東京ベイのやんちゃな若クジラの声明

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筑波山の麓を、梅雨の雨の合間をぬって、ロードバイクで走ります。畦というには立派すぎる、しかし、農道というにはさほどでもない、私からいえば、最高のロードバイク道です。そこを走っていたら、畑に、案山子が、まるで人がそこにいるように3つもいました。なんか、微笑ましくなりました。こんな畑でできた作物はきっと美味しいに違いないと思ったのです。


 荒川沿いにある船宿荒川屋。
 そこで船に乗り、東京湾に繰り出す、そんな釣りを楽しんでいた時期があります。この船宿では、土曜日、午後3時に船を出し、夜釣りを楽しませてくれていたのです。
 ですから、学校を定時で退けて、車を飛ばして、如何にかこうにか間に合い、釣りに興じていたのです。

 昼間の釣りであれば、木更津沖の盤洲でのキス釣り、横浜港沖を中心にしたアジ釣りもまた、十分に楽しませてくれますが、夜釣りはまた一興ものであるのです。

 釣り場は、羽田空港の海に作られた滑走路誘導路の脇、着陸してくるジェット機のストロボライトを仰ぎ、爆音を聴きながら、カサゴを狙うのです。
 東京湾に浮かぶパーキングエリア海ほたるの脇もまた絶好の釣り場です。メバルやスズキが釣り人を楽しませてくれる好ポイントです。
 川崎あたりに魚を求めて流れ行けば、そこには普段目にすることのできない工場の夜景があります。釣りの手を休めてきらびやかで整然とした光に、釣り人は未来世界を想ったりもするのです。

 その東京湾に体調15メートルのクジラが現れたというのですから驚きです。
 
 まさか、いかに海水温の変動が激しいからと言って、東京湾がクジラの生息域になるわけもないでしょうから、きっと、迷いクジラに違いありません。

 多分、このクジラの家族と仲間たちは、黒潮に乗って、北極あたりに、夏に旬を迎えるオキアミを頬張りに向かっているはずです。
 やんちゃなこの迷いクジラ、黒潮から外れて、明るい光がきらめく、いく種類もの魚が泳ぐこの湾に、誘われるように入って来てしまったのです。

 若い時分に、よくある、若気の至りというやつです。

 入って来たはいいけれど、出口がわからなくなってしまった、きっとそうに違いなのです。
 自分たちが一番大きい生き物だと想っていたのに、ここには、頑丈な生き物がぷかぷかと海面に浮き、尻から泡を吹き出して走っているし、横須賀沖あたりの海の中には、これまた自分より大きい黒い物体が静かに潜行しているのも垣間見たのです。

 自分たちの暮らす「海界」はともかく広いが、このような狭いところにこんなに生き物がいて、自分たちより大きいものが、わんさかいるなんて、驚きだと、きっと、このクジラ思っているはずです。
 
 若気の至りも、往々にして、若者には知恵を授けてくれるのです。

 はて、困ったぞ、おいら、どうやら「袋のクジラ」になってしまった。
 緑や青に塗った船べりに小さな棒を持った生き物がこちらを見て、写真をとったり、大砲を積んだちょっと大きな船では、双眼鏡でこちらをじっと見ている。

 照れるじゃねえか。そんなに見るなよ。

 おいらはただのクジラ。これから、北極の海に行って、たらふくオキアミを食べていっときの休暇を楽しみ、それからバンクーバーあたりに出て、南下して、この「平かな海」をぐるっと一回りするんだ。
 中には、へそ曲がりの連中が、平かな海の真ん中に火を吹き上げている島があってな、そこへ立ち寄って、いまのように写真を取られたり、双眼鏡で見られたりして、自尊心を高めるんだけど、おいらは、そこまで自尊心を高めたくはないんだ。

 さて、出口はどこだ。
 急がないと、父さんに叱られ、罰を受けてしまう。
 罰ってなんだって、言うのかい。
 
 そっと教えてやるけど、誰にも言っちゃ行けないよ。
 
 おいらクジラたちは超音波を出して、話をするんだけど、ルールを破った奴には、父親が特別な音波を出して、こちとらの頭が参ってしまうんだ。
 お前さんたちが言うところの「虐待」って奴だな。
 そうされると、食べ物の場所も、これから行く場所もわからなくなるんだ。
 どうだい、れっきとした「虐待」だろう。

 よくお前さんたちが浜辺に集団でおいらたちが打ち上がって死んだとお騒ぎしているらしいが、あれなど、折檻を受けた仲間たちが寄り集まって、皆、餌も取れない、会話も許されないなら、いっそのこと、あの陸地に打ち上がって、ご先祖さまのようにあそこで暮らそうとした奴らなんだ。

 おやっ、お前さん、知らないようだね。
 おいらクジラ属は、昔はカバだったんだよ。陸地の小さな沼地でひっそりと暮らしていたんだ。ところが、革命児が出て来た。
 もっと、広い世界を見てみよう、世界にはもっと素晴らしいところがあるはずだって、仲間を募って、沼地を旅立ったんだ。
 そして、行きついた先が海さ。
 何十万年もするうちに、おいらたちの手足は、ヒレになり、顔の前にあった息する穴は頭のてっぺんにつくようになったと言うわけさ。

 だから、浜辺においらたちが行くのは、何も困ったからってわけではないんだ。
 祖先が日がなのんびり、大した運動もせずに沼地にぼんやり暮らしたあの生活を懐かしんでのことなのさ。

 さぁ。こうしてはいられない。
 あの黒い、丸みを帯びた、おいらの姿形に幾分似ている、お前さんたちの言うサブマリンについて、「平かな海」に戻るとしよう。





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