、明らかに古臭い石造りの塔が見えて来ます。
 これが大聖堂に通じるウエストゲートというものです。
 おそらく、ロンドンから多くの巡礼者がこのゲートをくぐり、大聖堂にお参りをしたのでしょうが、いまは、車道になっていて、人間はその横を通るようになっています。

  『カンタベリー物語』を書いたチョーサが見たら、きっと驚くだろうし、また、車優先に対しては、大げさな物語をこのことから作り上げるのではないかと想像するのです。

 その横道を歩いているとその下に流れている川があることに気づきました。
 イギリスはどこでも川を綺麗にしています。ここも、手入れが行き届いています。きっと、この川から観光を楽しむのでしょういくつかのロングボートが係留されていました。
 と、そこに、一人の年配の男が竿を持って、あっちに行ったり、そっちに行ったりして、糸を投げているのを私発見したのです。

 釣りをしている。
 何を釣っているんだろう。
 どんな釣り方をしているんだろう。

 興味は尽きません。
 私、川べりに行って、その男に尋ねました。
 男は、常に、ニコニコして、私の質問に答えてくれます。日本の釣り人と同じです。
 「何のルアーを使っているのですか」
 イギリス人は生き餌などは使わないと思っていましたから、ルアーという言葉を使ったのですが、男は、私に、そっと、手のひらで隠し持っていた針先を見せたのです。

 そこには、一匹の太いミミズが刺さっていました。

 男は、ウインクして、針を持った手を顔の前で、人差し指を立てて、横に数度振ったのです。
 「言っちゃいけないよ。おいらはお前さんも釣り好きだと思うから、そっと秘密を打ち明けるんだ。」
 そんな風に私にはその動作が見えたのでした。

 イギリスでは生き餌さを使って釣りをしてはいけない決まりがあるのかどうか、私にはわかりません。
 あるいは、イギリスでは、釣り人の中で、川での釣りはフライかルアーで行い、取った魚はリリーするという暗黙の取り決めがあるのかもしれません。
 ミミズを使って魚を取る人は、きっと、リリースせずに、こんばんのオカズにそれを持って帰る人なのかも知れない、そんな風に考えたのです。

 私は、釣りとは、魚を釣り上げ、それを食べるためと定義していますから、釣りをしていて、隣のルアー釣り師が釣った大きなスズキをリリースしている姿を目にすると、カチンとくるのです。

 もったいない。脂が乗って美味しいのにって。

 そんな釣り師との時間を経て、私はあの大聖堂の前にやってきました。何やら工事をしていて、足場が組まれています。
 なんだか、随分高い入場料がかかるようです。

 それだったら、この辺りの店を冷やかす方がいいやと私、門前町を散策し始めたのです。
 浅草と同じです。観音様より、揚げパンにだんごです。

 一件の骨董品、それも、海や川に関するものばかりを集めた店です。
 私が最も好きな店の類です。
 そして、見つけました。
 コンパクトに収納できる釣竿です。
 これなら、旅行鞄に入れて飛行機で持ち運べるし、旅先でもリュックにさして持ち、川や浜で釣りができると思ったのです。
 さて、それからが大変です。
 骨董品屋ですから、まず、この竿が機能するのか主人に尋ねます。
 主人は、それを手に取り、金属製の筒の中から、竿を取り出し、あっという間に組み立て、いつでもどこでも釣りは可能だと言うのです。

 問題は値段です。
 日本円で5万はくだりません。

 困りました。
 買うべきか、買わざるべきか、私の優柔不断の心が否応なく首をもたげてきたのです。

 これを買って、骨董品として保管するのか、はたまた、こうして旅先に持って行って釣りをするのか、でも、そうそう釣りをするような旅はしまい、仮に、旅先で釣りをするときは、その釣り場にあった竿や仕掛けが船宿から供されるはずだ。
 だから、ここで大枚をはたいても、この竿は実用には使えない、だったら、買う必要はない。
 でもまてよ、カンタベリーで買ったこの骨董的釣竿、財産にはならないだろうか。

 そんな思いが店の中で私の脳裏で巡らされたのです。
 さらに、外に出て、店の外で、今度はそこが私の思案を巡らす舞台となったのです。

 そこへ、先ほどの釣り師が歩いてきました。 
 手には、袋が握られています。
 私は、その袋を指差して、そして、次に親指を立てました。

 ミミズでそっと釣りをしていた釣り師です。釣れたのかなんて言ったら礼を失することになります。釣り師は、にこりと微笑み、親指を立てました。
 私は、その釣り師に、この店にこう言う竿があるのだか旅先で使いたいのだが、どうだろうと問うたのです。
 
 即座に答が返ってきました。

 It's useless, that's same as fry fishing and spin fishing and isn't the tool which fishes fish.
  (ダメだよ、それはフライ釣りやルアー釣りと同じで、魚を釣る道具ではない。)

 目の前が明るくなりました。そうだよ、私は、魚を釣って、それを食べる釣り師なんだ。
 だから、この竿は、私にとって無用な竿なんだと。

 きっと優柔不断というのは、目的なるものを心の中に逸することで、そこに生じる迷いなんだと、私、気が付いたのでした。





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