夢枕とヘアーネット

43ijf437q4hrdf0394fak,r
森の中の公園、誰も座らせまいと太陽が強烈なスッポトライトを浴びせています。でも、その強烈な太陽はまた、緑を輝かせてもいるのです。


 自宅で仕事をしている私は、かかってきた電話には出ないことにしているんです。

 私に直接用事のある方は、私のiPhoneにかけてきますから、家の電話にかかってくる電話の主は、まず百パーセント、何かを買ってほしい、あるいは、屋根を修理させてほしいなどというセールスの電話だからです。

 対応するのにせいぜい長くて五分、そのくらい時間を割いたっていいじゃないかという人もいるのですが、とんでもない、押しつけがましい口上で、まるで、私のすべてを知っているといった口調でものを勧めてくるんです。それに腹がたち、小一時間、場合によっては、午後の全部の時間を台無しにされるんです。

 だから、私は電話には出ないというわけなのです。

 その日、私は順調に仕事を進めていました。
 昨夜は、暑さで寝苦しく幾分寝不足であったのですが、書斎のデスクに向かって、MacBook Proを開くと、湯水のごとく言葉が出てきて、キーボードをリズミカルに打ち続けていったのでした。

 小一時間、いや、その倍程の時間が経過した頃合いでした。

 一杯のミルクティが飲みたくなったのです。
 仕事もある程度進み、休憩を入れるには良い頃合いだと、そう思って、キッチンに行って、紅茶を淹れていたのです。
 すると、来客を知らせるチャイムがなりました。

 これは、電話のようにはいきません。
 私は玄関に行って、ドアを開けて、下にある門のところを見ました。
 私の家は二階が主たる活動場所になっているのです。ですから、来客者は、門を開けて、階段を登って、そこにある玄関にくるというわけです。

 門に男が一人立っています。
 ちょっと、不自然な感じのする男でした。そして、失敗したと思ったのです。
 来客者に対しては、ドアホーンで対応して、さらりと断ることを常としているのに、今日に限って、玄関のドアを開けてしまったからです。

 男は、門柵の前に立って、ニコニコして、私を見上げています。
 「お忙しいところ恐れ入ります。今日は、夢を売りにきました。」
 そして、男は、また、丁寧に頭を下げるのです。
 <バカバカしい。夢を売るっ、何をほざいてるんだ。>と思いながら、私、妙なことを言ったのです。

 「夢は、今、間に合っていますから。」

 そう言って、ドアを閉めようとすると、その男、門をこちらの承諾も受けずに開けて、さらに、階段を早足で上がってきたのです。
 しかも、二段跳びでです。
 玄関の脇にユーカリの植木が大鉢におさまっていて、来客者を拒否するかのように枝を自由に伸ばしています。その枝をさらりと手で払いのけて、あっという間に私の目の前に立ったのです。

 「すみません、強引にやってきてしまって。」

 男は、小柄で、そして、ここでもニコニコとしています。
 私は、上がってきていいとも言っていないのに、あっという間に上がってきたこの男に不快感を露わにして、玄関の取っ手を握って、家の中には入れないぞという気構えで、その男に面と向かっています。
 男はいつの間にか手にしていた、枕のようなものを私の目の前に掲げました。

 「この枕を買ってくれとお願いにきたわけではないのです。私の願いは、あなた様に是非この枕を使っていただきたい、そして、ご意見をお聞かせ願いたいというだけなのです。お使いになり、ご意見をもらった後、これを買ってくれということも言いません。むしろ、謝礼として、この枕をご提供いたしたい。」

 そんなことを言うのです。
 <ただより安いものはない。これには何か罠があるはずだ。君子危うきに近寄らず。さぁ、何をためらっている。すぐに追い返せ。>と、心の中で、「私」が叫びます。

 男はまた、いつの間にか、もう一つ、何やら黒いものを手にしていました。

 「これは、ヘアーネットです。ヘアースタイルを整えて、これを被って寝てください。ここに小さいプラグが付いています。これを枕のジャックに差し込んで寝るんです。そうしますと、ヘアーネットがあなたの脳波をキャッチして、この枕に入っているAIに送られ、嫌な夢を排除し、いい夢を、あなたの脳が選択するように仕向けるのです。是非、あなた様に使っていただきたく思います。」

 そう言うと、このニコニコとした笑顔を絶やさない男、私に枕とネットを渡して、一礼し、そして、これまた二段跳びで階段を降りていったのです。
 門を閉めて、そして、振り返ることもなくニコニコ顔の男は消えていったのでした。

 米俵を小さくしたような枕、中にAIなるものが入っているにしては妙に柔らかいと私は思いました。円柱状の枕の一方の円の部分の中央に、確かにジャックがあります。そして、ネットのプラグがきちんとそこに入ります。

 私は、手にしていたミルクティのカップをテーブルにおいて、その黒いネットを頭につけて、ソファに横になり、枕を頭に当てて見ました。もちろん、ネットのジャックを枕のプラグに差し込んでです。
 するとどうでしょう。枕が、微妙に、振動をし出し始めたのです。私の脳波をネットが読み取り、それを枕のAIに送っているようです。

 以前勤めていた会社の先輩で、私の気に入らない男の名前を言って、それを消去していいかと、私の脳に問いかけをしてきたのです。仕事のことでもめた同僚のことも問うてきました。そんなことを次々に問いかけてくるのです。
 そして、それがひと段落すると、昔の恋人の名前が出てきます。すっかりと忘れていた女性です。もちろん、私はそれまでと違って消去を拒否しました。
 私は、問われるまま、時には、しばらく考えて、消去か残留か、そのどちらかの返答をしていったのです。

 <ご苦労様でした。あなたの脳の分析が完了いたしました。今宵、おやすみになる時には、ネットと枕をコンタクトして、お休みください、きっと素晴らしい夢をご提供できることでしょう。>
 そんなことを言うのです。

 その晩、私はあまり期待もせずに、寝床に入りました。
 この夜も、気温は高く、冷房を入れて寝ることを好まない私は、窓を開けて、寝床に横になったのです。
 寝苦しい中でも、程なく、私は夢見心地になりました。

 私の深層心理の中で、自分の苦手とする人間、蛇のような目つきで自分を見ている奴、悪い方向へと自分をそそのかすそういった輩が、私を困らせてハッと目を覚ます、そういったことが、特に寝苦しい晩はあったのですが、その夜は、そうした手合いの人間は誰一人として、私の夢に出てこなかったのです。

 そうではなく、心優しい人々、好意をもって接してくれる人、心が安らかになるそんな人々が私の夢の登場人物となって、私の前に現れてきたのです。

 もちろん、そのような人たちが、私を唸らせるわけがありません。
 心地の良い目覚めを迎えたのは言うまでもありません。

 翌日も、その翌日も、私は、目覚めの良い夢を見続けたのです。
 あの私に冷や汗をかかせ、意地悪そうに私をやっかむ輩は誰一人として夢には現れなくなりました。

 数日後、私は一仕事を終えて、ソファーに横になり、ヘアーネットをつけて、枕につなげて、脳で念じたのです。

 何か、新しい創作、人類が誰もまだなし得ていないこと、それを夢のなかで見てみたいと。
 枕の中のAIが反応をしました。
 かすかな振動が私の頭に伝わってきます。

 <あなたが書いたこれまでの作品のすべてを読み取りました。分析にはしばらく時間がかかります。そのまま、しばらくお待ちください。>

 その時です。来客を知らせるチャイムが鳴ったのです。
 私は、立ち上がり、枕を頭におしつけたまま、ドアーホーンの前に行きました。
 あのニコニコした男の声です。

 二階の玄関まで上がってくるよう、今度は私の方から誘いました。
 今、こう言うことをしているんだと、私、笑みを浮かべながら、ニコニコ顔の男に玄関の前で言ったのです。

 すると、ニコニコ顔の男、急に、眉間にしわを寄せて、私の枕を取り上げて、枕のプラグからネットのジャックを引き抜いたのです。

 「残念ですが、これは引き取らせてもらいます。この枕は、いい夢を見るためのものであって、自分の利益につながるようなことをするためのものではありません。」

 ニコニコ顔の男からニコニコした笑顔がなくなっています。
 私は、そんなに悪いことをしたのかと怪訝そうな顔でニコニコ顔の男を見つめていました。
 ニコニコ顔の男は枕とネットを抱えて、一礼して階段を降りて行きました。

 その晩、私は、寝苦しい夜の暑さの中、私をいじめる先輩や、横柄な上司、それに、私を振った女まで出てきて、私を思う存分にいたぶってくれたでした。

 本当に、寝覚めの悪い朝でした。
 あれっきり、あのニコニコ顔は姿を見せなくてなりました。

 時折、私は、バルコニーから道筋を見て、あのニコニコ顔がひょっとしたら歩いてくるのではないかと探しているのです。





自分らしさランキング

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

下の[リンク]欄からアクセスして読むことができます。

❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア