明け方の命

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こんな日がありました。沈む太陽のパワーで真っ赤に染まった西の地平。その上に厚い雲がかかっているんです。なんとも不思議な空模様でした。でも、美しい、あまりに美しい、そう、感じたのでした。



 今日は幾分気温が下がりますって、早朝のラジオのニュースが伝えています。

 つくばあたりでは、これまでの「命に関わる危険な暑さ」なるものはどうやらひと段落のようです。
 しかし、それでも、各地三十度は超えますから、ためらわずに冷房を使うようにしてくださいって、穏やかな声で言っているのです。

 この命に関わる暑さのなかで、いく人もの老人が命を落としました。

 アナウンサーは、この人たちは冷房のない部屋にいたとか、冷房があってもスイッチを入れていなかったと伝えています。
 昔は、冷房などなかった。
 だから、木陰に縁台を出して、大股広げて涼み、打ち水をして涼しい風を招き入れたりしたもんだが、最近の老人は家にこもり、じっとしているのだろうかと、そのニュースを聞いて不思議に思ったりしているのです。

 そんなわけはない。
 きっと、もっと深刻な事情が、彼らにはあったに違いないって、そう考えているのです。
 そして、それは数年後の自分ではないかと思って、ゾッとしたりもしているのです。

 ラジオのニュースを聞いた朝、私はご飯に静岡産桜エビを振りかけて、そこに半熟の卵焼きを乗せて、バナナとリンゴを添えて、朝食をとっていました。
 もちろん、我が宅のバルコニーでです。

 今朝も、掃除をしなくてはいけない。
 昨日、花を咲かせた朝顔が儚い命を枯らして、いくつもつぼめた花の残骸をそこら中に散らしているとそんなことを思いながら香ばしい桜エビのご飯を頬張っていたのです。

 バルコニーの隅に置かれているエアコンの室外機の向こうに、私は、せみが腹を出して身動きしない姿を見つけました。

 朝だというのに、自慢の我が宅のバルコニーには命の尽きたものばかりが横たわっているではないか、まったく、困ったものだと半ば呆れ顔になって、バナナの皮をむいていたのです。
 
 食事が終わり、ミルクティーを淹れます。
 今朝は、うってかわって、北寄りの風がそよぎ、幾分涼しいと感じていたからです。
 暑いさなかに、温かいミルクティーを飲む気はしませんが、このくらいの風がそよいでいれば、ちょっと手間をかけて一杯の美味しいミルクティーを淹れてもいいと思ったのです。
 透明のガラスコップ半分にちょいと濃い目のティーを入れて、いつもより幾分多めにミルクを注ぎ込みます。
 この色がいいのだと一人悦に入りながら、ミルクティーを堪能します。

 そして、朝顔といい、セミといい、何故、その命は儚いのかと思いを至すのです。
 今、私の頭上でいく輪もの花を咲かせている朝顔は、今年で四回目、我が宅で咲いた花の種から咲かせたものです。五年前、近くの店で、江戸の時代から続くというアサガオを買ってきて、そのタネをとって、こうして咲かせ続けてきたのです。

 それを考えれば、朝顔が、花を咲かす時間を、その命として認識するのではなく、連綿と続く命の連鎖として位置付けたほうが正しい認識なのだと思ったりもするのです。
 でも、色のついた花びらがしわくちゃになり、わずかに花の末端に瑞々しい色合いをとどめているとはいえ、無残にも散った朝顔の成れの果てを見るのはやるせない思いがするものです。

 鳥のさえずりを威圧するように、蝉のうるさいくらいのなき声が次第に高まってきました。

 命はあとわずか、さぁ、この世に生を受けて、地中深く長い暗い生を営み、やっと、この世に出てきたからには、思い切り鳴き、この世界に我ありと叫ばなくてはなるまいと、まるで朝顔が花の隅々までに水分を送り、突っ張って咲いているのと同じだと、私思ったのです。

 食事の後かたづけをして、まずは掃き掃除をして、それから水撒きをして、私の毎朝の仕事が始まります。

 落ちた朝顔はまだ水分を含んでいたのでしょうか、バルコニーの床にくっついてしまっているものもあります。それを足の親指でこすり剥がします。
 おっと、忘れていた。
 室外機のそばに蝉が腹を出して横たわっていた。これもすくって置かなくてはと、私、箒を蝉に近づけたのです。

 そしたら、どうでしょう、その蝉、急に羽をバタバタさせて、背中を上にして、私を見上げるのです。私も、思いがけない蝉の振る舞いに、唖然として、これまた箒を手にしたまま、見つめていたのです。

 蝉は、我に返ったように、再び、羽を、音を立てて動かしました。
 そして、バルコニーを飛び立ち、道向こうの林の方へと、実に元気な様子で飛んで行ったのです。 
 
 あの蝉、寝ていたのかな、それとも、わずかな生の間にも、その生が嫌になってふてくされていたのかなと思ったのです。

 林の方から、蝉の鳴き声が聞こえました。
 ひときわ大きな鳴き声です。
 箒を持った私に向かって、それは発せられているそんな気さえしたのです。

 わずかな命の時間なんだから、精一杯、鳴けよって、私、声をかけたのです。





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