通夜の帰り道

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このトンネルよく使います。港に行くときに、ちょっと早道なんです。万博の時に、バス輸送のために作られた道です。でも、トンネルというのはいつも不思議に思います。そこをくぐったら、本当にいつものところに出るのだろうかと、毎度のことのように思ってしまうからです。



 通夜の帰りでした。

 何の縁もない、ただ、上司である方の母親が亡くなったからといって、線香をあげにいったのです。
 人間は、なぜ、このようなことに時間と金を使うのかと、それは死んだ者への心からの哀悼ではなく、生きている上司への忖度に近い、もっと、痛烈に言うならば、これから起こるであろう利害関係のために布石を打っている、そんなことなんだと思いつつ、いい加減、このような上っ面の出来事からは足を洗いたいと思いながら、私は、駅までの帰り道、一軒の寿司屋に入ったのです。

 仕事を切り上げて、学校を出て、すでに、八時近くなっていました。

 通夜会場でも、食事の用意がされていましたが、何だか、気も進まず、そっと抜け出して来たのです。
 そこは、客が七人も入れば満席になるくらいの小さな寿司屋でした。

 私は燗酒と刺身の盛り合わせを頼みました。
 主人は、私の服装を見て、塩をひとつまみ、私の手のひらに落としました。

 「よかったら、使ってください。なに、座ったまま、そこでシャッシャッとやればいいんです。こう言うのは気持ちの問題ですから。」

 私は、ふと後ろを振り返りました。
 それまで誰もいなかったはずなのに、そこに初老の男女が座って、私の方を見ていたのです。
 私はその二人を見て、まったくもって驚きました。
 随分と前に亡くなった私の両親だったからです。

 二人が鬼籍に入ったのは十五年ほどの差がありますから、父のほうが随分と若く見えます。
 <あの世で、また、出会ったんだね>
 そう、私は語りかけました。
 でも、二人は笑みを浮かべるだけで、何も言いません。

 主人が、綺麗に皿に盛った刺身を私の前に置きました。
 マグロが美味しそうだなと私思いました。これは母が好きだった魚だと思い、後ろを振り返りました。
 「さっきから、後ろを振り返っておられますが、何かありましたか。」
 主人が言います。

 「あっ、私のコートとカバン、あの後ろの壁のホックにかけてもいいですか。」
 私は、隣の席の椅子においてあったコートとカバンを立ち上がって、壁のホックにかけたのです。寿司屋の主人は、何の注文もないのに、仕切りに包丁を動かし、仕事をしています。
 どうやら、この店は店員もいないようです。
 大体は、奥さんか娘さんが手伝い、お茶を入れたり、汁物を運んだりするのですが、この店は主人一人でやりくりをしているようです。

 「今日は、どなたさんの」
 主人が手を休ませることなく、私に声をかけて来たようです。
 私は、しばし躊躇して、ちょっとの間をおいて、今日の通夜の話をしました。

 「そうですか、お勤めをする方も大変です。でも、功徳は積んでおくものです。きっと、いつかご自分に返ってくると言うではないですか。」
 「私はね。自分の時は、誰にも来てほしくないと思っているんです。だって、来る方も迷惑でしょう。生きている連中同士の利害関係で死んだものが利用されるんですから。」
 「そうですよね。でも、死せる孔明生ける仲達を走らすとかなんとか言うではないですか。」

 それは、亡くなった人間が現役でバリバリ仕事をして、部下たちになんらかの影響を残して、あるいは、生きているものたちが死んだ人間を神聖化して、良い影響を保つなんて時に使うもので、見も知らぬ、母親の通夜に出ることとは何の関係もないと私、腹のなかで思うだけで、主人に返答はしなかったのです。

 その時、私、また、視線を感じました。
 そっと、後ろを振り返ると、母が父に好きな刺身を口に持っていって食べさせているのです。そして、父のテーブルの前には、大好きさったウヰスキーのお湯割りが湯気を立てていました。
 <相変わらずだね。あの世に行っても、まだ、父の世話を焼いているんだ。>

 「何か、握ります。」
 主人が、刺身のなくなった皿を見て言います。
 「焼き魚は何かあるの。」
 「今日は、キンキがあります。」
 「じゃ、それを焼いてもらい、その間に、カッパでも巻いてもらおうかな。ちょっと、辛子を多めにしてね。」

 私は、いつもは最後に頼む、カッパ巻きを、この初めて立ち寄り、あともう来ることもないであろうこの寿司屋では、魚が焼ける間合いの食べ物として頼んだのでした。

 《お前は、相変わらず、からしのいっぱい入ったカッパが好きなんだね》
 そんな声が聞こえました。
 振り返ると、母がこちらを見て微笑んでいます。

 辛子をいっぱい入れてと頼んだのに、さほども入っていなくて、がっかりはしたのですが、いつもの寿司屋ではないので、融通もきかないと諦め、私は、出てきたキンキを頬張ったです。

 「お客さんは、魚が好きなんだね。そこまで食べた人を見たことないよ。」
 私は、確かに、魚を食べさせたら、天下一品なのです。
 ノドグロやキンキは、私の大好物です。頭から目玉、尻尾や鰭までしゃぶり尽くします。これらの魚の身は白身で美味しいのですが、それよりも何よりも骨についた脂の美味しさがあるから、私は何千円も出しても惜しくはないと思っているのです。

 <そうだ、こんな食べ方、父親譲りだね>
 私は、父の座っている後ろを見ました。
 父も、いつ出されていたのか、安い赤魚の煮たものを頬張っていました。確かに、同じだ、器用に箸で、煮つゆが汚れないように身をほぐし、綺麗な皿のまま魚をいただいています。

 私は、なんだか腹がいっぱいになってしまいました。
 お勘定をして、店を出ようとすると、父と母がこちらを向いて、ニコリと微笑んでいます。
 私は、ニコリと微笑みを返し、主人に「本当に魚、美味しかったです」そう言って、引き戸を閉めたのです。

 私は、なんだかとても嬉しい気分になっていました。

 だって、死んだ両親と会うことができたのですから、きっと、なんの縁もゆかりもない、上司の母親が、通夜に線香をあげにきてくれた私に感謝の印として父と母を送ってくれたのだと、私、このこと、いまでも、信じているのです。





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とてもうらしいコメント ありがとうございます

こんな風に読んでいただけるなんて、とても嬉しい限りです。
お魚の話、とても素晴らしいですね。
父はシベリア抑留者でしたので、冬、ストーブで骨まで焼いて、食べていました。
命をいただくわけですから、大切にありがたくいただかなくてはバチが当たります。
これからも、ぜひ、私の作品、読んで下さい。
ありがとうございました。

お会いできて良かったですね

私も30数年前に他界した親と、
そんな風に会いたいです。

両親の介護をしている時に、
何故か「吉次」に交じってノドグロがスーパーに並んでいて、
だくさん買い込んで煮て・・・

山育ちの父には、好きな真ん中の身を食べさせ、
母には大好きな頭全部と肝をほとんど・・・
自分は肝を少々と骨周りの身と。

「お母さんばかり美味しい所を、申し訳ないね」と言うのを、
「私はこれからいくらでも食べられるから・・・」と言ったのだけど、
その後ノドグロにはとんとご無沙汰でしたが・・・
嬉しかった記憶がよみがえりました。

それにしても・・・
私の大好きな小松左京氏の短編を読んでいるような・・・
2重に嬉しい思いをさせて頂きました。
有り難うございます。



皆、同じ経験をしますね

読んでいただきありがとうございます
私の場合は、教員で、父がなくなる前の一週間ほど、学校がひけて、夜、そっと病室に行きました。
ずっと、眠っていて、言葉を交わすこともなかったのですが、なんだか、死に目に会えないような気がして、
そうしていたのです。
案の定、死に目には会えず、それでも、毎晩詰めていたことがせめてもの慰めとなっています。
うぞうむぞうさんのページにもお邪魔させてもらっています。
これからもよろしくお願いします。

No title

こんにちは

毎日の更新されてますから出勤前の忙しい朝にはさっと読み流すことが多いのです、どなた様の記事も…。
しかし、今朝は休日だったのもありますが三回ほど読み返しましたしかも上下に何度もスクロールしながら。
もう40年以上前の中二、7月の期末テストのさ中に亡くなった父のことを思い出しました、親不孝ながら考課点を上げたかった俺ぃらはテスト続行を望んだのですが教師に促され教室を出て病院へと向かいましたがその道のりで浮かんだのは長患いで苦しんだ父親の終末より解かずにプリントを白紙のまま出てきた問題の解でした。
流石に白布を取って父の最期の顔を見たとき感情が爆発して周囲が驚く位大声で泣いていましたが…。

いや、他人様のブログコメントで失礼しました、あと3日で40何回目のその日が来ます、記事が父に会わせてくださったような気がしました。
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《 9/23 🎂 Sunday 》
 
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<15.304字 400字詰原稿用紙38枚                            夏は、物語するにもっとも良い季節です。
開け放たれた扉の向こうから、異人たちも遊びにきてくれます。出かけた先でも、異人たちは向こうからやってきてくれます。
そんな異人たちとの出会いを綴った「nkgwhiro短編作品集」です。>

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