劉公島の憂い

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京すだれに障子、どことなく京の町屋から向こうを伺っている風情ですが、あいにく、ここはつくばの鄙びた山の中、それでも、夏のひととき、目から涼しさを得ることができるのです。日本人の知恵とは素晴らしいものです。



 イギリスの租借地といえば、香港の名が、いの一番に言葉の端に上ってきますが、実は、山東省にもイギリスの租借地があったことはあまり知られていません。

 それが「威海衛」と言う街です。

 あのラストエンペラーの家庭教師であったジョンストンもこの地の行政長官をしていた街です。
 その頃は、ポート・エドワードと呼ばれていました。

 今、威海市となって、ちょっとした観光地になっています。
 それと言うのも、韓国との国交を整えた中国が威海市と仁川市との間を結ぶ直通フェリーを運行している町だからです。
 韓国人はイギリスの風情を残す威海市を、中国人は東洋のハワイ済州島を旅行しているのす。

 この威海、実は、青島に司令部を置く中国人民解放軍北海艦隊の基地でもあるのです。
 その威海港の沖合にあるのが「劉公島」と言う島です。
 おそらく、現在、日本人の大多数は、この島の名前を聞いてピンと来る人は多くないはずです

 1895年2月初旬のことです。
 朝鮮での権益を巡って、清国と大日本帝国は対峙。
 東洋一を誇る清国北洋艦隊はこの「劉公島」の港に停泊して、日本海軍に睨みをきかせていたのです。

 これまで、旗艦「定遠」を先頭に、この北洋艦隊は、日本の港を親善訪問しては、清国海軍の威容を日本人に見せつけて来ました。
 あのような大きな軍艦、それも一隻や二隻ではない、大艦隊を編成して、それを見せびらかし、到底、小国日本など太刀打ちできまいと、清国に対抗することなど、それは日本の自滅を意味することと脅しをかける目的が、この親善訪問にはあったのです。

 その北洋艦隊に対して、日本海軍は、日本各地の基地から艦船を集めて、連合艦隊を編成、さらに、訓練の行き届いた水雷部隊を編成していました。

 連合艦隊には、清国が持つような大きな船はありませんが、魚雷を積んだ小回りのきく、スピードのはやい艦艇を揃えて、大艦隊に対抗しうる水雷部隊を訓練していたです。
 その水雷部隊、清国が仕掛けた爆雷の海を巧みに操船して切り抜け威海衛湾に突入します。
 何処ともなく現れたたった数隻の水雷部隊の魚雷攻撃により、旗艦「定遠」は大破、「来遠」「威遠」といった北洋艦隊の主力戦艦はいとも簡単に撃沈されたのです。
 さらに、五日後には、「靖遠」が同じ水雷部隊の攻撃で撃沈され、ここに北洋艦隊主力艦は全滅の憂き目にあったのでした。

 <艦沈ミ 人尽キテ後チ 己マント決心セシモ 衆心乱 今ヤ奈何トモスル能ワサル>

 北洋艦隊長官丁汝昌が李鴻章に宛てた電文です。
 <衆心乱>とは、北洋艦隊水兵の反乱を意味しています。
 さほどの優れた軍艦をイギリスから購入しても、それを操る兵士に国を思う気持ち、それを鍛錬する軍の士気がなければ、いくさは勝てないことを如実に示したのでした。

 敗戦の責を負って丁汝昌は毒をもって自害、旗艦「定遠」の艦長、劉公島守備指揮官も自害をしました。
 連合艦隊司令長官伊東祐亨は、北洋艦隊の降伏を受け入れ、残ったすべての艦船を接収、ただし、商船「康済号」だけは接収から外しました。
 丁汝昌ら自決した司令官らを棺に入れ、降伏した清国兵一千余名を逃すためです。
 そんな出来事があった島が「劉公島」であったのです。

 その「劉公島」に、つい先ごろ、習近平が訪問をしたとの報道を耳にしました。

 大国を自負してやまない国のトップが、小国と侮る日本にしてやられた跡をめぐるなど珍奇なことだと思ったのです。
 当然、あの戦争を記念して作られた「中国甲午戦争博物館」にも足を運んでいます。
 甲午戦争とは、日本で言うところの日清戦争のことです。

 「劉公島」は、たとえそれが異民族清王朝の出来事とはいえ、愛国的な中国人にとっては、屈辱の地なのです。
 圧倒的な戦力を持ちながら、わずか数隻の水雷艇により、東洋一と自負する艦隊が撃破されたのですから当然です。

 問題は、習近平が今、屈辱の地「劉公島」を訪問した真意です。

 世界の海軍戦略家の間では、大型空母を擁し、圧倒的な数の艦船を持つ中国海軍でも、海自と戦えば、1時間足らずで、海自が圧倒的な勝利すると予想しています。
 いや、だからと言って、習近平がその海自と一戦を交え、戦略たちに一泡吹かせようと、かつての敗戦の地を訪問したと言いたいのではないのです。

 アメリカが仕掛けて来た貿易戦争、加えて、日本やオーストラリア、インドを加えての戦略的包囲網形成、さらに欧州各国も中国企業による自国の先端企業買収を拒否、さらには、東南アジアでもその強引なやり方で批判が飛び出し、ついに、アフリカしか中国が頼る場所はないと言うように追い詰められてのことだと思うのです。

 どう言うことかと言いますと、あの「甲午戦争」で負けたのは、優れた外国のものを持っていても、自国のもので戦わないければ勝てない、何よりも国を愛し、故郷を想い、遮二無二戦う兵士がいなくてはならない。
 だから、「劉公島」を訪問して、あの屈辱の歴史を中国国民に知らしめて、海軍強国を作らねばならないと訴えていると、そう考えるのです。

 海軍というのは、国の力が如実に現れる場所です。

 かつての日本海軍は、先の大戦で無惨な敗北を喫しました。しかし、その先進的な精神はさらに洗練されて海自に受け継がれているのです。

 世界の海軍戦略家が言うことを、きっと、習近平はよく承知しているのだと思うのです。
 張り子の空母、秘匿すべき原潜が海自に追い詰められて海面に姿を見せて五星紅旗を掲げて逃走したあの一件、定期便のように嫌がらせを繰り返す海警局の船舶に対して、落ち着き払って対応する海保の在り方に、小国日本の研ぎ澄まされた海軍精神が宿っていることを。
 
 だから、欧米および日本の技術を密かに盗み、相手の権利を無視して儲けると言う中国が、そうでなくなった時、あの国は、とてつもなく強い国になるはずなのです。
 習近平の劉公島訪問がその転換点であるのか、そうでないのか、この夏の彼ら中国共産党内の政治闘争をよく見守って行く必要があると思っているのです。





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