真夏の真昼の幻覚

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このブルーは、他の植物にはないブルーです。我が宅の玄関に無造作におかれているユーカリの葉。まだ、一度も花を咲かせていません。それが今年、枝を伸ばして元気にしています。きっと、黄色の小さな花を咲かすのではないかとそんな思いを抱かせてくれているのです。それにしても、美しい淡い、何とも言えないブルーです。


 その日は、三十度を超える暑さにつくばの街はうだっていました。

 夏の間は、可能な限りロードバイクで小一時間のクルージングをしようと心がけています。
 夕暮れのちょっと気温が落ち着いた頃でもよかったのですが、この日は何かにせっつかれるように、昼前、ガレージを飛び出して、愛車トレックのマドンに乗ったのでした。

 昨日、チェーンに油をさし、タイヤやサドルを止めているネジも締め、愛車に取り付けられている小物入れのマジックテープもきちんと締め直しました。
 それに、iPhoneにそれまで無料だったロードバイク用APPを有料にしたのを搭載したのです。
 おそらく、そうした新しい「機能」を試したく思ったのでしょう。

 昼間の、それもお昼ご飯時の道は空いています。

 裏道の端には、いくつかの車が止まって、運転手たちが昼休みをとっています。
 弁当を食べている人、運転席のシートを倒してラジオをかけっぱなしにして横になっている人、スマホに夢中になっている人、きっと、何かのゲームでもやっているのでしょう、指先がこまめに動いています。
 その姿を横目に見ながら、私はペダルを踏んで、心地よいアスファルトの道を疾走するのです。

 いつもは、筑波山の麓あたりまでが私のお決まりのコースです。

 しかし、この日、あまりに陽の光がきつく、私は途中でハンドルを右に切って、つくばセンター方向へとハンドルを切ったのです。
 このまま行けば、筑波大学構内を通って、つくば駅の方向になります。
 たまには、都会の雰囲気を楽しむのいいだろうと、いくつかの信号に停車を余儀なくされながらも大学構内に、愛車を踏み入れました。

 以前、国立大学ではさほど学生は動いていないと東工大に通う友人に言われたことがあります。私の通う早稲田に彼が来た時です。あの早稲田の学生の昼時の肩と肩がぶつかるほどの混雑ではありませんが、筑波大学の中は、結構な学生の動きがあって、私はちょっと驚いたのです。

 こりゃ、ダメだと、私、構内から横道にそれて、街の道に出ました。

 学生がお昼であれば、勤めびとも当然お昼です。
 ここも人が、昼飯を求めて動きが活発になっていました。
 私は、いつもは通らない桜の木の植わっているレンガが敷かれた遊歩道を走ることにしたのです。ロードバイクで、レンガとか石が敷かれた道を走るのは疲れます。
 滑るし、ガタガタと乗りごごちもよくはありません。

 目の前に、道の左側を歩いている女性がいました。
 遊歩道ですから、どこを歩こうが勝手です。むしろ、ロードバイクに乗っている私の方が気を使って、走っていかなくてはなりません。
 その女性を追い抜き、左側にロードバイクを寄せて走って行くと、前方にレンガが壊れている箇所を目にしました。

 私はこれは危ないなと思ったのです。
 その瞬間です。
 私のマドンは、前輪を壊れたレンガの隙間に取られ、私はバランスを崩したのでした。
 私は、右側から倒れこみました。

 後ろで、「あーっ」という叫び声が聞こえました。
 あの左側を歩いていた女性です。

 転んだ私は、マドンに取り付けられているサイクルコンピューターとiPhoneが無事か確かめました。どちらも無事で、安心をしました。
 「大丈夫ですか。目の前で。私、びっくりしてしまいました。私のせいですよね。」
 あの女性がそう言うのです。
 「そんなことありません。あなたの責任など。私の、ちょっとした転倒ですよ。」
 「いつも、こうなんですか。」
 「いや、いつもではないですが、たまに、転がるんです。」
 「で、自分のお身体より、自転車についているものの安全を確認するんですか。」
 この女性、私が転んだ様子を仔細に観察していたようです。
 「体はほっとけば治りますが、こうした精密機器は後が厄介ですからね、」
 「でも、腕から血が。」

 私の右の腕がレンガの敷き詰められた道路で擦られて大きな擦り傷がつけられていました。
 私は、自転車を起こし、サドルを手に持って、後輪を浮かし、ペダルを手で回しました。
 外れたチェーンを戻すためです。
 「まぁ、こんなに簡単にチェーンって戻るんですか。」

 「乗って見ますか、私のマドンに。」
 女性を見ると、白いズボンを履いていましたから、私、そう声をかけたのです。

 「でも、私、こんなハンドルの自転車、乗ったことないし、第一、足の長さが違って、きっと足が届きそうにもありませんわ。」
 「大丈夫ですよ、私が前で、ハンドルを持っていますから、あなたはその木に手をかけて、乗ってみればいい。それで、気が向いたら走ってみればいい。」
 そう言ったのです。

 すると、この女性、木の幹に手をかけて、右足をあげて、お尻をマドンのサドルにのせようと頑張り始めたのです。
 しかし、私専用に設定されたサドルは彼女には幾分、いや、随分と高かったようです。
 結局、跨っただけで、今度はその足をロードバイクから取り出すのが大変と言う算段になってしまったのです。

 私は、失礼といながら、彼女のふくらはぎを手にして、優しく、ロードバイクから離してやったのです。

 彼女、おもむろに、手にしていたバックから消毒液と脱脂綿を取り出しました。
 「消毒をしておきましょう。」
 そうして、私の右腕に消毒液を垂らし、「治療」をしてくれたのです。

 「私、そこの病院で看護師をしているんです。ですから、私、あなたの名前は覚えていませんけれど、お会いしたことがあるかと思っているんです。」

 確かに、私はそこで腎臓の手術をし、どの部屋も満席で、一人部屋しか空いていないと言われ、別料金を払って、一週間ほど暮らした覚えがあります。

 その時にお世話になったのかしらと思いつつ、「治療」に対して礼を述べたのでした。
 私は太陽の光を仰ぎ、その「治療」してくれた女性と別れて、来た道を引き返していったのです。しばらく走って、ロードバイクを止めて、後ろを振り返ると、そこには、もうあの女性はいませんでした。

 なんだか、真夏の真昼の幻覚を見たような出来事でした。





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ステキな出会いでしょう

そうですね、お茶に誘うほど、機転が利きませんでした。
でも、傷も癒えました。
近々、検査で病院に行きますので、そこで会えたら、病院のコーヒーショップでお礼のコーヒーでもご馳走をしようかと思います。
その折は、また物語が生まれると思いますので、それを書きたいと思います。
物語が始まらなければ、それは仕方がありません。
では、失礼します。
コメントありがとうございました。

ステキな出会いですね

そこだけ切り取れば短編小説のような・・・

治療のお礼に「お茶でも?」とならなかったところが、
美しい余韻を残すのですね。

と思いつつ「お茶でも?」にならなかったことが少々残念です。
そうなったら、俗っぽい話になってガッカリしそうですが。
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