クロコダイル・ダンディ・ハット

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田んぼに強烈な太陽の日差しが戻ってきました。夏の太陽の光は人間にとって手痛いものですが、稲はそれをいっぱい浴びてぐっと成長をします。すごいエネルギーが注がれているのです。



 我が宅の壁には、ある種独特の「飾り」が掛けられています。

 角帽に、海軍士官帽、スコットランドハンチングなどなど、モデルでもないのに、帽子があまたあり、それが壁に飾られているのです。もちろん、飾ってあるだけでなく、その壁の前に立って、そこから手に取り、それを頭に被って出かけることもままあるのです。

 もっとも、角帽や海軍士官帽は、その限りではありません。
 そんなの被って外出すれば、いい歳をしてと笑われてしまいます。

 帽子がそんなに好きなのかといえば、そうでもないというのが正しい答えなのかもしれません。でも、珍しい帽子があると買ってしまうのですから、どうしようもありません。
 そんなことを知っている知人やかつての同僚たちは、土産だと言って、特徴的な帽子を持ってきてくれるのですから嬉しいことです。

 私たちの世代は、中学高校と学帽を被らされていました。

 高校の頃に、学帽不要論が出て、多くの学校で自由化され、その後、廃止されていったと覚えています。
 当の私も、帽子をカバンに入れて、神田界隈を歩いていて、生徒指導の先生に注意を受けていましたから、ちょうど、学帽がなくなる端境期にあったといえます。
 このことからも、私は帽子というものにとりわけ執心する傾向があるとはいえないことがわかります。

 それなのに、何故、角帽を持っているのかと不審がられる向きもあるかと思います。
 が、それは卒業して数年後、早稲田に用事で出かけた折に、正門脇の帽子屋さんで、「郷愁の記念」として、買って来たものなのです。もちろん、学生時代に角帽を被って、学ランを着て大学に行く、そんな時代ではありませんでした。
 しかし、あの濃密な4年間は、「郷愁」に値する人生の4年間であったわけです。

 ホノルルに生徒を引率して行った時、真珠湾攻撃時のハワイの新聞の復刻版や銃弾のキーホルダーを売る軍マニアの店で、戦艦アリゾナを記念するキャップを買いました。それだけ飾るのは如何なものかと、日本海軍の士官帽の今度は復刻版をネットで見つけて注文して、手に入れたものなのです。

 スコットランドハンチングは、年老いたらショーン・コネリーのようなハンチングの似合う老人になりたいという思いがあって、若い頃、ロンドンで、同じ柄のジャケットと一緒に買って来たものなのです。

 先だって、季節の変わり目に行なっている書架の整理を行いました。
 本の上に積もる埃を叩き、前後二列に配架されている書籍を入れ替えるのです。
 これが楽しみの一つで、午後の時間をすべて使って夢中になってやってしまうのです。終わるとミルクティーを淹れて、飲みながら、新しい書架の光景を、二十分ほど眺めるのです。
 もうかれこれ、三十年来の私のルーチンになっています。
 
 さて、何故、午後いっぱいもかかるのかといえば、時に、取り出した本が気になって、手にとってしまい、暫時立ち読みなどをしてしまうからです。
 実に困ったものです。

 ときには、一番下の段のアルバムも動かすことがあり、そこに家族の写真などを見つけるとこれまた開いて暫時懐かしむのです。
 父の若いときの小さなプリントの古臭い写真を見ると、それはおしゃれなハンチングとはいえない、まさに、「鳥打帽」といった風のいかにも昭和初期という帽子をかぶっている写真がありました。

 戦争前の若い頃の写真です。
 どこで何をしていたのかはわかりませんが、決して、刑事とか新聞記者ではない、第一、父がそのような職にあったなど一度も聞いていませんから、だから、きっと、一介の労働者として働いていたのだろう、そして、そのときに被っていたものだと思っているのです。

 そんな写真を見ると、父の時代は、日本人の多くがなんらかの帽子を日常的にかぶっていた時代であることが良くわかるのです。

 サザエさんのお父さんはソフト帽をかぶっています。実際、あの時代のサラリーマンはそのような帽子をかぶっていたのだと思います。
 街の顔役的なお大尽は、カンカン帽なんか被って、センスを忙しく扇いでと、そんなイメージが自然と湧いてくるのです。

 しかし、今、公の席で帽子をかぶるとちょっと意外な顔をされるそんな時代になっています。
 その良い例が日本の副総理です。
 マフィアだとか、いろいろと悪く言われていますが、私などは、かっこいいじゃないかと思っているのです。

 あれがアラン・ドロンのような整ったお顔であればもっと良いのですが、多少、お口が曲がっていても、個性をムンムン出して、自己主張をしているのですから、素晴らしいことであると思っているのです。

 帽子が心底好きというわけではないのですが、私も、実際、常に、帽子をかぶっています。

 港で船に乗るとき、釣りをするとき、ロードバイクに乗る時も、私はそれをするにふさわしい帽子を用意して、それらしくかぶっているのです。
 つまり、私の帽子は、頭を防備し、陽射しをさけ、それなりの活動をするときの道具としての意味合いで被っているのです。

 日差しを避けるという実際的な面以外に、おしゃれとして被る帽子が私には一つあります。
 パナマ帽です。

 でも、本物ではないのです。何度か本物のパナマ帽を購入する機会はあったのですが、いつも、ためらい、結局、安物の帽子で我慢しているのです。

 だって、風で飛ばされる公算大なのが、このパナマ帽なのですから。

 これを被る時は、東京に出かける折、あるいは海外に出て行く時です。
 安物ですから、銀座や海外の洒落た街で、安くて良い帽子があれば、すぐにチェンジするんです。 

 オーストラリアの映画で、『クロコダイル・ダンディ』という映画がありました。

 主人公のダンディが被っているあの帽子、つばはさほど広くなく、トップからつばまでの高さもさほど高くなく、カンガルーの皮で作られたあの帽子、実は、カランビンの動物公園で売っていたのです。
 結構な値段がしました。
 その前で、佇んでいると、娘がこの帽子、日本に持って帰って行っても、多分、一度も被ることがないよと、私のそばを横切りながら言うのです。

 確かに、あのおちゃらけた帽子は赤茶けた砂漠の中でこそ似合うものです。

 つくばの緑豊かな土地ではまったくもってそぐわないものです。
 でも、心の中で、被らなくてもいいじゃないか、飾るだけの帽子がいっぱいあるんだから、よし、今度出かけたら、一つ買ってこよう、そして、一度は、つくばの街をあれを被って歩いてみよう、銀座や浅草にも行ってみよう、そんなことを思っているんです。

 だから、先日、ダンディ・ハットを飾り置きするホックを、あれは少し重い帽子でしたから、ちょっと頑丈なものを作ったのです。
 これまた、困ったものです。





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