冒険はそこにある

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雨風にもめげず、主人である私の頭にかからないように、我が宅の蜘蛛殿は、巣をちょっと高みに作り上げます。台風はどうだったと問うと、今回はなんとかやり過ごしたが、これからが問題だ、これだけ気温が高いと、台風のやつ力をつけやがるといまいましそうに言うのです。さて、果たしてどうなることやら。



 ある冒険家が言いました。
  もはや、我々が冒険する場所は、この地球上では洞穴しかない、と。
 
 確かに、その通りであると、私、納得するのです。

 タイで、子供達が洞穴に入り、雨に降られて洞穴が塞がれ、世界の耳目を集める救出劇になりました。
 そして、関係者の必死の努力で全員の命が救われました。
 なぜ、そのようなところに入ったかは良くわかりませんが、それも、人が誰もで持つ冒険心であるとするならば、これも、私、納得するのです。

 私たちには、未知の部分に入り込みたいと言う強い欲求があるのです。
 
 それが、人類をここまで発展させ、偉大にして来た一つの原点でもあるのです。
 ですから、あの子供たちが洞穴に入っていったことも責めようとは思わないのです。

 時折、私は自分の生まれる時期が少し早かったならと思うときがあるんです。
 例えば、アメリカ西部開拓の時代、それと江戸に家康が入り、街を作り上げる時代です。

 イギリスで虐げられ、そんなところで暮らすくらいなら、新天地を求めて、一家で大西洋を超えてやろう。生まれ故郷で、仕事もなく、辛い生活をするくらいなら、全財産を注ぎ、船に乗り、アメリカに渡り、そこで一台の幌馬車を買い、馬を整え、自らを守るライフルを手にして、西へ西へと進む道を選ぶことになんのためらいもなかった彼らの時代です。

 西部劇が面白いのは、腰の二丁拳銃をぶっ放すからではなく、その根底に、あの幌馬車で彼らの理想とする大地を目指したからなのです。
 もともと、そこに住んでいた、私たちと同じモンゴロイドのインディアンにとっては、迷惑千万なことでしたが……。

 そして、江戸です。
 谷があり、海がぐっと内陸まで入り込んでいたのが江戸と言われる一帯です。
 大きな川がいく筋も流れて、時に、その川は往往にしてあたり一帯に水害をもたらします。
 豊かで、安定した濃尾平野に比べれば、ここは未開の地であり、手の施しようもない湿地でした。
 この地を秀吉がくれたのは、自分を豊かな、代々の実力者が支配した土地から放逐し、そのことで潜在的な力を奪おうとしていると戦いを急いだら、きっと、歴史は異なった様相を見せていたにちがいありません。

 家康は、目のあたりを八の字にしながら、居並ぶ家臣たちに、嬉しそうに言ったはずです。

 おのおの方、この地には先々の豊かさが見えまするな、あの谷に川を導き、あの丘に住まいを立て、そうそう、あの入り組んだ海を埋めたてたら、この地はきっと、とてつもない大きな大地に変貌するであろうのぉ、と。

 家臣たちは、家康の殿が言うなら、一丁やってやろうではないかとなったはずです。
 
 あの海べりの平地にまず、城を作りましょう。
 南側の海は浅瀬のようですから、そこを埋め立てましょう。
 埋め立てするための土砂は北一帯にあるあの丘の土を切り崩しましょう。
 あの谷はそのままにして、城の防備のための堀といたしましょう。
 
 田畑も広げ、その田畑を開拓するものを各地から募りましょう。
 運河を作り、ものを大量に運ぶ水路を作りましょう。
 街を活性化するには、人が必要です。
 人は住まう家が必要です。人がいれば水も必要です。

 次から次へと、必要なことが生じては、それを果たしていくのです。
 いつの間にか、江戸は、当代世界一の大都会へと成長していくのです。

 武士というのは、源平の時代の以前から、偉大な開拓者であり、土木家であったと思っているのです。
 城を作るための石組みや防御のための掘割、それに威容を誇る天守閣、それを設計する知恵がなければ武者にはなれなかったし、その細かい石組、土木工事をするのもまた武士だったのです。
 それが失敗し、腹を切った武者もいるくらいでした。
 反対に、大きな仕事を手がけて、戦場で手柄を立てた武者と同等の処遇を受けた武者もいたのです。

 そんな、西部開拓の時代、江戸の街を作り上げたあの時代に生きていたら、なんと素晴らしことであろうかと思うのです。

 しかし、よくよく考えてみると、そのようなことはあり得べからざることではあります。

 さらに、よくよく考えてみると、そのようなことを空想することこそが、現代の冒険ではないか、と思ったのです。
 そう思うと、冒険は人の心の中に必ずあるものだと思うのです。





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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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