シェルターがない

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一ヶ月ほど前のことです。庭の鴨が田んぼをつついていました。カエルか、それとも、ドジョウか、あるいは、タニシか、そんなものをつついていたのでしょう。そして、私が近づいてくるのを察知すると、示し合わせたように、二羽の鴨が飛びだったのです。その羽を広げて去っていく姿の美しいことはこの上ないものでした。


 あまりの暑さで何をするにも億劫となった日のことでした。

 当然、予定していた仕事にも乗り気が失せて、冷房の入った部屋で、ボーッとしていたのです。
 そんな時というのは、とんでもないことを考えるものです。
 この時、私が考えたのは、我が宅には、シェルターがないということでした。

 なんだか、アメリカのB級映画のような話なんですが……。

 シェルターといえば、核から身を守るために、コンクリートでできた、それも、地中深くにあって、人間を守る居住環境の整った箱のようなものです。
 そんなもの、一個人で家に備える日本人なんて、そうそういるもんじゃないと思いながらも、私の空想は、とめどもなく広がって行ったのです。

 もし、どこかの国の解放軍と名乗る組織が、つくばにある日本政府の研究機関で研究実験されている重要なデータを奪取しにきたらとか、そのために、住人を人質にし、つくばの人間は一箇所に集まられたらとか、そんなことを考えたのです。

 そんな時、自分たちは抵抗ができるのだろうかって。

 だって、誰一人、日本人は武器というものを持っていません。
 刀は七十年ほど前、戦争に負けたときにアメリカ人に持っていかれ、日本の警察は、個人が刀を持つことを厳しく制限しています。
 それ以前に、刀そのものが工芸品となり、高額なものとなってしまいました。
 一般の人が、そうそう簡単に手に入れらる代物ではなくなってしまっているのです。

 まして、銃など、見たことも、撃ったこともない人がほとんどです。
 高性能の銃など、持たされても、どう扱ったらいいのか、きっとわからないでしょう。

 秀吉が刀狩を行なったのは、自分が平和を担保するから、お前たちは、鍬を持って、畑を耕すことに精を出せということからでした。
 ですから、刀狩は検地とセットになって、平和を希求する秀吉にも、田畑を耕すことに精を出せる農民にも、利益があったのです。
 我が国に、ある一定の平和をもたらし、それが家康にまで受け継がれて、あの江戸と言われる時代の平和な数百年という奇跡の時代をもたらしたのです。

 しかし、今、日本人は、おそらく、なんの担保もなく、心さえも無防備の状態におかれているのではないか、だから、アメリカ人が真剣になって、シャルターを作り、それを買い求め、自分の家の敷地にそれを設置しても、日本人はそれをすることもなく、のほほんとしているのではないかって思ったのです。
 
 アメリカ人は、自分らの命と生活は、自分の力で守るって意識が相当に強い国民であると思います。
 それは建国の際の、アメリカ人のDNAに組み込まれているのです。
 誰もあてにはできない。
 己の責任で、大陸の道なき道を西へと移動したのです。
 襲ってくる敵があれば、自らの命を守るために、戦うことに躊躇はありませんでした。

 でも、日本はそうではありません。
 自分たちの命を守るという個人の意思は実に希薄です。
 政府がきっと何かをしてくれるに違いないと呑気に構えているのです。
 
 いや、それが悪いというわけではないのです。
 戦後歴代の日本政府は、国民の期待を裏切らない施策を、それが不足であれば、充足できるように対処をしてくれていると思います。

 選挙があれば、何十人も殺害される国が今だにあります。
 水害や地震でも、救われる命が見過ごされる国もまだあります。
 そうした中で、日本の歴代政府はしっかりとやってくれている部類に入るのではないかと思っているのです。

 でも、一人一人になった時、どこかの国の解放軍と名乗る武力勢力が来たとき、戦えるのかと心配するのです。

 だから、冷房のきいた部屋で、私は空想するのです。
 アメリカのB級映画の主人公のように、筑波山に籠って、家にある木刀を持って、徹底抗戦をしようと。

 B級映画では、同じような考えを持つものが必ず何人か出て来ます。
 その人たちとスクラムを組んで、山を根城に戦おうと。
 筑波の山こそ、我々のシェルターだとか、キャッチコピーを作って、あの梁山泊のように、同士が集って、侵略して来たどこかの国の解放軍と戦うのです。
 
 いい歳をして、くだらないことを考えるなって、きっと、私の友人たちは言うでしょうが、でも、考えて見てください。
 世界は今、大きく変化しているんです。
 何が起こっても、いや、それが起こる確率は高まっているのです。

 私たちの住んでいる列島は、列島であるがゆえに外来者の侵略を拒んで来ました。

 むしろ、ユーラシアの端にあるがために、さまざまな文物、人々がたどり着く場所として、長らくあったのです。
 でも、世界の潮流が変われば、そうもいかなくなるのです。
 この列島にある知財の凄さは何ものにも変えがたいものなのです。
 この列島に暮らす人々を配下におくことは得難い財産になるのです。

 だから、私のあの暑い日の、四十度になんなんとする日の妄想は決して笑って済ませる問題ではないと思っているのです。そう、私は自分に言い聞かせているのです。





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さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
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今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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