あの少年時代

398ljndfyg653tqjh20iejfy3
自分が鑑賞するばかりではなく、道を歩く人が、ちょっと見上げて、綺麗な花が咲いていると思ってくれるそんな家でありたいと思っているのです。これから朝顔がつるを伸ばし花を咲かせます。冬はLEDがひかります。よその人にも鑑賞をしてほしい、これも立派な自分なりの奉仕だと思っているのです。



 太政官布告第41号「自今満弐拾年ヲ以テ丁年ト相定候」 

 それは明治9年のことでした。
 「太政官布告」などというたいそう権威ぶった布告が出され、満二十歳からが丁人、すなわち成人となったのでした。

 皆がちょんまげを結って、刀をさした侍がいた時代は、とりわけ定めがあるわけでもなく、十一歳から十七歳くらいまで、ときには二十歳を超えての折り合いのいい頃に「元服」を行っていましたから、きっと、明治九年の若者たちは、だれもかれもが丁人になれる新しい時代の幕開けと感じたかもしれません。

 ちなみに、この当時の平均寿命は四十歳前半でした。今の半分だったんです。

 国家によって、人生の半分あたりまできたときに、お前さんは大人だよと言われたというわけです。
 だったら、人生八十年の時代、丁人になるのは四十歳というのが筋が通っているとも思うのですが、どうやら時代はさほどの公式もあてはまらないくらい動きが早いようです。
 
 つい先ごろ民法が改正されて、十八歳が成人と扱われる時代がまもなく来ることが決まりました。

 高校では、先生が成人である生徒を教えるという事態が発生することになります。
 それがどうしたというお方は、きっと、学校のことをよく知らない、あるいは、忘れてしまった方であるのでしょう。
 先生は大人の権威を持って、未丁年である生徒を指導しているのです。
 しかし、その生徒はもはや未丁年ではなく、れっきとした丁年であるのです。

 すると、そこには目には見えない心理が作用します。

 お前たち、もう、大人なんだから、あれこれ言わなくても、自分でできるよなと、教育指導を放棄する先生がきっと出てくるはずなのです。
 大人の権威などと言うのは、相手が子どもだから通用するのであって、大人同士では通用はしません。それは、会社という小さな組織世界で、同僚たちがいがみ合っていることを知っている方ならよくわかると思います。

 大人の世界は、さほどに立派なものではないし、できれば、未成年には見せたくはない部分が多々あるものです。

 ですから、きっと、新聞には、教師と生徒が大人のメンツでいがみ合い、口もきかない殺伐とした教室などと言う記事が出てくるのではないかと邪推するのです。
 いっそのこと、高校を廃止し、中学を五年制にしてしまえばいいいのではないかと、私は思ったりもするのです。

 私が、モラトリアム的傾向を持っていると言うわけではないのですが、人は丁人には、なるべくなら、遅くになりたいと思っているのです。

 「丁」という字は、<釘>を表形した字です。
 ものを安定させるのが<釘>であり、それゆえ、「丁年」とはある程度の予測のもとで危険を回避し、人生の安定を志向する意味合いを持つのです。
 親が幼児を虐待し殺したり、子が親兄弟に毒を盛ったり、自殺を装って殺したりする案件がこれでもかと報じられる時代には、人はなるべく遅くに丁人なるよう取りはからうべきであるとも思ったりするのです。

 ただ前だけを見つめ、先々に明るい展望を見つめていた時代。
 危険とか、不安とか、安定とかに関係なく、時を過ごしていた時代、それが、未丁年の時代というものです。
 言葉を少しセンチメンタルに言い換えれば、「少年時代」というものです。

 純粋な思いだけに満たされ、それゆえ知識がなくても、平然と立ち向かって行くことができた時代、そうはいうものの、親の庇護の元、最も安全なルートを歩んできた時代を人は誰でも持っているのです。

 その時は思いもしなかった、あの素晴らしい時代、人はそれが何ものにも変えがたい貴重な時代であったことを、他のなにごともそうではありますが、それを失ったと知った時にわかるのです。

 そんなことを考えていた時です。

 書斎の天井まで届く、我が宅の建て増しを担ってくれた大工さん特製の本棚を眺めて、おいらはこんなにもたくさんの本を読んできたのに、一向に、知識を持ったという気がしないとぶつくさと言い始めたのです。

 相変わらず馬鹿野郎で、無鉄砲なことをして、損ばかりしていると嘆くのですが、待てよ、これって、おいらがまだ少年であるという証ではないかともほのかに気がつくのです。

 どこかのお笑い番組で、<まだ何も知らないのが十八歳、もう何も覚えていないのが八十一歳>という洒落が語られていました。
 幾つになっても「何も知らない」というのは、もしかしたら、あの少年時代の素晴らしさをいまだ持ってる証に他ならないのではないかと、少し勇気をもらうことができたのです。

 「何も覚えていない」については、どう解釈するのかっていうのですか。
 覚えていないのですから、如何ともしがたいことです。
 それもまた幸福であるのかもしれません。





自分らしさランキング

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 7/23 💦 Monday 》

🦅ただいま、<Puboo!>にて、『ノボさんのボール』を発信しています。ぜひ、アクセスしてみてください。ダウンロードもお願いします。

<この作品は、ブログ的短編随想集ともいうべきものです。
『不思議の曲<何日君再来>』は、<何日君再来>と言う楽曲が歴史に翻弄される様を綴った短編です。
『独りよがりの香り』は、ARANIS ALWAYS という名の香水にまつわる短編です。
『ノボさんのボール』は、これは自分でいうのもなんですが、発想が面白い作品です。ご堪能ください。>

下の[リンク]欄からアクセスして読むことができます。

❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア