島国の人

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薄く、朝靄がかかった田園。蝉の声がうるさいくらいに。広々とした空間がパッと目の前に開けて、なんと気持ちのいいことか。そんな光景なんです。


 島国の人は、自分がどう思われているのか、どう見られているのかを気にすると言います。

 だから、島国である日本では、『日本論』とか、『日本人論』とかが大いに語られるのであるというような論調をかつて読んだことがあります。
 これだけ、自分の国のことや自分たちのことを気にかける国はないというのです。

 それを読んで、私は大いに納得したのです。

 だって、日本人である私自身、自分が生徒にどう見られているのか、あるいは、思われているのか、できるならば、いい先生であるという評判を得たいと思っていたからです。
 その実、教師というのは、生徒には嫌われるもので、怒ったり、説教したりが仕事ですから、好かれるはずなどないのです。

 それでいて、そのようなことを思うのですから、やはり、日本人なんだと。

 マルコポーロの『東方見聞録』における日本の姿に微笑んだことを覚えています。
 その一つが、日本は黄金の国という話です。

 誰かが書いていました。
 海辺から陸地を伺い、そこにある農民の家の茅葺の屋根が日の光にあたり黄金に輝いていたから、そう思ったのだと。
 でも、そうかな、さほどに輝くものかなと不審に思ったことがあります。

 それより、金閣寺や金色堂のように金箔を貼った建物があり、それが誇大に捉えられたというだけでいいのではないかと思ったのです。そして、マルコポーロは実際日本には来ていませんでしたから、伝聞によるイメージが欧州人であるマルコの心を鼓舞したのではないかと思っているのです。

 でも、自分の暮らす国が「黄金の国」であると書かれて、悪い気はしません。

 さて、そうした日本を良く語ってくれる外国人の文章では、江戸末期から明治初期に来日した欧米人たちの残した文章は、私たち島国人の心を大いにくすぐってくれます。

 あのハリスが姉崎という下田の近くの漁村を巡ったときの記述では、私は胸を張るのです。

 『貧しい漁村であるが、身なりはさっぱりしていて、態度も丁寧である。この村の人間には、貧しさにつきものの不潔さがない』

 こう書いているのです。
 きっと、アメリカ人を見たこの村の日本人は、その姿に対して、腰を折り丁寧にお辞儀をしたのでしょう。
 仕事着は毎日洗濯して、こざっぱりしていたに違いありません。
 それが誇らしいのです。

 さらに、ハリスはこうも書き残しています。

 『山には段々畑が尽きることなくしつらえてあるし、神社仏閣に通じる道は、石段が組まれている。これは一人の人間がなし得ることではない。つまり、この国の人々は共同で作業をすることができる人たちなのだ。』

 これも、私たちの社会のありようを誇るに足る十分な記載だと思うのです。

 今も、災害が起こったときなど、確かに、悪いやつもごく少数は出てくるのですが、大方は協力して、一人抜け駆けをしたり、ごまかしたり、商店の品物を略奪するということが起きない日本を誇れますが、それもそこに通じているのだと思っているのです。

 オールコックというイギリス公使がいました。
 彼の著した『大君の都』でも、日本人は実に簡素な生活に満足している。多くの者たちが生涯を生まれ育った土地で過ごし、村の風習にしたがって幸福に暮らしていると綴っています。

 よその土地に行きたくともいけない政策があったことは確かなことです。でも、それを苦にせず、ならば、自分たちの生まれ育った土地をどこよりも楽しくしようではないかという思いを、オールコックは彼の言葉で綴ったのです。

 当時の東北を旅した女性イザベラ・バードは、『日本奥地紀行』なる一冊を残しています。
 とある村にたどり着き、暑がっていると、そこにいた娘が扇を持って来て、小一時間休むことなく扇いでくれたというのです。
 出発に際して、扇いでくれた代金を問うと、要らないと。
 客人に辛い思いをさせたくないというおもてなしの心から、そうしただけなのです。
 イザベラはこのことに感動するのです。

 あのトロイの遺跡を発掘したドイツ人実業家シュリーマンも来日して、このような記事を綴っていました。
 『この国の役人に対する最大の侮辱はお金を渡すことである』と。

 シュリーマンは、来日する前に清王朝が支配する中国を訪問しています。
 あの国を旅するには、その土地の役人にいくばくかの金銭を渡さないと旅はできないことを思い知らされていたのです。
 ですから、同じ東洋の国の日本でも、おそらく、そのような振る舞いに出たのではないかと思います。ところが、日本の役人に、そうではないと言われたことに驚きを示したのが先の記述なのです。

 少し時代は新しくなりますが、あのボーヴォワルもまた記述を残しています。
 『平和であり争いを好まない日本の人々は、礼譲と優雅に満ちた気品ある民であった。人々はだれかれとなく挨拶を交わし、口元に微笑を絶やさない。茶屋の娘も農夫も旅人も、皆心から挨拶の言葉を掛けてくれる。地球上最も礼儀正しい民族であることは確かだ』

 こちらがこそばゆくなるくらいの賛辞です。
 だって、今、散歩の途中、あるいは、ロードバイクで走っているとき、すれ違う人に挨拶しても仏頂面でいる人も少なからずいます。電車の座席を争い、席を譲りもしませんし、それを譲れと年寄りが横柄な権利を要求してくる時代です。
 まして、文科省の高官が賄賂を受け取るなんて。

 島国の人として、いささか小っ恥ずかしくなっているのです。 





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とても嬉しく思っています。これからも、よろしくお願いします。

良かったです。

とてもいい記事だと思いました。
非常に素晴らしいですね。
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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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